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絲し心を染めて  作者: ちか
染め
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 極めて馬鹿々々しい物言いをするのなら、運命的な出会いを果たして暫く。

 玄一と彼方は行動をともにすることが増えた。

 朝、玄一は文江が使っていいと許可を出した糸があれば、自分の教室へ行く前に彼方へ渡しに赴き、彼方は授業中に考えた図案を休み時間になるとノートに書き写し、昼休みになればそれを玄一に見せに行った。

 放課後は、大抵ふたり並んで玄一の家へ向い、暗くなるまで刺繍と、それに使う糸の話をした。

 少しずつふたりでいる時間と、密度が濃くなった頃、雪が解けて桜が咲いた。

 三年生になったふたりは、クラス替えで同じクラスになった。

 どういうわけか席も前後して、以前よりも物理的に距離が近くなったふたりは、校庭の桜が散る頃にはすっかりセット扱いだった。


「玄ちゃん、背ぇ伸びたね」

「ああ、そうだな。肩とかきついわ」


 玄一の部屋でごろごろ転がりながら、すっかり常備されるようになったスケッチブックにシャーペンを走らせていた彼方は、ふと思いついたように玄一をしげしげと眺めて呟いた。

 ひとより成長の早かった玄一は、背もそれなりに高かったのだが、ここ暫くは伸び悩み、成長期が終ったものだと思っていたが違ったらしい。

 幸いにも、文江はさらに背が高くなることを見越して制服を用意していたので、来年の卒業式をつんつるてんで参加するのは回避できそうだ。


「新しい制服にすんなら俺がなんか刺してあげるー」

「ああ?」


 提案する彼方の制服も新しくなっていて、先日まで賑やかだったのが嘘のように模範的だった。

 ちなみに、以前の制服は文江がもらっているので、玄一は時折じっと眺めている。


「俺もまた刺すからね、おそろいにしよ」

「却下」

「なんで!」


 憤慨しながらシャーペンを置いた彼方に、玄一は眉間に皺を作る。


「野郎同士のお揃いとか寒いだろ」


 さらに喚かれるのを覚悟で本音を返せば、しかし彼方は「なんだ」と拍子抜けした顔でシャーペンを握りなおした。


「俺に刺されるの嫌なのかと思った」

「んなわけねえだろ」


 これも本音だ。


「んじゃ、二枚で一枚の作品にするならいいっしょ」


 玄一は渋面になる。

 作品としてなら素晴らしいが、やはり御揃に変わりはない。むしろ、比翼連理が如く、意味合いは強くなるだろう。だが、やはり彼方が刺したなら、と酷く心惹かれるものがあるのも確かで、玄一は低く唸った。


「もう終わりだけど、桜とかどう? 来年の卒業式もそれでしょ? 少しずつ枝が伸びていって、卒業式に満開で咲くの。

 墨染めの桜とか王道でいいかもしんないけど、ちょっとつまんないかなー……玄ちゃん、玄ちゃん、見本帳出してー」


 唇をちろりと舐めながら考え出した彼方は、玄一に色見本帳をねだった。普段は使われることを厭う玄一だが、こと彼方が刺繍絡みで言い出したことなら文句をいわずにパシられてやる。

 どっこいせ、と年寄り染みた掛け声ひとつ、腰を上げた玄一は「ちょっと待ってろ」と言って、これもスケッチブック同様、玄一の部屋に常備されるようになった色見本帳を、机の上のブックエンドから抜き出した。文江が仕事に使うのでまとめたものの一冊と、市販の伝統色のものだ。


「おらよ」

「あんがと」


 シャーペンを置いて見本帳に集中し出した彼方に一言かけてから、玄一はスケッチブックを手に取る。途中まで書かれていたのは紫陽花と蝶だった。


「……季節がかなり限定されるな」


 素直に蛙にしておけば分かりやすく梅雨向けなのだが、蝶ときたものだ。

 玄一が唸る隣で、彼方も色とにらめっこしながら唸る。


「んー……」

「無理に桜にしなくてもいいんじゃねえか」

「だって……あ」


 弾んだ声を漏らした彼方に釣られ、玄一はスケッチブックから目を外し、彼方の横から色見本を覗き込んだ。

 赤系等でもなければ、白黒系等でもない頁で、彼方の目は留まっていた。


「緑?」

「あんねー、緑の桜って聞いたことある?」

「……いや」

「なんかね、三種くらいあるんだってさ。完璧みどりーて感じなのと、黄色っぽいのと、もうちょい緑で、ピンクの筋はいったのだったかなー。確か、ソメイヨシノのより咲くのが結構遅くて……八重が咲くのと前後するんかな? ひょっとしたらまだ咲いてるかも」

「へえ」

「玄ちゃんが墨染桜で、俺が薄紅でーってんでもいいかもしんないけど、いっそ緑の桜とか面白いじゃん。

 玄ちゃんのはえっと、これ。薄萌黄と柳染って色メインでー、あ、あお……青白つる、ばみ? 青白橡で影つけんの。俺のはね、夏虫色に石竹色で筋いれる。葉っぱとかは灰色系ね。

 右紅左白で並ぶとしてー、一枝グラデにすればいいっしょ!」


 デザインは既に頭の中にあるのだろう。色さえ決まれば彼方は「返してかえして」と玄一にスケッチブックの返却を求め、手元に戻れば新しいページに猛然とシャーペンを走らせた。


「おい、カナ」

「なに」


 声をかけるのは悪いと思ったので、小さい声だが、彼方はすぐに反応した。

 彼方が玄一を「玄ちゃん」と呼ぶように、玄一は彼方を「カナ」と呼ぶ。しかし、これは玄一が「かな」に続く「た」の発音が弱く「かなっ」と呼んでしまうのを開き直って「カナ」と呼ぶようになっただけで、愛称とは意味が少し違う。


「それ、卒業式見越してんだろ?」

「うん」

「緑の桜が咲くの遅いっつったら、四月半ば過ぎだろ。卒業式は三月だぞ」


 ぴたり、と彼方の手が止まるが、それは一瞬のこと。すぐに彼方は続きを描き始める。


「桜は桜ですー。そんなに季節に拘るならひな祭りにするかんな。俺楽器、玄ちゃん貝合わせ」

「ふざけんな、俺が楽器だ」

「やなこった」


 男ふたり、卒業式にひな祭りはない。貝合わせも女子の遊びだ。これが渋い着物の帯にさり気なく遊ばせるなら粋かもしれないが、卒業式には合わないだろう。


 というわけで、来年の卒業式はふたり並んで桜を背負うことに決まった。


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