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転生者の理不尽な義務  作者: あかねあかり
白塔の女神
22/29

息抜きは行き当たりばったりで

「お二人とも、こちらを着てください」


 うっすらと湿気た路地に入って馬車を一旦停めると、御者台の小さい窓から兵士が布袋を投げ入れてきた。ナギがそれを軽々受け取って、結び目を解いて中を確認すると、大きな布を引っ張り出して渡される。


「これ私の? 誰が?」

「マーニャ殿が用意したものだ。気に入らないか?」

「そんなわけないけど…」


 広げて見ると、それは淡い水色のケープで、着たら頭まですっぽり覆われてずいぶん着心地がいい。


 ナギには一兵卒の上着と帽子に丸メガネが与えられた。あの特徴的なマントは基本的に着ない彼だが、身分を示すような濃い青の上着が白を基調とした上着になると、堅苦しさが抜けて爽やかな印象になった。しかし、どこにでもいるようなもさっとした格好をしても消しきれない、そのオーラはなんだろう。


 これでは街中に混ざるのにも無理があるんじゃないかと心配する。覗き込んで同じことを思ったらしい御者台の兵士がさらに布を用意しようとすると、動き辛くなるからと本人に断られていた。


「もっと深く被るんだ」


 ぐっとフードの前を引っ張られて視界がかなり遮られる。痛みもなかったけど驚かされたのがしゃくに触ったので、ナギの帽子も同じようにしてやる。


「何する」

「もっと深く被らなきゃだめだから!」

「準備出来ましたか」


 呆れまじりの声に肯定を返して、どきどきする胸をおさえて正面のナギを見据える。彼は私のせいでずれた帽子を直しながら無表情を和らげた。


「お気を付けて」

「ああ。昼過ぎにここで」


 あと少し、もう少し待てば外に出られる。街が私を待っている! スウェントべ来た初日以来、歩き回りたいと憧れていた街が! 待ってる!!


 カーテンの隙間からただの路地を眺めてそわそわする私をどけて、ナギが馬車の扉を開き先に外に出ていく。外から差し伸べられた手に手を重ねて、導かれるように馬車を降りて地面に立つ。


 やっぱり路地は路地でしかなく、街に着いたという感慨はひとつも湧かない。けれど、とても嬉しかったから。きっと連れられるのがあの白塔でないのなら、どこへ連れて行かれたって喜んでしまうかもしれない。ああ、なんて簡単な人間か。


「ナギ、行こう!」


 借りていた手を重ねたまま、その手を引っ張って路地の出口を目指した。



 ◆◇◆◇◆



 路地を抜けるとそこは人々が入り乱れ騒がしい声と色とりどりの風景が迎えてくれるのだ。…と思ったら、朝7時にあたるこの時間に開店する店はなく、静かな街の道に、前に垣間見たあの賑々しさを思い描いていた私は少々がっかりした。


 木箱の隙間からこちらをじっと見ている黒猫がいた。


「朝食がまだだったな。何が食べたい?」

「パン!」

「ああ、ボンか。なら一つ向こうの通りに今からでもやってる店が…」


 パンがここではボンと言うのは知っているが、ナギには伝わるし、その響きに慣れないから、私はパンと言い続けてやる。


 角を一つ二つと曲がって、やがてナギが立ち止まったのは、かわいらしい外観のこじんまりとした白い家みたいなお店だった。ピンクと白の花々が、ドアの前で私たちを歓迎するみたいに揺れている。


「ここがパン屋さん?」

「ボンの専門店だ。『froße』」

「ふろーせ? どういう意味?」


 ナギがドアを押し開くと、来店を知らせる鈴が鳴った。その音と質問の声が重なって、私の疑問は届かなかったらしい。ナギに目も合わされずスルーされる。別にいいけどね! 


 すぐにエプロン姿の店員のおじさんが奥から現れて、「いらっしゃい」と笑顔で歓迎される。


 ふわりと身を包むバターの香ばしい香りと砂糖の甘い匂い。これぞ! The パン!!

 感嘆の声をあげる私に対して、ナギの無表情には磨きがかかる。けど、一つ瞬きの間、ナギの横顔が陰った気がした。


「……女神の愛した花の名前だ」


 それでどうして、彼の顔は曇るのだろう。


 不思議に思いつつ、目の前のショーウィンドウに守られた美味しそうなパンたちに集中する。まだ日本で言うところの楷書しか習っていないせいで、流麗に書かれた商品名は読めないが、普段の食事ではとんと見ることもなかった柔らかそうなパンの輝きは文字が読めなくてもわかる。


「どれがいいんだ?」


 散々悩んだ挙句、小さいクロワッサンぽいもの2つとブルーベリーパンっぽいものを頼んだ。食べれきれるのかわからないけど、誘惑には勝てない。ナギは朝食を済ませているから、コーヒー一杯だけを頼んでいた。


「ここで食べて行くだろう? よかったら新商品、試してみないか?」


 ジ○ムおじさんみたいだなぁ、とひげもじゃな顔を思い浮かべてぼーっとしてたら、そんな親切な言葉をかけられて、気づいたら頷いていた。待ってろ、と残して奥に行ってしまったおじさんを引き止める術もなし。よし、食べきれなかったらナギに押し付けよう。


 イートインコーナーにはカップルが一組先にいるだけで、BGMもない店内は静かなものだった。お互いのことしか目に入らないらしいカップルには気を遣う必要もなく、おしゃべりしながら甘いパンにかぶりつく。


「うまいか?」

「うん! やわらかい!!」


 普段、海軍で出されるパンはスープでほぐさないと食べられないくらい固いから、この顎に優しく味のするパンはとても美味しく感じる。これは是非ともメニューに取り入れてもらいたいけど、果たして叶う気がしない。


 もしかしたらこれが最後の巡り合わせかもしれないのだからと思って、大事に噛み締めながら食べるのをナギに静かに見守られる。母親か、とでもつっこみたくなるくらい優しい目だ。むずむずする。


 次第にイートインコーナーにも人が増えてきて、やっぱり食べきれなかったクロワッサンをナギに譲って、どちらも食べ終わったころには、すっかり住民が活動する時間だった。


 パン屋を出て大通りに出ると、そこには私が思い描いていた街が正しくそこにあった。テレビでよく見た外国の朝市みたいな様相で、さっきまでがらがらだった広い大通りに人がもみくちゃになって行き交っている。


 感動して突っ立っているとあっという間にナギとはぐれそうになってしまって、慌てて背中に引っ付いた。


「どうしてこんなに人が多いんだと思ったら、明日は陽光降臨祭で今日は休日なんだ。露天商がいるぞ」


 行きたいだろう? と聞きもせず私の意思を汲み取って導く。もちろん返事は行きたいに決まっているのだけど、はぐれたら元も子もないと思う!


 背の高いナギは目印には便利だけど、見えなくなってしまったら最後だ。必死に背中にくらいついて追いかけていたら、小学校の時のリレーで1位の子に3m差で離されていたときのことを思い出した。結局追いつかなくて2位のままバトンをパスして終わったんだけど。あのとき凪はアンカーで、3位から怒涛の追い上げを見せて運動会のヒーローになってたなぁ。


 そしてナギはといえば、張り詰めた空気を纏って険しい顔をしている。警戒心有り余る様子で辺りに目を配る様子は、とてもただの一兵卒には見えない。


 私は息抜きの最中だけど、ナギは私が傍にいる限り仕事中なのだ。そんなに大変なことだったのなら、私だって迷惑をかけないように真っ直ぐ家に帰れたのに、ここまで来て今さら戻るなんて選択肢はない。


 半歩前を行くナギの背中を人混みの中追いかけていたら、後ろから走ってきた男に肩をぶつけられてよろめく。何とかふんばったと思ったら、靴のかかとを誰かに踏まれて出そうとした足が出てこなくて前に倒れ込んでしまう。


 反射的に手を前に突き出して受け身を取ろうとすると、お腹からぐいっと何か太いもので持ち上げられる。全身を包む浮遊感がして、気付いたら定位置のナギの腕の中で抱き上げられていた。


 すぐ間近に、ナギの驚きと険しさの入り交じった顔があって、無意識のうちに息を吐いていた。


「大丈夫か?」

「うん、ありがとう」

「油断した。そういえばお前はよく転ぶ」 


 何か文句を言いたかったが、返す言葉もなかった。


 その格好のままでナギはまたずんずん歩き出す。頭一つ二つ高い位置から人並みを見渡して、これだとめちゃくちゃ目立っていることに気付いた。色んな人と目が合うし、風がダイレクトに当たってフードが脱げそうだ。これじゃあ景色をゆっくり楽しむ余裕もない。


 いつバレるのかとひやひやしながら、眼下のナギに下ろすように請求する。


「ナギ、ナギ、目立ってるから下ろして!」

「だめだ。お前は離したら転ぶし迷子になる」

「子どもか!」


 同じようなものだ、と取り付くしまもなく断言するナギに言葉をなくす。こんなに堂々と子ども扱いされたら、何を言っても通じる気がしない。


 過保護にも程があると思うのだが、私が迷子になって迷惑を被るのはナギなので、そうなって然るべきなのだろう。しかし、目立つことには目立って仕方ないから、一旦下ろして欲しいのだけど!


 ふと、視界に入った親子連れの繋がれた手に目が行った。そうだ、普通に手を繋げばいいんじゃないか! 抱っこが定番になりすぎて忘れていたけど、凪といえば手つなぎだったんだ。隙があれば掴まれていたのが私の左手だったんだ。本格的に嫌がったらやめてくれたけど。


「手! 手を繋ごうよ!」

「手?」


 訝しげに見上げられたけど、負けじと強く首を縦に振って肯定を示す。大通りは流れを止めると大変なことになるから、一旦小路に入って下ろしてもらう。地に足が着いていることに対するちょっとした違和感に軽く絶望した。


「手を繋ぐって…俺は構わないが、お前は嫌だろう?」

「嫌じゃないよ。どうして?」

「いや……なんでもない」


 きっと何かあるだろうに、気になる話の終わらせ方をするなあ。追求しても仕方ないことだから流すけど。


 左手を差し出すと、少女みたいに狼狽えながら、恐る恐る彼が右手を伸ばしてくる。大小ちぐはぐな手が重なると、短く息を吐いて、きゅっと軽く握り締められる。


 こんなことで…。ナギはこんなことで照れるんだ。抱っこはあんなに、簡単にするのに、手を繋ぐことにこんなに躊躇うんだ。


 凪ならきっと嬉々として掴んで固く握り締めて離してくれないのに、別人みたいな反応をするんだ。


 …………ん?


「花屋があるぞ、ユア」

「あ、あそこ?」


 ふと胸に落ちた違和感に目をつぶって、ナギが指す方に向かう。目に付いた花は大輪の白い花で、レースみたいに繊細な花びらが派手に開いて、見てみなさいと言われているように感じた。


 目立ちたがり屋だね、と手を繋いだままのナギも巻き込んでしゃがんで見ていると、店員のお姉さんに声をかけられる。


「フローセが気に入ったの? 今年一番に咲いたのよ」

「フローセ…」


 さっきもどこかで聞いた名前だ、と思ったら、パン屋の店名だったことを思い出した。








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