第21話 魔境『サーフェリオ』
更新が遅くなってしまい、誠に申し訳ありません。
今話から第4章が始まります。
それではつたない文章ではありますが、読者様方の少しでも良い暇つぶしになればと思います。
刃が空を斬り裂く音が深夜の道場に響く。
『マスター、何故こんな夜中に訓練をしているのですか?』
俺はパーティーから帰って皆が寝静まった後、1人で刀を振っていた。
「今回の大会で、力不足を思い知ったからな……」
俺は一旦刀を鞘に納め、額に滲んだ汗をタオルで拭う。
『優勝したのに?』
「アレは俺自身の力じゃない」
ラグたち――クラスⅤの魔導兵装を使っていなければ、決勝戦の勝敗はどうなっていたかわからない。
『VLO』では各ステータス値に応じてシステムのアシスト――VITが高ければ疲れにくくなるなど――を受けられたが、それよりもプレイヤー自身の技量――プレイヤースキルが強さに直結していた。
当たり前の話だが、『ヴェルガディア』にシステムのアシストなんてものは存在しない。
故にこの世界ではそれがより顕著で、俺がライに苦戦したのが良い例だ。
確かにこの世界でもステータスの恩恵は受けられるが、『VLO』に比べれば微々たるものなのでステータスや装備などの条件が同じならば、オルグたちにも勝てなかったはずだ。
『確かに個人の技量は重要ですが、マスターもそれは充分にありますよ?』
「まぁ、ガキの頃から鍛えられてたからな……でもこんなもの、オルグたちに比べたら紛い物のようなモノだ。あいつらみたいに、命懸けで手に入れたモノじゃない」
俺が命懸けで闘ったのなんて、この世界に来てからの数ヵ月だけだ。
オルグたちの実戦経験とは比較にもならない。
「だからこそ、俺はもっと強くなる。この世界を救うためにも、皆を守るためにも」
そう言って、俺は再び刀を振るい始めた……
翌日、俺たちは『サーフェリオ』に行く準備をしていた。
結局俺は4時間ほどしか寝ていないが、体調はバッチリだ。
こういうところは、ステータスの恩恵を実感するな。
「じゃあ予定通り、『サーフェリオ』に行こう」
「その前に許可を貰いに行かなきゃね」
俺はロゼの言葉に頷く。
そして、俺たちは高級宿のチェックアウトを済ませる。
「またのお越しをお待ちしております」
受付嬢の言葉を聞きながら高級宿を後にする。
すると、外にはジェラルドさん達がいた。
「もう行くんですか?」
「ええ。あまりゆっくりもしていられませんから」
俺はそうジェラルドさんに答える。
「絶対、手紙を送りますから!」
リリアがそう言う。
すでにソファラさんには、『シルフィード』を1羽預けてある。
リリアに預けるとかなり頻繁に手紙が届けられそうなので、リリアを止められるソファラさんに預けた。
ジェラルドさんは娘に甘そうだしな……
「あぁ、必ず返事を書くよ」
「じゃあそろそろ行きましょうか、ディーン」
ロゼの言葉に頷き――
「じゃあ、俺たちは行きます。ジェラルドさん達も元気で」
「ええ。ディーンさん達も気をつけてね」
ソファラさんのその言葉に見送られて、俺たちはギルド総本部に歩いていった。
「これが許可証になります。『サーフェリオ』への門にいる者に見せて下さい」
「ありがとうございます」
俺はゼノンに礼を言って、『サーフェリオ』への通行許可証を受け取る。
「貴方には無用かもしれませんが、充分注意して下さい。今やあの国は魔物の巣窟です」
「わかってます。吸血鬼のこと、どうかお願いします」
そう言って、俺は頭を下げる。
「ええ。私たちにできる限りのことはします」
「お願いします」
もう一度ゼノンに頼み、俺たちは執務室を出た。
その後市場に寄って食糧を買い込み、西へと向かう大通りを歩いていく。
「流石に人が多いわね」
ロゼが言うように、通りは多くの人で溢れている。
「そりゃそうだろ。まだ団体戦が残ってるからな」
「そうですね。むしろ、そちらを楽しみにしている人も多いですしね」
「それもどうかと思うけどね……」
ロゼが呆れたようにため息を吐く。
彼女が呆れている理由は、パーティー単位で行われる団体戦はギルド公認の賭けになっているからだ。
優勝パーティー、準優勝パーティー、3位のパーティーをそれぞれ当てる賭けである。
もちろん全部当てると、貰える賞金も多くなる。
競馬のようにオッズもあり、中々面白そうだった。
パーティーでの対人戦もやってみたかったが、ゼノンに「賭けにならなくなるから、出ないでくれ」と頼まれた。
俺たちは、人数は4人と少ないが、個人戦優勝、準優勝にSランクが2人だ。
ゼノンがそう言いたくなる気持ちもわかる。
まぁ元々出るつもりもなかったが。
そんなことを考えている内に、市街部を抜けて外周部を歩いていた。
「ラグ、『リーフォート』はどうなっている?」
俺は気になっていたことをラグに尋ねた。
周囲に人影もないので、声に出して訊いても良いだろう。
『現在は存在しません……魔物に滅ぼされました……』
『もう300年以上前のことだよ……』
「そうか……」
『サーフェリオ』の首都である城塞都市『リーフォート』は、『VLO』の設定では邪神龍や魔物に対する防衛拠点とされていた。
それが存在しないとなると、闇の精霊王に会うのは中々難しそうだ。
「この世界にも『深淵の断裂』はあるのか?」
『ええ、存在します。アレには、あの国に魔物を閉じ込める役割もありますから』
「厄介なことだ……」
あの国は『ウェルテス』と『ティルナノーグ』の間にあるが、大陸を斬り裂く『深淵の断裂』によって地続きではなくなっている。
『深淵の断裂』は底がわからないほど深く、幅も広いので徒歩で越えるのは無理だろう。
スレイプニルやシームルグなら越えられるか?
『それも無理です。アレの上空は空を飛ぶ魔物を阻むため、神龍様のお力で気流が激しく乱されています。いくら彼らでも越えるのは無理でしょう』
ラグが考えを読み、俺の疑問に答えた。
「そうか」
その様子だと、一時的に止めてもらうのも無理だろうな。
その隙に魔物に侵入されたら、目も当てられない。
「だとすると、食糧の補給はこの街に戻ってするしかねぇな」
「そうね。結構買い込んできたけど、流石にもたないかもね」
「広範囲を捜索することになるでしょうからね」
「まぁ2人の両親を探すのが主目的だが、あの国の下見もできるからな。そう思えば、ちょうど良かったのかもな」
いつかは闇の精霊王に会いに行かなければならないので、今回ある程度下見をしておけば、その時に楽になるだろう。
そんなことを話している間に門へと着いた。
流石に魔物を警戒しているのか、門は固く閉ざされていて、城壁の上部には見張りの冒険者たちが多数いる。
俺たちが近づいていくと――
「これは、ディーン様。それにロゼ様、オルグ様たちも」
門の前にいた、『サラマンダー』の男性が俺たちに声をかけてきた。
俺やロゼにまで『様』が付けられている……
「ここを通りたいのですが、構いませんか?」
「私どもに敬語はおやめ下さい。貴方は『来訪者』であり、武闘大会優勝者なのですから。――規則ですので、一応許可証をお見せいただけますか?」
「これを」
俺はインベントリから許可証を取り出し、彼に手渡す。
「確認しました。それではお通り下さい。この先はまさに魔境です、お気をつけ下さい」
「ありがとう」
俺が礼を言うと、彼が門の両端にいる冒険者たちに「門を開けろ!」と声をかける。
すると、彼らがレバーのようなものを回し、門が少しだけ開く。
魔物対策で、少ししか開けられないのだろう。
俺たちは門を開けてくれた2人に礼を言って、その開いた隙間から通り抜ける。
全員が通り抜けると、再び門が閉ざされた。
「お気をつけてー!」
城壁の上にいた冒険者が声をかけてくる。
俺たちはそれに手を上げて応えると、先に進んでいった。
「さて、まず何処から捜す?」
何と言っても、この国は広大だ。
闇雲に探しても見つからないだろう。
それに時間も限られている。
『そうですね……西側にはまずいないでしょう。以前言ったように瘴気が濃いですからね』
「それなら、東側を中心に探した方が良さそうね」
「ヘリオス、ヘカテー、何か見覚えのある景色とかないか?」
俺がそう訊くと、2人は首を傾げながらしばらく考えた後、ある方角を指差した。
「あっちか……」
2人が指差したのはこの国の南部、ここからだと南西の方角だ。
「じゃあ、行ってみるか」
オルグの言葉に頷き、俺はスレイプニルを、ロゼはシームルグを召喚する。
俺はスレイプニルに2人を乗せ――
「ロゼ、シームルグ、上空から魔物の警戒を頼むぞ」
「ええ、任せて」
『わかりましたわ』
そう言ってシームルグがロゼを乗せて、空に舞い上がる。
「じゃあ、行くぞ。何が起こるかわからないから、気を抜くなよ? スレイプニルも2人を頼む」
『承知した』
オルグとレイシアも頷いたのを確認して、歩き出した。
そしてしばらく歩いていると――
「わぁ~……」
レイシアが空を見上げて、感動したようにため息を漏らした。
オルグも、レイシアと同じように空を見上げている。
「中々綺麗だろ?」
「ええ……こんな不思議な景色があるなんて……」
2人が見ている空は、夕焼けのように赤くなっている。
と言っても、別に今は夕方ではない。
この『サーフェリオ』は西に行けば行くほど、夜のような暗闇になる。
常闇の国と言われる所以だ。
なので、ちょうど中間の地域では夕焼けのような空になるのだ。
「気持ちはわかるが、周囲の警戒もしてくれよ?」
そんなことを話しながら、俺たちは進んでいった……
「……酷いな……」
俺はかつては集落だったのだろう、瓦礫の山を眺めながら呟いた。
石造りの家は崩れ、火事でもあったのか、至る所が焼け焦げている。
俺たちは今、ヘリオスとヘカテーの記憶を頼りに吸血鬼の集落跡に来ていた。
「ええ……人の気配もないわね……」
シームルグから降りてきたロゼもそう呟く。
「魔物に襲われたってのは間違いねぇみたいだな」
オルグが傍らにあった家の壁を見ながら言った。
その石壁には深々と、魔物のものだろう爪痕が残っている。
「大丈夫、2人とも?」
レイシアが、スレイプニルに乗ったままの子ども達に声をかける。
「うん、大丈夫……」
「大丈夫だよ、レイシアお姉ちゃん……」
2人は顔を青ざめさせてはいるが、そう言う。
「やはり、地道に捜すしかないな」
「それしかないわね」
そうして、俺とオルグは子ども達を女性陣に任せて、何か手掛かりはないか――と集落の中を捜索する。
結局、何も得られるのもはなかったが、かなりの数の魔物の骨を見つけた。
もしかすれば、ここで魔物と闘ったという吸血鬼たちは生き残っているかもしれない。
まだ希望はある――そんなことを考えながら半壊している家の中を捜索していると、事前に設定しておいた【気配察知】が警告を発する。
その瞬間――
「ディーン、オルグ!! 魔物よ!!」
ロゼの叫ぶ声が聞こえてきた。
俺は魔物の位置を確認しつつ外に飛び出す。
「オルグとレイシアは子ども達を守れ!! ロゼは俺と来い!! 魔物を殲滅するぞ!!」
俺は剣を抜きながらロゼたちの元へと駆け、指示を飛ばす。
「おう、任せろ!!」
「わかったわ!!」
別の家を捜索していたオルグが槍斧を構えながら駆け、レイシアが子ども達を守るように槍を構える。
「先にいくわよ!!」
ロゼがシームルグに乗り、空に舞い上がる。
俺はそれを追うように駆け、前方を確認する。
そこには以前『アロウ山脈』で闘った、『イビル・アイ』に『ワイバーン』、そして巨大な一つ目を持つ蝙蝠のような『アーリマン』が迫ってきていた。
群れはおよそ10体。
絶対に子ども達の方には行かせない。
俺は左手で雷の魔力を生成し――
「ロゼ、範囲魔術を使うぞ!!」
「わかったわ!!」
シームルグが魔術の範囲になるであろう空間から退避していく。
「『サンダー・テンペスト』!!」
俺の左手から雷球が放たれ、群れの目前まで進むと雷の嵐に変化、群れを呑み込む。
雷属性上級範囲魔術『サンダー・テンペスト』に呑み込まれた魔物を、その内部に閃く激しい稲妻が砕く。
「残りは4体だ!! 残らず殲滅するぞ!!」
そう叫びながら半身が焼け爛れた『アーリマン』を剣で斬り裂く。
俺の魔術が乱した気流で体勢を崩した『ワイバーン』を、ロゼが『ネビュラ』を操り微塵に斬り裂く。
ロゼの背後から迫っていた『ワイバーン』を、レイシアが放ったのだろう光の槍が貫く。
さらにソイツがシームルグの放った風の刃に両断される。
その様子を横目に見つつ、跳びかかってきた『イビル・アイ』を剣を薙いで横に両断した。
俺は剣を切り払って、付着していたどす黒い魔物の血を払い鞘に納めた。
「結局俺、何もしてねぇな……」
「まぁ、子ども達を守るのが第一だからな」
少しヘコんでいるオルグにそう言いながら、魔物の死骸を『セイクリッド・ブレイズ』を焼いていく。
このまま放って置いても瘴気を放ち続けるからだ。
そうして全ての死骸を焼き尽くすと――
「次はどの辺りを探しますか?」
レイシアがそう訊いてきた。
「そうだな……」
俺は【気配察知】を最大範囲に広げて、周囲を確認する。
周囲には、魔物や魔獣を示すレッドのアイコンはあるものの、人を示すグリーンのアイコンは存在しない。
「取り敢えず、手当たりしだいに捜すしかないな」
ロゼたちも、ソレしかないか――という風に頷いた。
そして、俺たちは集落跡を後にした。
その後集落跡を中心に捜索をしたが、何の成果もなかった。
俺たちは子ども達の安全を考え、日が暮れる前にホームで休むことにした……
「そういえば、優勝賞品の魔導書を確かめてなかったな」
朝の訓練の準備をしている時に、そのことを思い出した。
色々あったので、すっかり忘れていた。
「何の魔導書だったの?」
俺がインベントリから魔導書を取り出すと、同じように準備をしていたロゼが訊いてきた。
「あ~……『ホーリー・サンクチュアリ』だな。ロゼ、聞いたことあるか?」
少なくとも、俺は聞いたことがなかった。
「聖属性の最上級魔術ね。ユリア様が使ってるのを見たことがあるわ」
本人のいない所では、『様』付けを続けるようだ。
本人と話している時にボロを出さなければ良いが……
そんなことを思いながら、ロゼに魔術の効果を訊く。
「どんな効果なんだ?」
「確か、結界を張る魔術だったと思うわ。合ってる、ラグ?」
『合ってますよ。『ホーリー・サンクチュアリ』は設置型の結界を張る魔術です』
「子ども達を守るのには使えそうだな。ロゼも、聖属性は最上級まで使えるようになってたよな?」
「ええ」
「じゃあ、覚えておいてくれ」
ロゼが頷いたので、魔導書を手渡す。
できればレイシアにも覚えてもらいたいが、ウンディーネは最上級は水属性しか使えない。
「はい、覚えたわよ」
ロゼがそう言って魔導書を返してきた。
俺も魔導書を読み、『ホーリー・サンクチュアリ』を習得する。
「じゃあ、訓練を始めるか」
俺は準備をしていたオルグたちに声をかける。
「おう!」
オルグが訓練用の刃引きしてある槍斧を肩に担ぎ、道場の中心に立つ。
「ロゼ、2人に『ホーリー・サンクチュアリ』を使っておいてくれ」
俺がそう言うとロゼが『ホーリー・サンクチュアリ』を使い、ヘリオスとヘカテーの足元に白く輝く魔導紋章が現れ、2人を包むように光が発生する。
「2人とも大丈夫? 気分が悪くなったりしてない?」
ロゼが2人にそう訊く。
吸血鬼には聖属性魔術は弱点だ。
「大丈夫だよ?」
ヘリオスが、何でそんなことを聞くのかと不思議そうに言う。
ヘカテーの方も、特に何も感じていないようだ。
聖属性でも、こういう補助魔術や回復魔術は大丈夫なのだろうか?
まぁ、使えるのなら問題ない。
「じゃあ、いくぞ」
「おう、来い」
俺は刃引きした刀を構え、オルグへと跳んだ……
俺たちはいつも通り訓練を終えた後、風呂に入って朝食を食べていた。
俺たちのついでに子ども達にも訓練をつけたのだが、どうやらヘリオスは魔術、ヘカテーは剣術に才能がありそうだ。
「今日は中央部を中心に捜索しよう」
何の卵かは知らないが、俺は普通の3倍はありそうな目玉焼きを食べながら言った。
「今日は、何か成果があると良いわね」
「そうですね」
そんなことを話しながら朝食を食べ、捜索を開始することにした。
「捜索を開始する前に『深淵の断裂』を見ておきたいんだが、良いか?」
俺は空間の外に出たところで、そう言った。
「別に構わないわよ。ここからなら、『ティルナノーグ』側が近いわね」
オルグたちも頷いたので、俺たちは魔物や魔獣に注意しながら南へと進んでいった。
「これが『深淵の断裂』か……話には聞いたことあったが、実際に見ると凄ぇな……」
オルグが『深淵の断裂』の淵に立ち、覗き込みながら呟く。
「落ちるなよ。落ちたら確実に死ぬぞ?」
そう言いながら俺も覗き込むが、底などないのでは?――と思えるほどに、亀裂は地下深くまで続いている。
しかもどうなっているのかはわからないが、その底無しの谷から上空に向かって強風が吹き荒れ、俺の髪や外套を激しくはためかせている。
これではラグの言うように、スレイプニルやシームルグでも越えるのは難しそうだ。
そんなことを思っていると――
「薄っすらとだけど、『ユグドラシル』が見えるわね」
ロゼが目を細めて『深淵の断裂』の向こう側を眺めている。
「アレが世界樹『ユグドラシル』か。流石にでかいな……」
『ティルナノーグ』の首都でもある『ユグドラシル』は、天を突くほどの大樹で、その巨大さは上部が雲に隠れるほどだ。
まぁそれほど巨大でなければ、ここから見えるはずもないが。
「そろそろ行きませんか?」
レイシアが、俺やオルグの真似をして亀裂を覗き込もうとしている子ども達を止めながら言った。
「そうだな」
俺はその様子に苦笑しながら言う。
ロゼたちも苦笑しながら頷く。
そして俺たちは中央部の捜索をするために、北へと進んでいった。
「理論は教えてもらったが、こうも難しいとは……」
あれから特に何の成果も得られないまま、3日が経った。
俺は今、最近の日課になっている深夜の訓練をしているところだ。
今日はロゼから教えてもらった【魔術武装】を試しているのだが、全くできる気がしない。
『マスターは最初から【無詠唱】が使えましたからね。魔術理論に疎くても仕方ありませんよ』
「『VLO』でも、魔術は呪文を詠唱するだけで使えたからな」
ロゼに聞いた話だと、この世界では魔術を使うにも色々手順があるらしい。
「まずは自分の魔力で、周囲のマナを使いたい魔術の属性に変質させるんだよな」
『マスタ~は直接マナを操ってるから、その手順はいらないけどね~。その辺は『来訪者』の強みだよね』
『自分の魔力のみでも魔術は使えます。その場合、威力はかなり落ちてしまいますけどね』
ラグたちからの解説を受けながら、俺は右手に炎の槍を生み出す。
ただの魔術ならこのまま放てば良いが――
「【魔術武装】はさらに【魔力操作】で変質したマナを操って、物質化させる……」
『セファイド様の炎の剣を思い出して下さい。アレと同じ原理です』
「そんなこと言われてもな……」
俺はそう言いながら、【魔力操作】で炎の槍を物質化させようとするが――
「あっ……」
炎の槍は火の粉になり、霧散してしまった。
「……そもそも、魔術を構成している変質したマナって何だよ……」
そんなもの、どうやって操れって言うんだ……
俺は大きなため息を吐く。
『まぁ、慣れるしかありませんね』
「そうだな」
俺はそう言って部屋に戻り、眠りに就いた……
「オルグ!! ソイツの目を見るな!!」
俺は注意を促しながら、上半身が女性で下半身は蛇の魔獣『ラミア』へと跳ぶが――
「…………」
オルグは敵のど真ん中だというのに、突っ立ったままボーっとしている。
俺は舌打ちしつつ――
「レイシア!! オルグが『魅了』になった!! 回復を!!」
俺はそう叫び、大鎌を薙いで『ラミア』の首を刈り、そのまま真上に跳躍、さらに体を一回転させて上空にいた巨大な蝙蝠『ブラッドサッカー』3匹を斬り裂く。
俺が着地するのと同時に、レイシアが『キュア・ウォーター』でオルグを回復する。
「シャンとして、オルグ!!」
ロゼがそう言いながら、『ネビュラ』でオルグの周囲の魔獣や魔物を斬り裂く。
「――ッ!? すまん!!」
正気に戻ったオルグが、迫っていた『イビル・アイ』を槍斧で叩き切る。
俺はオルグが大丈夫そうなのを確認して、群れの残りを殲滅していった……
「まさか、こんな所に『ラミア』が出てくるとはな……」
俺は大鎌を鋭く振って付着していた血を飛ばした後、剣に変えて鞘に納めた。
「一体何だったんだ、アイツは……?」
オルグが、何かを振り払うように頭を振りつつ呟いた。
「『ラミア』っていう魔獣だ。アイツの目を見ると、男は『魅了』状態になる」
これは邪眼と呼ばれる特殊能力で、『ラミア』は『魅了の邪眼』を持っている。
他にも、『石化の邪眼』を持つ『メデューサ』などがいる。
「ソレは厄介ね……」
「あぁ。今回はレイシアがすぐに回復したが、あのままだったらオルグは『ラミア』に操られて、俺たちに襲いかかってきていたはずだ」
「防ぐ方法はないんですか?」
「あるにはあるが……」
「どうすれば良いんだ?」
俺が言い淀むと、オルグが詰め寄るように訊いてきた。
「『ラミア』の眼球があれば、『魅了』を防ぐアクセサリが作れるんだが……」
魔獣の剥ぎ取りをするのにはもう慣れたが、流石に眼球を抉り出すのは少々遠慮したいし、何より――
「こんなに瘴気を放ってるんじゃ、アレは使い物にならないわね」
ロゼの言う通り、この『ラミア』は瘴気に侵されているので素材としては使えない。
「俺は『アイギス』で無効化できるし、女性には効かない。これから『ラミア』がいたら俺たちが相手をするから、オルグは絶対にアイツの目を見るなよ?」
「わかったぜ」
オルグが頷いたので、俺たちは中央部の捜索を再開した。
それからさらに2日をかけて中央部の捜索をしたが、満足のできる成果は得られなかった。
「そろそろ食糧がなくなるな」
インベントリを見てみると、残りの食糧は少なくなっている。
「じゃあ、一度『グランドティア』に戻る?」
「それで良いんじゃねぇか。まだ北部を捜索してねぇし、ちょうど『グランドティア』も近い」
「そうですね」
「それじゃあ、今日中に戻ろう」
そんな話をして、俺たちは『グランドティア』に向けて進んでいった。
「ディーン様たちが戻られたぞ! 門を開け!!」
俺たちが門へと近付くと、城壁の上で見張りをしていた冒険者がそう叫んだ。
すると、あの時と同じように門が少しだけ開く。
『様』付けはやめて欲しいが、無理なんだろうな……
そんなことを思いながら、俺たちは門の前にいた冒険者たちに礼を言って、市街部へと歩いていく。
「まだ市場は開いていると思うか?」
そろそろ陽も沈もうかという時間だ。
開いているかどうかは微妙だろう。
「微妙なところね……」
「基本的に、市場は午前中だけですからね」
「そうだよな……」
この世界には冷蔵庫みたいに、食品を長期間低温で保存しておくような技術はない。
レイシア曰く、水属性魔術を利用してある程度は低温を保てるらしいが、やはり生鮮食品は午前中に売り捌くそうだ。
この時間帯に行っても、塩漬けの肉や魚などの保存食しか残ってないだろう。
別にそれでも良いが、やはり新鮮な野菜なども食べたい。
「明日の朝、行けば良いじゃねぇか。どうせホームで寝れば、宿代もかからないんだしよ」
「まぁ、そうするのが良いか」
そんなことを話しながらも、一応行ってみようと俺たちは市場に歩いていく。
ちなみにスレイプニルは門に近づく前に帰してあるので、子ども達は何故か俺とオルグが肩車をしている。
まぁねだられただけなんだが、2人が楽しそうにしているので良いか。
オルグが肩車しているヘリオスは、オルグの3本の角を掴んで遊んでいる。
時折ヘリオスが強く引っ張り、オルグの頭が前後にガクンガクンと揺れるが、もう諦めているのか、オルグは何も言わない。
俺が肩車しているヘカテーは大人しくしているが、多分寝てしまっているのだろう。
女性陣がオルグの様子を見て笑っている。
そんなことをしながら市街部を歩いていると――
「あら、ディーンさん。帰ってきてたの?」
ユリアが声をかけてきた。
「あぁ、今さっきな。ユリアはこんな所で何してるんだ?」
『さん』を付けたり敬語を使うとまたあの笑顔で凄まれるので、俺は普通に話す。
「夕食を食べに行こうとしてたのよ。貴方たちの方はどうだったの?」
「今のところは何とも……食糧を買ったら、また捜索に戻るつもりだ」
「そう……」
ユリアが物憂げな表情でため息を吐く。
そういう仕草をすると、凄まじいまでに色っぽい。
周囲の人々からもため息が漏れる。
「ユリアさん、良かったら私たちと食事を食べませんか?」
ロゼがユリアを食事に誘う。
ちなみにユリアに見惚れていたオルグは、レイシアに怒られている。
「良いの?」
「構わないよ。ちょっと教えて欲しいこともあるしな」
あれから何度やっても【魔術武装】ができないので、開発者であるユリアに教えを請いたい。
「じゃあ、お邪魔させてもらうわね」
そう決まったので、俺たちは市場で夕食の食材――やはり生鮮食品は売ってなかった――を買い、外周部の人目に付かないところで空間を開いた。
「これは『創造』ね。へぇ~、こんな大きな空間を創れるのね」
ユリアは興味深そうに、空間内を見渡している。
「じゃあ、家に行きましょう」
そう言ってユリアを促して家の方に歩き出すが――
「ディーン、さっきの教えて欲しいことって【魔術武装】のこと?」
ロゼが小声でそう訊いてくる。
「あぁ、そうだが。それがどうかしたのか?」
歩きながら、俺も釣られて小声で答える。
「あの人に教えを請うなら、覚悟――」
「ロゼ、聞こえてるわよ?」
ロゼの言葉を遮るようにユリアが割り込む。
「は、はい! すみません!」
「謝らなくても良いじゃない。別に怒ってないわよ?」
ユリアはそう言うが、ロゼは何かを恐れるように首をプルプル横に振った後、逃げるように走っていってしまった……
「変な子ね」
ユリアはそう言って、うふふと微笑む。
俺はロゼのその様子を見て、少し早まってしまったか――と思いながら歩いていった。
その後、ロゼとレイシアが料理をしている間に【魔導武装】を習ったのだが、ロゼの言わんとしたことを身をもって思い知った。
ユリアの教えは丁寧で的確だが、かなりのスパルタだった。
一度聞いたことができなければ、即座に下級魔術が飛んで来た。
おかげで【魔術武装】を扱えるようになったが、笑顔で魔術を連発してくる様子はかなり怖かった……
その代償として、俺はユリアが満足するまで雷属性魔術を使わされた。
どうやらユリアは魔術の研究が趣味(?)で、今は雷属性魔術を再現したいらしい。
この女性ならいつかやり遂げそうだ……
そんなことをしている間に料理が出来たらしく、ロゼが呼びに来た。
そうして皆で夕食を食べた後、順番に風呂に入った。
やはり風呂は女性には好評で、ユリアも喜んでいた。
そして全員が風呂に入り、リビングでくつろいでいると――
「そうだ、ロゼ。これを貴女に渡しておくわ」
ユリアがそう言って空間を開き、1冊の本を取り出す。
その本は表紙は何かの皮で装丁がしてあって、一見魔導書のようだ。
「これは……?」
「私が研究している、【戦略級魔術】の研究書よ」
「【戦略級魔術】って何だ?」
まぁ、魔術の一種ってことはわかるが。
「対邪神龍用に研究している、最上級魔術より上位の魔術よ」
「な、何だと!?」
オルグが驚くが、正直俺も驚いている。
ロゼとレイシアも目が点になっている。
『凄まじいですね、彼女は……ここまでの術師は見たことありませんよ』
〈そうだな……正直、魔術では彼女に勝てる気はしない〉
ユリアにはラグたちが意思を持っていることは言ってないので、今の言葉は俺にだけ伝えたのだろう。
だが――
「ありがとう。神龍様が創ったとされる、クラスⅤの魔導兵装にそう言ってもらえると嬉しいわ」
ユリアは聞こえていないはずのラグの言葉に応える。
「なっ!?」
『……いつから気づいていたのですか?』
「ん~、初めからかしら。貴方たちが話していることは、全部聞こえてたから」
『凄い女性だね~……』
「これも半血種の特殊能力なんでしょうか?」
「そうかもね。昔からこういった、念話みたいなモノは自然と聞こえちゃうのよ」
ユリアは頬に手をやって可愛らしく言うが、とんでもないことをあっさりと言っている自覚はあるのだろうか……?
「凄いな……流石はロゼの師匠ということか……」
「どういう意味よ?」
「まあまあ。――それでユリアさんは、どうしてコレをロゼに?」
俺が呟いた言葉に反応したロゼを宥めながら、レイシアが訊いた。
「実は、ソレはまだ完成してないのよ。と言うより、完成には程遠いわ。だから、ロゼにも手伝って欲しいの」
「でもコレを渡すと、ユリアが研究できないんじゃないか?」
「ソレは写しだから構わないわ」
「わかりました。私にできることがあるなら」
「ありがと。流石は私の弟子ね。これで研究も早く進むわ」
そんなことを話した後、ユリアが泊まっていくことになり、各自自分の部屋に戻って寝ることにした。
ユリアはロゼの部屋で一緒に寝ているので、今日は子ども達は俺の部屋で寝ている。
なので、今日は夜中の特訓はなしだ。
明日、朝の特訓にユリアも誘ってみようか――そんなことを考えながら眠りに就いた……
翌朝――
「なぁ、オルグ……おまえ、前回の大会でどうやって彼女に勝ったんだ……?」
俺は飛来した炎の槍を刀で斬り払いながら訊いた。
「勝ってねぇよ。不戦勝だ。前回の決勝戦、ユリアは棄権したんだよ」
オルグも高圧縮された水弾を盾で弾きながら答える。
「……そうか」
今、俺たちの目の前では、ユリア対ロゼとレイシアのペアで模擬戦が行われている。
俺とオルグは、時折こちらに飛んで来る流れ弾から子ども達を守っていた。
もう10分以上闘っているが、そろそろ決着がつきそうだ。
俺がそう思った瞬間、ユリアがレイシアの操る水流の鞭を左手に持った光の槍で断ち斬り、右手の模擬剣で胴を打つ。
レイシアが気絶して崩れ落ちた瞬間、ユリアがロゼに向かって左手の槍を投げ放つ。
ロゼも瞬時に闇の槍を右手に生み出し、光の槍を相殺。
次の瞬間、ほぼ同時に距離を詰めていた2人の剣が激突、両方とも砕け散る。
「そこまでだ」
俺は【縮地无疆】で2人の間に割り込み、2人の気を纏った上段蹴りを両腕で受け止める。
ロゼとユリアが足を下ろし、乱れた息を整える。
「じゃあ、風呂入って飯にするか」
そう言いながら、オルグがレイシアに気付けを施す。
「そうだな」
俺がそう応えた後、目を覚ましたレイシアを含めた全員で道場の片付けをする。
その後、順番に風呂に入り朝食を食べた。
「この子たちの両親が見つかることを祈ってるわ」
「ありがとう。何かあったら、グランドマスターに預けてある『シルフィード』で連絡してくれ」
「ええ。ロゼとも研究のことで連絡を取り合いたいしね」
ユリアがそう言うと、ロゼもやる気を漲らせた様子で頷く。
「じゃあ、俺たちは行くよ」
「気をつけて」
そう挨拶を交わし、『サーフェリオ』に向かって歩き出した。
『サーフェリオ』北部は山岳地帯で、標高の高い山脈が多くある。
この山脈は『ウェルテス』から連なるものだが、当然の如く、途中で『深淵の断裂』によって分断されている。
このことから、『深淵の断裂』は後になって創られたものだということがわかる。
遠くに見える不自然に途切れた山脈を見ながら、そんなことを考えていると――
「ここにも誰もいねぇな……」
オルグが集落を見渡しながら呟いた。
北部の捜索を始めてから、俺たちは山間部でいくつかの集落を見つけたが、どの集落にも人の気配はなかった。
「襲撃された様子もないわね」
ロゼの言うように、周囲の建物に損傷は見られない。
これまでに見つけた集落も、ほとんどはここと同じような感じだった。
「そうだな。定期的に集落を移動しているのかもな」
「そうみたいですね。少なくとも、慌てて避難したという感じはしません」
主だった家財は一切残されていないし、家の造りも木と石を組んだだけの簡単なものだ。
恐らくは、壊されても簡単に直せるようにしてあるのだろう。
家財の方は野盗が持ち去ったという可能性も0ではないが、それにしては荒らされていないし、この国に野盗がいる可能性というのも微妙だ。
「このまま捜してりゃ、いつか出会うだろ」
「まぁ、それしかないか……」
いささか大雑把だが、他にコレといった手掛かりはないので仕方ない。
他の2人もオルグの言葉に頷いたので、俺たちは集落を後にし、捜索を再開した。
北部の捜索を開始して5日目――
「何だ、アレは……?」
荒野を歩いている時に妙なものを発見した。
俺たちの遥か前方――およそ10Kmほど先を、亀のようなものがノソノソと歩いているのだ。
何故、そんなものがこの距離から視認できるのかというと――
「なんて大きさなの……ちょっとした山くらいあるわよ……」
ロゼの言う通り、その亀はあり得ないほど巨大なのだ。
この距離からでアレだ、その大きさはかつて『VLO』で見た邪神龍『ティアマト』に匹敵するだろう。
『魔物ですね。あれほど巨大なのは珍しいですが』
「アレも魔物なんですか!? あんなのとは闘いたくないですね……」
「大丈夫だろう。こっちに気づいてる様子はねぇし、これだけ離れてんだ。このままやり過ごそうぜ」
レイシアやオルグの言うように、あまり闘いたくはない相手だが――
「そうもいかないようだ。誰かが追われてるぞ」
俺は【鷹の目】を起動して、亀の進行方向を確認すると、数十人くらいの集団が亀から逃れるように移動していた。
亀がでかすぎて、人が豆粒くらいにしか見えない。
「集落にいた人達かしら?」
「わからんが、助けるしかないだろう。追いつかれるのも時間の問題だ」
亀はゆっくり歩いているようにしか見えないが、その巨大さ故、移動速度はかなりのものだ。
「見殺しにする訳にはいかねぇからな。仕方ねぇか……」
「そういうことだ。――いくぞ、皆!」
俺はそう言って駆け出し、シームルグがロゼを乗せて飛翔していく。
オルグとレイシアも子ども達を守るように、スレイプニルと速度を合わせながら駆け出す。
「ラグ、【狙撃形態】」
『了解しました』
一刻も早くあの魔物の注意を引くため、俺は走りながら剣を魔導狙撃銃に変化させる。
『弾種はどうしますか?』
「『対物徹甲弾』を使ってみよう」
『わかりました』
『対物徹甲弾』は『炸裂弾』の上位弾種で、アルファードと契約したことで新たに使えるようになったものだ。
使うのはこれが初めてだが、コレならあのぶ厚そうな甲羅も何とかなるだろう。
俺は魔導狙撃銃を抱えたまま、確実に命中させられる距離――およそ1Km――まで駆けていく。
射程距離に入ったので、俺は地面を削りつつ立ち止り魔導狙撃銃を構える。
まずは足を止める――そう考えつつ、俺は引き金を引き絞る。
ドッ!!――という発射音が聞こえ、微かな反動があった。
魔力の弾丸が空気を切り裂きながら突き進み、まるで巨木のような足が爆発のような血飛沫とともに千切れ飛ぶ。
こちら側に見えている3本の足の内、一番前の足を失った巨大亀が地響きを立てながら転倒する。
それとほぼ同時に、宙を舞っていた足が地面に落ちて土煙りを上げる。
「凄まじい威力だな……」
魔力(MP)を1万も消費させられただけはある。
待ち時間の後、俺は再び魔導狙撃銃を構え、今度は甲羅に覆われている胴体を狙って撃つ。
俺は結果を確認することなく剣に変化させ、巨大亀に向かって駆ける。
先にロゼが転倒した巨大亀に追いつき、その頭部に空中から次々と魔術を叩き込むが、大したダメージは与えられていないようだ。
それを確認した瞬間、『対物徹甲弾』が甲羅に着弾、その一部が爆砕する。
流石に、あの甲羅の上からでは致命傷は無理か……
それを確認できただけでも良しとしよう。
そう思いながら、俺は巨大亀と逃げていた集団の間で立ち止まる。
俺の背後500mほどの所に、逃げていた集団――チラッと確認したところ、全員吸血鬼のようだ――が何が起こったのかわからないというようにポカンとしている。
「オルグ、レイシア!! 子ども達と彼らを守れ!! 後、簡単にで良いから事情を説明しておいてくれ!!」
「おう!!」
「わかりました!!」
オルグたちの返事を聞き、俺は剣を斬馬剣に変化させながら巨大亀へと駆ける。
巨大亀は残っている5本の足を使って起き上がろうとしている。
「ロゼ、甲羅の砕けた所を狙ってくれ!!」
「わかったわ!! でも、何故だかわからないけど、いつもより魔術の威力が弱いのよ!!」
ロゼが苛立つように言いながら、『ルシファーズ・インフェルノ』を放つ。
全てを焼き尽くすはずの暗黒の炎は、巨大亀の表皮を少し焼いただけで消え去ってしまう。
ロゼが舌打ちしつつ闇の槍を投げるが、あっさり甲羅に弾かれてしまう。
『周囲のマナが相当少なくなっているようですね。ずいぶん西に来てしまったので、仕方ありませんが……』
ユリアに教わったように、魔術は己の魔力で周囲のマナを操って行使するものだ。
よって周囲のマナが少なくなれば、魔術が弱体化してしまうのだろう。
そんなことを考えながら、俺を踏み潰さんと迫る巨大亀の足を睨みつつ跳躍。
踏み出された足を蹴りさらに上空へと跳んだ俺は、落下の勢いと全体重を乗せた大剣をその頭へと突き立てる。
ぶ厚い表皮を易々と貫き、その剣身の半ば以上が肉に沈む大剣に、俺は雷の魔力を込める。
瞬時に傷口の肉が弾け飛び、巨大亀が狂ったように頭を振り回す。
俺は沸騰したどす黒い血液を全身に浴びつつ、さらに魔力を込め続けていると、足元の方でボシュッ!!――と破裂音がした。
どうやら、巨大亀の眼球が破裂したようだ。
その瞬間巨大亀の全身から力が抜け、ゆっくりと崩れ落ちていく。
俺はそれに巻き込まれないように、大剣を引き抜きつつ跳び退る。
俺が地面に着地するのと同時に、巨大亀――『ギガ・エルダス』が地響きを立てて倒れる。
その様子を眺めていると、俺の隣にシームルグが降りてくる。
「案外、呆気なかったわね……」
ロゼがシームルグから飛び降りながら、そう呟いた。
『アイツは図体がでかいだけで、上位個体じゃないからね~』
そういえば『ギガ・エルダス』を発見した時も、こいつらに焦った様子はなかったな。
「まさか、アレで下位の個体なの?」
『いえ。あれほどの大きさなら、中位の個体に分類されるでしょう』
「取り敢えず話は後にして、オルグたちと合流しよう」
そう言って、全身がどす黒い血で汚れた俺は『浄化』を使う。
「ちゃんと事情を説明してくれていれば良いが……」
「レイシアもいるから大丈夫でしょ」
『そうですね。――その前に死骸を始末しておきましょう、マスター』
「そうだな。ラグ、【魔導杖形態】だ」
これだけでかいと、ブーストした『セイクリッド・ブレイズ』じゃないと焼き尽くせない。
そうして『ギガ・エルダス』の死骸を始末した俺たちは、改めてオルグたちの方へと歩いていったのだが――
「貴様らも奴らの仲間か!?」
吸血鬼の人達が武器を手にし、オルグたちと対峙している。
オルグとレイシアは、どうしたら良いのかわからない――といった感じだ。
手にした武器の切っ先も、その迷いを表すかのように揺れている。
「どうしたんだ、オルグ?」
俺は彼らをなるべく刺激しないように、ゆっくりと近づきながら訊いた。
「いや、事情を説明しようとしたんだけどよ……」
「あの通り、全く取り合ってくれなくて……」
2人とも困り顔だ。
「わかった。俺が話をしてみよう」
俺はゆっくりと彼らの前まで歩いていき――
「落ち着いて下さい。俺たちは、貴方たちの敵じゃありません」
「おまえもどうせ、俺たちを魔物扱いするんだろ!?」
「そんなことありません。俺も、俺の仲間たちも、吸血鬼が魔物ではないことを知っています。それにあの子ども達は、貴方たちと同じ吸血鬼です」
俺はヘリオスとヘカテーを見ながら言った。
「何だと?」
「あの子たちは奴隷商人に捕まっていました。偶然俺たちが救い出したので、両親を捜すためにここまで来たんです」
「……確かにあの子たちは吸血鬼のようだ……――本当におまえ達は奴らの仲間じゃないのか?」
彼らの代表なのか、幅広の剣を手にした男性が隣の人達と言葉を交わした後、そう訊いてきた。
「違います。それに『奴ら』とは誰です?」
「恐らく、おまえの言う奴隷商人の仲間だろう。これまでにも何度か襲われた。そこの子たちの集落も恐らく……」
「貴方たちを襲ったのは魔物じゃないんですか?」
少なくとも、ヘリオスたちの集落を襲ったのは魔物のはずだ。
「そうだ。だが魔物の接近を知り集落を移ろうとすると、いつもそれを見計らったように奴らが外に待ち伏せている。最近はあんなでかい魔物まで……」
どういうことだ?
思い出したくはないが、少なくとも俺があの場で斬った奴らは全員人間だった。
人が魔物を操る?
そんなことがあり得るのか?
それとも――
〈ラグ?〉
1つの可能性が思い浮かび、俺はラグに尋ねた。
『ええ、あり得ないことではありません』
〈確認できるか?〉
『少々お待ちを。――いますね。微弱ですが、瘴気の反応があります』
〈どいつだ?〉
『11時の方向、約20m先にいる暗灰色のローブを羽織った金髪の男性です』
アイツか。
〈間違いはないか?〉
万が一間違えていたら、洒落にならない。
『私たちが、瘴気の発生源を間違えるはずないでしょ~』
『間違いありません』
〈わかった〉
俺は素早くスローイングダガーを抜き、ワンアクションで投擲する。
「なッ!? 貴様!!」
「ちょっ、ディーン!?」
ロゼたちが驚きの声をあげる。
ダガーは流星のように光の尾を引きつつ、奴の眉間に吸い込まれる。
眉間に深々とダガーが突き刺さったソイツは仰向けに倒れていく。
ソイツの周囲にいる人々から悲鳴があがる。
「貴様、やはり――ッ!!」
「良いから見ててくれ。アンタ達の疑問がわかるはずだ」
俺に斬りかかろうとしていたリーダー格の男性を手で制し、俺は倒れた男の元に歩いていく。
周囲の吸血鬼たちは俺を警戒するように左右に分かれ、俺から距離を取る。
俺はそのまま歩いていき――
「やっぱりか……」
倒れた男から顔の皮が剥がれ落ちる。
その下には、目も鼻もなかった。
ただ鋭い牙が並ぶ、唇すらない裂け目のような口があるだけだ。
「こ、これは……?」
「『ナイト・ストーカー』という魔物だ。いつからかはわからないが、入れ替わっていたんだろう」
『VLO』ではプレイヤーになりすまして襲ってくる魔物だったが、まさかこんな方法で化けているとは……
「恐らく、こいつがアンタ達の居場所を外の魔物に伝えていたんだ」
これで、奴隷商人がヘリオスたちをどうやって捕まえたのかも想像ができる。
『ナイト・ストーカー』は、月属性の幻惑魔術を得意としていたはずだ。
それを使って、門を監視する冒険者を騙していたのだろう。
となれば、恐らく他の奴隷を捕まえていたのもこいつらだろう……
何ということはない、俺は最初から邪神龍に騙されていたということだ。
初めから、奴は俺を“堕とす”のが目的だったのだ。
俺はまんまとその策に嵌められたという訳だ。
『落ち着いて下さい、マスター。それこそ奴の思うつぼです』
怒りに呑まれそうだったが、ラグの声で少し落ち着けた。
『それに、奴隷を買った人間たちがいたのは確かだしね……』
〈そうだな……――ともかく、この情報はゼノンに伝えて対処してもらうとしよう〉
『ナイト・ストーカー』は幻惑魔術さえなければ、それほど強敵ではない。
この世界の冒険者でも、充分倒せるだろう。
「こんな魔物がいたとは……」
「これで、魔物に頻繁に襲われることはなくなるはずだ」
俺はスローイングダガーを引き抜きつつ言った。
口調が素になってしまっているが、今更戻すのも変なのでこのままで良いか。
「疑って、すまなかった。アンタ達には何と礼を言えば……」
「いや、別に構わないよ。それより、あの子たちの両親について何か知らないか?」
「俺は知らないが……あの子たちの名は?」
「ヘリオスとヘカテーだ」
「そうか。少し前に他の集落から来た者たちがいるから、訊いてこよう。ちょっと待っててくれ」
そう言うと彼は集団の所へと戻り、何かを話している。
「両親、見つかると良いわね」
いつの間にか、俺の隣に来ていたロゼがそう言った。
「そうだな……」
俺たちがそんなことを話していると、彼が1人の30代くらいに見える女性を連れて戻ってきた。
「彼女が2人のことを知っているらしい」
「本当ですか?」
「はい。同じ集落で暮らしていました」
「それで2人の両親は何処に?」
俺がそう訊くと、女性の顔が明らかに曇った。
その時点でほぼ答えはわかってしまった……
「あの子たちの両親は魔物との戦闘で……」
「そうですか……ありがとうございました」
俺がそう言うと、女性は軽く頭を下げ戻っていった。
「残念だったな……」
「あぁ……――アンタ達はこれからどうするんだ?」
「取り敢えず、一番近い集落に行ってから話し合うよ。もう魔物に追われないとなると、色々考えないといけないからな」
「そうか。じゃあ、そこまでは俺たちが護衛しよう。ここら辺は普通に魔物もいるしな」
「良いのか? 俺たちに支払える報酬なんてないぞ?」
「そんなもの構わないよ。話しておきたいこともあるからな」
彼は一瞬不思議そうな顔をしたが――
「重ね重ね、すまない。――そういや、まだ名乗ってなかったな。俺はブルーム、宜しく頼む」
「俺はディーンだ」
そう挨拶を交わし魔物の死骸を始末した後、俺たちは集落に向けて出発した。
スレイプニルに馬車を繋ぎ、子ども達を優先的に乗せられるだけの人を馬車に乗せた。
かなりの人数――と言っても、10人ほどだが――を乗せ、さらに屋根には荷物を積んでいるにも関わらず、スレイプニルは軽々と牽いている。
オルグが御者台に座り、ロゼに上空から周囲を警戒してもらっている。
レイシアと俺は地上で周囲の警戒をする。
さらに俺はブルームに、現在ギルドが中心となって吸血鬼の迫害の問題を解決しようという動きがあることを伝えた。
彼はかなり驚いていたが、俺が一度ゼノンに会って欲しいと言うと二つ返事で応じてくれた。
話を聞くと、やはりこの国で暮らすのは色々と限界が来ているようだ。
そんなことを話していると――
「……残る問題は子ども達のことか……」
俺は思わず、声に出して呟いてしまった。
「もし良ければ、俺たちで引き取るが?」
「いや、それはあの子たちが決めることだ。――だが、もしもの時は頼むよ」
今日の夜にでも2人と話さないとな――そう考えながら、俺たちは歩いていった……
「2人には辛い話かもしれないが、良く聞いてくれ」
俺たちはブルームたちを送り届けた後、結局今日はその集落で休むことになった。
今はブルームが貸してくれた家で夕食を食べた後、今後のことを話し合おうとしているところである。
「2人の両親は魔物との闘いで亡くなったそうだ……」
俺がそう言うと、2人は泣きそうに顔を歪めるが涙は流さなかった。
心の何処かで覚悟はしていたのだろうか……?
無理をしていなければ良いが……
「それで2人はこれからどうしたい? 前にも言ったと思うが、俺はできる限り2人の意思を尊重したい」
俺がそう訊くと、2人は互いに顔を見合わせる。
「私たちと一緒に来たいなら、それでも良いのよ?」
ロゼが2人の頭を撫でながら言う。
2人はしばらく何かを考えるように黙った後――
「僕たち、パパと一緒に行きたい……」
「そうか。なら――」
俺はこれからのことを考えようとするが――
「でも、やっぱり一緒には行けない……」
ヘカテーが悲しそうにそう言った。
「どうして?」
レイシアが優しく訊いた。
「僕たちがいると、パパたちが全力で闘えないから」
「私たちじゃあんなおっきなのとは闘えない……パパたちに迷惑かけたくないよ」
「そうか……でも、本当にそれで良いのか?」
俺がもう一度確認すると、2人は微かにだが確かに頷いた。
「わかった。2人が良いなら、俺はそれで構わない」
「そうね……本当は一緒にいたいけど、2人がそう決めたのなら」
ロゼがそう言いながら、ヘリオスとヘカテーを抱き締める。
「それで、ここに残るつもりなのか?」
「……ソファラおばさんの所が良い……」
ヘリオスがそう呟く。
流石に同じ種族とはいえ、見知らぬ他人が多いここでは不安なのだろう。
ソファラさんなら顔見知りだし、リリアとも仲が良い。
俺もソファラさんに預ける方が安心できる。
「わかった。明日、一緒に行こう」
俺がそう言うと2人は頷いた。
「じゃあ、寝ましょうか」
「だな」
ロゼの言葉に頷き、俺たちは休むことにした。
今日はヘリオスたちの頼みで、久しぶりにロゼを含めた4人で寝ることになった。
「良い子たちね」
ロゼが眠っているヘカテーの髪を撫でる。
「あぁ。本当に賢い子たちだよ……」
俺のシャツの裾を握り締めたまま眠るヘリオス。
その頬には涙の跡が薄っすらと残っている。
本当は俺たちと一緒に来たいはずなのに、俺たちを心配して気を遣っているのだ。
俺が涙の跡を軽く擦ってやると、くすぐったそうに少し微笑む。
「これから寂しくなるわね……」
「いつでも会いに行けるさ」
もう会えなくなる訳じゃない。
ウィプル村に行けばいつでも会える。
「そうね……」
そうして俺たちは眠りについた……