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うろなの小さな夏休み   作者: 三衣 千月
うろなの小さな夏休み
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6月9日 4人の少年とツチノコ男 その1

ここもとさんの『ツチノコを探し隊』に出張してきて頂きました。

山の事は彼らに色々と聞こうと思っています。

6月9日(日) 朝


 数日前から続く相変わらずの雨。

 4人の少年は、うろな駅前広場で初めて見る少女と挨拶を交わしていた。天狗仮面が預っている子で、留守番をさせる訳にも行かないので連れて来たと天狗仮面は言った。


「はじめまして。あたし、猫塚百里(ねこづか ももり)

 皆のことは天狗仮面から聞いてるの!モモって呼んでね」


「よろしくな!モモ。俺、ユウキ!こっちはタツキ!」


「俺達もドコに行くかしらねーけど、よろしくなー。

 俺はダイサク。こっちのメガネはシンヤだ」


「よろしくー」「よろしくね、モモちゃん」


 自己紹介を済ませて、天狗仮面が荷物チェックを行う。忘れ物がないようにと彼らが遠くに出かける時には天狗仮面はしっかりチェックしてくれるのだ。

 全員、用意にぬかりは無く、百里はリュックが無かったからとデカデカと天狗が描かれている天狗リュックを背負っていた。あまりの天狗柄の主張の強さに、小学生達は「自分のヤツ持ってきてよかった」と胸を撫で下ろした。

 ちなみに、天狗仮面はリュックを背負っていない。いつもの唐草模様のマントを風呂敷包みのようにして背負っているのである。その天狗風呂敷は大きく膨らんでおり、たっぷりと物が入っていることがうかがい知れた。





 駅からは電車に乗り、うろな本線を使って「うろな高原」まで行くのだと天狗仮面が教えてくれた。うろな高原は、うろな町の西の山の中腹あたりにある駅であり、山への登山客の利用が多い駅でもある。

 一つ手前の「うろな裾野」の駅から登山口はあるのだが、よほどの登山好きでもない限り、裾野から山登りをしようと言う人間はいない。

 「やっぱり野外活動じゃん」「カレーでも作るのか?」「ありきたりだなー」などと子供達が口々につぶやいていると、天狗仮面は


「ふふふ、諸君が考えているよりも辛く苦しいものになるだろう。

 まずは、切符を手に入れなければ出発すら出来ぬのだぞ」


「え?そこの券売機で買えばいいんじゃねーの?」ユウキが首をかしげる。


「集合した瞬間から、今回の南北うろな合戦は始まっているのだ!

 これから出す課題をクリアしたものに切符を手にする権利がある!

 さあ!周りの迷惑にならぬように少し端によるのだぞ」


 そう言って建物の端に寄った所で、天狗仮面は風呂敷から数本のロープと棒、そして様々なロープの結び方が書かれたカードを取り出した。


「最初の試練はこれだ!そのカードの“本結び”と“バケットヒッチ”を覚えたら

 こっちに来て結んでみるのだ!出来た者から切符を渡す!」


「いっぱいあるなー。本結びはカンタンそうだな!」


「どっちが早く覚えられるか勝負だぜユウキ!」


「ロープ結ぶだけだろ?ラクショーだぜ!」


 いち早く天狗仮面の元へとロープを持っていくユウキ。しかし、天狗仮面は「やり直し!」と宣言した。「なんでだよー!天狗兄ちゃん!」


「それはタテ結びと言う別の結び方だ!似ているが解けにくさが違う。

 落ち着いて覚えてから見せにくるのだ!」


「ユウキ君、焦らずにね!モモちゃんは大丈夫?」


「うん、覚えられそう。ありがとう!」


「よーし、俺はバッチリ覚えたぜー」ダイサクが天狗仮面へと歩み寄る。


「頑張れダイサクー!」


「まかせとけって!!ここを…こうして…」「やり直し!!」「なんだとー!?」




 結局、切符をもらった順番は、タツキ、モモ、シンヤ、ダイサク、ユウキの順番だった。悔しがるユウキは切符をもらった後も結び方を復習していた。天狗仮面が言う。


「今日はその結び方を使って西の山で行動してもらう。

 他の結び方は今日は使わないが、覚えておけば役に立つこともあるだろう。

 では、出発だ!」





   ○   ○   ○




 改札を通り、6人はうろな駅の4番線で普通列車を待つ。湯海(ゆのうみ)行きの普通列車に乗り込み、一行は西うろな、新うろな、うろな裾野と続く車内でのんびりしていた。

 次のうろな高原で降りる予定なのだが、シンヤが天狗仮面に尋ねた。


「今日、山に行くんだったらうろな裾野から登っても良かったじゃん」


「雨さえ降っていなければ、それも良かったのだがな。

 裾野から高原までの登山道はあまり人が通らないので、君たちには危険だ」


「そんなの、わかんないじゃん」「そうだぜ、大丈夫に決まってらあ」


「勇敢だが、勇気と無謀を履き違えてはいけないぞ君たち」


「俺がどうかした?靴ならちゃんと履いてるぜ?」窓から外を眺めていたユウキが振り返る。


「違うよユウキ君。天狗さんが難しい言葉を使いたがっているだけだから」


「そうね。天狗仮面って、いっつもそうだものね」


「ええい!五月蝿いぞ、おませさんコンビめ!」






 うろな裾野で、二人連れの客が車両を後にした。年が離れて見える男女のペアで、男性の方は右手に輪っかの出来た縄を持っている。

「おじさん、先週も来たのにまた山なのー?」「雨なら奴も警戒を緩めているかも知れんだろうが」「はー、やれやれだわー」などと会話をしながら降りていった。


「なんか、変なおっちゃんだったな」


「あの縄の結び方はモヤイ結びだったね」


「え、変な所見てんだな、タッキー」


「諸君、あの男性はつっちーだ。覚えておくと良い」


「ツッチー?知り合いなのか?」


「少しな。熱い男だったぞ」


「何だよ、兄ちゃんと同類かよ」「じゃ変態じゃん」


 ひどい言われようである。ちなみに、彼はこのうろな町に最近やってきた川崎と言う男であり、町の誰よりもツチノコを愛し、ツチノコを見つける為にうろな町に来た程の男である。隣の少女は天狗仮面も初めて見る顔であった。

 天狗仮面との邂逅を果たした時、川崎はツチノコについて熱い議論を天狗仮面に説いた。しかし、それはまた別の話である。


 うろな高原に到着したのは午前11時。山の中腹であるうろな高原から山頂までは大人の足でおよそ1時間ほどだ。

 先ほどのツチノコ男・川崎はうろな裾野から高原まで1時間程かけて登ってくるに違いない。平均的な一般男性ならば、合わせて2時間ほどで、この西の山を登ることが出来るのだ。


「なー、天狗兄ちゃん、雨だけどどうするんだ?」


「合羽は持ってきたから大丈夫だけど…」


「高原の原っぱにゃ誰もいねーな」


「雨だもん。普通は誰もいないよダイサク」


 少し困惑する4人の少年を尻目に、天狗仮面は高笑いしてから皆を見回し、芝居がかった身振りを交えながら言い放った。


「諸君ッ!本日はうろなの山の長老に会いに行くぞ!」


「長老!?」子供達が揃って声をあげる。天狗仮面は説明を続けた。

 

 

 うろな高原から少し山頂に向けて歩いた所には、樹齢数百年の(とち)の木と桜の木が寄り添うように立っており、山から町を見守ってくれていると天狗仮面は言うのだ。

 しかし、高原から山頂に向かうルートからは外れた場所にあるので、単純に山頂を目指す登山客達がその山の守り神とも言える栃と桜に気付くことはあまりない。

 そして、町の人間も訪れることが減ったので、老木のある場所までの道も草に覆われて見えにくくなってきているのだが、今日はその道を通れるようにするのが目的なのだと言う。


「雨で道は険しく、道中には危険も多い。しかし、安心するのだ。

 まもなく雨は止むだろう。天狗の神通力がそう告げている」


「出た、神通力」


「ユウキ君!しッ!」タツキが人差し指を口にあてる。


 天狗仮面のぎょろりとした仮面の目玉がユウキを見据えたが、彼はそれ以上追求することは無かった。うろな高原駅の近くには山を訪れる人間のためのレストハウスがあり、登山者たちはそこで装備を整えたりするのである。

 一行はそこに荷物を降ろし、休憩をとる。レストハウスと言っても、テーブルと自動販売機がある程度の簡単なつくりをしている。今日は天候のこともあってか、他に利用者はおらず、貸切状態となっていた。

 

「ここで少し早めの昼食を取る!しっかりと食べ、戦いに備えるのだ!

 弁当はこれだ!人数分あるので心配するな!」


 そう言って彼は『天狗特製弁当』を取り出し、子供達に配った。早起きして作った栄養バランス満点の弁当である。弁当箱を開けた子供達から歓声が上がる。


「あたしも手伝ったのよ!煮物は前の日から頑張って作ったんだから!」


「すっげえな!モモって料理できるんだな!すごく美味そうだぜ!」


「ふふ、味にも自信あるわ。いっぱい食べてね、ダイサク君」


「ってか、天狗兄ちゃんが料理出来る事にびっくりした」


「天狗たるもの、料理の一つや二つ出来ねばな」


「…天狗ってなんだったっけタッキー」


「…天狗さんの理想の天狗像がどんどん見えなくなっていくねユウキ君」


「まーいーじゃん。それより食べようよ!」


 天狗の弁当は非常に美味かった。百里が作ったと言う煮物やだし巻き卵も絶品であったし、弁当の定番、アスパラベーコン巻やタコさんウインナー、唐揚げなどなど、非常に豪華なものであった。

 ご飯には桜でんぶを使って天狗の顔が書かれており、「今日一番の自信作だ!」と天狗が高笑いしていた。

 百里はなんのためらいもなく天狗の鼻の部分から食べ始め「天狗の鼻っ柱を折ってやったわ」と笑っていた。




 弁当の後、天狗から今日の詳しい説明が始まった。

 長老に会いにいくとはいえ、これは北小と南小の対決なのだ。勝ち負けを決めるには、何かで争わなければならない。


「どうやって北小と勝負するんだ?先に長老の所に着いたら勝ちか?」


「いいや、長老の木の広場までは皆で力を合わせて進んでもらう。

 先程も言った通り、雨のせいで危険な道になっているのでな」


「向こうでロープ使って縄跳びでもすんのかよ」


「まあ聞くのだ諸君。これは、大変むずかしい作業だ」


「平t…平気じゃないかしら?天狗仮面も手伝ってくれるんでしょ?」


「いいや、基本的には手伝わない。全て諸君にやってもらう。

 内容は、危ない所にロープを張って次に訪れる者が安心して

 通れるようにすることだ。木々に目印をつけたりもする」


「迷わないように目印ってこと?」


「そうだ。山を歩く時の約束事のようなものだな」


「ふーん、それで結局、向こうに着いたらどうやって勝負すんだよ」


「それについては、まもなく来る援軍に説明を任せようと思う」


「援軍?」


「うむ。強力な助っ人だ。もうすぐ来るだろう」




 レストハウスで待つこと少し。

 雨は上がり、雲間から太陽の光が差し込みだした。


 裾野から高原まで続く登山道を誰かが登って来て、レストハウスへと入って来た。

 右手に輪っかのついた縄を持った、先ほど電車で見かけた男だった。


「あー!つっちーだ!」ユウキが叫ぶ。


「お!?なんだなんだ、俺も有名になったんだな!入隊希望者かー?」


ツチノコ男・川崎がやって来た。隣の少女が川崎に声をかける。


「おじさん、テンション上がりすぎー。

 あ、あれが噂の天狗仮面?ほんとに天狗のお面なんだ」


「そりゃテンションも上がるってもんだ。

 ああ見えて天狗は話せるヤツなんだよ」


「でも、ジャージだよ?風呂敷だよ?おじさん以上に不審者だコレ」


「人を見た目で判断するんじゃねえ。っつか、俺は見た目は不審者じゃないだろ」


「何言っちゃってんの?それともイッちゃってんの?」


「なんだとー!?」


 とても賑やかな二人を前にして、小学生達は言葉を失った。つっちーこと川崎尚吾(かわさき しょうご)は「おお、すまん」と小学生達に挨拶をして、隣にいる少女のことを日出(ひので)まつりだと紹介した。『ツチノコを探し隊』と名乗る彼ら。

 川崎は言った。


「少年たちよ!ツチノコには夢がある!ツチノコには愛がある!

 一緒にツチノコを探そうじゃないか!君たちも同志だ!」


「ほんとだ、同類だ…」シンヤが呟く。


「すごく大変な作業になりそうね」モモがため息を漏らした。





 そして川崎が高らかに宣言した。


「ツチノコを先に見つけた方の勝ちだ!ツチノコ愛を忘れるんじゃないぞ!」


 天狗も、高らかに宣言した。


「それでは、第17回、南北うろな合戦を開催する!

 まずは力を合わせて長老の木を目指すのだ!」



 子供達は、状況が完全に飲み込めぬまま、長老の木目指して歩き出した。

 晴れ間の見え出したうろな町の空だが、まだ空は厚い雲に覆われている。 


 果たして、どのような道行になるのだろうか。





次回もツチノコ回!

ここもとさんの川崎さんと日出さんをお借りしています。


ふと思ったんですが、今の子ってツチノコ知ってるんでしょうか?


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