シンメトリー
わたしは、その日から始まったリハビリを終え
少し ポーッと、赤みを帯びた顔で
ベッドから見える景色をぼんやりと見つめている。
この病院に隣接している学校の校舎の一部、そして大部分の校庭が
ここから一望できる。
体育の授業だろうか・・・
少年少女たちが次々と50mほどの距離を駆けていく。
わたしは、その光景を見て
( わたしも走りたい、思いっきり走りたい。 )
そんな欲望を抱き、静かにベッドに横たわっている。
わたしは、午前のリハビリを担当した
神名実日子さんのことを思い
顔をまだ赤らめたまま、ポーーッと音が出そうなくらい
恥ずかしい自分の姿をさらしている。
奇蹟を信じる わたしの担当看護婦
比奈那谷さんは、車椅子で戻ってきたわたしを
かなり怪訝そうな感じで迎えてくれたので
よっぽどマヌケな顔をしていたのかも知れない。
彼女はわたしをベッドへ戻すと
ベッドのリクライニング機能を使って、
外の景色が見えるようにしてくれた。
奇蹟を信じる彼女は
わたしを応援したり、突然奇妙な動きをしたり
ちょっと性格が掴みづらい人物だが、
わたしにとても気持ち良い看護をしてくれて
とても感謝している。
そんな彼女が、今日は始終無言であるのが
少し気にはなるが・・・。
でも、そんな考えは次第に薄れ
リハビリを担当してくれた神名さんへ 思いを巡らしていく。
昨夜の夢。
「 らっきー 」 なる人物の お陰で、
なんだか人として異性を欲求する感覚が芽生えたような感じがする。
これも日常への回帰、
わたしの症状が改善されている証拠なのか?
『 男はみんな、あーいう顔が好きなんだぁ。 』
突然の独り言に
わたしはビクリと肩を震わせる。
『 あの・・・。 何か、言った? 』
『 べつにー。 』
『 あの・・・。 』
『 なに? 』
『 ・・・いつも、いるよね? 』
『 ? はぁ!? 』
『 ぼく以外の担当は・・・? 』
『 なに? わたしが担当じゃイヤなの!? 』
『 そ、そういうことじゃ・・ないんだけどなぁ。 』
『 神名さんに看護してもらいたいんだぁ? 』
『 え!? 』
『 顔にそう書いてある。 よく見てみろ! 』
わたしは、
隣で手鏡を持つ比奈那谷さんに促されて
鏡に映る自分をまじまじと見つめた。
確かに、少しマヌケな自分の顔がそこにある。
( あっ! )
わたしはあることに気が付き、少し驚いた。
髭が、うっすらと確認できるのだ。
『 ヒゲが、少し生えている・・・。 』
『 そ、そこぉ? 』
彼女は呆れたように手鏡を戻し、
わたしから少し距離を置くように離れてしまったが、
わたしが言いたかったのは、そこじゃない。
今まで、手入れがされていた。
そう、されていたはずだ。
いま確認出来る僅かな黒い点、それは
覚醒後に、ほんの少し伸びただけで・・・。
あ、そういえば・・・手の爪も整っている・・・。
『 あの、・・・・ありがとう。 』
自然と感謝の言葉が口に出る。
『 ぇ!? 』
『 あの、ごめん。 ごめんなさい。 その、気が付かなくて・・・
なんだか・・・当たり前のように甘えてしまっていて・・・その、
ありがとう。 』
すると、彼女は顔を紅潮させながら、少し大袈裟な動作で
わたしの点滴のチェックをしながら
『 素直なのは、いいんだけど・・・・素直すぎるのも困る、
いや・・やりにくい・・・そう! やりにくいこともあるのよ。
わかったぁ? 』
と、少し悪たれをついた。
彼女とは仲良くしないと・・・。
今まで わたしの面倒を診てくれていたんだし
すごく有り難い人なんだ。
心が浮かれていても、そのことを忘れちゃいけない。
『 あんな お面みたいな、シンメトリー顔・・・ぁ、もう。 まったく。 』
彼女の正直な感情が、独り言として
わたしの耳に漏れ聞こえていたことは
そう、内緒にしておこう。
~つづく~