無益
もし、ドア先の相手を知っていたら、入室の許可を躊躇ったかもしれない。
それは、先日の面会での件があった後に
奇蹟の看護婦・比奈那谷さんと、こんな会話をしていたからだった。
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『 昨日は失敗しちゃったなぁ。 途中で寝ちゃうなんて・・・ 』
『 ふふふ。 』
『 今度来たら、謝んないと・・・ 』
『 ・・・気にしないと思うよ。 』
『 でも・・・。 あ、それに これから面会がある度に寝ちゃう
なんてことがあると、困っちゃうよなぁ 』
『 ふふふ、そうね。 』
『 あ。 社長さんたち、自分が昏睡中も来てくれていたのかな?
・・・今度、ちゃんと感謝しないといけないなぁ。 』
『 そんな優しさ、いらないわよ。 』
『 え? なんで、さ? 』
『 だって・・・。
あなたが昏睡状態になった1週間後には・・・
その・・・誰も来る人はいなかったから 』
『 !!! 』
『 最初から診ているのは、・・・・わたしだけよ。 』
「 ごくっ。 」
わたしの喉が、大袈裟でなくゴクリと音を鳴らした。
わたしは とんでもない告白を聞いたような感じがした。
ほどなく、
わたしの心が少しずつ騒めき始める。
( 落ち着け! )
わたしは、騒ぎ始める感情に自制を求めた。
やがて、彼女の表情が無口で
憂いを帯びた顔になっていくのを感じる。
なにか・・・
なんとか、この空気を変えないと・・・・。
わたしは慌てて口を開いた。
『 じゃあ・・・きせき・・・
奇蹟を起こしたのは、ひななたさんってこと?
す、凄すぎる・・・・ありがたや・・・・なむあみ・・・ 』
『 !? ちょっと、なに拝んでいるの!? 』
『 だって、ありがたいんだもん。 ・・・・・本当にありがとう。 』
『 ぅ・・・そう言ってもらえると、正直・・・すごくうれしい。
でも、やりづらくなるから・・・あまり、言わないでね。 』
そう言うと、
彼女は口元を緩ませ 少しはにかんだ笑みを浮かべてみせた。
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先日の彼女の笑みを思い出し
わたしは少し自身の顔が緩んでしまうが、
目の前の花本和夫氏の顔を再度確認し、気を引き締める。
全細胞の真面目な部分を掻き集め
わたしは、予測不能な相手の発言に心を備えた。
『 ちょっと、今後のことも兼ねて話をしようと思ってね。 』
『 はぁ・・・。 』
『 あれから、考えてみたんだが・・・ん、その前に確認なんだが
君は事故の事や事故前の私たちのことを 本当に覚えていないのかい? 』
『 ご、ごめんなさい。 』
『 いや、謝らなくていい。 君のせいじゃない。
事故だったんだし・・・ 』
( ちょっと、いやな時間になりそうだな )
『 それで本題なんだが、少し解かりやすいように
短く君に説明をしていこうと思う。 』
『 ・・・はぃ。 』
『 君は、そう・・・私の跡取りに考えていたんだよ。 』
『 へ? 』
わたしは その大胆発言に、我ながらマヌケな声が出てしまった。
『 まあ、驚くのも解かる。
私には一人息子がいたんだが・・・・結婚後、美瑠璃が生まれて
すぐに事故で亡くなってね。
しばらくは 息子の嫁と孫の美瑠璃を養っていたんだが・・・
まぁ・・・恥ずかしい話・・・・・
息子の嫁が子供を置いて逃げてしまってね・・・ 』
少し照れたように頭を掻きながら、話を続ける花本氏に
わたしは慌てて口を挟む。
『 だ、大丈夫なんですか? そんな話を私なんかにして! 』
『 ははは・・・。 それも、そうだな・・・・。
でも、以前の君には その事実は伝えてあるんだ。
君との付き合いは もう5年になるからね。 君が21歳の時だ。
君と駅前の食堂で同席したときからの縁だからね。 』
『 同席? 』
『 そっか、まぁいい。 君とは家族ぐるみの付き合いでね。
まぁ、孫の美瑠璃も懐いてね・・・。
仲良くやっていたんだよ。 あの日までは・・・・。 』
そう言い惜しみながら、花本氏は少し涙を浮かべ
力無く俯いた。
わたしは、黙っていた。
彼の発言を聞いても、まるで記憶の細胞が返事をしない。
全く動じない壁のような 知らぬ存ぜずの無反応ぶりに
わたしの落胆も隠せなくなり、力無い吐息が静かに漏れる。
そして・・・
その音に反応するかのように
花本氏の独り言のような本音が漏れ聞こえた。
『 随分と、無益な時間を過ごしてしまったようだ。 』
~つづく~




