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転生者の理不尽な義務  作者: あかねあかり
白塔の女神
23/29

全てが上手くいくとは限らない

 へー。深海の女神が愛した花なら青色に違いないと思ったら、別にそんなことはないらしい。日本では見たことのない花だったし、極立って咲き誇っていたから目に付いたんだろう。あんまり花に興味を持つ質でもないし。


「ほら、彼女が欲しがってるよ!」


 余計なことを言うねお姉さん!!

 肩を叩いて促すお姉さんに、ナギは戸惑い混じりの真顔で私を見てきた。眼鏡越しに真っ直ぐ見据えられる。


「それがいいのか?」

「いい、いらない!」


 案外乗り気だったらしい。ポケットに手を突っ込んで、今にも財布を取り出しそうな彼と、お姉さんに向かって大きく首を振る。


 花をもらっても置き場所に困るというものだ。絶対に枯らしてしまうし、勝手に枯れていってしまうのだから。生き物の世話に向いてない自覚はちゃんとある。


「だが」

「ごめんなさい、もう行きますね」


 なぜか渋るナギの腕を引っ張って、花屋の前から離れる。冷やかしになってしまって申し訳ないけど、花をかわいがる情緒はあっても、ちゃんと世話する自身はないのだ。あと、ナギに財布を軽くして欲しくない。


「本当にいいのか?」

「うん。命の責任は持てないから」


 そうか、と納得したのかうなずいて、ほんの少しだけ口端を緩める。


「しっかりしてるな」

「今頃?」


 1ヶ月前までは、こんな風に軽口を言える関係になるなんて思ってなかったなぁ。


 その後も靴屋さんとか服屋とか、露天をいろいろと冷やかして回った。手はしっかりと繋がれたままで、繋ぐのには躊躇ったくせに離しはしないのだから、変なやつだと思った。


 ふと、アクセサリーを売っている露天の、ひとつが目に入った。扇形をした雫みたいな綺麗なアクセサリーで、さっきから至るところで見かけるモチーフだ。


 指さしてナギに訊ねる。


「あれは何の形なの?」

「深海の女神のうろこだ。……欲しいか?」


 首を振って否定する。さっきから続く、プレゼント魔になりかけのこの人とのやりとりに疲れてきた。そんなに私に投資したいのかこの男。


 深海の女神は人魚だけど、そのうろこをモチーフにしたアクセサリーとはオシャレだなあ。ただのガラスだろうけど、透き通って光を乱反射する青色のそれは目を奪われるほど綺麗だった。


 目を離せない私をナギが横からじっと見ていることには気づいていたけど、これは多分おねだりされることを望んでいる目だから無視した。


 見てるだけだから! 欲しいわけじゃないから期待しないで!!


 隣のお客さんの相手をしていたおばさんが、お勘定を終えると私に声をかけてきた。かなり張りのある声でびっくりする。


「お嬢ちゃん、うろこが気に入ったのか? 綺麗だろう?」

「う、うん、そうだね」

「スウェントといえば深海の女神だからね! うろこは海軍の紋章にも使われてるんだから」


 そうなんだ! と驚いて私がナギの制服の紋章を確認するのと、ナギがそうするのは同時だった。…以外にも知らなかったらしい。


「女神といえば、遂に現れたそうじゃないか。深海の女神の乙女が!!」


 おばさんの興奮混じりの大きな声に、それが聞こえたらしい周辺の人全員がわっと沸き立った。


「そういう噂も聞くが、本当だろうか?」

「嘘だとして、そんな話が出回ってどうなるっていうのさ。女神の乙女がいるなんてのは今までだって流そうと思えば流せた話じゃない」

「確かに、ただの噂ならタイミングが変だよな」


「それに見たか? 神殿の神官が海軍に出入りしているのを」

「神殿? 大地のか?」

「いや、深海だ。珍しいことがあるもんだと思ったんだが、乙女が現れたのなら話は別だ。あながちただの噂ではないかもしれんぞ」


 もしかして…。いやいやそんなわけが…。という声が半々だった。当事者である私とナギはといえば、人がごみごみしている中、身動きが取れずに立ち往生していた。


 海兵の格好をしたナギは「実際どうなんだ?」とおじさんに捕まるし、フードを守ることで私は忙しいしで、結局抜け出すまで数分かかった。


 屋台でサンドイッチを買って、広場のベンチに腰を落ちつける。はあああぁぁと深い溜息を吐いて、小さめのサンドイッチにかぶりついた。


「…なんだか、自分のことなのに人事みたいだった」


 何でだろう、と呟く。ナギが隣で私のよりも大きいサンドイッチを食べながら言う。


「お前には自覚がない。だから人事としか思えないんだ。自覚がないのに覚悟も芽生えるものか」


 無遠慮にそう言ったナギに驚く。冷たく響いたが、それが私を責めているというよりも、自嘲するみたいだった。


「自覚かぁ。しているつもりなんだけどな」


 足りていないのか、全く積み重なってもいないのか。でも、圧倒的に必要なところに達していないっていうのはわかる。


「お前に女神の乙女は向いていないよ」


 ナギはそう言うけれど、そんなのは私だってわかっていて引き受けた役割なのだから、できなくてもやらなければならないことだ。今さらどうしようもない。


「お前はしたいようにしていい」

「うん、わかったって。何回言うの」


 逃げる機会は失った。そんな気力すらも失った。その道すらなかったのかもしれない。


 慣れてしまえばきっとあの日々は普通の日常になるだろうから、どうってことはない。いつかは笑える日だって。たぶん、もしかしたら。


 だけど、そんな未来が実現するはずもない。ティノエが望む女神の乙女は軽々しく笑って、人に隙を見せたりするような女性ではないからだ。私がそれらしくなるためには、まずそんな期待を捨てなければ。捨てられないから、いつまで経っても“らしく”なれないんだ。


 矛盾する頭と心に蓋をして、残りのサンドイッチを口の中に放り込む。立ち上がって、先に食べ終えてうつむいていたナギの手を取った。


「帰ろう。これからはちゃんと女神の乙女になるから」





「………そうじゃないのにな」



 ◆◇◆◇◆



 馬車と別れた路地に戻ると、そこにはずっとあったみたいに変わらず見慣れたそれがあった。


 扉を開けながら「楽しめましたか?」と訊く兵士に肯定と笑みを返して、中に乗り込む。ナギは、兵士と外で眉間に皺を寄せて真剣な顔で話し合ってから、向かい側に座った。そのときにはすっかりいつもの無表情に戻っていた。


「土産はいらなかったのか」

「うん。ティノエに見つかっちゃったら面倒だし、マーニャさんにあげるクッキーだけで十分だよ」

「レンキーだけどな」


 砦では見ないだけで、街は意外と知っているもので溢れていた。確かに、甘いお菓子はあそこでは必要とされないだろうからないのも頷けるけど、パンについては改善を要求しよう。


 帰りの馬車で会話はなかった。ナギはもともと無口だし、いつになくはしゃぎ回って疲れきった私は、いつの間にか眠ってしまっていたからだ。


 目覚めたのは突然馬車が急停車して大きくバランスが崩れたからだ。体が前のめりに傾ぐ。


 シートベルトもなく、寝ていたせいで踏ん張りも効かないから、慣性でそうなるのは仕方ないけど、このままだと大転倒ってところで正面にいたナギに肩を押さえられてそれは免れた。思いがけず近距離に彼の顔があってびっくりする。


「どうした」


 御者台と座席を繋ぐ小さな窓が開き、向こう側から兵士の焦りに満ちた声が届く。


「神殿に先を越されました」

「神殿…ティノエが戻っているのか」


 神殿と聞こえた瞬間過ぎった、嫌な考えを肯定する呟きをナギが舌打ちとともに零す。


 えーちょっと早過ぎない!? 船に乗って島を渡るのだからてってきり帰るのは真夜中とか明日の朝になると思ってたのに! すぐに戻るとは言っていたけど、ティノエの俊敏さには舌を巻く。


 砦には馬車を停める場所が4つあって、私たちが乗っている馬車を停めようと向かっていたところに、もうすでに神殿の馬車があったらしい。そこと違う場所に停めるとなると、塔から大分離れてしまって、絶対にティノエに勝てるはずがない。仕方なし、走って行ってやる。


 急いで馬車を降りて塔に向かおうとしたところ、扉のノブにかけた左手をナギの右手にノブごと包まれる。それは手伝ってくれるような動きではなくて、訝しく思って彼の無表情を見上げた。


「どうしたの?」

「なぜ逃げる? お前は弱くはないのに」

「は?」


 真面目に意味がわからなくて首を傾げた。


 表情の変わらないナギとしばらく目を合わせて、解り合えないまま、それを大して重要なことにも思わずにノブにかけた手に力を込める。抵抗もなくドアは開いた。


 石畳の地面に足をつけて、兵士たちへのお礼もそこそこに、回廊の向こう側に見える白塔へ走り出そうとした瞬間、いつもの浮遊感がやってきて短く悲鳴をあげる。


 慣れたとはいえ、唐突すぎてびっくりした。踏ん張っていた足も踏み出そうとした足も痛くない力加減でふわりと抱えられるから、一瞬風に飛ばされるみたいな錯覚に陥ってしまう。


 ああきっと、私の足が遅いのを気を遣って運んでくれるんだろうな、いい人だやっぱり、と能天気に感謝していたら、この男、全く急ぐ素振りもなく散歩するみたいにのんびり歩き続けるから暴れる。


「落ちるぞ」


 今回ばかりは落としてくれても怒らないから降ろして!


 どうしてこの人は焦らないんだ。私が怒られるってことはナギも怒られるっていうことで、そんなのはきっとめんどくさいって思っているだろうに。


 いやしかし、ティノエが子犬に見えているナギには痛くも痒くもないんじゃないか。私にかかる心労はMaxを突破して軽くオーバーキルだというのに。


 ばたばたしていた足をがっちりホールドされ、突っ張っていた手は、わざとバランスを崩されて反射的に彼の首に回してしまう。割と本気で暴れていたのに、抵抗を抵抗とも取られずあっさりと安全な体勢に導かれてしまった。


「ユア、戦ってみようと思わないか」

「誰と? なんのために?」

「ティノエと、お前自身のために」


 意味がわからないが乱舞している。ティノエに認められるために頑張っているのに、戦うとは? それって意味なくない? ナギの考えていることって、人より解り辛過ぎるんだから説明に手を抜かないで欲しいよ、全く。


 そうこうしているうちに、通りすがりの兵士たちの注目を浴びつつ、この回廊を通り抜ければ塔に着く、というところで、塔の入口で兵士に足止めを食らってこちらに背中を向けている白い影が見えた。


 ぞわわわわわわわっと怖気が走り、二の腕に鳥肌が立つ。この反射的な怯えに、ナギの頭に回した手に力がこもる。宥めるみたいに背中を大きな手の平で撫でられて、ちょっとキレてたのに安心してしまった。


 何やらティノエは兵士と言い争っているようで、まだこちらには気付いていない。ただ、彼らの様子を野次馬していた兵士たちには気付かれており、不思議そうにナギに抱えられて縮こまる私を見ていた。


 まばらに散っていた彼らが自然と道を開き、ティノエの声がはっきりと聞こえてくる。どうやら塔に入れなくて怒っているらしい。


 ティノエと問答していた、彼よりも頭半分背が高い兵士がこちらに気付き、今来るなと言うように首を振った。しかしナギは気にした様子もなく、そちらに向かって行く。


 どうやら本当に、ナギは私をティノエに立ち向かわせようとしているらしい。どうして突然そんなことになったのか。私の決意を聞いていたはずなのに、どうして、なんで。


 ティノエが訝しげな顔をして振り向く。優しげな顔立ちが弛緩し、呆然を描くと、数秒もしないうちに全てが怒りに塗り変わった。







夏休みが暇とは限らない訳ですよね。

アルバイトに励んでます。

お疲れ様でェす☆

とりあえず夏休み終了までの二章完結目指してます。

夜露死苦っス卍⌒☆


ホントはコンナキャラジャナイノニ〜


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