8月20日 4人の少年と夏の山 その1
8月20日(火)
夏の日差しは少年達に容赦なく照りつけ、その体力を奪っていく。しかし少年達はなんだそんなものと言わんばかりに水筒の茶を飲み、高らかに笑いながらうろな町の西部に位置する山の中を歩いていた。
セミの鳴き声がせわしく降り注ぐ中、4人の少年達の様子は真上から照りつける太陽に負けないほど明るいものだった。
真島祐希、皆上竜希、金井大作、相田慎也はうろな町に住む小学6年生である。ユウキとタツキは南小、ダイサクとシンヤは北小と通っている学校は違うが、4人はよく集まって遊ぶ仲である。
主にユウキとダイサクが些細な事で言い争いを始め、シンヤがそれに乗っかり、タツキが収める。割と、どこにでもあるような仲良し4人組であるし、本人達にもいがみ合っていると言うような認識はない。
山頂に向かって歩く道の中で、ダイサクがユウキに向かって口を開く。
「まったく、お盆にこっちにいないなら早めに言えよな」
「悪かったってば。俺も知らなかったんだよ。ばあちゃん家に行くなんて」
本来ならば、この登山めいた行軍、(少年達はこれを西の山探検と名付けているが)はお盆の時期に決行される予定であった。ユウキの急な里帰りによって、本来の決行日がずれることとなったが、なんとかこうして夏休みのうちに探検にきているのである。
山頂からさらに奥地へと進み、宝物を探すための行軍はうろな町の夏祭りの頃から少年達の中で計画されており、その準備のために彼らは彼らなりにさまざまな事を行ってきた。
山で野犬に追いかけられたときのための訓練と称して鬼ごっこをしたり、遭難した時の最後の食料を分ける訓練と称して駄菓子を分けて食べたりしていた。
タツキだけは、真面目にインターネットで遭難した時の対処法や山でバテないための知識などを仕入れて準備をしていたが。
ここの所、彼らの目付け役とも言える天狗面を被った青年、天狗仮面があまり彼らの前に現れなくなった。南北うろな合戦と称される4人の他愛も無いお遊びも、審判がいなくてはいま一つ盛り上がりに欠ける。
夏祭りで会場の警護をしている所に遭遇したが、普段の生活の中で彼らが天狗仮面と言葉を交わしたのは、その時が最後だった。
「天狗の兄ちゃんも最近忙しいみてーだしな」
「だからこうして山に来たんじゃないか、ダイサク」
「でも、ホントにあるのかよ、天狗の兄ちゃんの宝物なんてよ」
「僕が思うに、モモちゃんは嘘つかないと思うよ」
夏祭りの日、4人は天狗仮面の知り合いである猫塚百里という少女から、西の山に天狗の宝があると聞いていた。宝の内容は一切知らないし、それがどこにあるのかも分からないが、ただ、天狗仮面が大切にしていたものだという情報だけを持っているのみである。
たったそれだけの情報でこの広い西の山をどう探すつもりなのだと少年達の計画を聞いたものならば言うだろうが、彼らにとって大切なのは冒険をするという体験であり、天狗の宝物はそれを助ける一つの要素でしかない。
もちろん、少年達はそんなことを思わずに全力で目当てのものを探すだろう。彼らはいつでも目の前の目標に対して全力で向かっていくのである。
○ ○ ○
山頂に到着し、彼らは昼食をとることにした。4人それぞれが持ってきた昼食は大きなおにぎり数個であった。これも、事前に計画して決めてあったことである。
弁当箱は食べ終わった後に余計な荷物になるので探検では禁止。それが事前に決めた彼らのルールの一つだった。
彼らが図書館に集まってやいのやいの言いながら決めたルールはノートのページにまとめられ、マル秘のマークと共に各自のリュックの底にしまってある。
「おにぎり、一つは残しとくんだったな」
「おう、もしもの時のためにだろ。シンヤ、覚えてるか?」
「もちろんじゃん。あとは、こまめに休憩、水分補給」
「なんか、いつも天狗の兄ちゃんに言われてることとあんまり変わんねえな」
「なら、天狗さんはいつもこんな冒険みたいなことしてるのかな?」
「いいなー、すっげえ楽しそうじゃん、それ」
「でも代わりに警察に捕まるんだぜ?ユウキ」
「げ、そりゃやだな」
○ ○ ○
炎天下の中、4人の少年達は山頂の休憩所でしっかりと休み、奥地へと歩いていく鋭気を養った。ここから先は、うろな高原駅から山頂までのハイキングコースにはないルートである。この山に登山をしに来る者がよく使うルートであり、小学生には少々厳しい道もあるのだが、そこまで彼らはこの山を知り尽くしている訳ではなかった。
「よし、行こうぜ!」
ユウキが先陣きって歩き出し、タツキ、シンヤ、ダイサクと続く。4人は道行く途中の木々の枝に、天狗仮面と山に来た時の様に目印のビニールテープを付けながら歩いていく。時折、前の登山客が付けたであろうテープを見ることもあり、それは彼らを多少なりとも安心させた。
木々に遮られて尚、夏の日差しは登山道に斑の模様を創り出す。風の無い道で汗をこぼしながらも、4人の口数は減ることは無く、賑やかな探検隊は笑い声と共に山の奥へと進んでいく。
途中、少し拓けた場所に出たので、タツキが休憩を提案した。
「えー、まだまだいけるぜタッキー」
「ダメだよ、ユウキ君。疲れる前に休む。約束したでしょ」
「はしゃぎすぎて一人だけバテても知らねえぞ。決めたじゃねえか。
石橋を叩いて渡るつもりで行くってよ」
「ダ、ダイサクが諺を間違えずに言えてる!?」
「嘘だろ!?やめろよ!雨が降るじゃねえかデブダイサク!」
「へん、俺様だってやりゃあ出来るんだよ。
これぞ汚名挽回ってヤツだな!」
「汚名を取り戻しちゃダメだよダイサク君。
でも、いつものダイサク君で安心したよ」
「え、違うのかよタツキ!」
「やっぱダイサクはダイサクだなッ!俺、知ってるぜ!
名誉返上ってんだぜ!こう言う時はさ!」
「……お前も間違ってんじゃん、ユウキ」
「ユウキ君までそっち側に行くと、ツッコミが追いつかないよ」
「あれぇ!?」「タツキ、ひどくねえか!?」
めいめい、その場にある石に腰を降ろして休憩を取ることにした。町の商店街のオクダ屋で買った菓子を食べながら水分も補給する。
「なんかここ、石の数多くねえか?」
「大きいのから小さいのまでいっぱいあるよね」
「僕が思うに、今までの人たちがこうして休憩するために転がしてきたんじゃないかな」
「つまり、皆ここで休憩してるってことか!」
「うーん、多分」
事の真偽は彼らには分からないが、休憩するには手ごろな腰掛石がごろごろとしているのもまた事実であった。
10分ほど休憩し、彼らは再び山の奥へと向かって歩きはじめる。未だ、天狗の宝物と思しき物には出くわしていないが、未知に対する好奇心がどんどん膨れ上がり、彼らの背中を押すのだった。
鼻唄交じりに4人は山を歩く。この時の彼らにはまだ余裕があった。しかし、冒険には障害がつきものである。その障害は、間もなく訪れる4人の少年達を試そうとするかのように密かに待っているのであった。
広場にて
院部タワーが
夢の跡
やっと『夏休み』の最終エピソードです。
3部構成でお送りする予定ですが、千月の思い付きがキラリと光れば
もう少し長くなるかも知れません。




