第19話 『武闘大会』予選
『さぁー、いよいよ始まりました!! 年に一度の武闘の祭典、『武闘大会』!! 今年も数多の冒険者たちが――』
俺たちは今、武闘大会に出るために『グランドティア』の中央部にある闘技場へとやって来ていた。
現在は開会式の最中で、先程から舞台の中央で元気に喋っているのは、大会進行役と審判を兼任しているらしい魔族のお姉さんだ。
その声は風属性魔術で拡大され、闘技場全体に響いている。
闘技場には多くの人が詰めかけていて、お姉さんの言葉に大きな歓声があがっている。
ここに来るまでの街中も、通りには多くの露店が並び、擦れ違うのも苦労するほど人で溢れていた。
「まるで祭りだな……」
「まぁ年1回の娯楽だしね」
今、俺の隣にはロゼと子ども達しかいない。
オルグたちは各ギルドマスターや他のSランク冒険者たちと同じく、観客席の上段にあるVIP専用の観覧席にいる。
俺やロゼもゼノンに誘われたが、丁重に断った。
Sランク冒険者がいるということは、あのバカもいるということだ。
また絡まれても鬱陶しいしな。
「冒険者たちは必死みたいだけどな」
俺は3日前の受付の時に見た冒険者たちを思い出しながら言った。
「それはそうよ。たとえSランクになれなくても、この大会で活躍すれば一躍有名になれるからね」
観客席でロゼとそんなことを話していると――
『それでは皆様はすでにご存知だとは思いますが、今一度この大会のルールをご説明しましょう。まず――』
進行役のお姉さん――フェミナがそう言って説明をし始めた。
フェミナが説明した大会ルールを要約するとこういうことだ。
この大会での戦闘中はどんな攻撃を受けてもHPは1/2以下にはならないが、その瞬間に気絶する。
勝敗は場外負け、ギブアップ、そして気絶――この3つで決まる。
そして続いて禁止事項の説明が始まる。
主な禁止事項は――
試合中のアイテムの使用は禁止。
不正を防ぐため、試合前の出場者同士の過剰な接触は禁止。
これらの禁止行為が認められた場合は、冒険者資格の剥奪などかなり厳しい罰が与えられるようだ。
それ以外の不正行為が認められた場合も同様だ。
そして――
『この大会ではあらゆる武器や魔術、そしてスキルの使用が許可されています。ですが、ご安心下さい』
そう言ってフェミナが右手を掲げ、観客席に向かって『ファイア・アロー』を放つ。
放たれた火の矢が観客席に迫り、観客の一部から悲鳴があがる。
しかし観客席の直前で障壁に阻まれ、小規模ながら爆発が起こる。
『――大変失礼致しました。ですが、このように観客の皆様は神龍様のお力で守られております。どうぞ、安心して試合をご観覧下さい』
そう言って、フェミナは観客に向かって頭を下げた。
毎年の恒例なのか、先程のパフォーマンスで悲鳴を上げた観客――特に男性が周りの観客から笑われている。
『それではグランドマスター、ゼノン様から開会の言葉をいただきたいと思います』
その言葉とともに舞台に繋がる3ヶ所の橋の1つからゼノンが歩いてくる。
何故橋が架かっているのかというと、舞台の周囲には幅5m、深さ10mほどの水を張った堀があるからだ。
試合中は、その堀に落ちると場外負けとなる。
『出場者の皆さんは、日頃の鍛錬の成果をこの場で思う存分発揮して下さい。そして観客の皆様は、その鍛え上げられた技を、研鑽された魔術をお楽しみ下さい』
ゼノンは舞台の中央まで来ると、コホンと小さく咳払いをした後そう言った。
その声もフェミナと同じく魔術で拡大されている。
『それではグランドマスターの名において、ここに『武闘大会』の開幕を宣言します!!』
一際大きな歓声があがり、闘技場の上空にまるで花火のような閃光がいくつも輝き、爆音が鳴り響く。
これも魔術なのだそうだ。
先程の声を拡大する魔術やこのような魔術は、戦闘用のものと区別するために『汎用魔術』と呼ばれているらしい。
『――それでは、『予選1回戦』第1試合に出場される皆様は控え室の方にお集まり下さい』
ゼノンと入れ替わりに舞台の中央に立ったフェミナがそう言った。
この大会には冒険者たちや腕に覚えがある人達が多く参加しているので、ふるいに掛けるために予選が2回ある。
予選1回戦は10人前後でのバトル・ロイヤルだ。
最後に残った1人だけが次の予選2回戦に進むことができる。
この予選1回戦だけでも1日10試合で8日間、計80試合もある。
「じゃあどうする、ディーン? 試合を見ていく?」
俺の試合は明日の第17、ロゼは4日後の第36試合だ。
取り敢えず、今日は何もすることがない。
「――ヘリオスたちも退屈してるみたいだし、今日は帰るか」
子ども達には開会式は退屈だったようだ。
「そうね。帰りましょうか」
そう言って、俺たちはそれぞれ子ども達の手を引きながら闘技場を出る。
オルグたちは試合を見ていなければならないし、レイシアは治癒術師としての役割もある。
試合中は神龍の力で守られているため、部位欠損にはならないが、骨折などの怪我はするからだ。
取り敢えず高級宿に戻ろうと、人混みを進んでいると――
「ディーンさーん!!」
前方からリリアが手を振りながら走ってきた。
「リリア!? 何でこんな所に?」
まさか1人で来たとか言うんじゃないよな……
「武闘大会を見に来たんですよ。――もちろん両親も一緒です」
リリアが、俺の考えていたことがわかったようにそう言う。
「それで、ソファラさんやジェラルドさんは?」
俺がそう言うと――
「リリア、迷子になっても知らないわよ?」
リリアの後ろからやって来たソファラさんが、リリアの頭を軽く叩く。
その隣にはジェラルドさんもいる。
「ごめんなさい……ディーンさんが見えたから、つい……」
「久しぶりだね、ディーン君。ロゼさんも」
「お久しぶりです。リリアに聞きましたが、ここには大会を見に来たんですか?」
「まぁ数少ない娯楽だからね。ちなみに、クラッドさんも来ているよ?」
やはりこの世界には娯楽は少ないのか。
このお祭り騒ぎにも納得だ。
「クラッドさんも来てるんですか? 今は何処に?」
周りを見ても、それらしい人影は無い。
まぁ『ドワーフ』は小さいので、見えないだけかもしれないが……
「依頼主に会いに行ってるよ。元々私たちがここに来たのも、クラッドさんのために依頼主が用意した馬車に便乗しただけだしね」
「依頼主? クラッドさんが何か依頼を受けたんですか?」
「この大会の出場者に、武具の製作を依頼されたようですね。あの人も最近は、鍛冶師としてかなり有名になりましたからね」
おっさんもかなり努力しているのだろう。
「そうだったんですか。――ところでジェラルドさん、村長の仕事は良いんですか?」
開会式で聞いた限り、この大会の日程は1ヶ月くらいあるんだが……
「まぁそこは上手くやってるよ」
そう言ってジェラルドさんはニヤリと笑った。
「そんなことよりこれを見て下さい、ディーンさん」
父親の言葉を遮り、リリアがたすき掛けにしていたバッグからカードを取り出して見せてくる。
そのカードは、『錬金ギルド』のカードだった。
「この子、正式に『薬師』として認められたのよ」
「えへへ~」
ソファラさんがそう言うと、リリアが照れたように笑う。
「やったじゃないか、リリア」
「歴代最年少の薬師だそうだよ。流石は私の娘だ」
ジェラルドさんがそう自慢する。
「あなたは別に何もしてないでしょ。――ところで、ずっと気になってたんだけど、その子たちは迷子か何か?」
そう言ってソファラさんは、外套に隠れるように俺の腰にしがみついているヘリオスに視線を向ける。
ヘリオスは、リリアが現れてからずっとこの状態だ。
「いえ、迷子じゃありません。この子たちは、俺が一時的に預かっている子たちです」
俺がそう言うと、ソファラさんが何かを言いかけるが――
「お母さん、そろそろ試合が始まるよ?」
リリアがソファラさんの上着の袖を軽く引っ張る。
「そうね。――ディーンさん、宿は何処にとっているの?」
「『セントラル・ティア』です」
「そう。なら、今晩少し話せないかしら?」
「わかりました。それなら、俺がソファラさん達の泊まっている宿に行きましょうか?」
「私がそちらに行くわ。1階の広間で待っていてくれないかしら?」
1階の広間というのは、エントランスホールのことか?
「わかりました」
「それじゃあ、またその時にね」
そう言うとジェラルドさん達は闘技場の方に歩いていった。
リリアに手を振り返しながら――
「話って何かしら?」
「多分、こいつらのことだろうな」
「そうよね……」
ロゼがヘカテーの頭を撫でる。
「取り敢えずは高級宿に戻ろう」
そう言って俺とロゼは2人の手を引いて、人混みの中を高級宿に向かって歩き出した。
その後、昼食を食べたり子ども達と遊んだりしている内に夕方になり、オルグたちが帰ってきた。
「早かったな。もう少しかかるかと思ってたが」
「あぁ、今日の試合はどれも順調に進んだからな」
「大した怪我人も出なくて良かったです」
レイシアが胸を撫で下ろす。
「ご飯が出来たわよ。食べましょう?」
今日は1人で夕食を作っていたロゼが、料理が乗った皿を手に持ちリビングへとやって来る。
「ごめんね。1人で作らせて」
「構わないわよ。レイシア、疲れてるでしょ?」
「ありがとう」
そして、今日の試合の話をオルグたちから訊きながら夕食を食べた。
夕食後、子ども達を風呂に入れ――
「じゃあ、俺はソファラさんと話があるから行ってくるよ」
ヘリオスとヘカテーをロゼたちに任せ、俺はエントランスホ-ルへと向かった。
そこに置かれていたソファーに腰掛けてしばらく待っていると、入り口からソファラさんが入ってくるのが見えた。
「ソファラさん!」
俺が声をかけると、俺に気づいたソファラさんがこちらに歩いてくる。
「ごめんね。待ったかしら?」
「それほど待ってませんよ。それで話というのは?」
ソファラさんが俺の向かいのソファーへと座る。
「貴方ならわかってるとは思うけど、あの子たちのことよ」
やっぱりそうか……
「一時的に預かってるって言ってたけど、どういうことなの?」
「それは――」
俺は2人を預かることになった経緯を簡単に説明した。
「そう……そんなことが……」
ソファラさんは流石にショックを受けているようだ。
「すみません。不快な話をしてしまって」
「それは構わないわよ。――それで、貴方はこれからのことをどう考えてるの?」
「それは……」
「貴方は元の世界に還るんでしょう? それはもう諦めたの?」
「そんなことはッ!」
「なら尚更、あの子たちは早めに孤児院に預けた方が良いわ。確か、この街には『ギルド連盟』が出資している孤児院があったはずよ?」
『ギルド連盟』とは冒険者ギルドや錬金ギルド、鍛冶ギルドなど様々なギルドが集まった組織のことだ。
ほぼ全てのギルドは『ギルド連盟』に入っていて、『グランドティア』のギルド総本部はギルド連盟の総本部でもある。
もちろんそのトップはグランドマスターである、ゼノンだ。
あの事件で助け出された他の子ども達の中で、身元がわからなかった子ども達はその孤児院に預けられていると、ゼノンから聞いている。
「それはグランドマスターから聞いています。ですが、あの2人は……」
俺は2人の種族のことを言ってしまって良いのか、迷う。
「ソファラさん、俺がこれから言うことは秘密にしておいてくれますか?」
「……ええ、わかったわ。今日聞いた話は私の胸に秘めておきます」
「ありがとうございます。――あの2人は吸血鬼なんです」
周囲の人には聞こえないよう、小声でそう言った。
「――ッ!! そうだったの……」
「はい、なので孤児院には預けられません。ソファラさんも、吸血鬼のことは知っているのでしょう?」
「一般的には魔物だと言われてるわね。とてもそうは見えなかったけど……」
「それは誤解なんです。確かに魔物の中には似たモノもいますが、不死族の吸血鬼は魔物ではありません」
「……貴方が言うなら、そうなんでしょうね」
「グランドマスターを始めとした何人かの人達はわかってくれていますが、他の大多数の人達は誤解したままです。この状況では流石に……」
「そうね。だったら、2人の親を探してみたら? 吸血鬼は、常闇の国『サーフェリオ』から来ると言われてるけど?」
「その通りです。俺もあの国には行くので、その時に2人の親を探すつもりですが……」
ロゼには見つかる可能性は低いと言われたが、俺は諦めてはいない。
「でも、すぐにではないでしょう?」
「少なくとも、この大会が終わるまでは……」
「それに親が見つからなかったら? 貴方が育てるの?」
「…………」
「いずれにせよ、貴方が元の世界に還るつもりがあるのなら、あの子たちは誰か他の人に預けるべきよ。――これは同じ年頃の子どもを持つ母親として言わせてもらうけど、貴方はあの子たちの人生に責任が持てる?」
「それは……」
「貴方のやっていることが悪いこととは言わないわ。身寄りのない子どもを引き取るというのは立派なことよ? でも子どもを育てるというのは、そういうことなの。途中で放り出すことは許されないわ」
「はい……それはその通りだと思います……」
2人のことを思って行動したつもりだったが、甘い考えをしていたと思い知らされた。
「偉そうなことを言って、ごめんなさいね。でも、これだけは譲れなかったの」
「いえ、色々と考えさせられました」
「子どもを育てるのはそのくらい大変なのよ? あの子たちともう一度良く話し合って、これからのことを決めなさい。何なら私が引き取っても良いわ」
「良いんですか? 2人は吸血鬼ですよ?」
「貴方が言ったんでしょう、魔物とは違うって。だったら、あの子たちはただの可愛い子どもよ。種族なんて関係ないわ」
ソファラさんはそう言い切った。
「わかりました。もしかすれば、お願いするかもしれません」
「貴方はもっと周りの人を頼りなさい。何もかもを、貴方1人で抱え込まなくても良いのよ? グランドマスターだって何だって、使えるものは何でも使いなさい。貴方にはその権利があります。貴方はこの世界を救おうとしているのだから」
「色んな人にそう言われます……」
「だったら、いつでも私たちを頼りなさい。わかったわね?」
俺はソファラさんの言葉に頷く。
俺は良く覚えていないが、母親とはこんな感じなのだろうか。
つくづくこの人には逆らえないと思ってしまう。
「じゃあ、私はこれで帰るわね。ちゃんとあの子たちと話し合いなさいよ?」
「あ、送っていきますよ。もう夜も遅いですし」
大会開催中は人が多く集まるので、喧嘩などの面倒事も多くなるらしい。
依頼された冒険者たちが見回りをしているとオルグが言っていたが、ソファラさん1人では帰らせられない。
「そう? じゃあ、お願いするわね」
「はい、行きましょう」
そうして俺は、ソファラさんを泊まっている宿まで送っていった。
その道すがらも、迷宮にいる時には子ども達をどうするのかなどを色々訊かれ、俺がそれに答えると『甘い』と怒られた。
最後まで説教されながら宿まで送り、俺は高級宿に帰った。
「どうだった?」
部屋に帰るとロゼが待っていた。
「ヘリオスとヘカテーは?」
「もう寝てるわ。今はレイシアたちが見てる」
「そうか。ソファラさんの話はやっぱり2人のことだったよ」
『やはりそうでしたか』
ラグたちも部屋に置いていったので、俺とソファラさんの話は聞いていない。
「どんなことを話したの?」
「色々話したが……詳しいことは明日話すよ。ヘリオスたちとも話し合いたいからな」
明日は俺の試合もあるしな。
「……わかったわ。じゃあ、私も戻るわね」
「あぁ、おやすみ」
「おやすみなさい」
そう言うとロゼは部屋から出ていった。
俺も外套などを脱いでベッドに潜り込む。
『色々と言われたようですね』
「やっぱりわかるか?」
『そのくらい私たちにもわかるよ~。ロゼお姉ちゃんもわかってると思うよ~』
「そうか……」
また心配をかけてしまったかな――そんなことを思いながら眠りに就いた。
出場者たちが武器を手入れする音や、金属鎧が擦れる音などが控え室に響いている。
控え室には俺を含め9人の出場者がいて、お互いに視線で牽制し合っている。
様々な種族がいるが、人族――厳密には違うが――は俺1人だ。
やはりこの世界でも人族がこういう場にいるのは珍しいのか、周囲の出場者が場違いなものを見るような目で俺を見ている。
少々鬱陶しいが、試合開始までもう少しなので我慢するか――そう思っていると、控え室の扉が開けられた。
「それでは第17試合に出場する皆様、私について来て下さい」
扉を開けて現れた、大会を運営しているギルド職員の男性の後に続いて通路を歩いていく。
「この先を進むと舞台へと出ます。それでは皆様、ご健闘を」
職員に促され、跳ね橋を渡り舞台へとあがる。
俺たち出場者が全員舞台へあがると、跳ね橋がつり上げられる。
『さぁ、第17試合の出場者が舞台へと出揃いました。出場者の皆様は準備をお願いします』
フェミナがそう言うと、出場者たちが舞台上の思い思いの場所へと散らばっていき、各々の武器を構える。
俺も舞台の端へと歩いていく。
『それでは第17試合――――始め!!』
フェミナの試合開始の言葉とともに乱戦が始まる。
「まずはテメエからだ!!」
舞台の中央付近にいた巨人族の男が、右手に持った剣を振り上げながら俺に向かって走ってくる。
袈裟斬りに振り下ろされた巨大な鉄製の剣を、左前に踏み出しながら掻い潜るように躱す。
その背後へと回り込んだ俺は振り向きつつ、押し出すような蹴りを放つ。
自らの勢いに加え、俺の蹴りに押された巨人族の男がそのまま場外の堀へと落下する。
巨人族が堀に張られた水に落下する音が響き、舞台の上まで飛沫が飛んでくる。
『おーっと! 人族のディーン選手が巨人族のロドルバン選手を場外に蹴り落としたー! これは驚きです!!』
フェミナもギルド職員なら、俺のことは聞いているはずだが……
まぁ盛り上げるためにやってるんだろうが、勘弁して欲しい。
そう思いながら、その場でしゃがむ。
その頭上を薙ぎ払われた両手斧が通り過ぎる。
俺はしゃがんだまま体を回転させ、背後から両手斧を薙ぎ払ったきた奴の足を払う。
両足を払われたソイツ――獅子族の若者が見事なまでに、綺麗に転倒する。
「おりゃ!!」
すかさずその両足を掴み、ジャイアントスウィングの要領で場外に放り投げる。
獅子族の若者が悲鳴をあげながら壁に激突、巨人族と同じ運命を辿る。
充分手加減したので大怪我はしていないだろう。
睨み合っていた残り4人が、揃って俺の方を見る。
その後、4人は互いに視線を交わすと全員が俺に襲いかかってくる。
俺は刀を抜き、妖精族の『サラマンダー』の男性が突き出した槍を受け流し、返す刀で胴を払う。
一撃でHPが半分を切ったのか、刀が奇妙な手応えを伝えてくる。
気絶したのか、その場で崩れ落ちるサラマンダーを避けながら飛び出してきた、亜人族の『豹族』の女性が逆手に握った短剣で俺の首を狙ってくる。
その短剣を刀で防ぎ、左の拳を腹部に叩き込む。
苦しそうによろめく豹族の女性の首元を刀の峰で打つ。
こちらも気絶したので、エルフの男性が放った『ウインドブレード』を躱しながら鬼人族の男に向かって跳ぶ。
一足で間合いを詰め、刀を逆袈裟に一閃。
すぐさま魔術を詠唱していたエルフの男性へと跳び――
「ま、参りました……」
その言葉を聞き、俺は首に触れる寸前で止めていた刀を鞘に納める。
それとほぼ同時に、鬼人族の男が崩れ落ちる音が聞こえる。
『き、決まったぁー!! 第17試合の勝者は、ディーン選手です!!』
その瞬間、静まり返っていた闘技場に凄まじい歓声が響く。
3ヶ所の跳ね橋が下ろされ、それぞれからギルド職員の人達が入ってくる。
そして気絶したり、堀に落下した出場者たちを運んでいく。
俺も歓声を聞きながら橋を渡り、舞台を後にする。
そして職員から次の予選のことを教えられた後、ロゼたちが待つ観客席に戻った。
「凄かったです、ディーンさん!」
ロゼたちと一緒に観戦していたリリアが、開口一番そう言う。
「実際に見ると凄まじいものだね……」
ジェラルドさんもそう言ってくる。
「ハハ……」
俺は曖昧な笑みを浮かべる。
あれでも、できる限り手加減したんだけどな……
「凄かったよ、パパ」
ヘリオスがそう言ってしがみついてくる。
ロゼと手を繋いでいるヘカテーも何度も頷いている。
「ありがとう、2人とも」
俺は2人の頭を撫でる。
「ディーン、コレを返しておくわね」
ロゼがそう言って、ナイフの形状になっているラグとアイギスを手渡してくる。
『ヘルメスグリーブ』はインベントリに入れてあるが、この2つはロゼに預けていたのだ。
最初はインベントリに入れようとしたが、ラグとアイギスが猛反対してきたのでこうなった。
「ありがとう、ロゼ」
俺はナイフ状のラグは鞘を腰のベルトに引っ掛け、アイギスは左腕に装備する。
「ディーンさん達はこれからどうするの? まだ試合を見ていくの?」
ソファラさんがそう訊いてくる。
今日はまだ2試合残っているが……
「そうですね……今日は帰ります。試合で疲れましたし」
「……あまり疲れてるようには見えないけど。それじゃあ、また明日ね」
「はい、また明日」
ジェラルドさん達はまだ試合を見ていくようだ。
俺たちは3人に挨拶し、高級宿に帰ることにする。
すでに次の試合が始まっているが、先程の試合の所為か、チラチラと俺を見てくる人達がいる。
「参ったな……」
武闘大会に出ると決めた時に、目立つのは仕方ないと諦めたが……
「あんなに派手な試合をするからよ」
ロゼが呆れたように言う。
「あれでもかなり手加減したんだが……」
「まぁそうなんでしょうね。スキルを全く使ってなかったし」
ロゼの言うように、俺はこの大会では全スキルを使用しないと決めている。
「もっと制限するしかないか……」
「何を考えてるの?」
「まぁ色々と」
そんなことを話しながら高級宿へと戻った。
そしてオルグたちが帰ってきた後、夕食を食べ――
「皆、少し話がある」
俺は食後のお茶を飲みながら一息吐いていた皆に声をかけた。
「どうしたんだ、改まって?」
「この2人のことをキチンと決めておきたい」
俺は隣に座るヘリオスを見ながら、そう言った。
ヘカテーは不安なのか、隣のロゼのシャツの端を握っている。
「どういうことです? まさか、2人を何処かに預けるんですか?」
「そうなる可能性も0じゃない。――が、俺は2人の意思を最大限優先してやりたいと思ってる」
「……何でまた、いきなりそんなことを言い出したんだ?」
オルグが腕を組みながら訊いてくる。
「実は昨日――」
俺は昨日ソファラさんと話したことを話していった。
「…………確かに私たちは、誰も子育てなんてしたことありませんしね……」
「そうね。それに、迷宮にこの子たちを連れていく訳にはいかないわ。サブダンジョンならまだしも、精霊王様たちの迷宮なんて、私たちでも自分を守るので精一杯だし……」
女性2人が沈痛な表情でそう言う。
「だが、この2人は吸血鬼だぞ? 何処にでも預けられる訳じゃねぇだろ」
「一応、ソファラさんが預かってくれるとは言ってくれてるが……それにも不安がない訳じゃないしな」
あの人達は大丈夫だと思うが、あの村の人全員を信用することは流石にできない。
ヘリオスとヘカテーは、完全に自分たちが誰かに預けられると思っているのか、顔を蒼白にして俺やロゼにしがみついている。
「心配するな、2人とも。おまえたちの意思を無視してまで、誰かに預けるつもりはないから」
「そうよ。心配しないで」
俺とロゼはそう言って、2人に微笑む。
安心したのか、2人も少し微笑む。
「それでヘリオスとヘカテーに訊きたいんだが、ここに連れてこられた時のことを話してくれるか? でも、無理には話さなくて良いからな?」
以前同じことを訊いた時には、2人とも酷く取り乱した。
「う、うん。大丈夫……」
「私も大丈夫だよ……」
2人はそう言うと、ポツリポツリと奴隷商人に捕まるまでの話をしてくれた。
2人の話を纏めると、2人が住んでいた吸血鬼たちの集落が奇妙な怪物に襲われ、大人たちはその怪物と闘い、子ども達は逃がされたが、途中で別の奴に襲われてヘリオスとヘカテーは気絶してしまい、気づいたら捕まっていたそうだ。
「その奇妙な怪物ってのは何だ?」
「多分、魔物のことだろ」
『VLO』では、『サーフェリオ』にはフィールドにも魔物がいた。
『マスターの予想は当たってるでしょう。今やあの国は魔物が跋扈する場所です』
「そんなに酷いの?」
『ここ最近は特に酷いよ。西の方は瘴気すら漂ってるから……』
「そこまで酷いのか……」
『サーフェリオ』の状況は『VLO』の比ではないようだ。
「両親のことは何かわからないの?」
レイシアが優しくそう言うが、2人は首を横に振る。
「そう……」
「奴隷商人どもは、どうやってそんなとこに行ったんだ?」
この世界では、『サーフェリオ』への通行はグランドマスターの許可が必要な上に、高位の冒険者でも滅多には許可が下りないらしい。
「それも気にはなるが、今は置いておこう」
その辺りの調査は、ゼノンに任せておけば大丈夫だろう。
「俺はこの大会が終わったら、『サーフェリオ』に行こうと思ってる」
「……それはこの子たちの両親を探すため?」
「確かにそれもある。今の話を聞く限り、可能性は低いかもしれないがな……」
「だったら、何でだ?」
「他の吸血鬼を見つけられれば、この子たちを預かってくれるかもしれない」
それなら、2人が迫害される可能性はまずないだろう。
同じ預けるなら、こちらの方が安心はできる。
「それはわかるけど、迷宮の攻略はどうするの? そんなに簡単に見つかるとは思わないけど……」
「あの国のことは、ほとんどわかってねぇからな……」
2人は捜索にかかる時間を気にしているようだ。
「ラグ、封印の方はどうなってる?」
『今は完全に修復され、さらに精霊王様たちの力で強化されています』
『この子たちの両親を探す余裕くらいはあるよ~』
「――だそうだ。確かに精霊王たちとの契約も急ぎたいが、今はこちらを優先したい」
『来訪者』としての役割からすれば、間違っているのだろうが……
「聞いたように、『サーフェリオ』は魔物が跋扈する危険な場所だ。俺1人では2人を守りながら捜索をするのは厳しい」
2人をホームに残して捜索するという方法はあるが、ラグが言うにはあの空間は俺が死んだ瞬間に消滅するらしい。
万が一を考えると、そんな危険は冒せない。
「だから、俺に協力してくれないか?」
オルグたちが俺に協力してくれているのも、俺がこの世界を救おうとしているからだ。
今回のことは、それには何の関係もないことだ。
「勝手なことを言っているのはわかってる。それでも頼む」
俺は頭を下げる。
「…………貴方は本当に何もわかってないわね」
「私たちだって、この子たちのことを大事に思ってるのよ?」
「だが、本当に危険な場所だぞ?」
『VLO』の時ですら『神龍の迷宮』を除けば、『サーフェリオ』は最も難易度が高かった国だ。
この世界では、さらに危険な場所となっているだろう。
「あのなぁ~……そんなこと、仲間になった時にわかってるって言っただろ」
「でも今回は、この世界を救うこととは何の関係もないんだぞ?」
「この2人を救うのも、この世界を救うのも大差ないでしょ」
ロゼの言葉にレイシアも頷く。
「それは――いや、そうだな。ありがとう、3人とも」
「礼なんていらねぇよ。元々おまえが『サーフェリオ』に行くと言った時から、ついて行くつもりだったからな」
「そうですよ。私たちは仲間なんですよ?」
「わかった。皆、宜しく頼む」
3人がその言葉に頷く。
「ヘリオス、ヘカテー、そういうことになったが構わないか?」
俺はそう言うが、2人は何も答えない。
「おまえたちが俺たちについて来たいと言うのなら、それも良いとは思う。でも、多分『サーフェリオ』での旅でわかるとは思うが、本当に俺たちの旅は危険なんだ。難しいことを言っているかもしれないが、もう一度良く考えてみてくれないか?」
俺が2人と目を合わせながらそう言うと、2人は俺の言葉の意味を考えていたのか、しばらく黙り込んだ後頷いた。
10歳くらいの子どもに決めさせるようなことではないと思うが、俺は2人に良く考えて決めて欲しいと思っている。
もしも2人が俺たちについて来たいと言った時は、最大限その願いを叶えるつもりだ。
「何か聞きたいことがあれば、いつでも訊いて良いからね」
ロゼがそう言いながらヘカテーの頭を撫でる。
「うん。わかった」
ヘカテーがそう言って頷き、ヘリオスも頷く。
「じゃあ、風呂に入るか」
色々話している間に、大分時間が経っていた。
子ども達はもう寝た方が良い時間だ。
「そうね」
そう言って、ロゼとレイシアが子ども達を風呂に連れていった。
俺とオルグは風呂が空くまでの時間を、大会の話などをして過ごした。
そしてオルグ、俺の順番で風呂に入り、寝ることになった。
子ども達は2人ともロゼの所で寝ている。
俺も寝ようと装備などを外そうとすると――
『マスター、リーン様が会いたいそうです』
「会いたいって……何かあったのか?」
『そうではないようですね。何か渡したいものがあるそうです』
「ということは、神域を展開しないといけないのか?」
渡したいものがあるってことは、精神世界で会っても意味がないだろう。
『そうですね』
「わかった」
俺はラグを持って家の外へと出る。
その後鋼糸を展開して、神域の紋章を形成する。
今回は俺を包み込むような半球形だ。
そして魔力を込めると、神域が創りだされた。
「こんばんわ、ディーン殿。あれからお体に変わりはありませんか?」
光とともにリーンが現れ、声をかけてくる。
「あぁ、大丈夫だ。それで、俺に渡したいものって何だ?」
「コレです」
リーンがそう言って両手を胸の前に持ってくると、仄かに蒼い光を放つ球体が現れる。
「何だ、ソレは?」
「リヴァイアサンの魂です」
「何だってそんなものを……」
「私が輪廻を司っているのはご存知ですよね? 死した彼の魂に新たな生を与えようとしたのですが、拒否されてしまったのです」
そんなこともあるのか……?
俺には良くわからないが。
「それがどういう風になると、俺に渡すという話になるんだ?」
「それが彼の望みだからです。どうやら彼は貴方が『来訪者』だと知らなかったようですね。まぁそれも当然のことですが」
「何で知らなかったんだ?」
確かにリヴァイアサンは、俺のことを一度も『来訪者』とは呼ばなかったが。
『リヴァイアサンを始めとする幻獣たちは、世界の命運を流れに任せると言って、自らがこの世界に関わるのをやめた存在なのです』
『神龍様の頼みすら拒否したくらいだからね』
「そうだったのか」
なんて言うか、凄い奴らだな……
まぁ、何かしらの理由はあるんだろうが。
「――それでリヴァイアサンの願いって何だ?」
「貴方の力になりたいようです。救われたから――と言っていましたよ」
俺はあいつを殺すことしかできなかったのに……
「それでどうなさいますか? 私としては、彼の願いを叶えてあげて欲しいのですが……」
「……わかった。リヴァイアサンに力を貸してもらおう」
これも誰かを頼るってことなのか?
「それでは、どちらかの魔導銃を出して下さい」
俺は左の魔導銃をインベントリから出す。
するとリヴァイアサンの魂である蒼い球体が、魔導銃の『精霊結晶』と重なり合って融合していく。
それが終わると魔導銃の銃身が青みがかった白銀になり、『精霊結晶』が蒼海のような蒼い宝玉へと変わっていた。
「これで、その魔導銃にはリヴァイアサンの魂が宿りました。その性能はクラスⅤの魔導兵装にも匹敵するでしょう。必ず貴方の力になってくれるはずです」
「そうか。それは助かる」
これなら雷の魔力を込めても大丈夫だろう。
これから宜しく頼む――リヴァイアサンに語りかけるようにそう思うと、それに反応するかのように宝玉が蒼く輝く。
「まるであいつの意思が宿ってるみたいだな」
「ええ、彼の意思も確かに宿っていますよ。後、これもお渡ししておきます」
そう言うとリーンがサッと右手を横に振る。
すると巨大な蒼い鱗が数枚と同じく蒼い何かの革が出現する。
「これは?」
「リヴァイアサンの鱗と竜革です。アリューゼ様が彼の灰から再生されました」
「良いのか? リヴァイアサンの願いに反するような気がするが……?」
あいつは、灰は海に流してくれと言っていたが。
「彼の願いでもあります。貴方の力になりたい――ということでしょう」
「じゃあ、有り難く貰っておくよ」
俺はそれらをインベントリに入れる。
「――それでは、私はこれで失礼しますね」
「ちょっと待ってくれ」
俺は帰ろうとしたリーンを呼び止め、吸血鬼が迫害されているのをどうにかできないかと伝えた。
「そういえば、吸血鬼の双子の面倒をみているのでしたね」
「やっぱり知ってたのか。それで、どうにかできるのか?」
「……難しいと思います」
「神龍の力でもか?」
「神龍様はまた眠りに就いてしまわれましたし、人々の認識は簡単には変わりませんから……」
「…………そうか……」
神なら何とかできるかと思ったが……
「私どもの方でも、色々と働きかけはしてみましょう。ですが、あまり期待はしないで下さい」
「すまない。助かる」
「それでは失礼しますね」
そう言って、リーンは光に包まれ消えた。
「俺たちも戻るか」
『そうですね。もう真夜中ですし』
そう言って俺も自室へ戻り、眠りに就いた……
翌日、ロゼと子ども達を連れてジェラルドさん達と試合を観戦した。
リリアとヘリオスたちは年齢も近い所為か、段々と仲良くなっているようだ。
リリアが2人のことを、吸血鬼と気づいているのかはわからないが……
そして昼になり試合も休憩時間になったので、皆で何処かで昼食を食べようかと話していると――
「久しぶりじゃの、ディーン殿」
通路を歩いてきたアドルさんが声をかけてきた。
「お久しぶりです、アドルさん。――というか、1人でこんな所にいて良いんですか?」
アドルさんは護衛を1人も連れていない。
「そこまで衰えとらんわ。こんな所で立ち話もなんじゃ、食事でも食べながら話さんか?」
「そうですね」
周囲も騒ぎ始めているし、流石にギルドマスターといつまでもこんな所で話すのはマズいだろう。
「じゃあ、私たちは邪魔をすると悪いから……」
ソファラさんがそう言って、何処かに行こうとすると――
「遠慮することはないじゃろ? ソファラ殿も一緒にどうじゃ? もちろん家族の方もな」
「宜しいのですか?」
「何、構わんよ。聞かれて困るような話をする訳ではないしの」
そしてアドルさんに案内されて、闘技場の一室へと通される。
全員が席に着くと、ギルド職員の人達が昼食を持ってきてくれた。
「それで話とは何ですか?」
俺は食事を食べながら尋ねた。
「特に何かがある訳ではないんじゃが、お主は目立ちたくないと言っておったろう? こんな大会に出ても良かったんかの?」
「……まぁ、グランドマスターに頼まれましたし。『来訪者』としてではなく、冒険者として目立つくらいなら――まぁ構いません」
「すまんの……迷惑をかけてしもうて……」
アドルさんも、俺が出場することになった経緯を知っているようだ。
「まぁ仕方ありませんよ。こうなったら、俺も楽しみます」
「まぁ程々にの……ゼノン殿が頭を抱えておったぞ?」
間違いなく予選のことだろう。
「あ~……かなり手加減はしたんですが……」
「お主の力量を考えると、あの結果も仕方ないの。それにあの組には、それほど高位の者もおらんかったようじゃし」
やはりもう少し何か、力を制限するものを用意した方が良いのか?
そんなことを考えていると――
「――話は変わるが、その子たちがお主が預かっている子たちかの?」
アドルさんがヘリオスとヘカテーを見ながらそう言った。
2人はその視線に気づかず、食事を美味しそうに食べている。
「そうです。ですが――」
「儂も吸血鬼のことは知っておるから、大丈夫じゃよ。これでも若い頃は色々と旅をしたからの」
アドルさんも、吸血鬼が魔物とは違うということを知っているようだ。
「ゼノン殿はお主に預けたが、やはり何かと負担なのではないか?」
アドルさんがそう言うと、ソファラさんも俺の方を見てくる。
俺は昨日、ロゼたちと話し合ったことやリーンと話したことを話していった。
リーンとの会話はロゼたちも知らないので、少し驚いている。
「ふむ。確かにリーン様が言われたように、人の意識を変えるのは簡単ではないの。だが、儂ら人の問題じゃ。ギルドでも何かできないか、話し合ってみるとしよう」
「良かった。ちゃんと考えてくれたのね、ディーンさん」
「あれだけ言われましたからね」
「すまんね、ディーン君。妻がでしゃばったことをしてしまって」
「いえ、そんなことはありませんよ」
その後他愛もない話をしながら昼食を食べ、アドルさんと別れた。
そしてまた皆で午後の試合を観戦した後、それぞれの宿へと戻った。
「ディーン、何作ってるの?」
オルグたちが帰ってきた後夕食を食べ、俺たちはホームでくつろいでいた。
俺は工房であるものを作っていた。
「『デビルズ・ブレスレット』っていうアクセサリだよ」
「何、その不吉な名前……」
「まぁそうだな。これは装備者の能力を制限する代わりに、入手できる経験値や熟練度が増えるアクセサリなんだ」
「何でそんな物を――あぁ、昼間の話の所為ね」
「まぁそうだ」
「でもそれで負けたら、かなり恥ずかしいわよ?」
まぁ俺のことを知っている人は、え?――って思うよな。
「まぁ別に優勝するのが目的じゃないし、これを着けてもそう簡単には負けないさ」
「ふ~ん……」
ロゼが少しカチンときたような顔をしている。
「別に、ロゼに勝てるとは言ってないぞ?」
「どうだか……ねぇ、ついでにスローイングダガーを作ってくれない?」
「ロゼが使うのか?」
「ええ」
「構わないが、使えたのか?」
今までロゼが使っているところは見たことないが……
「まぁ、それは良いじゃない」
「じゃあ、希望の形や重さとかを書いてくれ」
そう言って、俺は作業台に置いてあった紙とペンを渡す。
この世界のペンは全て羽根ペンで、使われている羽が貴重なものほどその価値も高くなる。
一度シームルグの羽でペンを作って売ったら儲かるかなと思ったが、怒られそうなのでやめた。
「はい、書けたわよ」
そんなことを思い出していたら、ロゼが書き終わったようだ。
「意外と絵が上手いな……」
紙には、ロゼの希望するナイフの形状や長さなどが書かれていた。
例の如く書かれている数字や記号は訳がわからないが、何故か意味だけはわかる。
「じゃあ、これで作っておくよ」
「お願いね」
そう言うとロゼは出ていった。
俺はロゼのスローイングダガーを作った後、休むことにした。
『さぁ、第36試合の出場者が出揃いました。出場者の皆様は準備をお願いします』
いよいよ、ロゼが出場する試合が始まる。
この組はロゼを含め10人の出場者がいるが、ロゼより強そうな者はいないようだ。
まぁ当たり前か……
そんなことを考えていると――
『それでは第36試合――――始め!!』
試合が始まった。
開始直後にロゼが鞘から剣を引き抜き、すぐさま『ネビュラ』へと変えて周りにいた3人を薙ぎ払った。
その攻撃をまともに喰らった3人はあっけなく気絶する。
「おいおい、やりすぎじゃ……」
『マスターがそれを言いますか……』
ロゼが鞭のように『ネビュラ』で舞台を打つ。
残りの6人の顔が一気に引き攣る。
「ロゼさん、強いんですね……」
リリアが驚いたように言う。
「まぁ、ディーン君と旅をしているくらいだからね」
そんなことを話している内に、ロゼがさらに2人の出場者を場外に叩き落としている。
ロゼが誰かを場外に叩き落とすたびに、観客から大きな歓声があがる。
ヘリオスたちも、ロゼの闘いを目を輝かせながら観ている。
「これはロゼさんの圧勝ね」
ソファラさんがそう言うと同時に、ロゼが最後の1人を場外へと蹴り落とした。
『第36試合の勝者はロゼ選手です!! 思わず解説を忘れるほど、圧倒的な試合でした!!』
確かに試合中、フェミナは全く喋っていなかった。
ロゼが跳ね橋を渡り、舞台を後にする。
その間もずっと拍手が鳴り響いていた。
俺たちもロゼを迎えるために通路へと行く。
「圧勝だったな、ロゼ」
通路を歩いてきたロゼに声をかける。
ヘリオスとヘカテーがロゼに抱きつき、凄い、凄い――とはしゃいでいる。
「こんなところで負けてられないからね」
2人を撫でながら、ロゼがそう言う。
「取り敢えず、場所を移しましょうか」
ソファラさんが周囲を気にするように言った。
あの試合の所為でロゼがかなり注目されている。
女性だからなのか、その注目度は俺の比ではない。
「そうですね」
そう言って、俺たちは闘技場を後にした。
その後は特に観る試合もなかったので、ジェラルドさん達をホームに誘って子ども達と遊んだり、オルグたちが帰ってきてから皆で夕食を食べたりした。
久しぶりにスレイプニルに乗ってリリアがはしゃいだり、ソファラさんがお風呂に何回も入ったりとそれぞれに楽しんだ。
「明日からがいよいよ本番だな」
あれから10日が経ち、俺とロゼは予選と本戦も2回戦まで勝ち進んだ。
この時点で、予選から参加している出場者は5人にまで絞られている。
およそ800人の中から残った5人だ。
俺やロゼも含んではいるが、残りの3人もその力量はかなりのものだろう。
明日からの本戦3回戦はこの5人にSランクの5人を含めた計10人でのトーナメント戦だ。
「あぁ、おまえらが相手でも手加減はしねぇからな」
「望むところです」
これまではロゼとも闘うことはなかったが、この先は仲間たちとも闘うこともあるだろう。
「必ず優勝するわ」
「それじゃあ明日の試合に備えて、もう寝るか」
明日、俺とレイシアは試合があるしな。
「そうね。じゃあ、おやすみ」
そう言って、ロゼが子ども達の手を引いて部屋へと戻っていく。
オルグたちもそれぞれ言葉を交わして、高級宿の自分の部屋に帰っていく。
全員が部屋を出た後、俺もベッドに潜り込み眠りに就いた……