8月20日 4人の少年と夏の山 その4
8月20日 夜
ユウキは走った。薄闇の山道を懐中電灯の明かり一つで。シンヤが言うには、タツキは足を挫いている上で川に落ちたらしい。岩に捕まっているので流されてはいないということだったが、いつまでその状態が保つかどうかも分からない。
祈るようにタツキの名を呟きながら、ユウキは栃の木の広場を抜けて川のある方へと走っていった。
○ ○ ○
ユウキとシンヤが出くわしたのは、まったくの偶然だった。斜面を滑り落ち、迂回して西の山のハイキングコースに戻ってきたシンヤと大急ぎでうろな高原駅まで戻ったはずのユウキがどうして途中の道でばったり会ったのか。
話は少し前に遡る。
ダイサクに諭されて大人を呼びに行ったユウキは山頂の休憩所を抜け、ハイキングコースを突っ走り、息も絶え絶えにうろな高原駅に辿りついた。
しかし、高原駅には誰一人として人の姿が無い。駅員の姿も、客の姿も、誰一人として、である。
「なんだよ、コレ!?誰かー!」
ユウキは大声で叫んだが、それでも誰からの返事もない。駅に設置されている公衆電話も何の反応も示さなかった。
乱暴に受話器を置いたユウキは「自分でなんとかするしかねえ!」とそのまま道を引き返したのである。その途中で、ハイキングコースの脇、栃の木の広場へと続く道から飛び出してきた泣き顔のシンヤと会ったのである。
タツキを助けられるのは今、自分しかいない。そう判断したユウキは一人タツキの下へと駆け出したのである。
○ ○ ○
「タツキーッ!どこだーッ!!」
栃の木の広場から少し奥、以前ツチノコ探しに来た道をユウキは大声で友の名を呼びながら走る。懐中電灯の光で川面と自分の足元を交互に照らしながらタツキの姿を探す。
「ユウキ君!」
川の方からタツキの声がする。慌ててユウキが光を下に向けると、話に聞いていた通り岩に捕まって流されるのを耐えているタツキの姿があった。足の怪我さえなければ、タツキが岸の方まで泳いで戻ることは容易であったろう。今のタツキはただ流されないようにするのが精一杯であった。
「待ってろ!すぐに助けてやる!」
ユウキはリュックの中からロープを取り出し、手ごろな木の枝と自分の体を素早く結びつけた。すぐさま川に飛び込み、タツキを抱えるようにして自分も岩に掴まる。
「ありがとう、ユウキ君」
「へへっ、どういたしまして。掴んでるから、力抜いて大丈夫だぜ」
「でも、どうやって上まで上がるの?」
「すぐにダイサクが来るはずだぜ。それより足は大丈夫なのかッ!?」
「なら大丈夫だね。足は今は痛くないよ」
「そっか。心配したんだぜ」
「ごめんね」
「無事だったからいいんだけどさ」
二人は掴まった体勢のまま、ダイサクとシンヤが戻ってくるのを待った。不安な気持ちはいつの間にかどこかへ消えてしまっていた。それは、お互いへの信頼感であったろうし、またダイサクとシンヤが必ず来てくれると信じているからでもあった。
「あいつら、迷ってたりしてな」へへ、と笑いながらユウキが言う。
「シンヤ君がいるから大丈夫だよ」
「えー、でもあいつ怖がりじゃねえか」
「大丈夫。ちゃんとユウキ君呼んできてくれたし」
「ま、タッキーが言うんなら大丈夫かな」
「ダイサク君、ユウキ君が助けを呼びに行ってる間、
一人で心細くなかったかな」
「アイツなら大丈夫だぜ。二人が落ちた時もしっかりしてた。
正直、ちょっと見直したぜ」
「そうなんだ。ユウキ君がそう言うなら、大丈夫だね」
「ダイサクには言うなよ。恥ずかしいから」
「どうしようかなー。
ユウキ君がダイサク君を褒めるなんて珍しいしなー」
「頼むからやめてくれって!」
すっかり暢気になっている二人の所へ、ダイサクとシンヤの声が聞こえてきた。遠くから、こちらへ段々と近づいてくる。時折、懐中電灯の光が強まったり弱まったりするのが見える。
ユウキとタツキは視線を合わせてにっと笑ってから、揃って声をあげて自分達の居場所を二人に知らせた。
○ ○ ○
ダイサクとシンヤにロープを引き上げられ、ユウキとタツキはようやく岸にあがることが出来た。タツキに肩を貸しながら4人は栃の木の広場まで戻ってきて腰を降ろした。皆、疲れた気配を出してはいたが、顔はどこかしら笑顔であった。
「キレイだなー」
栃の木の広場から見えるうろな町の夜景に、4人は目を奪われる。うろなの海から昇ってくる月も、オレンジ色にぷかりと浮いていた。
4人が昼に食べたおにぎりの残りを食べていると、ユウキが何かを思い出したように大声をあげた。
「なんだよ、ユウキ」
「それがさ、さっき駅に人呼びに行った時、誰もいなかったんだよ」
「そんなはずないじゃん。休憩してたんじゃないの?」
「いくら声出しても誰も出てこなかったんだって。
電話も繋がらなかったしよ」
「ユウキ君、ちゃんとお金いれた?」
「タッキーまで!行けば分かるって!」
「じゃあ、もうちょっと休憩してから行こうぜ。
何か今、すっげー疲れてんだ」
「僕も少し眠たいな…」
「そりゃタッキーはずっと川の中にいたから疲れてるだろうけどよ。
あ、シンヤがうとうとしてやがる!」
そう言うユウキもまた、眠たくて仕方がなかった。一番長い距離を駆け抜けたのは確かにユウキであるが、ここまで急に眠たくなるものだろうか。
気付けば、ダイサクとタツキも目を閉じて寝息を立てていた。
「なんだよ皆…でも、俺も少し寝よう…」
うろな町を見守る栃の木の根元で、4人は意識を手放した。ユウキは微睡みの中で覚えのある声が「まったく、世話の焼ける者達であるな」と言うのを聞いたような気がした。
○ ○ ○
時刻は午後の8時半過ぎ。4人が目を覚ましたのは、うろな中央公園のベンチだった。
一番最初に目を覚ましたダイサクは慌てて3人を起こす。
4人は周りの景色を見て総じてぽかんとしていた。
「俺達、さっきまで西の山にいたよな?」
「長老の所で休憩してたはずだぜ?」
「夢じゃない…よね?」
「あ、僕のリュック」
タツキが斜面を落ちる時に無くしたはずのリュックが、彼の近くに置かれていた。
「なんだよタツキ。じゃあ、夢だったってことか?」
「でも俺のリュックにはちゃんと見つけたウチワが付いてるぜ」
ユウキが言うように、彼のリュックには山の小屋で見つけた羽扇がちゃんとぶら下がっていた。ますます混乱する4人だったが、しばらくしてからユウキが言った。
「とりあえず今日は帰ろうぜ。タッキーの足が治ったらもう一回行ってみよう」
「だな。おかしい事だらけだから、誰にも言わねえ方がいいか?」
「うん。何か分かるまで、僕達4人だけの秘密にしておこう」
「分かった。ユウキは口が軽いから心配だけど」
「るせえよシンヤ。お前こそ、親に怒られてもしゃべんじゃねーぞ」
「うわあ、帰ったら9時じゃん。絶対怒られるよお」
不審な点を残しながらも、4人はそれぞれ帰路に着き、その日はそれで解散となった。誰一人として、自分達の身に何が起こったのかを説明できるものはいなかった。
日付を挟んで、エピローグです。
それで「夏休み」の本編は終了です。
もちろん、完結扱いにはしませんが。
ちょっと不思議な夏の体験をした4人でした。
 




