8月20日 4人の少年と夏の山 その2
8月20日
うろなの西に位置する山の山頂から、さらに少し奥へと進んだ登山道。うろな町に住む4人の小学生達は夏休みの探検としてリュックをかついでずんずん奥へと進んでいく。
先刻、昼食を広場でとった4人は、天狗仮面のお宝を探して未だ歩いたことのない山道を踏みしめていく。
「なあ、タッキー。山に遠足に来たのって何年生の時だったっけ?」
「3年生だよ。北小も3年の時に遠足に来たの?」
「おう、そうだぜ。シンヤとは3年生のクラス替えの時から一緒だから、
よく覚えてるぜ。確か、弁当忘れたんだよな、シンヤが」
「もう忘れてよお」
「ばっかでー、シンヤ。でも、どうやったら弁当なんか忘れるんだよ」
「そうだよね、遠足のお弁当ってすごく楽しみなのに。どうして?」
「お姉ちゃんのリュックと間違えたんだよ。
誰にも言うなよ!特にユウキ!」
「言わねえよ、別に。ってか、シンヤって姉ちゃんいたんだな」
「うん。今、中3なんだ。ほとんど毎日塾に行ってる」
○ ○ ○
そんな他愛もない話をしながら歩いていると、タツキが立ち止まって手にしていた地図を確認しだした。不思議そうな顔をするタツキに、ダイサクが声をかける。
タツキは地図と周りの道を見比べながら、「おかしいんだ」と不思議そうな声をあげた。道は二股に分かれており、うち一方は比較的踏み鳴らされた道、もう一方は多少茂ってはいるものの、獣道と言う程の道でもなく、4人が8月の頭に歩いた北の森の道のような雰囲気だった。
「この道、地図にないんだ。どこかで間違ったのかな?」
「でも、ここまで一本道だったじゃん。だよね?ダイサク」
「おう。ユウキもそう思うよな?」
「だよな。地図の方が間違ってんじゃねえの?」
「そうかなあ…」
突如現れた地図にない道に4人はそれぞれの反応を示す。そして、急遽対策会議が開催されることとなった。どちらの道を進むのかの会議である。
慎重なタツキとシンヤは広々とした道を行くことを選び、それと反対にユウキとダイサクは茂った道を希望する。
こうして意見が割れたときの事も事前に話し合っており、その解決法は単純にじゃんけんであった。
「せーの」「マっゾしっみず」
「決まんねえな」「っゾしっみず」
「しっみず」「っず」「っず」
だんだんと掛け声が省略されていくなかで、ついに勝利を手にしたのはユウキであった。
「よーし!じゃこっちの道な!地図にないってことは、隠された道だぜきっと!」
「お宝に向かって前進だぜ!」
「大丈夫かなあ」「うーん…」
タツキとシンヤの心配をよそに、ユウキとダイサクは意気揚々と草木生い茂る道を突き進む。4人が進む道はどこか暗く、いかにも何か出ます、と言った雰囲気を醸し出していた。
時折ガサリと揺れる茂みにシンヤが驚き、ダイサクが笑う。一番大柄なダイサクが蜘蛛の巣にひっかかり、ユウキが笑う。ユウキが飛び出た木の根にひっかかり、それをタツキが支える。苦戦しながらも、彼らは持ち前の明るさを忘れず、賑やかに山道を歩くのだった。
○ ○ ○
どれくらい歩いただろうか。彼らの目の前に、朽ちかけた木造りの建物が姿を現した。人の気配はなく、壊れかけている門戸などを見ると、どうやら打ち捨てられた小屋のようであった。
ユウキとダイサクが我先にと小屋に走りより、壊れかけた戸から中を覗くが、小屋の中は真っ暗で何も見えなかった。タツキは小屋の周りをきょろきょろしながら見回っている。
「くっそ、何にも見えねえな」
「シンヤ!懐中電灯!」「う、うん!」
慌ててシンヤが懐中電灯をダイサクに渡し、隙間から中を照らす。
「どうだ?ダイサク」
「畳とか、箪笥とか見えるぜ。どうする?入ってみるか?」
「そうだな。扉、開くか試してみようぜ」
「え、やめた方がいいんじゃないの?」
ゴトリ、と音を立てて小屋への扉を開いたユウキとダイサクは、小屋の中の造りが思ったよりもしっかりしていたことに若干の戸惑いを見せた。シンヤが後ろから「やっぱり、誰かの家なんじゃないの?」と心配そうに声をかける。
「ねえ、タツキも止めてよ!って何やってんの?タツキ」
「ん?どしたー?」「なんだよタッキー。地図と睨めっこしてさ」
タツキは分かれ道からの道中、コンパスで向きを見ながら現在の位置を把握しようと努めていた。今の小屋の位置を大雑把に地図に書き入れて、3人を見る。人差し指と中指でこめかみの辺りをトン、トンと叩きながら彼は自分の考えを口にした。
「僕が思うに、ここは誰の家でもないと思うよ」
どうしてだと不思議そうな顔をする3人に向かって、タツキは話を続ける。
「まず、家の周りに電気とかガスとか水道の設備が無い。
森に行ったときのユキお姉さんの小屋も旧かったけど、ガス管は見えていたもの。
そしてもう一つ。山の中に誰かが住んでいるっていう記録はないんだ」
タツキは山で万が一の事があった時のために、と西の山周辺の民家の地図や情報を図書館で調べていた。西の山は厳密にはうろな町ではないので、他の町の情報を調べていたタツキであったが、山に住所を持つ家はなかったのである。
住居として使う以上は、申請が必要である。それが無く、地図に記載も無い、ということはつまり、ここが住居ではないことを意味する。とそうタツキは言うのである。
「タッキー、そんなことまで調べてたのかよ…」
「転ばぬ先の笛にも程があるぜ…」
「ダイサク、笛じゃこけることは防げないよ。
愉快に楽しくこけるだけだよ。杖じゃん」
「う、うるせー!」
「とにかく、ここは家じゃないと思うよ。
多分、昔使われてた登山客の為の休憩小屋なんじゃないかな」
「つまり、入っても怒られないってことだな!?」
「よーし!そうと決まれば宝探しだ!いくぜユウキ!」「おう!」
懐中電灯を手に小屋の中へと入っていくユウキとダイサク。シンヤとタツキもそれに続き、4人は小屋の中へと入った。しかし、懐中電灯の明かりだけでは暗く、何があるかよく分からない。
「あ、あれ窓じゃねえ?」「ほんとだ。開けようぜ」
明かり取りにと窓を開けて、4人はようやく小屋の中を見渡すことが出来た。まるで昔話に出てくるかのような土間に、石造りのかまど。板間の中央には囲炉裏が置かれ、その奥に畳の敷かれた場所とタンスがあった。
「なんか、すっげえ古い感じがするな」
「何もなさそうだな」
土間からあがろうとするユウキを、タツキが「待って!」と鋭く止める。びくりと体を震わせてユウキは振り返った。
「な、なんだよタッキー。驚かすなよ」
「…誰かが入った跡がある」「え!?」
畳の上に積もった埃は一部だけが無くなっており、誰かが近い内に小屋の中に入ったことを表していた。「もう一度、小屋の周りをよく見てみよう」とタツキが言い、4人で小屋の周りを調べる。
相変わらずライフラインは引かれていなかったが、小屋の周りの木々に何か鋭いもので斬りつけたような新しい傷をタツキが発見した。よく見れば、小屋の前の土が不自然に抉られている箇所もあり、4人は何かうすら寒いような雰囲気を感じざるを得なかった。
「ねえ、やっぱり帰ろう?」
シンヤが弱々しい声をあげる。しかし、ダイサクは顔をブンブンと振り「なんだなんだ!」と周りを振い立たせるように腕を振った。
「こんなもん、タダのボロ小屋じゃねえか!行くぜユウキ!」
「お、おう!」
どかどかと小屋に上がりこみ、奥の畳の部屋まで進む。そこで彼らは箪笥の上に置かれた一つの扇を発見した。羽扇と言う言葉をタツキ意外は知らなかったが、本の挿絵などで見かけたことのあるそれは、彼らの中の天狗のイメージを強く連想させるものだった。
先ほどまでのおどろおどろしい空気から一転、少年達はようやく見つけた冒険の成果に色めきたった。
「天狗の兄ちゃんの大事なものって、絶対これだよな!」
「そうだね。天狗といえば羽扇だよね」
「なんでえ!やっぱり用意してあるんじゃねえか」
「あれ?横に置いてあるの、何だろう?」
羽扇の横に小さく一つ、鉱石のかけらが転がっているのをシンヤが見つける。淡い紫色をしたそれはどこか不思議な輝きを湛えていた。
「タッキー、これも天狗の兄ちゃんが用意したモンかな?」
「どうだろう。アメジストみたいだけど…」
「いいじゃん。キレイだし持っていこうよ。いいよね?ダイサク」
「だよな。シンヤ、胸のポケットに入れとけよ」「分かった」
「あ!ずるいぞシンヤ!」
「早いもの勝ちじゃん。こういうのは」
「ちぇー。じゃ、このウチワは俺が持っていくからなー」
「ユウキ君。汚したり曲げたりしちゃダメだよ。
天狗さんに渡すんだから」
「だーいじょうぶだって。ここをこうやって…」
そう言いながらユウキは羽扇の柄とリュックの横の部分を持っていたロープで繋いだ。
「じゃーん!天狗の兄ちゃんにもらったロープのカード、
全部覚えたからな!これぐらい楽勝だぜ!」
複数の結び方を合わせ、ユウキは器用に羽扇をストラップ状にしてリュックから提げている。以前、ロープの結び方を覚える速さを競った際には、ユウキは一番遅くそれを習得していた。
元来、負けず嫌いである彼は天狗仮面に渡されていた他のロープの結び方もしっかりと練習していたのである。
「あー!こっそり練習してやがったなユウキ!」
「へっへーん!うらやましいだろ!」
「悔しいじゃねえか!」
○ ○ ○
4人は天狗仮面への良い土産ができたと、もと来た道を引き返す。ユウキを先頭にして、そのリュックには羽扇がゆらゆらと楽しそうに揺れている。
「昼の残りのおにぎりも、後で食っちまおうぜ!
もう後は帰るだけだしさ!」
「じゃ山頂で食べようよ。通り道だしさ」
「おっけー。よっし、山頂まで競争だぜ!」
そういって走り出し、ユウキを追い抜いていくダイサク。「あっ」と短い声をあげてそれに続くユウキ。すっかり気が緩んでいるようだが、目的を達成したと考えている2人は揚々と走っていく。
「あー、待ってよ二人とも!」
「もう、あんなにはしゃいじゃって…」
後ろでそれを微笑ましそうに眺めるタツキと、焦ったような声を出すシンヤ。シンヤも遅れ馳せながらユウキとダイサクを追いかけようと走り出そうとする。
その時だった。
シンヤの胸ポケットから、一陣の風が吹き出した。
いきなりの事に驚き、体勢を崩すシンヤ。降り勾配になっている山の斜面の方へと倒れこむシンヤを見て、タツキが叫ぶ。
「シンヤ君!!」
伸ばした手でシンヤのリュックを掴むが、二人分の重さを支えることが出来ず、タツキ諸共に登山道から外れて山の斜面へと転げ落ちた。
二人の叫び声を聞いてユウキとダイサクも何事かと駆け戻り、二人の名を叫ぶが、返事は無い。ただ、山の斜面を大きなものが転げ落ちるバサバサとした草の音が聞こえてくるだけだった。
「タッキーッ!」「シンヤーッ!!」
繰り返し二人の名を呼ぶユウキとダイサク。いつの間にか日は翳り始め、青く澄んでいた空は重く不気味な赤色へとその色を変え始めていた。
※備考※
三衣千月の拙作『うろな天狗の仮面の秘密』で出てきた設定を使用しております。風の正体は天狗仮面の妖具、天狗羽扇に嵌まっていた水晶に残された僅かな天狗風です。
詳しくはうろな天狗の「うろ夏の陣」をCheck!(宣伝)




