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絲し心を染めて  作者: ちか
織り
17/49

十七



 放課後、紹介されたのは見覚えはあるが、苗字すらあやふやなほど接点のなかったクラスメイトだった。

 大槻駿、つん、と尖った口元に愛嬌があるものの、小柄な体形に反して雰囲気が少し刺々しい。宗司が「不機嫌なわけじゃないんだよ」と困ったように言った。


「……飯田橋の刺繍、近くで見たかったから、今回一緒にできてよかったよ。秋田といるようになってから、小物にも増えてるし……いいね」


 彼方だけならばともかく、玄一は自分が不良と目されているので倦厭されることも覚悟していたのだが、駿は予想外に好意的だった。

 彼方も人見知りしながらだが、なんとか挨拶を返していたし、勢いにのせられた感のあるグループ参加だが、よかったのかもしれない、と玄一は内心でほっとする。


「仕切るみたいで悪いんだけどさ、期限もそんなに長くないし、大まかな予定だけは今日中に決めたいと思うんだけど、みんなこの後予定とかある?」

「ない!」

「ねえな」

「ないよ」


 宗司が頷き「じゃあ、どっかの店行かない?」と持ちかける。


「ファミレスとか煩いよね」

「チェーンのカフェも、この時間混んでるだろうしな」


 玄一と彼方は放課後寄るとすれば玄一の家、というのが定番だったので、実はあまり周辺の店に詳しくない。ふたりとも、騒がしい店でだらだら喋るよりも、刺繍や染めの資料が手の届くところにあって、ごろごろ寛げる家で麦茶でも飲みながらデザインの話をしているほうが好きだったのだ。玄一にいたっては、不良との喧嘩方面で路地裏などの入り組んだ細道ばかりが頭に入っている。


「僕、個人経営のカフェでいいところ知ってるけど」


 駿が視線を下に落としながら、控えめに手を上げる。宗司が場所や雰囲気を訊けば、坂枝高校から十分ほど歩いた先の、少々入り組んだ場所にあるらしく、初老を少し過ぎた男が一人で、時折孫が手伝いながら経営する落ち着いたカフェらしい。ただ、夜はバーに変わるので今からだと長居はできないらしい。


「落ち着いてて、時間制限あるなら逆にさくさく決まるかもね。ぼくはいいと思うんだけど、どうかな?」

「俺は別にいーけど」

「どこでも」

「じゃ、決まりね。駿、案内よろしく」

「了解」




 玄一以外の人間と話しながら寄り道をするという経験は彼方になく、先ほどからテンションが妙になっているのか、声が上ずったり、足をもつれさせたりと、玄一は彼方から目が離せなかった。

 甲斐甲斐しくフォローに回る玄一のおかげで二人から奇異の目を向けられてはいないが、宗司が時々微笑ましそうな顔をするのが玄一には辛い。

 玄一としては、これを機に彼方が自分以外の友人を作れればいいと思っている。

 よくも悪くも彼方の世界は狭く、玄一は彼方の世界に色を与えることはできても、それを広げることに限界がある。

 彼方にはたくさんの経験が必要だ。

 笑い、怒り、ときに泣いて、また笑える強さを持てるように。

 玄一は決して社交的な性格をしていないし、できるなら自分の周囲に必要以上の人間を置きたくないのだが、彼方のためになるならば、それくらいなんだというのだろう。

 彼方のために、今回の文化発表会が成功すればいい、と玄一は緊張を端々に覗かせながら宗司たちと会話する彼方に口角を上げた。


「玄ちゃん?」

「あ、そこ曲がった先」


 彼方が玄一の様子に首を傾げたとき、駿が先にある辻を指差した。

 目的地近辺となれば四人の足も速くなり、すぐに見えてきたこじんまりとしたレトロな雰囲気のカフェに「おお」と声を上げる。

 元より好奇心旺盛な彼方は一人駆け出し、表に出ていたマーカースタンドを物珍しげに見ている。


「玄ちゃん、珈琲の匂いがする!」

「あー、そうだな」

「ここの珈琲美味しいよ」

「ぼく、インスタント以外飲んだことないや」

「入ろうか」


 慣れている駿と、興味の薄い玄一以外がほんの少し緊張しながら、店のドアをくぐれば、ころんころん、とベルの音がした。


「いらっしゃいませ」


 店長らしい初老過ぎの男が、カウンターの奥から深い声で四人を歓迎する。

 カフェとしては暫くしたら閉まるからだろうか、店内にひとは殆どおらず、カウンター席に一人、店長と同じくらいの紳士がいるだけだった。


「お好きな席へどうぞ」


 店長に促され、四人は隅のほうのテーブルへ移動して、それぞれ引いた椅子に鞄を置いて腰掛けた。


「先に飲み物決めちゃおう」

「色々あるけど、今日は時間が時間だし、みんな一緒のほうがいいんじゃない? お勧めはやっぱり珈琲だけど、慣れてないと苦いかも」

「カナ、お前飲めんのか?」

「どうだろ、分かんね。玄ちゃんは?」

「俺は平気だが」

「心配ならカフェラテとかどう?」


 宗司がふたりにメニューを見せる。


「カフェラテ、おいしいよ」


 常連らしい駿も太鼓判を押し、カフェラテでいんじゃね? という空気が四人の間に流れ、ほどなくカフェ・ラッテ四つが注文された。


「早速だけど、ぼくは作業の流れが秋田くん……秋田くんと飯田橋くんも名前呼び捨てでいいかな?」

「好きにしろ」

「別にいーけど」

「ありがとう。えっと、玄一、彼方、駿、ぼくって順番で作業することになると思うんだけど、どうかな?」

「ああ、俺が糸用意して、彼方が刺して、高槻が縫って、碓井……お前は?」


 玄一が折っていた指を止めて訊ねれば、宗司はあっけらかんとした顔で「レポート」と答える。


「ぼくは三人と違って『手』がないから、どういう作業を経てこの作品がーっていう解説みたいなの作ろうと思ってたんだけど、だめかな?」

「おれは構わねえけど」

「僕もいいよ」

「むしろ俺はそれを率先してやろうとするのに尊敬する」


 ぱちぱちと手を叩く彼方に苦笑いしながら、宗司が「問題ない?」と確認すれば、三人とも頷いた。そこへ、店長がトレイを持ちながらテーブルへやってくる。ふわり、とやわらかくも香ばしい匂いが漂った。


「お待たせしました」


 四つのカップが一つのテーブルに揃う。

 それは、いつかの未来を暗示するかのようだったのだが、未だ若い彼らは知る由もなく、いまはただ、目の前のやさしい味に瞳をやわらげて――


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