第13話 地下水道の噂
タイトル程の内容ではありませんが、第13話です。
相変わらずのヘンテコな内容ですが、よろしくお願いします。
闇。
漆黒の闇が永遠と広がり、千切れ千切れになった雲が星をも隠す深夜。
汐咲市の東の方、学園の近くに流れる小さな小川。
その側の小高い道を歩くスーツ姿の男性がいた。
「ふぅ……」
男性は息を吐いて立ち止まる。
眼鏡をかけていてやや白髪が目立ち始めた中年くらいの男性。
会社帰りだろうが電車を乗り過ごしたのか、疲れた表情でとぼとぼと歩いていく。
一昔前のサラリーマンにありがちな光景だ。
「……ん?」
道を歩いていく男性は不意に立ち止まる。
川の流れる先、下の方から低い呻き声のようなものが聞こえてきたのだ。
男性は首を傾げると、興味本位か道からそれて下の方に下っていく。
彼の視線の先には人が悠々入れる程の大きな空洞、地下水道があった。
高さは両手を伸ばしても十分足りる位で、奥は漆黒の闇に包まれており30cm先すら何も見えない闇が広がっている。
この中から先程の音が聞こえてきたのか。
男性は訝しげに地下水道の前まで来ると、暗闇な奥を覗きこもうと……
『ゴオォォォォォォ……!!』
「ひぃ!?」
先程とは比べものにならない唸り声のような音が生暖かい風と共に男性の全身を襲った。
男性は裏返った声で悲鳴を上げるとその場に尻餅をついてしまう。
「っ……!!」
彼はそのままずるずると後退り、一目散に地下水道の前を後に駆けていった。
『………』
洞穴は今の出来事が嘘のように静かに闇に溶け込んでいるのだった。
第13話 地下水道の噂
ピーピーと電子音やガガガという機械音が鳴り響く秘密基地のようなスペース。
いや、どちらかというとロボットアニメに出てくるオペレーター施設のような空間。
「大変です!!
センター08からの連絡が途絶えました!!」
「そんな!!
このままでは地球が滅亡するのは時間の問題ですっ!!」
ある機械の前に座っていたオペレーターのような女性二人がそう口にして立ち上がる。釣られるように他のオペレーターのスタッフ達も立ち上がり振り返った。
「隊長っ!!
もう決断の時です!!」
「「「隊長!!」」」
彼等の視線の先にはオペレーター室の一番中心にある高い椅子。
その椅子に一人の青年が渋い表情で座っていた。
「………」
黒髪で琥珀色の瞳の青年、月ノ宮駿だった。
格好は軍人のような白い服装で胸にはへんてこなバッジが付いている。
(この決断が……世界を滅ぼすか救うかを分ける……カツ丼か親子丼か、この世界を担う選択が委ねられたんだ……!!)
色々とツッコミ所があるが敢えてスルーしておこう。
彼は暫く考えるようにギュッと目を閉じたかと思うと……
「決めたぞ!!
晩御飯は………親子丼でいこう!!!」
バンっと椅子から立ち上がってそう叫ぶ。
「“親子丼”だって……?」
「何てこった……
流石は隊長だっ!!」
「これで地球は救われるわ!!」
駿のその言葉に驚愕したように目を見開く男性スタッフ、感嘆の声を洩らす男性オペレーター、胸に手を当てて涙を流す女性スタッフやオペレーター。
「「「万歳ーーーっ!!
万歳ーーーっ!!」」」
そして一気に歓喜にのまれるオペレーター室。
そして対して、満足気な笑みを浮かべて右手を掲げる駿。
もう何が何やら……
馬鹿の一言に尽きる光景だった。
と、次の瞬間……
「ミヤミヤーーーっ!!
放課後だよ!!」
いきなり声が響いてきて今の光景はすべて無くなり真っ暗に。
「うおっ!?」
ガタンと机が揺れる音と間抜けな声。
生徒達の姿も見えず、ガランとした一年A組の教室で月ノ宮駿は目を覚ました。
「もう、ようやく起きた〜」
「……?」
彼が目を擦りながら横を見ると、鞄を片手に彼を見つめる晴香がそこにはいた。
「あ、悪い……寝てたか、俺」
「五時間目からぐっすり。
何か変な寝言呟いてたよ。カツ丼か親子丼か、とか………どんな夢見てたの?」
軽く頭を振って尋ねる駿に彼女は呆れたように返す。
「ああ。確か地球が滅亡寸前まで追い詰められて、カツ丼にするか親子丼にするかの選択が俺に委ねられたんだが、そこで親子丼を宣言した俺は一躍世界を救った英雄になったという……
(っつか、言ってて俺も訳分かんなくなってきたぞ……どんな夢だよ今の)」
今しがた見た光景について彼は語っていくが、途中で自分自身も内心首を傾げてしまう。
当人がこんな状態になるお話だ、無論晴香は……
「ミヤミヤ……病院に行くなら案内するよ?」
(ああ、優しさが胸に痛い……)
不安そうにそう尋ねていた。明らかに頭が変な人に見られたと、駿は心中でガックリとする。
まぁ元々頭がおかしい奴なのであまり気にする事は無いと思うが。
「ところで」駿は驚いたように辺りを見回す。
寝ぼけていて話を聞いていなかったのか。
「起こしてもミヤミヤぐっすりだったから、花ちゃんが寝かせとけって」
「言われてみりゃ五時間目の途中から記憶が定かじゃないな……」
晴香の言葉を聞いて額に手を当てる駿。
現国の授業をバッチリ寝てしまったようだ。
「ゆっ君やしのっちも起こしてたけど、あまりにも気持ち良さそうに寝てたから起こすのが可哀想になって」
(変な夢しか見てなかった気がするけどな……)
あの夢のどこに気持ち良さそうに寝ていられる要素があるのか。
この男の感性はとことん謎である。
「私も帰るつもりだったんだけど、さっき正門でミヤミヤを探している静ちゃんに会ったから、起こしてきてあげたんだよ〜」
「そっか、それは悪かったな。ありがとう」
どうやら晴香は帰宅途中に静と会ったらしく、わざわざ駿を起こしに戻ってきてくれたようだ。
「静ちゃんは少ししたらこの教室に来るって。
だから、その跳ねた髪と赤く跡がついた頬直しといた方が良いよ」
「ん、ああ……」
言われた通り、彼の髪の右上の方が少し跳ねていて左頬にも机で寝ていた為か
「それじゃあ、私はこれで」
「ああ、起こしてくれて助かったよ」
「ううん、気にしないで。
また明日ね!」
彼の礼に晴香は手を振って明るく笑うと教室を出ていった。
彼女が出ていった扉を見つめながら駿は……
(うーむ……
何故俺は親子丼を選んだんだろうか……)
どこまでも馬鹿だった。
「兄さん?」
「?」
そんな風に暫く全く無駄な事を考えていると、扉の向こうからそんな声が聞こえてくる。
振り向くと、教室の入口から静が入ってきていた。
「静」
「おはようございます、兄さん」
安心したように笑顔になる駿に対して、少し困ったようにため息をついてそう返す静。
「天城先輩から聞きましたよ、五時間目から寝ていたって」
「あ、ああ……
まぁちょっと、な」
そういえば晴香が彼女と会ったと言っていたが、その時だろう。
ダメですよと注意するように彼女が言うと、彼は頬を掻きながら曖昧な表情で誤魔化そうとする。
まったく何というか、どちらが年上か分かったものでは無い。
「クスクス」
「?」
と、駿の顔を見た静は一転して可笑しそうにクスリと笑みを溢した。
「兄さん、跡が付いてます。頬に赤くて大きな」
「あ……え?」
駿は慌てて頬を擦ってみるが自分では分からない。
というか、さっきも同じ事を晴香にも言われていたなと思い出す。
「それと髪も跳ねてます。もう、本当にぐっすり寝てたんですね」
「あ、ああ。悪い」
再び少し困ったような表情で彼を見つめる静。
彼は謝るとぴょこんと跳ねていた髪を直す。
「私の前では構いませんけど、人前ではもう少ししゃんとして下さいね、兄さん」
「はい……」
妹に注意される何とも情けない兄。
少しは反省したのかと思いきや……
(いやしかし、こういうちょっと怒った表情の静も物凄く可愛いな……
もし俺が同じクラスメートなら間違いなく惚れるね、うん)
案の定、相変わらずのシスコンだった。
反省の色ゼロである。
「それと、今日の放課後から生徒会というお話だったんですが……」
(あ、そういやそうだったな……)
言われて気が付いたとでも言うかのように
「先程もみじ先輩にお会いしたのですが、今日は急用が出来たので明日からにと」
「あ、そうなんか」
どうやら生徒会は会長の用事により明日からとなったらしい。
まぁこんなだらしない格好のまま生徒会室に行くのもどうかと思うので、ちょうど良かったのかもしれない。
「静はこの後何か予定はあるのか?」
「いえ、今日は特に」
「んじゃ、一緒に帰るか」
「はい」
駿がそう言うと、静は微笑んで頷いてみせた。
多分彼女もそのつもりでこの教室にやって来たんだろう。
こうして二人は一緒に下校する事にした。
*
「兄さんは部活とかには入らないんですか?」
「う〜ん……部活ねぇ」
二人はいつもの住宅街の帰り道では無く、少し遠回りとなるが隣に小川の流れる小高い道を歩いてた。
たまには街でも見ながら帰ろうという静の提案だ。
「運動系は大変そうだしなぁ……
あ、美術部とかどうだろう」
「美術部?」
いきなり飛び出してきた予想だにせぬ単語に小首を傾げる静。
構わず彼は続ける。
「ああ。突如美術部にやって来た転校生の男子生徒。おしとやかな美術少女達に囲まれて始まる学園ラブコメみたいな展開に……」
「………」
「いや、冗談だけどさ」
みるみるジト目になる静に慌てて駿は冗談だと付け足す。
「冗談に聞こえませんでしたけど……」
「まぁ我ながら馬鹿な発言だとは言ってて思ったけど」
一体何の話をしているのか。
自覚がある発言のあたりを考えると本当に冗談だったようだ。
「それに、そんな可愛い女の子達に囲まれるより今の方が遥かに嬉しいからな」
「え?」
「いつも、こうして隣に並んで一緒にいてくれるのが静だからさ。それに敵うような状況はそう無いだろ」
小首を傾げた彼女に、頬を掻きながらもいつも通りのシスコン発言をする駿。
確かに、隣に彼女のような美少女がいてくれるのはとても嬉しい事なのだろう。
「………」
それを聞いた静は顔を俯かせて黙り込んでしまった。
よく見えないが彼女の顔はかなり赤くなっているようだ。
「静?」
「………」
「おーい」
「………」
呼び掛けても前で手を振っても反応しない。
仕方がないのでポンと彼女の肩に手を置いてみた。
「きゃ!?」
すると小さな悲鳴をあげて彼から離れた。
「えっと、静?
大丈夫か?何か……」
「な、何でもありません……!!」
「いやでも、顔赤いし……具合でも悪いんじゃ」
そんな様子を見て彼は心配そうに声をかけるが、彼女は赤く染まった頬のままふるふると首を振ってそくさく歩き始めてしまう。
「ちょっ、静?
どうしたんだよ?」
「知りません……!!
兄さんのばか……」
と言いつつも、口元は薄く緩んでいた事は彼女しか知らない。
さて、そんな感じで再び家に向かって小高い道を歩いていく二人。
暫く足を進めていると……
「?」
下の方に流れる小川の方をふと見つめて足を止める静。
「どうかしたのか?」
「いえ……」
駿も立ち止まって尋ねるも、彼女は曖昧に首を傾ける。かと思うと下の方にゆっくりと降りていった。
そうして小川に沿って歩いていくと、横に大きな空洞があるのが見えてきた。
「………水道?」
そう、地下水道だ。
人が悠々入る事の出来る大きさの穴で、昼間なのに奥は真っ暗な闇に包まれている。
暗闇はどことなく不気味で外の空気をまるで吸い込んでいるかのように嫌な風を送ってくる。
「………」
その空洞の奥を見据える静。いつもと違い瞳は細められ鋭い。
「………気配を感じるのか?」
「いえ、確かではないのですが………少し」
その表情に気付いた駿はそっと尋ねると、彼女は小さく首を縦に。
どうやら彼女はこの水道の奥に微弱だが何らかの気配を感じ取ったようだ。
「あ……」
「?」
と、不意に彼は何かを思い出したように声をあげた。
「そういや今朝、クラスの女子が話しているのを聞いたな……
何か通学路の地下水道から夜な夜なうめき声がするって噂があるとか何とか……」
「うめき声?」
「まぁ、そん時は女の子が好きそうな噂話程度で聞き流してたけど……」
確かにそういう話で盛り上がる女子校生は多そうだ。朝のクラスの風景にはありがちかもしれない。
とはいえ、静がそういった類いの気を感じたような様子を見るに……
「もしかして噂が……」
「分かりません。
ですが見過ごす訳にもいかないので……」
彼女は一旦首を振るももう一度水道の奥を見つめて
「今夜、念のために動いてみます」
「………分かった」
その言葉に駿は少し間を開けてゆっくりと頷いてみせた。
水道前を後にして再び道に戻る二人。
駿の方は先程とは打って変わりあまり浮かない表情だ。
「兄さん?」
「え?」
それに気付いた静は心配そうに声をかけた。
「ああ、悪い。
明日の授業の事でちょっと考え事を……」
慌てて首を振ると駿はすぐに浮かない顔をいつも通りに平静を保って答えてみせた。
「…………」
何事もなければ良い。
そう思う彼の気持ちを知ってか知らずか、見上げた空はやけに青く澄み渡っていた。
悠一
「今回は何だか不安な終わり方でしたね。
地下水道の話は次回に続きそうです」
八雲
「駿君と静ちゃんのお仕事の話ね〜
でも駿君は少し浮かない表情だったわね。どうしてかしら?」
悠一
「それはまた次回以降、ですね。
次回はバトル展開になると思いますよ」
八雲
「それにしても、駿君は面白い夢をみていたわね〜」
悠一
「睡眠中に見る夢とは、人間が心の中に持つ願望、又は直前の願望の表れとされる説もありますからね。
きっと彼は寝る前にカツ丼と親子丼のどちらかを食べたいか迷っていたのかもしれませんね」
八雲
「あら、それにしては随分とかけ離れた内容だったわよ?」
悠一
「それはまぁ、夢ですから」
八雲
「それもそうね〜」
悠一
「では、今回はこの辺で。次回もよろしくお願いしますね」