7月4日 南小の少年と小さな悩み その1
7月4日(木) 昼
給食後。ユウキはパンの残りをランドセルに詰め込んでタツキに言った。
「タッキー、今日の放課後はどこに行く!?」
「ダメだよユウキ君。今日は宿題を一緒にやるって約束したよ。
速さの問題が分からないって言ってたじゃない」
「だって、折角晴れたんだぜ~?明日やるからさ!」
「ダメ。明日できる事が今日にできないはずがないって天狗仮面も言ってたでしょ」
「わかったよぉ…。じゃ、図書館でやろうぜ。あそこ、涼しいし」
タツキが「分かった」と頷き、待ち合わせの時間を決めると、ユウキは1秒でも長く昼休みを楽しもうと教室から飛び出していった。
担任の山崎が「こらー!廊下は走るなー!」とユウキが出て行ったドアに向かって叫んでいる。いつもの風景だ。
「元気だなあ、相変わらず」そう呟いて、タツキはようやく晴れた空を見つめながら、窓から吹き込んでくるじめっとした風を身に受ける。どこか物憂げな表情のタツキに、担任の山崎が「どうしたの?タツキ君。あんまり元気ないじゃない」と声を掛ける。
タツキは山崎の方へ向き直り、えへへと苦笑いしながらそれにこたえた。
「ごめんなさい。少し悩んでて。でも、大丈夫です」
「そう?困ったことがあったら言いなさいね。先生、いつでも聞くから」
「はーい。ありがとう、先生!」
僕も遊びに行こう。悩むことは家でもできる。せっかく学校で皆と遊べるのだから、教室にずっと居るのはもったいないしね。とそう考えるタツキ。
昨日と一昨日は雨のせいで外で遊べなかったということもあり、タツキは悩み事を一時忘れることにして、ユウキのあとを追って教室を出た。
○ ○ ○
放課後、やはりユウキは走って教室を出て行った。担任の山崎も叫んでいる。「様式美って、こういうのの事を言うのかな」とタツキは本で得た知識を思い出して考えた。
帰りの校舎で1年生の双子を見かけた。前のケイドロ大会にも参加して天狗と追いかけっこをしていたので、良く覚えている。二人は朝顔の植木鉢を並んで覗き込んでいた。
ああ、僕も育てたっけなあ。夏休みに毎日観察して、初めて花が咲いた時はすごく嬉しかったっけ。
「降矢さん達、朝顔のお世話?」横に並んで声をかけるタツキ。
「あ、6年生のおにーちゃん」
「しずかなほうのおにーちゃん」
ああ、うるさいほうはユウキ君なんだろうなあ。双子は棒の立てられた植木鉢を眺めて「ここにくるくるってなるんだって」「うん、こばやしせんせーがいってたね」と話している。
「花を育てる時は、お花に話しかけてあげるといいよ」タツキが言う。
「おはなし?」
「おはなし?」
「うん、その方が花が喜ぶんだって。きっとお礼にきれいな花を
咲かせてくれると思うよ」
タツキも昔、同じ事を言われて一生懸命その日にあったことを朝顔に話していた事を思い出して少し恥ずかしくなった。
「わかった。がんばるー」
「がんばるー」
頑張ってねと手を振って離れるタツキの後ろで、さっそく二人は朝顔に話しかけていた。山に出かけてオムライスを食べたとか、お山で飛んだとか話していたが、何の話だろうとタツキは首をかしげた。
楽しそうに話をしていたので「まあいいか」とタツキは帰路についた。帰ったら、宿題を持って図書館に行かなければ。
○ ○ ○
ユウキは帰宅後、ランドセルを自分の部屋に放り投げて、そのまま家を出ようとしたが、寸前のところで「図書館に行くんだった!」と思い出し、担任の山崎に渡されたプリントと筆記用具をカバンに入れて今度こそ家を出た。
図書館へ向かって彼の自転車、ぶれいぶ号を走らせていると、交差点の信号で3年生の生徒に会った。ケイドロ大会で一緒に遊んだ女の子だ。名前は…なんだったっけな。女の子もこちらに気づいたようで声を掛けてくる。
「あ、6年の人だ。この前のケイドロは楽しかったねー」
「おう!…えっと、ごめん、名前、何だったっけ?」
「ひどーい。名札つけてたのにー。日生芹香よ!」
「ごめんごめん。セリちゃんね。もう忘れねーよ。遊びに行くのか?」
「うん!公園でべるべると遊ぶんだから!一緒に来る?」
「いや、今日は図書館で勉強する約束してるんだ」
「うわー、6年生ってえらいんだねー」
そこまで話をした所で、信号が青に変わり、二人はそろって信号を渡る。そこで二人は左右にそれぞれ曲がる。芹香が手を振ってユウキに挨拶した。
「また遊ぼうね!6年の…えっと…」
「真島祐希。なんだよ、セリちゃんも覚えてなかったんじゃん」
「えへへ、ごめーん」芹香は苦笑いしながら頭を掻いた。
まあ、下級生には優しくしなさいってオクダのばあちゃんも言ってたしな。気にしない気にしない。ユウキも手を振ってそのまま愛機・ぶれいぶ号を駆り、図書館を目指した。
○ ○ ○
図書館ではお静かに。そう貼りだされた掲示板の横を通り、ユウキとタツキは図書館の自習室を目指す。今日の目標は、「速さと道のり」の単元をやっつけること。小学校の中で3本の指に入るであろうボスクラスの単元だ。ちなみに、残り二つは「割合」と「比例」である。
ユウキは単位の変換が苦手だ。2kmを200mにしてみたり、1800mを180kmにしてみたりとなかなか正しいものが覚えられない。それに加えて、道のり÷速さだったか、速さ÷道のりだったかで頭の中はごちゃごちゃになるのだ。
今日もどうやら苦戦しているようで、自習室で唸りながら問題を解いていた。
「なんで忘れ物して家に帰るんだよ太郎ー。忘れたままいけよなー」
「途中で友達に会ったからって5分話すとか訳わかんねえ」
などと、問題にいちゃもんをつけながらせっせと解いていた。一方、タツキはといえばさっさと宿題を終わらせて、借りてきた本を読んでいた。
「タッキー、何読んでんだ?」
「これ?さっき見つけて借りてきたんだ。『モモ』って本」
「へー、そういや、天狗の兄ちゃんの所のモモ、元気かなー」
「会ってないもんねえ。あれ以来。元気だといいね」
以前、ツチノコ探しに行った時に天狗仮面が連れてきた女の子、猫塚百里のことを、タツキは思い出していた。今だけに限ったことではない。
あの日から、何かと百里の事を思い出すのだ。借りてきた本も、たまたま題名に惹かれて手に取ったものだった。
大人達からすれば、かわいいものだと思うかも知れないが、タツキにとってこんなことは初めてであり、どうすればいいか良く分からなくなっていた。
算数の問題と違って、考えても考えても答えが出ないことにタツキは悩まされていた。いつものように、指で眉間のあたりをトントン叩いてみてもいい考えが浮かばない。百里のことを考えている時は苦しい気持ちと、どこか痺れるような気持ちが同時に湧いてきて、それもまたタツキを悩ませるのだった。
「うへー、やっと出来たー」
「…ユウキ君、半分くらい間違ってるよ」
「どこが!?」
「ここと、これと、あとこれも」
算数は間違いを直せば先生がマルをくれるけど、僕はどうしたらマルをもらえるんだろう。誰がマルをくれるかも分かんないな。
「タッキー、何か怒ってんのか?」不意にユウキが口にする。
「ううん、どうして?」タツキはいきなりの台詞に驚いた。
ユウキがタツキの目を見ながら話をする。
「いつもと全然違うぜ、タッキー。宿題の説明とかしてくれねぇし、
ここんとこ、何かボーっとしてるし。悩んでるんなら言ってくれよな」
「僕が思うに、宿題は僕に甘えすぎだよ。
でも、うん、ごめん。…なんでもないよ。大丈夫だから」
どうして、ユウキに相談したくないなんて思うんだろう。恥ずかしいのかな。でも何が?ううん、自分でもよく分からないけど、何となくこれは1人で考えることなんじゃないかなと思うんだ。
大丈夫だと笑うタツキから、ユウキは視線を逸らす。その目は寂しそうに伏せられていた。
何も言わずにプリントを片付け始めるユウキ。
「ユウキ君?やり直し、やっていかないの?」
「俺、後は家でやるから……」
そういって俯いたままカバンを持ってユウキは帰ってしまった。タツキも急いで宿題と本を片付けて少し遅れてユウキの後を追う。
タツキが図書館を出たときにはすでにユウキはおらず、じめっとした空気が図書館を出たタツキの体にまとわりついてきた。
「怒らせちゃったかな……」
肩を落としてタツキも帰路につく。明後日は夏祭りに行く約束をしているというのに、このままでは気まずい。「謝らないといけないや」と思うものの、どうやって謝ればよいのかわからず、悩み事が増えたまま、タツキは自転車を走らせた。
うわお、明後日は夏祭りだっていうのにこんな雰囲気でいいのか?
大丈夫、まだ慌てる時間じゃない。
ちょっとすれ違っちゃったゴールデンコンビでした。
パッセロさんの双子ちゃんととにあさんの芹香ちゃん、お借りしました!




