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絲し心を染めて  作者: ちか
紡ぎ
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 十七歳の春。

 寝起きの悪さに加え、朝っぱらから絡んでくる輩と喧嘩とまではいかないが、軽くやり合った秋田玄一は非常に機嫌が悪い。

 元々目付きが悪く、年齢の割りに体格や覇気のある玄一はやたらと絡まれることが多く、ただ搾取されることに甘んじるほど大人しい性格もしていなかったので片っ端から応戦してやれば、いつしか玄一も立派に「搾取する側」のレッテルを貼られた。ついでに「猛犬注意」のステッカーもおまけされ、苛々とした空気を背負って歩く玄一に、人々はさっと距離をとる。

 殴り返すこと、蹴り返すこと、むしろ因縁つけられた段階でレッツファイトを惜しまぬ玄一は、なぜこういうときに限ってストレス発散要因が現れないのだ、と舌打ちしながら、下駄箱から出した上履きを乱暴に床に落とす。バシン、と大きな音に視線が集まるが、玄一が「あ?」とチンピラそのものに睨み返せばすぐに外れる。


「くそが」


 意味はない。もはや口癖と化した悪態をつき、なぜ年を追うごとに多く階段を上らなければならないのだ、と普段は気にもかけない校内のクラス配置にいちゃもんをつけながら四階を目指す。

 クラスに顔を出せば、賑わっていたクラスのなかでもぽつん、とした空間に玄一の席はある。一番後ろの窓際という最高の立地条件だというのに、計算されたさぼりを繰り返す玄一には豚に真珠か猫に小判、まったくもって宝の持ち腐れであった。

 乱暴に鞄を置いて椅子を引いた玄一は、どっかり座り、流れるように机へうつ伏せになる。

 すぐにでも眠るつもりだった玄一を叩き起こしたのは、クラスメイトが遠巻きにする玄一の前の席が乱暴に引かれ、容赦なく玄一の机にぶつかる衝撃だった。

 うとうとしていた玄一の額に青筋が浮かぶ。ゆっくりと上体を起こした玄一の目に飛び込んできたのは、ボンボン飾りのついたゴムでハーフアップにされた地毛の茶髪。ぴょこん、と揺れるひと房を、玄一は容赦なく引っ張り上げた。


「あいたあああっ」

「うるせえよ、てめえこのクソカナっ」

「いだだだだ、なに、なにするだー!」

「どこの百姓だ、てめえは」


 払うように放した手で、今度は頭はべし、と叩いた玄一を、恨みがましい顔が振り返った。涙の滲んだ目で睨み上げられても、玄一は鼻で笑う。


「玄ちゃんの乱暴者め。俺が将来禿げたら、玄ちゃんの髪を毟って植毛するからな」

「お前の茶髪じゃさぞかし滑稽だな」


 がん、と後ろから椅子を蹴り上げた玄一に、飯田橋彼方はいーっと歯を剥いた。

 彼方はこどものように不貞腐れた顔で制服の上着から大きな飴を取り出すと、もうすぐ担任が来る時間というの構わず口に放り込んで、白い頬をぽっこりと膨らませた。


「玄ひゃんおくふ?」

「食わねえ。涎垂れるぞ」

「うぉふ」


 大きな飴をいれたまま喋るものだから、口の端から涎が零れそうになっているのを指摘すれば、彼方は慌てて手の甲で拭う。そのまま玄一の制服に擦り付けようとするので、玄一はまた彼方の椅子を蹴り上げた。


「むぐうっ」

「ういー、出席とるぞー」


 大きな飴を喉に詰まらせそうになったのか、彼方が顔を顰めるのと同時、担任の小春が教室の前のドアから顔を出した。途端、騒いでいた生徒達が着席しだす。


「おい、飯田橋。お前なにほっぺ膨らませてんだ」

「んーん」


 なんにもないよ、といわんばかりに首を振る彼方に、小春は眉間に皺を寄せる。


「秋田、お前ちゃんと飯田橋見張っとけよ」

「俺はこいつの保護者じゃねえ」

「こいつが虫歯になったら泣きつく先はお前だぞ」


 理不尽な監督義務を押し付けられて拒否した玄一だが、小春の次の言葉には閉口する。

 小春の言葉は間違いない。虫歯で痛む歯を、彼方は歯医者でも家族でも保険医でもなく、玄一に訴えてぴゃーぴゃー泣き喚くだろう。その鬱陶しさを生々しく想像した玄一は、こめかみに青筋を浮かべながら彼方の頭を引っ叩いた。


「おえっ、あー、落ちちゃったじゃん。玄ちゃんのばあかっ」


 叩かれた拍子に口から飴玉を飛び出させた彼方は、後ろを振り返って舌を出す。先ほどまで舐めていたのはぶどう飴か、彼方の舌は不気味な紫色をしていた。


「きったねえな」

「うー、玄ちゃんティッシュー」

「てめえの使えっ」

「玄ちゃん持ってるから俺ないし」

「だから俺はてめえの保護者じゃねえって……」

「秋田、飯田橋。仲がいいのは分かったから、とっとと飴片付けろ。出席とんだよバカヤロー」


 主張を担任に遮られ、玄一は叩き付けるように鞄にいれていたポケットティッシュを彼方に向かって投げた。ぺし、と肩にあたったティッシュを床に落とす前に拾った彼方は「ありがと」とこどものような笑顔で玄一に礼をいい、机に転がる飴玉をティッシュに包んだ。

 しかし、机のべたつきは乾いたティッシュではとれないらしく、彼方は一生懸命ティッシュで机を擦るが、すぐに途方に暮れた顔が玄一を振り返る。


「玄ちゃん、机べたべた」

「知るか」

「玄ちゃんのととっかえてー」

「ざけんな。後で水道行きゃいいだろうが」

「んー……分かった」

「このクソカナ」


 当たり前のように彼方のポケットにしまわれて戻ってこないティッシュは、予想済みとはいえ腹立たしいもので、玄一は何度目かになる蹴りを彼方の椅子にお見舞いした。

 ガン、と物に対する労わりが足りない音をBGMに、小春の出席確認が進む。

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