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転生者の理不尽な義務  作者: あかねあかり
白塔の女神
10/29

哀れな私は踊らされる

 ベラクローフさんの腕にしがみついたまま向かった先は、海軍総統―――つまり海軍の中で一番上の地位にいる雲の上のお方らしい。そんな人に、何の準備も心構えもなく、会いに行っていいものか。


 私の不安の種を知る由もないベラクローフさんは、明るい声で笑顔とともに何の根拠もない大丈夫を繰り返した。


 不安しか煽らない彼と、度々すれ違う海兵たちの視線。来てしまったことは仕方ないとはいえ、やっぱり後悔する。せめて自力で歩きたいけど、子鹿な私には無理な話だった。


「私が怒られそうになったらさり気なく庇ってね!? 絶対に見捨てないでよ!!」

「大丈夫大丈夫」


 その自信はどこから来るんですか。大丈夫、庇うから。と言っていると考えるよりも、大丈夫、怒られないから。と言われていると考える方がしっくりくる、この感じ。


 まあ正直なところ、今の私は誰に何と言われても不安しか感じないだろうけど。


 無情にも何段も階段を登らされ、後ろに張り付く護衛か見張りかわからない兵士さんにも、のろのろ歩きで迷惑をかける。


 ベラクローフさんはいっそ抱えようかと手を伸ばしてきたけど、頑として突っぱねた。いつもとは場所が違うし、こんな服装で俵担ぎされたら恥ずか死んでしまう。


 彼らに励まされながら着いた先は、海軍総統の執務室だそうだ。取調室でもよかったのに、と呟く私を無視して、ベラクローフさんは無遠慮に扉に手をかけた。


「ノック! ノックは―――」

「大丈夫だから」


 だからその根拠のない大丈夫ヤメテ!!


 ノックもせず開けた扉の向こうから、呆れたようなため息が聞こえた。つまづきながら中へ入って、一瞬視界に入ってきた虎の剥製に牙を剥かれ、硬直した。


 さすが、一番偉い人だけあって広い室内は、壁全てが本棚だった。書庫もかくやという執務室の奥には、虎の剥製と大きな窓をバックにかっこいい執務机が。扉の手前には、柔らかそうなソファーに挟まれたテーブルが置いてあった。


 ベラクローフさんの背中に隠れながら、少し離れたところでこちらを見て呆れ顔をするお爺さんを見つける。シルバーヘアーの良く似合う、真っ白な口髭を蓄えたダンディなおじ様だ。若い頃はさぞかしぶいぶい言わせていたんだろう。現在、恐らく60代に思われる。


 おじ様は、呆れ顔でベラクローフさんを見たあと、その顔のままソファーに座るよう指した。遠慮なく身の沈むソファーに座らせてもらって、足を体重から開放する。


「お前はノックも知らぬのか」

「知ってるけど使わないだけです。第一、こんな扉にノックしたって手が痛くなるだけじゃないですか」


 私の隣に座ったベラクローフさんの台詞に、またため息。ゆっくり歩いて来ると、向かい側に腰を下ろした。


 おじ様は、私を見ると一転して柔らかい笑顔を見せてくれた。まるで犬猫を愛でるかのような優しげな、にっこりとした笑み。

 あ、なんだ優しそうな人じゃん、と一気に安心して私も同じような笑みを返した。安心し過ぎて、若干頬が緩みすぎた気もする。


「初めまして。海軍総統のレグロス・ヴィ・ローレンタスと申す。そこの坊主の祖父のようなものじゃ」

「は、はじめまして。ユア・デラクールといいます」

「ほほぅ。素晴らしい名をお持ちじゃなぁ。これまたぴったりと嵌る」

「……ハハハ」


 今世の私の名前、ユア・デラクールというのは、3人いる女神のうちの1人と同じ名だという。


 深海(ユア)女神(デラクール)


 余談だが、私の実家の男爵家の家名は、デラクールではない。ならなぜこの名が付いたのかというと、『我が家に降臨された女神に卑小な家名など付けられない』というのが建前。本音は『身元の怪しい小娘に我が家の家名を与えられるか』という酷いもの。


 女神だ生贄だと崇めるくせに、あの人の本心とは本当に汚い。


 深海の女神の他にも、陽光(レノ)女神(デラクール)や、大地(ボア)女神(デラクール)などの女神をそれぞれ崇め奉る宗教が、この世界の三大宗教となっている。


 海兵は必ず深海(ユア)女神(デラクール)を第一の女神としているので、やりにくいったらありゃしない。


 視線をさまよわせ戸惑いを顕にする私に、おじ様はワハハハハと快活に笑って、仕方ない、と言った。


「生まれ持ったものは変えられないさ。そなたが本当に女神の化身ならば、そのように扱われる。人にはそれぞれ義務があり、それを果たさねばならない。どんなに逃げたいと願おうと、な」

「……総統様は、私を女神に関係ある者だと思うのですか?」


 私の魂を削った質問に、おじ様は顎に手を当て考え込んだ。この返答次第では、私はすぐさまここから逃げよう。もう、海で死ぬのは真っ平だ。理解し難い理不尽な理由で死ぬのも。


 私が緊張しているというのに、ベラクローフさんはいつも通りの余裕な態度で、ゆったりとソファーに身を預け寛いでいる。その様子は、誰がこの部屋の主かわからなくなるほどだ。


 少しして顔を上げたおじ様の目は、ベラクローフさんとよく似た海の青だった。


「ああ。思う。そなたは間違いなく、女神と関わりがある娘だろうて。神が何も考えず、そなたにその色を与えるはずもない。儂の人生の中で、陽光(レノ)のような輝く金の髪も、大地(ボア)ような力強い茶の髪も何度か見たことはあるが、深海(ユア)の蒼は見たことがない。そなたは珍しい。それは間違えようもない事実」


 レノやボア、その色を持つ者は多い。金髪金眼も珍しいが、それでもいなかった訳じゃない。けれど、蒼髪碧眼は今現在まで、存在するとすら思われていなかったのだ。


 珍しいし、貴重だ。実家でも髪を切ることは許されず、たまに切られたときは、切った髪を丁寧に集めて持って行かれた。昔は怪しい儀式にでも使われるんだろうかと冗談半分に考えていたが、今となってはそれも否定出来ない。


 囚われ利用され、挙句には生贄にされるという酷い半生を過ごしてきた私だけど、辛うじてプライドや目的意識は残っている。


 やっと、心穏やかに過ごせていたあの船に、もう戻ることはできないんだとしても、ここでも利用されるというのは絶対に嫌だった。


 だから、この街のトップであるおじ様に、この異色で嫌な利用価値がある私をどうするつもりなのか、聞いておきたかったのだ。


「正直に言おう、ユア・デラクール殿。儂はそなたを、海軍の象徴としたい」


 え? なんだって?


 ポカーンとする私に苦笑して、おじ様は続ける。私の疑問に答えようとする。私にこれからを指し示す。


「最近、海軍の力は弱まってきている。海賊が増え、陸軍が幅を利かせ、女神の恩恵を忘れかけた兵たち。失われかけた栄光を取り戻すため、そなたには是非、海軍の象徴となって、我らに光を示して欲しいのだよ」


「は、はぁ…」


「もちろん、ただでとは言わない。何でも希望を叶えてやろう。何なら、そなたの実家であるリシュエトのクルセル家への復讐を手伝ってもいい」


「なっ!!」


 海を越えた先にある隣国リシュエトは、身分差別の強い国だ。国王は政に無関心で、貴族は自分の暮らしさえ良ければどうでもいいという堕落ぶり。国民は明日の日々さえ覚束無いというのに。


 その国の男爵家であるクルセル家が、今世の私の実家である。男爵である父も強い選民意識の持ち主で、成り上がるためには手段を選ばない最悪の貴族だった。


 私への扱いも酷くて、最早人間ではないような扱いをされた。あいつは私を時計か何かと思っているのか、話しかけるときの決まり文句はいつも『今は何時だ』で、後に続くのは『大人しくしていろよ』だった。夫があれなら夫人もそれで、最悪の両親だったと覚えている。


 そんな両親への復讐を手伝うと言うおじ様。魅力的な提案に思わなかったといえば嘘になるけれど、私は生まれた国も、実家も告げていない。聞かれても、頑として口を開かなかったのだ。


「なぜ、私の家を……」


「秘密だ。儂は何でも知っているよ。そなたが海の生贄にされたことも、そなたが英雄を探していたことも、そなたが14年間、どのように虐げられてきたのかも」


 不気味だった。このおじ様が気味悪いとしか思わなくなった。優しいなんて、そんなのただの希望的観測だった。優しい見た目をした人が、実は腹の底で人を嗤っていることなんて、知っていたはずなのに。


 気付けば、こめかみに汗が浮かんでいた。騙された騙された騙された。それしか考えられなくなって。


 最早優しくも何ともない、鋭い視線で「いいかな」と訊かれ、頷きそうになった瞬間、傍らのベラクローフさんが、固く結んだ手に、大きな掌を重ねてきた。


 その温もりに安心感を見出して、少しだけ気分が落ち着く。ベラクローフさんはおじ様を睨みながら、私の背中をさすってくれた。


「こんな小さい子を脅すなんて、人間の風上にも置けない男ですね。そんな話をするために、俺はこの子をここに連れてきた訳じゃないんですけど」


「おおそうか。それはすまないね、お嬢さん。儂はちぃと図太い礼儀知らずな坊主どもの悪影響を受けておったようだ。お嬢さんは女の子だと言うのになあ。まだ親の庇護のもと、穏やかに暮らしていいはずの、子どもなのになあ」


 それから何度も謝ってくるおじ様に、言葉を発せず首を振って答える。脅えて頑なな態度でベラクローフさんの腕に隠れる私を懐柔しようと、お菓子を差し出してきたのでそれを受け取ったところで、私に腕を貸し出したままベラクローフさんは笑顔で口を開いた。


「それで、無駄話はおしまいにして、本題に入って頂きたい」


「せっかちな若造じゃのお。無駄話にも意味はあるのだというのに。まあ、あれは時間稼ぎだ。もう一人呼んでおるのだが、事後処理に奔走しておるようで忙しいそうじゃ」


「へぇ」


「……おい、そいつが忙しくしておるのはお前がサボるからじゃぞ。少しは働け」


「……」


 無視を決め込んだベラクローフさんに、さらに言葉を繋げようとおじ様が口を開いたとき、部屋にノックの音が響いた。


 ベラクローフさんと違って、真面目にノックをして部屋の主からの了承を得て扉を開いた彼は、中に足を踏み入れて、私たちを認めた瞬間、動きを止めた。それも1秒にも満たない間のことで、すぐに動きを再開すると、おじ様の後ろに立った。


 直立不動の姿勢で壁のようになる彼の見覚えは、もちろんあった。というか、知らないはずのない人だ。

 おじ様は、もちろん知っておるじゃろうが、という前置きとともに彼を紹介した。


「元陸軍大佐、現海軍中将であるナギ・ファルマータじゃ。先の理由で、先月から陸軍を退役して海軍にくら替えしてもろうた」


 先の理由で、というのは、最近海軍が衰えてきているとかいう、あの理由だろうか。わざわざ陸軍を辞めさせて、海軍のそれも中将の地位に就けるなんて。


 知識のない私でも、それがどれだけイレギュラーなことなのくらいかはわかる。唖然として彼を見上げ、目が合っても逸らせなかった。


「ファルマータ中将、既に紹介されただろうが、彼が海軍の暴れん坊、ベラクローフ・マゼレルダ中将じゃ。こいつの方が年は上だが、まあ子どものような大人じゃ。年功序列など気にせんでもよかろう。機会があれば、こいつに礼儀作法が何たるかを叩き込んどくれ」


「はっ」


「そして、こちらのお嬢さんがユア・デラクール嬢じゃ。しばらくは海軍(うち)で身元を預かることにした。話し相手にでもなってやっとくれ」


「は…」


「えっなっはあ!? 私、」


「本日は昨日の報告という名目で呼び出したが、私はもう既に全てを把握しておる。―――ということで、本日は解散じゃ。お嬢さんはファルマータ中将に本部を案内してもらうといい。そこのサボり魔は、儂と仕事じゃ」


「はあ―――、仕方ない。一応仕事くらいはしてくるよ。ユア、英雄に良くしてもらうんだよ」


「ま、待ってベラクローフさん、私毛ほどの役にも立たないのに何で海軍(ここ)に滞在することになってるの!?」


「まあまあ、説明はそこの英雄にお願いしてね。それじゃ」


 無情にも、ひらひらと手を振って部屋を出て行くおじ様とベラクローフさん。待ってと繰り返したけど、彼は笑顔のまま背中を向けた。


 残ったのは、行き場のない右手を扉へ向かって伸ばす私と、直立不動で動かない英雄サマだ。しーんとした室内に、外から聴こえてくる笑い声と足音が遠ざかるのが、やけによく聞こえた。


「あの」


 彼の声に、びくううぅぅと大げさに反応する。折角声をかけてくれたのに、沈黙が破れようとしていたのに、私の反応を見た彼は口を噤んでしまった。


 仕方ないから、おずおずと体勢を戻し、恐る恐る彼を見上げる。相変わらず麗しい英雄の君は、きっちりとベラクローフさんと同じ制服を身に纏っている。一つ違うのは、ベラクローフさんのマントの裏地には青薔薇が刺繍されていたが、彼のものにはないというところだけだ。


 表情を伺うと、彼もどこか困ったような顔をしている。ああそういえば、よく凪もこんな顔をしていた。


 私が凪を鬱陶しがって、「付いて来ないで」と言った時に決まってこんな顔をしていた。そして何だか申し訳なくなって、私は仕方なく、彼の手を取ったものだ。


 拒絶と譲歩を繰り返したあの頃。嫌いだったはずなのに、嫌いきれなかった弱い自分。なつかしくて、思い出すと少し笑えて。


 ……もう、遠い記憶だ。



「……何と、お呼びすれば」


 そう掠れた声で訊ねると、ほっとしたような声音で告げるのだ。


「ナギ、と」













 思い出す。思い出す。思い出す。

 記憶が、扉を開けてと訴える。






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