8月4日 4人の少年と幽霊探し その1
8月4日(日)
夏休みに入ってしばらく経ち、いつもと変わらずユウキ、タツキ、ダイサク、シンヤの4人は遊びまわっていたが、今日は少し毛色が違っていた。
北の森に幽霊を探しに来ているのだ。
話は数日前に遡る。
○ ○ ○
「幽霊ぃ~?いるワケねーよそんなの」
ユウキが缶ジュース片手にダイサクを見る。その目は胡散臭いものを見るように半眼閉じられていた。ダイサクはそんなユウキになおも言葉を続ける。
「だから、それを確かめに行こうって言ってんじゃねえか。
なんだよ、怖いのかよユウキ」
「こ、怖がってなんかねーよ!」
公園で遊んでいる中、ダイサクが幽霊探しの冒険を提案したのだ。森に髪の白い幽霊が出ると、北小の間では話題になっているらしい。
「ぼ、僕はやめといた方がいいと思うなぁ…、怖いし」
「怖がってんじゃねぇよシンヤ!ほら、タツキからも何か言ってやれよ!」
「ユウキ君、怖くないよ。山崎先生も言ってたじゃない。百聞は一見にしかず、だよ」
「だ、だから怖がってねえって!」
「おーし、じゃあ行くよな?怖くないんなら行けるよな!?」
「わ、わかったよ、行ってやらあ!幽霊なんていないに決まってるけどな!」
「僕は怖いって言ってるじゃん……」
こうして、北の森に幽霊を探しにいくことが決定された。
○ ○ ○
時刻は午前7時。ラジオ体操を終えた4人は、その足で森の前まで自転車を走らせた。カバンの中にはお茶の入った水筒やおにぎりが入れられている。
シンヤのカバンには、何を思ったのか夏祭りのくじ引きで当てたモデルガンも入っていた。ちなみにこのモデルガン、BB弾を内臓のバネで発射する、ごく低威力のモデルガンである。
「おーし、それじゃ行こうぜ!噂だと、森の奥に幽霊小屋があるんだってよ!」
「幽霊なのに家に住んでんのかよ」
「僕が思うに、幽霊にも居住権はあるんじゃないかな」
「巨獣剣?なんだそれ。それで木でも切って家作るのか?」
「ダイサク、漢字が違うよきっと」
「え?」「ん?」
4人はリュックを背負い、森の中を歩いて行く。がさりと横の茂みが鳴れば「ひぃッ!」とシンヤが叫び、ユウキもビクッと肩を震わせる。その度に、
「シ、シンヤ!驚かすなよな!何もいねーだろ!」
とあくまでシンヤの声に驚いたのだと言わんばかりのアピールをするユウキだった。その姿を見てダイサクはニヤニヤと笑い、タツキは微笑ましいと言った様子で笑顔を作るのだった。
○ ○ ○
進めども、進めども、生い茂る草が行く手を阻む。4人は道なき道を草をかき分けつつ進んでいたが、ふと踏み慣らされた野道に出くわした。
明らかに誰かが通った跡である。それなりに道が平坦な所からして、数人以上が継続的にこの道を利用しているのだと言うことが理解できた。
「おお!みろよユウキ!幽霊が森の中にいる証拠だぜ!」
「ダイサク、幽霊に足ってあんのか?」
「……あ」
一般的に、幽霊に足は無いとされている。それはダイサクの中でもそう認識されていたらしく、目の前に現れた踏み慣らされた道に対して多少の疑問を抱いた。
「獣道にしてはしっかりしてるし…。本当に誰か森に住んでるのかな?」
「ゆ、幽霊じゃないんだったらもう帰ってもいいんじゃない?
ほ、ほら、帰り道がわからなくなっても困るじゃん」
「シンヤ、これ幽霊じゃねえよ多分。幽霊じゃなけりゃ怖くなんかねーよ!」
「へー、ユウキ君、やっぱり怖かったんだ。幽霊が」
「ばばばば、バカ言ってんじゃねーよタッキー!俺は別にッ!」
「ユウキもシンヤも怖がりすぎだぜ。幽霊なんかいねーよ」
ダイサクが諭すように言う。ユウキは自分の失言に顔を赤らめながらぶんぶんと腕を振って野道を進んでいく姿勢を示した。
「怖がってねぇって!行くぞほら!」
ユウキが先頭に立って、踏み鳴らされた道をずんずん歩いて行く。「やっぱ行くの!?」と涙声になりそうなシンヤを引っ張りながら、ダイサクとタツキも後に続いた。
そして歩くことしばらく。4人は少し休憩をとることにした。
道の脇にある大きめの石に腰を下ろしながら、水筒に入ったお茶を飲む。タツキが持ってきた腕時計はその時、9時前を示していた。
最初に怖がっていた姿はどこへやら。ユウキは非常に元気に「どこまで行こうか」などと喋っている。
「僕が思うに、お昼くらいになったら引き返した方がいいんじゃないかな?
森は暗くなるのが早いって言うし」
「そうだな。この道を引き返すにしても、どこに繋がってるかわからねぇしな。
抜けてきた森の中はとっくにわかんねぇしよ」
「じゃあ、今から引き返すのが安全なんじゃない?」
「いよーっし!そろそろ行こうぜー!」ユウキが元気よく立ち上がる。
「聞いてよ、ねえ!」
シンヤの悲痛な叫びが森にこだました。
○ ○ ○
道中、倒木が橋になった箇所があり、子どもたちは一層誰かが森の奥にいる、と言う認識を強めた。
そして歩いた先に見えたのは一件の木造の家。外見は、かなり古びている。幽霊ではないと思い、気鋭を取り戻していたユウキも、その家の古めかしさに不気味なものを感じ、恐る恐る近づいて行った。
水を汲み上げる井戸、小さな菜園。これらを見つけたタツキは、やはり誰かがいるのだなと確信したが、ユウキは家の外見にすっかり萎縮してしまっている。
「お、おい、アレ見ろよ!」
ユウキは玄関のそば、屋根を支えているポーチの柱を指さして言った。そこには一枚の御札が貼られており、シンヤはたまらず「きゃあ」と叫び、ダイサクも驚いた表情を浮かべた。
「かかか、帰ろう!ね!帰ろうよダイサク!」
「お、おう。アレは何かヤバそうな気がするな」
御札に対する知識はもちろん4人にはなく、ただなんとなく不気味なもの、と言うイメージしかない。それでも、森の奥深く、古い木造の小屋に、御札。これだけ揃えば、何か近づいてはいけないような感覚を抱かせるには充分であった。
「よ、よし、今日の探検はここまでにしてやろうぜ!」
ユウキが宣言し、ダイサクとシンヤも頷く。タツキだけは小屋の方を見ながら何事か考えていたようだったが、「行くぞタッキー!」とユウキに呼ばれて、その場を去るのだった。
○ ○ ○
行き道と同じく、倒木の橋を渡り、休憩した腰掛石を越え、4人は黙々と道を辿っていく。何か見てはいけないものを見たのではないかと言う思いがユウキ、ダイサク、シンヤの中にはあり、タツキはと言えば妙に生活感の溢れる小屋の外の風景に疑問を感じていたのだった。
『ガサリ』
横の茂みが特別大きな音を立てる。小動物や虫の類が出す音ではない。
4人が身構えると、そこから白い髪をした何かがぬうっと姿を現した。
「ひゃあああ!」シンヤが腰を抜かし、ユウキも思わずその場を飛び退く。
「きゃっ!」
茂みから出てきた『それ』はか細い声で驚き、こちらを見た。その見た目は少女のようだが、どうも普通の少女と言った見た目ではなく、少年達はその場に固まってしまう。
木々の隙間を漏れる光を通して、白というよりは銀に近く輝く髪。こちらを見据える眼は赤く、4人は言葉を発することが出来なかった。
「あ、あなた達は?」
白髪の少女が問う。その声に、ようやっと我に帰ったタツキは「森を探検に来た」と答えた。
「僕、皆上竜希です」そう自己紹介をする。
「おい、大丈夫かよタツキ!」とダイサクが小声で呼びかけた。見るからに普通ではないこの女性に対して、警戒心を抱くのは当然のことだった。
タツキは、「大丈夫だよ」と目でダイサクに合図し、言葉を続ける。
「お姉さんは、この先の森の家に住んでいるんですよね?」
きょとんとした顔をするその少女は自らのことをユキと名乗り、タツキの質問に肯定の意を示した。
「半分くらい、住んでいるような感じなんですよ。
今は、お昼ごはんの具材にしようと思って山菜を採っていたんです」
少年達に対しても、とても丁寧に言葉を使うユキ。ユウキやダイサクもようやく警戒を解き、ユキとの会話に参加する。
「びっくりしたよ。いきなり出てくるんだもん」
「そうだぜ。本当に幽霊かと思っちまったよ」
「驚かせてしまったようで、ごめんなさい。
よかったら、お詫びに一緒にお昼ご飯を食べませんか?」
突然の提案に驚くが、確かにそろそろ昼も近い。4人は少し話した後に、一緒に昼ごはんを食べることに賛成した。この踏み慣らされた道を歩いていけば、1時間から2時間くらいで「うろな家前」のバス停に出ると聞いて安心したことが、大きな要因である。
「じゃ、俺達も手伝うよ。みんなの分を作るんなら、足りないんじゃないの?」
「あら、いいんですか?じゃあ、お願いしますね。
採れるものと採れないものはちゃんと分かりますから、安心してください」
こうして、少年たちは森で出会った不思議な少女ユキと行動を共にすることとなった。
シンヤだけは、まだ少し見慣れぬ少女の風貌に緊張しているようだったが、ゆるゆると微笑むその少女の笑顔に安心したように頷くのだった。
桜月りまさんの雪姫ちゃん、お借りしました!
次の話でもお借りします~。




