面会
たくさんの人たちと会話を重ねていくと
わたしは、日常への回帰を感じると共に、
何か 自身の呼吸を、リズムを乱されるようで
少し辛くもある。
いや、これは辛いのではなく
ただの疲れなのだと思うのだが・・・・
なんだか、しっくりと来ない。
頭髪を失った丸み顔。
身体全体で喜びを表して、わたしの手を握る初老の男性。
わたしの勤務する会社の社長、花本和夫氏。
『 ダメですよ、そんなにいつまでも握っていたら。 』
そう窘めるのは、花本氏の隣りに佇む奥方である 喜代子夫人。
『 そうだな、あ、これ・・みるり! おまえも後ろにいないで前へ来なさい。 』
『 えっ、と・・・わたしは・・・・ここで、いい。 』
そう言いながら、後ろで恥ずかしそうに身を隠すセーラー服姿の女子学生、
社長の孫である花本美瑠璃。
奇蹟を信じる看護婦さん、比奈那谷さんから
本日夕刻に御見舞いに来る彼らの説明を受けていたが・・・
見事なまでに、知っている人がいない。
わたしに繋がりがある、わたしの記憶に無い人達。
そして・・・なぜ、お孫さんが?
この少女とも、何か家族ぐるみでの付き合いがあったということか?
全然思い出せない。
社長の花本氏は、わたしの身元引受人でもあると言っていた。
そもそも、身元引受人・・・って、なんだ?
法律上の何かの立場を担っているということなのか?
『 いや、ホント良かった。 奇蹟みたいなことが本当に起きるんだな 』
( この人も、奇蹟という言葉を使うんだな )
『 この度は、御迷惑をお掛けして大変申し訳ございません。 』
わたしは取りあえず謝罪の言葉を口にした。
『 いや、君は何一つ落ち度が無い。 』
『 そうよ、あなたの方が謝るのが先でしょ! 』
『 そ、そうだな。 ほんと、この度は大変申し訳なかった。 』
花本氏は、そう言い終わった後
照れ笑い、いや喜びの方が上回った笑みになりながら
わたしの顔を見つめている。
彼らは、まだ知らない。
わたしが覚醒したという事実だけで、他は知らされず
ただ急いで駆け付けただけだ。
( 真実を告げるべきか迷う・・・しかし、わたしには手札がない。 )
( どうしたら、いい? )
わたしは顔を上げ、比奈那谷さんの視線を求める。
彼女は 穏やかな眼差しをわたしに向けていた。
顔の動きはなかったが、視線を外さず・・・
わたしを見守るような、いや応援しているような瞳。
そうだ。 逃げてはいけない。
わたしは何一つ、悪いことはしていない。
それに、
相手は大人だし、悪い方へは転ばないだろう。
( よし。 )
わたしは一つ呼吸を整え、目の前の社長 花本氏に改めて向い直り
わたしはゆっくりと言葉を発していく。
『 あの、実は何が起きたか・・・記憶に無いんです。
それに、申し訳ないのですが・・・あなたがたのことも・・・
本当にごめんなさい。 ・・・・・わからないんです。 』
『 あ!? 』
『 え!? 』
『 っ!! 』
3人が其々信じられないという風に絶句し、驚嘆の表情を隠せずにいる。
次第にわたしから視線を外し、お互いの顔を見合わせた。
そして、結論が出ないかのように
再度わたしに向き直り、次の言葉を促してくる。
『 驚かれるのは解かります。 わたし自身、勿論驚いていますし・・・。
しかし、一時的な記憶の混濁かも知れないので、
明日から検査の再開とリハビリを行う予定でして・・・ 』
『 冗談じゃない!!! 』
言葉を切るように花本氏がいきなり怒鳴り始めた。
『 なんだそれ!? 』
先ほどの温和な笑顔は完全に失われている。
『 入院期間中・・・さんざん検査してきたのに・・・ 』
花本夫人の納得できない本音が零れ落ちる。
『 ええ。 そうみたいですね・・・。 』
医師の立場じゃないわたしは、まともな言葉を返せず
困惑を隠せないでいた。
『 どうして? どうして、こんなことになるの? 』
夫人は涙目になりながら、わたしの顔を見つめてくる。
とても見返すことなどできない悲壮な表情に、
わたしは俯きがちに視線を落とし、何か・・返す言葉を探す。
『 う、うぅ・・・ぐずっ・・・。 』
ショックで溢れだした 美瑠璃さんの感情が漏れ聞こえてくる。
そして
言葉を失った悲しみが病室の全てを覆っている。
( ・・・・失敗しちゃったじゃん。 )
重量のある沈黙の中、
わたしは所在無げに真っ白な寝具を見つめていると、
看護婦の比奈那谷さんが少し動いたのを目端に感じ取った。
顔をあげると、
彼女は何やらダンスのワンフレーズのように両手を広げ
拍子を取るように頷いている。
( えっ!? な、何やってんの!? )
彼らが顔を上げ 彼女の奇妙な動きを知ったら、何て言うだろう?
意味不明で不謹慎、ふざけすぎ。 そして、笑えない。
きっと憤慨するだろう。
だけど・・・。
『 あっ・・・・。 』
わたしは、彼女の珍妙で突飛な動作に
ある曲を ふと思い出した。
それは、映画の音楽だと思う。 映画で流れていた音楽。
ある二人の主人公の物語。
アメリカ映画な感じがしない。
だって、音楽がとても民族的な感じだったから。
あれは、たしか・・・。
映画のラストで、ダンスを踊る。
いや、教えてもらいながら、共に踊るんだ。
( なぜ、そんなことを・・・しかも、こんな時に思い出すんだ? )
記憶の混濁。
わたしは全部を忘れているわけでは、ない。
そうだ、憶えていることもある。
あるかもしれない。
わたしの少し笑みを浮かべた顔が、
反射する夕刻の窓に映っている。
その奥に映る、比奈那谷さんは・・・
動きを止め、ジッとわたしを見つめている。
それは直線を描くような少し鋭い眼差しだったが
やがて、
沈みゆく太陽と入れ替わるような
温かさと優しさに包まれたモノへと推移していった。
わたしは その瞳に
まるで催眠術に掛けられたかのような
心地良い感触を覚え、
来訪中である彼らのことも忘れ、ただ
ゆっくりと瞼を閉じていった。
~つづく~