5月23日 4人の少年と天狗仮面 その3
宝探し編、今回はダイサクとシンヤが主役。
新キャラも登場しております。
5月23日(木)
ダイサクとシンヤは町に流れる川沿いの道を自転車に乗って全力で走っていた。
「待てよ、ちくしょう!」
「ダイサク、アイツ速すぎるよ!!」
「諦めんじゃねえ!こっちは自転車なんだ、根性見せろ!」
彼らの目の前を走るのは、トレーニングウェアに身を包んだ女性だった。
セミロングの髪をなびかせているが、顔には狐の面が付いていた。
彼女は天狗仮面の知り合いであり、この宝探しに駆り出された不幸な人である。
名を猫塚千里と言うが、ダイサクとシンヤがそれを知るはずもない。
「アイツ、ゼッタイ天狗仮面の知り合いだよ!」
「見りゃ分かるってーの!いいから天狗缶を取り戻すぞシンヤ!」
○ ○ ○
遡ること20分程前。北小コンビの宝の地図にはうろな駅の場所に星印がつけてあった。
「なあシンヤ。コレ、ここに行けってことだよな?」
「おおつじなるむさんを探せ!って書いてあるよ。駅前の広場に誰かいるんじゃない?」
「かもな。ってか、地図の裏にさっきの3つのルール書いてあんじゃねえか。
一回しか言わないとか言っときながら変なの」
「天狗仮面が変なのはいつものことじゃん」
二人は駅へと自転車を走らせ、うろな駅へと到着した。駅前の広場には噴水があり今日も様々な人で賑わっている。この中から「なるむさん」を探すのは難しいと二人は顔を見合わせた。
「どうしようか、ダイサク」
「分かんねえなら、聞くだけだ。『聞くは一時のハイジ』って小林センセーが国語で言ってたろ?」
「なんだか口笛が遠くまで聞こえそうだよダイサク。『一時の恥』じゃんか」
「う、うるせえ。早くしねえとユウキ達に負けちまうだろ。手分けしてやるぞ!」
駅前広場にいる人たちにそれぞれ聞いてみるも、広場にいる人の中で「おおつじなるむ」と言う名を知っている者はいなかった。二人はベンチに腰掛けて天狗仮面から渡されたお茶を飲む。
駅前広場にはいないとなれば、あとは駅の中しか無い。事情を話して駅に入れてもらおうかと二人は改札横の駅員室に声をかけた。「どうしたのかな?」と優しい返事が返ってくる。
「すみませーん、俺達、人を探して…あー!!見つけたッ!」
「な、何かな?」
駅員の名札には、大辻成夢と大きく書かれている。
「天狗仮面におおつじなるむさんを探せって言われたから探してたんだ!
俺、うろな北小の金井大作!」
「あ!ダイサク君とシンヤ君だね?こんにちは、大辻成夢です」
「こんにちは!同じく北小の相田慎也です!」
「うん、元気でよろしい。ちょっと待ってね。
芹沢さーん!天狗君から預かった箱、持ってきてくださーい!」
大辻がそう言うと、奥の方から芹沢と呼ばれた小太りの男が20㎝四方ほどの大きさの箱を持ってやってきた。箱には4ケタのダイヤル式の鍵がついており、中に宝物が入っていると教えてくれた。
「ほい、この箱と、このメモね。面白そうだよねえ、宝探しなんて。
探せぇ!この世の全てをそこに置いてきた!とかロマンだよね!」
芹沢は「頑張ってね」と言ってまた駅員室の奥へと戻っていった。
「本当は駅のことを色々話したかったんだけど、今、空いてる人がいないんだ、ごめんね」
「いえ、お仕事中にすみませんでした!」
「お邪魔しました!!」
二人は駅前広場のベンチに戻り、渡された箱とメモを確認してみることにした。
メモには【鎌倉幕府】と書かれていて、それを見たダイサクが得意そうに箱のダイヤルを回し始めた。
「『いい国取り繕うカマクラバクフ』だろ、簡単じゃねえか!」
「そんな騙し騙し作られた国は嫌だよダイサク。
数字は1192で間違ってないけど、間違ってるよ」
そんなやり取りをしながら、最後の数字を合わせる。箱からカチリと音がして蓋が開く。
そこには天狗印の天狗缶がちゃんと入っており、二人は「やったー!」と歓声をあげた。
しかし、不意に後ろから伸びた何者かの手が箱を奪い取り、カチリと再び蓋を閉めた。
「何すんだよ!ってうわぁ!」
ダイサクが振り向くと、そこには狐の面をつけ、トレーニングウェアを着た女性が立っていた。
見るからに怪しい女性―――猫塚千里はひらりと箱の前に手をかざしてあっという間に天狗缶の入った箱を消してしまった。
「箱が消えた!」「手品だ!」と驚く二人にに向かって猫塚は話しかけた。
「おねえさんと勝負しなさい。勝たなきゃ箱は出してあげないわ」
「ずるいぞ!俺達が手に入れたのに!」
「そうだそうだ!ずるいぞ!!この狐!」
「イイコトを教えてあげるから良く聞きなさい。
目標を達成した時に人は一番油断をするのよ。
油断したあなた達が悪いのよ」
「くっそぉ…どうやって勝負するんだよ」
「まずは駐輪場に止めた自転車をとってくるのよ。
そうしたら、うろな大橋まで来なさい。そこで話をするわ。
あ、ちゃんと交通ルールは守るのよ」
「逃げんじゃねーぞ!絶対に返してもらうからな!」
「ルールを守らないゲームは楽しくないわ。じゃ、また後でね」
そう言って猫塚はスタスタと歩いていってしまった。ダイサクとシンヤは急いで停めてあった自転車にまたがり、うろな大橋へと向かった。
○ ○ ○
そして舞台は冒頭の川沿いの道へと戻る。猫塚が提案した勝負は追いかけっこだった。どちらか一人でも追いつけば、ダイサク達の勝ちだと、彼女は言った。
なんだそんなことかと甘く見た二人は、すぐにこれが簡単な勝負ではなかった事を知る。彼女との距離は一向に縮まらず、かれこれ5分は全力でペダルを漕ぎ続けていた。
「ぜってぇ負けねえ!待ちやがれー!!この狐ー!」
「その意気その意気ー。がんばれー。おねえさん、応援しちゃうよー」
差は一向に縮まらず、また距離が開くこともない。猫塚はまだまだ本気で走っていなかった。人間離れしたその脚力と体力の不自然さにダイサクとシンヤは気づいていないが、相手が本気を出していないことくらいは分かる。
「ダ、ダイサク、駄目だ、勝てないよ…」シンヤが息を切らせながら言う。
「分かった、後は俺にまかせとけ」ダイサクはそう言って大きく雄叫びを上げる。
「お、スピードアップ?じゃおねえさんも!」
確かに、このままでは勝てないだろう。後ろにどんどん小さくなっていくシンヤを振り返り、ダイサクは負けるわけにはいかないと気を高ぶらせる。こちらのスピードに合わせてすぐ前を走る猫塚にダイサクは「くそっ」と心の中で毒づいた。
「一瞬だけでも、隙が出来ねーのかよ!」祈るように考えたダイサクの脳裏に、つい先程の駅前での会話が浮かぶ。『目標を達成した時。人は一番油断する』そう言っていた、と。
「これしかねえ!」ダイサクは大きく息を吸い込み、叫んだ。
「ちきしょーッ!追いつけねえ!負けたーッ!!」
その声を聞いた猫塚が「あら、もうおしまいかしら?」と勝利を確認する為に振り返る。その一瞬。勝負が終わったと彼女が認識したその一瞬。
「うおおおぉぉぉ!!」ありったけの力を込めてペダルを回し、ダイサクは猫塚を抜き去った。
河川敷の土手に息を切らせながら寝転がるダイサクと、携帯電話で誰かと話をしている猫塚。
遅れて追いついたシンヤが自転車を停めてダイサクの元へと駆け寄る。
「ダイサク!」
「おー、シンヤ。へへへ、ばっちり勝ったぜ、ほら」
ダイサクの手には宝の箱と、天狗缶があった。
「すごいよダイサク!ダイサクはやっぱりすごい!!」
「いやー、こんなに早く負けるなんて、おねえさん思ってなかったよ」
電話を終えた猫塚が手をひらめかせると、いつの間にか彼女の手にはアイスが2本握られていた。「はい、勝ったごほーび」二人は礼を言ってアイスを受け取る。
「へへへ、油断カイテキってヤツだな!」
「気持ちよく油断しちゃダメだよダイサク。油断大敵だって」
「う、うるせえ!」
河川敷に三人の笑い声が響く。少し傾いた西日と、川上に向かって吹く風が心地よかった。
○ ○ ○
河川敷で猫塚と別れ、ダイサクとシンヤは中央公園へと戻った。まだユウキとタツキは帰って来ておらず、時計の下で仁王立ちしていた天狗仮面が高笑いしながら出迎えてくれた。
持ち帰った天狗缶を見せると、「うむ、見事だ」と天狗仮面は大きく頷いた。
「南小の奴らが帰ってくる前に、今日あったこと書いとこーぜ」
「そうだね。でも、駅に行って狐と勝負しただけじゃん。すぐ終わるよ」
「バッカやろう!俺の大活躍はそんなに早く書く終わらねえだろ!」
「わあ、ゴメンゴメン!」
程なくして、ユウキとタツキが公園へと戻ってきた。
「あ、ちきしょー、早かったんだな、ダイサク」
「へっ。こりゃ今回は北小の勝ちだな!」
「まだ分っかんねえだろ!天狗兄ちゃんの地図に、
今から最後の勝負って書いてあるじゃねーか」
「ダイサク君、シンヤ君、お疲れ様。楽しかった?」
「すっげえ疲れた。でも、楽しかったぜ」
「ダイサク、すごかったんだから!見せてやりたかったよ」
「俺達だってすげえ美味かったんだぜ!なあ、タッキー!
「ふふ、そうだね、ユウキ。色んな人に会ったね」
お互いの宝探しがいかに素晴らしいものであったかを、めいめいに話しだす4人。
天狗仮面はその姿に満足しながら、大きく頷く。
北小コンビはトマトの話に「あ、山口さんトコ行ったのかよ」「あのおじさん、野菜を粗末にするとすげー怒るんだぜ」と相槌をうち、南小コンビは狐面の女性の話に「マジかよ!俺も勝負したかったー」「すごいねダイサク君」と興味を示していた。
天狗仮面が問う。
「さてそれでは最後の勝負だ。最後の勝負は『4人で話し合って勝者を決めること』だ。
お互いの宝探しの話を聞いて、どちらが勝っていたかちゃんと話し合うのだぞ」
もちろん、自分の冒険が一番楽しかったに決まっている。自分の体験を相手に伝え、また、相手の話から興味ある情報を自分のものとする。コミュニケーションを通して、彼らの体験は自分たちだけのものではなく、共有された思い出へと成り得るのである。
「今日は北小の勝ちでいーぜ。自転車の競争、今度俺ともやってくれよ」
「コテンパンにしてやるよ。『流星』ってとこ、俺も行ってみてえな」
「天狗缶も北小の方が早かったし、今回は仕方ないね」
「でも、山口さんとこの野菜食べたんだろ?うらやましいじゃん」
話し合った末、今回は北小の勝ちとなった。天狗仮面が対決の終了を宣言する。
「第16回南北うろな合戦、勝者、北小!
通算、南8勝、北7勝、1引き分け!これにて今回は終了とする!
次回のうろな合戦は6月9日の日曜日、朝10時にうろな駅に集合とする!」
「来週の土日はやんねーの?」
「おそらく雨が降るので6月1日と2日は無しだ。
天狗の神通力が雨だと言っている」
「ほんとかなあ」「怪しいよな」「怪しいのは元々だよ」
散々な言われように、天狗仮面は一つ咳払いをする。
「諸君、最後に1つだけ伝えておく。
今日、君たちが見つけた宝は、決してこのような空き缶などではない!!
この缶に入りきらぬような大きなモノを手に入れたであろう!
その宝は、決して失くならない。
その宝は、決して色褪せない。
いつまでも、君たちの心に残り続ける!そう、今日、この日の
「思い出こそが宝物だー、だろ。天狗兄ちゃん、毎回言うじゃんソレ」
「あ、ダメだよユウキ君!決め台詞を奪っちゃ。
天狗さんのアイデンティティが崩れるんだから!」
「ええい、相も変わらず五月蝿いぞ南小コンビ!」
「俺だってその決め台詞言えるぜ。
ほんと、毎回言うもんなー。いい加減、ジミにたこが出来るって」
「そんなに控えめにたこ作らないでよダイサク。耳にたこが出来る、だよ」
「し、知ってるよ!うるせえなあ!」
「へへへ、バーカ、バカダイサクー!」
「なんだとチビユウキ!」
「やんのかコラー!」
「二人共やめなよもう」
こうして、第16回南北うろな合戦は北小の勝利で幕を閉じた。これからも多くの出来事や冒険が彼らを待っていることだろう。
これからもこのうろな町の人々に支えられながら、彼らは少しづつ、しかし真っ直ぐに大きくなっていくのである。
おじぃさんの駅係員の日常より成夢君と芹沢sんをお借りしました。
成夢君は仕事中はさすがに真面目に見えるだろうと好青年風です。
訂正などありましたらおっしゃってください。




