第26話 思い出はハンカチと共に
GW連日更新のラストです。
今回はあの気の弱い男の子が色々とするお話です。
次回からは週一更新に戻ります。
では、始まります!!
「はぁ……」
朝から曇りの空模様。
そんな空を見上げながら、中等部三年、志摩広海は深々とため息をついた。
「朝から曇りなんて………」
誰に言う訳でも無く、ポツリと呟く広海。
彼の表情もまた晴れず、まるで空が心を写しているようだ。
女の子のように綺麗な容姿をしている上に、広海という紛らわしい名前だが一応男の子である。
「………」
彼はそんな表情のまま、学生鞄の小さなポケットからそっと藍色のハンカチを取り出した。
丁寧に畳まれたそれを見つめて、また小さくため息。
「おっはよ、ヒロ!」
「うわっ!?」
と、いきなり彼の後ろから女の子の声が聞こえてきた。同時に背中がバンッと叩かれる衝撃。
広海は声を上げて前につんのめってしまう。
「痛たたた……何なんだよいきなり……」
背中を擦りながら広海は振り返ると、そこには黄色いセミロングの髪をした制服姿の女の子が立っていた。
透き通るような青い瞳に可愛らしい容姿、赤い髪留めが特徴的だ。
「相変わらず朝から暗いわね〜そんなんじゃ不幸しか寄ってこないわよ」
彼女は腰に手を当ててそう言いながら広海に視線を向ける。
一方の広海はまたため息。
「何だ、真夏か………」
「何だとは失礼ね。せっかくこうして可愛い幼馴染みが朝から声をかけてあげたっていうのに」
「はぁ……自分を可愛いなんて言う人にはろくな人はいないと思うよ……
それに幼馴染みというか、ただの腐れ縁だよ、小学校からの」
やれやれと肩を落として歩き始める広海。
「あ、ちょっと待ちなさいよっ」
彼女もそれに続くように肩を並べる。
真夏と呼ばれた少女は広海の幼馴染みらしい。
曰く、小学校からの付き合いだという。
「っていうかヒロ、まだそのハンカチ返して無かったの?」
「う、うるさいな……真夏には関係無いよ」
真夏はふと、広海が持っていた藍色のハンカチに気付いて声をかけた。
彼は急いでポケットにしまおうとするが、その腕をピタリと止められる。
「それ、私達と同じクラスの月ノ宮さんのなんでしょ?」
「そ、そうだよ……」
「それで、まだ後生大事に持っている訳……」
今度は真夏がやれやれとため息をつく。
何と、広海が持っているそのハンカチは月ノ宮のものらしい。
広海と同じクラスの月ノ宮、つまりは静のものとなる。
しかし、一体何故彼が静のハンカチを持っているのか。
「な、何だよ……そのため息は……」
「だってヒロ、それ貸して貰ったのってもう一年前なんでしょ?」
「………」
彼女の言葉に彼は無言でハンカチを見つめる。
「ヒロのお父さんの実家に帰った去年、雨の中迷子になったアンタに月ノ宮さんが差し出してくれたのがそのハンカチ、って話だったわね。それを今の今まで返せずにいたら、何と転校生が月ノ宮さんだった」
「う、わざわざ言わなくても良いだろ……」
若干説明口調なのが否めない真夏だが、つまる所そういう事らしい。
詳しい経緯は不明だが、このハンカチは去年、静が広海に差し出したものだというのだ。
「早く返してあげなさいよ。なんだったら私から言ってあげるから」
「だ、ダメだよそれは。
ちゃんと僕の口から言って返さないと……」
「だってアンタ、全然言わないじゃない」
「………」
痛い所を突かれた表情をする広海。
当然、まだハンカチを持っているという事は彼女に返す事が出来ていない。
「あー、もう!!
アンタ見てるとホントにイライラする!!」
「な、真夏には関係ないだろっ」
「う、うっさいわね!!
とにかく早く返しちゃいなさいよ!!」
「分かってるよ!!今日ちゃんと返すつもりなんだから、真夏は余計な事しないでよ」
広海はハンカチをそっと鞄のポケットに戻すと、真夏から逃げるように早足で歩き始めた。
「余計って何よ!
あ、ちょっとヒロ!待ちなさいよ!!」
彼女もその後を小走りで追っていくのだった。
第26話 思い出はハンカチと共に
(はぁ……)
机に頬杖をついて、心中で今日二度目のため息をつく広海。
黒板では眼鏡の男性教師が数学の授業を展開しているが、彼の視線は机に置かれた藍色のハンカチにある。
(今日こそ返さないと……本当に機会が無くなっちゃうよ……それに真夏にもまた色々つっかかられるし)
時刻は既に11時。
二回の休み時間を無駄にしてしまい、次はお昼休みである。
今日こそ返すという自分の中で決まりをたてたので、何とかそれを達成したい。しかも幼馴染みの女の子にも今日返すと言ってしまったので尚更だ。
(………)
広海はそう思いながらそっと目を閉じた。
頭に浮かんでくるのは、静にハンカチを差し出して貰った時の、静に初めて会った日の事だ。
(今でも鮮明に覚えてる………)
───────────────
あれは、去年のちょうど今頃。
僕がド田舎の祖父母の家に行った時だ。
「はぁ……いきなり放り出されても、何処が何処だか分からないよ……」
僕は父親と車で来たのだが、急用が入ったという父親の都合で僕一人だけで途中から実家に向かう事になった。
父親に道は聞いていたけど、歩いて行くなんて初めてで、しかも田舎も田舎で小道がそりゃ沢山。
案の定十数分もしないうちに迷子になっていた。
「嫌な天気だし……ついてないなぁ」
空は今の僕にはピッタリの曇り空。かなり黒く今にも雨が降ってきそうだ。
(仕方ない……とにかく歩こう)
立ち止まっていても仕方ないので、とにかく勘に任せて歩き始めた。
しかし……
「あ〜、もう嫌だ……何でこんな目に……」
ポツポツと降り始めた雨はすぐにザーザーと雨足を強め、僕はずぶ濡れになりながら知らない道を走っていた。
(情けない……)
もう嫌だ、帰りたいと弱気な気持ちはどんどん膨れて終いには近くの木に手をついて立ち止まってしまった。
あまりにも情けない。
迷子になる自分にも、こんな事ですぐに弱気になる自分にも。
僕は木に手をついたまま、成す術なく暫く立ち尽くしていた。
「あの……大丈夫ですか?」
「………え?」
その時だった。
後ろから、女性の声が聞こえてきたのだ。
そして同時に、僕に当たっていた雨はピタリと止む。
上を見上げれば綺麗な青色が広がっていた。
いや、青色の傘だ。
傘が僕の上に広げられていたんだ。
(………)
きっと今後ろで声をかけてくれた女性が傘をさしてくれたのだろう。
女の人に助けられるような自分は一体何なのか。
「あの……」
後ろからは心配そうな声が続く。
今すぐにでもこの場から逃げ出したかったが、それはあまりに情けない。
だから振り返ってその人にお礼を言ったらすぐにこの場を立ち去ろう。
そう思い後ろを振り返って……
「………」
僕は言葉を失った。
惚けるようにして、ただただ声を失ってしまった。
僕と同じくらいの女の子で、青みがかった綺麗な髪が腰まで伸びていて、美しく整った容姿に薄青い澄んだ瞳。
ワンピースに白いカーディガン姿で、青い傘を僕の上にさしてくれている。
彼女のその美しさに、思わず見惚れていた。
僕は彼女に一目惚れしてしまったのだ。
「大丈夫、ですか?」
「え!?
あ、ああ……大丈夫です!!大丈夫!!」
心配そうにこちらを見つめる彼女に、顔が熱くなるのを感じつつも慌ててそう口を開く。
すると、彼女はそっと藍色のハンカチを取り出して僕の頬に添えてくれた。
「え?」
「濡れたままでは風邪を引いてしまいますから」
そう言って微笑んでくれた。その笑みはあまりに優しく、綺麗で僕は更に顔が熱くなるのを感じた。
「え、あ、うぅ……」
その時の僕は、一体どれ程間抜けな顔をしていたのだろうか。
今思い出すとちょっと後悔。
その後、彼女に最寄りの駅まで案内して貰った。
案内の途中は相合い傘状態だったので、僕は気が気じゃ無かったが。
「あ、あの……お名前は」
「月ノ宮静です」
別れ際に僕は必死の思いで声を絞り出しそう尋ねると、彼女はまた微笑んで返してくれた。
あの時、自分の名前を言わなかった事が非常に悔やまれる。
それが月ノ宮さんとの初めての出会いの思い出だった。
───────────────
(まさか、彼女がこの学校に転校してくるなんて……本当に驚いたよ……)
広海は目を閉じながらコクリと一人頷く。
まさか一年前に一目惚れした女性が自分と同じ学校、しかも同じクラスに転校生としてやって来るなんて、まるで漫画の話みたいだ。
そうして、ゆっくりと目を開ける。
(だから、今日こそ返してお礼を言うんだ!)
固い意思を、ハンカチに乗せて。
「志摩、黒板はこっちだぞ」
「ふぇ!?」
と、教卓から教師の声が飛んでくる。広海は思わず間抜けな声を上げてしまう。
「全くお前は……いつになったらその上の空が治るんだ」
「す、すみません!!」
慌てて頭を下げる。
すぐにクラスは笑いに沸いた。
(うぅ……月ノ宮さんの前で、なんて情けない)
ガックリと肩を落とす広海。自業自得といっては可哀想だが。
(……あのバカ)
そんな彼の様子を遠くの席から少し拗ねたように見つめる真夏の姿があった。
*
(はぁ………やっぱりダメだ、僕)
放課後の教室。
帰りのHRが終わり生徒達が続々と帰っていく中、広海は机に座って落ち込んでいた。
彼の前には藍色のハンカチ。
放課後になってもまだ返していなかったのだ。
お昼休み、静は柊奈や藍と一緒にご飯。
女の子三人の中に彼が入っていける筈も無く断念。
五時間目の終わり。
静が机に一人だったのでチャンス!
しかし、どうやって声をかけようか頭の中でシュミレートしていたらチャイム。
六時間目の終わり。
帰りのHRまでの間に返そうと思ったら、今日に限って先生が早く来てHRが始まってしまった。
そうして放課後へ。
結局、ハンカチを返す機会を手に出来なかったのである。
(何で……ハンカチを返す事も出来ないんだろ、僕)
どんどんと周りの人は帰っていき、教室には広海以外ほとんど居なくなっていた。勿論静も帰ってしまっている。
夕暮れの教室で一人、途方に暮れていても仕方がないと彼は立ち上がった。
(帰ろう……)
そうして教室の入口までとぼとぼと歩いていく。
しかし、情けない自分を引きずるように廊下に出た時……
「あの……志摩君」
「え?」
後ろから声。
しかも彼が忘れる筈も無い声が聞こえてきた。
「つ、月ノ宮さん……?」
振り返ると、それはやはり静だった。
一体何故、教室を出た筈の彼女が戻ってきて彼に声をかけてきたのか。
「ど、どうしたんですか?」
「茶道部の部室に早瀬さんがいらして、志摩君が私を探していたと教えてくれたんです」
「真夏が?」
何と、幼馴染みの真夏が静にそう伝えたらしい。
それで彼女は教室まで戻ってきて、広海に声をかけてきたのだ。
因みに、早瀬とは真夏の名字である。
(何で彼女が………もしかして、僕の為に?いや、まさかな)
だが、今はそれについてじっくり考えている暇は無い。彼女がくれた機会を活かさなくては。
「あ、あの……!!」
「はい」
広海はさっと藍色のハンカチを取り出すと、静の前に差し出して見せた。
「これ、お返ししたいと思って……!!」
「これって、私の……」
静はゆっくりと差し出されたハンカチを受けとる。
そしてそれが自分のものだと気付いたようだ。
「遅くなってすみません。月ノ宮さんはもう覚えていないかもしれませんが、去年田舎で、雨の日に貸して頂いて一緒に駅にまで案内して貰って。
その、あの時は本当にありがとうございました!!」
緊張のあまりよく分からない文章になっているような気がしないでもないが、彼は一気に言い切って頭を下げた。
彼女は忘れていても構わない。ただ彼がお礼を言えればそれで良い。
「……はい、覚えてます」
「え?」
「あの時、木の下でお会いしましたよね」
「は、はい!」
しかし、何と彼女も覚えていた。
両手を併せる彼女に広海は顔を輝かせて嬉しそうに頷いてみせる。
「志摩君だったんですね。あの時は雨に濡れていたので分からなくて……すみません」
「い、いえ!
月ノ宮さんが謝る事では!!
一年以上前ですし、寧ろ謝るのは僕の方です!!」
広海だと気付かなかった事に対して、申し訳無さそうに謝る静。
だが、それは仕方がない事で彼は大袈裟な程首を横に振った。
ハンカチを返しそびれた自分が悪いのだから、謝るとは自分だと。
「クスッ」
「ハハハ……」
お互いがお互いに謝る事が少し可笑しかったのか、二人は笑いあう。
「では、しっかりと受け取りました」
「はい」
静はハンカチを丁寧に学生鞄にしまってちゃんと受け取った事を口にする。
広海もまた、それに対して安堵したように首を縦に振った。
「では志摩君、また明日」
「また明日、月ノ宮さん」
静は一礼すると、広海と別れて部室の方に向かっていく。彼女はまた茶道部に戻るのだろう。
(覚えててくれたなんて……僕は何て幸運なんだろう!!)
広海は午前中とは打って変わっての晴れやかな表情でスキップするかのように下駄箱に向かっていく。
「随分とご機嫌ねヒロ。
その様子だと、上手くいった訳ね?」
「真夏……」
すると、下駄箱には腕を組んで立っている真夏の姿があった。
その表情は関心無さげ、いや無理矢理関心無さそうに努めているといった感じだ。
広海は彼女の前に立つと、スッと頭を下げた。
「その、ありがとう。
わざわざ彼女を呼びにいってくれて」
「別にアンタの為じゃ無いわよ。月ノ宮さんがアンタのせいでいつまでもハンカチを無くしたままじゃ気の毒だと思っただけ」
「でも、ありがとう」
「………」
しっかりと頭を下げてお礼を言う彼を見て真夏は腕を組んだままプイッと視線を横にズラした。
「男の癖にすぐに頭を下げるんじゃ無いわよ……遠回しに馬鹿にされてる気分だわ」
「ええ!?」
そんな言葉に彼は慌てて頭を上げる。
「そ、そんな事ないよ!
僕は真剣にお礼を……」
「駅前のスイーツ屋『Fran』のショートケーキとモンブラン」
「はい?」
広海の言葉を遮るように真夏がピシャリ。
「それでお礼って事にしてあげる」
「え、いやあの……」
「行くわよヒロ」
ヒラリと背を向けると、黄色い髪をたなびかせ歩き出す真夏。
「ちょっと、待ってよ真夏!まだ僕良いなんて一言も……」
その後を急いで靴を履き替えながらも、慌てて追っていく広海。
彼はこの後、駅前のスイーツショップで真夏にショートケーキとモンブラン、加えてシュークリームを奢る事になるのであった。
何だか志摩君の方が主人公っぽいなと思う今日この頃です。
駿
「何故!?」
気が弱くて可愛らしい容姿の男の子。
憧れの女の子や気の強い幼馴染みとか、何かギャルゲーの主人公っぽくない?
駿
「いや、んな事俺に言われても……」
反面、覗きやストーカー容疑にかけられている上に毎日シスコン全開という性格の君はかなりサブキャラちっくな訳。
駿
「そういうキャラにしたのアンタでしょ!?」
まぁ確かに。
そんな話は置いておいて、今回は広海が持っていたハンカチの秘密と、広海の幼馴染みで理解者でもある真夏が登場しました。
前回の怜夜といい、今回の広海といい。静は学園のモブキャラの男子にもかなり人気ですが、正規キャラの男子にもかなり好意を寄せられてたりします。
なのでもし仮に誰かが彼女と付き合える事になったり、逆に彼女の好きな人が発覚しようものなら。
周りから嫉妬や羨望、激昂なんかもとんでもなく凄まじくて事実上死の宣告という事態に……
駿
「何で俺を見るんだよ?」
次回もよろしくお願いいたします!!
駿
「オイィィィ!!」