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転生者の理不尽な義務  作者: あかねあかり
白塔の女神
11/29

耳にたんこぶができそう

サブタイトルふざけました。

でも中身は真面目です<●> <●>

 とりあえず部屋を出ようと促され、立ち上がろうとして足に激痛が走り、筋肉痛だったことを思い出した。

 がくんと不自然に崩れ落ちた私に、彼―――ナギ、はどうしたのかと訊ねてきた。


「筋肉痛、で。……すみません」


 凪に敬語なんて、初めてかもしれない。


「筋肉痛? どこが痛い?」


 すっと私の足下に肩膝を立てて座り、ショートブーツで覆われた足首に無骨な手を添えようとする。思考停止。


 私が動かないのをいいことに、右足首を掴んだナギは、ブーツを履かせたまま足首を左右に揺らして見せた。踵を固定したまま、爪先だけを動かされる。ちくりとした痛みを感じて、顔を顰めた。


 その様子を真剣な目で観察していた彼は立ち上がると、観察結果を伝えてきた。


「筋肉痛だけじゃなく、捻挫もしている。医務室に行こう」

「え、えー」


 行きたくない、というのが顔に出ていたはずだ。それでもナギは頑なに目的地を変えようとはしない。仕方ないので諦めて受け入れようと、気合を入れて立ち上がろうとしたとき、体が浮き上がった。


 気づいたときには足がやわらかな絨毯から離れていて、昨夜の海でもお世話になった腕に抱き上げられていた。しかも片腕。


 ………………くっそ何だこいつ!!


 私にはお姫様抱っこしてあげる価値もないと!?

 まるで子どもみたいにさあ! 実際20センチ以上身長差あるけれども! 私の年齢に気を遣ってそういう抱き上げ方しなくてもいいんじゃない!?


 メラメラと湧き上がる怒り。私だって、ナギにそんな意図があってやったんじゃないことくらい分かってる。親切心。そう、親切心だ。凪だっていつもそうだった。それに勝手に嫉妬していたのは私。


 ナギはナギで驚いた顔してこっちを見上げてくる。すぐ真下に見える金髪の旋風は物珍しくて、つい押してしまいたくなったけど堪えた。


 私の状態を確認して動き出し、やっと執務室を出る。廊下には驚くくらい誰もいなくて、ここに来るまでに見張っていたらしい海兵もいなくなっていた。


 そして、おもむろにナギが口を開く。


「…軽いな。それに細い。そこまであの船は酷かったか?」


 その台詞にムッとして、強く首を振って言い返す。


「船では良くしてもらって……ました。私が見苦しいのは、もとからこんなものだか、ら…です」


 どうしても抜けない違和感のせいで、つっかえつっかえになる敬語に彼は眉根を寄せた。そうして、敬語は使わなくていいと告げる。


「いいんですか?」

「そんな片言の敬語で話すよりは断然いい。地位など気にするな。どうせ総統閣下のやり過ぎだ」


 廊下を曲がると、吹き抜けの回廊に出た。一本一本の柱に、柄が彫られている。それもただの柄ではなく、彫刻というに相応しい、女神の姿が彫られていた。


 これがかの深海の女神の姿なのだろう。静かな波を思わせる豊かな髪に、優しげな微笑みをたたえる表情。まさに理想の女神の姿。私には似ても似つかない。


 柱に彫られている女神は、それぞれ違う動きをして

いた。ただ立っている女神、人を慈しむ女神、海を漂う女神。


 その中で際立って美しいのが、たくさんの宝飾品に囲まれ、誰か男と寄り添っているものだ。その中の女神は、これまでのような慈しみを持った微笑みではなく、本当に幸せそうな、ただその人にだけ愛を向けるような、人間らしい表情をしていた。


 会話を忘れて惚けたように一本一本の柱を見続ける私に、ナギが苦笑したのがわかった。それに気付いて彼を見る。


「いや、この回廊を見て驚く者は珍しくないが、そこまで惚けた顔をする者は珍しくてな。……いや、馬鹿にしてるわけじゃない」


 じと目で睨んだのが効いたのか、ナギは慌てて首を振って弁解した。凪にもそういうところはあって、口に出してから、この台詞は私の気分を悪くさせるんじゃないかと弁明を繰り返すのだ。


 それでも私の機嫌が直らないときは、お菓子で釣ってご機嫌をとろうとした。私は現金にもすぐさまそれに飛びついて、凪はそれにほっと安心していた。


 とてもあの頃を彷彿とさせるやり取りを終えて、回廊が途切れ、真っ白な扉の前でナギが立ち止まった。躊躇いなくその扉を開けた彼は、中のこちらに背を向けている人に気安く声をかける。


「ジーム、怪我人がいる」

「そこのお前に抱っこされてるやつか? さぁて、今度はどんな子か、な……」


 笑顔で楽しげに椅子を回してこちらを見たのは、まだ若い、三十代前半くらいの茶髪の男だった。この世界では初めて見る丸眼鏡をずるっとずらして、私を唖然と見つめている。青のシャツに白の白衣を纏う姿は、まさに海軍の医者だ。


 固まる彼を気に留めず、ナギは中に入ると医者の前の椅子に私を降ろした。そして自分はその後で仁王立ちしている。


「ジーム」

「はっ。…あ、すまない。それで、どうしたの?」


 気を取り直してというように背筋を整え、医者の顔で私に訊ねてくる。


「あの、足が……筋肉痛と、捻挫? で」

「両足? ちょっと失礼」


 そう断って私の足の状態を確認すると、両足が重度の筋肉痛で、右足首が軽い捻挫だろうと判断した。重度の筋肉痛……初めて聞いた。


 足首に包帯を巻き、棚から塗り薬を持って来て差し出す。それを思わず受け取ってしまうと、筋肉痛の薬だと説明された。


「ここには筋肉痛になる奴なんて少ないからな〜。お嬢さん、見たところ頻繁に筋肉痛起こしそうだし、それ丸ごと貰っていけよ」

「ありがとうございます」

「あと、ちゃんと3食食べろ。なるべく炭水化物とかも摂取しろ。お嬢さんは、まず太ることから始めなさい」

「はぁい…」


 耳が痛い。

 何度も人に言われ続けたきたことだけれど、自覚がある分馬耳東風にはなれない。耳にたんこぶができるほど聞かされた台詞だけど。


 診察が終わったようなので、椅子から立とうとするその足を掬われ、またナギに片腕で抱かれる。条件反射で手近にあったものを掴むと、それはナギの金糸の髪になった。


「他に何か注意点は?」

「鍛える場合は水分を片手に行なえと。あと、その髪の毛をすこぉし」

「却下」


 親指と人差し指で「すこぉし」を表していたけれど、ナギに手刀で腕を落とされ、絶叫する医者。髪の毛って……髪の毛、何に使うんだ。


 ベラクローフさんとか、よく知る人にあげるのに抵抗はないけれど、初めて会う人にはいどうぞってあげるのは抵抗がある。何よりベラクローフさんは危険な扱い方をしないってわかっているし。


 多少、ナギのやり過ぎた感は否めないけど、ここで医者を庇うほど人間出来ていなかったので、痛がる彼を放置して医務室を出た。


「次はどこへ?」

「お前の部屋だ。ここから近い」


 わざわざ連れて行ってくれるらしい。口頭案内では辛いのでありがたいのだが、だんだんすれ違う人が増えてきている気がするのだが? そして挨拶されているのだが!?


「こんにちは、中将。そちらは?」

「ああ。海軍で預かることになった。近々紹介されるだろうから、そのときにな」


 そうですか、ではそのときに、と愛想よく腰を折った彼に、慌てて軽く頭を下げた。頭上からで申し訳ない。


 しかし、海軍で預かってもらうとは聞いていたけど、紹介までされるのか。まあ、宿を借りる身なのだから仕方なかろう。廊下ですれ違う度に身元確認されるのも面倒だし。


 英雄であり中将であるナギに抱っこされて廊下を通るのは否応なく注目されて、ナギに挨拶する人が私に興味津々で目を向けてくるのにもメンタルががりがりと削られた。


 そんなこんなで人の多い回廊を切り抜けて、抜けた先は草しか生えていない庭だった。花も木もない、ましてや建物もない、やたら広い場所。


「あれがお前の住むところだ」


 と、ナギが指し示す方を見てみると、それはここから少し離れたところにある、ビル五階建てくらいの高さの塔だった。


 本館からはなれた場所にあるそれは、一番背の高いが一番歴史深(古)そうだった。かといってボロいというわけでもなく。


「あれは……」

「離塔だ」

「なぜ、私があの離塔に住むことに…」


 普通に、ここの客室か物置かにでも入れてくれると思っていたのだが…。どうして離塔なんていう予想もつかない人から離れた場所に住むということになったのか。


 もしかして、さり気なく出て行けとか言われてる?

 そういうことかと思って、戸惑いがちに真意について訊ねてみたところ、ナギはなんてことのないように答えた。


「一番女神っぽいから」


 なるほど。


 いやなるほどじゃない!


 なんで女神っぽいからなんて理由が出て来た!? 私女神じゃないし! なる気もないし!!


「総統から、あそこに連れて行くように言われている。拒否しても今更部屋を用意できないぞ?」


 困った顔で言われても、困った顔したいのはこちらですよ。拒否権がないってどういうこったね!


「私確かに総統様に『海軍の象徴』みたいなものになって欲しいとは言われたけど、了承してないよ? 同意もないのに決めたの?」


 無意識に責めるような口調になってしまった。ナギは気まずそうにしながら、首を振った。


「すまない。俺にはどうしようもない。総統の言うことには逆らえないんだ」

「そんな……」


 凪が私の詰問を跳ね除けるなんて。……いやいや、凪じゃないし。この人は春俣凪じゃない。前世で私のことを一番としていた、凪じゃない。


 あれ、でもそれならどうして、私は初対面のこの人に、復讐なんてそんなことを考えたんだろう。


 頭では違うということはわかってる。それは身に染みて知っている。それは凪のせいで前世で味わわされた理不尽な結末と、今世で味わった理不尽な半生に対する復讐だったはずだ。


 前世でのことは凪にも罪がある。なぜなら凪がいなければ、私の人生はあんなことでは終わらなかったはずだから。普通の、一般的な、幸せを最期まで味わえたはずだから。


 でも、今世は?


 今世で凪に罪はない。なぜなら凪は私の人生に、全くもって影響を及ぼしていないからだ。それはナギにも言える。


 それなら、私は、何にこの胸のうちに滾ったものをぶつければいい?


「とりあえず、行こう。この先はお前が考えるべきことだ」

「……うん」




 私は、いったん復讐を脇に置いた。




作中とサブタイトルの誤字はわざとです。

こんな子です。

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