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竜殺しの英雄  作者: しんや
第2章 『風の精霊王』
15/22

第15話 『ストリーム・ゼロ』

 『転送門ゲート』を潜り抜け『ストリーム・ゼロ』へと辿り着いた俺たちは、早速攻略しよう!――とはならず、『ライトニング・フェニックス』との闘いで疲れ果てたので、その場で空間を開き今日は休むことになった。

 ロゼとレイシアお手製の夕食を食べた後、順番に風呂に入った。

 ロゼたちは風呂に入った後、リビングでしばらく話をすることにしたようだが、俺は鎖帷子チェインメイル製作の続きをするために工房へと行き、今日も5百個ほどの鎖を作ると寝ることにした。

 これで出来上がった鎖は2千個と少しになったが、まだまだ先は長い。

 部屋に帰る途中にリビングを覗いたが、彼女たちはもう眠ったようだ。

 ここ最近、眠るのは俺が一番最後のようだ。

 迷宮の攻略もあるので、体調には気をつけておかないとな。

 そんなことを考えながら俺は眠りに就いた。




 『ストリーム・ゼロ』第1階層



 俺たちはいつもと同じように訓練と朝食を済ませた後、『ストリーム・ゼロ』の攻略を開始することになった。


「かなり風が強いな……」

『ここは、風が生まれる地、ですからね』

「そうだったな」


 ラグが言うには、この『ストリーム・ゼロ』はヴェルガディア大陸に吹く風の発生地点らしい。

 流石は『風の精霊王』がいる場所だ。


「それでディーン、ここはどんな迷宮なんだ?」


 オルグが『ストリーム・ゼロ』にそびえ立つ、巨大な岩山を見上げながら訊いてきた。


「そういえば、昨日はその話はしなかったわね」


 ロゼがレイシアの髪を三つ編みに結いながら、そう言った。

 風が強いので、2人は『風皇狼の迷宮』の時のように髪を束ねている。


「そうだったな。この迷宮は『塔型タワー』で全50階層だ。岩山の中を登るんじゃなく、外側を登っていく。注意点はこれまでと同じく、落下に気をつけてくれ」


 ここは岩山の外壁を、蔦などを使って登っていくタイプの迷宮だ。

 ただし、強風が吹き荒れているし魔獣が襲いかかってくるので、常に転落の危険は付き纏う。


「ここもかなり大変そうですね……」

「そんなに急ぐことはないさ。ここの攻略には大体1週間くらいを考えてるから、焦らずゆっくりと行こう」

「わかったわ。それじゃあ、行きましょうか」

「あぁ」


 俺たちはロゼの言葉に頷き、『ストリーム・ゼロ』の攻略を開始した。



 俺たちは岩山の道を登っていく。

 道幅は5mほどと狭くはないが、片側は崖になっていて、転落すれば待っているのは『死』だけだろう。


「来たぜ!! 魔獣だ!!」


 魔獣を見つけたのか、オルグがそう叫ぶ。

 俺は前方を確認すると『グラトン・ジャッカル』や『シルバー・ムーンベア』を含む20匹ほどの群れが、山の反対側の空からは『バロン・ヴァルチャー』や『キングモス』の上位種『グレート・キングモス』などが10匹ほど迫っていた。


「これはまた大群ね……」

「でも、もう慣れました」


 そう言って、ロゼは鞘から剣を引き抜き、レイシアはスレイプニルの上で槍を構える。


「くれぐれも油断はするなよ? いくぞ!!」


 俺は2人に注意を促すと、剣を抜きながら群れへと駆ける。


「ロゼとレイシアは空から来る奴らを頼む!! オルグは俺と一緒に前から来る奴らをるぞ!!」


 俺は駆けながら3人に指示を飛ばし――


「『ノヴァ・エクスプロージョン』」


 前方の群れに向けて魔術を放つ。

 若干山側に近い所に着弾した炎弾が炸裂し、魔獣が何匹か崖を転げ落ちていく。


「よし、狙い通り。ラグ、【斬馬剣グレートソード形態】」

『了解しました』


 変化が終わった大剣を両手で握り、渾身の力で薙ぎ払う。

 右から薙ぎ払われた大剣に、『グラトン・ジャッカル』と『ザグジーガ』が数匹纏めて斬り裂かれる。

 その後ろから飛びかかってきた『ポイゾナス・スネーク』を蹴り飛ばし、『ハーミットオウル』にぶつける。

 その衝撃で怯んだ『ハーミットオウル』を左から逆袈裟に両断、そのまま振り下ろし『シルバー・ムーンベア』もから竹割りに両断する。

 すると、俺の左側をオルグが【槍斧ハルバート】のアーツスキル『ソニック・チャージ』の衝撃波を纏った突進で、魔獣を砕きながら突き進んでいく。

 最後に、構えた槍斧ハルバートを『シルバー・ムーンベア』の腹に叩き込んで、オルグの突進が止まった。


「オルグ!! 出すぎだ、下がれ!!」


 あの位置では咄嗟にフォローしづらいし、空から来ている魔獣とこちらの魔獣に囲まれる。


「おう!!」


 オルグはさらに『ドライディッド・ラディウス』で周囲の魔獣を薙ぎ払い、俺の隣まで下がってきた。


「あまり無茶はするなよ?」


 俺はオルグにそう注意し、正面から襲いかかってきた『シルバー・ムーンベア』に大剣を右袈裟切りに叩き込む。

 少し抵抗を感じたが構わずに大剣を振り抜き、斜めに斬り裂く。

 これで陸側の魔獣は残り少しだ。

 俺はロゼたちが対応している、空側の魔獣を確認する。

 ロゼは魔術や『ネビュラ』で、レイシアも魔術やスレイプニルに騎乗し槍で切り裂くなどと迎撃をしているが、あまり捗ってはいないようだ。


「オルグ、残りは頼むぞ!! 俺はあちらの加勢に行く!!」

「任せとけ!!」


 オルグが『グラトン・ジャッカル』を薙ぎ払いながら応えるのを聞き、俺は【疾風迅雷】を起動し、さらに空中に力場を設置しながら空を駆ける。

 そのまま『グレート・キングモス』に肉薄し、気づかれる前に駆け抜けながら両断する。

 その様子を見た女性陣2人が、ギョッとした顔をしている。

 それを少し可笑しく思いながら【疾風迅雷】を停止、【縮地无疆】で力場を踏み砕きながら山側へと跳ぶ。

 靴底で地面を削りながらロゼの傍に着地すると――


「ディーン、なんて無茶をするの!?」


 『バロン・ヴァルチャー』を、気を纏った『ネビュラ』で斬り裂いたロゼに怒られた。


「すまん、すまん。ほら、まだ魔獣は残っているぞ? 文句なら後で聞くから」


 俺はそう言いながら、右の魔導銃を抜き『ストームバット』を撃ち貫いた。


「後で覚悟しておきなさいよ」


 ロゼは低い声でそう言うと、最後に残っていた『グレート・キングモス』に『デモンズ・スピア』を放つ。

 放たれた漆黒の槍は狙い違わず『グレート・キングモス』に突き刺さり、爆散させた。

 空の魔獣は殲滅したので、オルグが相手をしている方を確認すると、あちらも終わったようだ。


「ディーン、さっきのはどういうことかしら……?」


 後ろから恐ろしいまでに低くなったロゼの声が聞こえてくる。


「何のことでしょうか、ロゼさん……?」


 俺は恐る恐る振り向きながらそう言うと、鬼気を纏ったロゼが立っていた。


「何のこと、じゃないわよ!? 何であんな危険なことをしたのよ!? 落ちてたら、あなたでも怪我じゃ済まなかったわよ!?」


 ロゼが両手で俺のコートの首元を掴み、揺さぶりながら叫ぶ。


 「お、落ち着け、ロゼ……俺もか、考えなしに、あんなことをし、した訳じゃない……ち、ちゃんと落ちないよ、ように考えてたから……」


 かなりの勢いで揺さぶられているので、まともに話せない。

 というか、首が絞まって……


「ロゼ、そのくらいにしておいたら? ディーンがグッタリしてきてるわよ?」

「え!? わぁ、ごめん!!」


 ロゼがやっと手を離してくれた。


「ゲホッ……死ぬかと思った……」

「ロゼを許してあげてね、ディーン。ロゼはあなたが心配だったのよ。」


 俺が咳き込んでいると、レイシアがそんなことを言ってきた。


「な!? 何言ってるのよ、レイシア!? 私はただ、いつも私たちに無茶するなって言ってる、ディーンが一番無茶してるから……」


 ロゼが慌てた様子でそう言うが――


「だから、心配だったんでしょう?」


 ――とレイシアがロゼの言葉に割り込む。


「~~~~ッ!!」


 ロゼは肩を怒らせて向こうへ歩いていってしまった。

 心なしか、顔が赤かった気がするが……


「お~い、おまえらも『精霊石』を拾うのを手伝えよ!」


 1人で『精霊石』を拾っていたオルグが、声をかけてくる。


「じゃあ、私はオルグを手伝って来るわね? 後は貴方に任せるわ」


 そう言いながらレイシアは意味深な笑みを浮かべると、オルグの方へ歩いていった。

 ロゼはイライラした様子で、道の端っこに立っている。


『マスター、ロゼさんの気持ちに気づいていない訳ではないのでしょう?』


 ラグが俺だけに話しかけてきた。


〈まぁ……な〉


 ロゼがただ俺を心配しただけじゃないというのは、俺も薄々気づいていた。

 俺はそこまで鈍感じゃない。


『マスタ~は罪作りよねぇ~』


 アイギスが茶化すように言ってくる。


〈茶化すな。ロゼの気持ちは素直に嬉しいが、俺はこの世界の人間じゃないんだぞ? それにいずれ元の世界に戻るんだ。応えられる訳、ないじゃないか……〉


 だから気づいてないフリをしてロゼと、主に自分を誤魔化しているのに……


『一応言っておきますが、この世界に残るという選択肢もあるのですよ……?』

〈わかってるよ、そのくらい。だが、それは向こうの世界の人達を捨てるってことだぞ……〉


 今は俺のことは忘れているかもしれないが、向こうにも俺が大切に思う人達はいる。


『でも、向こうに還るにしてもこっちの世界の人達を捨てるってことだよ?』

〈わかってる、わかってるよ……〉

『今、考えても結論は出ないでしょう。それに、これはマスターが答えを出さなければいけない問題です。私たちがこれ以上、口出ししてはいけません』

『わかったわよ、ラグ』

『取り敢えず、ロゼさんに話しかけてみてはどうですか、マスター?』

〈わかった〉


 俺はラグの言葉に頷き、ロゼの方へと歩いていき――


「ロゼ、さっきはすまなかった。心配をかけたな」


 ロゼの背に声をかけた。


「本当よ。私がどんなに心配したか、わかってる?」


 ロゼは振り向かないまま、そう言った。


「あぁ、わかってるよ。これからは気をつける」

「なら良いわ」


 ロゼがこちらに振り向きながら、そう言った。


「じゃあ、オルグたちに合流するか」


 俺はそう言って、彼らの方へ歩き出す。


「……後、レイシアが言ってたのは……」

「ん? 何か言ったか?」


 歩き出した俺の背に向かってロゼが小さく声をかけるが、聞き取れなかったフリをして訊き返すと――


「何でもないわ!」


 そう言ってロゼは俺を追い抜いて、先に進んでいってしまった。

 もの凄い罪悪感を感じるが、今はこの気持ちは置いておこう……

 その後、『精霊石』を拾い終わっていたオルグたちと合流し攻略を再開した。




 『ストリーム・ゼロ』第6階層



 あれからも幾度となく魔獣に襲われ、多少の怪我を負いながらも何とか切り抜けられていた。

 現在、第6階層を攻略中で今はロゼが道端の茂みから、薬草を採取している。

 ロゼには悪いが、俺たちは周囲を警戒しつつ休憩中だ。

 岩山の壁に寄り掛かりながら魔獣を警戒するために周囲を見渡していると、少し前方の木に白い鳥が数羽止まっているのが見えた。


「なぁ、ラグ。アレって『シルフィード』か?」

『そうみたいですね』

「幻影じゃないよな?」

『……幻影ではないようですね。あの鳥は自由に迷宮を出入りできますから、外から来たのでしょう。それがどうかしましたか?』

「いや……」


 『シルフィード』とは鳩より少し大きい白い鳥の魔獣で、尾羽が長いのが特徴だ。

 気性は大人しいので、『VLO』では【調伏テイミング】で『召喚獣アガシオン』にして、連絡手段として良く用いられていた。

 何故なら街中やフィールドではプレイヤー同士はショートメールで連絡を取り合うことができたが、迷宮の中ではその手段は使えず、ほとんどのプレイヤーは『シルフィード』を伝書鳩のようにして連絡を取り合っていた。

 そんなことを思い出し、何羽か捕まえてゼノンやジェラルドさんに渡しておくか――と考え、さっそく実行に移すことにする。

 『シルフィード』はかなりの飛翔速度なので、飛ばれてしまうと捕まえるのは困難だ。

 【縮地无疆】で一気に距離を詰めて、捕まえようと構えると――


『マスター、何をする気ですか?』


 ――と、ラグが訊いてきた。


「『シルフィード』を捕まえる」

『何でまたそんなことを……?』

「まぁ良いから、見てろって」


 俺はそう言うと地面を蹴り、『シルフィード』の元へと跳び、気づかれる前に両手で抱えるように3羽を捕まえる。

 俺の腕から抜け出そうと暴れる『シルフィード』を抱え直し、【調伏テイミング】を起動しながら皆の所へと戻る。

 このまま2分も抱えていれば、『召喚獣アガシオン』になるはずだ。


「何してんだ、おまえ……?」


 オルグが変な奴を見るような目で、俺を見ながら訊いてくる。

 採取を済ませたロゼやレイシアも、同じような目をしている。


「『シルフィード』を捕まえてたんだよ。中々可愛いだろ?」


 俺は『契約』が終わり、大人しくなった『シルフィード』を見せた。


「確かに可愛いわね。でも、捕まえてどうするの?」


 ロゼがそう訊きながら、俺の腕の中の『シルフィード』を撫でる。


「こいつらは連絡手段として使えるから、ゼノンやジェラルドさんに渡しておこうかと思ってな」

「そうだったんですか。色んな魔獣がいるんですね……」


 レイシアは納得がいったという風に、頷いている。


「そら、しばらくは自由にしてな。――それで何が採れたんだ、ロゼ?」


 俺は『シルフィード』を放してやりながら、ロゼに訊いた。

 『シルフィード』たちは空に舞い上がっていく。

 すでに『契約』は結ばれているので、何処にいても【召喚】で呼び出せる。


「『スカイ・ミント』って薬草ね。どんな薬草か知ってる?」


 ロゼが『スカイ・ミント』を見せながら訊いてきた。


「また珍しいのが採れたな。これは『AGIエクステンド・ポーション』の原料になる薬草だな。料理に使っても、AGIが上がるんだぞ?」


 『AGIエクステンド・ポーション』は飲むと、AGIが20も上昇するアイテムだ。

 しかも『スカイ・ミント』は名前の通りミントのような爽やかな味で、料理に使ってもAGIが10も上昇する希少な薬草だ。


「それはすげぇな……」

「さっそく今晩の料理に使ってみたいわ」


 レイシアが目を輝かせて『スカイ・ミント』を見る。


「ポーションにもしたいから、全部は使わないでくれよ? じゃあ、先に進もう。まだ陽が沈むまではしばらく時間があるから、もう1階層くらいは登っておきたい」

「わかったわ。行きましょう」


 ロゼが手渡してきた『スカイ・ミント』をインベントリに入れ、俺たちは傍にあった蔦を登り、第7階層へと進んでいった。

 結局その日は、第7階層を粗方攻略すると休むことにした……




 『ストリーム・ゼロ』第18階層



 今日も朝から迷宮の攻略をし、第18階層まで辿り着いていた。

 上の階層に登るほど風は強くなり、今や台風並みの突風が吹き荒れている。

 なので風に飛ばされないように、全員少し前傾姿勢で進んでいる。


「皆、飛ばされるなよ!」


 俺は風の音に負けないように大声で叫ぶ。


「これはキツいぜ! こんな状態で魔獣に襲われたら、最悪だな……!!」

「嫌なこと言わないでよ!」


 まぁ魔獣に襲われない、なんてことは絶対にないからいずれ襲われるがな……

 そんなことを思っていると――


「案の定、来たな……」


 前方から『風狼』2匹を含む群れと、空からは『ウインドドラゴン』1匹がやって来た。


「武器を構えろ、魔獣だ!! 『風狼』と『ウインドドラゴン』もいるから、気をつけろ!!」


 俺は叫びながら剣を抜く。


「オルグがあんなこと言うから!!」

「俺の所為かよ!!」

「2人とも、そこまで!! 来ますよ!!」


 レイシアが槍を構えながら、言い合いをしていた2人を注意する。


「ラグ、【鋼糸形態】」

『了解しました』


 手甲への変化が終わると、すぐさま鋼糸を『ウインドドラゴン』に放つ。

 放たれた鋼糸は『ウインドドラゴン』に巻き付き――


「おらぁぁぁぁ!!」


 俺は渾身の力で鋼糸を引っ張り、『ウインドドラゴン』を前方の群れへと叩き付ける。

 流石に『風狼』には躱されたが、数匹の魔獣を巻き込みながら『ウインドドラゴン』が地面に激突する。


「『シャドウブレード・ミリアド』!!」


 『ウインドドラゴン』が地面に激突した瞬間、ロゼが魔術を放ち無数の闇の刃が魔獣を斬り裂いていく。


「ラグ、【斬馬剣グレートソード形態】だ」


 俺は『ウインドドラゴン』に巻き付けていた鋼糸を解き、すぐさま手甲を大剣に変化させる。

 変化が終わった大剣が気を纏い、紅い閃光を放つ。

 俺がその大剣を薙ぐと、三日月型の無数の剣閃が放たれる。

 数少ない【斬馬剣グレートソード】の遠距離アーツスキル、『スラッシュ・ハリケーン』だ。

 放たれた紅い剣閃が『シルバー・ムーンベア』や地面に伏していた『ウインドドラゴン』などを両断、さらに『風狼』の左前足を斬り飛ばしながら奔る。


「遠距離でこれ以上削るのは無理か……仕方ない。3人とも、いくぞ!!」


 できれば遠距離からの攻撃で倒してしまいたかったが、流石に無理か。

 俺は3人に声をかけ、大剣を構えながら群れに向かって駆ける。

 最初に飛びかかってきた『グラトン・ジャッカル』を逆袈裟に斬り上げ、そのまま『デスシーカー』に振り下ろし叩き斬る。

 そのまま魔獣たちの間を駆け抜け、未だ無傷の『風狼』と対峙する。

 振り下ろされた右前足を大剣で防ぎ、腹に向け蹴りを放つ。

 『風狼』は【縮地】で後ろへと跳んで蹴りを躱すが、俺も【縮地无疆】で後を追う。

 俺より数瞬早く着地し、鋭い牙が生えた巨大な口を開けて噛み付いてきた『風狼』を大剣で受け止める。

 『風狼』は大剣に噛み付き俺の動きを止め、前足の爪で斬り裂こうとしてくるが、俺はそれより一瞬早く右拳を『風狼』の腹に押し当て、【格闘術】のアーツスキル『浸透勁』を放つ。

 その瞬間、『風狼』の口から血が溢れ出す。

 このアーツスキルは防具などを貫き、体内に衝撃を徹す技だ。

 絶命した『風狼』が崩れ落ち、光の粒子になり消える。

 『風狼』の吐き出した血液も同じように粒子になり消えていくのを確認しながら、ロゼたちの方を見るとあちらも残すは雑魚ばかりだ。

 もうしばらくすれば、終わるだろう。

 俺も参加してさっさと終わらせるか、と思ってそちらに駆け出そうとすると――


「――ッ!?」


 悪寒を感じ、咄嗟に振り向いた。


「何だ、あいつは……」


 俺が振り向いた先にいたのは、3対6本の腕を持つ黄金に輝く巨大な熊だった。

 俺が今までに見たことがない魔獣だ。

 咄嗟に【リーブラの魔眼】を起動し、魔獣のステータスを確認する。


「『ゴールデン・フルムーンベア』……?」


 確認したステータスには『ゴールデン・フルムーンベア』とあった。


『マズいですよ、マスター!! あれは『風狼』や『ウインドドラゴン』よりも上位の神獣です!!』

「何だと!?」


 『ゴールデン・フルムーンベア』は、すでにこちらに向かって走り出している。

 俺はチラリとロゼたちの方を確認するが、まだ魔獣の殲滅をしている。

 援護は期待できないか……

 俺は覚悟を決め、大剣を構え『ゴールデン・フルムーンベア』へと駆け出す。

 俺は巨大熊の手前で跳び、体重を乗せ大剣を振り下ろす。

 大剣を防ぐためか、巨大熊は右腕の1本を掲げる。

 俺は構わず腕ごと両断しようとするが――


「チッ!!」


 大剣は腕を半ばまで斬り裂くだけに止まる。

 竜種の鱗ほどではないが、硬い。

 残る5本の腕で俺を捕まえようとして来る巨大熊の腕を蹴り、俺は後方へと跳び退る。


「毛皮に覆われてるだけなのに、なんて硬さだ……」


 俺はそう呟きつつ宙で1回転して、着地する。

 『ゴールデン・フルムーンベア』は俺が斬り裂いた腕を舌で舐めている。

 すると傷口が泡立ち、あっという間に傷が塞がってしまった。


「しかも、再生能力持ちかよ……」


 かなり厄介だ。

 生半可な攻撃では、また再生されてしまう。


「ラグ、【通常形態】だ。それと【魔法剣】起動、『クラウ・ソラス』」

『了解しました』


 大剣が片手剣へと変化し、業火を纏う。

 さらに気を纏わせて威力を高め、俺は【疾風迅雷】を起動し駆ける。

 間合いに入った瞬間逆袈裟に斬り上げ、右腕の1本を斬り飛ばす。

 すかさず身を屈め、薙ぎ払われた腕を躱しながら右斜め前に跳ぶ。

 俺のいた場所に腕が振り下ろされ、地面が抉れる。

 さらに薙ぎ払われる腕を少し頭を下げて躱すが、髪が数本宙を舞う。

 残る2本の腕が俺を捕まえようと両側から迫るのを上に跳んで躱し、剣を振り下ろす。

 頭を狙ったが2本の腕に阻まれ、その腕を斬り飛ばすだけに終わる。

 気を纏わせた蹴りで頭を砕こうとするが、それも腕で防がれ、俺はその反動で大きく跳び退った。

 俺が斬り飛ばした腕の切り口は完全に炭化し、再生する様子は見られない。


「残る腕も半分だ。一気にケリをつけてやる」

『ええ、終わらせましょう』


 さらに魔力も纏わせる。

 白熱化した炎を纏う剣を構え、俺は【縮地无疆】を起動、『ゴールデン・フルムーンベア』の頭上まで跳躍して渾身の力で剣を振り下ろす。

 巨大熊も残る3本の腕でガードをするが、その腕ごと斬り裂いていく。

 両断された瞬間燃え上がり、『ゴールデン・フルムーンベア』は灰になった。

 灰が風に流されていくと、そこには『精霊結晶』と『金熊の毛皮』が残されていた。


「ふぅ。まさか、俺が知らない魔獣が出てくるとはな……」


 俺も『VLO』にいた全てのモンスターを知っている訳ではないが、この『ストリーム・ゼロ』にこんなヤツはいなかったはずだ。


「ディーン、大丈夫!?」


 魔獣の殲滅を終えたロゼたちが、こちらに駆け寄って来た。


「そっちも終わったみたいだな」

「こっちに残ってたのは、雑魚ばっかりだったからな。それよりさっきの魔獣は何だったんだ?」

「『ゴールデン・フルムーンベア』と言う神獣らしい。俺も見たのはさっきが初めてだ」

「ディーンが知らない神獣ですか……『風狼』や『ウインドドラゴン』に加えて、そんなのも出るなんて……」

「ラグが言うには『風狼』とかよりも上位の神獣らしい。実際、かなり強かった」


 俺がそう言うと、3人の顔が引き攣る。


「なるべく俺が相手をするようにはするが、皆も注意だけはしておいてくれ」

「わかったわ」


 そして、俺たちは『ゴールデン・フルムーンベア』の攻撃パターンや特徴などを話しながら『精霊石』を拾い集め、先へと進んでいった……




 『ストリーム・ゼロ』第25階層



 攻略開始から3日目――


「来い、スレイプニル!!」


 俺が『ハーミットオウル』を斬り捨てながらそう叫ぶと、レイシアが跳び降り、スレイプニルがこちらに駆けてくる。

 俺が跳び乗ると俺の考えがわかっているのか、スレイプニルは空中からブレスや魔術を放っている『ウインドドラゴン』に向けて翔ける。


「ラグ、【馬上槍ランス形態】!!」


 刀が馬上槍ランスに変化、俺はそれを右手で握り、さらに脇に抱えるようにして構える。

 俺が【馬上槍ランス】のアーツスキル『ソニック・チャージ』を起動すると、俺だけでなくスレイプニルまでスキルの閃光を纏う。


「このまま突っ込め!!」

『承知』


 俺たちはさらに速度を上げ、衝撃波を発しながら『ウインドドラゴン』に突撃する。

 『ウインドドラゴン』も魔術やブレスで迎撃してくるが、それらは全て衝撃波によって逸らさる。

 とうとう『ウインドドラゴン』と接触、俺たちはその腹を突き破り、背中側へと抜ける。

 腹に大穴が空いた『ウインドドラゴン』が、墜落ながら消えていく。

 これでこの群れの殲滅も終了した。

 スレイプニルがゆっくりと皆の所へ戻っていく。


「ようやく半分か……」


 スレイプニルから降りながらそう呟く。


「ええ。でも、攻略のペースは結構速い方じゃない?」


 ロゼが『精霊石』を拾いながら、そう話しかけてきた。


「そうだな。元々1週間くらいを予定してたし、ペースは速いな」


 俺も『精霊石』を拾いながら、そう返す。


「じゃあ、何を気にしてるの?」

「あぁ。まだ半分の25階層なのに、『コレ』だからな……」


 俺は周囲を見渡しながらそう言った。

 俺たちの周囲には魔獣や神獣が倒れ伏し、光の粒子になり消えていっている。

 だがその割合は、明らかに魔獣より『風狼』や『ウインドドラゴン』などの神獣の方が多い。


「そうね……かなり、神獣の出現率が上がって来てるわね……」

「レベルが速く上がるから悪いことばかりではないが、一層気を引き締めていかないとな」


 そう言って俺たちは素材などを拾い、攻略を再開した。



 そして、しばらく進んでいると岩壁がキラキラと光っているのを見つけた。

 『採掘ポイント』だ。


「『採掘ポイント』がある。採掘してくるから、少し待っていてくれ」


 俺はそう言い、インベントリから『採掘セット』を取り出しながら岩壁に近づいていく。


「わかったぜ。周囲の警戒は任せてくれ」

「頼む」


 俺はオルグにそう応え、つるはしを振り上げる。

 それからしばらく壁を削り、採掘が終わった。

 特に魔獣の襲撃もなく、ロゼたちは充分に休憩できたようだ。


「何が採れたんですか?」


 俺が採れた鉱石を集めていると、レイシアがそう訊いてきた。


「ん? 中々良い物が採れたぞ」


 俺は採れた鉱石を見せる。


「これは『オリハルコン』、そっちは『アダマンダイト』ね……」


 ロゼもやって来て、鉱石を眺めている。


「これは何の鉱石だ……?」


 オルグが、足元にあった鉱石を持ち上げて訊いてきた。


「あぁ。それはまだ見たことがなかったか……それは『サンシャイン・アダマンダイト』だ」

「どんな性質の金属なんだ? 『アダマンタイト』の上位金属ってことはわかるが……」

「それで合ってるぞ。性質も『アダマンタイト』と似ていて、『オリハルコン』と混ぜて合金にすると『魔術遮断』を付加できる」

「へぇ、それは便利そうね」

「あぁ。それじゃあ鉱石も集め終わったし、先に進もう」


 俺は鉱石をインベントリに放り込み、皆を促した。

 そして3人が頷いたのを確認し、攻略を再開した。

 その日は第27階層まで進んだ後、攻略を切り上げて休むことになった……




 『ストリーム・ゼロ』第36階層



「明後日には頂上に辿り着けそうね」


 今日の攻略を済ませ、皆で夕食を食べた後一息吐いていた。


「そうだな。この調子でいけば、そうなるだろう」


 俺は食後のお茶を飲みながら、ロゼの言葉に応える。

 ちなみにこのお茶、薬草を煎じた物で結構苦い。


「アルファード様との闘いには、俺たちも参加するのか?」


 オルグも苦そうにお茶を啜っている。

 それよりも俺が気になったのは――


「『アルファード様』って……おまえ、熱でもあるのか?」

「ねぇよ!! 何でそうなるんだ!?」

「アハハ……『来訪者』のディーンが不思議に思うのも仕方がありませんね。この世界では、精霊王様は神様よりも敬われているんですよ?」

「神龍様は別だけどね。実質、今この世界を守護しているのは神龍様と精霊王様たちだし……」


 レイシアがそう説明し、ロゼがさらに付け加えた。


「へぇ、そんなことになってるのか……」


 神殿が無いこととも関係してるのかも知れないな。

 というか、あいつ(ディオス)はあいつなりに色々と結構頑張ってるのに、敬われていないのか……

 少し哀れに思っていると――


『ディオス様もそれなりには敬われていますよ? まぁ、アリューゼ様や精霊王様たちほどではありませんが……』


 ラグがフォロー(?)するように言った。


「そうなのか?」


 確かにロゼもあいつ(ディオス)の名前を知ってたし、『様』って付けてたな。


「ディーンは精霊王様たちのことはあまり知らなかったが、ディオス様のことは知ってるみたいだな?」


 オルグが不思議そうに訊いてくる。


「あぁ。俺をこの世界に連れて来たのは、あいつだしな。あまり覚えてないが、その時に一度会ってる」

「それだけじゃないでしょう? ディーンの左目はディオス様の目なの」

「え!?」

「マジか!?」


 俺の言葉にか、ロゼの言葉にかはわからないが、2人がかなり驚く。


「ん? どっちに驚いたんだ?」

「どっちもだ!!」

「ディーンはディオス様に会ったことがあるんですか?」

「あぁ、らしいな」

「それでディオス様の目って何なんだ?」

「口で説明するよりは、見たてもらった方が早いな」


 俺はそう言って、右目を閉じて左目に魔力を込める。

 視界がモノトーンに切り替わる。


「うおっ!?」

「瞳が金色に変わった!?」


 2人が変化に驚いているが、俺には他に気になることがあった。


「ラグ、ここには精霊はいないのか?」


 周りを見渡すが精霊は見当たらない。


『この空間にはマナがありませんからね。精霊はいません』


 確か、精霊はマナを糧に存在しているんだったな。

 ここにマナが無いのなら、精霊がいないのは納得できる。


「まさかとは思うが、ディーンは精霊が見えるのか……?」

「あぁ。この状態なら見える」


 そう言いながら、俺は魔力を込めるのをやめる。


「やっぱり驚くわよね」

「ええ……本当に驚きました……」

「まぁ、俺のことはどうでも良い。話を元に戻そう」

「もう色々あり過ぎて、何の話をしてたか忘れちまったよ……」

「おいおい、おまえが言い出したんだろ? アルファードとの闘いのことだよ」

「そうだったわね。セファイド様の試練の時には私は参加できなかったから、今回もディーンだけじゃない?」

「ロゼは途中で割り込んできたがな……」


 あの時は本当に肝が冷えた。


「そのことは忘れて!! それでどうなの、ラグ?」

『恐らくですが、『風皇狼』や『ゲイルドラゴン』の時のように、皆さんにも何かの試練を課される可能性が高いですね』

「戦闘になるんですか……?」

『そうなるでしょう』

「わかった。それじゃあ明日も攻略があるし、風呂に入って休もう」


 俺がそう言うと3人が頷き、ロゼが風呂に入るためにリビングを出ていく。

 順番が来るまで俺は工房に籠って鎖を作った後、風呂に入り眠りに就いた……




 『ストリーム・ゼロ』第45階層



 攻略5日目――


 かなり攻略も進み、山頂もあと少しだ。

 風はあれからそれほど強くはなっていないが、寒さはかなりのものだ。

 なので全員俺が作った防寒具を着込み、さらに火属性魔術『ヒート・コーティング』を使っているが、陽が沈みかけているのもあって肌を刺すような寒さだ。


「寒っ!! 無茶苦茶寒い!!」


 我慢ができなくなったのか、オルグが文句を言い出した。


「言うなよ、オルグ……」


 俺たちは腕で風を防ぎ、魔獣を警戒しながら進んでいた。


「喋ってないと凍えちまうよ!!」


 そんなくだらないことを言い合いながら歩いていると――


「魔獣よ!! 2人ともくだらないこと言ってないで、いくわよ!!」


 魔獣の群れを見つけたロゼに怒られた。


「よっしゃー!! これで体が温まる!!」

「ちょっと待て、おい!!」


 オルグは嬉々として魔獣の群れに突っ込んでいき、俺の言葉など聞いちゃいない。

 オルグもかなりレベルが上がって、神獣でも易々と遅れは取らないだろうが……

 大丈夫なんだろうな、あいつは……


「寒すぎて、頭がおかしくなってんのか……? 確かに戦闘すれば温まるが……」


 俺はそう呟きながら剣を抜き、『ゴールデン・フルムーンベア』へと向け駆ける。

 ロゼたちは、すでに魔獣や神獣と戦闘を開始している。


「ラグ、【刀術形態】」


 刀への変化が終わると、俺は気と魔力を纏わせる。

 白銀に輝く刀を構え、薙ぎ払われた腕を掻い潜りながら巨大熊の懐へと跳び込む。

 逆袈裟に振り上げた刀が、巨大熊の腕を2本斬り飛ばす。

 さらに返す刀で、腰の辺りで上下に両断する。

 2つに分かれた『ゴールデン・フルムーンベア』が消え去るのを横目で見つつ――


「【狙撃形態】、『貫通弾ピアシングシェル』を装填してくれ」

『了解しました。2秒お待ち下さい』


 刀が光の粒子になり、狙撃対物魔導銃への変化が始まる。

 俺は全身に気を纏い、右から飛びかかってきた『グラトン・ジャッカル』に右の裏拳を叩き込み、左から襲いかかってきた『ハーミットオウル』に横蹴りを叩き込んで砕く。

 そうすると変化が終わったので、すぐさま構えロゼに向かってブレスを吐こうとしていた『ウインドドラゴン』に狙いを定め、『貫通弾ピアシングシェル』を放つ。


「【鋼糸形態】」


 狙撃結果の確認もそこそこに、ラグをさらに変化させる。

 前方へと駆けながら、右の鋼糸をもう1匹の『ウインドドラゴン』に、左の鋼糸を『風狼』に巻き付け、一気に引き絞る。

 『貫通弾ピアシングシェル』に頭を撃ち貫かれた『ウインドドラゴン』が墜落していき、バラバラに斬り裂かれた2匹の破片が散らばるのを確認しながら、『ゴールデン・フルムーンベア』に気を纏わせた飛び蹴りを叩き込む。

 勢いをつけた飛び蹴りは3本の腕に防がれるが、その腕は圧し折れ、巨大熊の体勢が崩れる。

 すでに鋼糸を収納していた手甲に気を纏わせ、すぐさま巨大熊の胸に右の貫き手を叩き込む。

 貫き手が『ゴールデン・フルムーンベア』の心臓を貫き、背中へと抜ける。

 俺は腕を引き抜き、手甲を二刀に変え、残った魔獣を殲滅していった……



 それから30分ほど経ち――


「こいつで最後だ!!」


 右の刀で『デスシーカー』の尾を斬り飛ばし、左の刀で胴体を刺し貫く。

 地面に縫い付けられた『デスシーカー』が消え去り、魔獣は全滅した。


「よし、終わったな」


 俺は二刀を払い、両腰の鞘に納める。


『結構、時間がかかってしまいましたね』

「まぁ、神獣もかなりいたから仕方ないだろう」


 群れと遭遇した時にはもう陽は沈みかけていたが、今は暗くなり始めている。


『半数以上が神獣でしたからね……』

「オルグたちもかなり疲弊しているようだな。素材を拾ったら、今日はもう休むか」


 寒さが厳しいのに加え、魔獣との戦闘も連続しているので無理もない。


『その方が良いでしょうね』


 ラグの言葉を聞きながら、『精霊石』などの素材を拾っていく。

 この頃は神獣の出現率が高いので、かなり多くの素材が集まっている。

 ロゼたちも疲れた様子ではあるが、各々素材を拾い集めている。

 それからしばらく寒さに耐えながら無言で拾い、休むこととなった。

 そして順番に風呂に入り温まった後、食事を食べながら明日の予定を話し合う。


「さて、明日には頂上に着く訳だが、皆疲れは無いか?」


 精霊王の試練は激戦が予想されるので、体調は万全にしておきたい。


「う~ん、疲れてはいるけど……」

「まぁ、やるしかねぇだろ?」

「そうですね」


 3人とも疲れてはいるようだが、気力は充分のようだ。


「皆が疲れているのなら、1日休息を入れてからにしようかとも思ったんだが……どうする?」


 一応予定では1週間を考えていたので、後1日余裕がある。

 特に急いでいる訳ではないので、1日くらい休息日を入れても問題はない。


「それなら1日休もうぜ。何があるかわからねぇし、体調は万全にしておきてぇからな」

「そうか、わかった。2人もそれで良いか?」

「構わないわよ」

「はい、構いません」


 明日は1日、休息日とすることに決まった。

 その後、今日の戦闘のことや他愛もない話をしながら夕食を食べ、各々自由に過ごすことにした。

 俺は最近の日課になっている鎖帷子チェインメイルの製作をするため、工房へと向かった。

 今までに作った鎖は5千個ほどだが、鎖帷子チェインメイルにするには全然足りていない。


『明日は休息日にして良かったかもしれませんね』

「どうしてだ?」

『一日中工房に籠れば、マスターならかなりの数の鎖を作れるでしょう? もしかすれば、鎖帷子チェインメイルも完成するかもしれませんよ?』

「おいおい……何時間、作り続けるんだよ……」


 確かにアルファードに会うまでには作っておきたいと思っていたが、まだ半分も出来ていないのだ。

 明日丸一日費やしても、出来るかどうか微妙なところだろう。


『マスタ~なら、そのくらいできるよ』

「いや、やろうと思えばできるだろうが、それじゃあ休息日にした意味がないだろ……」


 ラグたちとそんなことを言い合いながら、取り敢えず準備をしていく。

 『オリハルコン』と『アダマンダイト』の合金のインゴットを炉に入れ、溶かしていく。

 その間にハンマーと金床を用意。

 溶けた合金を金床に乗せ、ハンマーで叩き鎖にしていく。

 そうしていつもより遅い時間まで黙々と鎖を作り、千個ほど作り上げた後、結構汗かいたのでもう一度風呂に入り、眠りに就いた。

 次の日は話し合ったように休息日とし、少し長めに朝の訓練をした後朝食を食べ、各自好きなように過ごすこととなった。

 ロゼとレイシアは前々から気になっていたらしく、攻略時に着ているローブなどを洗濯するそうだ。

 もちろん、この世界に洗濯機のように便利な道具は無いので手洗いだが、レイシアによれば水属性魔術を利用すれば、かなり楽になるらしい。

 俺のコートやオルグのマントも、ついでに洗うからと言われて持っていかれた。

 さらにシャツや下着まで持っていこうとしたので断固拒否したが、武器を手にした2人に詰め寄られ、結局強奪されてしまった……

 オルグも同じような目にあったらしく、かなりヘコんでいた……

 気を取り直して、俺は工房に行って昨夜の続きをすることにした。

 休憩も無しにかなりの時間鍛冶に没頭し、腹が減ったので昼食を食べるためにリビングへと歩いていると――


「おい、あれ……火事になったりしないよな……」


 ロゼとレイシアが俺のコートとオルグのマントを火であぶっていた……

 多分乾かすためなんだろうが、燃やさないで欲しいものだ……


「アレ、絶対自分たちのを乾かす前に、俺たちので実験してるよな……」

『まぁ、見なかったことにしましょう……』


 精神衛生のために、何も見なかったことにしてリビングへと向かった。

 俺は軽く食事を食べた後、鍛冶の続きをした。

 そして夕方になり――


「夕食が出来たわよ」

「わざわざ悪い」


 ちょうど切りも良いので、夕食を食べるためにロゼと一緒に工房を出る。


「一日中やってたの?」

「途中、休憩を挿んだりはしたけどな」

「それで鎖帷子チェインメイルは出来たの?」

「まだ2/3くらいだな」


 作った鎖は1万個――途中で数えるのを止めたので、実際は何個あるのかはわからない――を超えたが、実際に鎖帷子チェインメイルを編んでみるとまだまだ足りなかった。

 6to1という編み方で編んでみたんだが、途中で必要な鎖の数が少ない4to1の方にしておけば良かったと後悔した。

 鎖には繋ぎ目が無いが、【細工】スキルを使えば問題なく繋げることができた。

 いちいち切り目を入れなくて済み、助かった。

 本当にスキルは便利だ。


「それじゃあ、明日の闘いには間に合わないわね」

「仕方ないさ。まぁ鎧でも充分だしな」


 そんなことを話しながらリビングへと歩いていく。

 リビングに着くと、すでにオルグとレイシアが座っていて、テーブルの上には女性陣が腕に縒りを掛けた料理が並んでいる。


「あ、ディーンも来たわね。それじゃあ、食べましょう」

「悪い。待たせたな」


 俺とロゼが席に着くと、夕食を食べ始めた。


「それで全員、良く休めたか?」


 俺は『金熊の肉』を使ったステーキを食べながら、3人に尋ねた。


「ええ。気になっていた洗濯も済ませたし、私はゆっくり休めたわ」

「私も洗濯ができてスッキリしました」


 ロゼとレイシアはスッキリとした表情だ。


「俺も良く休めたぜ。これで明日はバッチリだ」

「それは良かった」


 その後他愛ない話をしながら夕食を食べ、一息吐いていると――


「そうだ、洗濯物を返しておくわね」


 ロゼがそう言って、俺たちの服を持ってきた。


「せめて、下着は部屋に置いておいてくれよ……」


 オルグがそう言って、レイシアからキチンと畳まれた服を受け取った。

 俺もロゼから受け取るが、オルグと同じ気持ちだった……

 オルグは服を持って自分の部屋へと帰っていくが、マントの端がちょっと焦げているのは黙っておこう……

 俺も後で確認しておかなければ。

 そんなことがあった後順番に風呂に入り、明日に備え早めに寝ることにした。


「ここまで来ておいて、こんなことを言うのも何だが、確実に攻略する順番を間違えてるよな……」


 俺はベッドに寝転んだまま、そう言った。


『まぁ、そうですね』


 最初は何処からでもあまり関係ないが、セファイドと契約した後は属性の優劣を考えて、普通は水の精霊王の所に行くだろう。


「今更か……ここまで来たんだ。やるしかないな」

『今からでも、戻ろうと思えば戻れますよ?』

「流石にここまで来て戻るのは、面倒臭いだろ……」


 またここまで登ってくるのは、流石に面倒臭すぎる。


『これからは良く考えて、行動して下さい』

『そうだよ~』

「うるさいよ」


 おまえらも別に止めなかっただろう。


『死なないで下さいね?』

「縁起でもないこと言うな! こんなところで死ねるか!」


 クソッ、からかってやがるな。


「もう寝る。明日は頼むぞ」

『お任せ下さい』

『おやすみ、マスタ~』


 そして、俺は眠りに落ちていった……




 『ストリーム・ゼロ』第49階層



『この先がアルファード様の待つ、頂上の50階層になります』


 俺たちがいる道の両端には、華麗な装飾が施された竜と狼の石像がある。

 恐らく『風皇狼』と『ゲイルドラゴン』がモデルだろう。


「じゃあ、行こうぜ」


 オルグがそう言って進もうとするが――


「待て、オルグ」


 俺はオルグの肩を掴み、止める。


「何だよ、ディーン?」

「まぁ、見てろ」


 俺は足元の小石を拾い、石像の間に投げる。

 すると、バシッ!!――と音を立てて小石が弾け飛んだ。

 石像の間の空間に紋章が浮かび上がっている。


「なっ!?」

「封印がされてるんだよ。あのまま行ってたら、死んでたぞ?」


 俺はインベントリから2つの『証』を取り出しながら、石像へと近づく。

 そして窪みになっている石像の目の部分に、翡翠色の『証』を填め込んでいく。

 両方の石像に填めた後、確認のためもう一度小石を投げてみる。

 今度は、小石はそのまま地面に落ちる。


「それじゃあ、行こう」


 そう言って、俺たちは頂上へ続く道を歩いていった。



 『ストリーム・ゼロ』第50階層 山頂



 『ストリーム・ゼロ』の山頂部は、かなり広い開けた空間になっていた。


「お待ちしていましたよ、ディーン殿」


 その中心に立っていた、女性と見紛うばかりの美丈夫が声をかけてきた。


「貴方が『風の精霊王』アルファードですか?」

「そうです」


 アルファードは頷き、俺の言葉を肯定する。


『お久しぶりです、アルファード様』

「久しぶりですね、ラグナレク。それに、アイギスも」

『お久しぶりです~』


 ラグたちとアルファードが挨拶を交わす。


「それで試練のことなのですが、どのような試練なのですか?」

「そうですね……私はあまり得意ではないのですが、戦闘にしましょう。『あの馬鹿』があまりにも貴方のことを褒めるものですから、興味が湧いてしまいました」

「え~と……『あの馬鹿』とは誰のことですか?」

「セファイドですよ。あの馬鹿は貴方と契約した日から、毎日毎日――」

「わ、わかりましたから、もうその辺で……」


 アルファードは笑顔のままだが、こめかみに血管が浮かんでいる。


「コホン、私としたことが……失礼しました」

「いえ、気にしてませんから。それで、仲間たちはどうすれば良いのでしょうか?」

「彼らの力も知りたいので、貴方とは別に私の用意した相手と闘ってもらうことにしましょう」


 事前に予想していたように、ロゼたちにも試練があるようだ。


「わかりました。皆もそれで構わないな?」


 俺が振り返ってそう尋ねると、3人とも頷いた。


「それでは始めましょうか」


 アルファードが指をパチンと鳴らす。

 すると、空中に紋章が描かれ、そこから何かが出てくる。


「おいおい……マジかよ……」


 紋章から出て来たモノを見て、オルグがそう呟く。


「ラグ、あれは『ゲイルドラゴン』と『風皇狼』じゃないのか?」

『いえ、あれは――』

「違いますよ。確かに『ゲイルドラゴン』と『風皇狼』の姿をしていますが、アレは私が作り上げた『影』です」


 俺の声が聞こえていたのか、アルファードがラグの言葉を遮って答えた。

 確かに、実物ほどはプレッシャーを感じないが……


「その力は実物の9割ほどですが、油断していると死にますよ?」


 ロゼたちの顔が一様に引き攣っている。

 こいつ、実は性格悪いだろ……


「それではディーン殿以外の皆さんは、あちらの方へお願いします」


 アルファードがそう言うと、『影』の2匹が離れるように移動していく。


「皆、油断するなよ」

「ディーンこそ」


 俺たちはそう言葉を交わし、それぞれの方向へと歩いていく。


「では、結界を張らせていただきます」


 アルファードが腕を振り上げると、この空間を二分するように風の壁が現れる。

 その瞬間、『ゲイルドラゴン』と『風皇狼』の『影』が吼え、オルグの『戦咆哮ウォー・ロアー』が響く。

 あちらは戦闘を開始したようだ。


「こちらも始めましょうか」

「わかりました」


 俺は前もって【刀術形態】にしていた刀を鞘から引き抜き、アルファードが右腕を振るとその手に剣が握られていた。

 その剣はロゼの剣よりもさらに細い、片手直剣に類する細剣レイピアのようだ。

 風の精霊王が持つに相応しく、その細剣レイピアは風を纏っている。

 恐らくはセファイドの剣と同じように、特殊な効果を持っているはずだ。


『その通りです。あの『フォルセティ』は、剣の軌道に沿って真空波を飛ばします。気をつけて下さい』

「わかった」


 俺はそうラグに応えながら、刀に気と魔力を纏わせる。


「では、いきますよ!!」

「来い!!」


 アルファードは細剣レイピアをフェンシングのように構え、跳び込みながら突きを放ってくる。

 速い!!

 咄嗟に刀で軌道を逸らすが、纏った風に左の頬が切り裂かれて血飛沫が舞う。

 袈裟切りに刀を振り下ろすが、アルファードはひらりと躱して、お返しとばかりに連突きを放つ。

 1撃目を刀で払い、2撃目は体捌きで躱す。

 3撃目は肩を斬り裂くが無視し、4撃目は顔を傾け躱すが、首が少し風に切り裂かれる。

 怪我を負いながらも距離を詰めた俺は、下から抉り込むように突きを放つ。

 しかしアルファードには後ろに跳んで躱され、その長いエメラルドグリーンの髪が数本宙に舞うだけだ。

 その結果を残念に思う間もなく、桜色の閃光を放つ刀を振り下ろす。

 【刀】の遠距離アーツスキル『衝破刃』の剣閃が、アルファードの腕を浅く斬り裂きながら奔っていく。


「中々やりますね」

「貴方こそ、戦闘は不得意とか言っていませんでしたか?」


 頬と首の傷は、『アイギス』の【HP自動回復】ですでに塞がっている。


「そうでしたか?」


 まぁ信じてはいなかったが、本当にイイ性格してるよ……

 俺は【縮地无疆】で距離を詰め、胴を薙ぐ。

 アルファードがその一撃を細剣レイピアで受け止め、火花が散る。


「いきなりとは酷いですね」

「良く言いますね」


 俺がそう言った瞬間、左の掌底を放ってくる。

 右の裏拳でそれを払うと、細剣レイピアが垂直に切り上げられる。

 咄嗟に後ろへと跳んで躱すが、細剣レイピアの切っ先が鎧の表面を撫でていき火花が飛ぶ。

 後ろへ跳んだ勢いを溜めに変え、すぐさま前方に跳び、刀を振り下ろす。

 その一撃は躱されるが、即座に斬り上げた刀がアルファードが羽織っているローブごと脇腹を斬り裂く。

 アルファードが舌打ちし、5連突きを放つ。

 【細剣レイピア】のアーツスキル『サザンクロス』だ。

 細剣レイピアが5つに分裂したかのように、一瞬で頭、腹、両肩、胸の5箇所を突いてくる。

 躱せないと判断した俺は、気を纏わせた両腕で頭、腹、胸をガードしつつ後ろへ跳ぶ。


「ぐっ……」


 両腕と両肩から血が噴き出す。


「逃がしませんよ」


 距離を取ろうとした俺に向かってアルファードが腕を振り上げると、巨大な竜巻が発生する。

 風属性最上級殲滅魔術『カラミティ・トルネード』だ。


「アイギス、障壁展開!!」


 俺は障壁を展開し、迫り来る竜巻に突っ込む。

 巻き上げられた飛礫が音を立てて障壁に激突する。

 烈風に足を取られそうになりながら、竜巻を抜けると待っていたのは――


「予想通りです」


 【細剣レイピア】のアーツスキル『ライトニング・ぺネトレイター』で、右手で細剣レイピアを突き出し、閃光を纏いながら突進してくるアルファードだった。


「くっ!!」


 障壁に激突した細剣レイピアは貫通こそしなかったが、その勢いで俺は大きく吹き飛ばされる。


「チッ」


 俺は宙で体勢を立て直し地面を削りながら着地、前を見るとアルファードが追撃をするように再び『ライトニング・ぺネトレイター』で突進してきている。

 すぐさま俺も【疾風迅雷】を起動し、前方に跳ぶ。

 刀を持つ右腕を引き絞るように構え、片手突きを放つ。

 細剣レイピアと刀が火花を散らしながら擦れ違う。

 その接触により軌道が逸れた細剣レイピアと刀が、互いの首を浅く斬り裂きながら抜ける。

 俺たちもそのまま擦れ違い、すぐさま反転。

 即座に刀を袈裟切りに振り下ろすが、アルファードが同じように振り下ろした細剣レイピアと激突、鍔迫り合いになる。

 俺は左拳をアルファードの腹に押し当て『浸透勁』を放つ。

 同じように俺の腹に押し当てられたアルファードの左拳から衝撃波が放たれる。


「ガハッ!!」

「ゴフッ!!」


 俺とアルファードの口から血が溢れ出す。

 俺たちは同時に跳び退り――


「そろそろ終わりにしましょうか」

「そうだな」


 俺は外套の袖で口元の血を拭う。

 アルファードが細剣レイピアを構え、俺も右腕を引き絞るように構える。

 俺は【縮地无疆】で跳び、アルファードも凄まじいスピードで跳び込んでくる。

 アルファードが放った『サザンクロス』を俺は――


「グッ」

「なっ!?」


 細剣レイピアを左手に貫通させて受け止める。

 そのまま鍔を握り締め、刀を持ったままの右手をアルファードの腹に当て――


「『ノヴァ・エクスプロージョン』」


 俺たちの間で火球が爆裂する。


「ガハッ!!」


 【魔力操作】で操作された爆風をまともに喰らったアルファードが吹き飛んでいく。

 俺が鍔を握り締めていた『フォルセティ』は、俺の左手を貫通したまま残されている。

 即座に吹き飛んでいったアルファードの元へと跳び、刀を首筋に押し当てる。


「参りました……」


 アルファードはローブが至る所が焦げ、裂けている。

 その下の鎧も罅割れ、眉目秀麗な顔にも酷い火傷を負っている。

 だが、その火傷もみるみる癒されていく。


「まさか、あのような方法で防ぐとは……」


 俺は刀を鞘に納め、左手に刺さったままの細剣レイピアを引き抜き投げ返す。

 そして『パーフェクト・シャインヒーリング』をかけ、傷を癒す。


「試練は合格ですか?」

「ええ、文句無しの合格です。セファイドがあれだけ褒めていたのも、納得ですよ。――ちょうどあちらも終わったようですね」


 ロゼたちが闘っている方を見ると、ロゼが放った『ルシファーズ・インフェルノ』が『ゲイルドラゴン』の『影』を焼き尽くした。


「そうみたいですね」


 オルグは金属盾が砕け散り、鎧も至る所が罅割れている。

 ロゼとレイシアもローブの至る所が裂け、血が滲んでいた。

 スレイプニルもかなり息が荒く、全身から湯気が立ち上っている。

 負傷はしているようだが、皆無事そうで一安心だ。

 今はレイシアが皆に回復魔術をかけて回っている。


「それでは『証』を渡しましょう」


 アルファードが腕を振ると風の結界が消え去り、傷の手当てが終わったロゼたちもこちらに歩いてくる。


「大丈夫か?」

「ええ、何とかね……装備はボロボロになっちゃったけど……」


 ボロボロになったローブを見下ろしながら、そう言った。


「装備なんて幾らでも作れるさ。ロゼたちが無事なら、それで良い」


 俺がそう言うと――


「それではディーン殿、こちらへ」


 俺はアルファードの方へと歩み寄り、左手を前に突き出す。

 すると、アルファードの心臓の辺りから翡翠色の宝玉が現れ、『アイギス』に埋め込まれる。

 『証』の宝玉の中には風が渦巻いていた。


「痛ッ」


 さらに俺の足元に紋章が現れ、右腕に鋭い痛みが奔る。

 袖を捲って右腕を見てみると、セファイドに与えられた紅い紋様と絡み合うように翡翠色の紋様が刻まれていた。

 セファイドの時と同じなら、この後は確か――


「ぐ……」


 案の定、大量の魔術やスキルの知識が流れ込んできた。

 前回ほどではないが頭痛がし、俺は軽く頭を押さえる。


「これで契約は成りました。それでは、次はそちらのダークエルフのお嬢さん、こちらに来て下さい」

「わかりました」

「確かロゼさんでしたね? あの馬鹿から、貴女にも力を与えてやって欲しいと言われています。見たところ、素質も充分にあるようです」

「はい、ありがとうございます」

「では、あなたの剣を貸してもらえますか?」


 ロゼが剣を鞘から抜き、アルファードに手渡す。

 アルファードは剣に填め込まれているマナ結晶に手をかざし、魔力を放出する。


「これでさらに性能が上がったはずです。ついでに新しいスキルも追加しておきましたので、後で確認しておいて下さいね」


 そう言って、アルファードは剣をロゼに返す。


「ありがとうございます、アルファード様」


 ロゼが返ってきた剣を鞘に納め、こちらに戻ってくる。


「これで一通りのことは終わりましたが、私からも餞別を渡しておきましょう」

「それは嬉しいのですが、良いのですか?」

「ええ、構いません。それにあの馬鹿が、ディーン殿に餞別を送って喜ばれた――と毎日うるさかったですし」


 セファイドとアルファードは仲が悪いのか?


『そんなことはないと思いますが……余程、迷惑だったのでしょう』


 そんなところだろうな。


「それで餞別とは何を?」

「ふむ、そうですね……」


 アルファードは顎に手をやり、考え込む。

 その視線は、何となくスレイプニルに向いているような気がする。


「やはり彼女にしましょうか。――来なさい、『シームルグ』」


 アルファードが指を鳴らすと、【召喚】の紋章が空中に現れ、そこから空色の巨大な鳳凰が出現した。

 その大きさは『ライトニング・フェニックス』よりも、さらに二回りは大きい。


「あれは神獣か……?」


 オルグが畏怖するように呟く。


『あれは『慧神鳥』、鳥たちの女王と言われている神獣です』


 ラグが俺たちに説明してくれた。


わたくしに何か御用かしら、アルファード様?』

「ええ。貴女にはこれから、あちらのディーン殿の力になってもらいたいのですが、宜しいですか?」


 『シームルグ』の声は女王の名に違わない、高い知性を感じさせる美声だ。


『あの方たちの力になれば宜しいのかしら?』

「そうです。お願いできませんか?」


 『シームルグ』が俺たちの方を見る。

 まるで、心の中まで見透かされるかのような視線だ。


『それは構いませんわ。他ならぬ、アルファード様の頼みですもの。ですが、わたくしの背に貴方以外の殿方を乗せるのは、ご遠慮したいですわ』

「嬉しいことを言ってくれますね……それでは、あちらのお嬢さん方なら構わないでしょう?」

『……ええ、それなら構いませんわ』


 『シームルグ』がロゼとレイシアを見ながら、そう言った。


「それではお願いしますね」

『お任せ下さい』


 『シームルグ』が羽ばたき、こちらに飛んで来る。


『お初にお目にかかります、ディーン様。それにお仲間の皆さん、どうぞ宜しくお願い致します。わたくしのことは『シームルグ』とお呼び下さい』


 シームルグはそう言うと、優雅に頭を下げる。


「あぁ、宜しく頼む。知っているとは思うが、俺がディーンだ」

「私はロゼよ。宜しくね、シームルグ」

「私はレイシアです。宜しくお願いします」

「オルグだ。宜しく頼むぜ」


 俺たちはそれぞれに自己紹介をしていく。


『久しいな、シームルグ殿。どうやら、我が王が迷惑をかけたようだな。王に代わり謝罪しよう』

『本当にセファイド様は困った方ですわ……貴方から、良く言い聞かせておいて下さいませ』


 スレイプニルとシームルグも挨拶を交わす。


「それでシームルグ、ロゼとレイシアのどちらと『契約』するんだ?」


 もちろん『召喚獣アガシオン』としての契約のことだ。


わたくしはどちらでも構いませんわよ?』

「――だそうだが、どうする?」


 俺はロゼとレイシアの方に振り返りながら、訊いた。

 すると、レイシアが凄い勢いで首を横に振っていた……


「どうしたんだ、レイシア……? そんなに嫌なのか……?」

「い、いえ。嫌ではありませんが、私にはこの子がいますから……」


 余程スレイプニルの事を気に入っているのか、シームルグに乗るのが嫌なのかはわからないが、レイシアはスレイプニルに縋りついている。


「――ということはロゼか」

「構わないけど、私は【調伏テイミング】なんて使えないわよ?」

『問題ありませんわ』


 シームルグがそう言って、ロゼに頭を近づける。


わたくしの頭に手を乗せて下さいな』

「わかったわ」


 ロゼが恐る恐る手を乗せる。

 すると、閃光が走り――


『これで契約は完了しましたわ』

「どういうことだ、ラグ?」

『高位の神獣は自ら主を選べますから、その能力を使ったのでしょう』

「そんなのもあるのか……」

「どうやら、終わったようですね。もうすぐ陽も沈みます。貴方方には、ここの寒さは厳しいでしょう? そろそろ下山するのをお勧めしますよ」


 少し離れた所で俺たちの様子を見ていたアルファードが、そう提案してきた。

 アルファードは何処から取り出したのか、椅子に座りティーセットで優雅にお茶を飲んでいる。

 いつの間に出したんだ……


「そうですね。そろそろ戻ることにします」

「わかりました。この世界のこと、宜しくお願いします」

「任せて下さい」

「皆さんもまたお会いしましょう。シームルグもお元気で」

『アルファード様も』


 挨拶を交わした俺たちは、『脱出エスケープ』で『天空島』を後にした。

お読みいただいて、誠に有り難う御座います。

これからも皆様のご期待に添えるよう、精進していきたいと思いますので宜しくお願い致します。

そして、今話で2章が終了しました。

次話からは第3章が始まります。

迷宮の攻略は一旦お休みになります。(迷宮にはちゃんと潜ります)

誤字、脱字等ありましたらご報告お願いします。

ご感想、ご批判もお待ちしております。

それでは、また次話で。

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