第23話 お礼は曖昧にせずしっかりと
今回は少し短めです。
内容はタイトル通りです。
主人公はちょっと損な役回りかもですが。
では、始まります!!
「やっぱりお礼って曖昧じゃなくてちゃんと言うべきだよな」
「はい?」
朝のHR前。
椅子に座っていた駿はいきなりそう口を開いた。
隣の晴香ははてなと首を傾げてみせる。
「だから、お礼っていう行為は曖昧なまま終わらせるのは良くないと思うんだ」
「話が抽象的過ぎて何の事を言ってるのか分からないけど、お礼はしっかりとするに越した事はないと思うよ?」
何の話をしているのかはさっぱりだったが、彼の表情は真剣だったので取り敢えずそう返した。
「うん、やっぱそうだよな……」
それを聞いた駿は再び一人頷き始める。
(ちょっと時間は空いちまったけど、今日ちゃんとお礼を言いに行こう。東雲さんに)
彼がお礼を言いに行こうと思っているのは、静と同じクラスメートの東雲藍である。
先週、彼女は静が生徒会に遅れる事をわざわざ駿に伝えに来てくれたのだ。
男性(特に年上)が苦手なのにも関わらず、だ。
その時は彼がお礼を言う前に逃げるように去っていってしまったので、ちゃんとお礼が言えて無かったのである。
たかがそんな事くらい、と思う人間は多いかも知れないが、そこで最初の彼のセリフに戻る訳だ。
(取り敢えず、一時限目が終わったら静の教室に行ってみよう)
そう思ったと同時に、教室の入口から担任の紗香が名簿片手に入ってくるのが見えたのだった。
第23話 お礼は曖昧にせずしっかりと
(っと、三年の教室は……)
一時限目が終わった15分の休み時間。
駿は中等部の校舎をてくてくと歩いていた。
(C組C組っと……)
校舎の三階まで上がり、目的地である三年C組の教室に向かっていく。
高等部の人間はここでは少し珍しいが、男子の制服には然程違いは無いのであまり目立つ事も無い。
(えーっと……)
さて、C組の教室の入口までやって来た彼は中の様子を窺う。
いきなり中に入るのは本人にも周りにも迷惑かもしれないと考えていた時……
「あれ?先輩?」
「ん?」
ちょうど知っている声がかかってきた。
振り返ると後ろの入口から柊奈が彼の元にやって来る。
「どうかしたんですか?
中等部の教室まで来るなんて」
「ああ、九条か。
ちょうど良い所に」
駿は良かったと彼女の方に顔を向けた。
「静ちゃんなら教室にいますよ?
呼んできましょうか?」
「あ、いや。静に用がある訳じゃ無いんだよ」
「?」
他にどんな用件があるのかと首を傾げる柊奈に彼は続ける。
「東雲さんなんだけど……」
「藍ちゃんですか?」
「ああ、今教室にいる?」
喧騒のする教室をそっと覗く。
中学生らしく男子生徒がドタバタとはしゃいでいて全体はよく見えない。
「藍ちゃんなら、今は部室に行ってますよ。
多分授業ギリギリに戻って来ると思いますけど。
伝えておきましょうか?」
「あ〜、そっか。
いや、大した事じゃないから良いよ。それじゃ」
「?」
怪訝そうな表情のままの柊奈を残して、駿はC組の教室の前を後にした。
・・・・・・・
二時限目の数学が終わり、再び15分の休み時間に。
駿は自分のクラスの教室を後にした。
前の時間は当人が居なかったので、今度こそ目的を達成するべく中等部校舎に向かって歩く。
「あ……」
が、目的地であるC組の教室に行く前に彼は藍を発見した。
彼女は幾つか教科書を持って、高等部と中等部を繋ぐ渡り廊下を歩いていたのだ。
「あ〜……東雲さん?」
「え!?あ、はい!!」
彼女の方に向かって歩いていくと、駿はトーンを抑えて声をかけた。
しかし、藍はビクッと必要以上に大きく肩を震わせて返事をする。
「あ、つ、月ノ宮先輩……」
「ああ、うん」
一歩下がって姿を確認すると、僅かにもう半歩下がった。
やはり男性は苦手のようで瞳もやや困惑しているよう。
何もしていないのに何だかいじめているみたいで、何故か若干罪悪感に苛まれながらも駿は話を進める事にする。
「えーっと、この間の事なんだけど……」
「あ……」
“この間”
そう言った所で彼女がハッとしたような表情になる。
「あの時はわざわ……」
「すみませんでした!」
「え?」
そうして駿の言葉を遮るかのように頭を下げられた。
「この間は、その、失礼な態度を……」
「あ、いやいや。
別にそんな事は……」
「い、いえ。本当にすみません……」
お礼を言おうとする筈が、向こうから先に謝られてしまう。
しかも必要以上に畏まられた感じで。
端から見るとこれはどんな状況なのだろう。
ふとそんな事を思い周りをチラッと横目で見る。
いくつかの女子生徒のグループが彼の方を見てヒソヒソと話していた。
訝しげな視線がいくつも彼に当てられる。
(………)
困惑したような反応や慌てて謝る美少女。
その前に平然と立つ駿が一人。
これではまるで、彼がしつこく藍に迫っているような絵面にしか見えない。
(参ったな……)
お礼を言うどころの状況では無くなっていた。
「あ、あの……」
「あ、ゴメン……」
おずおずと聞こえてくる藍の声に彼は顔を戻す。
「わ、私……次の授業の用意があるので、これで!」
「え、あ……」
かと思うと、彼女はペコリと一礼して逃げるようにその場から去っていってしまった。
「………」
再び失敗である。
周りの訝しげな視線をひしひしと感じながら、彼は仕方なく教室に戻る事にした。
・・・・・・
キーンコーンと鐘が鳴る。
三時限目が終了して、お昼休みが始まる合図だ。
「よし……!!
今度こそ!」
三度目の正直。
という訳で、駿はリベンジを果たすべく相也達の昼の誘いを断り教室を後にした。
お前は恋する少女かっ!!
とツッコミたくなるくらいの行動力である。
(って、何だかストーカーみたいだな俺……)
歩きながら気付く事。
いや、ちゃんとお礼を言う為に動く姿勢は敬意にも値するとは思うし本来はストーカーとは全く違うのだが、端から見ると後輩に付き纏うしつこい先輩のようだ。
(最悪な印象なんだろうなぁ……でも、ちゃんとお礼を言うと決めた以上それだけは遂行せねば)
妙な使命感にも激励されて、彼は首を振るとやや早足で歩き始める。
高等部から学食のある建物を通りすぎようとした時、向こう側から歩いてくる二人の女子生徒を発見した。
(いた……)
一人は柊奈でもう一人は藍だった。
彼はやや躊躇う心を圧して、二人の元に駆け寄っていく。
「東雲さん」
「「?」」
二人は駿に気付いて振り返る。
藍はすぐにオロオロとしながら視線を左右にさ迷わせた。
「あ、えっと……あの……」
「先輩って、ストーカーだったんですね」
反対に、柊奈が一歩前に出てジト目を彼に向けてきた。
「いや、違うって!」
「今朝も教室まで来ていたし、さっきも迫ってたって他のクラスの女の子が言ってましたし……
あまりしつこいとセクハラになりますよ?」
(せ、セクハラ!?)
必死に弁解しようとする駿だが容赦無くにじり寄る柊奈。
何だか初日に会った時の構図に似ている気がする。
「だから、俺はただお礼を言おうとしただけなんだって!!」
「「え?」」
しかし、その一言で二人は呆気にとられた表情で声を洩らした。
「お礼、ですか?」
「ああ、うん。
先週静が生徒会に遅れるって教えてくれたろ?
その時にお礼を言えなかったから、今日ちゃんと言おうって……」
不思議そうに首を傾げる藍に駿は一息いれて、そう返した。
それを聞いて思わず顔を見合わせる柊奈と藍。
「ふふ……」
「クスッ……」
二人は、軽く口元を緩めてみせた。
「?」
その反応に駿は訳も分からずポカンとする。
すると柊奈が彼の方に顔を戻した。
「先輩って本当に変わってますね。
今時、それだけの理由で律儀に何度も来る人なんていませんよ」
「あ、ああ……俺も軽くそう思い始めたトコだよ」
その言葉に彼はバツが悪そうに頭を掻くと、そのまま藍を見た。
「この間はありがとう。
おかげで助かったよ。
後、今日は迷惑かけて本当にごめん。お礼が言いたかっただけだから、もう近づいたりはしないように……」
頭を下げてお礼とそして謝罪をする。
しかし彼女は慌てて首を振った。
「違います!
今日のは、その、迷惑とかでは無いんです」
「え?」
駿にとって予想外の返答に顔を上げる。
「私、先輩を怒らせていると思って……それで申し訳無くて反応に困って……」
「怒らせてるって、どうして?」
「この間は話も聞かずに逃げてしまいましたから……」
駿はお礼を言うつもりで彼女と会おうとしていたが、彼女はその事で駿が怒っていると思いあんな困惑したような態度になってしまっていた。
つまりは勘違いという奴である。
「あ、ああ……そうだったのか。
大丈夫、そんな事は思ってもみないから」
「良かった……」
安堵するように胸に手を当てる藍。
彼女もそれだけ真剣に他人への気持ちを考えている、という事なのだ。
「でも、静からも聞いたけど男性は苦手なんだよな?
なのに何度も話しかけて迷惑を……」
「そんな事ありません」
また、ふるふるとかぶり振る藍。
「寧ろ、先輩は何だか違う気がするんです……
他の男の人とは違って話易いというか……」
「違うって……静の兄だから?」
またも思いもよらない言葉に思わず聞き返してしまう駿。
「それもあると思いますけど。他にも雰囲気というか……すみません、上手く説明出来ないのですが……」
言った本人自身もよく分かってはいないようだ。
ただ、何かが違うらしい。
「男子らしく無い性格とかじゃない?今回の女々しい行動みたいに」
グサッ!!
柊奈の言葉が彼の胸に突き刺さった。
「………あ、うん。そういう事ね。なるほど。
情けないもんな、はは……」
「ち、違います!
そんな事無いですから!」
落ち込んで体育座りをしようとする駿に慌ててフォローを入れる藍。
「冗談ですから先輩。
そんなに真に受けないで下さい」
柊奈もため息混じりも少し可笑しそうにそう言った。
「冗談のトーンじゃ無かった気がするんだけど」
「八割本気ですから」
「二割だけかよっ!!」
飽くまでフォローは未完成、というか土台無しだった。
そんなやり取りを聞いてクスクスと笑う藍。
取り敢えずちゃんとお礼も言えたので、今回は一件落着という事で。
因みに駿が教室に戻ると……
「裏で聞いたぞ駿!
お前静ちゃんという美少女がありながら、後輩にアタックしてるって本当か!?」
「違ぇ……」
この相也の誤解を解くのに駿は昼休み全てを労したという。
お礼はしっかりと本人の口で伝える事が大切ですよね。
今回は駿は少しだけ損な役回りでしたが、この話も後々の藍のキャラクターエピソードで大切な出来事になるので。
更新はまったりしている最近ですが、今後ともどうか月ノ宮家の諸事情をよろしくお願いいたします!!