第5話 月ノ宮の諸事情
第5話です。
今回はあらすじにあった駿と静の秘密が明かされます。
この話でようやく一段落といった感じです。
よろしくお願いします!!
「僅かですが、気配を感じました」
「……」
海の彼方へ沈んでゆく夕日が青一面だった空をみるみると茜色に染めていく頃。
月ノ宮家リビングのダイニングテーブルに駿と静が向かい合っていた。
彼女の方は両手を膝の前で重ねて背筋を伸ばし姿勢の良い格好で座っている。
その物静かな佇まいに加えて彼女の神妙な顔付きは何か深刻な事態があったのかと見てとれる程だ。
一方の駿はというと……
「うーん、今日のいて座は恋愛運が好調か……
という事は静に良からぬ虫が!?
くっ、どこの馬の骨か知らんがそんな事は絶対に……」
テーブルの上に雑誌を広げながら思い切りくつろいでいた。
「兄さん……」
そんな彼の深刻さなんて何処吹く風の雰囲気に静は思わずため息をつく。
「もう少し緊張感を持って下さい。
今日から二人だけで仕事なんですから」
「まぁまぁ、二人だけなんて向こうでも毎回あったろ?」
少し怒ったようにそう言う彼女に駿は宥めるように言うと雑誌のページを捲る。
「現場はそうかもしれませんが、今回からは家でも二人だけです。両親はいませんから、助言も貰えませんし、力の調節や後始末も自分達でやらないといけないんですよ?」
「まぁ、そりゃな……」
真剣な表情の彼女に曖昧な返事ながら顔を上げる駿。静は彼の瞳をまっすぐ見つめて続ける。
「お祖父さんが私達二人だけでここに越させた理由は覚えていますよね?」
「あー、あのジジイな……
『代々続く月ノ宮家の人間に相応しいように、仕事は勿論生活や自分自身の事も自立出来るようになって欲しい』だっけか」
「そうです。
ですから、今の生活に慣れるまではいつも以上にそういった自覚を……」
ややお説教っぽく話す静だが彼はいつの間にか顔を下に向けて再び雑誌を見ていた。
「お、来週に新作のゲーム出るのか。
近くにゲーム屋なんてあったかな……」
「兄さん!!」
彼女は注意するように声を上げる。
全くこれではどちらが年上なのか分かったものでは無い。
かと思ったら、彼は雑誌を閉じると椅子から立ち上がって彼女の前まで歩いてきた。
「分かってるって。
まぁそんなに気ぃ張り詰め過ぎるなよ。
力抜ける時までんな調子じゃ疲れちまうだろ?」
「………でも」
「真面目にやる時は真剣になる。
けど休める時は休まねーと。
それに、二人で一緒にいる時は笑ってたいしさ」
「兄さん……」
そう付け加えると、駿はポンポンと静の頭に手を置いて優しく髪を撫でてあげた。
「……そうですね」
彼女もその言葉少し力が抜けたのか、彼の方を見上げて薄く口元を緩めると静かに頷いてみせた。
ほんのり頬が赤らんでいるように見えるのは気のせいか。
流石は兄。
こういう時に妹の気持ちを落ち着かせるのは彼にしか出来ない事なのだろう。
彼女は先程までとは一転、温かい気持ちで彼を見つめていたのも束の間……
「ああ。
例えば静に変な虫がつかないように見守る時とか、言い寄ってくる輩を抹消する時とかは休んでなんていられないからな!!
後は最近一緒に寝てくれなくなったからその交渉の時とか、人前で抱きしめたい時に我慢する時とかも」
「………前言撤回します」
少しでも彼を見直したのが間違いだったとジト目になる静。
どこまでもシスコンしかない男だった。
先程から二人が話しているのは月ノ宮家という家柄に代々続く“ある仕事”の事である。
その仕事とは一体何なのか。
そう、月ノ宮家にはある秘密があった……
第5話 月ノ宮の諸事情
漆黒の闇が空を、街を、海を包み込むように広がる深夜。
汐咲市の北の方に小さな神社がある。
海から離れた方向で駅より北側、街の端といった場所だ。
「この神社か……」
「はい。
辿ってきた気配はここで終わっています」
その神社の石造りの広場に駿と静の姿が並んでいた。
駿はシャツの上に前を開けた白いパーカーを羽織っていて下には黒いズボンと昼間と全く同じ格好だ。
しかし彼の両手だけは唯一異なっていた。
真っ白な手袋のようなものをしているのだ。
革のような厚い素材で、手の甲の部分には赤い石がワンポイントのように付いている。
一方静は昼間とは全く異なり薄青いアサガオ色の振袖姿。
長く美しい髪を夜風に靡かせて前方の本殿を見据える。
「結界は張るか?」
「いえ、大丈夫です。
この神社は住宅街から大分離れていますし人目も少ないですから」
彼が尋ねると彼女はゆっくりと首を横に振って続ける。
「そろそろ来ると思います。人間の気配に気付けば姿を現す筈ですから……」
「………ああ」
スッと目を細めてそう言う静。彼はそれを聞くと軽く頷いて顔を前に向ける。
「!!」
とその時、二人の前の広場に何か黒い空気が漂い始めた。
二人は今までよりグッと表情を引き締める。
「来ましたね……」
「みてぇだな」
漂っている黒い空気は次第に集まり初め、どんどんと塊になっていく。
まるで数々の怨念が一つの物体になっていくかのように。
かと思うと、いきなりその塊から次々と何かが飛び出してきた。
飛び出してきた何かは地面に着地して唸り声を上げ始める。
『キシャアァァァァ!!』
全身が茶色く二足で立つ5尺弱の体長の何か。
顔には御札のようなものがはってあり、ダラリと長い両手を垂らした凡そ生き物とは思えないモノが彼等の前に現れたのだ。
「三体……
静、コイツらで全部か?」
「いえ、もう一体大きな気配が……隠れているようですね」
駿は両手を拳にすると体の前で構えながら尋ねると、隣の静は懐からそっと御札を数枚取り出してみせた。
「兄さん、あの妖怪をお願いします。
私はもう一つの気配に対して、少し準備をしたいので……」
黒い塊から出てきたのは妖怪だと言う。
そんな非現実的なモノが今、二人の前に確かに存在しているのだ。
彼女が茶色い妖怪達より奥を見据えて御札を構えるとそう言ったので、彼はその意図を理解したのか分かったと相づちを打つ。
「来い。
相手になってやる」
そしてそのまま三体の小鬼の前まで駆けていくと、駿は挑発的に右の拳を突き出してみせた。
『キシャアァァァァ!!』
それを合図ととったのか、三体並んだ中から真ん中の妖怪が右手の鋭い爪を振り上げて飛びかかってきた。
駿は地面を蹴って横に飛ぶと同時に爪が空を切り裂く嫌な音がする。
直に当たっていたら痛い程度では済まない威力だろう事はその音から容易に想像出来る。
『ガァ!!』
続けて妖怪は降り下ろした腕を思い切り横に降り払った。
『!?』
が、それもまた空を切ったのだ。
何故なら攻撃の先に居た筈の彼は、腕を振るった妖怪の懐にいたからだ。
「はっ!!」
反応する間もなく左拳のジャブが妖怪の顔面にヒット、続けて右手の拳が首に叩き込まれる。
「うらぁっ!!」
最後に脇腹部に右足からの鋭い蹴りが直撃。
彼の右足はそのまま妖怪の身体をいとも容易く切り裂いた。
『アァァァァ………』
真っ二つに裂かれた妖怪は呻き声を上げながら黒い煙となって消えてしまう。
「………」
それは一瞬。
僅か数秒で彼はこの世でイレギュラーとされる“妖怪”という存在を消してしまったのだ。
『キシャァァ!!』
『ガアァァァ!!』
残り二体の妖怪は同時に彼に飛びかかっていき、鋭い爪を思い切り振り降ろした。
『!!』
駿は既にそこにはおらず、一方の妖怪の横に一瞬で移動していた。
彼はその妖怪の腕を掴むと……
「はあァァ!!」
バットをスイングするようにその妖怪を腕を振り回しもう一方の妖怪に叩きつけた。その衝撃で二体は後方に吹き飛ばされる。
体勢を立て直そうとする間もなく、彼は地面に重なるように倒れた妖怪の元に駆けてゆくと……
「そらよっ!!」
二体いっぺんに地面から上空に蹴り上げた。
そしてその勢いを利用して落下してくる妖怪に回し蹴りを直撃させる。
『ガアァァァ……』
まるで高速回転した刃のように鋭いその蹴りは、あっという間に二体の身体を両断した。
またも妖怪達は呻き声を上げながら黒い煙となって夜中の空に消えてゆく。
「ふぅ……」
「大丈夫ですか、兄さん」
彼が消えてゆく煙を見上げていると、側に静が寄ってきてそう言った。
「大丈夫だ……
それより、もう一体の気配は?」
「ええ……」
駿の言葉に彼女はスッと目を細めて前方を口を開いた。
「もう姿を現したらいかがですか……?」
静かだが有無を言わせぬその口調に反応したのか、二人の前に再び黒い霧が漂い始めた。
みるみると集まって何かを形作ってゆく。
先程よりかなり量が多く、気が付けば黒い霧は3mもの大きさに膨れ上がった。
『…………』
「………」
その霧の中からゆらりと全身が赤い何かが姿を現した。
恐らく3mになるだろう巨大な身体は酷く猫背に曲がっており、その前屈みの身体から長く太い両腕はダラリと垂れている。
頭部には角が二本生えており、太い両足はギリギリと地面を軋ませている。
所謂“鬼”という奴だ。
『オ前ラ……』
赤い鬼は黒い目をギラつかせて駿と静を見下ろすとその口を開いた。
低く唸るような声は大気を震わせる。
『オ前ラ……人間。
何故俺達ヲ……』
「それが私達の仕事ですから」
鬼が放つ威圧感をものともせず、冷静に見据える静。
そう。彼女が言っていた“仕事”とはまさにこの事なのである。
『………』
「私達月ノ宮家は代々悪鬼羅刹の類いの退治をする家系です。
ですから、大人しく成仏して下さいませんか?」
“妖怪退治”
普通では考えられないそれをこの兄妹は行っているというのだ。
それこそが月ノ宮家の秘密なのであった。
『ガアァァァァ!!』
「静!!」
赤鬼は彼女の言葉を振り払うかのように右腕を思い切り凪ぎ払った。
駿は静を抱き抱えると大きく後ろに飛んでそれを避ける。
「話を聞いてくれそうにはないですね……」
「ま、そりゃそうだろうな」
いきなりのお姫様抱っこに彼女は顔を赤らめるも、すぐにふるふると振って駿から離れた。
「先程仕掛けた式術を使います。
ほんの少し、時間を稼いで下さいますか」
「了解」
静の言葉に彼は軽く頷くと、ギラギラと目を光らせる赤鬼の方に駆けていく。
その後ろ姿を見送りながら彼女も御札を取り出して自分の周りに光を宿し始めた。
『人間……憎イ……
憎イ……憎イ……』
「………」
駿が鬼の前までくると、赤鬼は唸るようにそう声をあげた。
彼は少し悲痛そうな表情になるも、すぐに両手を握り構える。
「来いデカブツ。
オメーの相手はこっちだよ」
『コロス……!!』
「っ!!」
巨大な右腕が再び凪ぎ払われるも、駿は大きく飛び上がって容易くかわす。
続けて左腕の拳が唸りをあげながら彼に迫った。
彼はその勢いを上手く利用して、鬼の腕に手をついて跳び箱を跳ぶかのように拳を避ける。
その身のこなしは軽く一切無駄が無い。
全く捉える事が出来ない赤鬼は苛立ちを増すかのように腕を振り回す。
「兄さん、離れて!!」
すると、後方から静の声が聞こえてきた。
どうやら十分に時間が稼げたようだ。
駿は何度目かの鬼の攻撃を避けると、彼女の元に素早く戻っていく。
「式術月ノ……“凍結ノ符”」
同時に、彼女がそう呟くと赤鬼の足元にいつの間にか御札が囲むように浮かび上がってきた。
『!?』
間もなく赤鬼の足元は白い煙のようなものが充満し始めた。
『オ前……何ヲ……』
「月ノ宮の人間は代々式術を扱う者がおります。
私はその中の氷の術を扱う力を授けられました」
『足ガ……ガ……』
静の言葉に続くかのように赤鬼の足がみるみると白くなっていき、動かなくなる。凍っているかのように。
そう。その白い煙とは冷気なのだ。
しかもただの冷気では無い。人体を一瞬で凍らせてしまう程強力な冷気だ。
「この術は用意に多少時間はかかりますが、強力な冷気で体内から凍結させるものです」
『ガ……ガア……』
彼女の言葉通り鬼は足元から既に腰の辺りまで凍って動かなくなっているようで辛うじてうめき声だけがあがる。
「………」
静が御札を掲げると、ついに鬼は頭のてっぺんまで凍りつき声もあげることなく動かなくなった。
それはさながら巨大なオブジェのようにただ闇夜に立ち尽くす。
「兄さん」
「ああ……」
彼は静かに頷くとは右手を顔の側まで持ち上げる。
すると、白い手袋のようなものをしたその手からは光が白く輝きだした。
「………」
ギュッと力を溜めるようにその右手を握りしめると、彼は前方に立つ凍りついた赤鬼に向かって飛び上がった。
そして、光を纏った拳を大きく振りかぶり……
「おぉぉぉぉ!!」
思い切り叩き込んだ。
渾身の一撃は赤鬼の腹部に直撃したかと思うと、一気に全身に皹が入ってゆく。そして間もなく、巨大な氷のオブジェはバラバラに砕け散った。
黒い霧が漆黒の闇に溶けるように立ち上り、キラキラと砕けた氷の破片だけが月明かりに照らされながら広がっていく。
《ありがとう……》
「?」
地面に着地した彼は、ふとそんな声を耳にした。
優しそうな男性の声が、とても安心したような声が彼の耳元でまるで囁かれるように。
「終わりましたね………」
彼が黙って煙の立ち上っていった夜空を見上げていると、隣に静がやって来た。
「兄さん……?」
しかしずっと空を見上げている彼を不思議に思った彼女はどうしたのかと尋ねると、
「いや……
今声が聞こた気がしたから『ありがとう』って……」
駿は相変わらず空を見上げたまま話す。
すると静も同じように空を見上げた。
「妖怪は人間の生前の恨みや妬み、悲しいや怒りといったものが集まり物の怪の形となって具現化したものだといいます……
きっと今の妖怪達も誰かの辛い思いが集まって出来たものなのではないでしょうか」
「その具現化したものを無くせば、その思いは救われるってジジイは言ってたな……」
「はい。
ですからきっと、兄さんに感謝をしてくれたんだと思います。
ずっと辛い思いに囚われていて……ずっと苦しい思いをしてきたのでしょうね……」
やり場の無い思いを全て上に広がる闇にぶつけるかのように二人はただ空を見上げる。
「こんな形でしか俺達は……もっと他に方法があれば……
って、んな事言ったらまたジジイに叱られるか」
彼は少し寂しそうにそう言ったがすぐに首を振って苦笑してみせる。
「私は兄さんのそういう所、好きですよ……」
そんな彼を見て静はそっと呟いた。
「ん?何か言ったか?」
「い、いえ……!!
何でも……」
振り向いた駿に彼女は慌ててふるふると首を振ると、少し赤らんだ顔を気付かれないように彼を見た。
「帰りましょう、兄さん」
「うん」
二人は頷き合うと、ゆっくりと神社の広場を後にするのだった。
「ところで静、今日はお兄ちゃんと一緒に寝るというのはどうだろうか」
「兄さん……お願いですから真面目な時は最後まで頑張って下さい」
「いや、もう限界な気がする。
俺は今日、静を抱きしめながら寝たい!!」
「ダメです!!」
月ノ宮家。
人知れず代々妖怪退治を生業とする少し変わった事情を持つ家系である。
その月ノ宮家の名を持つ兄妹。
「じゃあ一緒にお風呂とか」
「もっとダメです!!」
二人の物語はまだ始まったばかり。
晴香
「お〜!!ミヤミヤ大活躍!!ただのシスコンじゃなかったんだね!」
紫
「ふむ……
あの身のこなし、相当なものだったな。是非とも剣道部に欲しい」
晴香
「食い付くトコそこなんだ……」
紫
「?」
晴香
「でも、武器は刀じゃなかったんだね」
紫
「ああ、それについては作者も随分悩んだらしい。
悩んだ末、以前とは違うタイプの戦い方にしたようだ」
晴香
「ミヤミヤの妹さんは振袖姿だったけど、普段と違うって書いてあったね」
紫
「恐らく戦闘装束のようなものなのだろう。
名家のようだからな」
晴香
「こういうバトル展開ってどのくらいの頻度でやるんだろうね〜」
紫
「コロコロと話が変わるなお前は……
それはまぁ、作者曰く“時々”だそうだ」
晴香
「ま、ジャンルにも学園って書いてあるからね」
紫
「ふむ。
学園バトルコメディーとはそういう意味なのだろうな」
晴香
「そういえば、私達次回予告を任せられてたんじゃなかった?」
紫
「そうだったな。
では予告といこうか」
晴香
「次回はミヤミヤ達が汐咲学園に入学だよ!
私達と同じクラスだと良いね♪」
紫
「ついでに剣道部にも入部する事に……」
晴香
「そこはまだ考え中だよゆかりん。
とにかく、私達も色々と活躍するからよろしくね!」
紫
「では、また次回だな」