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絲し心を染めて  作者: ちか
織り
18/49

十八



 協調性のない人間が集まったグループだが、宗司というまとめ役のおかげで過ぎる脱線や諍いもなく、大体の予定が決まっていった。

 まず、始めたのは「それぞれができないこと」の提示である。

「できること」ではなく敢えて「できないこと」にしたのは、限界が分かりやすいからだ。

 たとえば、玄一ならばこの色を出すにはどのくらいの時間が必要だから期間に間に合わない、など。これだけでも使える色が具体的に制限されるので、刺繍のデザインや雰囲気も決まる。それぞれがこうして範囲を限定することによって、無茶な提案もなく方向性が絞られていった。


「まとめたけど、こんな感じでいいかな?」


 走り書きや斜線がたくさん散らばるページの隣に、箇条書きでまとめ案と作業の流れが書かれたページをルーズリーフから切り離した宗司は、確認を促すようにテーブルの真ん中に置いた。


「あっさり決まったな」


 玄一はもっと揉めることも懸念していたのだが、そんなことは全くなく進んだことにほっとしつつ、冷めかけた残りのカフェ・ラッテを飲み干した。


「玄一にはさっそく忙しくなってもらうことになるけど、大丈夫?」

「殆ど同じ材料だしな……」


 あまり複数の色を用意しても、時間がとんでもなくかかってしまう。


「僕が多分一番楽できそうだし、手伝いがあれば言って」


 雰囲気に棘があっても、駿の言葉は殊勝だ。口調から素っ気無さがなくなれば、雰囲気はぐっと変わるだろうが、本人はあまり気にしていないらしい。


「あー、んじゃ明日早速頼むわ。けっこうな量になりそうだし」

「あ、染めてる最中とか、写真撮りたいんだけど」

「俺も最近ようやく基本動作覚え初めただけで、慣れてるわけじゃねえから、多分作業中口荒くなるぞ」


 ただでさえ不良に片足突っ込んでいる玄一だ「邪魔だ退け」と酷く苛立った口調で怒鳴りかねない。そう言えば宗司は「なるべく邪魔しないように頑張る。声はかけない」と神妙に頷いた。


「玄ちゃん、俺はー?」

「お前は図案をひたすら絞ってろ」

「ぼっちでっ?」

「……煩くしねえなら、部屋の隅にいろ」

「…………玄ちゃんの部屋にいるー」


 彼方は普段の様子や、少し会話しただけで垣間見える自由さから、下手にあれこれ口を出すよりも玄一がセーブしながら好きにさせたほうがいいとう暗黙の了解が早くも出来上がっていたので、作業そのものは大変だが本人お気楽である。せめて、突発的にあれもこれも、とやり出さないように手綱を握っていれば問題ない。


「じゃ、お店もそろそろだし、今日は解散でいい?」

「うーい」


 彼方がすちゃっと敬礼し、他が頷いたことで、各々が立ち上がる。



 陽が伸び始めたとはいえ、外はもう薄暗かった。

 帰る方向はそれぞればらばらで、丁度表通りの三叉路で二手に分かれることになった。

 ようやくいつも通り、玄一とふたりでの帰り道を歩きながら、彼方は少しばかり呆けた顔をしている。


「疲れたか」

「ん」

「夕飯食ってくだろ」

「遅いし……文江さんに悪いから」

「多分、もうお前の分も用意されてる」


 この頃、彼方は玄一の家に泊まったり、夕飯を共にすることが珍しくない。彼方自身は遠慮するのだが、玄一や文江が押し流してしまうのだ。

「でもでもだって」と繰り返す彼方に対して秋田母子は周到で、文江は玄一よりも剣のない吊り目をおっとり弓なりに「お父様の了解はいただいているわよ」と微笑んだ。息子に負い目のある父親は、少しでもできることがあるのなら喜んで飛びついたことだろう。絶句した彼方は気付けば秋田一家に混じって右手に箸、左手に茶碗を持っていた。


「親父なんざ帰って俺がひとりだと露骨にため息吐きやがる」


 ぶっきらぼうな口調や性格を玄一に遺伝させた秋田家の大黒柱、徹は可愛げのない実の息子よりも彼方を贔屓している。秋田父子だから問題ないが、もし玄一が多感期と思春期に板ばさみの複雑なお年頃を地で行く青少年であれば、グレていてもおかしくない。既に周囲の認識は不良ということはさておき。

 彼方は最初、それに少なからず気を揉んだのだが、あまりにも玄一が「どうでもいい、むしろ親父きめえ」としか思っていないので、最近は少しずつ肩の力を抜いている。玄一としては、そのまま居つけばいいと思っている。

 少しでも、彼方が安心できる場所があるに越したことはない。


「玄ちゃん」

「あ?」

「無理しないでね」


 玄一は彼方の髪をくしゃくしゃに撫でて、少し癖のある髪を目にかからないようよけてやれば、へにゃりと眉がを下げた顔がよく見えた。


「無理をしたことも、やりたくもないことを進んでやったこともねえよ」


 そうしたいから、と玄一は自分の欲に忠実だ。その結果が彼方に還ろうと、彼方はなにかを返そうとしなくていい。返せない、と悩まなくていい。


「……むずかしいよ」

「そうか?」

「うん、むずかしい」

「じゃあ……」


 玄一は口を噤む。

 まだ、いえない。まだ自分では見合わない。

 言葉にすれば今更過ぎるものなのだろうけど、それでもまだ、と玄一は己を叱咤する。


「じゃあ?」

「とりあえず、今回の成功でもさせようぜ」


 まるで初めから用意されていたような調子でいう玄一に、彼方は大真面目な顔でうなずいた。


「自由にできるのは好きだけど、こういうのって自分だけじゃできねえもん」


 彼方は刺すことしかできない。

 特定の色を出し、むらなく染めるなど彼方にはできない。基本的な縫い方はできても、隠し縫いなんてものはやり方すら知らない。おとなしく集中して観察、レポートにまとめるなんてやりたくもない。

 ひとりではできないことがたくさんある。玄一とふたりでもできないことがある。


「世間は広いなあ」


 妙にしみじみという彼方がおかしくて、玄一はうっすらと口角を上げながら「そうだな」と同意した。


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