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絲し心を染めて  作者: ちか
仮縫い
34/49

三十四


 しばらく立ち止まって花火を見上げていた四人は「終わりまで見ると帰りが混む」という理由で人ごみからそっと抜け出した。

 瞼にはまだ鮮やか色が残っているようで、妙に沸く胸も収まらない。


「鍵屋の声は相変わらずだったねえ」

「錠がないからな」


 一斉に上がったげらげら笑いを、彼方の「あっ」と驚いたような声が止めた。


「どうした?」

「財布落とした」


 彼方が首もとの紐をひょい、と持ち上げられるが、その先に下げられていた金魚は何処へと逃げ出していた。


「どの辺で落としたか分かる?」

「小銭いれてたけど、花火見てた頃は大分軽かったから……」


 出店のために小銭ばかり入れて重かったがま口も、帰るころには下げているのを忘れる軽さだ。金銭的な打撃は少なくとも、彼方の眉はへにゃりと下がり、視線はきょろきょろと迷子になったこどものように揺らいでいる。


「お前ら先帰ってろ。戻って見て来る」

「それならぼくも……」

「いいから」


 宗司が申し出るのを玄一はなるべくやわらかい語調で、しかりきっぱりと首を振る。それを見て、駿が無言で宗司の袖を引いた。


「駿」

「暗いから、気をつけなよ。後で連絡ちょうだい」

「おう」

「え、ちょ……あー、もう。気をつけてね!」


 分かったようにやりとりする二人に戸惑った顔をした宗司だが、引っ張りながら歩き出す駿に引き摺られるうちに気付いたか、困ったような怒ったような顔で手を振った。


(あいつら、マジで察し良すぎだろ……)


 苦笑いしながら玄一はしょんぼりと俯いた彼方を振り返る。頭を撫でようと手を伸ばしかけたが、ちょんぼりが邪魔だった。


「……カナ、行くぞ」

「ごめんね」

「……この場合は俺も『ごめんね』なんだがな」


 周囲はもう真っ暗だが、花火が終われば熱に浮かされた人間が多くうろつき始める。祭の中でも柄の悪い連中は何人かいた。

 宗司と駿は帰る方向が同じだからまだしも、彼方は違う。

「探してくるから一人で帰れ」と今日に限って玄一は言えないし、彼方一人で熱気のなかへ戻すこともできない。

 彼方は秋田玄一と仲がいいから。

 玄一が自分から喧嘩を売ったことはなくても、恨み逆恨みなら買っている。


(俺にだけ向けてくるならいいんだがな)


 事前に摘んだ芽、払った火の粉ではあるけれど、それらが彼方を巻き込もうとしたことがある。

 次がないよう言い聞かせても学習しない馬鹿、影で糸を引きそ知らぬ顔をしようとする卑怯者、潰しても潰してもいつの間にかまた湧いてくる。


(このままじゃ不味い)


 玄一は眉を下げたまま見上げてくる彼方の背中をぽん、と叩いて促す。


「行くぞ」

「うん」


 今はこうして当たり前に隣り合い、歩けているけれど、いつか自分のせいでそれが叶わなくなってしまうかもしれない。

 そうなったら、そうなってしまったら――

 玄一は唇を噛み締め、厳しい目で前を睨んだ。




 地面に視線をやりながら歩いてきた道を見渡すが、がま口は中々見つからなかった。ひとが多いので蹴り飛ばされている可能性もあり、祭の会場本部に落し物届けを出したあと、明日の明るいうちにもう一度探しに来たほうがいいかもしれない。


「全部見て駄目だったらそうするか」

「うん……」

「落ち込むな。お袋になんか言うときは一緒にいてやる」

「それはいい。落としたの俺だもん」


 しょぼんとした顔をしていたくせに、こういうとき彼方はきっぱりと言う。それに少しだけ安心しながら玄一が口元を僅かにほころばせた瞬間、彼方が「あ!」と先ほどとは違い喜色の滲む声上げた。


「あったかも!」

「ちょ、走るな、カナっ」


 下駄を鳴らせて駆け出した彼方を玄一も追うが、ひとが多くて追いつけない。折悪く一人を避けている隙に集団が目の前を通り始め、もはや彼方の姿は夜目にも鮮やかな浴衣の色で確認できるばかりだ。


「カナっ」

「玄ちゃん、あったー!」


 大きな声で呼んだ名前に返る声がかろうじて聞こえ、掌にあまる金魚をしっかり持った腕がぐっと伸ばされるのを見て玄一はほっとする。

 しかし、それも束の間「うわっ」と切羽詰った彼方の声に、玄一は迷惑がる人々を押しのけて彼方へ駆け寄った。

 どうにかこうにか辿り着いた場所で彼方は顔を顰めながら片足を浮かせていて、険しい顔をする玄一に気付くとへらり、と笑ってみせる。

 ひょい、と器用に足の指へ引っ掛け持ち上げられたのは彼方の履いていた焼きの後丸だが、その鼻緒は見事に切れていた。


「人混みで立ち止まるとだめねー。でも金魚無事!」


 得意気な彼方はちりめんの金魚と、すいすい泳ぐ金魚の入った袋をかかげる。

 頭の一つも叩きたい衝動に駆られた玄一だがいまだ人混みで足元不自由な彼方ではそれも叶わず、口元をひくひくと歪ませながら震えたため息を吐く。


「とりあえず、脇に行くぞ」

「んー」


 頷き、今度はしっかりとがま口をしまってから彼方はずりずり片足を引き摺るようにして歩き出す。その見るからに不自由そうな彼方に寄り添い歩きながら玄一は人混みから彼方を庇った。


「この辺りでいいだろ」


 柵の向こうの樹や生垣がある場所にはさすがにひともおらず、ただ心無い人間が捨てていったゴミが散っているだけだ。

 玄一は適当な樹に彼方を寄りかからせると、鼻緒の切れた後丸を取り上げた。


「あー、こりゃ見事にいったもんだ」

「一番履きなれたのにしたのが仇になっただーよ」

「ちっ、タオルしかねえってのに。お前、ハンカチは?」

「ふっ、玄ちゃんは高校生男子になにを期待してるんだい?」

「誇るな」


 何故かニヒルな笑みを浮かべる彼方にがっくりと項垂れた玄一は、その動作で感じた頭の違和感にはっとする。

 しゅるっと前髪から抜き取ったのは、射的でとったシュシュだ。


「カナ、お前のもよこせ。一本じゃちょっと心許ない」

「おお、玄ちゃん頭いい!」


 ぱちぱちと手を叩いた彼方は「ちょあっ」と掛け声一つちょんぼりからシュシュを抜き取るが、一緒に髪を抜けたらしく間抜けな声を上げる。


「うう……女の髪はぞうさんも繋ぐけど、俺の髪でも鼻緒のたしにはなるかな……」

「ああ、そりゃあと百本くらいありゃなるんじゃねえの」

「ちょんぼりひとつ引っこ抜けとっ?」


 シュシュなきいまちょんぼりもまたその任から辞したのだが、ここにきて殉職の危機。彼方はいまだちょんぼりの名残か違和感のある頭皮を押さえて樹に張り付く。

 玄一はその間にシュシュの縫い目を引き千切り、紐状にしたシュシュ二本を鼻緒にあてていた。


「うっし、これで大丈夫だろ」


 彼方は足元に置かれた後丸を履いて、目を輝かせる。


「おお、問題なし!」

「そうか」

「玄ちゃん、あんがと!!」

「へいへい。危ないから抱きつくな」


 ぺし、と額を叩かれても彼方は「うふふー」と笑い、玄一の腕をとりながら歩き出す。


「暑苦しい」

「いいじゃん、いいじゃん」

「いや、よくねっと、危ない」


 言いかけて、玄一はひととぶつかりそうになった彼方の腕を抱いて引き寄せた。


「大丈夫か」

「うん。ありがとね」

「……帰るぞ」

「あい!」


 上機嫌な彼方が玄一の腕を軽く振りながら歩くのを、今度は玄一も咎めない。

 からり、ころり。

 雑踏の中に二人分の下駄の足音が溶け込んでいった。


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