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竜殺しの英雄  作者: しんや
第1章 『火の精霊王』
6/22

第6話 新たな仲間

「あの野盗たち、いなかったな……」


 今は『桜花』に向かう途中の森の中で、夕食の準備中だ。

 ここに来る途中、野盗たちに襲われた場所に立ち寄ってみたが、野盗たちの姿は無かった。


『そうですね。でも、魔獣に襲われた形跡もありませんでしたので、誰かが冒険者ギルドに知らせて連行されたか、自力で逃げたのでしょう』

「一応、『桜花』に着いたらギルドで聞いてみるか。どの道、素材の換金をしに行くことだしな」


 そんな事を話している内に、料理が出来上がったようだ。


「美味そうだ。早速食べよう」


 今日の夕食は『炎皇狼の肉』を使ったステーキだ。

 初めて食べる食材なので、どんな味がするのか楽しみだ。


「う、美味い!!」


 一口食べた瞬間、俺はその美味さに叫んでしまった。

 牛肉とも豚肉とも鶏肉とも違う、何とも表現しようのない味だが、滅茶苦茶美味い。

 俺は一心不乱に、ガツガツとステーキを平らげていく。


「美味かったぁ~」

『満足しましたか、マスター?ステータスを確認してみると、さらに驚かれると思いますよ』


 ラグにそう言われたので、ステータスを確認してみると――


「AGIだけじゃなく、STRも上がってる!?」


 何と、AGIが15、STRが10も上がっていた。


「これは驚いたな。AGIが上がるのは予想していたが、STRまで上がるとは……しかも、この上昇値は何だ……」


 AGIだけでも『炎狼の肉』の3倍だ。


『かなりレアな食材ですからね。このくらいは当然です』

「これほどの物が手に入るなら、あいつとまた闘うのもありだな」

『……本当にマスターは素材が絡むと、人格が変わりますね』

「そこまで酷くはないだろ……」


 ……これくらいは普通のはずだ。

 ついでにレベルアップしていたので、ポイントを割り振っておく。

 今回は3レベル上がっていた。


「さて、どのステータスを上げようか……」


 少し悩んだが、結局HP、MP、SPに10ポイントずつ割り振ることにした。

 これでHP、MPは33000に、SPは16000になった。

 ポイントの割り振りが終わったので、デザートの果物の皮をナイフで剥いていく。

 ちなみにこの果物、見た目と食感は林檎だが、味はバナナという変わった物だ。

 まぁ、美味いから別に構わないが。

 果物を食べ終わり、皮剥きに使ったナイフや剥ぎ取りに使った多目的ナイフを布で拭いていると――


「……あぁ、風呂に入りたい」


 思わず、呟いてしまった。


『……以前にも言いましたが、この世界に風呂に入る習慣はありませんので、無理です』

「……わかってるよ。いっそのこと作るか」


 これまでは濡らしたタオルで体を拭くだけだったが、もう限界だ。

 それに『炎皇狼』との闘いで、血塗れになってしまったので、拭いただけでは何か落ち着かない。


『作るって何処にですか……』

「それが問題だよな……」


 これから色々な国を旅するのだ、一々風呂に入るために戻る訳にもいかない。


「……やっぱり無理か」

『……マスターは体を清潔に保つことができれば良いのですか? それなら、そのような効果の魔術がありますよ』

「何!? そんな魔術が在るのか? 教えてくれ。……一応聞いておくが、上級精霊魔術とか言わないよな?」


 上級精霊魔術なら、俺には使えない。


『大丈夫ですよ。聖属性下級魔術ですから』


 良かった、それなら俺にも使うことができる。


「じゃあ、教えてくれ」

『はい。『浄化ピュアリフィケイション』です。マスターなら【無詠唱】があるので、呪文は要らないでしょう』


 さっそく使ってみるか。


「『浄化ピュアリフィケイション』」


 すると、足元から真っ白な炎が噴き上がり全身を包む。

 熱さは感じず、むしろ心地良いくらいに暖かい。

 炎が収まったので、服を脱いで体を見てみると、取り敢えず見える範囲は綺麗になっている。

 しかも、外套に付いていた血の染みまで無くなっている。


「驚いたな。これは便利だ」


 どうして今まで教えてくれなかったんだ――と思ったが気にしないことにしよう。


『どうですか?』

「気に入ったよ。これなら迷宮でも使えるし、洗濯をする手間も省ける」


 でも、やっぱり風呂に入りたい気持ちは変わらないがな……


『それは良かったです。それと、そのボロボロのシャツは替えないのですか?』


 ……すっかり忘れていた。

 装備ウィンドウを開き、シャツを新しい物に替える。

 手に持っていたボロボロのシャツはインベントリには入らず、光の粒子になって消える。

 どうやら、耐久値が無くなってしまっていたようだ。


「シャツが1枚減ってしまったな」


 まぁ、また作れば良いか。

 まだ素材は残っているし。


『それでは、そろそろ休みますか?』

「そうだな」


 明日には『桜花』に戻れるだろう。

 そんなことを考えながら、眠りに就いた……




「何か久しぶりだな。出発してから、そんなに日は経っていないのに」

『そうですね。ここを出発してから、10日程です』


 もうそろそろ陽が沈もうかという頃に、『桜花』に戻ってきた。


『それで、どうされますか? ギルドに行きますか? それとも今日は休んで、明日にしますか?』

〈う~ん、そうだな……先に宿屋で予約してから、ギルドに行くか〉


 ギルドに行っている間に、宿屋の部屋が埋まってしまったら目も当てられない。


『それではマスター、何処の宿屋にしますか?』

〈この前泊まった『ソルンの導き亭』で良いだろう。飯も美味かったしな〉

『わかりました。それでは行きましょう』


 そして、俺は『ソルンの導き亭』に向かって歩いていった。




 しばらく歩くと宿屋が見えて来たので中に入ると――


「いらっしゃい。――あぁ、あんたかい。しばらく見てなかったけど、無事だったんだね」


 この前と同じおばちゃんが出迎えてくれた。


「迷宮に行っていたので……それで部屋は空いてますか?」

「あぁ、空いてるよ。何泊するんだい?」


 すぐに迷宮の攻略に戻るので、1泊で良いか。


「この前と同じ、1泊2食付きでお願いします」

「わかったよ。食事は夕食と明日の朝食で良いのかい?」

「はい。それでお願いします。それとこの後ギルドに行くので、夕食は帰ってきてからでお願いします」

「それじゃあ、戻ってきたら食堂に来ておくれ」

「わかりました。料金はこの前と同じですか?」

「あぁ、6000ティルで前払いだよ」

「それじゃあ、これで」


 迷宮で幾らかは手に入れているので、このくらいなら払える。

 6000ティルを取り出し、カウンターに置く。


「ちょうどあるね。部屋は201号室だよ。鍵は帰ってきてから渡すよ」

「わかりました。それではギルドに行って来ます」

「あぁ、行っといで」


 おばちゃんにそう言い、俺はギルドに行くために宿を出た。




 ギルドには相変わらず多くの冒険者たちがいた。


「ロゼさんはいますか?」


 俺は買い取り受付にいた、ギルド職員のお姉さんに尋ねた。


「ディーン様ですね? マスターより話は聞いております。一応確認のため、カードをお願いします」

「わかりました」


 俺はインベントリからカードを取り出し、お姉さんに手渡す。


「確認いたしました。それでは呼んで来ますので、あちらの部屋で少々お待ち下さい」

「わかりました。ありがとうございます」


 俺はお姉さんに礼を言い、指示された部屋に入ってしばらく待っていると――


「お久しぶりですね、ディーン様」


 挨拶をしながら、ロゼさんが部屋に入ってきた。


「ロゼさんも久しぶりですね。それで、素材の買い取りをお願いしたいのですが」

「わかりました。その台の上に出して下さい」


 ロゼさんはそう言いながら、マスクを着けた。

 相変わらず綺麗な女性ひとだな。

 そんなことを思いながら、インベントリから『精霊石』を含めた素材を取り出し、台の上へと置いていく。

 どんどん台の上のスペースが埋まっていく。


「……ディーン様、後どのくらいあるのですか?」

「まだ半分くらいなんですけど……」

「…………そうですか。では、置き切れない物は、床にでも置いて下さい」


 ロゼさんの機嫌が若干悪くなった気がする……


『それはそうでしょう。これほどの量を鑑定するのは大変でしょうしね』

〈うっ……それは気がつかなかった〉


 でも、仕方ない。

 今更、やめる訳にもいかない。


『お金も必要ですしね』


 ロゼさんには気の毒だとは思うが、素材を取り出し床にも置いていく。


「え~、これで全部です……」


 『精霊結晶』を除く、迷宮で入手した素材を全て出した。


「わかりました。少し時間がかかりますので、お待ち下さい」

「何か、すみません……」

「お気になさらないで下さい」


 俺はロゼさんに謝り、部屋を出た。

 時間を潰すために、依頼を見ようと思ったからだ。


〈相変わらず、多くの依頼があるな〉


 迷宮に行くついでに達成できそうな依頼を探していると――


〈おっ、ソファラさんからの依頼がある〉


 ソファラさんが出している依頼を見つけた。


『受けてみてはいかがですか、マスター?』

〈あの人には恩もあるしな〉


 そう思い、改めて依頼内容を確認してみる。


「おいおい……」


 あの人はなんて物を依頼するんだ……

 依頼は『マンドラゴラ』の採取だ。

 『マンドラゴラ』は非常に貴重で珍しい薬草だが、採取に失敗すると凄まじい叫び声を上げる特徴がある。

 しかも、その叫び声には即死の効果がある。

 さらに、叫び声には魔獣を引き寄せる効果もあるので、運良く即死を免れても魔獣に襲われるという厄介な薬草だ。

 その所為か、依頼の発行日はずいぶんと前だ。


『これでは誰も受けないでしょうね。しかし、マスターなら採取も可能なのでは?』

〈確かに可能だが、俺でも成功率は75%くらいだぞ〉


 失敗しても『アイギス』があるので即死効果は無効化されるが、魔獣を呼び寄せる効果はどうにもならない。


『大抵の魔獣なら大丈夫でしょう? それに『マンドラゴラ』は採取に失敗しても、それ自体が駄目になる物ではなかったはずですが』


 ラグの言う通り、たとえ失敗しても『マンドラゴラ』自体は採取できる。

 それに、魔獣も何とかなるだろう。


〈わかったよ。この依頼を受けよう〉

『わかりました。『マンドラゴラ』は『火の精霊王の迷宮』の火山の上層に生えていたはずです。その点でもちょうど良いですね』


 俺はソファラさんの依頼が書かれた紙をボードから取り、受付に持っていく。


「この依頼を受けたいのですが」

「こちらの依頼で本当に宜しいのですか? かなり危険なものとなりますが……」


 やっぱり、この依頼を受ける人はいないんだな。


「ええ、構いませんよ。ソファラさんは、個人的な知り合いでもありますし」

「ディーン様なら大丈夫だとは思いますが……わかりました。ただし、達成できない場合は違約金などのぺナルティがありますので、お気をつけ下さい。それでは、カードをお願いします」


 インベントリからカードを取り出し、お姉さんに渡す。


「確認しました。ギルドとしても、その依頼を受けて下さって助かります」

「任せて下さい。必ず成功させますよ」


 そんなことをしていると――


「ディーン様、鑑定が終わりました。先程の部屋までお越し下さい」


 鑑定を済ませたロゼさんが呼びに来た。


「わかりました。すぐ行きます」

「それではディーン様、その依頼を宜しくお願い致します」


 お姉さんに軽く手を振り、ロゼさんと一緒に部屋に戻る。


「依頼を受けられたのですか?」


 部屋に戻る途中で、ロゼさんに尋ねられた。


「はい。知り合いの出していた依頼があったので」

「お知り合いですか……?」


 ロゼさんは少し訝しげだ。


『当然でしょう。マスターはこちらの世界に来て、まだ日も浅いですしね』

「ええ、こちらに来たばかりの頃にお世話になったので、少しでもその恩を返せればと」

「そうだったのですか。ちなみにどのような依頼なのです?」

「『マンドラゴラ』の採取です」

「…………あなたには、驚かされることばかりですね。ということは、ソファラ様の依頼ですね」

「やっぱり、有名な人なのですか?」

「ソファラ様は優秀な薬師くすしですし、何よりその依頼は発行されてから、今まで達成されてませんからね。ギルド職員なら誰でも知っていますよ」

「そうだったんですか」


 やっぱり、ソファラさんは有名だったんだな。


「それでは、鑑定結果をお伝えしますね」

「お願いします」

「全部で60万ティルになります。これは中級の冒険者が1年で稼ぐ額ですよ。一体、何処の迷宮に行っていたのですか?」


 かなりの額になったな。

 まぁ、小さいのも含めると『精霊石』だけで数百個はあったからな。


「『炎竜の迷宮』と『炎皇狼の迷宮』ですよ」

「……たった10日ほどでその2つの迷宮をクリアしたのですか? その迷宮はかなりの難易度で、上級の冒険者でも必ずパーティを組んで攻略するのですが……」


 まぁ、普通はそうだろうな。

 ソロで行くのは、メリットよりデメリットの方が多いからな。


『マスターだからこそ、できることですね』

〈リシェルたちはどうだったんだ?〉

『彼女たちもパーティを組んでましたよ』

〈そうだったのか〉


 パーティか……

 俺も少し考えてみるかな……

 そんなことをラグと話していると――


「ディーン様、この後お時間はありますか?」

「……? 宿屋に帰って休むだけなので、時間はありますよ」

「それでは一緒に食事でもどうですか? 迷宮の話や、ディーン様のことを聞いてみたいのですが……」


 ……マジで?

 こんな美人から誘われてるのか?


『食事に、ですけどね……』

〈……わかってるよ。それくらい〉

「駄目ですか……?」


 俺がラグと話していたのを、ロゼさんは断る口実を考えてると思ったらしい。


「全然構いませんよ!! 俺で良ければ、是非」

「それは良かったです。もう少しで私も仕事が終わりますので、しばらく待っていてくれませんか?」

「良いですよ。ギルドで待ってます」


 俺の返事を聞くと、ロゼさんは部屋から出ていった。

 彼女を待つなら、いつまででも待てる。


『…………』


 ラグから呆れたような気配がするが、気にしない。

 この部屋にずっといるのもアレなので、俺も部屋から出ることにする。

 受付の近くにある椅子にでも座ってるか。

 そこならロゼさんも見つけやすいだろう。

 手持ち無沙汰なので、特に汚れてもいないがナイフなどを手入れ用の布で拭いていく。


〈なぁ、ラグ。俺、この街のレストランとか全く知らないんだが、何処か良い所知ってるか?〉

『……私が知っている訳ないでしょう。そもそも、宿屋の食事はどうするんですか?』

〈忘れてた……どうしようか……キャンセルとかできるのか?〉

『別にキャンセルしなくとも、宿屋で食事すれば良いじゃないですか』


 何か機嫌悪いな……

 どうしたんだ?


〈何で怒ってるんだ?〉

『別に怒ってはいませんよ。呆れているだけです』

〈じゃあ、何で呆れてるんだ?〉

『マスターは女性に甘過ぎます。ロゼさんがそうとは言いませんが、悪意があったり、利用するために近づいてきたのだとしたら、どうするんです?』

〈誰にでもは、心を許したりはしないさ〉

『……どうですかね。相手が綺麗な女性なら、すぐに許してしまいそうですけど……』

〈おまえは、俺を何だと思ってるんだ……〉

『この世界には善人ばかりではないのですから、本当に気をつけて下さいよ』

〈俺の世界だってそうだよ〉

『わかっているなら、構いませんが……』

〈ラグは心配性だな〉

『このくらいでちょうど良いのです』


 まぁ、そうかもしれないな。

 ナイフの手入れが済んだので、ついでにラグも鞘から抜いて拭いていく。


『何ですか? ご機嫌取りですか?』

〈何で、俺がラグの機嫌を取らないといけないんだ。ついでだよ、ついで〉

『それなら構いませんが。手入れをされるのは嫌いじゃありませんしね』

〈何だ。ラグも手入れして欲しかったのか? それならもっと早く言えば、毎晩手入れしてやったのに〉

『私は、特に手入れの必要はありませんからね。でも、マスターが良ければして下さい』

〈良いよ。そんなに手間がかかる訳じゃないしな〉


 日課に『ラグの手入れ』も足しておかないとな。


「お待たせしました、ディーン様」


 そんなことをしている内に、ロゼさんがやって来た。


「それほど待っていないので、気にしないで下さい」


 俺はラグを鞘に納めつつ、立ち上がった。

 ロゼさんはギルドの制服とは違う、パンツルックのスーツのような装いだ。

 ロゼさんの雰囲気に合っていて、良く似合っている。


「その服、良く似合ってますね」

「お世辞でも嬉しいです。それで何処に行きますか?」

「俺はこの街のことをまだ良く知らないので、ロゼさんのお勧めの所で良いですよ?」

「私もあまりそういうところに詳しくはないので、ディーン様のお泊りの宿屋の近くにあるところで良いですよ」

「俺が泊まっているのは『ソルンの導き亭』です。知っていますか?」

「知っていますよ。食事が美味しいことでも有名なので、そこにしましょう」

「わかりました。それじゃあ、行きましょうか。あっ、あと『様』は付けなくて良いですよ。何か、恥ずかしいですし」

「わかりました。それでは行きましょう、ディーンさん」


 そう言って、俺とロゼさんは『ソルンの導き亭』へと歩いていった。




 『ソルンの導き亭』に着くまで、かなりの注目を浴びた。

 そのほとんどが、ロゼさんを見る男達からの物だったが、俺と目が合うと皆、目を逸らしていった。


『マスターの顔は中々怖いですからね』

〈うるさい。気にしてるんだから言うなよ〉

「やっと帰ってきたね。おや、ロゼちゃんじゃないかい」


 中に入ると、おばちゃんが声をかけてきたが――


「知り合いなんですか?」


 俺はロゼさんとおばちゃんの2人を見ながら尋ねた。


「あぁ、この子が冒険者だった頃に良く泊まりに来てたからね。今日はどうしたんだい?」

「あの頃はお世話になりました。ディーンさんと食事に来たのですよ」


 ロゼさんは元冒険者だったのか……


「へぇ、あんたがこの坊やとねぇ」


 坊やって……

 俺は20歳を超えてるんだが……


「食堂はまだやっていますよね?」


 ロゼさんは、おばちゃんに言われたことを特に気にした様子もなく、尋ねている。


「やってるよ。すぐに行くから、先に行って少し待ってておくれ」


 そう言って、おばちゃんはカウンターの奥へ入っていった。


「それじゃあ、行きましょうか」

「そうですね」


 食堂へ行き、しばらく待っているとおばちゃんがやって来た。


「それで、何にするんだい?」

「ディーンさんはお酒は飲めますか?」

「飲めますよ」


 ジェラルドさんと飲んだ時にほとんど酔わなかったので、大丈夫だろう。


「それでは、お酒と料理を適当にお願いします」

「わかったよ。しばらく待ってな」


 ロゼさんの注文を聞き、おばちゃんは奥へと入っていった。

 もう食事をするには少し遅い時間なので、食堂にはそれほど人は居ない。


「ロゼさんは冒険者だったんですね」

「もう10年も前の話ですよ。でも、だからこそディーンさんに興味を持ったのかもしれませんね」


 10年前!?

 ロゼさんは一体いくつなんだ……

 流石に直接訊く訳にはいかない。


『マスター、『エルフ』や『ダークエルフ』は長寿なので、寿命は500年ほどですよ。私が見たところ、ロゼさんは100歳くらいです。まぁ、人でいうとマスターと同じくらいです』

〈そうなのか。俺が知らない事は、まだまだあるな〉

「失礼かもしれませんが、ロゼさんはどのランクだったんですか?」

「私のランクは『A+(Aプラス)』でした。ディーンさんから見れば、大したことはありませんね」


 『A+(Aプラス)』は次のランクがSランクという、かなりの高ランクだ。

 しかも、今この世界にSSダブルエスは俺しかいないので、実質、上から2つ目のランクだ。


「充分高ランクですよ。何故、冒険者を辞めてしまったのですか?」

「自分の力に限界を感じてしまったから、ですね。昔、『炎竜の迷宮』に行った時に痛感しました」

「そうだったんですか……」


 何か、悪いことを訊いてしまったな。


「まぁ、私のことは良いんです。それより、ディーンさんのことを教えて下さい」

「と言われても、何を知りたいんです? ロゼさんには特に隠すこともないので、何でも聞いて下さい」


 ロゼさんはもう俺が『来訪者』と知っているので、あっちの世界のこと以外は話しても良いだろう。


「それでは、迷宮での出来事を話していただけませんか?」

「わかりました。じゃあ、まずは『炎竜の迷宮』のことからで」


 それから俺は『炎竜の迷宮』、『炎皇狼の迷宮』であったことや『フレイムドラゴン』、『炎皇狼』との戦闘のことを話していった。

 途中で酒や料理も出てきたので、食事をしながら、時にはロゼさんの質問に答えながら話した。


「これで、迷宮であったことはほとんど話しましたね」

「こうして話を聞くと、ますますディーンさんの凄さがわかりますね……私では『フレイムドラゴン』や『炎皇狼』の相手はとてもじゃありませんが、できそうにありません」

「そんなこともありませんよ。流石に俺のように1人では無理かもしれませんが、パーティを組めばいけると思いますよ?」

「とてもそんな風には思えませんよ。Sクラスの方たちでも難しいでしょう」


 Sランクか……

 どんな人達なんだろうな。


『マスター。野盗たちのことを訊くのを忘れていますよ』


 そうだった。


「後、迷宮に行く途中で野盗たちに襲われたんですけど、何か知りませんか?」

「……もしかして、それは『炎皇狼の迷宮』の近くですか?」


 確かそうだったはずだ。


「そうです。何か知っているんですか?」

「ええ。昨日、その辺りを通りがかった商人たちが知らせてくれたので、冒険者たちを派遣し、捕縛しました。でも、普通は野盗を倒した者はギルドに連行して報奨金を貰うので、倒した野盗がそのまま放置されているのはおかしい――という話になっていたんです」

「そんなことになっていたんですか……」


 やっぱり面倒臭がらず、連行すれば良かったか……


「でもその野盗を倒したのが、ディーンさんなら納得できます。報奨金は連行を依頼した冒険者たちに渡してしまいましたが、そういうことならディーンさんに渡しましょうか?」

「いえ、構いませんよ。偶々襲われたのを、返り討ちにしただけですし」


 それに今日の換金で、しばらく金には困らないしな。


「わかりました。まぁそんなことを言えるのも、ディーンさんだけでしょうね」

「ハハハ……」


 あまり持ち上げられると、恥ずかしいな。


「ディーンさん、もし宜しければステータスを見せていただけませんか? もちろん私のも見せます。」


 う~ん、どうするかな……

 ステータスは生命線だしな……

 まぁ、ロゼさんも見せてくれるらしいし、良いか?


〈どう思う、ラグ?〉

『私は反対ですが、判断はマスターにお任せします』


 俺は少し考え――


「良いですよ」


 結局、見せることにした。

 食堂にはほとんど人もいないし、ロゼさんなら信用しても良いだろう。

 俺はステータスウィンドウを可視状態にして開く。


「ッ!? 何ですか、このステータスは!!」

「ロ、ロゼさん、静かに!! 流石に他人に見られるのは、マズイので」

「す、すみません……あまりに凄まじいステータスなので……でも、これで先程の話も納得できます」


 まぁ、これくらいのステータスがなければ、1人で『フレイムドラゴン』や『炎皇狼』と闘うのは無理だろう。


「それでは約束ですので、私のステータスもお見せします。ディーンさんのを見た後だと、凄く恥ずかしいのですが……笑わないで下さいね?」

「そんなことしませんよ。約束します」


 俺がそう言うと、ロゼさんもステータスウィンドウを開いた。



 Name:ロゼ

 種族:妖精族・ダークエルフ(転生0回)

 称号:なし

 Lv:500/500

 HP:10000/20000

 MP:20000/20000

 SP:7000/10000

 STR:300/500

 DEX:600/750

 VIT:400/500

 AGI:600/750

 INT:1000/1000

 WIS:1000/1000

 スキルスロット:30/100



 流石にダークエルフなので魔術に関係のあるステータスは高いが、STRやVITといったステータスは低い。

 しかし、それよりも俺が気になったのは――


「……ロゼさん、何故『転生』しないんです?」


 『自分の力に限界を感じた』とも言っていたのに、『転生』しない理由は無いはずだが……


「……? ディーンさんは『転生』されているので、知っているとは思うのですが……『転生』するためには、神々のクエストを受けなければならないのです」

「……は? 神殿に行けば良いのでは?」

『マスター、この世界には神界にしか神殿はありませんよ。今まで、この街で見なかったでしょう?』

〈そういえば見てないな……これもこの世界との違いか〉

「シンデンとは何ですか?」

「……いえ、気にしないで下さい。俺の勘違いだったようです」

〈それでラグ、『転生』のためのクエストは、どうやったら受けられるんだ?〉

『神に気に入られるしかありませんね』

〈何だそれは……〉


 完全に神の気まぐれじゃねぇか。


『それは……そうかもしれませんね。神々の中には、邪神龍を産み出す原因を作ったこの世界の人間を、あまり信用していない方もいますので』

〈それじゃあ、この世界には『転生』している奴はいないのか?〉

『いえ、かつてもいましたし、今もSランクの冒険者の何人かは『転生』しているようです』

〈『転生』できない訳じゃないんだな?〉

『はい』

「ロゼさんは『転生』したいですか?」


 この世界で、力はあって困るものではないはずだ。


「……できることならしたいですね。そうすれば私でも、微力ながらディーンさんの力になれるかもしれませんし……」

「何故、俺の力に……?」


 俺の話を聞いていれば、この旅がどれほど危険なのかはわかるはずだが……


「……私は、この世界の命運を『来訪者』の方だけにお任せするのは、どうしても納得できないのです。自分たちの世界のことなのに、貴方だけが命を懸けて闘う、そんなことが許される訳がありません。もし世界が救われても、あなたが死んでしまえば、私はその世界で笑える自信はありません。もう知ってしまったのですから……」

「…………もう充分、力になってもらってますよ。この世界に来てから、まだそれほど日は経っていませんが、色々な人達に助けてもらいました。それだけで、俺がこの世界を救うのには充分な理由です」


 それに、リシェルたちの遺志でもあるしな。


「……それだけでは、気が済まないのです。私たちも命を懸けてこそ、あなたやかつての『来訪者』の方たちに報いることができるのだと思います。もしかすると、かつての『来訪者』に同行した人達も、このような想いだったのかもしれませんね……」

『……確かに彼らも同じような気持ちでしたね』

〈リシェルたちの同行者のことか?〉

『はい。リシェル様たちも、同行を求める人達を最初は断っていましたが、最後にはその想いの強さに負けていましたね。マスターは違うかもしれませんが、やはり1人でできることには限界があるので』

〈俺だって、同じだよ。できることならパーティを組みたいが……〉


 この旅に失敗は許されない。

 できることなら、万全の状態で挑みたいが……


「……本当に危険ですよ? 充分、わかっているとは思いますが……」

「ええ。それはディーンさんの話を聞いていて、痛いほどわかっています。それでも私は行きたいのです」


 ロゼさんの気持ちは確かなようだが――


「同行して欲しいという気持ちは、俺にもあります。しかし、気を悪くしないで欲しいのですが、今のロゼさんの力では、はっきり言って足手纏いです。せめて、『転生』していれば別でしたが……」

「…………そうですよね……無理を言って、すみません……」

〈ラグ、おまえの力で何とかならないのか?〉

『流石に、こればかりはどうにもなりません』

〈そうか……〉


 その後、多少気まずくなったが色々な話をしながら、食事をした。


「ロゼさん、少し飲みすぎですよ……もうその辺にした方が……」


 あれからロゼさんは、かなりのハイペースで酒を飲んでいる。


「まだ大丈夫です。今日は飲ませて下さい」

『マスターの所為ですよ』

〈何で俺の所為なんだよ……〉


 心当たりが無いこともないが……


『同行を断られたのが、ショックだったのでは?』

〈やっぱりラグもそう思うか……?〉

『はい』


 しかし、今の彼女を連れて行くのはかなり危険だ。

 そんなこと、できる訳がない。


『……マスター、ロゼさんが……』

「あ~、ロゼさん?」


 ラグと話したり、少し考えごとをしている間に、ロゼさんは酔い潰れてしまったようだ。


「ロゼさん、起きて下さい」


 軽く肩を叩いてみるが、起きる様子はない。


「仕方ない。おばちゃ~ん、ちょっと来て下さい」


 俺ではどうしようもないので、おばちゃんを呼んだ。


「何だい? そんな大声出して。――あらまぁ、寝ちまったのかい」

「はい。どうしましょう? ロゼさんの家は何処ですか?」

「この子は、ギルドの裏手にある職員専用の宿舎に住んでるよ。でも、そんなことを聞いてどうするんだい?」

「いや、起きそうにないので、抱えて連れて行こうかと……」

「……あんた、自分の顔を鏡で見たことあるのかい? あんたがこの子を抱えて歩いていたら、あっという間に捕まっちまうよ」

『プッ』

〈笑うんじゃねぇ〉

「…………じゃあ、どうすれば……そうだ、部屋は空いてないんですか? 料金は俺が払いますから」

「いや、料金は別にいらないよ。けど、残念だけど部屋は空いてないよ」


 マジでどうするんだよ……


「どうするんです? ここで寝かせておく訳にもいかないですし……」

「あんたの部屋で休ませれば良いじゃないか」

「えっ!? 流石にそれは……」


 ロゼさんが起きた時を想像すると、怖いんだが……


「あんたが何もしなければ、大丈夫さ。それとも何かする気かい?」


 おばちゃんがニヤニヤしながら訊いてくる。


「……何もしませんよ」

「なら良いじゃないか。それに、もしかすると何かしても大丈夫かもしれないよ? なにせ、この子が男と食事するなんて、今まで無かったことだしねぇ」

「何もしませんよっ!!」


 かなりグラッときたが、そうおばちゃんに反論し、ロゼさんを抱え上げる。

 ステータスのおかげもあり、このくらいは軽い。


『所謂、『お姫様抱っこ』ですね』


 ラグの笑いを含んだ声が聞こえてくる。


〈……おまえ、そんな言葉、何処で覚えたんだ……〉

『リシェル様に教えていただきました』


 あいつは、ラグに何を教えてんだ……

 そんなことを言いながら、自分の部屋の前まで来た。


「おばちゃん、ドアを開けて下さい」

「わかったよ。それじゃあこの子のこと、宜しく頼むよ」

「わかりました」


 そうおばちゃんに応え、部屋に入る。

 ドアが閉められたので、取り敢えずロゼさんをベッドに寝かし、布団を掛ける。


「ハァ、今日は床で寝るか……」

『一緒にベッドで寝れば良いのでは?』


 こいつ、完全にからかってるな……


「アホか。そんなことできるか」

『こういうのを、何て言うのでしたか……あぁ、そうだ。『ヘタレ』ですね』


 何か、少し違う気もするが……


「それも教えたのはリシェルか……?」

『はい』

「ハァ、もう良い。寝る」


 インベントリからシュラフを取り出し、装備を解除して潜り込む。

 何で宿屋に泊まっているのに、床でシュラフに潜って寝てるんだ……?

 そんなことを思いながら、眠りに就いた……




 気がつくと、俺は真っ白な空間に立っていた。


「……何処だ、ここ?」


 確か、俺は宿屋で寝ていたはずだ。


「ラグ、ここは何処だ?」


 俺はラグに尋ねてみたが、答えは返ってこなかった。

 背に手をやってみると、ラグが無かった。


「どうなってんだ……?」


 周りを見てみるが、何処までも続く白い空間が広がっているだけだ。


『お初にお目にかかります、ディーン殿』


 突然目の前の空間が輝き、1人の女性が現れ、話しかけてきた。


「誰ですか、あなたは?」


 敵意は感じないが、一応何があっても良いように身構える。


『私は、輪廻を司る神『リーン』と申します。此度はディーン殿にお願いがあって参りました』

「その前に、ここは何処です?」

『ここはディーン殿の精神世界です。あなたにお会いするため、少しお邪魔させていただきました』


 要するに、俺の心の中ってことか……

 俺の心の中は、こんなに殺風景なのか……


『心と精神は少し違いますが……誰の精神世界もこのような所ですよ? それよりも、この広さに驚いています。ここまで広大な精神世界を持つ者は、『神族』にもほとんどいないでしょう』


 広いとどうなのかは少し気になったが、今はそのことよりも訊きたいことがある。


「それで、俺に頼みたいこととは何です?」

『それは、確かロゼさんでしたか、彼女を『転生』させるためのクエストを受けて欲しいのです』

「何故、そのことを知っているのです? 話を聞いていたのですか?」

『はい。今、ディーン殿のことを見ている神々は沢山います。それほど期待されているのです』


 期待してくれるのは嬉しいが、覗き見されているのは良い気はしないな。

 ……まぁ良い、気にしないでおこう。


「何故、突然そんなことを? 彼女はかなり前に、レベル500に達していたはずですが……」


 『転生』させるなら、もっと前にもできたはずだ。


『ディーン殿の言われることはわかります。ですが、『転生』すればこの世界では、他者よりも圧倒的な力を得ることができます。誰でも『転生』させる訳には、いかなかったのです。『ジアハート』のこともありましたし……』


 『ジアハート』だと……

 まさかとは思うが……


「……ジアハートとは、3人目の『来訪者』のことですか?」

『ご存知だったのですね。ラグナレクに聞いたのですか?』

「いえ、奴とは色々ありまして……」


 ジアハートは『VLO』のトッププレイヤーの1人だったが、同時に最凶最悪のPKでもあった男だ。

 俺も何度も闘った。

 何であんな奴を呼んだんだ……?

 まぁ良い、ディオスを問い詰めよう。


「ならば何故、ロゼさんの『転生』を認めたのです? 確かに彼女なら力を手に入れても、他者に害を及ぼすとは思いませんが」

『昨夜の彼女の話を聞いたからです。彼女の想いは本物でした。ですから、神々の間で話し合われ、彼女なら大丈夫だ――ということになりました』

「それはわかりました。ですが、何故俺にクエストを受けさせるのです? ロゼさんが受けなくても大丈夫なのですか?」

『今の彼女の実力では、1人でクエストをクリアすることは難しいでしょう。なので、ディーン殿に手伝ってもらいたいのです。彼女の目的もあなたとともに旅をすることですので、ちょうど良いかと思われます。もちろん、ディーン殿の邪魔にならぬよう、クエストは『火の精霊王の迷宮』で達成できるものにしましょう。如何ですか? 受けてもらえないでしょうか?』


 別に、俺に断る理由も無いしな。


「わかりました。そのクエストを受けましょう」

『有り難う御座います。詳細はラグナレクに伝えておきます。そろそろ朝なので、お目覚めになった方が良いと思われます。またお会いすることもあると思いますが、その時も宜しくお願い致します。それではこれで、失礼します』


 そう言うと、『リーン』は光とともに消え去った。


「っていうか、もう朝かよ……全然寝た気がしないな……」


 俺がそう言うと、意識が浮上するような感覚とともに目が覚めた。


「あれは夢……じゃないよな?」


 確かに『リーン』と話した記憶があるが……


『夢ではありませんよ、マスター。リーン様からクエストの詳細を承っております』

「ラグ、その詳細はどんな内容だ?」

『はい。『火の精霊王の迷宮』で『ミラージュエント』を10体、単独撃破することですね』

「う~ん、それならロゼさんでも何とかなるか……」


 『ミラージュエント』自体は近づかなければ、それほど脅威ではないだろう。


『マスターが他の魔獣を殲滅してしまえば、大丈夫でしょう。幸い、『ダークエルフ』は魔術の得意な種族ですし』

「そうだな。ところで、ロゼさんはまだ寝ているのか……」


 俺はベッドの方を見ながら呟いた。

 昨日、大分飲んでいたしな。

 彼女が起きるまで、朝稽古でもしてくるか。

 俺はラグを掴み、宿屋の外へ出ていった……




 そうしてしばらく素振りをしてから宿屋に戻ると――


「おはようございます、ディーンさん。昨日はすみませんでした」


 ロゼさんが挨拶をし、頭を下げる。


「気にしなくても良いですよ。それよりも体は大丈夫ですか? 大分飲んでましたし」

「はい、大丈夫です」


 本当に大丈夫なようだな。


「それではロゼさん、少し話があるのですが……朝食を食べたら部屋に行きましょう。仕事の方は大丈夫ですか?」

「今日は休みですので、大丈夫ですよ。それで話というのは……?」

「ここではちょっと……」

「そうですか。では、朝食を食べてからにしましょう」


 そうして俺たちは朝食を取り、部屋に戻ってから『転生』についての話をした。


「ほ、本当に『転生』できるのですか……?」

「ええ、できます。しかし、クエストをクリアすれば、ですが」

「それなら、是非私も『火の精霊王の迷宮』へ連れて行って下さい。お願いします」

「それは構いません。『リーン』にも頼まれていますし。しかし、本当に危険ですよ? 覚悟はできていますか?」

「できています」

「わかりました。一緒に行きましょう」

「ッ!? ありがとうございます。足手纏いにならないようにしますので、宜しくお願いします」

「それで、ギルドはどうするんです?」

「そうですね。今からギルドマスターのところへ行ってきます」

「俺も行きましょうか?」

「1人で大丈夫ですよ」


 ロゼさんは微笑みながらそう言って、部屋から出ていった。


「本当に大丈夫かな?」

『大丈夫だと思いますよ。ロゼさんはしっかりした人ですし。マスターと違って……』


 ラグが最後にぼそっと余計なことを付け足しながら、答えを返してきた。


「聞こえてるぞ。……それじゃあ、彼女が戻ってくるまでに、買い物を済ませておくか」


 そう言い、装備を整えて宿屋を後にする。

 ちなみに昨日のロゼさんの食事の代金も、ついでに払っておいた。

 そして、食糧を買うために朝市にやって来た。


「相変わらず、色んな食材があるな」


 取り敢えずこの前買った物で、美味かった物を中心に買っていく。


〈ロゼさんは、好き嫌いがあると思うか?〉

『どうでしょう? 昨日の様子ではそんな感じはしませんでしたが……野菜や果物を、もう少し買っておけば良いのでは?』


 確かに女性だし、肉類ばかりでは駄目だろうな。


〈でもこの世界の野菜や果物は、妙なのが多いんだよな……〉

「おっちゃん、この中でお勧めの野菜は?」


 取り敢えず、店の人に聞いてみる。


「うちの野菜は、どれでも新鮮で美味いぞ」

「特に美味いのは?」

「そうだな、これなんかどうだ?」


 おっちゃんはそう言って、人参の様な野菜を指さした。


「それはもう買ってるよ。他には?」


 この野菜、見た目は人参だが味や食感はジャガイモのような野菜だ。

 スープに入れると美味い。


「じゃあ、これはどうだ?」


 今度はホウレン草のような野菜を指さした。

 ただし、色が真っ赤だ。


「それはまだ食べたことがないな。どんな料理に使うんですか?」

「普通に炒め物にしても美味いぞ。ただし、生では喰うなよ? 凄まじく苦いぞ」


 色からして辛いと思ったが、苦いのか。


「火を通せば、苦くないんですか?」

「少し苦味はあるが、それが美味い」


 ゴーヤみたいな物か?


「わかりました。じゃあ、それを下さい」

「おう、毎度あり」


 他にも色んな店を回り、お勧めの物を買っていった。


「これくらいで良いか」

『かなりの量を買い込みましたしね』

〈まぁ、攻略にどのくらい時間がかかるかわからないし、俺とロゼさんの2人分だしな〉


 金はまだまだあるので、大丈夫だ。


『それではギルドに行きませんか? そろそろ向こうも、話が終わっている頃でしょう』

〈そうだな〉


 そうして、ラグと話しながらギルドへと歩いていった。




「ロゼさん、どうでしたか?」


 ギルドへ入ると、ちょうどロゼさんが2階から降りてきた。


「ディーンさん。ええ、ギルドマスターには認めてもらえました。どうやら以前から、私の考えに気がついていたみたいです」


 流石はギルドマスターといったところか……


「それでは、私は手続きと宿舎に戻って準備をしてきます。ディーンさんはどうされますか?」

「ここで待ってますよ。少しギルドマスターと話したいことも、ありますから」

「わかりました。それでは行ってきます」


 そう言って、ロゼさんはギルドを出ていった。

 俺は職員の人にギルドマスターへの面会を求め、あっさり許可されたので2階へ上がり、ギルドマスターの部屋に入る。


「良う来たな。まぁ座りなさい」

「それでは失礼して……」


 アドルさんに勧められたソファーに座る。


「ロゼさんのこと、本当に良かったのですか?」

「あやつの気持ちは、前から気づいておったしの。それにあやつは一度決めたら、梃子でも動かんのじゃ」


 意外と頑固なんじゃ――と嘆息するようにアドルさんは言った。


「わかりました。アドルさんが納得されているなら、構いません」


 アドルさんが納得しているなら、俺に言うことはない。


「ロゼのこと、宜しく頼む。それと以前言っていた調査のことじゃが、やはりもう少し時間がかかりそうじゃ」

「そうですか……俺の方もまだ『火の精霊王の迷宮』の攻略が残っていますから、ちょうど良いですよ」

「そう言ってもらえると、助かるわい」


 アドルさんとそんな話をしていると、ノックの音がして――


「失礼します。ディーンさんはいますか?」


 ロゼさんが入ってきた。


「はい。準備は済みましたか、ロゼさん?」

「済みましたよ。お待たせしてしまいましたか?」

「いや、俺も今まで話をしていましたし」


 俺はアドルさんの方を見ながら答えた。


「ちょうど終わったところじゃ。これからすぐ迷宮に行くのか?」


 ロゼさんは俺の方を見ている。

 俺に答えろということだろう。


「いえ、すぐには行きませんよ。今日中には街を出ますが、少し準備してから行きます」


 ロゼさんの装備などを作っておきたいしな。


「そうか。もし必要なら、ギルドの鍛冶場と工房を貸すんじゃが、どうする?」


 それは有り難い。


「ありがとうございます。お言葉に甘えて、お借りします」

「場所はロゼが知っておるから、聞くと良い。それでは、2人ともくれぐれも気をつけて行くんじゃぞ」

「わかりました。また来ます」

「有り難う御座います。お世話になりました」


 ロゼさんはアドルさんに深々とお辞儀をし、俺とともに部屋から出る。


「それじゃあ、工房に案内して下さい」

「わかりました。こちらです」


 ロゼさんに案内され、ギルドに併設された工房へと歩いていった……



「それじゃあ、ロゼさんの装備を確認させてもらえませんか?」


 工房に着き、俺はさっそくロゼさんの装備を確認する。


「わかりました」


 ロゼさんは持っていたザックからフード付きのローブや魔導杖ワンドを取り出した。

 俺は1つ1つ手に取り、確かめていく。


「う~ん、悪い物ではないんですが……」


 それなりの素材で作られてはいるが……


「これ、全部作り直しても良いですか?」


 この装備では『火の精霊王の迷宮』は厳しいだろう。


「そんなことをしていただけるんですか? 是非お願いします」

「元々そのつもりでしたから、構いませんよ。後、仲間になったんですから敬語はやめませんか?」

「わかりました。それじゃあ、ディーンさんもやめて下さいね?」

「わかりました――いや、わかった。これで良いか?」


 普段、ラグと話している口調に変える。


「ええ」

「それじゃあ、しばらく時間がかかるけど、どうする?」

「作業を見てても、良い?」

「別に見てても面白くはないと思うけど、構わないよ」


 俺はそう答え、準備を始める。

 ローブは俺の外套と同じ素材で、魔導杖ワンドは『陽光樹』を使い、作ることにする。

 そうして、俺は作業を始めた……



「よし、終わった」


 かかった時間は2時間くらいか?

 ローブは、流石に黒はアレなので、スキルを使い青空のような青にした。

 魔導杖ワンドは『陽光樹』で本体を作り、先端には『精霊結晶』を取り付けてある。

 ついでに、『玉兎の魂』を使ったネックレス状のアクセサリも作った。(本来はこっちが目的だったが……)

 『陽光樹』と『精霊結晶』は魔術と相性が良いので、魔術のブースト効果も充分だろう。


「……本当に凄い。ディーンは何でもできるのね……こんな装備、本当に貰っても?」

「良いに決まってる。ロゼのために作ったんだから。装備してもらわないと、意味が無いよ」


 ちなみに互いに呼び捨てなのは、敬語を止める時に『さん』付けも止めたのだ。


「わかったわ。有り難く使わせてもらうわね」

「それじゃあ、次は鍛冶場に案内してくれないか?」

「ええ。こっちよ」


 そして俺たちは鍛冶場に行き、ロゼ用の『オリハルコン結晶』製のナイフを作り、街を出ることにした。



「それじゃあ、行こうか」

「ええ、行きましょう」


 俺たちは街の出口に来ていた。

 俺はいつもの装備、ロゼは私物のシャツ、ズボンの上から俺の作ったローブを羽織り、手には魔導杖ワンドを持っている。

 そして、腰のベルトには多目的ナイフの鞘を挿している。

 このナイフは料理に使ったり、そんなことを許すつもりは毛頭ないが、万が一、魔獣に接近された時に使う物だ。

 このナイフはサブウェポン扱いなので、魔導杖ワンドを装備してても使える。

 魔導杖ワンドで殴っても良いが、殺傷力に欠けるためだ。


「大丈夫だとは思うが、気をつけろよ?」

「私も冒険者だったのよ? わかってるわ」


 そんなことを言い合いながら、俺たちは『火の精霊王の迷宮』へ向かって歩き出した……

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