こんぺいとう
普段は煩くも騒がしい彼方だが、静かに大人しくしているときもある。それは刺繍の図案を描いているときであったり、刺繍を刺しているときであったり――玄一の染めを見ているときであったり。
昔は大人しく作業を見ていることのできなかった彼方だが、近年はそうでもない。玄一も彼方が大人しくしていれば工房から追い出すことをしないので、作業中の工房は静かなものだ。
静かであるより賑やかなほうを好む彼方だが、この沈黙は嫌いではない。
玄一がいま煮出している色は梔子を使った青色で、彼方が刺す予定の青い鳥の刺繍に使われる。
梔子といえば、と彼方は態々持ってきたおやつの金平糖を取り出す。黄色い金平糖は梔子の色粉が使われていて、ものによっては色粉の味が強くてあまり美味しくないが、彼方が持ってきた金平糖は美味しい店のものなのでお気に入りだ。
取り出した小粒の金平糖を口にポイ、と放り込んで舐め転がしながら、彼方は玄一の作業を見つめる。
鍋に向かい合う姿は台所に立つときと同じだが、真剣さは段違いだ。
彼方は刺繍に向かい合ってる自分もこうなのかしら、と思いながら溶けかけの金平糖をかり、と噛み砕き、新しい金平糖を口に放り込む。ほんのりソーダ味の金平糖は恐らく青色をしているのだろう。見ないで食べた金平糖の色を確かめるために彼方は金平糖の入った袋を見遣る。やはり間違いなく青色のようだ。
「青蒼藍」
「どうかしたか」
「んー? なんでもないし」
「そうか」
呟いた彼方に反応した玄一に首を振り、彼方は金平糖がまだ残った状態で口の中にざらざらとまとめて金平糖を含む。
もごもごになった口の中は甘ったるいが、嫌な甘さではない。砂糖の塊なのに不思議なものだ。ただし、玄一だったら絶対にやらないだろう。彼方は辛党であり甘党だ。辛口の日本酒のつまみに砂糖菓子を食べるのが大好きである。
暫くもごもご口を動かして、全ての金平糖を食べ終えた彼方はちろり、と舌を出しながら金平糖を見つめて思いつく。
「ねえ、玄ちゃん」
「なんだ、カナ」
「鉄媒染の藍染にさ、紫水晶で星柄ってどう思う?」
「悪かねえが、それだと蝋纈……いや、蝋叩きのほうがらしくなるだろ」
「ふうん、じゃあ俺は帯で兎と満月でも刺そうかな。そうしたら秋に着れる着物ができるよ」
「いいんじゃねえの。どうせあちらさんは月見用っていや着るだろうし」
仕立てても着られない着物は哀れだ。だからこそ成人式などをレンタル着物で済ませてしまうひとが多いのかもしれない。彼方と玄一の意見としてはお宮参りから始まり七五三、十三参り、成人式の着物は立派な嫁入り道具なのだが、お宮参りと七五三はともかく十三参りまでしっかりやるのは元々の発祥である関西でも減っている。
彼方はつまらない世の中だ、と何度目かになる感想を抱きながら、ちょこちょこと玄一の傍によって鍋を覗く。色は出ているが糸を染めるにはまだまだ薄い。
「いい色出そうですかな?」
「なんだその口調。まあ、この調子なら変にくすむこともないだろ」
「さっすが職人」
「お前も職人だろ」
「照れますなー」
「だからなんだその口調」
苦笑いする玄一という珍しいものを見て彼方は「ひゃっほう」と騒ぎたくなったが、そうすれば首根っこ掴まれて追い出されるのは目に見えているので慌てて口を押さえて、そろそろ玄一から離れる。
元の位置に戻った彼方は再び沈黙のなか、じっと玄一の背中を見つめる。広い背中だと思う。けれど、こんなに広い背中でも時折丸まってしまうくらい、時代の風は厳しい。玄一も彼方も自分達のやりたいことで食べていけるのが奇跡だと知っている。得難い幸福なのだと知っている。
彼方は金平糖を一粒取り出して、玄一と交互に見遣る。
金平糖というのは実は造るのにとても時間がかかる。一週間から二週間かけてようやくこんな一粒の大きさができるのだ。
「俺達も金平糖みたいになりたいね」
「なんか言ったか?」
「んーん、なんでもなーい」
甘くて美味しい金平糖。食べるだけで幸せになれる、喜んでもらえる素敵なお菓子。
自分達もまだまだ時間をかけて成長して行きたいと思いながら、彼方は丁度玄一が煮出しているのと同じ色をした金平糖をぴん、と指で弾いて口に放り込んだ。




