第29話 擬似デート大作戦 後編
もう何も言うまい……(笑)
という訳で、疑似デート後半、始まります!!
「………」
「………」
お昼の帰宅路。
学園から出て周りにちらほら住宅などが見えてきた道を、二人の男女が寄り添いながらぎこちなく歩いていた。
言わずもがな、駿と彼に腕を絡めている静である。
駿は僅かに顔が赤く、不自然に視線を上の方に泳がせている。
(落ち着け……落ち着くんだ俺。心を無に帰せ。煩悩に惑わされるな。己が秘めたる真の己を見つめ直し………って、)
腕を絡められている為に静と密着も密着しており、彼女を異性として意識せざるを得ない状態。
彼は訳の分からない事を頭に思い浮かべて気を紛らわせようとするのだが。
(だから当たってる!!思い切り当たってるって!!
ちょっ、これは本当にヤベーっ……けど言えねぇ!!)
女の子の甘い香りや温もりだけでもかなり意識させられてしまうのに、腕の真ん中辺りに柔らかい彼女の胸の感触を受けてそんな思考も吹っ飛んでしまう。
(あ、でも……
静の胸って小さいと思ってたけど意外とあるな……って何考えてんだ俺は!!)
しかし本人を前に正直に言える筈も無く、色々な意味で困っているのだ。
「///」
一方、隣に寄り添う静も真っ赤になって俯いている。
今の現状や先程の見つめ合いを考えるととてつもなく恥ずかしい。
(うぅ……
さっきからドキドキが止まりません……)
たまにそっと視線を彼の方に向けるのだが、タイミングが良いのか悪いのかちょうど彼からの視線とぶつかりお互いに慌てて逸らしてしまう。
初々しい本当のカップルのようだ。
(で、でも……このままでは不自然ですし……何か気のきいた話題を……)
しかし、このまま無言の状態も良くない。
そこで静はそっと顔を上げて口を開こうと……
「あの……」
「えっとさ……」
が、恐らく駿も同じ事を考えていたのだろう同時に彼も口を開いた。
「「………」」
お互いまたも無言。
と思いきや、駿のポケットから振動音がした。
恐らく晴香達からの指示メールだろう、駿は内心でナイスタイミングと感謝しながら静と一回組んでいた腕をほどいて見えるように携帯を開く。
『ステップ2:二人でお昼へゴー!
P.S.今、ラーメン屋にいるよ。
あ、親父さん、味噌ラーメン並み、辛さは中でお願いしまーす』
「あ、そっか昼飯か。
……つーかアイツらもう飯食ってんのか」
「というか、何故兄さんの携帯に注文が来ているのでしょうか……」
取り敢えずステップ2はデートの定番、二人でお昼だ。洒落たレストラン等がこの場合は得策か。
「ん?またメールが来たぞ?」
再び振動音。
今度は指示の変更か或いは何か違う動きがあったのか。
『from 相良悠一
僕は豚骨醤油の並みと、炒飯を一つ。麺は固めでお願いします』
『from 天城晴香
あ!ダメだよゆっ君!
ラーメンはラーメンだから、炒飯と一緒に食べるなんて勿体無いよ!』
『from 相良悠一
いえいえ、ラーメンと炒飯は一緒に食べてこそ分かる美味しさがありますよ。
ですから……』
「直接話せぇ!!
何でコイツら会話を一々俺の携帯に送ってんだ、どういう状況!?」
「クスッ……」
携帯の画面に思い切りツッコむ駿と可笑しそうに笑みを溢す。
しかし、晴香達のおかしなメールのおかげで先程までのどぎまぎした雰囲気は無くなっていた。
「あー、しゃあねぇ……
俺達もファミレスかなんかで飯にするか」
「そうですね」
時刻は既に1時前。
お昼ご飯をとる頃合いだ。
駿は携帯をパタリと閉じて、二人はお店がある場所へ向かって歩き始める。
「っと、もう腕を組むのはよそう。手を繋ぐくらいにしないか?」
「え?」
数歩歩いて気付いたように言う彼に静は少しだけ不安そうな表情になる。
もしかして自分が彼に対して何か良くない事をしてしまったのかと。
「いや、そのな……色々と当たったりしてて、恥ずかしいというか……」
「当たったり……?」
しかし彼の言葉はそういったものでは無くもっと直接的な理由。それを結局正直に言ってしまった。
静は暫く不思議そうな表情をするも、ハッと自分の胸に視線を落とす。
「ーーーっ!!」
同時に、顔を再び真っ赤に染めて駿から距離をとった。恥ずかしさや驚きやら含めた瞳を彼に向ける。
「な、ななな……!!」
「ちょっ、待て待て!!
俺じゃないからな!?
いや、確かに凄く柔らかくて可愛……って違う違う!!」
真っ赤なままわなわなと震える彼女に慌ててフォローを入れようとする。
「だ、大丈夫だ!
そんな大きさも無かったから思い切り当たってた訳じゃ……」
「!!」
しかし宥めるつもりが無意識に余計な事を口走ってしまう。
よりにもよって、ここで大きさの話を。
余談だが、彼女の胸は実際は思い切り当たっていたり。
「も、もう兄さんなんてしりません……!!」
「あ……」
静は顔を背けるとすたすたと先に歩いていってしまう。
「違うっ、今のは言葉の綾で……!!」
駿もそこでようやく自分が口にした内容に気付いたようで、先に行ってしまう彼女を急いで追っていくのだった。
第29話 擬似デート大作戦 後編
「お待たせ致しました。
オムライスをご注文のお客様は……」
「あ、はい。俺です」
汐咲市の通学路沿いにあるファミレス。
窓側の二人用のテーブルには駿と静が向かい合って座っていた。
あの後、ああだこうだと何とか静を宥めた駿は指示通りにお昼ご飯を食べにここにやって来たのだ。
ウェイトレスが駿の前にオムライスを、静の前にドリアを置いて丁寧な挨拶と共にテーブルを後にする。
「でも、二人で外食なんて久しぶりですね」
「言われてみれば……」
彼女の言葉に駿は考えるようにお店の天井を眺めて、軽く首を縦に振る。
引っ越しをする前もこの街に来てからも、基本的にご飯は静が作ってくれているのでわざわざ二人だけで外食する機会はあまり無かったのだ。
向こうで友達や一人でファミレスに来る事はあったが。
「いや、学生一人でファミレスってのも中々シュールだよな……」
「そうですか?」
「男子生徒一人ってのは結構……」
駿はやや苦笑いしながら何気なく店内を見回してみる。
と、見知った姿が一番奥のテーブルに一人。
(相也……?)
それは相也だった。
四人席の隅で一人、セットに付いてくる飲み放題のドリンクを啜っている。
時折、窓の外を見てはまた無造作にコップを動かす。
四人席に一人。
周りは連れの学生達や主婦達で賑わっている。
(…………)
思わず目頭が熱くなるような光景だった。
彼の無表情さがそれを増しているのは間違いない。背中に影でも背負っているかというくらい寂しい絵面だ。
(………今日はそっとしておこう)
あまりに話しかけ辛い雰囲気に駿はそっと顔を戻した。
それに今は偽物とは言え形は恋人同士でデートの真っ最中なのだ。
こんな状態で話しかけるのは酷である。精神的に。
「兄さん、どうしたんですか?」
「いや……何でもない」
駿が首を振った時、また携帯電話の振動音がした。
晴香達からのメールだろう、静にも見えるように携帯を開く。
『ステップ3:恋人同士に定番の「アーン」をすべし』
えらくピンポイントなタイミングのメールだった。
二人は何処からこちらの様子を見守っているのか。
「『アーン』か。
やるべきだな、いややるしかない!否、是非ともやりたい!!」
「兄さん!!」
変な三段活用を完成させる程、兄はノリノリだった。妹はやはり、顔を赤くして慌てる。
「作戦作戦!」
「うぅ……」
作戦なので仕方ないと笑顔での彼に何も言い返せなくなってしまう静。
(その笑顔は……ずるいです……)
彼女は内心そう思いながらも素直に従うのは恥ずかしいので……
「で、でも今日だけですからね!」
「やっぱりツンデレ……」
「違います!!」
そんな風に返してみるが、案の定ツンデレっぽくなってしまう。
否定する様子が可愛いと駿は一人頷いていたり。
さて、静はおずおずとスプーンでドリアを掬うと駿の口元まで持っていってあげる。
「その……どうぞ」
「あーん」
駿は差し出されたスプーンをぱくっと一口。
ミートのコクとクリームのまろやかさが口いっぱいに広がる。
「うん、美味い!
静に食べさせもらうと美味しさ何倍にもなるな!!」
「もう、大袈裟です兄さん……」
兄はいつもの調子に戻っていた。もれなくシスコン振りもいつも通りに。
そんな彼の様子を見て、静もクスリと笑みを溢す。
「んじゃ、お返しに」
「え?」
駿もオムライスをスプーンで掬って、彼女の口元にスッと寄せてみせた。
「はい、あーん」
「あ、あーん………」
恥ずかしがりながらも、彼女も一口。
デミグラスソースが卵のふわふわと美味しさによく合う。
「美味しいです……」
「やっぱり、こうすると美味しさも倍増だな」
もじもじとする静に、堂々と恥ずかしい事を言ってのける駿。
彼の正さ直はある意味で尊敬に値する。
「まぁ、これで指示は………ん?」
駿は携帯を開いて確認しようとすると、先程のメールには続きがあったのに気が付いた。
『P.S. 相手はレジ側のテーブル。ミヤミヤの事睨んでるよ、作戦バッチリだね!』
「………」
静に気付かれないように、そっと携帯越しに自分のテーブルから後ろに目を向ける。
(確かに、睨んでるっぽいな…………)
そこに見えた男子生徒は彼らのテーブルに視線を向けていた。視線はお世辞にも良いものとは言えないが。
暫くすると、彼は頼んだ料理を食べる作業に戻る。
駿はその隙に彼の様子を窺う事に。
肌はかなり白いし、結構痩せてはいるが顔立ちはそこそこに整っている。
黒髪はやや天然パーマっぽい癖っ毛だ。
(早いトコ退散して貰いてぇが……店の中までやって来る事を考えると、そう簡単には諦めてくれそうも無ぇ……)
バレないように、男子生徒から少しだけ視線をズラして床を見つめて考える。
「兄さん?」
「え、ああ……」
不意にかけられた静の声で、駿は我に返った。
気が付けば二人とも料理は食べ終わり飲み物も無くなっている。
「それじゃあ、出るか」
「はい」
二人はファミレスを後にして、再び疑似デートを続ける事に。
因みに会計は駿が持った。
形だけとはいえデートなのだから、男が持つものだと彼が払ったのだ。
その時、静は言葉には出さなかったが非常に嬉しそうだったという。
「んで、次は……」
お店を出た駿は次なる指示を確認する為にメールが受信されている携帯を開いた。
『ステップ4:定番スポット、水族館でデートすべし!
地図は以下に添付』
「定番、なんですか?」
「いや、俺に聞かれても……まぁ確かに、無難ではあるんじゃないか?」
画面を見ながら曖昧な表情をする兄妹。
二人とも恋愛経験がゼロに近いので、デートの定番と言われてもあまりピンとこないのだ。
「この街には水族館もあったんですね」
「みたいだな。地図によると街の南側にあるらしいぞ」
駿は携帯を見つめながら指定された水族館の位置を確認する。
汐咲市はまだまだ巡っていない場所が沢山あるが、水族館はその一つだ。
「とにかく、行ってみるか」
「あ……」
駿は端末をポケットに入れると、自然な流れで静の手を取って引いていく。
彼女は少し驚いて目を丸くするも、嬉しそうにそっと口元を緩めるのだった。
*
水族館は街の南の中でも駿達の住む住宅街から離れた東寄りにあった。
夏には大いに賑わいそうなビーチが広がる汐咲の海。
その海を目の前にして、横に長く巨大な白い建物。
魚やペンギン等絵が泳いでいる外装にはここが水族館である事を一目で分からせる。
「平日なのに、人が沢山いらっしゃるんですね」
「ああ、街の名所なのかな」
水族館の入口前広場。
広大なその正面には平日だというのに幾つものお客さん達が楽しそうに入口に入っていく。
両親と子供の家族、男女学生達、幼稚園の団体、学生のカップル、大人のカップル、老夫婦等々。
「俺達も入るか」
「そうですね」
駿と静、今はカップルという形の二人は手を繋いだままお客さん達の流れに乗っていく。
駿はチラッと後ろを見ると、案の定入口前の広場の端にこちらを凝視している件の男子生徒が一人。
訝しげな彼のその表情からは『静の隣にいる男は一体何者なのだ』と思っている事が容易に窺える。
「静、もっと寄り添った方が良い」
「え、あ……はい」
駿は視線を戻すと、繋いだ手をそっと引いて静を更に近くに寄り添わせた。
彼女はみるみる赤くなるが、何処か嬉しそうだ。
今の二人は何処からどう見ても恋人同士に見えるだろう。
入口から水族館に入ると、明るく綺麗な館内にまず幾重もの大きなガラス張りの水槽が左右に姿を現した。
「水族館なんて久しぶりだな……」
「小学生の時以来かもしれませんね」
スイスイと気持ち良さそうに水槽内を泳ぐ彩り豊かな魚達を見て、感慨にふけるように呟く駿。
「それじゃ、純粋に今日は楽しむか!」
「クスッ。
はい、兄さん」
が、一転して駿は元気よく口を開いてみせたので、静はクスリと微笑みながら頷いて歩き始めるのだった。
○
「あ、兄さん。
このお魚綺麗ですよ」
「おぉ?」
水族館内の真っ暗なスペース。様々な珍しい深海魚が泳ぐ場所である。
その中の水槽の一つ、薄い赤色の光を放つ小さな魚がいる水槽の前に静と駿がやって来た。
「む、難しい名前の魚だな……」
「深海の深くには、こんなお魚も住んでいらっしゃるんですね」
水槽の前にある魚を説明する為のプレート。
蛍光色で書かれたその名前を見ながら顔をしかめる彼の隣で、暗い水の中を光って浮かぶ光景を見つめる静。
「不思議……
どうしてこんな綺麗に光るんでしょう」
「お腹が空いてるんじゃないのか?」
「もう、兄さんったら」
静は彼の間抜けな発言にクスクスとおかしそう笑う。
(良かった……笑顔になってくれて)
水槽を見つめて微笑む彼女を横目に、駿は内心で安堵した。
今回の件で彼や晴香達に気を遣ったり、付きまとう相手の原因を自分が良くなかったと困惑していた静。
そんな彼女が作戦とはいえ、自分とのデートで自然と笑みを溢せるようになってきた事が純粋に嬉しかった。
「やっぱり、静は笑っているのが一番可愛いよ」
「ふぇ!?」
ゆっくりとそう囁かれたその言葉に、彼女は深海魚より赤くなった。
暗いので彼女自身意外はその反応が分からないのだが。
ポンポンと彼女の頭に駿の手が優しく置かれる。
「さ、もっと回ってみよーぜ」
「………ずるいです、兄さん」
そっと彼女の手を握って、歩き始める駿。
静は彼の背中に聞こえないくらいの声で呟いた。
○
「デカイな……」
「大きいです……」
色々と水族館内を回って各々二人きりの時間を楽しんだ兄妹。
水の中に通路が通っているペンギンの水槽や、セイウチやオットセイのいるエリア。ヒトデや珊瑚の綺麗なエリアや外国の珍しい魚がいる水槽等々。
そうして最後のエリア、何匹ものサメやシャチが泳いでいる特大ガラス張りの前にやって来ていた。
二人は写真で見るより遥かに巨大なサメ自体に、年甲斐もなく驚く。
サメ達は水の中を縦横無尽にそれはスイスイとなめらかに泳いでおり、時折その瞳がこちらに向けられると少しドキリとしてしまう。
「このサメ達の水槽ってどうやって掃除してんだろーなぁ……」
「確かに、考えるとちょっと怖いですよね」
こういう大きな光景を目の当たりにすると、素朴な疑問が浮かんでくるものだ。
「でも、こんな風に水の中を泳げたら素敵でしょうね」
「………」
静は巨大な水槽を見上げると、誰に言う訳でも無くそう呟いた。
駿は彼女の物憂げなその表情を見つめる。
「兄さん?どうしたんですか?」
「……いや、なんでも」
彼は軽く首を振ると奥に続く通路に目を向ける。
「これで一通り回ったし、一旦出るか」
「ええ」
二人は終始手を繋いだままだったが、それが自然な形になっているので特に意識しなくなっていた。
水族館から外に出ると辺りはすっかり夕方で、海沿いの街に茜色の光が射し込んでいる。
「随分時間経ってたんだな……早かったのは楽しかったからかな?」
「私も、久しぶりの水族館楽しかったです」
駿がグッと伸びをしながら言うと、静も満足そうに微笑んでみせた。
彼女は頬を赤らめながら『兄さんと一緒ですから』とそっと呟くが、残念ながら駿には聞こえていない。
(………しぶといな)
何故なら、彼は後ろに付いてきていた例の男子生徒の気配を感じとっていたからである。
どうやらまだ諦めきれずに付いてきているらしい。
「静、ちょっと海岸に行ってみないか?」
「あ、はい」
やや早足で、静の手をひいていく。
これ以上付きまとわれるようなら、冗談抜きでその男子生徒に話を着けなければならない。
そう思いながら入口前の広場を後にして、夕日の広がる海辺に向かっていく。
○
水族館から徒歩2分程歩くと、街の南端である汐咲の海辺に出た。
太陽が徐々に地平線の彼方に沈んでいき、海岸はサンセットビーチのように綺麗だ。
「綺麗……」
「ああ。いい眺めだな……」
二人は砂浜から広がる海を眺める。
静は両手を併せて、駿も顔の前で手傘を作りながらその美しい風景の感想を述べた。
「あ、メールが……」
と、また不意に制服のポケットから振動音が。
駿は携帯を取り出して隣に見えるようにメールを開いた。
『ステップファイナル:夕焼けをバックに静ちゃんと恋人らしい演技を!(抱きしめるとか)』
「!!」
駿が何か反応する前に隣の静が真っ赤になって俯いていた。
よく考えると、彼女は今日一日でどれくらい赤くなっているのだろう。かなり大変ではないか。
「って、大丈夫か静?
もしかして具合でも悪いんじゃ……」
「ち、違います……!!
大丈夫です……」
隣でいきなり赤くなり俯いてしまう彼女を案じて駿は心配そうに声をかける。
ふるふると慌てて否定する静。
「で、指示だけど……
嫌だったら無理しなくても良いぞ?」
「え?」
彼は携帯の画面を暫し眺めてると、パタリと閉じてポケットにしまう。
「いや、もう十分に作戦は実行したと思うし……」
そう言いながら駿は何気なく視線を海に反らす。
(それにここまで付いて来た以上、もう直接話した方が早ぇだろうしな……)
そう。
これ以上何をしてもついて来そうなので、こんな回りくどいやり方では無く直接的な方法が有効ではないかと考えたのだ。
しかし……
「兄さんは……その、嫌なんですか?」
おずおずと不安そうに尋ねる静。
彼が止めておくかと言った真意を違う意味で解釈したのか。
「え、いやいや。俺は寧ろ大歓迎だけど……」
「だったら……」
だから駿は直ぐ様否定する。否定どころかいつも通りのシスコン発言だ。
それを聞いた静はゆっくりと彼の目の前まで来て……
「っ!?」
トン、と彼の胸に頭を預けたのだ。
ふわりと漂う甘い香りに一瞬ドキリとしてしまう。
「し、静……?」
「…………」
いやに積極的な行動に駿は困惑したように尋ねるが、彼女は離れようとしない。
それが返事であるかのように。
「………」
彼は小さく深呼吸。
両手を後ろに回して、預けられたその華奢な身体を優しく包み込んだ。
「あ………」
耳元で彼女の声が溢れた。その甘い声色は彼の心臓は強く脈を打つ。
唇に彼女の髪が僅かに触れた。
サラサラとしていて、綺麗で、ほのかにシャンプーの香りがする。
(…………)
彼はそっと目を閉じる。
真っ暗な世界が目の前に広がるが、腕と体に感じる温もりだけが確かな存在だった。
とても柔らかくて、何処かくすぐったくて、そして温かくて……
(静………)
駿はほんの僅かに、抱きしめている両手に力をいれる。彼女の温もりを離さないように、大切に。
「兄さん……」
「うん?」
不意に、暗闇から彼を呼ぶ囁き。
ゆっくりと目を開けると……
(っ!!?)
目の前に、頬が赤く染まった静の顔があった。
あまりに突然の光景に、一瞬息が詰まる駿。
「兄…さん」
「っ……」
それは本当に目の前、お互いの吐息がかかるくらいの距離。
少し顔を前に動かせばキスすら出来てしまう程に。
(ま、マズイ!!
これは作戦云々じゃなくて本当に……!!)
頭は警告する。
このままだと本当にマズイと、間違いが起こってしまうと。
(どうにかして……!!)
1.キスする
2.キスしてみる
3.キスしかない
(って、ちょっと待てぇぇぇ!!
選択肢形式なのは置いといて、何で全部がそうなってんだよっ!!
だからんな冗談言ってる場合じゃ……)
しかし、彼の思考もそこで止まってしまう。
改めて静の表情を見て、頭の中の考えが吹き飛んでしまったのだ。
綺麗に整った美しい容姿は上気した頬がより一層色っぽく、澄んだ瞳で真っ直ぐに見つめられる。
「…………」
それでもう終わりだった。
もう何も考える事が出来ない。兄妹だとか、家族だとか、考えようとしても真っ白になった頭には入ってこない。
ただ、考えるより前に身体が勝手に動くのみ。
(俺、は………)
ゆっくりと、ただゆっくりと近づいていく二人の顔。
静がそっと目を閉じた後、駿も思考が追い付かずに目を閉じ……
「「っ!?」」
なかった。
ポケットからのいやに大きなバイブレータ音に驚き、二人は物凄い勢いで距離を取ったのだ。
「わ、わわわわ……私……私……」
静はたった今、自分がしようとしていた事をようやく認識したらしく。
恐らく今日一番の顔の赤さで両頬を両手で包んでいた。
「め、メールだな、うん」
僅かに上ずった声ながら、駿は携帯を開いてメールを確認する。
『作戦成功!
相手はガックリして帰っていったよ』
(え?マジでか!?)
駿は慌てて先程男子生徒がいた方を見ると、確かにもう誰もいない。
何と、
「静、成功したみたいだぞ」
「ふぇ!?
い、今のは成功ではなく失敗……」
「い、いや……天城達の作戦の話でさ……」
「え……あ、あぅ、すみません……!!
わ、私……」
静は未だに真っ赤になって混乱している。
駿の言葉にも頬に両手を当てたまま視線を合わせられないようだ。
「いや〜、迫真の演技だったね〜」
「「!?」」
すると、いきなり後ろから声がかかってきたので二人はビクッと肩を震わせた。
「あ、天城……!?」
やって来たのは晴香だった。右手でバッチリというマーク
「作戦成功だね。
相手の先輩はミヤミヤとしずちゃんが見つめ合っている辺りでガックリと肩を落として帰っていったよ」
「あ、ああ……
そうなのか。それは良かった……」
メール通り、相手は諦めて去っていったようだ。
最後の最後のアレが決定打になったのか。
「でも変な気を起こさないとも限らないからって、ゆっ君が一応相手の後をつけてるから。その辺も心配しなくて大丈夫」
「そっか。
ありがとう、今回は本当に世話になった」
「気にしないで。困った時はお互い様だから」
駿はコホンと咳払いを一つ、お礼を言うと晴香は明るく笑ってくれた。
「は、晴香先輩、それに相良先輩も本当にありがとうございました」
「うん、大丈夫。
無事に終わって良かったね。ゆっ君にも伝えておくね」
静も何とか少しだけ落ち着く事が出来たようで、丁寧に頭を下げる。
「それにしても迫真の演技だったね〜
見つめ合ってからキスをしようとする演技なんて、何だか映画みてるみたいだったよ」
「「え?」」
口に手を当てて驚いた様子の晴香。しかし二人の反応はやや鈍く、彼女はきょとんとした表情になる。
「え?
……もしかして、演技じゃ無かったとか」
「え、ええ演技です…!!
勿論演技ですよ、何言ってるですか先輩…!!」
(だ、だよな……静のあれは演技だったんだ。
うわっ、俺めちゃくちゃ恥ずかしい奴じゃん……)
物凄い勢いで静は晴香の言葉を否定した。
それを聞いた駿は内心で先程の行為が演技だったのかと解釈し、同時に本気にしてしまった自分の恥ずかしさに頭を抱える。
「そうだよね、ちょっとびっくりしちゃった」
晴香もすぐに納得したようだ。静はまた両頬を押さえて背を向けてしまう。
「じゃあ、私はそろそろ時間だから」
「あ、今日も瑠璃ちゃんのお迎えか?」
「そ。まぁちょっと子供達とも遊んであげるけどね」
彼女はこれから小学校に妹を迎えに行く予定があるらしい。
「ソイツは時間とらせて悪かったな。言ってくれれば……」
「大丈夫。ちょうどこれからの時間帯だから。
寧ろまだ少し早いくらいだよ」
謝ろうとする彼に晴香は顔の前で大袈裟に手を振ってみせた。
「じゃ、私はこれで。
あ、ミヤミヤも暇だったらまた学童に来てね!」
「ああ、そうだな」
別れ際、晴香の言葉に駿は軽く頷いてみせた。
「じゃあ……えっと、俺達も帰ろうか」
「………」
彼はそう言って隣の静に目を向けるが、彼女は真っ赤な顔のままふるふるとかぶり振ったり、軽く頭を叩いたり、頬に手を当てて俯いたり。
まだ混乱しているようだった。彼女のこういう姿は非常に珍しい。
「静?」
「ふぇ!?」
ポンと肩に手を置くと、ビクッと肩を震わせて振り返る。やはり真っ赤である。
「ち、違いますよ?
私は、別に嫌だったとかそういう訳では……でも、まだ心の整理が……」
「え、いやあの……
俺達も帰ろうって話でさ」
「え、え……?
あ、はい……」
駿がそう言うと、静はとても恥ずかしそうに小さく首を縦に振る。
そうして、二人はややどぎまぎとした足取りで、海岸沿いを歩いていくのだった。
疑似デート大作戦は本来の目的を考えると成功という形で幕を閉じたが、
色々と予想外のハプニングも起こったりして月ノ宮兄妹にとっては大変な一日となった。
因みに、静は駿とほとんど目が合わせる事が出来ないまま一日が過ぎたという。
個人的にはこれが甘々の限界でした。
最後は……ちょっと、やり過ぎましたかね?
しかし肝心の駿はやはり超鈍感。
演技だと言う言葉を真に受けて、キス間近も演技だと思い込んでますから(笑)
未だに彼のシスコンは家族愛の枠内です。
静ちゃんからしてみると、大きく前進ですね。
これから、話が進んでいく上で駿は一応主人公らしく色々と無自覚にやらかしてしまうので、この辺でリードしておかないと、みたいな感じです。
次回もよろしくお願いいたします!!