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その1 記憶屋さんといじめられっこ

「記憶、変えてあげようか」


 そう言って、私を嘲笑う男。

 

「辛いんでしょ?」


 言いながら、私に手を差し伸ばす。


「おいで」


 私は迷わず、その綺麗な手を取った。





「その子のことを助けるの?」

「そ。虐められてるんだ」


 女は男からもらった写真を手に、先程男の言ったセリフに眉をひそめる。


「ひどい。虐めなんてして何が楽しいの・・?」

「しょうがないんじゃない?」

「・・あ、」


 男はひょいっと女の持っていた写真を自分の手に戻し、ごろりと傍のソファに寝転がる。

 男は写真を見、笑いながら、


「だってこの子、可愛いし」


 男のそのセリフを聞いて、女が呆れ顔でその男を見たのは言うまでもない。






「こんにちは。私のことはエマって呼んで」

「は、はい・・・」

「ボクはシオン」

「・・・私は、ヒビナっていいます」


 右から順にエマ、ヒビナ、シオンと、依頼者を挟んで座っている。

 二人から挟まれた少女は、真ん中で縮こまっていた。

 そんな少女に笑いながらシオンが口を開く。


「あっはは、そんなに怯えないでよ。別にとって食べちゃうわけじゃないし」


 だから、安心して。


 そう耳元で囁かれた少女は、目をきゅっと瞑り、顔をほんのり赤くした。

 そんな少女の反応に、益々シオンの口角が上がる。


「ちょっとシオン。セクハラ」

「なに。今更そんなこと言って。いつものことじゃん」

「・・・そうね」


 女性相手だったらいつもこういう対応をして、何度やめろと言っても聞いてくれないことを思い出し、エマはすぐに諦めた。はあ、とため息が出た。


「それにさ、ついて来たのはキミの意思でしょ?」

「・・・・はい」

「だったらさ、もう少し信用して欲しいんだけど」

「・・は、い。ごめんなさい」


 そう言い、益々ヒビナは肩を竦め顔を下に向ける。

 そんな様子を見ていたエマが、


「安心して。本当にあなたをどうこうするつもりはないの」


 なるべく優しく、彼女の不安を取り除こうとエマは言葉を選ぶ。


「シオンのアレは・・まあ、いつものことなの。ごめんね」

「い、いえ・・・」

「あなたを助けたいのは本当だから」


 エマはにこりと微笑む。

 そんなエマの様子に、ヒビナも安心したように薄く笑う。


「じゃ、そろそろ聞いてもいいかな」

 

 シオンが、ヒビナの目をじっと見つめながら問う。


「キミがこんな処にまで頼ってまで解決したかった理由を」


 理由なんて解りきっている事を本人に話させるシオンは、本当に鬼畜だ。

 エマは心の中でそんなことを思った。



「・・私、虐められてるんです」


 ヒビナはぽつぽつと理由を話し出した。

 段々と、声が震えていく。


「わたし、っ・・・もう、やなんです」

「・・・そう」


 一通り話し終わって、ヒビナはシオンの方を真っ直ぐ見つめて、


「お願いします・・。たすけて、ください・・・っ」


 立ち上がり、ヒビナは勢い良く頭を下げる。


「・・ホント、人間って弱い生き物だね」


 はあ、と呆れたように息を吐きだしたシオンは、ニヤリと笑う。


「いいよ。助けてあげる」

「ほ、本当ですか!?」


 ありがとうございます、そう言ってヒビナはほっとしたように胸に手をおいた。


「その代わりに、君の寿命を貰うよ」

「え・・?」


 唐突に述べられた代償に、ヒビナは声を上げる。


「・・・寿命、ですか・・?」

「そう。ボクは善人でもなんでもないからね。それなりの代償は貰うよ」

「ごめんね。本来、人の記憶をいじったりするのはタブーなの。でも大丈夫よ。ほんの少しだから」

「・・・・そう、ですか」


 そんなヒビナの反応を見て、シオンは不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。


「なに。不満なの?というか、寿命を削るのが惜しいの?その程度なんだ、キミの解決したい問題って」

「そ、そんなこと、」

「覚悟がないなら」


 シオンは無表情に、淡々と、


「他人の記憶を変えようなんてやらない方がいい」 


 先程とは比べ物にならないくらいに、歳相応な大人びた雰囲気で、シオンが言う。

 そんな彼に、ヒビナは戸惑う。


「・・・いけないことだって、なんとなくわかります」

 

 少しだけ俯いていて、ヒビナの表情は伺えない。


「でも・・!じゅ、寿命なんて、惜しくありません・・!」


 もう一度お願いしますとヒビナは頭を下げる。


「・・・そっか」


 シオンはそんな彼女を呆れたように笑い、


「わかった。契約は成立だね。あとから寿命が惜しくなったって言ってもダメだよ」

「は、はい!」


 シオンはゆっくりとヒビナの頭に自分の手を持っていく。


「え・・?」

「前払い」

「・・・っ!」


 ヒビナの頭に手を置き、シオンは小さく呟く。そうするとヒビナは一瞬だけ苦しそうな顔をすると、すぐにぐったりと意識をなくしてしまった。


「・・・安心してよ」

「・・・え?」


 難しい顔をしていたエマに苦笑いをこぼしたシオンは、


「五年分の寿命しかもらってないから」

「あ・・。そっか・・」


 ボク、約束は守るよ。そう言ってシオンは今度はエマの頭を撫でる。

 エマはホッとしたようにヒビナの方へ視線を向けた。


「・・・その子、あと五十年くらいは生きれるくらい健康だから。今日明日じゃ死なないよ」

「・・・・そういうことじゃ、ないんだけどね」


 シオンへエマは苦笑いを向けた。





 依頼は、翌日に実行に移された。

 

「はあ・・。今日はちょっと多いかな」

「特定の人物がいないしね」

「ま、前払いしてもらったし、行くよ」

「うん」


 場所はヒビナの通っている高校。

 シオンとエマはその高校の制服に身を包んで、生徒に紛れる。


「うっわ・・。人がゴミのようだね」

「高校だし、これくらい普通よ」

「まったく。何度来ても慣れないなあ。此処は」


 ふう、と感情の読めない瞳で生徒たちを見つめるシオン。


「・・・シオン?」

「・・・・なんでもない。・・さっさと終わらそう」


 すたすたと上手に人を避けながら昇降口へと進んでいくシオンを、心配の色を顔に浮かばせたエマがあとを追う。


「待ってよ、シオン」

「彼女の教室って何組だっけ」

「・・・二年五組」

「そっか」


 シオンは迷うことなくすたすたと目的の教室へ進んでいく。

 シオンのこの環境適応能力に感心しつつ、エマはきょろきょろと周りを見る。


「・・・懐かしい」

「ああ、学校?」

「うん」


 少し前までは私もあんなふうに学校に通ってたのよね、と少しだけ昔が恋しくなったのは秘密にしておこう。



 目的の教室へ着いてからのシオンの仕事は早かった。

 元々面倒くさがりな所も相まって、淡々と行う。


「これで最後、っと」


 最後の一人の頭の中に手を突っ込んで記憶をいじる。

 別に個別でやらなくてもいっぺんに出来るが、シオン曰く疲れるから嫌、らしい。


「はあ、終わった」


 数十人も一度に記憶をいじったからか、シオンにも疲労の色が伺える。


「んじゃ、帰ろっか。エマ、結界解いて」


 エマは教室の周りに貼ってあった結界を解き、シオンは教室から出る。

 エマがふと視線を再び教室へ戻すと、何事もなかったようにまた動いている。


「これでヒビナちゃんも安心ね」

「・・・そうだね」

「なに?どうかしたの?」


 どことなく浮かない表情のシオンを不思議そうに見つめるエマ。


「こんなことしても、きっと変わらないよ」

「・・え?」

「根本の解決になってない。だから、後は本人次第でこれからの生活がどちらに転ぶかが決まるとボクは思ってる」

「・・・でも、その記憶は消したし」

「リセットされたんじゃないんだよ。エマだって、良い方向に転ばなかった人も沢山見てきたでしょ」

「・・・・・そう、だけど」

「ホント、ボクってすごく矛盾してる」


 自嘲的に笑うシオンに、エマはかけてあげる言葉が咄嗟に出てこなかった。


 エマはそっと、シオンの右手を握った。






 後日。


「ねえシオン!今日街で女の子と歩いてるヒビナちゃんを見かけたわ」


 買い物から帰ってくるやいなや、エマがそんな報告をしてきた。

 シオンはソファーに寝転がったままちらりと視線をエマに向けて、


「そっか。よかったね」


 と生返事を返した。


「もう安心ね。よかった」

「はあ、本当にお人好しだね」

「・・む。どういう意味よ」


 心外だと言わんばかりにジトっとシオンを見るエミ。

 そんなエマを気にもせず、シオンは体勢を変えず続ける。


「依頼人のそのあとの心配までしてたらキリがないよ。というか、する意味がない」

「そんなことないわよ」


 エマは呆れたように、


「だって、シオンがやったことがちゃんと意味があることなんだって改めてわかるもの」

「・・は?」

「だから、シオンはやっぱりすごいのねってこと」

「・・・ふーん」


 徐々に赤みが差してくるエマの頬をシオンは見逃さない。


「ボクってすごいんだ。へーえ・・」

「いや、あの」

「・・くす。どうしたの?」

「う、うるさい・・っ」


 いつの間にかシオンはエマの目の前に移動して、顔を近づける。



「なに?惚れ直したってこと・・・?」

「な、・・っな・・」

「・・っく、あはは」

「・・・・調子に乗るなああっ!」

「・・いった・・・!」


 エマの平手がシオンの背中に炸裂。

 じんじんと痛む背中を摩りながらシオンが顔を上げると、エマが顔を真っ赤にしてそっぽ向いていたのを見て内心可愛いと思ったのはシオンだけの秘密。




 

 

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