第16話 異変の兆候
いつもお読みいただいている読者の皆様、どうも有り難う御座います。
今話から第3章が始まります。
それではつたない文章ではありますが、読者様方の少しでも良い暇つぶしになればと思います。
『脱出』で『天空島』の入り口の『転送門』まで戻った俺たちは、門を潜り、神殿まで戻ってきていた。
「これからどうするの、ディーン?」
「すぐに次の迷宮に行くのか?」
ロゼとオルグがそう訊いてきた。
「いや、一旦『グランドティア』に行こう。ゼノンの話も気になるし、別の国に行くにしてもあそこの方が都合が良い」
この『アーリグリフ』から水の精霊王の迷宮がある『ティルナノーグ』は、地続きなので徒歩で行くことはできるが、土の精霊王のいる『ウェルテス』に行くには『グランドティア』を通った方が早い。
どちらの国に行くにしても、『グランドティア』からは行くことができるので、ついでにゼノンの話を聞いておきたい。
「そういえば、寄って欲しいとの伝言がありましたね」
皆、色々あったので忘れていたのだろう。
「そういうことだ。取り敢えず、今日はもう休もう」
「そうね。もうクタクタだわ……」
神殿を出た所でホームへ帰り、休むことになった。
風呂に入った後、食事を食べ終え――
「そうだ。全員、武器と防具を預けてくれ」
リビングから出ようとしていた3人に声をかけた。
「何かするのか?」
オルグが不思議そうに訊いてくる。
「おまえが一番関係あるだろ……今回の戦闘で大分傷んでいるみたいだから、メンテをするんだよ」
オルグの金属盾のように、必要なら作り直さなければならない。
「そうね。ローブとかは勝手に直るけど、他のは結構傷んでるわね……」
「一度徹底的に手入れしないと、壊れる可能性もあるからな」
「わかりました」
3人はそれぞれの武器や鎧を置いていく。
「明日までには直しておくから」
「無理はしないでよ?」
「わかってるよ」
そうロゼに答え、俺は3人の武具をインベントリに入れ、工房へと歩いていった。
工房に着くと、まずは武器から確認をしていく。
3人の武器は傷んではいるが、砥ぐだけで何とかなりそうだ。
取り敢えず、武器は作業台の上に並べておく。
次にオルグの全身鎧を取り出し、確認する。
作り直すほどではないが、至る所が罅割れているので修理しなければならない。
ロゼとレイシアの軽装鎧は、胸部の金属パーツは作り直しだ。
後、オルグの金属盾もだな。
俺は作業する順番を考えながら、インベントリから『精霊石』を幾つか取り出す。
そして作業台に備え付けてある魔導具に、取り出した『精霊石』を放り込む。
レバーを引くと砥石が回り出した。
これは回転砥石の魔導具で、燃料は『精霊石』だ。
まずはオルグの槍斧からだ。
斧の部分を砥石に当て、ゆっくりと滑らせていく。
火花が飛び、刃の輝きが戻ってくる。
同じように槍の部分、レイシアの槍、ロゼの剣を砥ぎ終える。
改めてロゼの剣を見てみると、『マナ結晶』が仄かに紅と翡翠の交互に輝いている。
「そういえば、アルファードが何か言ってたな……」
スキルを追加したとか、何とか……
『ええ。スキルを追加した、と言っていましたね』
確かめてみるか。
俺は【リーブラの魔眼】を起動し、剣のステータスを確認する。
「何か、【シェイプシフト】ってスキルが追加されてるんだが……どんなスキルなんだ?」
見たことのないスキルだ。
『私の【形態変化】と、ほぼ同じような効果を持つスキルです。ただし、こちらは形態を無数には登録できません。事前に決められた数の形態に変化できるだけですね』
「そんなスキルもあるのか……」
確認してみると登録可能な形態は3つとなっていた。
今使っているのに加え、後1つは登録できる状態だ。
後でロゼに教えておかないとな。
俺は3人の武器をインベントリに入れ、鎧の修理に取りかかる。
全身鎧は罅割れた部分は取り外し、新しく作る。(もちろん、再利用はする)
女性陣の軽装鎧のパーツも新しく作り直す。
それから1時間ほど作業に没頭し、修理が完了した。
どの鎧も新品同然の輝きを放っている。
「これで武具の耐久値も、最大値近くまで回復しただろ……」
俺はそう呟き、修復と刻印が終わった武具をインベントリに入れる。
後は、完全に砕け散ったオルグの金属盾だ。
どうせなら、もっと性能を良くするか。
ちょうど、良い金属も手に入れたことだしな。
俺はインベントリから『サンシャイン・アダマンダイト』を取り出し、倉庫から最後の『オリハルコン結晶』の金属塊を持ってくる。
その両方を炉に放り込み、合金にする。
以前にオルグに言ったように、『サンシャイン・アダマンダイト』は『オリハルコン』との合金にすると『魔術遮断』の特性を付加できるが、『オリハルコン結晶』との合金はさらに上位の『魔術反射』の特性を付加できる。
しかも強度も『オリハルコン結晶』との合金の方が上なので、盾にはもってこいだろう。
しかし味方の魔術も反射するので、扱いは難しいが……
そこは慣れてもらうしかない。
そんなことを考えている内に溶けたので、金床の上に取り出し、ハンマーで叩き金属盾にしていく。
60回ほど叩いたところで、盾が完成した。
『強化』と『軽量化』の紋章を刻み、インベントリに入れる。
「ふぅ。ようやく終わったな」
かかった時間は、およそ2時間くらいか……
俺が寝るために工房を出ようとすると――
『マスター、何か忘れていませんか?』
ラグが声をかけてきた。
「何だ、忘れてることって……? ――そうか、おまえも手入れして欲しいのか?」
『いえ、違います。確かにして欲しいですが……』
「じゃあ、何だ?」
『以前、マスターには言いましたよね? 精霊王様たちはそれぞれ、クラスⅤの魔導兵装を管理されているのです。ここまで言えば、わかりますよね?』
確かにそんな話を聞いたが……
あっ!!
「アルファードから魔導兵装を貰ってないぞ!!」
『ようやく気がつきましたか……』
「どうするんだ!? ……今からでも行ってくるか……?」
俺1人で可能な限り急げば、3日くらいで行けるか……?
俺は急いで工房を出ようとするが――
『落ち着いて下さい。魔導兵装ならちゃんと貰っています』
「何!? 何処にあるんだ!?」
『インベントリを良く見て下さい』
俺はインベントリを開き、確かめていく。
すると、確かに見覚えのないアイテムがあった。
何故かメッセージカードが付いている。
これはアイテムをプレゼントする際に、一言添えられるアイテムだ。
カードを開いてみると――
『焦りましたか?』
「あの野郎ー!!」
絶対に俺をおちょくってる!!
『すみません。マスターが気づくまで、しばらく黙っているように言われましたので……』
「ハァ~、子供かよ……」
『いたずら好きな方ですので……大目に見てあげて下さい……』
俺は溜め息を吐き、改めて魔導兵装を取り出す。
ステータスを確かめてみると――
魔導兵装クラス『ヘルメスグリーブ』
常時…AGI+500
特殊固有スキル…【天駆】、【縮地・廻天】
『ラグナレク』や『アイギス』に比べると、少し性能は劣るかもしれないが、充分すぎるほど強力な装備だ。
俺が新たに得た知識によると、【天駆】はその名の通り、空を駆けることを可能にするスキルで、スレイプニルの【天翔】と同じ効果だ。
【縮地・廻天】は直線的な移動しかできなかった【縮地】が、曲線的な移動もできるようになったものだ。
『装備してみて下さい』
そうラグに言われたので、今履いているブーツを脱ごうとすると――
『そのままで大丈夫ですよ』
「脱がなくて良いのか?」
『はい』
取り敢えずラグを信じて、そのまま装備してみる。
すると、光の粒子が俺の両足に集まり、グリーブが形成されていく。
光の乱舞が終わり、改めて確認すると、白銀に輝く流麗なフォルムのグリーブが装備されていた。
元々履いていたブーツはそのままに、足の甲と爪先、踵の部分が金属で補強される。
脛と脹脛もズボンの上から白銀の金属パーツで覆われ、黒革のベルトで留められていた。
ブーツの各部分を補強するパーツと脛を覆うパーツは、踝のところで繋がっている。
「スキルを確認したいが……」
『明日にした方が良いでしょうね』
俺は『ヘルメスグリーブ』の装備を解除し、工房を出た。
そして、リビングで話をしていた3人に装備を返してしばらく談笑した後、各々の部屋に戻って眠りに就いた……
「よかったわね、晴れて」
今日は父さんの仕事が休みなので、久しぶりに遊園地に連れていってもらえる。
「明、今日はいっぱい遊ぼうな?」
「うん!!」
「あなた、余所見をしないで」
僕の方を少し振り返りながらそう言った父さんに、母さんが注意する。
「わかってるって」
「もう……」
父さんは笑いながら、ハンドルを握り直す。
母さんも笑っている。
この2人は本当に仲が良い。
父さんと母さんが笑っていると、嬉しくなる。
今日は晴れているので、車の中はポカポカと暖かい……
遊園地まではまだかかりそうなので、ウトウトしていると――
「危ない!!」
「あなた!!」
もの凄い音とともに、体が揺さぶられた。
「なに……?」
目を擦りながら、前を見ると――
「良かった……明は無事だったのね……」
真っ赤なナニカを流し、僕の頬を撫でる母さんの姿が――
「うわぁぁぁぁぁ!!」
何だったんだ……、今のは……
あれは父さんと母さん……?
俺は乱れた息を整えながら考える。
『ソウダ。貴様ハ忘レテイタカモシレンガナ……』
「誰だ!?」
聞き慣れない声が聞こえ、咄嗟に周りを見渡す。
周囲は暗く、黒い靄が立ち込めている。
「何処だ……ここは……?」
確実にホームの部屋ではない。
『ココハ貴様ノ精神世界ダ』
「おまえは誰だ!? 姿を見せろ!?」
『目ノ前二イルデハナイカ』
目の前を良く見ると、靄の中に2つの紅い眼が不気味に光っていた。
「なっ!?」
『ヨウヤク気ヅイタカ』
「おまえは誰だ?」
『クックックッ……コレハオモシロイ。貴様ハ、己ガ滅ボスベキ相手モ知ラナイノカ?』
「何だと!?」
咄嗟に剣を抜こうとするが――
『無駄ダ。ココニハ貴様シカイナイ』
俺は魔術を放とうとしたが、魔力が集まらない。
無駄だと悟った俺は――
「一体、何をしに来た……?」
『ソウ構エルナ。貴様ト少シ話ガシタイト思ッテナ』
「おまえと話すことなんて、何も無い!!」
『ソウ言ウナ。貴様ハ、本当ニコノ世界ノ人間ヲ救イタイト思ッテイルノカ?』
「思っている!!」
『本当ニカ?』
「くどい!!」
『貴様ノ両親ヲ殺シタノモ、人間ダトイウノニカ?』
「……どういうことだ?」
『貴様ノ両親ハ、無謀ナ人間ニヨッテ殺サレタノダ』
じーさんにはただ事故で死んだとしか聞かされていないが、先程の夢を思い返してみると、無謀な運転の車に激突されたということだろうか?
俺は覚えていなかったが、恐らくそういうことだろう。
「たとえそうだとしても、この世界の人達には関係がないだろう」
『ドウカナ? コノ世界ノ人間共モ、貴様ノ世界ト大シテ変ワリハナイゾ?』
「そんなことはない。確かにそんな人間もいるが、俺の世界に比べればこの世界はずっと平和だ。おまえさえ、いなければな」
『クックックッ……言ッテクレル。ダガソノ平和モ、我ガイナクナレバドウナルカナ?』
「どういう意味だ?」
『貴様モ聞イテイルノダロウ? 我ガ邪神龍ニ堕チタ理由ヲ』
「あぁ。だが、それが何の関係がある?」
『今ハ我ガイルカラ、人間共ハ団結シテイルダケダロウ? 我ガイナクナレバ、人間共ハ再ビ争イ始メルゾ?』
「そんなことにはならない!!」
『何故我ガ今モナオ、力ヲ持チ続ケテイルト思ウ? ソレハ我ガ力ノ源ガ、人間共ノ絶望ト恐怖ダカラダ。今デサエ、コノ世界ニハコレホドノ恐怖ト絶望ガ溢レテイル。我ガイナクナレバドウナルカナド、火ヲ見ルヨリ明ラカダ』
「それはおまえが魔物を生み出し、人々に恐怖を与えているからだろうが!!」
『ナラバ、コレヲ見ルガイイ』
ティアマトがそう言った瞬間、頭の中に映像が流れ込んできた。
「こ、これは!?」
それは、奴隷のような扱いをされている人々だった……
『コレハ今現在、起コッテイルコトダ。コンナモノハ、氷山ノ一角ニスギンゾ? コレヲ見テモナオ、貴様ハ人間共ヲ守ルト言ウノカ?』
「……おまえが俺を騙している可能性もある」
『ナラバ、ギルドマスターニデモ確カメテミルガイイ。我が言ッテイルコトガ、真実カドウカワカルハズダ』
「それは――」
「マスター!!」
さらに詰め寄ろうとした時、ラグの声が聞こえてきた。
『モウ気ヅイカレタカ。思念体ダカラト、長居シスギタナ……』
「消え去りなさい!!」
ラグがそう言い放った瞬間、まばゆい閃光が空間を満たし、靄を払っていく。
『マァ、イイ……種ハ――』
靄が晴れると同時に紅い眼も消え去り、周囲は以前見たことのある真っ白な空間へと変わった。
「マスター、ご無事ですか?」
俺の目の前に3人の人物が降り立つ。
1人は白と青を基調としたローブを身に纏う、長い銀髪の少年。
もう1人は、フリルとレースがふんだんに使われた丈の短いドレスを着た、軽くウェーブした銀髪を2つに結んだ少女。
最後の1人はリーンだ。
俺に声をかけてきたのは目の前の少年なのだが――
「おまえ、まさかラグか……?」
「はい、そうです」
声を聞いた時にわかってはいたが、俄かには信じられない。
「てことは、そっちはアイギスなのか?」
俺は、ラグと瓜二つの顔をした少女に尋ねた。
「そうだよ~。な~に、マスタ~。まさか、私に見惚れちゃったの~?」
声も確かにアイギスだ。
「一体、どうなってんだ……?」
さっきから訳のわからないことばかりで、混乱しそうだ……
「それよりも、体に何か異常はありませんか?」
「いや……特に無いな」
「それは良かったです、ディーン殿」
リーンが胸を撫で下ろしている。
「それで、一体何がどうなってんだ?」
「それは、私の方から説明しましょう」
そう言って、リーンが説明を始める。
リーンの説明を要約すると、こんな感じだ。
少し前に邪神龍を封印している結界が何者かに一時的に破られ、神族総出で原因を探っていた時にラグから俺の様子がおかしいとリーンに知らせが届き、リーンの力を借りて俺の精神世界に干渉したらしい。
「俺の様子がおかしかったって、どうおかしかったんだ?」
「マスターにはわからないと思いますが、もう昼前ですよ? 最初は寝過しただけかとも思いましたが、私たちやロゼさんたちがいくら起こしても、まったく起きなかったのです」
そんなに時間が経っていたのか……
「それで、アレは何だったんだ? 思念体とか言っていたが……」
「その通りです。あれは邪神龍の思念体で、結界が破られた時に抜け出してきたのでしょう」
「結界は今どうなっているんだ?」
リーンたちがそれほど慌ててはいないので、深刻な状況ではないようだが……
「今は修復されています。さらにアリューゼ様の結界に加え、精霊王様たちの結界がこの大陸を覆っています。これ以上の侵入はないでしょう」
「そうか」
俺はリーンの言葉に頷きながら、考える。
「結界が破られたのは、どちら側からだ?」
「内側――邪神龍の側からです」
「ということは、破った何者かはこの大陸にいる可能性が高いのか……」
「はい。本来は、そのことを警告するために貴方に会いに来たのです」
「わかった。充分、気をつけよう」
神龍の結界を破ったとしたら、ソイツは尋常ではない力を持っているはずだ。
「それではマスター、そろそろ目覚めて下さい。ロゼさんたちも心配しています」
「そうだな」
「それでは、私もこれで。くれぐれもお気をつけ下さい、ディーン殿」
そう言うとリーンが消え、ラグたちも消える。
すると、意識が浮上する感覚がして――
「ディーン! 無事だったのね!」
目を開けると、ロゼが声をかけてきた。
「あぁ、心配をかけたようだな」
レイシアやオルグも、俺を心配して声をかけてくるが――
「取り敢えず、何か食いたい……」
昨日の夜以来、何も食べてないのだ。
流石に腹が減った……
「そうね。じゃあ、何か作るわね」
ロゼが少し笑いながらそう言って、部屋を出ていく。
「俺たちも昼飯を食うか。ディーンも起きたことだしな」
「そうですね。もうお昼ですし」
オルグたちも部屋を出ていき、俺も着替えて、リビングへと下りる。
そして、ロゼとレイシアが作った昼食を食べた後、3人に事情を説明した。
3人はかなり驚き、信じられない様子だったが、最後まで説明する頃には何とか納得してくれたようだ。
今日中には『グランドティア』に向けて出発するつもりだったが、明日に延期することになった。
俺は大丈夫だと言ったが、ロゼが俺の体調を心配したからだ。
時間も余ったので、ステータスとスキルの確認をしておくことにした。
『それではマスター、ステータスウィンドウを確認して下さい』
「その前にちょっと訊きたいんだが、ラグたちのあの姿は何だったんだ?」
精神世界ではラグたちは、人の姿になっていた。
『あれは私たちの思念体ですよ。精神世界ではあの姿になるのです』
『面白いでしょ~』
「へぇ~」
少し間だけだったが、人の姿のラグたちと会話するのは新鮮だった。
そんなことを思いながら、ステータスウィンドウを開く――
Name:ディーン
種族:半精霊
称号:認められし者
Lv:282/500
HP:45000/50000
MP:45000/50000
SP:22500/25000
STR:1825/2500
DEX:1800/2500
VIT:1835/2500
AGI:1835/2500+500
INT:1800/2500
WIS:1800/2500
スキルスロット:60/―
種族が半精霊に変わり、全ステータスの最大値が上昇し、現在値まで上昇している。
さらにスキルスロットの上限値が無くなっていた。
「とうとう種族まで人間じゃなくなったな……」
まぁ、今更だが……
『まあまあ、次はスキルを確認しましょう』
ラグに言われたようにスキルを確認すると、【融合魔術】が増えていた。
これは2属性の魔力を融合させて、新しい属性を生み出す魔術だ。
以前ラグが言っていた雷属性は、この融合魔術の属性の1つだ。
「さっそく試してみるか」
俺は外へと出て、【融合魔術】を試してみることにした。
「それで、どうやれば【融合魔術】を使えるんだ?」
『では、まず始めは簡単な方法から試してみましょう』
そうして、ラグによる魔術講座が始まった。
ラグが言うには雷属性は、火と風を融合させた属性らしい。
なのでまずはラグに言われたように、右手に炎、左手に風の魔力を込める。
そして胸の前で両手をゆっくりと近づけていくと、その間を結ぶように放電が起こり、ソフトボール大の雷球ができあがった。
「お~、できた」
『雷属性下級魔術『プラズマボール』です。それでは、的に向かって投げて下さい』
雷球を金属製の的に向かって投げる。
的に当たった雷球が、閃光を放ちながら放電する。
思わず手で光を遮っていた俺は、改めて的を確認する。
「これで下級か……凄まじい威力だな……」
的は一部が融解し、未だに帯電しているのかバチバチと音を立てていた。
『融合魔術は下級でも、通常属性の上級並みの威力がありますからね』
「だが発動にこんなに時間がかかるんじゃ、実戦には使えないぞ」
さっきの『プラズマボール』を発動するのに、20秒ほどかかった。
それに、両手がふさがるのもイタい。
『慣れれば速くなりますし、片手でも発動できるようになりますよ』
「特訓あるのみ、ということか……」
何時間か練習し、ようやく片手で発動できるようになった。
だが、まだまだ発動までに時間がかかる。
その後、【縮地・廻天】も使ってみたが、こちらもクセがあり、なかなか使いづらい。
そんなことをしつつ、ラグやアイギスの新たなスキルも確認し、夕方になったので家に戻った。
ちょうど夕食が出来たところだったので、皆と一緒に夕食を食べた後、寝るまで風呂に入ったり、話をしたりと各々自由に過ごした。
俺は完成が近づいてきた鎖帷子を仕上げるべく、鍛冶に勤しんだ。
そして眠くなったので、自分の部屋に戻り、眠りに就いた。
「俺の所為で出発が遅れてしまったが、『グランドティア』に行こう」
朝の訓練を済ませて朝食を食べた後、俺たちは『グランドティア』に向かうために馬車の準備をしていた。
「ディーンの所為じゃないんだから、気にしないで」
ロゼがそう言いながら、もはや定位置になっている御者台に座る。
「そうだぜ。気にすんな」
「そうですよ」
オルグとレイシアも、馬車へと乗り込みながらそう言ってくれた。
「わかった。皆、ありがとう。それじゃあスレイプニル、出発だ」
『承知した、主殿』
馬車を牽くスレイプニルがゆっくりと走りだした。
徐々に速度を上げ、ある程度勢いがついたところで空を翔ける。
メジオラ渓谷を眼下に見ながら、快適な空の旅を楽しむ。
「こうしていると、ずいぶん遠くまで来たんだなぁって思うわ……」
ロゼが風になびく髪を押さえながら、呟いた。
「そうだな……」
あんな夢(?)を見せられた所為か、ひどくノスタルジックな気持ちになった。
「ロゼは故郷には帰らないのか?」
ダークエルフなら恐らく、『ティルナノーグ』が故郷のはずだ。
「ん? まぁ、いつでも帰れるしね。それにいずれ、『ティルナノーグ』にも行くんでしょう?」
やはりロゼの故郷は、あの国であっていたようだ。
それに、いつでも帰れるか……
俺もこんな状況になるまでは特に何も思ってなかったが、やっぱりあの家が懐かしいな……
「――ッ!? ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ……」
俺の表情から何か感じたのか、ロゼが謝る。
「いや、気にするな。少し、故郷が懐かしかっただけだ」
「ディーンの故郷って、どんな所なの?」
「…………」
どう答えれば良いのか……
『シアルの実に似た食べ物が主食の国ですよ』
ラグが代わりに答えてくれた。
「へぇ~、そうなんだ。でも、あれが主食なの?」
「『シアルの実』って何だ?」
俺とロゼが同時に質問した。
『以前言っていた、『米』に似た食べ物ですよ』
「あ~。そういえば、そんな話をしたな」
『そして、ロゼさん。別にマスターたちは、それだけを食べている訳ではありません』
「それもそうよね」
ラグは律義に、俺たち2人の質問に答えてくれた。
思い出したら、急に和食を食べたくなってきた。
「次は『ティルナノーグ』に行くか……」
俺がボソっと呟くと――
『別に止めはしませんが、もっと良く考えて下さい』
「わかったよ」
そんなことを話している内に、『グランドティア』の城壁が見えてきた。
「スレイプニル、適当な所で降ろしてくれ」
俺がそう言うと、スレイプニルは頷くように首を振り、徐々に高度を下げ始めた。
オルグたちに、もうすぐ到着することを伝える。
オルグたちが準備を終える頃に、スレイプニルが『グランドティア』近くの人目に付かなさそうな森の傍に馬車を降ろす。
「お疲れ、しばらく休んでいてくれ」
そう言うと俺は馬車を外し、空間を開く。
『承知した。何かあれば、呼んでくれ』
そう言いって、スレイプニルは裂け目に入っていった。
オルグたちが降りたのを確認し、馬車をインベントリに入れると、俺たちは『グランドティア』へと歩き出した。
「こんにちは、ディーン様。それにオルグ様たちも、お久しぶりです」
『グランドティア』に到着した俺たちは、まっすぐギルド総本部へと向かった。
「グランドマスターに会いたいのですが」
受付のお姉さんに出迎えられた俺たちは、カードを提示した後用件を告げた。
「話は承っています。どうぞ、お通り下さい」
「ありがとうございます」
お姉さんに礼を言って、階段を上る。
「別に、3人ともついて来なくても良かったんだぞ?」
「まぁ、良いじゃねぇか。俺たちも、その話に興味あるんだよ」
最初は俺1人で行こうとしたが、結局4人全員で行くことになった。
まぁ1人で来いとは言われていないので、大丈夫だろう。
受付のお姉さんにも、何も言われなかったし。
そうこうしている内にグランドマスターの執務室に着いたので、ノックをする。
どうぞ、と返事があったので――
「失礼します」
そう言いながら部屋に入る。
3人も俺に続き入ってくる。
「お久しぶりですね、ディーン君。それに皆さんも」
ゼノンが立ち上がりながら、そう言った。
「それで話というのは?」
「まあまあ。取り敢えず、座って下さい。皆さんもどうぞ」
ゼノンがソファーを勧めてきたので、全員座る。
コの字型に置かれたソファーに俺とロゼ、オルグとレイシアのペアが対面するよう座り、ゼノンがその間のソファーに座る。
「で?」
全員が座り終えたので、促すが――
「相変わらず、せっかちですね。お茶でも飲みながら話しましょう」
そう言って、部屋に待機していた職員の女性にお茶を頼むゼノン。
何か変だ……
「何かあったんですか?」
お茶が運ばれてきたので、飲みながらそう言った。
3人も変だと思っているのか、お茶には手をつけていない。
まぁたとえ毒が入っていても、俺には効かないしな。
「え~、何て言って良いか……少し困ったことになってしまいまして……」
「はっきり言って下さい」
いい加減イライラしてきたので、語気を強める。
「わかりました……ディーン君は、年に一度開かれる『武闘大会』はご存知ですか?」
「もちろん知っていますが……それがどうしたんです?」
『武闘大会』は『VLO』でも年一回、この『グランドティア』で開かれていたイベントだ。
「その大会に出場して欲しいのです」
「は? 俺がですか?」
「そうです」
それこそ、困ったことになりそうだが……
「良いのか、グランドマスター? こいつが出場しちまえば、確実に優勝するぞ?」
オルグが無茶苦茶なことを言っている。
確かに、この世界の冒険者に負ける気はしないが。
「それが、そう思っていない人もいまして……」
「誰だ、その馬鹿は?」
オルグ、馬鹿は言いすぎだろう……
「ディーン君、ギースを覚えていますか?」
ギース……?
どっかで聞いたことあるような……
『以前、ここでマスターに絡んできた冒険者ですね』
あぁ、あの馬鹿か。
「覚えていますよ。それが何か関係が?」
「はい。ロゼさんから聞いているとは思いますが、彼の父親はこのギルドの重役なんです」
「らしいですね」
「しかも、今大会を取り仕切っている1人でもあります」
「そうなんですか」
なかなか話が見えない。
「どうやら彼は、父親に貴方を出場させるように頼んだようです。理由は大方、試合で貴方を倒してロゼさんの気を引きたいのでしょう」
恥をかかされた恨みもあるかもしれませんが――とゼノンは付け加えた。
「…………」
呆れて言葉も出ない。
「アイツはどんだけ馬鹿なんだよ……」
「知ってるのか、オルグ?」
「まぁ一応、同じSランクだしな……」
「私も噂くらいは聞いたことがあります」
レイシアはそう言ってロゼを見るが、ロゼは呆れたように笑っている。
「別に出場するのは構いませんが、本当に良いんですか?」
「構いません。もう私が何を言っても、無駄でしょうしね。もちろん優勝すれば、賞金と賞品はお渡しします」
いや、別にそれはどうでも良いんだが……
『くれると言っているのです。有り難く、貰っておきましょう。』
〈それも、そうだな〉
ラグとそんなことを話していると――
「じゃあ、Sランク昇格はどうするんだ?」
何だ、それは?
『VLO』では、『武闘大会』にそんなのはなかったはずだ。
「Sランク昇格ってどういうことだ?」
「あぁ、ディーンは知らないかもね。この『武闘大会』は、Sランクの昇格試験も兼ねてるのよ」
元ギルド職員だけあって詳しいのか、ロゼが教えてくれた。
「へぇ~、そうなのか」
「子どもでも知ってる常識だけどね」
どうやら、子どもでも知っているらしい……
少しヘコんでいると――
「ま、まぁ、ディーンが知らなくても仕方ありませんよ。そんなに落ち込まないで下さい」
「フォローありがとう、レイシア。それほど落ち込んでないから、大丈夫だ。――それで、Sランク昇格試験のことをもう少し詳しく教えてくれ。何で俺が出るとマズいんだ?」
「それは、この大会の上位5名がSランクに昇格できるからだよ」
「もちろん、たとえ5位以内の冒険者でもSランクに相応しくないと判断されれば、なれませんけどね」
オルグが答え、ゼノンが補足した。
「俺が出れば、その枠が1つ埋まる可能性があるって訳か」
「可能性じゃなく、確実にそうなるだろ。それに、途中でおまえに当たった有力候補が負けるのも問題だ」
「やけに突っかかってくるな、オルグ? 何かあるのか?」
「ぐっ……」
「私たち――現Sランク冒険者も、試験の対象なんですよ……」
言葉に詰まったオルグに代わり、レイシアが俺の問いに答えた。
「ということは、今大会でオルグたちが5位以内に入らなければ、Sランクを剥奪されるってことか」
「そういうことよ。いくらオルグでも、貴方と1対1で闘って勝てるとは思ってないんでしょう」
それならオルグが突っかかってくるのも、納得できるな。
「その点は心配いりません。ディーン君と対戦した人は、勝敗に関係なく――恐らく十中八九負けるでしょうが――試合内容で選考することにしましょう。もちろん、ディーン君は上位5名からは外します。なので今年は実質上位6名、及びディーン君と善戦した冒険者が選考対象ですね」
ゼノンが、オルグの不安を拭うようにそう言った。
「それなら良いぜ。俺も、呆気なく負けるつもりはねぇしな」
「後、できればディーン君にはラグナレクは使わないで欲しいのですが……」
「まぁ、その方が良いでしょうね。クラスⅤの魔導兵装の性能は、強力すぎますから」
俺は左腕の『アイギス』を見ながらそう言った。
その後、さらに詳しく大会のことを話し合い、その途中で何故かロゼも出場することになってしまった。
まぁ本人も乗り気なので、別に構わないか……
そして一通りのことは話し合ったので、そろそろ帰ることになった。
ロゼたちが部屋から出ようとするが――
「少しグランドマスターと2人で話がしたいから、先に行っててくれ」
俺はそう言って、部屋に残る。
「……? わかったわ。それじゃあ買い取りの受け取りは、私たちがしておくから」
「悪い、頼む」
ロゼたちは事前に頼んでおいた買い取りの受け取りをするために、部屋を出ていった。
「それで、お話とは何でしょうか?」
「その前に、人払いをお願いできますか?」
俺がそう言うと、ゼノンは部屋にいた職員のお姉さんに目配せをする。
するとお姉さんは頷き、部屋を出ていった。
「これで宜しいですか?」
「ええ。それでは、本題に入りましょう。――今この世界に、奴隷となっている人々はいますか?」
俺は邪神龍に見せられた映像の真偽を確かめるために、わざわざ1人で残ったのだ。
「――ッ!? 確かにそういう噂はあります……実際ここ近年、年に数人行方がわからなく人がいるのは確かです」
「それは冒険者ですか?」
冒険者なら迷宮で死亡したなどの理由で、行方不明になることはあるだろう。
「冒険者も多いですが、普通の人達――特に子どもが行方不明になることも多いのです……」
「営利目的――誘拐などではないのですか?」
「行方不明になった子どもはそのほとんどが、どちらかといえば貧困層の子どもたちでした」
「…………」
営利目的の誘拐でもなく、1人ではそれほど遠くまでは行けない子どもが行方不明になったとなれば、残された可能性は多くはない。
「ディーン君の言ったように、奴隷にする目的で攫われた可能性は非常に高いです……」
「……ギルドで捜査はしているのですか?」
「それはもちろん!! 今も各国で捜査は続いています。ですが、手掛かりを掴みその場に踏み込んでも、いつも犯人たちはいなくなっているのです……過去には何人かの子どもたちを、保護できたことはありましたが……」
邪神龍の見せた映像は真実だったということだ……
「その捜査、俺にも参加させてくれませんか?」
「それは構いませんが……貴方はこの話を一体何処で――いえ、何も訊かないでおきましょう。ディーン君なら、何があっても驚きません」
「すみません。それでは俺も失礼します。お時間を取らせてしまって、すみませんでした」
「私の所には、今この国に犯人たちが潜伏している可能性が高いとの情報が入ってきています。冒険者を派遣し調べてはいますが、今のところそれ以上の情報は入ってきていません……」
「わかりました。ありがとうございます」
そう言って俺は席を立つ。
「くれぐれも無茶はしないで下さいね」
そんな言葉を背に受けながら、俺は部屋を出た。
その後、買い取りの終わっていたロゼたちと合流し、話し合いの時にゼノンから『是非、泊まって下さい』と紹介されていた高級宿へと向かった。
途中、余程ひどい顔をしていたのか、3人から心配されたが適当に誤魔化した。
そしてかなり大きな石造りの3階建てで豪華な装飾が施された高級宿、『セントラル・ティア』に着いた。
「何度来ても、ここはすげぇな」
オルグが高級宿を見上げながら、感嘆する。
「来たことがあるのか、オルグ?」
正直、オルグには目の前のセンスの良さそうな高級宿は似合わない。
「『武闘大会』開催中は、Sランク冒険者はタダでここに泊まれるんだよ。じゃなきゃこんなクソ高ぇ所、泊まれるかよ」
「おまえ……それがあるから、あんなに突っかかってきたんじゃないだろうな?」
「そんな訳あるか!!」
「恥ずかしいから、こんな所で騒がないでよ。早く入るわよ」
ロゼの言葉に従い、中に入る。
「いらっしゃいませ。御予約はお有りですか?」
事前にゼノンに聞いていたように、ここは完全予約制のようだ。
「グランドマスターから言われて来ました。ディーンと言います」
「ギルドカードを確認させていただいても宜しいですか?」
俺はカードを取り出し、受付嬢に手渡す。
「確認致しました。ディーン様ですね? グランドマスター、ゼノン様より『武闘大会』までのご予約と料金をいただいております」
無理に『武闘大会』に出場させた迷惑料、ということらしい。
「こちらがお部屋の鍵となります。皆さまは長期のご滞在となりますので、迷宮の攻略など長期の外出の際には私どもに一声おかけ下さい」
「わかりました。ありがとうございます」
そう言って、俺は4つの鍵を受け取る。
ゼノンはわざわざ、1人1部屋の予約を取ってくれたようだ。
料金は大丈夫なのか……?
かなり高そうだが……
しかも、一番良い部屋のようだし……
俺は3人にそれぞれ鍵を手渡しながら、そんなことを考えた。
俺たちの部屋は最上階の3階なので、昇降機を使う。
これはまさにエレベーターで、どのような仕組みかはわからないが、『精霊石』の魔力で動いているらしい……
3階へと着いた俺たちは、隣同士の各々の部屋に入っていく。
最上階は全部で8部屋しかないので、1部屋1部屋がかなり広い。
俺は取り敢えず外套などの装備を外し、ソファーで一息吐いているとノックの音が響き――
「開いてるぞ」
俺がドアに向かってそう声をかけると、オルグが入ってきた。
「おう、ディーン。ちょっと出かけようぜ」
入ってきたオルグは、開口一番にそう言った。
「何だ、いきなり。それに出かけるって何処にだよ?」
「良いから、良いから。おっと、ソイツらは置いていけよ? おまえならそんなもんなくても、大丈夫だろ」
「だから、何処に行くんだよ?」
そう言うが、オルグは無視して俺を引き摺っていく。
『マスター、どうせならロゼさんたちの所に置いていって下さい』
ラグがそう言うので、途中ロゼの部屋に寄り、ラグとアイギスを預ける。
「何処行くの?」
「俺も知りたい。オルグに訊いてくれ……」
「あまり遅くならないようにして下さいね」
ロゼの部屋にいたレイシアにそう言われながら部屋を出て、鍵をフロントに預け、外に出る。
「いい加減、何処に行くか教えろよ」
「しばらく歩けば、わかる」
そこはかとない不安を感じながら、オルグについていった……
高級宿を出たのは夕暮れ時だったが、今は陽も沈み、夜空には星が瞬き始めていた。
街灯型の魔導具が灯りを放ち、大通りを行き交う人々を照らしている。
細い路地には設置されていないが、これほどの数の魔導具が普通に使われている辺りは、流石は『グランドティア』といったところだ。
これほどの光景は、この国以外では魔導技術が発達している、『ダルグスト』くらいでしか見られないだろう。
夕食時で賑わう人々を避けながらオルグの後をついていくと、周りの様子が変わり、通りの両側には酒場が目立つようになってきた。
「酒を飲みに来たのか? だったら、高級宿にもあっただろ」
高級宿の1階には、高そうな洒落たレストランとバーがあったはずだ。
「あんなとこじゃ落ち着かねぇよ」
「それはそうかもしれないが、そろそろ腹が減ってきたんだが……」
「もうちょい歩けば、着くって」
それからさらに歩くと、周囲の様子がまた変わってきた。
周りを歩く人々は男の割合が明らかに増え、しかも通りに並んでいる店は、妖しい雰囲気を醸し出している。
「おい、オルグ……酒を飲みに来たんじゃないのか……?」
周囲の店は所謂、娼館というやつだろう。
いくつかの店の前には客の呼び込みをしているのか、肌も露わな服を着た女性が立っている。
「そんなこと、一言も言ってねぇだろ? おまえ、グランドマスターと話をしてから、何か元気がなかったからな」
「いや、その気持ちは嬉しいが、ソレとコレとがどんな関係があるんだ?」
「やっぱ元気がない男を連れてくるとしたら、ココだろ」
「どんな理屈だ!!」
「何でそんなに嫌がるんだ……? ……まさか、おまえ……」
そう言ってオルグが、ちょっと可哀相な奴を見るような目で俺を見てくる。
大体何が言いたいか、わかった。
「アホか。俺だって経験くらいあるわ。――じゃなくて、おまえこんな所に来たのがバレたら、レイシアに殺されるぞ?」
「バレなきゃ良いんだろ?」
「…………」
アホすぎて言葉が出て来ない……
というか、俺もバレたら命がない気がする。
「よし、俺は帰る。おまえの気持ちだけ、受け取っておくよ」
俺はそう言って、踵を返そうとすると――
「そこのお兄さんたち、ちょっと寄ってかない?」
背後から声をかけられた。
艶っぽい声だが、何処かで聞いた気が……
前方のオルグは硬直している。
俺は恐る恐る振り返る。
「や、やあ、ロゼさん……こんな所で何を……?」
振り返った先にいたのは、やはりロゼだった。
レイシアもいる。
『マスター……』
『最っ低~』
ロゼに背負われたラグと、レイシアが手に持っているアイギスがそう言う。
「貴方たちこそ、こんな所で何をしているのかしら?」
ロゼは絶対零度の気配を纏って、レイシアも笑顔だがこめかみには血管が浮かんでいる。
「ち、ちが……俺は知らなかったんだ! オルグに無理矢理連れてこられただけだ!」
「汚ねぇぞ、ディーン!」
「何も間違ってないだろ!!」
俺たちが言い争っていると――
「黙りなさい、2人とも。話は帰ってから、ゆ~っくりと聞いてあげる」
ロゼが凍てつきそうな声で、そう言う。
その声で動きを止めた俺たちを女性2人が引き摺り、高級宿へと帰っていった……
「イテテテ……」
ベッドに腰掛けた俺は、赤い手形がくっきりとついた頬をさする。
あの後、ロゼたちによって高級宿に連行された俺たちは、俺はロゼに、オルグはレイシアにそれぞれ説教された。
俺の方は2時間ほど説教された後、平手打ちを1発されて解放されたが、オルグの方は未だに悲鳴が聞こえてくるので、まだ続いているようだ。
『今回はマスターが悪いですよ』
「いや、俺も被害者だろ……ていうか、何でロゼたちがあんな所にいたんだ……」
部屋に寄った時には確か、下のレストランで食事すると言っていたのに。
『私が後をつけようって言ったんだよ~。な~んか怪しかったし』
「…………」
女(?)の勘、恐るべし。
もう良いや、さっさと忘れよう。
そんなことを考えながら、装備を整える。
『マスター、やはり1人で行くのですか?』
「あぁ。このことには、あの3人を巻き込みたくない」
俺は、今から奴隷の件を調べに行くつもりだ。
『そうですか。ならば、これ以上は何も言いません』
俺は部屋の鍵をかけ、窓から夜の街へと飛びだした。




