第13話 『風皇狼の迷宮』
「さてと、次は『風皇狼の迷宮』だな」
俺たちは『嵐竜の迷宮』から抜け出し、入り口の遺跡に戻ってきていた。
「そうすると、次は『メオジラ渓谷』ということか……」
「知っているのか、オルグ?」
オルグが言った『メオジラ渓谷』というのは、『風皇狼の迷宮』がある場所だ。
「あぁ。『ダルグスト』の近くにあるし、何より毎年、新米冒険者の被害が絶えねぇからな……」
「一応、警告はされているのですが、比較的街に近い迷宮ということで不用意に潜る人が多いですからね……」
「そうか……確かにあの迷宮は、新米冒険者が攻略できる迷宮じゃないからな」
「ギルドの方で何か対策はしていないの?」
元ギルド職員のロゼは、『ダルグスト』のギルドの対応に少し憤っているようだ。
「確か聞いた話だと、今年から入り口に冒険者を派遣して、高ランク冒険者以外の立ち入りを制限しているらしいぞ」
「少し対応が遅い気もするけど、それならこれ以上の被害は増えないわね」
「じゃあ、そろそろ『風皇狼の迷宮』に行くか。レイシアも、あまりここに長居するのはキツイだろ?」
「そうですね……暑い場所は嫌いです……」
レイシアもそう言うのでさっそくスレイプニルを呼び、馬車を繋いで乗り込む。
来た時と同じく俺とロゼが御者台で、オルグとレイシアは馬車の中だ。
「それじゃあ、一度『ダルグスト』に戻ってから『風皇狼の迷宮』に行くぞ。スレイプニル、頼む」
「わかったわ」
『承知した』
そう言って、俺たちは『ダルグスト』に向けて進んでいった。
「素材の換金をお願いします」
俺たちは『ダルグスト』に戻り、換金のためにギルドへと来ていた。
「わかりました。それではこちらの部屋へお願いします」
「はい」
俺とロゼはギルド職員のお姉さんの後に続き、換金のための部屋へと入っていく。
ちなみに、オルグとレイシアは依頼を見ている。
「こちらの台の上に換金する素材を出して下さい」
「わかりました」
俺はインベントリから『精霊石』などの素材を出していく。
換金する素材は『精霊石』と使わない素材だ。
「これで全部です。鑑定をお願いします」
「え~、これを全部ですか……?」
ギルド職員のお姉さんは涙目だ……
「はい……すみません、こんなに大量に……」
「いえ……仕事ですから……それでは少し時間がかかりますので、部屋の外でお待ち下さい」
「わかりました」
そう言って俺たちは部屋を出る。
お姉さんも部屋を出て、応援を呼びに行ったようだ。
「ここでは流石に手伝えないわね」
「そうだな。まぁ応援を呼びに行ったようだし、大丈夫だろう」
そんなことを話しながら、オルグたちがいる依頼が貼り出されているボードの前に歩いていく。
「オルグ、何か良い依頼はあったか?」
「特にねぇな……」
「迷宮の攻略のついでに達成できそうなのは無いですね」
「そうか」
オルグとレイシアがそう言ったが、一応俺も依頼をざっと見ていく。
おっ、『アロウ山脈』の調査の依頼が出ている。
ゼノンが手配した依頼のようだ。
依頼のランクもSとなっている。
そんなことを確認しながら一通り見るが、オルグたちが言ったようにめぼしい依頼は無かった。
「換金が終わるまでまだ時間があるな……」
「ええ。あれだけあればね……」
「じゃあ、それまでどうするんだ?」
「そうだな……オルグたちは買い物して来てくれるか? 『風皇狼の迷宮』の攻略が済んだ後は、直接『風の精霊王の迷宮』に行く予定だし」
「わかりました。ディーン君たちはどうするんです?」
「俺はギルドにいるよ。いつ鑑定が終わるか、わからないしな。ロゼもオルグたちと一緒に買い物に行くか?」
「……私はディーンと一緒にギルドにいるわ」
「そうか。それじゃあレイシア、これを渡しておくよ」
そう言って俺はインベントリから皮袋に入れた『ティル』を取り出し、レイシアに渡す。
「買った食材はどうするんです? インベントリに入れておかなければ、傷むんじゃ……」
「そんなにすぐに傷む訳じゃないし、帰ってきてから入れれば良いさ。それとなるべく沢山買ってきてくれ。何、持ち切れなければオルグにでも持たせれば良い」
「おい……俺でも限界はあるぞ……」
「どんなに荷物が多くても、持つのは男の役目と決まってるんだよ。文句言うな」
「あはは……じゃあ、行ってきますね」
「ええ、気をつけてね」
そしてオルグたちはギルドを出ていく。
「――なぁ、ロゼ。何で一緒に行かなかったんだ? まぁ、何となく理由はわかるが……」
「あの2人が所構わず、イチャつくからに決まってるでしょ……」
「やっぱりな……」
あの2人はさっきもボードの前で微妙にイチャついてたしな……
それからしばらく、ロゼやラグたちと他愛もない話をしていると――
「ディーン様、鑑定の結果が出ましたので先程の部屋までお越し下さい」
職員の人に呼ばれたのでさっきの部屋に行く。
「お待たせしました。こちらが鑑定結果になります。宜しいですか?」
お姉さんが鑑定額の書かれた紙を渡してきた。
鑑定額は10万ティルと端数がいくらかある。
まぁ妥当な金額だろう。
俺の素性を知っているギルドが、俺を騙すはずはないが……
「はい、構いません」
「それではこちらをどうぞ。またお願い致します」
「わかりました」
俺は革袋を受け取り、ロゼとともに部屋を出ていく。
部屋を出ると、ちょうどオルグたちも戻ってきたところのようだ。
オルグは両手に大量の食材入った袋を抱え、両腕にも食材を入れた布袋を提げている。
「じゃあ、『風皇狼の迷宮』に出発するか」
そう言ってギルドを後にしようとすると――
「ディーン様、グランドマスターより伝言を預かっております」
ゼノンからの伝言……?
また何か起こったのか?
「伝言とは何ですか?」
「はい。3ヶ月以内で構わないのでギルド総本部に立ち寄って欲しい――とのことです」
「3ヶ月……? 緊急の用件ではなさそうだな……わかりました。伝言は受け取りました――とグランドマスターにお伝え下さい」
「承知しました」
そうして今度こそギルドを後にする。
「立ち寄って欲しいって、何かあったのかしらね……?」
「3ヶ月以内っていうのも何なんだろうな……オルグ、何か知らないか?」
「あ~、取り敢えず俺が思いつくのは、3ヶ月後に『グランドティア』で闘技大会があるってことくらいだな……」
「そういえば、そんなのもあったな」
『VLO』にもあったイベントだ。
「でも、それは俺には関係ないんじゃないか?」
「そうですね。ディーン君が出場すれば、優勝は確実ですしね」
「グランドマスターがそんなことをディーンに頼むはずはないわね」
「そうだな……それよりディーン、そろそろこれをインベントリに入れてくれよ!」
「わかった、わかった」
俺はそう言うと、オルグが持っていた食材をインベントリに入れていく。
「ふぅ~、肩が凝ったぜ……」
「嘘吐け。おまえがあれくらいでどうこうなるはずがないだろ」
「それでディーン、伝言の方はどうするの?」
「まぁまだ時間もあるし、風の精霊王との契約が終わってからでも間に合うだろう」
「それもそうね」
そんなことを話しながら『ダルグスト』を後にし、街の外で空間を開く。
そしてスレイプニルを呼び、『メオジラ渓谷』に向かうことにする。
「ラグ、『メオジラ渓谷』はここから西で良いのか?」
『はい、それで合っています。少し北寄りですけどね』
「じゃあスレイプニル、頼んだぞ。それほど遠くはないから、【天翔】は使わなくて良いからな?」
『了解した、主殿。それでは、行くぞ』
スレイプニルはそう言うと、馬車を牽きつつ『メオジラ渓谷』に向け駆けていった。
『風皇狼の迷宮』がある『メオジラ渓谷』の入り口に到着すると、2人の冒険者がいるのが見えた。
オルグの言っていた、監視をしている冒険者たちだろう。
「そこの馬車、止まれ。この迷宮に入るには、ギルドカードの提示が義務付けられている」
「すまないが、ギルドカードを提示してくれ」
入り口前にいた2人の冒険者がそう言ってくる。
う~ん、どうするかな……
この人達は俺のことを知っているのか……?
もし知らないようなら、あまりギルドカードを見せたくはない。
そんなことを考えていると――
「どうしたんだ、ディーン? 着いたのか?」
オルグが御者台に繋がる窓から顔を出し、そう言ってきた。
すると――
「オ、オルグ様……どうして、ここに……?」
流石は最高位の冒険者。
知名度は半端じゃない。
「どうしてって、迷宮の攻略をする以外に何をしに来るんだ?」
「そ、そうですね。それでこちらの方達は……?」
「俺の仲間だ。ちなみにその男は俺たちのリーダーで、俺より遥かに強いぞ?」
「な!?」
「そ、それは失礼しました!! どうぞ、お通り下さい」
「それでは……」
俺は冒険者たちに一礼して馬車を進め渓谷へと入っていくが、後ろの方で『あいつは何者だ?』とか言っているのが聞こえる。
「おい、オルグ。最後の一言は余計だろ」
「仕方ねぇだろ。あいつらはおまえの事を知らねぇんだから。おまえもそれがわかってたから、中々カードを見せなかったんだろ?」
「まぁ、その通りだが……」
「だったら、良いじゃねぇか」
「珍しく、オルグの方が正しいわね」
「おい!! 珍しくって何だよ!!」
俺たちはそう言いながら渓谷を進み、『風皇狼の迷宮』の入り口へとやって来た。
オルグたちが馬車から降りたのを確認し、俺は馬車をインベントリに入れる。
「ここではスレイプニルにも手伝ってもらうからな」
『承知した。任せてくれ』
ここは道幅もかなりあるので、スレイプニルも充分に闘える。
「それじゃあ、レイシアはスレイプニルに騎乗してくれ」
「わかりました。お願いしますね、スレイプニル」
『うむ、任せておけ』
「じゃあ、行くぞ。ここも『嵐竜の迷宮』と同じように、魔獣との遭遇率が高くなってるだろうから油断はするなよ?」
俺の言葉に全員が返事をしたのを確認し、俺たちは『風皇狼の迷宮』へと足を踏み入れた……
『風皇狼の迷宮』第1区画
『風皇狼の迷宮』はグランドキャニオンのような大峡谷で、『迷路型』の迷宮だ。
確か『VLO』の設定ではその昔、『ティルナノーグ』から流れてきていた大河の浸食によってできたらしい。
ほとんどは岩場だが、多少の草木も生えている。
「やっぱり、ここも風が強いな」
「そうね。『嵐竜の迷宮』は無風だったのに……」
ロゼが手で髪を押さえながら言った。
まぁ、『嵐竜の迷宮』は地下だったしな。
「そうですね……ここまで風が強いと髪が……」
レイシアも手で押さえているが凄いことになっている。
「2人とも髪を束ねたらどうだ? そのままじゃ戦闘にも支障が出るだろ?」
2人とも髪が長いので、戦闘の邪魔になりそうだ。
「そうね……」
「そうですね……」
ロゼとレイシアはそれぞれ紐を取り出し、髪を束ねていく。
ロゼは手早く髪をポニーテール風に一纏めにするが、レイシアは手古摺っている。
「レイシア、貸して。やってあげるから」
「お願いね」
そう言ってロゼはレイシアから紐を受け取り、手早くレイシアの髪を三つ編みにしていく。
「はい、できたわよ」
「ありがとう、ロゼ」
2人が髪を束ね終わった。
「「おぉ~」」
俺とオルグが感嘆の声を上げる。
「似合ってるぞ、2人とも」
「おう、ディーンの言う通りだ」
「そ、そうかしら……」
「ふふ、ありがとう。2人とも」
そんなことを話しながら進んでいると――
『主殿、敵が来たようだ』
スレイプニルがそう警告してきた。
前方を確認すると2mほどの巨大な女王蜂『クイーンビー』に率いられた、50cmほどの蜂『ナイトビー』の大群がこちらに飛んで来ていた。
『ナイトビー』は毒は持っていないが、鋭い針と鋭利な鎌で攻撃してくる。
『クイーンビー』は針に猛毒を持っているが、動きは速くない。
「『ナイトビー』の大群だ!! 100匹近くいるぞ、気をつけろ!!」
陣形はオルグを前衛に、ロゼを中衛に戻している。
「『ノヴァ・エクスプロージョン』」
俺は少しでも数を減らすために『ノヴァ・エクスプロージョン』を使う。
炎弾が放たれ、群れの中心で炸裂する。
群れの半数ほどを巻き込んだが、その中で焼き尽くせたのは20匹ほどだ。
「チッ!! やっぱり、火属性はほとんど効かないな……」
『ナイトビー』や『クイーンビー』は風属性の魔獣なので、火属性は効き難い。
「オルグ、突っ込むぞ!! ラグ、【大鎌形態】だ」
「おう、いくぜ!!」
俺は大鎌を、オルグは槍斧を構え、群れへと駆ける。
「『アクアレーザー』」
「『ホーン・グレイブ』」
レイシアが高圧の水流で薙ぎ払い、ロゼが土属性上級魔術『ホーン・グレイブ』を使い、地面から無数の角のような石槍を発生させて『ナイトビー』を貫いていく。
「はぁぁ!!」
「おらぁぁ!!」
俺は大鎌を薙ぎ払い、『ナイトビー』を5匹纏めて斬り裂く。
オルグも俺と同じように槍斧で薙ぎ払っている。
当たるを幸いに、俺は大鎌を振り回して次々と斬り裂いていく。
針を突き刺してきた奴を右の上段回し蹴りで蹴り砕き、そのままの勢いで回転し周囲の奴らを大鎌で斬り払う。
すぐさま斬り上げ近づいてきた1匹を両断し、背後から襲いかかってきた奴は鋭く尖っている石突きで貫く。
「くっ!!」
俺は『クイーンビー』が突き刺してきたでかい針を右の裏拳で打ち払う。
その針は猛毒があるのを示すように怪しい光を放っていた。
「こいつの相手は俺がする!! 他の奴らは任せたぞ!!」
俺はそう叫ぶと3人の返事を聞く暇もなく、『クイーンビー』が振り下ろした鎌を大鎌で受け流す。
背後からきた『ナイトビー』を振り向かずに後ろ蹴りで砕く。
「うぜぇ!!」
『ナイトビー』が邪魔で『クイーンビー』に集中できない。
3人も凄まじいスピードで殲滅しているが、数が多過ぎる。
『ガシッ!!』
俺は『クイーンビー』が再び突き刺してきた針を掴み――
「破ッ!!」
右足で蹴り上げ、毒針を圧し折る。
即座に左から渾身の力で大鎌を薙ぎ払い、『クイーンビー』を斜めに分断する。
ついでに途中にいた『ナイトビー』も斬り裂く。
女王を殺された『ナイトビー』が怒り狂う。
俺はそいつらを打ち砕き、蹴り砕き、薙ぎ払いながら殲滅していく。
ロゼたちも各々残った奴らを殲滅しているようだ。
それから15分ほど闘い、戦闘が終了した……
「いきなり大群だったな……」
「そうね……この先も、この調子なのかしら……?」
「まぁそうだろうな……」
そんなことを話ながら手分けして『精霊石』を拾い、俺たちは先へと進んでいった。
『風皇狼の迷宮』第2区画
『ギョエェェー!!』
俺たちは順調に迷宮を攻略していき、第2区画を攻略していた時に突然甲高い叫び声が聞こえてきた。
「『スクリーマー』だ!! こいつは魔獣を呼び寄せるから、さっさと始末するぞ!!」
『スクリーマー』は2mほどの駝鳥のような魔獣で、『ドゥルガ』などと同じようにその鳴き声で魔獣を呼び寄せるのだ。
もうすでに魔獣を呼ばれてしまったが、これ以上は勘弁だ。
『スクリーマー』がいる群れには他にも、鋏のような尾を持つ蠍型の魔獣『デスシーカー』や『キラーワスプ』などの群れだ。
俺は剣を抜きながら駆け、左の魔導銃を抜き『スクリーマー』に向け連射する。
「くそ!! チョコマカと!!」
放たれた弾丸は『キラーワスプ』を何匹か撃ち貫くが、『スクリーマー』には躱される。
こいつは空は飛べないが、矢鱈と逃げ足が速い。
「ディーン、新しい群れが来たわよ!?」
ロゼがそう叫んだので確認すると、『スクリーマー』が呼んだ奴らだろう、『ヴァルチャー』の上位種『バロン・ヴァルチャー』が10羽ほど飛んで来ていた。
「わかった!! ロゼたちは『バロン・ヴァルチャー』の方を頼む!!」
「わかったわ!!」
「おう、任せとけ!!」
ロゼたちが応えるのを聞き、俺は【縮地无疆】で『スクリーマー』の元へと跳ぶ。
間合いに入るとすぐに剣を一閃するが、『スクリーマー』は凄まじい速さで逃げる。
「あー!! イライラする!!」
俺は苛立ちに任せて、襲いかかってきた『キラーワスプ』を気を纏った右拳で打ち貫く。
「これでも喰らいやがれ!! 『フレアマイン・トルネード』!!」
俺はオルグたちを巻き込まないのを確認して、火属性最上級殲滅魔術『フレアマイン・トルネード』を使う。
この魔術は『フレア・トルネード』の上位魔術で、『フレアボム』と『フレア・トルネード』を併せたような魔術だ。
炎の竜巻が『スクリーマー』や『キラーワスプ』を呑み込む。
炎が『キラーワスプ』を焼き尽くし、さらに竜巻に含まれている炎の機雷に触れた魔獣が爆散していく。
『スクリーマー』は焼き尽くせなかったが、足が焦げて走るスピードが明らかに遅くなった。
「疾ッ!!」
俺はすぐさま『スクリーマー』との距離を詰め剣を一閃、その細長い首を刎ねる。
『スクリーマー』はそのまましばらく走り、地面に倒れ消え去った。
「これで厄介な奴は殺ったな……」
俺は『デスシーカー』が放った尾の一撃を剣で受け止めながら呟く。
「『スクリーマー』は始末した!! このまま残りも殺るぞ!!」
俺は『デスシーカー』の尾を斬り飛ばし、そのまま地面に縫い付けるように貫きながら叫んだ。
「わかりました!!」
レイシアがスレイプニルに騎乗して空を翔け、圧縮された水弾で『バロン・ヴァルチャー』を撃ち落としながら応える。
ロゼの『ダークニードル』がさらに2羽を貫き、オルグの槍斧が最後の1羽を叩き切る。
「ふぅ~、終わったわね……」
ロゼが疲れたように呟いた……
「そうですね……こうも大群ばかり相手していると、流石に疲れますね……」
レイシアも『精霊石』を拾いながらそう呟く。
「そうだな。大群はこれで――10度目か?」
「おう、そんなもんだな。流石の俺も疲れたぜ」
「できれば、第3区画までは行っておきたかったが……」
俺は、今日はもう休むか――と考えながら『精霊石』を拾い集めていると――
「おっ、あれは『サウザンドデイズ・グロウン』か。――お~い、ロゼ。採取を頼む」
『精霊石』を拾っていると、茂みにいくつかの薬草が生えているのを見つけた。
『サウザンドデイズ・グロウン』は『SPエクステンド・ポーション』などの素材だ。
「わかったわ。しばらく待っててね」
ロゼはそう言って空間を開き、俺が以前渡した『採取セット』を取り出して茂みの方へと歩いていく。
ロゼが採取をしている間に、俺たち3人は『精霊石』を拾い集める。
そして俺は、ロゼたちから受け取った『精霊石』や薬草をインベントリに放り込み――
「まだ陽が沈むまで時間はあるが、疲れているようなら今日はここまでにするか?」
俺はロゼたちにそう訊いた。
この先も戦闘はますます激しさを増すはずなので、無理は禁物だ。
「う~ん、もう少し進みましょう? ディーンも、第3区画までは行っておきたいんでしょう?」
「まぁそうだが……オルグたちはどうだ?」
「俺はまだ大丈夫だぜ?」
「私も、もう少しなら大丈夫です」
「そうか、わかった。だが、無理だけはするなよ?」
俺は3人が頷いたのを確認し、攻略を再開した。
『風皇狼の迷宮』第3区画
「破ッ!!」
俺は襲いかかってきた1.5mほどの『グラトン・ジャッカル』を蹴り飛ばし――
「ロゼ!! 大丈夫か!?」
『風狼』と闘っているロゼに声をかける。
「くっ。――こっちは大丈夫よ、ディーン!!」
【闘気術】と【纏気術】を使って、全身に気を纏ったロゼが『風狼』の一撃を受け止めながら叫ぶ。
まだ第3区画にも関わらず、とうとう『風狼』まで出現し始めた。
「オルグ、雑魚は任せたぞ!! レイシアはロゼの援護を!!」
「おう!!」
「わかりました!! 『アクアレーザー』!!」
俺は2人が応えるのも聞かず、『風狼』へと駆ける。
レイシアが空から高圧の水流を放つが、『風狼』は後ろに跳んで躱す。
俺は『風狼』の着地地点に向け、【縮地无疆】で跳ぶ。
「ドンピシャッ!!」
俺が跳んだ場所にちょうど来た『風狼』を、思いっ切り真上に蹴り上げる。
「ロゼ!!」
「――『デモンズ・スピア』!!」
俺が叫ぶと、ロゼは即座に空中の『風狼』へと漆黒の槍を放つ。
漆黒の槍が突き刺さり、『風狼』が爆散する。
その様子を確認しつつ、背後から飛びかかってきた『グラトン・ジャッカル』を振り向きざまに斬り裂き、左から来た奴を気を纏わせた左の裏拳で打ち砕く。
レイシアがスレイプニルとともに、魔獣の攻撃の届かない高空から爆撃の如く魔術を放ち、魔獣を殲滅していく。
オルグも槍斧で『デスシーカー』と『グラトン・ジャッカル』を4匹纏めて薙ぎ払う。
そして、俺たちは魔獣を殲滅していった……
その後俺たちは協力して『精霊石』や『風狼の肉』を拾い、今日の攻略はここまでにしてホームで休むことにした。
「ロゼ、レイシア、今日はこの『風狼の肉』を使って料理してくれ」
俺はインベントリから『風狼の肉』を取り出しながら、そう言った。
ロゼとレイシアはここ最近ずっと料理を担当している。
「これも食べるとステータスが上がるの?」
「あぁ、AGIが10も上がる」
「えっ!? そうなんですか?」
「レイシアたちは知らないかもしれないが、食材の中には食べるとステータスが上がる物があるんだ」
「へぇ~、そんなのもあるんですね」
「上昇するAGIは『炎狼の肉』より多いのね……何でなの?」
「いや、俺も良くは知らないが――多分、風属性魔術には速度を上昇させる物も多いから、その辺りのことが関係してるんじゃないか? どうなんだ、ラグ?」
ラグなら知っているかもしれないと思って、訊いてみる。
『私も知りませんよ。まぁ理由が何であろうと、上昇することには変わりはありません。それで良いのではないですか?』
「ラグの言う通りだな。それじゃあロゼ、レイシア、頼むぞ」
「わかったわ」
「任せて下さい。美味しい料理を作りますから、待ていて下さいね」
「楽しみにしてるよ」
俺はそう言ってロゼに『風狼の肉』を手渡し、リビングに戻る。
料理が出来るまですることもないし、ステータスの確認でもしておくか……
Name:ディーン
種族:人族(転生2回)
称号:認められし者
Lv:260/500
HP:35000/40000
MP:35000/40000
SP:20000/20000
STR:1535/2000
DEX:1530/2000
VIT:1545/2000
AGI:1545/2000
INT:1500/2000
WIS:1500/2000
スキルスロット:50/100
「おっ、レベルが上がってるな。ポイントを割り振っておくか」
まぁ、1レベルしか上がってないがな……
ポイントは、STRとDEXに5ずつ振り分ける。
これでSTRは1540に、DEXは1535になった。
この後料理を食べれば、AGIも1555になるはずだ。
「相変わらず、中々レベルが上がらないな……」
俺がそんなことを呟いていると――
「料理が出来たわよ」
ロゼが料理を運んで来た。
出来上がったのは『風狼の肉』を使った鍋料理だ。
「おっ、これは美味そうだぜ」
料理の匂いに誘われたのか、オルグも風呂から出てきたようだ。
「じゃあ、食べましょう」
レイシアはそう言いながら椅子に座る。
料理を運び終えたロゼも席に着き――
「「「「いただきます」」」」
そう言って、俺たちは料理を食べ始めた……
俺たちは今日の戦闘の反省点、明日の予定や他愛もない話をしながら食事を終えた。
「久しぶりに、全員のステータスを確認させてくれないか?」
最近は偶にアドバイスをするくらいで、3人のステータスは見ていなかった。
「良いわよ」
「おう、わかったぜ」
「良いですよ」
そう言って3人はステータスウィンドウを開く。
俺はロゼから順番に確認していった。
Name:ロゼ
種族:ハイダークエルフ(転生1回)
称号:精霊王の寵愛を受けし者
Lv:135/500
HP:30000/30000+5000
MP:30000/30000+5000
SP:15000/15000+5000
STR:645/750+250
DEX:800/1000+250
VIT:750/750+250
AGI:1000/1000+350
INT:1150/1500+250
WIS:1140/1500+250
スキルスロット:30/100
Name:オルグ
種族:戦鬼族(転生1回)
称号:鬼族最強の戦士
Lv:136/500
HP:30000/30000+3000
MP:10000/30000
SP:15000/15000+3000
STR:1050/1250+200
DEX:1000/1250
VIT:1100/1250+200
AGI:664/750
INT:510/750
WIS:601/1000
スキルスロット:40/100
Name:レイシア
種族:ウンディーネ・アクエリアス(転生1回)
称号:水精の祝福を受けし者
Lv:110/500
HP:20000/30000
MP:30000/30000
SP:15000/15000
STR:540/750
DEX:800/1000
VIT:693/750
AGI:1010/1250
INT:1250/1250
WIS:1250/1250
スキルスロット:35/100
「3人ともずいぶんレベルが上がったな。これは頼りになる」
ロゼは装備の上昇分も含めて万能型、オルグは完全な前衛型、レイシアは魔術主体の後衛型のステータスになっている。
それも『VLO』のプレイヤーと比べても、何ら遜色のないステータスだ。
この世界なら敵う者のいない、圧倒的なステータスだろう。
「まぁあれだけ闘えばレベルも上がるぜ」
「そうね。これでもうディーンの足手纏いにはならないわ」
「でもそんな私たち3人が束になっても、全く敵わないディーン君って……」
「おいおい…人を化け物みたいに言うな。それにそろそろ俺1人では、3人同時に相手するのはキツくなってきてるよ」
実際朝の訓練の時、本気を出さなければ3人の攻撃を躱しきれない場合が増えてきている。
「そうなのか?」
「あぁ。そろそろ訓練の方法を変えないといけないかもな……」
「どんな風に?」
「それはまた考えておくよ」
「じゃあ明日の攻略もありますし、休みましょうか?」
「そうだな」
俺たちはレイシアの提案に頷き、各々の部屋へと戻って早めに眠りに就いた……
『風皇狼の迷宮』第5区画
「やっと半分か……」
俺たちは今日も朝から攻略を進めて、昼過ぎには何とか第5区画まで来れた。
今は昼食も兼ねて、一休みしているところだ。
「ここに来るまでにも大分戦闘したしね」
「あぁ。それに『風狼』が3匹同時に現れた時は、流石にもうダメかと思ったぜ……」
「そうですね……ディーン君が1匹を速攻で倒してくれなかったら、危なかったかも知れません……」
「確かに厄介なことにはなったかもしれないが、皆も充分『風狼』と闘えてたじゃないか」
オルグが言うようにここに来るまでに何度か『風狼』とも戦闘になったが、その内の一度は3匹同時だったのだ。
俺がその内の1匹の首を即座に刎ねたので実質2匹だった訳だが、その片方を俺が、残りの1匹をオルグとロゼが始末したのだ。
ちなみにレイシアは、全員のフォローと雑魚の相手をしていた。
「まぁこの先も、『風狼』が複数出てくる可能性は充分あるから頼むぞ」
「わかったわ」
ロゼがそう応え、他の2人も頷く。
「じゃあ昼飯も食べ終わったし、攻略を再開するか」
俺がそう言うのに合わせて全員が立ち上がり、先へと進んでいった。
「グルゥオォ!!」
全身に気を纏い【完全狂化】状態のオルグが、3mほどの熊型魔獣『シルバー・ムーンベア』の上下の顎に手を掛け、引き裂いていく。
その姿はまさに鬼そのものだ。
「あいつは何で素手でやり合ってんだ……」
俺は【刀術形態】に変化させたラグで、『シルバー・ムーンベア』を幹竹割りに両断しながら呟いた。
『さぁ何ででしょうね? 今のオルグさんが苦戦する相手にも思えませんが』
『油断してて、武器を飛ばされちゃったんじゃないの~?』
「流石にそれはないと思うが……まぁ後で問い詰めるか」
もしそうなら訓練を倍にしてやる――と思いながら飛びかかってきた『グラトン・ジャッカル』を逆袈裟に斬り上げ、返す刃で急襲してきた『バロン・ヴァルチャー』を斬り裂く。
即座に左の魔導銃を抜き、『キングモス』に『炸裂弾』を撃ち込む。
ロゼとレイシアが魔術を放ち、『キングモス』の幼虫を殲滅していく。
俺はその様子を視界の端で確認しつつ、さらに『グラトン・ジャッカル』をもう1匹斬り裂く。
そしてオルグの方を確認してみると、今度はちゃんと槍斧で『シルバー・ムーンベア』を両断していた。
左右から同時に飛びかかってきた『グラトン・ジャッカル』を、左手の魔導銃の刃と右手の刀でそれぞれ斬り裂く。
周りを確認すると、魔獣の群れは全滅していた。
どうやらこの2匹が最後だったようだ。
俺は刀と魔導銃を納め、『精霊石』を拾いながら――
「オルグ、さっきは何で素手で闘ってたんだ?」
先程の戦闘のことをオルグに訊いた。
「あ~、あれはな……」
オルグは中々理由を喋らず、明らかに動揺している。
「『シルバー・ムーンベア』に槍斧を弾き飛ばされたのよ。大方、油断でもしてたんでしょ」
その時の様子を見ていたのだろう、ロゼがあっさりと暴露した。
「それは本当か、オルグ?」
「うっ!! ほ、本当だ……だが、聞いてく――」
「はい、ストップ。言い訳はするな。あの程度の相手、今のおまえなら何でもないだろう? 実際、素手で引き裂いてたしな。それともレイシアかロゼを守って、そうなったのか?」
俺が確認するようにロゼとレイシアに視線を送ると――
「私は少し離れたところで闘ってたわね」
「私もスレイプニルに乗って、空の上でした……」
ロゼはあっさりと、レイシアは少しすまなそうに否定した。
「これで、おまえが油断していただけ――ということになるな」
「ぐっ……」
「反論もないようだし、明日からの訓練は覚悟しておけよ?」
俺が気を強めに放ちながらそう言うと――
「お、おう」
オルグは少し後退りながら頷いた。
「じゃあまずは――残りの『精霊石』を全部拾ってこい」
「えっ!? 明日からじゃねぇのかよ!!」
「何か言ったか?」
俺が睨みながらそう言うと――
「うっ――わかったよ!! 行きゃあ良いんだろ!!」
「なら、さっさと行ってこい。魔獣は俺が警戒しといてやるから」
オルグがまだ何かをブツブツと呟きながら『精霊石』を拾い集めるのを、俺は魔獣を警戒しつつ眺める。
「ロゼたちは今の内に休んでいてくれ」
「わかったわ」
「少し可哀相な気もしますが……」
「良いんだよ。自業自得だ」
その後オルグは5分ほどで『精霊石』を拾い終わり、俺たちは攻略を再開した。
結局その日は第6区画の途中まで進み、休むことになった。
当然オルグには、その間に起こった全ての戦闘で『精霊石』を拾い集めさせた……
『風皇狼の迷宮』第8区画
「あれはサボテン……?」
俺たちは今日も朝から迷宮の攻略を進め、第8区画までやって来ていた。
そして、ロゼが道端に生えていたサボテンを興味深そうに見ている。
「ロゼはサボテンを見たことないのか?」
「当たり前でしょ。昔、図鑑で見たことがあるだけよ」
そう言いながら、ロゼは恐る恐るサボテンを触っている。
「棘があるから気をつけろよ?」
「俺も初めて見たぜ……」
「私も……」
オルグとレイシアも、それぞれ興味津津な様子でサボテンを触っている。
「ん? オルグは『嵐竜の迷宮』に行く途中の砂漠で見たことがあるだろ?」
確かあの砂漠にも、サボテンが生えているところがあったはずだ。
「そうなのか? でもあんな砂漠で探してる暇なんてねぇよ」
「それもそうだな。3人とも、もう満足しただろ? そろそろ先に進むぞ」
「わかったわ」
ロゼがそう言ってこちらに歩いてくる。
その瞬間、ロゼの背後に生えていたサボテンが動き出す。
「ロゼ!!」
俺は【縮地无疆】でロゼの元へ跳び、そのままロゼを片手で抱えてその場を離れる。
「キャッ!?」
ロゼが短く悲鳴を上げる。
「『フェイク・カクタス』だ!! 他にもいるぞ、気をつけろ!!」
この魔獣はサボテンに擬態している『フェイク・カクタス』という魔獣だ。
「おう!!」
「わかりました!!」
オルグたちが俺の言葉で武器を構える。
俺はロゼをその場に降ろし――
「いけるな、ロゼ?」
「ええ。さっきはありがとう、ディーン」
ロゼが頷いたのを確認し、最初にロゼを襲った奴へと跳ぶ。
そして、そいつを幹竹割りに両断する。
その瞬間、周りにあったほとんどのサボテンが一斉に動き出す。
「こいつらは棘を飛ばしてくるから気をつけろ!! 麻痺毒も持ってるぞ!!」
俺は『フェイク・カクタス』が飛ばしてきた無数の棘を剣で弾きながら叫ぶ。
ロゼ、レイシア、そしてスレイプニルは棘を躱しつつ魔術を放ち、オルグは金属盾で弾きながら距離を詰めて槍斧で『フェイク・カクタス』を薙ぎ払う。
俺は魔導銃に火の魔力を込め、炎弾を放つ。
放たれた炎弾は飛んできた棘を焼き尽くしながら『フェイク・カクタス』に命中し、焼き尽くす。
それを横目に見つつ剣を逆袈裟に斬り上げ、最後の『フェイク・カクタス』を斜めに両断する。
「こんな魔獣もいるのね……」
ロゼが剣を鞘に納めながら呟く。
「本当にビックリしました……」
「もしかして、さっき俺が触ってたのも魔獣じゃねぇだろうな……」
「さぁ、どうだろうな? もしかしたら……」
俺はニヤリと笑いながら言った。
「げっ……」
「じゃあオルグ、『精霊石』を拾うのは任せたわね?」
ロゼがオルグの肩を叩きながらそう言った。
「うっ、そうだった……」
オルグはもう諦めているのか、文句を言うこともなく『精霊石』を拾い集めていく。
そして、しばらくするとオルグが拾い終わったので――
「お疲れさん。じゃあ、先に進むか」
「わかりました。行きましょう」
そう言って、俺たちは攻略を再開した。
その日は第9区画に入ったところで攻略を切り上げ、休むことにした……
『風皇狼の迷宮』第10区画
「そろそろ最奥だな」
俺たちは迷宮の攻略を進め、とうとう最奥まで来ていた。
「そうね……この奥に『風皇狼』がいるのかしら?」
『はい、その通りです』
「『風皇狼』も魔術を使うのか?」
『使うよ~。それに当然だけど、風と火属性は効かないからね』
「まぁ、そうですよね……」
「ここでも全員で闘うことになるのか?」
『恐らくはそうなるでしょう』
「じゃあ、気合いを入れていかねぇとな」
「あぁ、頼むぞ。それじゃあ、行こう」
俺たちは迷宮の最奥である、絶壁に囲まれた空間に足を踏み入れる。
その空間はかなり広く、そして――
『ようやく来ましたね、『来訪者』殿。そして、同行者の皆さん』
空間の中心には『炎皇狼』と同じくらいの大きさの、透き通る翡翠色をした巨狼がいた。
さらにその巨狼は鎧のように全身に風を纏っている。
「貴方が『風皇狼』で宜しいですか?」
『ええ。私が風狼の長、『風皇狼』ですよ』
『ゲイルドラゴン』と同じく、知的な男性のような声だ。
風属性は皆こんな感じなのか?
「それで、試練は俺たち全員で闘っても良いのですか?」
『構いませんよ。ただし『ゲイルドラゴン』と同様に、私も仲間を呼ばせていただきますが』
「わかりました。皆、そういうことだ。準備しろ。ラグ、【刀術形態】だ」
『了解しました』
俺たちが各々武器を構えた瞬間――
『ウォォォォォン……』
仲間を呼ぶためだろう、『風皇狼』が遠吠えする。
すると――
『グルルルゥゥ……』
紋章が現れ、『風狼』が唸りながら4匹出現する。
「この前より多いじゃねぇか!!」
オルグが言うように『ゲイルドラゴン』が呼んだ『ウインドドラゴン』は3体だったが、今回は4匹だ。
「文句を言っても始まらない。皆、来るぞ!! オルグたちは協力して、『風狼』を1匹ずつ始末するんだ!!」
『では、いきますよ』
『風皇狼』がそう言った瞬間、俺は【縮地无疆】で『風皇狼』の元へと跳ぶ。
俺は加速した視界の中で、『風皇狼』が全身に纏った風が勢いを強め、四肢に力を込められるのを確認する。
こいつの相手はロゼたちにはまだキツい。
俺が闘わなければ。
間合いに入った瞬間、『風皇狼』が仲間たちの方へ跳ぶのを防ぐように刀を一閃させる。
『ガキィィ!!』
「なっ!?」
こいつは躱しもせず、俺が一閃させた刀をその鋭い牙の生えた口で受け止めやがった。
しかも――
『ビシィッ!!バシィッ!!』
「くっ!!」
俺は即座に『風皇狼』の顎を蹴り、その口から刀を引き抜きつつ跳び退る。
俺の外套は至る所が裂け、血が滲んでいる。
『風皇狼』が纏っているのはただの風ではなく、鎌鼬のような真空波だ。
「くそっ!! これじゃあ、近接戦闘はキツいな……」
『ですが『風皇狼』のあの速度では、放出系の攻撃を当てるのは無理ですよ?』
『そうだよ~。いくらマスタ~でもキツいよ?』
「だな……仕方ない、『ストーンスキン』」
俺が土属性下級魔術『ストーンスキン』を使うと、俺の全身の皮膚が薄い石のような物で覆われる。
「これで少しはマシになるだろう。ラグ、【通常形態】だ。それと【魔法剣】起動、『シルヴァンス』」
俺はそう言いながら【疾風迅雷】を起動し、雷速で駆ける。
ラグが剣に変化し、『シルヴァンス』が発動する。
「はぁぁぁ!!」
俺が放った逆袈裟の一撃と、『風皇狼』の振り下ろした爪が激突する。
その瞬間、神龍の力で守られているはずの石畳が罅割れ、周囲に凄まじい衝撃波が発生する。
真空波が纏った石の皮膚を削っていくが、何とかもっているようだ。
即座に『風皇狼』の頭に向け蹴りを放つ――が『風皇狼』は瞬間移動のような速度で跳び退り、俺の蹴りを躱す。
『遅いですね。それでは、私には届きませんよ?』
『風皇狼』の言う通り、『炎皇狼』より遥かに速い。
「まだまだ!!」
俺はさらに【闘気術】を起動、全身に気を纏いながら駆ける。
「邪魔だ!!」
横から飛びかかってきた『風狼』を回し蹴りで地面に叩きつける。
すかさず剣で突き刺しとどめを刺し、『アイギス』に魔力を込める。
『ギャリィィ!!』
『風皇狼』の爪を展開した障壁で受け止め、足を薙ぐように剣を一閃させる。
その一撃を跳び退り躱した『風皇狼』を追うように、【疾風迅雷】を待機状態に戻して【縮地无疆】で跳ぶ。
俺は剣を逆手に持ち替え――
「でやぁぁ!!」
石畳に縫い付けるように突き刺すが、またもや躱される。
だが、これで良い。
剣が石畳に突き刺さった瞬間、俺を中心とした半径15mほどの円の円周上に5mほどの三角錐状の透明な杭が噴出する。
【魔法剣・シルヴァンス】のアーツスキル『グランド・ライジング』だ。
本来なら敵の足元から噴出させるのだが、今回は『風皇狼』の動きを制限するために俺たちを囲むリング状に噴出させた。
「これで好きに動き回れないだろう?」
『なるほど、考えましたね』
「ラグ、【刀術形態】だ」
『こちらも本気でいかせてもらいます』
俺は刀を構え、再び【疾風迅雷】を起動し駆ける。
『ガアァッ!!』
『風皇狼』は吼えた途端、リング内に凄まじい竜巻が荒れ狂う。
風属性上級魔術『タービュランス』だ。
「アイギス、障壁展開!!」
俺はアイギスに障壁の展開を任せ、竜巻を突っ切る。
発生した衝撃波で竜巻は相殺されるが、竜巻を抜けた瞬間『ブラストハリケーン』が目前に迫る。
「チィッ!!」
それをまだ展開されていた障壁で弾くと、『風皇狼』の右の爪が迫りくる。
「疾ッ!!」
刀を逆袈裟に斬り上げてそれを防ぎ、返す刀で首を狙う。
『風皇狼』の体毛が散るが、浅い。
横へ跳んで俺の一撃を躱した『風皇狼』を追い、俺も跳ぶ。
放たれた風の刃が頬を浅く斬り裂いていくのも気にせず、刀を袈裟斬りに振り下ろす。
その一撃は胴を斬り裂くが、致命傷には遠い。
「【二刀形態】!!」
『了解!!』
ラグが俺の言葉に応え、瞬時に二刀へと変化する。
逆手に持った二刀に気を纏わせ、左で爪を受け止め、右の刀でその前足を斬り飛ばす――が、刹那の差で躱され、半ばまでを斬り裂くに止まる。
「その足じゃ、もう素早くは動けないだろう?」
『そうですね……次で終わりにしましょう』
「そうだな」
ロゼたちの方も、残す『風狼』は1匹となっていた。
俺は左脚を後ろに引き、倒れそうなほどの前傾姿勢になる。
『風皇狼』も四肢を撓め、力を溜める。
「いくぞ」
『ええ』
刹那、俺と『風皇狼』の姿が掻き消える。
加速した世界の中、俺は『風皇狼』の振り下ろした右前足を二刀で挟み込むように斬り飛ばす。
即座に俺は『風皇狼』の真上に跳び、振り向きながら順手に持ち替えた二刀を斬り払うように一閃。
二刀から刃状の衝撃波が放たれ、『風皇狼』の胴を背後から横一文字に両断した。
この技は【二刀流】のアーツスキル『絶咬双刃牙』だ。
「ぐっ……」
俺は右脇腹を押え、石畳に片膝を突く。
外套と鎧が斬り裂かれ、血が噴き出す。
『風皇狼』が右前足と同時に繰り出した、左の爪で斬り裂かれたのだ。
恐らく内臓にまで届いているだろう。
「『パーフェクト・シャインヒーリング』」
俺は息も絶え絶えに回復魔術を使う。
激痛で意識が飛びそうだが、回復魔術のおかげで急速に傷が塞がり、痛みも引いていく。
『見事な剣技でしたよ……』
『風皇狼』の方を見ると、『風皇狼』は上半身だけになり倒れ伏していた。
両断された下半身はすでに光の粒子になり、消えていくところだった。
「紙一重だったさ……」
実際ほんの少しでも遅れていたら、両断されたのは俺の方だったはずだ。
『『証』はお渡しします。また、お会いしましょう……』
その言葉を最後に、『風皇狼』は光の粒子となり天に昇っていった。
それと同時に、耐久限界になった『ストーンスキン』が塵になり消滅する。
俺は『グランド・ライジング』で造り上げたリングを解除し、先に戦闘の終わっていたロゼたちの方へと歩いていく。
「大丈夫なの、ディーン!?」
最後の攻防を見ていたのだろう、ロゼか心配そうに駆け寄ってくる。
「大丈夫だ。鎧は駄目になってしまったけどな……」
「そんなもん、また作れば良いじゃねぇか。おまえの腹から血が噴き出した時は、やられちまったかと思ったぜ……」
「そうですよ……あまり、無茶はしないで下さいね?」
「レイシアたちも結構無茶したんじゃないか? 皆、ボロボロだぞ?」
ロゼたちのローブなども所々裂けている。
『我らの方も中々強敵だったからな。多少の負傷は仕方あるまい。すでにレイシア殿に治療をしてもらっているから、心配はいらんぞ』
「それにディーンが1匹倒してくれたから、ずいぶん楽になったわ。ありがとう」
「あぁ、そんなこともあったな。あの時は夢中だったから、特に気にしてなかったよ。それじゃあ、素材と『証』を取って帰るか」
「そうですね。戻りましょうか」
「ええ。疲れたから、今日はゆっくりと休みたいわ……」
「じゃあオルグ、頼んだぞ?」
俺は最後の言葉をオルグの肩を叩きながら言った。
「何!? 俺だって疲れてんだぞ!?」
「ははは、冗談だよ。じゃあ、手分けして拾うか」
「そうね。流石に今回は、オルグだけにやらせるのは可哀相ね」
そんなことを話しながら俺たちは『精霊結晶』や『風狼の肉』、『風狼の毛皮』、『風皇狼の肉』、そして翡翠のような宝玉の『証』を拾い集め、『脱出』で迷宮を後にした。