二十七
前回見たときよりも格段に進み「絵」らしく完成しつつある刺繍を見て、宗司と駿は感嘆のため息を上げた。
「うーわ、うーわ、うーわああ」
「想像してたのより落ち着いた感じだけど、却って上品で、いい意味で場所選ぶかもね」
言葉にならない宗司と反対に、駿の感想は具体的だ。
照れて玄一の背後に隠れる彼方は「別に」とぶっきらぼうに呟くだけで、代わりに玄一の顔が少しばかり得意気だった。
「季節的には今月から、来月半ばまでいけるよね?」
「来月一杯まででいいんじゃない」
「これ、学校で展示されてるのさっさと回収したいなあ」
「それでどこに置くのさ」
駿の言葉で、宗司はじっと三人を見渡す。
作品は一つ、作成に携わったのは全員。
誰もが所有権を主張できて、誰もが箪笥の奥にしまいこむという選択肢を持たない。
「……まあ、その話しは後にしよう」
今から熾烈なじゃんけん合戦をしても仕方ない、下手をすればそれぞれのやる気に関わる、と宗司はこの件を保留の方向で落ち着ける。
「えっと、写真撮っていい? あと、いくつか質問っていうか、コメント副えたいんだけど」
「……おう」
「これは俺じゃ答えらんねえんだから、がんばれよ」
歯切れ悪い彼方を背中から引っ張り出し、玄一は彼方の頭をぽん、と叩く。
宗司と駿自体には彼方も慣れたが、面と向かって褒められることに対してはそうもいかない。一番最初に彼方の刺繍を認めたのは玄一だが、その玄一がふたりのように大絶賛を主張して伝える方ではなかったので、彼方が褒められなれないのも仕方がないかもしれない。
何枚か写真を撮った宗司は、ぎこちなく答える彼方の言葉をメモしていく。
その様子を見ていた玄一に、駿はぼそりと呟いた。
「秋田、授業参観に来た父兄みたいな顔してるよ」
「……なんだろうな、お前らに関わるようになってから自分が過保護になった気がするわ」
その前は特別「保護者」だの「かーちゃん」だのという認識はなかったはずだが、どういうわけだろうか。
どこかしょっぱい顔をする玄一に、駿はあっさりと応える。
「初めて自分達のテリトリーから出してるからじゃない。ほら、初めての幼稚園とか」
「あいつは幼稚園児じゃねえよ」
「知ってる。つまりは『うちの子、ちゃんとお友達できるかしら』っていうことでしょう」
玄一は否定できなかった。
彼方の世界を広げてやりたいと思い、これをチャンスと送り出した心境は、大雑把に言えば駿の言葉通りなのだろう。
成長を促してやりたい親心。
玄一は彼方の親でも肉親でもないが、心境は限りなくそれに近い。
根源は、もっと深く、お互い絡み合うようなものだが――
「うん、ありがとうね、彼方。あとはやってるところ見せて欲しいんだけど、俺ここにいて平気?」
「おう」
「ありがとう」
宗司は彼方への質問を終えたらしい。
作業を見学するという言葉に玄一が駿を見やれば、駿も頷くので、玄一は部屋の外へと足を向ける。
「茶ぁ淹れてくるわ。お前ら、座布団隣の部屋にあっから」
「はーい」
知らない人間が聞けば家主がどちらか分からなくなりそうな台詞に、しかし突っ込むものは既にいなかった。
宗司たちが帰るまでの間に、彼方はひとに見られているという緊張感もなく早い調子を保ったまま大幅に進めることができた。
あとは今晩まで進めて、明日早く起きれば昼頃には仕上がるだろう。
そうなれば、あとの作業は彼方の手を離れ、完成を待つばかりだ。
「おつかれ」
「まだ終わってないし」
一足早い玄一の労いに、ひとっ風呂浴びてきた彼方は真面目な返事をする。
最終段階に入ったからだろう。風呂から出ても彼方の緊張感は途切れていないらしく、口元が僅かにきゅっと結ばれている。
「再開すんなら、水分補給してからにしろよ」
作業中は傍に茶やペットボトル飲料があっても、手をつけることを忘れて没頭するので、風呂上りはなおさらしっかり水分を摂らせたい。
彼方はこっくりと頷き、玄一が差し出すスポーツ飲料を受け取る。彼方が風呂から出る前に冷蔵庫から出されていたのだろう、冷たすぎて喉が痛くなるような温度ではなく、彼方はその気遣いに「ありがと」と礼を言う。
「ねえ、玄ちゃん」
「あん?」
「今日、玄ちゃんと一緒に寝てもいい?」
「……ほぼ毎日一緒に寝てたと思うんだがな」
「そーじゃなくてー、おんなし布団!」
玄一と彼方は同じ部屋で、布団を並べあって寝ていた。布団と布団の間隔は、肘から先までの長さしかない。
「……別にいいが、狭くねえか?」
「平気!」
せめて、布団をくっつけるという妥協案では駄目なのだろうか、と思う玄一だが、彼方はひとつの布団でどうしても寝たいらしい。じっと見上げる目がそうねだっていた。
ここ十日ほど、ずっと頑張っていた彼方である。玄一としてはこの程度、我侭の内にも入らないので、叶えてやることは吝かでもない。
「じゃあ、今日は布団一つにしとくわ」
「っありがと、ありがと玄ちゃん!」
ぱあっと顔を輝かせて抱きついてきた彼方を抱きとめながら、玄一は蓋が開いたままで零れそうなペットボトルを取り上げる。
「危ないだろうが」
「玄ちゃんなら大丈夫! 俺信じてるから!」
「自分で注意できることは自分でやれ……」
ひょっとして自分は彼方を甘やかし過ぎているのだろうか、と傍から見れば今更なことを思いながら、玄一は布団を敷きに向かう。
どうせ彼方の部屋と隣合っているので方向は同じだが、その間彼方はずるずると玄一に抱きついたままで引き摺られていた。これを引き離さないのだから、誰がどう見ても、玄一は彼方を甘やかしている。




