らっきー
10か月間も昏睡状態であったのに、
眠ることに抵抗感というか、恐怖心みたいなものは
まるでない。
いや、正確にいうと
何かに誘われるように、
気が付くと眠りに落ちている。
10か月の間、目を閉じていても
夢のようなモノを見た覚えはない。
いや、それはバカな考えかもしれない。
記憶を喪失しているのだから
夢を見ていたかも知れないが、それを憶えているわけが・・・ないか。
でも、
昨夜、覚醒後に初めて夢を見た気がする。
いや、なにかすごくハッキリとした夢だったので
ひょっとすると
昔あった出来事を思い出しただけ、なのかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
わたしは、
夏休みを終えたばかりの、何となく無気力な昼下がりを下校していた。
いや、そんな気がするのだ。
夢の中のわたしは学生服を着ているので、中学生であろうか・・・。
わたしは友人と談笑しながら歩いている。
川べりの道すがら、ふと、わたしは足を止めた。
なぜ足を止めたのか、今でもわからない。
しかし、それが合図だったかのように
友人は別れを告げ、道を離れた。
友人宅に近づいたことに気付き、足を止めたのだろうか?
いや、違う。
なにか本能的というか、
すでに決定された事項に基づいた・・・という形に近かった。
それでも
わたしは下校途中であることを思い出したかのように
帰路へ再び歩みを始めるが、どういうことだろう。
周りの景色が まるで色を失ったかのように
すべて灰色というか白というか・・・色を感じることができない。
わたしは恐怖心に駆られ、少し早歩きになり
辺りをキョロキョロと目配せしながら、必死に色を探す。
やがて心配の色を隠せないようにオドオドとし始め、
少し手も震えてくる。
不安にかられ、もう歩くこともできず
わたしは辿り着いたバス停所の隅で うずくまってしまった。
そこへ程なく
色鮮やかなセーラー服姿の女子生徒が、
わたしの視界に飛び込んできた。
( あっ!! )
あれは わたしがとても慕っている
近所に住む3つ年上の お姉さんだ。
なまえは・・・。
『 らっきー。 』
苗字が荒木なのか、名前に幸という字でも入っているのか
それとも別な意味があるのか、よくわからないが
わたしはごく自然に彼女をそう呼んでいる。
彼女は頭全体を覆う深みのあるベレー帽を被り 紺の制服姿だ。
しかし、彼女は鞄も持たず、何か、いや
誰かを探しているように
時折背伸びのような動作をしながら歩いてくる。
『 らっきー。 』
わたしが、再度そう呟くと
彼女はわたしの存在に気が付き、
少し安心したような笑みを漏らしながら
わたしに駆け寄ってきた。
すると、途端に辺りが色を取り戻したように
賑わって見えた。
そして、わたしは彼女の
甘くて、とても柔らかい温もりに包まれた。
『 藍生。 わたし、捜してたのよ。 』
『 ぼくを? 』
『 そうよ。 』
『 どうして? 』
『 だって・・・。 』
彼女は少し言い淀んでいたが、
そんなことより わたしは・・・
『 ねぇ、らっきー・・・。 』
『 なに? 』
『 恥ずかしいよ。 』
『 ? 』
『 離れてよ。 っていうか、何で抱きついてるの? 』
『 イヤ? 』
『 ・・・ううん、・・・ヤじゃない。 』
『 でしょ? 』
『 ちょっと不安だったから・・・ちょうど良かった。 かも・・・ 』
『 じゃあ、もっとこっちにおいでよ。 』
『 ぇ!? これ以上、どうやって近づくのさ。 』
『 だって、こんな近くにいても・・・なんか離れていく気がするんだもん。 』
『 なにそれ・・・・・へんなの。 』
わたしは、やっと身体を離してくれた彼女の顔をよく見つめてみる。
少し垂れ目がちの大きな黒い瞳。
深みのある大きなベレー帽から少し溢れ出しているショートヘアの黒髪。
制服は紺のジャケットで、赤の2本のラインが可愛くもカッコ良くもみえる。
そして、左上腕部に腕章がある。
腕章?
わたしは注意深く その腕章を見てみると
『 飛 花 落 葉 』
という文字が見えた。
ひか、らくよう・・・?
って、なに?
『 ねぇ、バスに乗ろう。 』
『 え、なんで? 』
わたしは彼女の突然の提案に訝しがる。
『 何処か、遠くへ行こうよ。 』
『 ・・・? おカネなんか無いし・・・行かないよ。 』
『 行こうよ!! 』
『 ねぇ、らっきー。 どうしたの? 』
『 だって・・・。 今日でお別れじゃない!! 』
『 おわかれ・・・。 お別れって? 』
『 今日、藍生は・・・し、施設に行っちゃうじゃない・・だから
・・・だから・・・。 』
施設・・・。
そうだった。
両親の死後、わたしを引きとってくれた たった一人の親戚。
父の兄である孝知さんが亡くなって
わたしは、独りになっちゃったんだ。
今日の午後、学校から帰ったら施設の人が迎えに来て・・・
それから・・・
それから・・・・・。
『 ねぇ、行こうよ!! 』
彼女の・・・くすんだ涙声が、わたしに届く。
聞きたくない、悲痛な叫びに
わたしの涙腺が緩んでいく。
『 で、できないよ。 』
『 そんなことない。 』
『 らっきーと、一緒にいたい。 でも・・・・でも、できないよ。 』
わたしも いつしか泣きだしていた。
通りの往来など関係なく、
わたしは情けないくらい大粒の涙を流し、それを拭えずにいた。
『 藍生、ごめん。 ごめんなさい。 無理言って・・・困らせて ごめん。
もう泣かないで・・・泣かないでよぉ。 』
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
わたしは、
陽がまだ昇らない、薄暗い病室で目を覚ました。
頬の涙を拭い、
枕元の湿りを情けない気持ちで、両手で擦る。
( らっきー・・・・。 )
あれは
記憶の断片が、夢と重なって現れたモノなのか?
今思い返しても・・・
夢らしい非現実的な感覚もあるし
あれは・・・ただの夢だったんだろうな
わたしは、そう思う・・・・
そう思うことにした。
~つづく~