第20話 『武闘大会』本戦
俺の目の前には亜人族の一種族、『狼族』の青年がいた。
見た目の年齢は俺と同じくらいだが、この場にいるということはその実力はかなりのものだろう。
『さぁ、いよいよ本戦3回戦が始まります!! 第1試合は、予選1回戦では圧倒的な力を見せつけたディーン選手と、ランクはBと低いながらも、その危なげない闘いでここまで順調に勝ち進んできたライ選手の闘いとなります!!』
目の前の青年が放つ気配は、ランクBなんてものじゃないが……
これが、本当に命を懸けて闘ってきた冒険者か。
オルグたちとも本気で闘えば、こんな感じなのだろうか?
『それでは両選手、準備をお願いします』
俺は腰に佩いた鞘から刀を引き抜き、正眼に構える。
目の前の青年――ライは武器を持たず、ボクシングのような構えをとる。
【格闘術】をメインに闘うのか?
恐らくはそうだろう、その拳にはセスタスのような革ひもが巻かれている。
『それでは第1試合――――始め!!』
フェミナの言葉とともに、ライが軽いフットワークで一気に距離を詰めてくる。
鋭い呼気とともに放たれたジャブのような右の2連撃を頭を振って躱し、左のボディーブローを右足を上げて防ぎ、その勢いを利用して後ろに跳ぶ。
「速いな……」
防ぐのが精一杯で、反撃をする暇がない。
いくらステータスを制限しているとしても、かなりの速さだ。
「アンタ、本気を出してるのか?」
「さぁな」
そう言って、今度は俺から距離を詰めて袈裟斬りに刀を一閃するが、ライは躱しながら俺の右側に回り込み、抉るような右のアッパーを放ってくる。
俺は刀の柄頭をその拳に叩き込む。
気を纏った拳はかなりの威力で、刀を持つ手が痺れるが何とか防ぐ。
即座に突き放すように横蹴りを繰り出すが、ライはその蹴りを肘で叩き落とし、お返しとばかりに右のハイキックで俺の顔面を狙う。
俺はそれをバックステップで躱し、右の片手突きを放つ。
ライはその突きを頭を振って躱すが、刃が頬を浅く斬り裂き、髪を数本斬り飛ばす。
それも物ともせず突っ込んできたライが右のフックを放つが、俺はそれをスウェーで躱す。
そのまま回転したライの左のバックブローを、後ろに一歩下がり躱す。
俺の鼻先を裏拳が掠めていくのを確認しつつ、逆袈裟の一太刀を繰り出す。
ライは咄嗟に後ろへと跳ぶが、左脇腹から右肩へと刀傷が奔る。
傷は浅いようだが、傷口から流れ出た血で服が赤く染まっていく。
俺から距離を取ったライがその傷に手をやり、己の掌に付いた血を驚いたように見ている。
そしてそのまま拳を固め、構える。
次の一撃で決める――そんな雰囲気が漂っている。
俺も刀を下段に構える。
空気が張り詰め、フェミナや観客の声が耳に入ってこない。
そんな永遠とも思える一瞬が終わり、ライが閃光とともに凄まじいスピードで突っ込んでくる。
恐らくは、アーツスキルの『無影迅』だろう。
まさに影すら残さず駆けてくるライに、俺はその胴を払うように刀を一閃。
その瞬間、拳が掠った頬が衝撃波で裂け、血飛沫が宙を舞う。
ライはそのままの勢いでしばらく駆けていき、崩れ落ちた。
『ついに決着がつきました!! 勝者、ディーン選手!! 素晴らしい試合をしてくれた両選手に、今一度大きな拍手を!!』
その言葉で俺は刀を一度切り払い、鞘に納める。
すると跳ね橋が下り、ギルド職員の人達が舞台に上がってきて、ライの胸の傷の治療を始める。
それほど深手ではないので大丈夫だろう。
ライの方を眺めていたら――
「貴方も治療します」
そう言って治癒術師をしているのだろう、魔族の女性が回復魔術をかけてくれた。
「ありがとうございます」
傷も治ったのでお姉さんに礼を言い、橋を渡って舞台を後にした。
観客席に戻ると、リリアたちがそれぞれに俺の勝利を喜んでくれた。
「結構、苦戦したわね」
ロゼが少し呆れたように言ってくる。
俺が昨日あんなに偉そうなことを言っていたのに、初戦から苦戦していたからだろう。
「いや、彼は強かったぞ?」
何かポリシーがあったのかはわからないが、何故か彼は各ステータスを大幅に上昇させる【獣化】や【完全獣化】を使わなかった。
獣人族の種族固有スキルであるそれらを使われていれば、俺はさらに苦戦を強いられただろう。
「確かに彼のことは、オルグたちも話していたわね」
そんなことを話していると――
『さぁ、第2試合の両選手が舞台へと上がってきました!!』
レイシアの試合が始まるようだ。
『1人は皆様もご存知だとは思いますが、現Sランク冒険者であるレイシア選手です!!』
観客――特に男性から大きな歓声があがる。
Sランクであのルックスだ、やはり人気があるのだろう。
『対するは、予選から勝ち上がってきたウルカ選手です!!』
レイシアの対戦相手は有翼族の男性だ。
「飛ばれると、厄介かもしれないわね……」
有翼族は種族固有スキル、【飛行】で空を飛ぶことができる。
【飛行】の使用中はかなりのSPを消費するのであまり長時間は飛べないが、場外負けを防ぐのには充分役に立つだろう。
「まぁ大丈夫だろ。仮に空を飛ばれても、レイシアなら魔術で撃ち落とせる」
そんなことをロゼと話していると――
『それでは両選手、準備をお願いします』
フェミナの言葉で、2人が武器を構える。
2人とも得物は槍だ。
『それでは第2試合――――始め!!』
試合開始直後、接近戦では不利だと悟っているウルカが大きく後ろに跳ぶ。
接近戦は、僅かだがウンディーネの方が有利だ。
ウルカは翼で宙を打って、大きく距離を取ろうとしている。
恐らくは、魔術での遠距離戦に持ち込みたいのだろう。
レイシアはそれを阻むように【縮地】で一気に肉薄し、槍を薙ぐ。
ウルカは咄嗟に槍を体の横に立てるようにして防ぐが、レイシアの槍の威力に押されて吹き飛ばされていく。
場外まで飛ばされ、普通ならそれで終わっただろうが、流石は有翼族、空中で体勢を立て直してその場で滞空する。
そしてすぐさま、レイシアに向かって風の刃を放つ。
レイシアはそれを魔導盾で防ぎつつ、槍に高圧の水流を絡みつかせて放つ。
ウルカはその水流を上空に飛んで躱すが、【魔力操作】でまるで鞭のように操られた水流で胴を強かに打たれる。
流石に効いたのか、ウルカが錐揉みしながら墜落していく。
レイシアがその落下地点へ跳び、槍を突き出す。
これで決まったか――そう思ったが、流石はここまで残っただけのことはあり、ウルカは不安定な姿勢ながらもその突きを自らの槍で受け流す。
完全には受け流せなかったレイシアの槍がウルカの左の翼を貫き、その羽根が数枚宙に舞う。
何とか足から着地したウルカが即座に突きを繰り出すが、レイシアがそれを槍で叩き落とすように防ぎ、右脚で蹴りを放つ。
その蹴りをまともに喰らったウルカが地面を削りながら吹き飛んでいき、レイシアが追撃で放った『コンプレッション・ウォーターボール』に全身を撃たれ、動かなくなった。
『そこまで!! 勝者、レイシア選手!!』
フェミナが終了を告げると、闘技場が歓声に包まれる。
「流石だな」
「ええ、レイシアも近接戦闘がサマになってきたわね」
レイシアは、俺たちの中では一番近接戦闘が苦手だったが、最近は腕を上げてきている。
『それでは両選手に、今一度大きな拍手を!!』
レイシアが跳ね橋を渡り、舞台を下りていく。
「それじゃあ、私たちも帰りましょうか」
「そうだな」
本戦は1日に2試合しか行われないので、今日の試合はこれで終わりだ。
「ジェラルドさん達は、これからどうするんです?」
「まだ時間も早いし、街で色々と買い物をしていくよ」
「そうですか。じゃあ、今日はこれで」
「明日の試合、楽しみにしてるわ、ロゼさん」
「ありがとうございます。ソファラさん」
そう言って俺たちはジェラルドさん達と別れた後、高級宿へと帰った。
高級宿へ帰る道すがら、露店を冷やかしたり、何の肉か良くわからない串焼きを買い食いしたりした。
しばらくするとオルグたちも帰ってきたので、今日は1階のレストランで夕食を食べた。
「2人とも順調に勝ち進んだな」
俺たちは夕食後、いつものように何故か俺の部屋で喋っていた。
「まぁな」
「苦戦してたくせに良く言うわ……」
ロゼが半眼で俺の方を見てくる。
「まあまあ……ところでディーンは、私たちの時もソレをしたままで闘うんですか?」
レイシアが俺の右腕の『デビルズ・ブレスレット』を見る。
「まぁそのつもりだが……」
『本気ですか、マスター? いくらマスターでも、ステータスが半減していてはオルグさん達には勝てないと思いますよ?』
「俺は勝つにしても負けるにしても、本気のおまえとやりたいぜ」
「私もそうね」
オルグとロゼはそう言うが――
「私はどちらでも負けそうな気がします……」
レイシアはションボリしながらそう言う。
何故なら、俺とレイシアは次の試合で闘うことになっているからだ。
「そんなことないわよ。レイシア、今日の試合凄かったじゃない」
「そうですか?」
「あぁ、ロゼの言う通りだ」
「それなら、私も本気のディーンとは一度闘ってみたいです」
「そうか……」
俺も訓練ではなく、ああいう場で3人と本気で闘ってみたいという気持ちはある。
「まぁ試合まではもう少しあるし、考えておくよ。それよりも、明日はロゼの試合だな」
「あぁ。相手は確か、アイツだったな……」
そう言ってオルグが少し遠い目をする。
明日のロゼの相手は、あのギースだ。
「ぶっ飛ばしてやるわよ」
『そうだよ。コテンパンにしちゃってよ、ロゼお姉ちゃん』
ロゼがアイギスの言葉に力強く頷く。
その後明日の予定を少し話し合い、それぞれの部屋に戻って眠りに就いた……
『さぁ本日最初の試合、第3試合の両選手が舞台へと上がってきました!!』
フェミナの言葉とともに、ロゼとギースが跳ね橋を渡ってきた。
ロゼに大きな声援が送られ、意外にもギースにさえ結構な声援が送られている。
「ロゼさん、頑張ってー!!」
「お姉ちゃん、頑張れー!!」
リリアとヘリオスたちがロゼに声援を送る。
その様子を微笑ましく思いながら眺めつつ、俺はギースの方へと目を向ける。
「ん? アイツ、装備が変わったか?」
『そのようですね』
「前に見た時はオリハルコン製の武具だったが、この大会用に新調したのか?」
今は『オリハルコン』と『アダマンダイト』の合金を使ったものになっている。
見たところ、製作者の熟練度がそれほど高くはなかったのか、合金が完全ではなくムラがあるのがわかる。
俺とラグがそんなことを話していると――
「お、いたいた。久しぶりだな、小僧」
クラッドのおっさんがやって来た。
「久しぶりですね。今まで何処にいたんですか?」
ジェラルドさんからこの『グランドティア』に来ていることは聞いていたが、街中で出会うことはなかった。
「依頼主のとこで鍛冶をしてんでな。――ところでギースの奴の対戦相手は、あの時おまえと一緒にいた嬢ちゃんか?」
「そうですが……まさか、クラッドさんの依頼主ってギースだったんですか?」
「正確にはアイツの親父だがな。いけ好かねぇ野郎だったが、あんな貴重な金属を見せられたらな……だが、おまえが作った武器が相手じゃ……」
結構、傑作だったんだがな――とおっさんが呟く。
『それでは両選手、準備をお願いします』
フェミナがそう言うとロゼは『フラムヴェルジュ』を鞘から抜くが――
「ロゼさん!! この大会で必ずあの男を倒して、僕の方が貴女に相応しいことを証明して見せますよ!!」
ギースが『あの男』のところでこちらを指差しつつ、そう叫んだ。
ご丁寧に魔術で拡声までしてやがる。
観客が「おぉ~」――と、どよめく。
『おーっと!! これはギース選手から大胆な告白だー!!』
フェミナが、面白くなってきた――といったように煽る。
ロゼは額に手をやり、ため息を吐いている。
周囲の観客が俺を見ながら、「三角関係か?」とか色々と言っている……
ジェラルドさん達は申し訳なさそうにしながらも、他人のフリをしてさり気なく俺から離れる。
「……よし、アイツは一回殺っておくか……」
何、神龍の力があるので死にはしない。
俺は腰の魔導銃を引きぬ――
『気持ちはわかりますが、やめて下さい、マスター。それに、アリューゼ様の障壁があるので無駄ですよ』
俺は大きなため息を吐き、魔導銃から手を放す。
「……アイツのあの自信は、何処から出てくるんだ……?」
俺とアイツはブロックが違うので、闘うとしたら決勝戦だ。
それまでに自分が負けるとは思わないのか?
「ディーン君も中々苦労しているね……」
離れていたジェラルドさんがそう言ってきた。
「さっき逃げましたね?」
「まあまあ……――ほら、試合が始まるようだよ?」
俺が半眼で睨むと、ジェラルドさんは誤魔化すようにそう言った。
まぁ良い、今は試合を見よう。
あれからさらに何かを言われたのか、ロゼが不機嫌なオーラを放っている。
『それでは第3試合――――始め!!』
その瞬間、ロゼが【縮地】で一気に距離を詰め、ギースの顔にハイキックを叩き込まれ、痛々しい音とともにギースが錐揉み状態で吹き飛んでいき、そのまま顔から舞台の石畳に激突して滑っていく……
闘技場が静まり返る……
「おいおい……アレ、大丈夫か?」
あまりの出来事に、おっさんが「死んだんじゃねぇか?」――と呟く。
「いや、それはないでしょう……――あ、ほら立とうとしてますよ」
ジェラルドさんが言うように、ギースは剣を杖のようにして何とか立つが、足がガクガクだ。
「へぇ~、中々頑張るな。アレで終わったと思ったが」
ギースは一瞬自分に何が起こったかわからないという顔をしたが、自分の方にゆっくり歩いてくるロゼを見て、慌てて剣を構える。
「相変わらず、構えがなってないな」
ロゼにビビっているのかはわからないが、腰が引けてる。
ロゼが歩きながら剣を『ネビュラ』に変え、鋭く腕を振るとその腕の動きに合わせてギースに襲いかかった『ネビュラ』が、その剣に巻き付く。
即座にロゼが腕を引くと、火花を散らしながらギースの剣がバラバラに斬り裂かれる。
「あぁ……俺の作った剣が……」
ただの金属片になってしまった剣を見て、おっさんが嘆く。
ギースは今や柄の部分だけになってしまった剣を見て、ポカンとした表情だ。
しかしロゼが『ネビュラ』で石畳を打つと、距離を取ろうとしているのか、ロゼとは逆の方向に慌てて駆けていく。
まぁこっちから見てると、ただ逃げているようにしか見えないが……
観客も失笑している。
それが聞こえたのか、ギースは振り返りつつ魔術を放とうとするが、その頬をロゼが放った『イチイバル』の風の矢が掠めていく。
「ロゼは、何をあんなに怒ってるんだ……?」
さっきから何回かとどめを刺せる機会があったのに、どう見ても恐怖を与えるようにジワジワと追い詰めているようにしか見えない。
『さぁ? 私にはわかりませんね』
『良いんだよ。もっとやっちゃえ~』
ギースは次々と魔術を放つが、ロゼは魔導盾で防いだり、躱したりしながらあくまでゆっくりと距離を詰めていく。
ギースの顔は今や恐怖に歪み、見ていてちょっと可哀相になる。
ある程度まで距離を詰めたロゼが、フワッと髪やローブをなびかせながら一足で肉薄する。
まるで口づけするような距離に、ギースが一瞬間の抜けた顔になるが、ロゼに耳元で何かを囁かれると目を大きく見開く。
その瞬間凄まじい破砕音が響き、ギースが崩れ落ちる。
ギースが倒れた瞬間、その衝撃で鎧が砕け散る。
「……鎧まで……」
ロゼが放った『寸勁』で砕け散った鎧を見て、おっさんがガックリと項垂れてしまった。
『決まったぁー!! 第3試合の勝者はロゼ選手です!! なんと、現Sランクを敗っての勝利です!!』
フェミナがロゼの勝利を宣言した瞬間、闘技場が割れんばかりの歓声に包まれる。
ロゼは剣を鞘に納めた後ギースを一瞥し、舞台を後にする。
「まぁ元気を出して下さい、クラッドさん。また今度、余った金属とかを持って行きますから」
俺は、すっかり意気消沈してしまったおっさんの肩を叩きながら言った。
「おう……頼むわ……」
おっさんは肩を落としたまま闘技場を出ていった。
それと入れ違いに、ロゼが戻ってきた。
「おめでとう、ロゼさん」
こちらに歩いてきたロゼにソファラさんが声をかける。
「ありがとうございます、ソファラさん」
ロゼはそう言いながら、飛びついてきたヘリオスたちを抱きとめる。
「それで、何であんなに怒ってたんだ?」
「それは……アイツが貴方やオルグたちのことを馬鹿にしたから、ついカッとなって……」
まぁ、そんなところだろうな。
「あれでも最初の頃は、将来を有望視された若者だったんですけどね……」
ジェラルドさんが昔を思い出すように言った。
「そうだったんですか?」
「ええ。いくら父親の権力があっても、本当に無能ならSランクになんてなれませんからね」
アイツも最初からああだった訳じゃないのか。
「まぁ彼もいつか気づくでしょう。――ディーンさん達は、次の試合はどうするの?」
「観ていきますよ」
次の試合の勝者が、ロゼの次の対戦相手になる。
「じゃあ喉が渇いたし、何か買いに行きましょうか」
「そうですね」
子ども達は試合中ずっと声援を送っていたので、喉も渇いているだろう。
そうして次の試合が始まる前に闘技場の売店に買いに行くことにするが、先程の試合の所為か、ロゼの注目度はさらに増している。
しかも、俺もチラチラと見られている。
まぁ気にしてもしょうがないので、なるべく気にしないようにしつつ買い物を済ませる。
ジェラルドさんはビールのような赤い発泡酒、俺たちは何か良くわからない果物のジュースを買った。
まぁソファラさんが勧めるので、変なものではないだろう、多分……
ついでに、この前食べた串焼きなどの軽食を買って戻ると、ちょうど選手が舞台に上がってきたところだった。
『さぁ、第4試合の両選手が舞台へと上がってきました!!』
俺は跳ね橋を渡ってくる2人を見る。
片方はリシェルと同じ『ケットシー』の男性だ。
ケットシーの見た目は完全に二足歩行の猫だ。
リシェルはロシアンブルーのような青みがかった灰色の毛をしていたが、この男性は真っ黒だ。
もう片方は同じく妖精族の『シルフ』の女性だ。
シルフはまさに妖精と呼ぶに相応しい見た目で、身長は1mほどとかなり低いが、その背には蝶のような透き通る翅があり、太陽の光を浴びて虹色に輝いている。
これが男性だと蜻蛉のような翅になる。
『この試合も、現Sランクのフォルク選手と、予選を勝ち進んできたシルヴィ選手との闘いとなります!! 先程の試合のような、大番狂わせが起こるのでしょうか!?』
大番狂わせって……
まぁ、ロゼの実力を知らない人達から見たらそうなんだろうが、フェミナは知ってるはずだろ……
確かロゼが後輩とか言ってたし。
まぁ良いか、ああやって盛り上げてるんだろう。
「ロゼ、フォルクってどっちだ? 名前からすると男性っぽいから、あっちのケットシーの方か?」
「その通りよ。彼は、オルグやユリア様に次ぐ第3位のSランクよ」
「そうか」
ユリアというのも気になったが、いずれ試合にも出てくるだろう。
『それでは両選手、準備をお願いします』
フォルクは短剣を構え、シルヴィはその身長に合わせた短い魔導杖を構える。
それぞれの武器を見るに、フォルクはケットシー特有のスピードを活かすスタイル、シルヴィはシルフの打たれ弱さを考えて、遠距離から魔術で勝負するスタイルだろう。
ロゼも次の自分の対戦相手が気になるのか、真剣な様子で2人を見ている。
『それでは第4試合――――始め!!』
シルヴィは開始直後、風属性上級魔術『タービュランス』を放ち、フォルクが接近するのを防ぎながら場外の堀の上空まで後退する。
「シルフならではの戦法だな」
「そうね。【永続飛行】で常に宙に浮いているからこそ、できることね」
シルフの種族固有スキル【永続飛行】は有翼族の【飛行】とは違い、ほとんどSPを消費しない。
俺たちがそんなことを話している間も、2人の闘いは激しさを増していく。
竜巻を躱したフォルクがシルヴィへと駆けるが、シルヴィは次々と風の刃を放ち、その疾走を阻もうとする。
フォルクはその風の刃を躱し、気を纏った短剣で斬り裂きながら一気に距離を詰めていく。
空中にいるシルヴィにどうやって攻撃するつもりなんだ?――と思ったが、フォルクはそのまま宙を駆けていく。
その行動に観客から大きな歓声があがった。
「あんなこと、ディーン以外にする人がいたのね……」
「いや、いてもおかしくはないだろ」
恐らく俺と同じように、無属性魔術で力場を作りだして足場にしているのだろう。
精密な魔術操作が必要なので結構難しいんだが、フォルクはスムーズに使っている。
シルヴィは宙を駆けてきたフォルクに一瞬ギョッとした様子だったが、すぐさま風の渦を放つ。
フォルクがその風の渦を力場を蹴って躱し、そのまま右手の短剣を一閃。
シルヴィはその一撃を魔導杖で防ぐが、舞台の中央まで弾き飛ばされる。
フォルクもその後を追い、舞台の上へと力場を蹴って跳んだ。
「勝負はついたな……」
「そうみたいね」
あの状況はフォルクにとって圧倒的に有利だ。
シルヴィが再び距離を取ろうとするが、フォルクが一瞬で肉薄して逆手に持った短剣を逆袈裟に斬り上げる。
シルヴィは魔導杖でそれを受け止めるが、恐らくその一撃は囮だ。
案の定、フォルクの気を纏った左脚がシルヴィに叩き込まれる。
その蹴りをまともに喰らったシルヴィが吹き飛ばされ、フォルクがその後を追って【縮地】で跳び、その喉元に短剣を当てた。
シルヴィは魔導杖を手放し、降参の意思を示す。
その瞬間、観客から大きな歓声をあがった。
『勝者、フォルク選手!! 現Sランクの強さを見せつけた試合でした!! 素晴らしい試合をしてくれた両選手に、今一度大きな拍手を!!』
大した怪我もない2人は、その拍手に手を上げて応えながら舞台を後にする。
「ロゼの次の相手はフォルクか」
「ええ。かなりの強敵ね……」
その後ジェラルドさん達と別れ、俺たちは子ども達の手を引いて高級宿へと戻った……
「じゃあ手加減はしないぞ、レイシア」
「ええ、望むところです」
俺は舞台の上でレイシアと対峙していた。
『さぁ、第5試合の両選手が舞台へと上がってきました!! この闘いを制するのは、一体どちらなのでしょうか!?』
俺はレイシアたちの希望通り、この試合から『デビルズ・ブレスレット』を外している。
ラグたちは装備していないが、スキルもある程度使うつもりだ。
『それでは両選手、準備をお願いします』
俺は刀を抜き、レイシアが槍を構える。
『それでは第5試合――――始め!!』
「『メイルシュトローム』!!」
フェミナが開始の言葉とほぼ同時にレイシアが最上級殲滅魔術を使い、舞台上全てを呑み込むような激流を発生させる。
俺は刀に気を纏わせ、迫りくる激流に大上段から振り下ろす。
気で威力を増した『衝破刃』が激流を斬り裂いていき、俺はその後を追うように【縮地无疆】でレイシアへと跳ぶ。
2つに分かれた激流が神龍の障壁に激突、凄まじい音とともに水飛沫が舞台上に降りそそぐ。
観客もレイシアの魔術に大きな歓声をあげる。
一気に距離を詰めた俺を、全身に気を纏ったレイシアが迎え撃つ。
俺が袈裟斬りに振り下ろした刀をレイシアが槍で受け流し、そのまま槍を回転させて石突きで突きを放ってくる。
俺は左に身を躱し、レイシアに向かって左の上段回し蹴りを繰り出す。
その蹴りを掻い潜ったレイシアが、俺の右脚を払うように槍を薙ぎ払う。
俺は右足だけで跳び、その薙ぎ払いを躱すと回し蹴りの勢いのまま空中で回転し、左から袈裟斬りに刀を一閃する。
レイシアは咄嗟に後ろに跳んで躱すが、その長い髪が少し短くなる。
『最初の魔術にも驚きましたが、その後の目にも留まらぬ攻防!! 素晴らしい闘いです!!』
レイシアはそのままバックステップで距離を取り、槍を掲げて無数の高圧縮された水弾を放つ。
俺はその水弾を斬り裂きつつ、レイシアに向けて駆ける。
レイシアは槍に水流を絡みつかせ、鞭のように放つ。
右側から迫ってきた水の鞭を斬り裂き、返す刀で逆袈裟に斬り上げる。
レイシアが一歩下がってその一閃を躱し、水流を螺旋に纏わせた槍で突きを放つ。
俺は首を傾けその突きを躱すが、纏った水流で首の皮が少し斬り裂かれる。
血飛沫が舞うが、それを気にせず俺はさらに踏み込みつつ気を纏わせた刀でレイシアの胴を薙ぐ。
レイシアは咄嗟に身を躱すが、刃が胴を浅く斬り裂く。
「自分で作っといて何だが、厄介な鎧とローブだ……」
「いつも助かってますよ」
普通ならさっきの一撃で決まっていたが、鎧とローブの所為で刃は皮一枚を斬っただけだ。
まぁ、ラグの鋼糸を織り込んであるから仕方ないんだが。
俺は首筋から流れる血を外套の袖で拭い、刀を右手で構え、左手にリヴァイアサンの魂が宿る魔導銃を握る。
レイシアも、周囲に無数の水弾を浮かべながら槍を構える。
【思考分割】もずいぶん使いこなせてきてるな――そんなことを思いながら魔導銃を連射しつつ、レイシアに向かって駆ける。
レイシアも、俺が放った弾丸を水弾で相殺しながら駆けてくる。
俺は魔導銃を戻しながら距離を詰め、両手で握った刀を逆袈裟に斬り上げる。
レイシアがそれを槍を振り下ろして防ぐと、気を纏った2つの武器がぶつかり合い激しく火花を散らす。
レイシアの一撃はしっかりと体重の乗った見事なものだったが、俺の方が圧倒的にSTRの値が上なのでレイシアの槍が弾かれる。
レイシアはそれに逆らわず、勢いを利用して後ろに跳び、空中で次々と水弾を放つ。
俺は致命的なものを斬り払う以外は躱しもせず突っ込み、渾身の力で刀を袈裟斬りに振り下ろす。
レイシアは俺の行動に驚きつつも、気を纏わせた槍を頭上に掲げて防ごうとするが、気と魔力を纏った刀がその柄を両断、そのまま彼女の体を斜めに走る。
刀は障壁の手応えを俺に伝えた後、塵になった。
その塵が風に流されていくのと同時にレイシアが気絶、俺は彼女の体が石畳へと倒れる前に抱き留める。
「『キュアライト』」
ついでにレイシアの傷を治しておく。
『決まったー!! 勝者、ディーン選手!! またもや予選を勝ち上がってきた選手が、現Sランクの選手を敗りました!! 最後の方は私にも何が起こったのか良くわかりませんでしたが、素晴らしい闘いを繰り広げた両選手に今一度大きな拍手をお送り下さい!!』
フェミナがそう言うと、闘技場が大きな歓声と拍手に包まれる。
俺は舞台に上がってきた職員に気絶したままのレイシアを預け、跳ね橋を渡って舞台を後にした。
観客に注目されながらロゼたちの所に戻ると――
「相変わらず容赦ないわね、貴方は」
ロゼがラグたちを手渡しつつ、そう言った。
「手加減なしって言ったのは、ロゼたちだろ?――次はロゼの試合だな、頑張れよ」
「ええ、必ず勝つわ」
そう言って、ロゼは子ども達の声援に応えながら歩いていった。
「さっきの技は何だったんだい? 刀が塵になっていたけど……」
ジェラルドさんが、俺の腰に佩いた鞘に視線を向けながら訊いてきた。
当然、刀は塵になってしまったので鞘には何も納まってない。
俺は喉が渇いていたので、皆で売店に飲み物を買いに行きながらその質問に答え、観客席に戻ると――
『さぁ、第6試合の両選手が舞台へと上がってきました!!』
ちょうどロゼが出てきたところだった。
売店は結構混んでいたが、間に合って良かった。
『前回の試合では現Sランクのギース選手を圧倒し、今や『氷の女王』の異名で呼ばれているロゼ選手!! 今回はどのような闘いを魅せてくれるのでしょうか!?』
「――ぶはっ」
俺は飲んでいたジュースを噴き出してしまった。
「ディーンさん、これを使って下さい」
「……ありがとう、リリア。洗濯して返すから」
俺はリリアが貸してくれたハンカチで口の周りの拭く。
リリアはそれを見て、笑っている。
それにしても、『氷の女王』って何だ……
ロゼが帰ってきたら、からかってみようか?
『あれを見ても、そう言えますか……?』
ラグがそう言うのでハンカチを仕舞いながらロゼの方を見ると、凍てつくような雰囲気を漂わせるロゼがフェミナの方を見ていた。
こちらからはその表情は見えないが――
『ヒッ……そ、それでは両選手、準備をお願いします』
フェミナの怯えようを見ると、容易に想像ができる……
前に向き直ったロゼが剣を構え、フォルクが短剣を逆手に構える。
『それでは第6試合――――始め!!』
開始直後、フォルクがロゼに向かって【縮地】で一気に距離を詰める。
肉薄したフォルクが薙いだ短剣をロゼがバックステップで躱し、炎を纏う剣を逆袈裟に一閃する。
フォルクも後ろに跳んで躱すが、ロゼはそのまま剣を『ネビュラ』に変化、後ろに下がったフォルク目掛けて振り下ろす。
これまでの闘いでも使っていたので、流石にフォルクも予想していたのか、いきなり射程が伸びたにも関わらず慌てることなく躱す。
ロゼも躱されるのはわかっていたのか、左手を突き出し闇の刃を連続で放つ。
フォルクは素早い動きで狙いを外し、当たりそうなものは気を纏わせた短剣で斬り裂きながらロゼに迫る。
ロゼは『ネビュラ』を縦横無尽に操り、フォルクの接近を阻む。
フォルクはシルヴィ戦で見せたように空中に力場を設置し、三次元的な動きで瞬く間に距離を詰める。
肉薄したフォルクが繰り出した地を這うような足払いをロゼは跳躍して躱すが、フォルクはそのまま回転し空中のロゼにハイキックを叩き込む。
ロゼは両腕をクロスさせてガードするが、空中では蹴りの威力に抗えず吹き飛ばされてしまう。
子ども達が悲鳴のような声をあげる。
俺が安心させるように2人の頭に手を置くのと同時に、空中のロゼは吹き飛ばされた瞬間に『ネビュラ』を『イチイバル』に変化、体勢を立て直しつつ風の矢を放つ。
螺旋に渦巻く風の矢が凄まじい速度でフォルクに迫る。
矢を形作る風を【魔力操作】を使い螺旋状に回転させることで、貫通力と速度を増しているのだ。
一応拳銃の弾丸を参考にして、俺がアドバイスした結果だ。
ちなみに俺の魔導銃が放つ弾丸も、螺旋状に回転している。
フォルクは流石に躱し切れず、矢が右肩を貫通する。
体勢が崩れたフォルクにロゼが次々と矢を放つが、流石と言うべきか、フォルクは放たれた矢を素早い体捌きで躱していく。
もう当たらないと判断したのか、ロゼは魔導弓を剣に変化させて左手に握ると、右手に『デモンズ・スピア』の漆黒の槍を生み出し、即座に投げ放つ。
闇の粒子の尾を引きながら迫る漆黒の槍をフォルクは横に跳んで躱すが、近くの石畳に突き刺さった槍が爆発、その爆風で体勢を崩す。
そこに、ロゼがもう一発『デモンズ・スピア』を放つ。
フォルクはそれを地を這うように躱し、障壁に激突して爆発した漆黒の槍に観客が悲鳴のような歓声をあげる。
ロゼが【縮地】で一気に距離を詰めて剣を振り下ろすが、フォルクは四肢を使い跳ねて躱す。
ロゼの振り下ろした剣が石畳を砕き、粉塵が舞い上がる。
宙に跳んだフォルクは空中に力場を設置、それを蹴って未だ剣を振り下ろした体勢のままのロゼへと迫る。
粉塵を突き破りながらフォルクが短剣を振り下ろし、ロゼも踏み込みながら左手の剣を逆袈裟に斬り上げる。
2人の一撃が交叉し、そのまま2人の動きが停止する。
闘技場も耳が痛いくらいに静まり返り、誰かが息を呑む音すらハッキリと聞こえる。
その静寂を破るように、澄んだ金属音が響き渡る。
それと同時にフォルクが石畳へと倒れ込んだ。
フォルクの右手を見ると、短剣が半ばから折れていた。
先程の金属音は、その折れた先の部分が石畳に落ちた音だったようだ。
その事実が浸透していくかのように、フォルクが倒れてからしばらく静寂が続いた後、爆発的な歓声が闘技場を包む。
『き、決まったー!! 勝者、ロゼ選手!! たいへん緊張感のある試合でした!! 両選手に今一度大きな拍手を!!』
ロゼが剣を鞘に納め、最後の一撃が掠っていたのだろう、頬の傷を職員に治してもらい舞台を後にした。
「舞台がボロボロだな……」
俺は、ロゼの魔術や剣の一撃で砕けた石畳を見ながら言った。
どうやらここの石畳は、迷宮のように神龍の力で保護されてはいないようだ。
『マスターも刀を突き刺していたでしょう』
ラグがそうツッコんでくる。
「大丈夫ですよ。ギルドお抱えの職人が、明日までには元通りに直していますよ」
ジェラルドさんがそう言う。
「そうなんですか?」
そんなことを話していると、ロゼが戻ってきた。
「勝ったな」
「武器の差だったわ……」
ロゼは剣の柄に触れながら言う。
「まぁ確かにそれもあるかもしれないが、充分互角以上の闘いをしてたぞ?」
「そうよ、ロゼさん」
ソファラさんや俺の言葉に、他の皆も頷いている。
「ありがとうございます」
「じゃあ、帰るか」
そう言って高級宿に戻ろうとすると――
「先に帰っててくれない?」
ロゼがそんなことを言ってくる。
「ん? どうかしたのか?」
「ちょーっと後輩に用事があるから」
ロゼがニッコリと微笑むが、目が全く笑っていない。
「…………」
十中八九、フェミナだろうな……
「ふふ、程々にね?」
ソファラさんが微笑みながらそう言うと、ジェラルドさんも苦笑している。
俺も苦笑するしかない。
ロゼはソファラさんの言葉に頷くと、通路を歩いていった。
その後、俺はヘリオスとヘカテーの手を引いて高級宿へと戻った。
そしてしばらくすると、ロゼはオルグたちと一緒に戻ってきた。
今日はホームで夕食を食べることにして、女性陣が料理をしている間にオルグから聞いた話だと、あの後闘技場にはロゼの怒声とフェミナの悲鳴が響いていたそうだ……
フェミナの無事を祈っておこう……
そうして夕食を食べてから順番に風呂に入って、高級宿に戻った後眠りに就いた。
『いよいよ武闘大会も準決勝となりました!! 準決勝最初の試合、まず1人目は皆様もご存知の現Sランクの第1位、オルグ選手です!!』
フェミナがそう言うと、今までにないほどの歓声があがる。
オルグが手を振ってその歓声に応えると、さらに歓声が大きくなる。
女性たちの黄色い声援も混じっているのは、流石はSランク第1位というところか。
オルグは顔も悪くないし、面倒見も良い。
この人気も頷けるが――
「オルグ、そろそろやめとけ」
オルグが気さくに声援に応えるので、闘技場中が盛り上がっているが、例外が1人だけいる。
「何でだよ? こういうのも大事だぞ?」
「まぁそれはわかるが、あっちを見てみろ」
俺は視線でVIP観覧席の方を示す。
「げっ……」
そこには、不機嫌なオーラを放ちつつあるレイシアがいた。
【鷹の目】を起動して確認してみると、レイシアは笑顔だが口元が引き攣っていた。
恐らくはオルグが女性の声援に応えまくるから、嫉妬を妬いているのだろう。
『そして対するは、ここまでライ選手やSランクのレイシア選手をことごとく敗ってきた、ディーン選手です!! 彼は、オルグ選手が所属するパーティーのリーダーだという噂もあります!!』
俺の紹介がされると、先程と同じくらいの歓声や驚きの声があがる。
「おまえもずいぶんと人気じゃねぇか」
オルグがからかうようにニヤニヤしている。
「うるさい」
『それでは両選手、準備をお願いします』
俺は昨日作っておいた新しい刀を抜き、オルグは右手に槍斧、左手に金属盾を構える。
「手加減はするなよ?」
「わかってるよ」
『それでは準決勝第1試合――――始め!!』
「グルゥアァ!!」
オルグが【完全狂化】を起動し吼える。
その目から理性が薄れ、代わりに狂暴性が支配していく。
まさに鬼神のような迫力でオルグが駆けてきて、槍斧を薙ぎ払う。
俺は鋭く気合一声、空気すら砕くような勢いで迫る槍斧を刀で跳ね上げる。
ステータスは俺の方が上だが、【完全狂化】で強化された一撃は刀を握る手を痺れさせる。
オルグは跳ね上げられた槍斧をそのまま回転させ、石突きで突きを繰り出す。
俺は咄嗟に体を横に捌いて躱すが、石突きが鎖帷子を掠め、鎖をいくつか引き千切っていく。
レイシアも使った技だが、その速度、威力ともに段違いだ。
俺は気を纏わせた刀を横に一閃するが、オルグは盾でその一撃を防ぐ。
刃が金属盾の表面を削り、凄まじい擦過音と火花が発生する。
その火花を突き破り、オルグが槍斧を突き出してくる。
俺はそれを右に踏み込みつつ回避、オルグの足を払うように刀を薙ぐ。
オルグは左足を上げてその薙ぎ払いを躱すが、僅かに体勢が崩れる。
その隙を逃さず右脚で『裂蹴爆砕』を放つが、オルグがかろうじて盾で防ぐ。
凄まじい激突音とともに吹き飛んでいくオルグに向かって、俺は左の魔導銃を連射する。
オルグは空中で体勢を立て直して両足で着地、そのまま石畳を削りながら魔力の弾丸を盾で受ける。
俺は魔導銃を腰の後ろに戻しつつ駆け出す。
オルグの盾によって反射された弾丸が石畳や神龍の障壁に着弾、観客からあがる歓声を聞きながら爆砕した石畳の破片と爆風を回避、オルグとの距離を詰めていく。
全ての弾丸は防げなかったのか、オルグの全身鎧は左肩や右の脛の部分が罅割れているが、それを気にすることなくオルグも駆けてくる。
俺よりも間合いの広いオルグが先に槍斧を薙ぐ。
アーツスキルの閃光を纏うその一撃を俺は刀を立てて防御、吹き飛ばされないよう耐えるが、その威力に押されてブーツが石畳を削っていく。
激突した瞬間に発生した衝撃波に全身を打たれながら、俺は槍斧の柄を滑らせるように刀を一閃。
オルグは槍斧を手放してそれを躱すと、即座に左手の盾を叩きつけてくる。
俺は刀で防ぐが、刀を弾き飛ばされてしまう。
「チッ」
舌打ちしつつ、気を纏わせた右の蹴りでオルグの手から盾を弾き飛ばす。
オルグはその蹴りで体勢を崩しつつも、そのまま回転して右のバックブローを繰り出してくる。
俺はそれを右腕でガード、その背中に左の膝蹴りを叩き込む。
オルグが痛みに呻きながらも両手で俺の外套を掴み、頭突きを放つ。
痛々しい音が響き、俺とオルグの額が割れて血飛沫が舞う。
俺は仰け反りながらもオルグの両手を掴み、その手を交差させながら背負い投げる。
その状態で受け身がとれるはずもなく、オルグは背中から石畳に叩きつけられる。
俺の投げは石畳を砕くほどの威力だったが、オルグはその状態から俺の顔面に蹴りを放ってくる。
その蹴りをまともに喰らってしまった俺は、勢いに逆らわずに後ろに跳ぶ。
オルグは全身のバネを使って跳ね起き、俺との距離を一足で詰めてくる。
俺も両方の魔導銃を抜き、オルグに向かって跳ぶ。
オルグが放ったストレートを頭を振って躱し、右の魔導銃の刃を一閃。
オルグがそれを俺の腕を握ることで防ぐが、俺は左の魔導銃をオルグの顔面に向けて撃つ。
この至近距離にも関わらず、銃口から射線を読んだのか、オルグが体を倒すようにして躱す。
俺が低い位置にいるオルグに蹴りを放つが、オルグもその体勢から蹴りを放つ。
俺たちは互いの蹴りを腕で受け止め、跳び退る。
すると、ちょうど俺の足元に弾き飛ばされた刀が転がっていた。
オルグの足元にも槍斧が転がっている。
俺たちはほぼ同時に武器を拾い、俺は刀を鞘に納め、オルグは両手で槍斧を握る。
互いに全身に気を纏い、俺は【縮地无疆】で跳び、オルグは槍斧を振りかぶる。
互いの間合いに入った瞬間、俺が刀を抜き打ち、オルグが槍斧を渾身の力で振り下ろす。
俺の左肩が裂け、血が噴き出すと同時に、俺の背後でオルグが崩れ落ちる音がした。
『決まったー!! 何ということでしょう!! この闘いを制したのはディーン選手です!!』
俺は刃毀れして使い物にならなくなった刀を鞘に納め、回復魔術をかける。
舞台へと上がってきた職員がオルグの傷を回復したのを見届け、俺は鼓膜が破れそうなほどの歓声を聞きつつ舞台を後にした。
そしてジェラルドさん達と少し言葉を交わした後、高級宿へと戻った。
戻ってきたオルグは悔しそうにしていたが、どこかスッキリした様子だった。
翌日――
「頑張れよ、ロゼ」
「ええ、決勝で待ってなさい」
「頑張ってー、ロゼお姉ちゃん!」
ヘリオスたちの声援に笑顔で頷き、舞台へと続く通路を歩いていった。
それを見届けた後、俺たちも観客席へと向かう。
「あれだけボロボロだったのに、ちゃんと直ってるな」
俺は昨日の俺とオルグとの闘いで、ロゼの試合とは比較にならないほどボロボロになっていた舞台を眺めながら呟いた。
「改めてギルドお抱えの職人たちの、技術力の高さがわかりますね」
ジェラルドさんも感心したように言う。
『さぁ、準決勝第2試合の両選手が舞台へと上がってきました!! 恐らく男性の皆様が心待ちにされた試合でしょう!!』
ロゼとユリアが跳ね橋を渡ってきた。
フェミナが言った通り、観客――特に男性から大きな歓声があがる。
『まずは、2人のSランクを敗ってこの準決勝まで勝ち進んだロゼ選手です!!』
前回の反省なのか、今回は余計なことを言うのはやめたようだ。
『そしてもう1人は皆様もご存知の、女性でありながらオルグ選手に次ぐ、現Sランク第2位のユリア選手です!!』
ユリアは、歳はロゼと同じくらいで、驚くほどの美貌の持ち主だ。
ロゼと同じく長い銀髪だが、その肌は透き通るように白い。
彼女の種族は何なんだ?
『ダークエルフ』かとも思ったが、耳は尖ってなく肌が白いし、何よりその瞳は紅い。
俺は【リーブラの魔眼】を起動して確認するが――
「なっ……」
ステータスが見えなかった。
俺のレベルが彼女より低いはずがないので、残る可能性は彼女が【気配隠蔽】をマスターしていることだけだ。
そんなことを考えていると、ロゼと何かを話していたユリアがこちらを向きニッコリと微笑んだ。
その瞬間、ステータスが見えるようになった。
俺がステータスを見ていたことに気づいたのか?
俺は驚愕しつつステータスを改めて確認すると――
「何だ、このステータスは……」
今のステータスはそれほど驚くものではないが、俺ほどではないにしろ、その上限値はあり得ない値だ。
上限値が軒並み1000を超えている。
しかも――
「この種族は何だ……?」
種族が『半血種』となっている。
この言葉自体は問題ない。
『鬼人族』や『ハーフエルフ』は、それぞれ『鬼族』や『エルフ』、『ダークエルフ』と『人族』との『半血種』だと言われている種族だ。
だが、その場合でも種族の欄は『鬼人族』や『ハーフエルフ』となるはずだ。
これは以前の野盗たちで確認済みだ。
『彼女は“忌み子”のようですね』
〈何だ、その“忌み子”って?〉
『この世界では、決まった種族間でしか子を生すことはできません。例えば、マスターも知っているように人族と鬼族などです。もちろん同種族間は大丈夫です。ですがごく稀に、それ以外の本来子を生すことができない種族同士の間に産まれてくる子どもがいます。その子どものことを“忌み子”と言います』
〈何か、不吉な呼び方だな……〉
『以前は、吸血鬼と同じように忌み嫌われていたんだよ……“忌み子”が生まれてくる理由は、リーン様やアリューゼ様にもわからなかったから』
〈以前はってことは今は違うのか?〉
『ええ。先程の“忌み子”という呼び名も、今は使われていません。現在はステータスにもあるように、半血種と呼ばれています』
〈彼女はどの種族の半血種なんだ?〉
『恐らくですが身体的特徴を見る限り、吸血鬼と魔族でしょう。半血種は得てして驚異的な能力を持つと言われていますが、彼女はさらに凄まじいですね』
俺に気づいたことなどを考えると、その潜在能力は凄そうだ。
「どうしたんだい、ディーン君? そんなにユリア様のことを凝視して。やっぱりキミも、美人のことは気になるのかい?」
「え? いや、別にそんなんじゃないですよ」
ジェラルドさんが面白がって、さらに俺に詰め寄ろうとしたが――
「あなた、今のはどういうことかしら? 『キミも』ってことは、あなたも気になるってことなのかしら?」
ソファラさんが笑顔でジェラルドさんに訊いた。
「えっ!? いや、それは――」
ジェラルドさんが焦りながら言い訳している。
何で、俺の周りには怖い女性ばかりしかいないんだ……?
『美女2人がどのような闘いを繰り広げるのか、楽しみです!! それでは両選手、準備をお願いします』
俺たちが話している間に試合が始まろうとしていた。
ロゼが剣を、ユリアが細剣を構える。
『それでは準決勝第2試合――――始め!!』
ロゼが【縮地】で一気に距離を詰め、『フラムヴェルジュ』を袈裟斬りに振り下ろす。
ユリアも右手に持った細剣を袈裟斬りに振り下ろし、2人の剣が激突して火花が散る。
そのまま鍔迫り合いになり、2人の剣が鬩ぎ合いさらに火花が散る。
ロゼが放った左手の突きを、ユリアは後ろに跳んで躱しながら左手に光の槍を生み出す。
光属性上級魔術『セイクリッドランス』だ。
「吸血鬼としての弱点はなくなってるのか……?」
吸血鬼は光属性魔術を扱えないし、むしろ弱点だ。
ユリアがその光の槍を投げ、ロゼは剣を『ネビュラ』に変えると気を纏わせ、その槍に向かって薙ぎ払う。
気を纏った『ネビュラ』が光の槍を打ち砕く。
俺が訓練の時に、気を纏った刀でロゼの魔術を砕いたのを覚えていたのだろう。
そのままロゼはユリア目掛けて『ネビュラ』を奔らせる。
ユリアも細剣に気を纏わせてそれを打ち払うが、ロゼはさらに『ネビュラ』を操る。
縦横無尽に奔る『ネビュラ』をユリアは素早い動きで躱し、左手から火炎の竜巻を放つ。
今度は『フレア・トルネード』だ。
ロゼは『ネビュラ』を剣に戻しつつ障壁を展開、迫りくる火炎の竜巻を横っ跳びに躱す。
無事にそれを躱したロゼは、すぐさまユリアへと跳ぶ。
ロゼが繰り出した突きを細剣で受け流し、お返しとばかりに三連突きを放つ。
ロゼは1撃目と3撃目は剣で払ったが、2撃目が肩を掠める。
ローブのおかげでロゼは軽傷だが、なんて奴だ。
ユリアは、魔術は魔族並み、接近戦は吸血鬼並みだ。
正直、かなり強い。
前回の武闘大会で、オルグはどうやってユリアに勝ったんだ?
俺がそんなことを考えている間も、2人の闘いはますます激化している。
ユリアが『スプラッシュ・ストリーム』を放ち、ロゼはその激流を躱しながら『イチイバル』を連射する。
最上級魔術すら使えるのか……
本当に洒落になっていない。
ユリアが細剣で風の矢を斬り払い、躱しながら『ブラストハリケーン』を放つ。
ロゼが障壁で風の渦を弾きつつ魔導弓を剣に変化、【縮地】で一気に距離を詰める。
ユリアも【縮地】を使いロゼに向かって跳ぶ、2人の攻撃が交叉、火花を散らして擦れ違う。
ユリアの右腕が浅く斬り裂かれ、その外套に血が滲む。
彼女はその傷を驚いたように見て、嬉しそうに微笑む。
……何故だ?
ロゼは再び『ネビュラ』を薙ぎ払い、ユリアがそれを防ぐ。
ユリアは細剣を鞘に納め、右手に漆黒の槍、左手に光の槍を生み出す。
『ついに出ました!! ユリア選手の特殊技能、【魔術武装】です!!』
特殊技能というのは、オリジナルカテゴリーのことか?
名称からして、魔術を武器のように扱う技か。
そんなこと、『VLO』でもやった奴はいなかった。
凄まじい才能だ。
両手に光と闇の槍を携えたユリアが、ロゼに向かって駆ける。
ロゼが『エンブレスウェイブ』を繰り出し、『ネビュラ』が波濤となりユリアに迫る。
ユリアは両手の槍を操り、襲いくる『ネビュラ』を弾きながらロゼとの距離を詰めていく。
無駄だと悟ったロゼが、『ネビュラ』を剣に戻しながら左手に暗黒の炎を発生させる。
「『ルシファーズ・インフェルノ』を使う気か……?」
あの魔術は強力すぎるから使う気はないと言っていたのに。
それほどまでに追い詰められているのか……
ロゼが放った暗黒の炎をユリアが光の槍で払う――が、その炎は消えることなく槍に纏わりつき、焼き尽くしていく。
ユリアは咄嗟にその槍をロゼに向かって投げるが、その槍はロゼに到達する前に燃え尽きる。
あの炎は魔術すら焼き尽くすのか……
ロゼが『フラムヴェルジュ』に気と魔力を纏わせ、激しく炎を噴き上げる剣とユリアの闇の槍がぶつかり合う。
あっさりと槍を掻き消した『フラムヴェルジュ』がユリアに迫るが、ユリアはそれを後ろに倒れ込みつつ躱し、そのまま後転して距離を取る。
「いつの間に、あんなことまでできるようになってたんだ」
ロゼの成長には驚かされる。
しかも、あの剣は塵になっていない。
『どうやらセファイド様たちの力が込められたことで、私たちと似たような存在となっているようですね』
ロゼがそのまま魔導弓に変化させ、嵐のような真空波を放つ。
魔導弓の威力までも上がっているようだ。
ユリアは魔導盾でそれを防ぎ、右手で『ホーン・グレイブ』を、左手で光属性最上級殲滅魔術『フォトン・レイン』を放つ。
ロゼの足元から岩の槍が突き出し、頭上からは光線の雨が降り注ぐ。
ロゼは障壁で頭上を庇いつつ、前方に跳躍して岩の槍を躱す。
さらに魔導弓が『ネビュラ』に変化、迫っていた石の槍を斬り裂きながらユリアに襲いかかる。
ユリアは上空に跳び上がりそれを回避、さらに空中に力場を設置しながら宙を駆ける。
ロゼがさらに暗黒の炎を放ち、ユリアが設置した足場を燃やす。
ユリアは咄嗟に跳躍の軌道を下に変更、石畳に降り、さらにロゼに向かって【縮地】で跳ぶ。
ロゼも『ネビュラ』を剣に戻しつつ【縮地】で跳ぶ。
ユリアの細剣とロゼの『フラムヴェルジュ』が激突、細剣を粉々に砕く。
それがわかっていたユリアは激突の瞬間に細剣を手放し、すでに両手に『フレアボム』を準備している。
ユリアがその状態で『双掌打・烈破』を放つ。
咄嗟にロゼは両腕を顔の前で交差させつつ後ろに跳ぶ。
その瞬間凄まじい爆発が起き、ロゼが吹き飛んでいく。
ロゼの負けか――そう思ったが、ロゼは空中で体勢を立て直して着地する。
至近距離で爆発を喰らった両腕は火傷を負ってはいるが、ローブである程度は防げたのか、重傷ではない。
ロゼが再度距離を詰めようとするが――
「私の負けよ」
決して大きな声ではなかったが、どういう訳かその声は良く通った。
『えっ?』
フェミナが間の抜けた声をあげる。
「だから、私の負けよ」
ユリアがもう一度言った。
『しょ、勝者、ロゼ選手!! 何ということでしょう!! まさかの結末です!! これで決勝戦はディーン選手とロゼ選手に決まりました!!』
観客はこの結果にどよめきながらも、大きな歓声をあげた。
「何故、ユリアは負けを認めたんだ?」
彼女の実力なら、あの状況からでもまだまだ闘えたはずだ。
『それは、ロゼさんに訊けば良いと思いますよ?』
まだ舞台上にいるロゼを見ると、治療を受けながらユリアと何か話していた。
そしてしばらく話をした後、2人が舞台を後にした。
『それでは皆様、明後日の決勝戦にご期待下さい!!』
フェミナがそう言うと観客から大きな歓声があがり、拍手が鳴り響く。
その後しばらくして、観客も帰り始めた頃ロゼが戻ってきた。
「これで決勝戦はロゼとだな」
「……ええ、そうね……」
ロゼは浮かない顔だ。
「どうしたんですか、ロゼさん? 嬉しくないんですか?」
「リリアちゃん……嬉しいのは、嬉しいんだけどね……」
「あの勝ち方が気に入らないの?」
ソファラさんが首を傾げながら訊いた。
「まぁそうです……」
「こんな所で立ち話も何だし、そろそろ戻ろう。明日は試合もないし、ジェラルドさん達も夕食を一緒に食べませんか?」
俺がそう言うと、ジェラルドさん達が頷いたので高級宿に帰ることにした。
そしてオルグたちが戻ってきた後、ホームで夕食を食べた。
結局ジェラルドさん達もホームに泊まっていくことになり――
「それで、何であんなに浮かない顔をしていたんだ?」
今は、俺の部屋にロゼが訪ねてきていた。
「それを話す前に、私とユリア様のことを話しておかないとね」
「知り合いだったのか?」
「知り合いって言うよりは、私の魔術の師だったの。前に私がいたパーティーの話をしたでしょ? そのパーティーのリーダーが彼女なの」
「ユリアが魔術の師? ロゼとほとんど同じ歳に見えたが……」
『彼女は恐らく長命種なのでしょう。吸血鬼と魔族、両方とも長寿な種族ですから』
「ええ、ラグの言う通りよ。彼女は200歳を超えてるわ」
全然そうは見えなかったが、それならあの実力も少しは納得できる。
「それで、その話がどう関係が?」
「ユリア様は私の成長が見れたからって、そう言っていたわ」
「そうか……だが、実際俺も驚いたぞ? いつの間に、気と魔力を同時に操れるようになったんだ?」
「貴方と闘う時まで隠しておきたかったんだけどね。できるようになったのは、貴方がリヴァイアサンの討伐に行っていた間によ」
「そうだったのか」
「――それでディーン、決勝では貴方に本気で闘って欲しいの」
「もう本気で闘ってるが?」
「ラグたち、クラスⅤの魔導兵装も使って」
「何でそんなことを?」
「私がどこまで闘えるか、本当のことを知りたいの」
ロゼの目には強い決意の光があった。
「……わかった。ゼノンも許可を出してくれるだろう」
残す試合も、後はロゼとの決勝だけだ。
ラグたちを使っても特に問題はないだろう。
「ありがとう。じゃあ、私は戻るわね」
そう言って、ロゼは自分の部屋へと帰った。
『いよいよ私たちも闘えるんだね』
「おまえたちを使うつもりはなかったんだけどな」
『まぁそう言わずに。私も闘えて嬉しいですよ』
「そうか」
かなり派手な決勝戦になるだろうな――そんなことを考えながら眠りに就いた……
翌日は特にやることもなかったので、俺は取り敢えずゼノンに昨日のロゼの提案を伝えに行った。
思った通り許可は得られたので高級宿に戻ると、女性陣が買い物に行きたいと言い、俺たち男性陣も荷物持ちとして付き合わされた。
流石に俺やロゼも有名になったので、途中かなりの人に囲まれて騒がれてしまったが、何とか脱け出すことができた。
その後も何度か同じことがあったが、楽しく――女性陣だけだが――買い物をした後俺たちはそれぞれの泊まる宿に戻った。
『さぁ、いよいよこの時がやって来ました!! 武闘大会、決勝戦!! この大会の歴史上、決勝戦にSランクの選手がいないのは数えるほどしかありません!!』
フェミナがそう言うと、闘技場が大きな歓声に包まれる。
『それでは、両選手に登場していただきましょう!! まずは、準決勝ではオルグ選手と激しい闘いを繰り広げたディーン選手です!!』
俺は歓声を聞きながら跳ね橋を渡り、舞台へと上がる。
『もう1人は、準決勝でユリア選手と美しくも凄まじい魔術戦を繰り広げたロゼ選手です!!』
フェミナの紹介とともにロゼが舞台へと上がってくる。
「こんな所でロゼと闘うのも新鮮だな」
「そうね」
ロゼが笑いながら頷く。
『それでは両選手、準備をお願いします』
俺は【刀術形態】のラグを抜き、ロゼも『フラムヴェルジュ』を抜く。
『それでは武闘大会決勝戦――――始め!!』
ロゼが剣に気と魔力を纏わせながら、一足で間合いを詰めてくる。
俺も刀に気を纏わせながら跳び、間合いに入った瞬間逆袈裟に刀を斬り上げる。
ロゼが袈裟斬りに剣を振り下ろし、2つの武器が激突、激しく火花を散らす。
ロゼの剣が後ろに弾かれるが、ロゼはその勢いを利用して後ろに跳ぶ。
俺はその後を追って跳ぼうとしたが、ロゼの左手に暗黒の炎が渦巻いているのが見えた。
アイギスに魔力を込めた瞬間、ロゼがその炎を放つ。
障壁が炎を弾くが、砕けた炎の欠片が俺の周囲の石畳を燃やす。
俺はそれを避けながらロゼへと駆けるが、『ネビュラ』の剣先が蛇のように足元から跳ね上がってくる。
顔を狙ってきたそれを頭を振って躱すが、掠った頬が斬り裂かれる。
それを気にすることなくロゼに肉薄し、ロゼの胴を左から薙ぐ。
ロゼが一歩下がってそれを躱し、その右脚が跳ね上がる。
その蹴りを左腕で防ぎ、ロゼの左足を払うように下段蹴りを放つ。
俺に膝裏を蹴られたロゼが体勢を崩すが、ロゼはすでに戻していた剣で下からの突きを繰り出す。
喉を突いてきたその一撃を左足だけで後ろに跳び、宙で回転しながら左の魔導銃を抜き、即座に炸裂弾を放つ。
ロゼが魔導盾で弾きながら剣を魔導弓に変化、螺旋の矢を天に向かって放つ。
【魔導弓】のアーツスキル『アローレイン』で、空中で無数に分裂した矢が降り注ぐ。
俺は『ヘルメスグリーブ』の効果で宙を蹴り、その範囲から逃れつつ刀を斬馬剣に変化、ロゼに向かって振り下ろす。
ロゼは横に跳んで躱しながら、魔導弓を『ネビュラ』に変化させる。
大剣が石畳を砕き、粉塵が舞い上がる。
その粉塵を突き破って『ネビュラ』の剣先が迫る。
それを大剣で防ぐと、『ネビュラ』が大剣に絡みつき俺の動きを阻む。
さらに粉塵を突き破って迫りくる漆黒の槍。
俺は大剣を杖に変えて絡みついていた『ネビュラ』を外すと、気を纏わせた『風車』で槍を弾く。
ロゼの手元に戻っていく『ネビュラ』を追うように跳び、杖を薙ぎ払う。
その一撃をロゼは戻していた剣で防ぐが、さらに俺は逆側を上から叩きつけるように振り下ろす。
ロゼはそれを体を横に捌いて躱し、剣を逆袈裟に一閃。
俺はそれを跳び退って躱す。
『両者、【多重武装】で目まぐるしく武器を換えながらの闘いです!! 観客の皆様もどうか瞬きをせずにご覧下さい!!』
俺もロゼも【多重武装】は使ってないんだがな――そんなことを思いつつ、杖を再度刀へと変える。
ロゼが放った『ブラストハリケーン』を『衝破刃』で相殺し、【縮地・廻天】でロゼの背後へと一瞬で移動する。
背後から俺が薙いだ刀を、数瞬の差で気づいたロゼが屈んで躱す。
斬られた銀髪が宙を舞う中、ロゼがそのまま体を回転させながら足払いを繰り出す。
それを後ろに跳んで躱すが、ロゼは俺の着地地点の石畳に向けてスローイングダガーを投げる。
石畳に落ちる俺の影にダガーが刺さった瞬間、俺の動きが何かに阻まれる。
「なっ……」
ロゼが【多重武装】を使えたことも驚きだが、俺の動きを阻んでいるのは【暗殺】のアーツスキル『影縫い』だ。
「ふふ。そんなに驚いてくれると、頑張って習得した甲斐があるわ」
「確かに驚いたが……まだまだ甘いぞ」
当たり前だが、まだ熟練度が低いので、完全に動きを止めるほどの拘束力はない。
俺は右脚を強く踏み込み、【格闘術】のアーツスキル『震脚』を発動。
足元の石畳が砕け散り、舞台が震動する。
「え!?」
俺の足元のダガーもその衝撃で砕け散った。
自由に動けるようになった俺は即座にロゼへと跳ぶ。
素早く動揺から回復したロゼも剣を構える。
俺とロゼの攻撃がぶつかり合い、体重が軽く、STRの低いロゼが吹き飛ぶ。
ロゼが吹き飛びつつも『イチイバル』を射る。
俺は気と魔力を纏った刀でその矢を斬り払い、ロゼへと駆けながら左の魔導銃を抜いて連射する。
着地したロゼが障壁を展開して弾丸を弾き、俺に向かって跳ぶ。
再び俺たちは激突し、刀と剣で鍔迫り合いが起こる。
「何で雷属性を使わないの?」
鬩ぎ合う刃の音に紛れて、ロゼが訊いてくる。
「流石に目立ちすぎるだろ」
「本気で闘ってって言ったでしょ!!」
そう言いながらロゼは剣を斬り払い、後ろに跳びつつ無数の闇の刃を放つ。
『ここまで来たら使っても良いんじゃないですか?』
俺はラグの声を聞きつつ闇の刃を斬り裂き――
「……わかったよ」
俺は戦闘の思考をトップギアに上げつつ魔導銃に雷の魔力を込め、即座に放つ。
レーザーのような雷光が放たれ、ロゼに向かって凄まじい速度で奔る。
ロゼは障壁を展開しながら横に跳んで躱すが、障壁を掠めた雷光で弾き飛ばされる。
そのまま直進した雷光が神龍の障壁に激突し、雷鳴のような爆音が鳴り響き、観客からも悲鳴があがる。
俺は魔導銃を戻して【魔装鎧】で雷の魔力を、【闘気術】で気を全身に纏いながらロゼへと駆ける。
全身から雷光を放ちながら【疾風迅雷】に匹敵する速度でロゼに迫り、同じように雷光を纏う刀を逆袈裟に振るう。
ロゼも気と魔力を纏った剣でその一太刀を受けるが、雷速にまで加速された刀を受け切れず吹き飛ばされる。
すぐさま俺は【縮地无疆】で跳び、未だ空中にいるロゼに浴びせるような蹴りを叩き込む。
ロゼは剣の腹に左腕を添えて防御するが、激しく石畳に叩きつけられ痛みに呻く。
俺は倒れているロゼに刀を振り下ろすが、ロゼは横に転がり何とか躱す。
ロゼが起き上がりつつ左手に漆黒の槍を生み出し、右手に剣を、左手に槍を構える。
これはユリアが使っていた【魔術武装】か?
そう思いつつ俺が刀を二刀に変化させた瞬間、ロゼが一足で距離を詰めてくる。
ロゼが漆黒の槍で放った突きを右の刀で受け流し、逆袈裟に斬り上げられた剣を左の刀で防ぐ。
俺が繰り出した前蹴りをロゼが右膝を上げて防御し、その勢いを利用して後ろに跳躍、左手の槍を投げ放つ。
右手の刀でその槍を斬り裂きながらロゼを追い、左手の刀を袈裟斬りに一閃。
ロゼがその一撃を剣で防ごうとするが、受け止め切れず剣を取り落とす。
さらに、その刀から放たれた衝撃波がロゼの全身を打つ。
動きの止まったロゼに、刀を持ったままの右手の拳で『寸勁』を叩き込む。
それをまともに喰らったロゼが吹き飛び、石畳に叩きつけられた。
倒れ伏したままのロゼが起き上がる気配はない。
俺は二刀を払い、鞘に納める。
『き、決まったー!! 決勝戦の勝者はディーン選手です!!』
フェミナがそう言った瞬間、闘技場が割れんばかりの歓声に包まれる。
俺はその歓声とフェミナの言葉を聞きながら、剣を拾ってロゼの元へと歩いていく。
ロゼの様子を確認すると、気絶しているだけのようだ。
俺はロゼに回復魔術をかけて抱え上げると、その行為に観客がさらに盛り上がる。
その鼓膜が破れそうなほどの歓声を浴びながら、下りてきた跳ね橋を渡って舞台を後にする。
そして通路にいた職員の女性に案内され、ロゼを医務室まで運んだ。
そこにいた治癒術師のお姉さんに治療されていると、ロゼが目を覚ました。
ロゼは、自分が医務室のベッドに寝かされていることに気づくと――
「私、負けたのね……」
体を起こしながら、そう呟いた。
「まぁそうなるな。だが、こいつらを使ってなかったら負けてたかもな……」
俺は『アイギス』を見ながら言う。
それほどまでにロゼは強くなっていた。
「仮定の話をしても仕方ないわ。私も、もっと強くならなきゃね」
「まだ強くなる気か?」
「当たり前でしょ」
そんなことを話していると――
「ディーン様、ロゼ様、閉会式が始まります。舞台の方にお戻り下さい」
職員の男性が呼びに来た。
「わかりました」
俺はそう応え、ベッドを下りようとしていたロゼに手を貸す。
「ありがとう」
「大丈夫か?」
「ええ。じゃあ、行きましょうか」
俺はロゼの言葉に頷き、ロゼとともに舞台へと向かった。
すると舞台では、俺たちを除く、本戦に出場した8人の選手とゼノン、そしてフェミナが待っていた。
俺とロゼが跳ね橋を渡ると――
『今大会の主役2人がやって来ました!! 皆様、大きな拍手を!!』
フェミナがそう言うと、大きな歓声と拍手が巻き起こる。
舞台上の皆も拍手をしている。
それらを浴びながら俺たちは舞台へと上がる。
『それでは、これより武闘大会個人戦の閉会式を始めます』
そうして閉会式が始まった。
その後30分ほどで終わったのだが、その間ロゼから逃げるように、ギースがひたすらコソコソしていたのが面白かった。
あの試合で思い知ったらしいな。
ちなみに優勝賞品は魔導書と賞金が10万ティルだった。
準優勝は賞金5万ティルだ。
閉会式が終わり、2日後にSランク任命のパーティーがあるので来て下さい――とゼノンに言われた後、ジェラルドさん達とともに高級宿へと戻った。
帰る途中に俺はかなりの人達に囲まれ、弟子にしてくれだの、パーティーに入れてくれだのと言われた。
ロゼも囲まれ同様のことを言われていたが、ロゼの方には『お姉様と呼ばせて下さい』などと言う、ちょっと変わった女性のファンもいて、ロゼがあたふたしていた。
俺たちは子ども達を抱え上げて何とかそれから脱け出した後は、もう一度囲まれては堪らないとダッシュで帰った。
今日は俺たちの優勝祝いなどを兼ねて、ホームでささやかながらパーティーをすることになった。
料理を作るのはレイシアとソファラさんだ。
その間、俺とロゼは試合の汚れを落とすために風呂に入った。
俺が風呂から出ると、ちょうど料理も出来上がったところだったので皆で食べることにする。
「結局、おまえが優勝しちまったな」
オルグが異様にでかい鶏のもも肉のようなものを、豪快に齧りながら言った。
何かの魔獣の肉らしい……
「でも、ロゼさんも凄かったですよ!」
リリアが両手の拳を握りながら言う。
ヘリオスとヘカテーもコクコクと頷いている。
「ありがと、リリアちゃん。でも、結局最後は手加減されちゃったけどね」
ロゼが両隣にいる2人の頭を撫で、後半は俺を横目で睨みつつ言った。
「仕方ないだろ? いくら神龍の障壁があるからって言っても、ラグで攻撃する気にはならなかったんだよ」
試合中もなるべくラグでの攻撃は、フェイントや牽制などにしか使わないようにしていた。
「ふふ、ディーンさんは優しいのね。それにしても、リリアじゃないけど本当にロゼさんも凄かったわよ。ユリア様の【魔術武装】を使ってたわよね?」
「はい。どうしてもディーンに勝ちたかったから、準決勝の後ユリア様に教えてもらったんです」
「そんなに簡単に、できるようになるものなのかい?」
「私のなんて、ユリア様のに比べたら全然ダメですよ」
「充分凄かったわよ、ロゼ」
そんなことを話しながら食事を食べ、明日の予定を話し合った。
レイシアによると、2日後の任命パーティーは正装で出席しなければならないらしいので、そんな物を持っていない俺たちは明日買いに行くことに決めた。
明日一緒に買い物に行くので、その日もジェラルドさん達は泊まっていくことになった。
翌日、俺とオルグの正装を女性陣にあれこれ言われながら選び――ほぼ選んだのは女性陣だが――、その後子ども達の服と、ロゼとレイシアのドレスを買いに行った。
俺とオルグは2人がどんなドレスを買ったのか見せてもらえず、荷物だけ持たされた。
あまり街中をウロウロするとまた囲まれそうなので、買い物が終わった後はすぐに帰り、ホームで各々好きに過ごした。
リリアとヘリオス、ヘカテーはすっかり仲良くなり、一緒に仲良く遊んでいる。
ロゼたち女性陣は、子ども達の様子を微笑みながら眺めている。
オルグとジェラルドさんは昼間から酒を飲んでいる。
そして俺は――
「何か理不尽じゃないか……?」
工房に籠り、この大会で傷んだ全員の武具を手入れしていた。
『仕方ないですよ。鍛冶ができるのが、マスターだけなんですから』
『クラッドさんが、まだこの街に残ってたら良かったのにね~』
アイギスが言うように、おっさんはすでに『桜花』に帰ってしまっていた。
「まぁ文句を言っても仕方ないな。さっさと終わらせよう」
俺はため息を吐きながら手入れをしていった……
そして、翌日――
「準備できたか、オルグ」
俺は白いシャツとダークグレーのスーツのような服を着ている。
「あぁ、できたぜ。でも、レイシアたちが――」
「こっちもできたわよ」
そう言いながらレイシアがリビングへと下りてきた。
「あれ、ロゼは?」
2人は一緒に準備をしていたはずだが……
「ほら、恥ずかしがってないで下りてきなさいよ」
レイシアが2階にいるロゼに向かって声をかける。
「わかったわよ……」
ロゼが階段を下りてきた。
「ど、どう?」
「あ、あぁ。似合ってるよ」
2人とも髪を丁寧に結い、レイシアは薄い青のフワッとした感じのドレスで、ロゼのは深い赤のスラッとしたドレスを着ている。
胸元が結構開いているレイシアのに比べ、ロゼのは首元くらいしか開いてないが、背中がかなり露出している。
「じゃあ、行きましょうか」
レイシアはそう言うと、オルグの腕に自ら腕を絡める。
「ディーンも、しっかりロゼをエスコートしてあげてよ?」
「私たちは2人を連れていくから良いの!」
そう言って俺とロゼは、キチンと正装した子ども達と手を繋いで、パーティーの会場であるギルド総本部へと歩いていった。
「新たなSランクは、この5人に決まりました」
ゼノンがそう言うと、前方の壇上にいる5人に会場にいる人々から拍手が送られた。
俺とロゼも拍手をする。
結局、ロゼもSランクを辞退してしまった。
元々俺と闘うのが目的で、Sランクには興味がなかったらしい。
今回Sランクに選ばれたのは、オルグ、レイシア、ユリア、フォルクの元々Sランクだった4人に加え、俺が最初に闘ったライだ。
Bランクからの抜擢は史上初らしい。
「それでは皆様、今宵は存分にお楽しみ下さい」
大会から引き続き進行役をしているフェミナがそう言うと、招待客は皆それぞれ話をしたり、料理を食べたりしている。
このパーティーは立食形式だ。
オルグたちが戻ってくると、他のSランクの3人もついて来ていた。
「アンタ――いや、貴方は『来訪者』だったのですね」
ライが試合の時とは打って変わって、敬語で話しかけてきた。
「別に敬語じゃなくて良いぞ。それほど歳も変わらないだろ?」
「助かるぜ。俺、敬語苦手なんだよ」
そう言って、ライはガシガシと頭を掻く。
綺麗に撫でつけられていた、狼の体毛のような濃いグレーの髪が乱れる。
「俺はフォルクだニャ。以後お見知りおきを、ディーン殿」
フォルクは低く渋い声だが、それと語尾の『ニャ』が非常にミスマッチで吹き出しそうになる。
「こちらこそ、宜しく」
俺は何とかそれを堪えて、右手を差し出す――が、フォルクは俺の右手を不思議そうに見つめるだけだ。
やっぱりこの世界に『握手』という概念はないのか……
そう思いながら手を引っ込めようとすると――
「宜しくニャ」
俺の行為の意味に気づいたのか、フォルクが俺の右手を握った。
その手は体と同じく漆黒の毛に覆われているが、五指は人のようになっている。
短剣を握ってたのだから、当たり前だが。
しかし手の平はまるで肉球のようにピンク色で、プニプニとしていた。
やべぇ……、滅茶苦茶気持ち良い……
思わず、右手をニギニギして感触を楽しんでいると――
「ディーン殿、そろそろ構わないかニャ……」
「おっと、つい……すみませんでした」
慌てて手を放すと、ロゼの呆れたようなため息が聞こえた。
「それじゃあ、最後は私ね」
そう言って、ユリアが一歩前に出る。
「もうご存知かと思いますが、ユリアと申します。以後お見知りおきを、ディーン様」
ユリアはそう言って、優雅に一礼する。
間近で見ると、圧倒されそうなほどの美貌だ。
「ユリア様、ディーンに『様』なんて付けなくても構いませんよ」
「おいおい……」
思わず引き込まれそうになっていたが、ロゼの声で正気に戻った。
「貴女もよ、ロゼ。貴女は私に勝ったのだから、『様』なんて付けなくても良いのよ?」
「そういう訳には……」
「貴女の、そういう頑固なところは変わってないわね……」
ユリアはため息を吐きながらそう言った。
その後、ライやフォルクにいつか闘ってくれと言われたり、ユリアに雷属性魔術のことを根掘り葉掘り訊かれたりとしたが、俺たちは食事や会話を楽しんだ。
そして――
「いつかみたいに、飲みすぎないでくれよ?」
俺はテラスにいるロゼに声をかけた。
その手にはシャンパンのように泡立つ、琥珀色の酒が入ったグラスが握られている。
「わかってるわよ」
ロゼはそう言いながらも、さらに一口飲む。
「貴女は相変わらず、弱いのに良く飲むわね」
俺の後ろから近づいてきたユリアがそう言った。
正直心臓に悪いので、気配を消して近づくのはやめて欲しい。
「ユリア様、どうかしたんですか?」
「ロゼ、『様』はやめなさいと言ったはずよ?」
ユリアはそう言ってニッコリ笑うが、凄く恐い。
「うっ……わかりました、ユリア……さん」
ロゼも気圧されたように言いなおす。
ユリアの放つ気配が先程より濃くなっている。
吸血鬼の血の所為か?
もう夜も更けてきているし……
「それで俺たちに何か用ですか、ユリアさん?」
「ユリアで良いわよ?――その子たちが、噂の吸血鬼の子どもね?」
ユリアがそう言って、俺について来ていた2人を見る。
「そうですが……」
「そんなに警戒しないで。私にも、吸血鬼の血が流れていることは知っているのでしょう?」
「ええ、知っています」
「私のような半血種――いえ、“忌み子”を救ってくれたのはゼノン様なの」
「そうなのか?」
俺がロゼに確認すると、ロゼは頷いて肯定する。
「私は幼い頃にあの方に拾われたの。最初の頃はかなり苦労したわ。あの頃はまだ“忌み子”は迫害の対象だったから……」
ユリアが昔を思い出すように話す。
しかし、ユリアを育てたのがゼノンとは……
アイツは一体、何歳なんだ……
「ゼノン様は冒険者として各国を旅しながら、必死で“忌み子”の現状を改善していってくれた。結局それには長い時間がかかってしまったけれど、今私たちがこうして普通に生活できるのは、間違いなくあの方のおかげよ」
この子たちを庇っていたのも、この頃のことがあったからだろうか?
「長い時間とは、具体的にはどのくらいかかったんですか?」
「100年ほどね。あの方がグランドマスターになってからも、20年ほどかかったわ」
「『半血種』という呼び名が広まって、完全に迫害がなくなったのは、今から30年くらい前のことよ」
ユリアとロゼがそれぞれ説明してくれた。
「100年か……長いな」
吸血鬼の問題も同じくらいかかるということか……
「今回はもっと早いかもしれないわ。ゼノン様すでにグランドマスターだし、各ギルドマスターも協力するだろうからね。――だから安心しなさい、おチビちゃん達」
そう言うと、ユリアは屈んでヘリオスとヘカテーの頭を撫でる。
2人はユリアに吸血鬼の血が流れているからなのか、全く怖がっていない。
「ユリアさ……ん、結局それを言いに来たんですか?」
ロゼが『様』と言いそうになりながら訊いた。
「ええ、そうよ。だって、私と同じような境遇の子ども達を放っておけないでしょ?」
そう言いながらユリアは立ち上がり――
「じゃあ、私は戻るわ。貴方たちも早く戻りなさいね? このパーティーの主役は貴方たちなんだから」
そう言って、ユリアは戻っていった。
「――そういえば、こんな所で何してたんだ?」
俺はロゼの方に振り向きながら訊いた。
「ん? やっぱり貴方に勝ちたかったな――って考えてたの」
「何でそんなに、俺に勝ちたいんだ?」
「前に言ったでしょ? 貴方の隣に立って闘いたいって。今回貴方に勝てれば、それを証明できるかなって思ってたの」
「充分強かったよ」
「まだまだよ。私は貴方を守れるくらい、強くなりたいから」
「おいおい……」
そんなことを話しながら俺たちも戻る。
そうしてパーティーの夜は更けていった……
お読みいただき、誠に有り難う御座います。
更新が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
これで第3章は終わりとなります。
次話からは第4章が始まるのですが、ここでお詫びがあります。
年内の更新はこれで最後にしたいと思います。
理由は、これまでの話で本来のプロットから大分ズレてしまったので、この先のプロットを修正したいからです。
年明けからはまた更新していきますので、どうかご容赦下さい。
ご感想、拍手、一言メッセージを沢山いただき、大変嬉しく思っています。
いつも執筆の原動力にさせていただいております。
誤字、脱字等ありましたらご報告をお願いします。
ご感想、ご批判等もお待ちしています。
それでは、また次話で。