第11話 『アロウ山脈』
俺たち4人は『アロウ山脈』に向かう前に、道場で連携の確認をしておくことにした。
「じゃあ、訓練を始めるか」
俺はロゼたち3人に言った。
「それでどうするの?」
「取り敢えず3人で俺にかかって来い」
「いいのか? 3対1だぞ?」
「構わないぞ。陣形はオルグが前衛で、ロゼが中衛、レイシアは後衛だ」
「わかったわ」
ロゼはあっさりと頷いたが、他の2人は困惑している。
「本当に良いの、ロゼ?」
「ええ。このくらいじゃないと、ディーンには指1本触れられないわ」
「ロゼのお嬢がそう言うんなら、そうなんだろうな」
「……どうでも良いけど、『お嬢』は止めてくれない?」
「まぁ良いじゃねぇか」
「よし、じゃあ始めるぞ」
俺がそう言うと3人は各々の武器を構える。
「言っておくが、本気で来ないと怪我するぞ?」
俺は【杖術形態】のラグを構え、そう言う。
「ふん、言ってくれるじゃねぇか。じゃあ、本気で行くぞ!!」
オルグはそう言うと右手に槍斧を、左手に金属盾を構えて突っ込んでくる。
俺はオルグが突き出した槍斧を杖で弾く。
そのまま杖を回転させ、下から跳ね上げるがオルグの金属盾に防がれる。
その瞬間、オルグを迂回するようにロゼのソードウィップが襲いかかってくる。
俺は横に跳びソードウィップの剣先を躱すが、それを読んでいたレイシアが水属性上級魔術『アクアレーザー』を放ってくる。
俺はアイギスに魔力を込め、高圧の水流を防ぐ。
「流石は高ランク冒険者だな。連携も悪くない」
「ずいぶんと余裕じゃねぇか!!」
オルグが槍斧を横薙ぎにしてくるのを杖で防ぐ。
「まだまだこのくらいじゃ、俺には届かないさ!」
俺はそう言ってオルグを押し戻す。
オルグの体勢が崩れたところに、すかさず螺旋の力を込めた杖を突き出す。
所謂『纏糸勁』と言うやつだ。
「ぐわっ!!」
流石にオルグは金属盾で防ぐが、螺旋の力を込められた杖は凄まじい威力を発揮して、オルグを道場の壁まで吹き飛ばす。
「ちょっとやりすぎたか……」
俺がそう呟くと、ロゼはソードウィップで、レイシアは『アクアレーザー』を【魔力操作】で鞭状に操り、左右から俺を挟み込むように攻撃してくる。
オルグが吹き飛ばされたことに気を取られなかったのは、流石だが……
俺は【杖術】の防御系アーツスキル『風車』で両方とも弾く。
「くっ、まだ!!」
ロゼは弾かれたソードウィップの軌道を操り、さらに攻撃をしてくる。
「大分、扱いにも慣れてきたようだな」
そう呟き、【縮地无疆】を起動してロゼの真横へと跳ぶ。
ロゼが咄嗟に【ソードウィップ】の防御系アーツスキル『スパイラル・ソーン』を使い、自分の周囲にソードウィップを螺旋状に展開する。
この技は攻撃を防ぎつつ、近づいてきた敵に攻撃もできる優秀な技だ。
「おっと」
俺が咄嗟に後ろへ跳ぶと、ロゼはすかさずソードウィップを剣に戻して斬りかかってくる。
袈裟切りに振り下ろされた剣を俺が杖で受け流すと、ロゼはそのままの勢いで回転し蹴りを放つ。
【格闘術】の熟練度も順調に上昇しているので、中々鋭い蹴りだ。
俺はその蹴りを躱し――
「キャア!!」
立ち足を杖で掬うように払い、ロゼを投げる。
距離を詰めてきたレイシアが突き出した槍も躱し、ロゼと同じように投げた。
「ここまでだな」
俺が呟くと、床で痛そうにもがいていた3人が呻くように――
「こいつはバケモンか……?」
「3人でも無理なの……」
「私たちと同じ『人』だとは、思えないです……」
3人とも何気に酷いことを呟く。
「おいおい、何て言い草だ……一応は手加減したぞ?」
「これで……か?」
「大した怪我もしていないだろうが」
「そうね」
「投げられただけですし」
「俺だけキツくないか?」
「何で男に優しくしなきゃいけないんだ?」
「おい!!」
オルグがまだ何か喚いているが――
「初めてにしては連携も上手くいっていたな。これなら実戦でも通用するだろう。実戦では、レイシアはオルグの回復を優先してくれ。前には出ず、攻撃は魔術のみでしてくれ。ロゼはレイシアの護衛をしつつ、中距離から攻撃してくれ。オルグは前線で魔獣を引き付けるんだ。俺は遊撃で撹乱しつつ、オルグが引き付けた敵を殲滅するから」
俺は連携での詳しい役割を決める。
「おう、任せとけ」
「わかったわ」
「わかりました」
俺は3人が頷いたのを確認して――
「じゃあ、これから個人別の訓練だ」
俺がそう言うと――
「「「え!?」」」
3人が不満そうな声を上げるが、俺は無視してオルグの訓練から開始した……
3人の個人別特訓を済ませ、順番に風呂に入ってから朝食を食べた。
個人別特訓はロゼはいつも通りに、オルグは格闘と武器を使った組み手、レイシアは武器と魔術を使用しての組み手をした。
そして空間の外に出て――
「じゃあ、『アロウ山脈』に出発するか」
「おう、そうだな。だが、あっちの2人は少し辛そうだぞ?」
今日は迷宮の攻略があるので軽めにしたが、ロゼは少し、レイシアはかなりグッタリしてる。
オルグが元気なのは流石だ。
「2人はスレイプニルに乗ってもらうとしよう。構わないか、スレイプニル?」
『構わないぞ、主殿。それではロゼ殿、レイシア殿。我の背に』
スレイプニルはそう言って、乗りやすいようにしゃがむ。
「ありがとう、スレイプニル」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
ロゼは慣れた様子で、レイシアは少しビクビクしながらスレイプニルに騎乗した。
「それじゃあ、行くか。オルグ、少し走るがついて来れるよな?」
「俺はあまりAGIが高くないから、あまり速くは走れんぞ?」
オルグのAGIはこの4人の中で最も低い。
「わかってるよ。小走りくらいだから心配するな」
「わかったよ」
『マスター、『アロウ山脈』はここから北です』
〈わかった〉
「じゃあ、行こう」
そう言って、俺たちは『アロウ山脈』へと向けて駆け出した。
途中渓谷を迂回するために少し回り道をしたり、何度か戦闘になったが、特に問題も無く『アロウ山脈』に到着した。
「着いたな。ここだ」
俺たちの前には、険しい山脈へと続く道がある。
『迷路型』の迷宮『アロウ山脈』の『アーリグリフ』側の入り口だ。
この『アロウ山脈』や昨日ラグと話していた『金属の洞窟』はメインクエストとは関係のない迷宮で、『VLO』では『サブダンジョン』と呼ばれていた。
「嫌な感じがするわね……」
「そうだな……こう、背中がゾワゾワするぜ……」
ロゼとオルグが顔をしかめる。
「恐らくは瘴気の影響だろうな。この先、何が起こるかわからない。決して気を抜くなよ? 特にレイシアは、魔物には絶対に近寄るな。スレイプニルも気をつけてくれ」
「わかったわ、ディーン君」
『承知した、主殿』
咄嗟の時にすぐに離脱できるよう、レイシアはスレイプニルに騎乗したままだ。
「じゃあ、行くぞ」
「おう」
「ええ」
「行きましょう」
俺たちは山脈に続く道を進んでいった……
『アロウ山脈』アーリグリフ側山道 第1区画
「元々殺伐とした迷宮だったが、今はさらに――と言った感じだな……」
俺が呟いたように、元々『アロウ山脈』は巨大な岩山なので樹木などが無く殺伐としていたが、今は暗雲が垂れ込め、さらに不気味な雰囲気だ。
「そうね……何が出てきてもおかしくはないわ……」
ロゼがそう呟いた瞬間――
「ん? 皆、敵だ。――『ヴァルチャー』の群れだな。気をつけろ」
前方からこちらに向かって飛んでくる『ヴァルチャー』の群れを見つけた。
俺は【鷹の目】を起動し、群れを確認するが特に変わった様子は見られない。
「瘴気に侵された奴はいない。殲滅するぞ」
俺はそう言って右手で剣を、左手で魔導銃を引き抜きながら駆ける。
「おう」
「わかったわ」
「支援は任せて」
3人ともそう応え、オルグは俺と並走するように駆け、ロゼはレイシアを守るように剣をソードウィップ状態にする。
レイシアは槍を構え魔術の準備をし、スレイプニルも周囲に炎槍を浮かべる。
「グルゥアァァ!!」
オルグが『鬼族』の種族固有スキル【狂化】を発動し、特殊アーツスキル『戦咆哮』を使い、吼える。
このスキルは敵を畏縮させ、さらに注意を引き付ける効果がある。
俺は畏縮した『ヴァルチャー』2羽へ弾丸を撃ち込み、魔導銃を納めながら畏縮しなかった奴へと跳ぶ。
オルグは突っ込んできた2羽を纏めて金属盾で受け止め、槍斧で薙ぎ払う。
俺はその様子を横目で見つつ、剣を逆袈裟に斬り上げ『ヴァルチャー』を斬り裂く。
オルグの上を飛び越えた3羽は、1羽をロゼのソードウィップが斬り裂き、レイシアの『アクアレーザー』がもう1羽を、残りの1羽をスレイプニルの炎槍が貫き、殲滅が終了した。
「この程度の魔獣なら何の問題も無いな」
俺が『精霊石』を拾いながらそう呟くと――
「おう、そうだな。5分もかからなかったしな」
オルグも『精霊石』を拾いながらそう言った。
「この調子だと、魔物を見つけるのにそんなに時間はかからないわね」
「そのようですね」
ロゼたちもやって来て、『精霊石』も拾い終わったので――
「よし、先を急ぐぞ。ここの魔獣程度なら俺たちの相手ではないが、くれぐれも気は抜くなよ」
他の3人が頷いたのを確認し、先へと進んでいった。
『アロウ山脈』アーリグリフ側山道 第2区画
あれから何度か魔獣と戦闘になったが、特に問題も無く、俺たちは攻略を進めていた。
「それにしても、普通の魔獣ばかりだったな……もっと魔物や瘴気に侵された魔獣がいると思ったが……なぁオルグ、本当にここに魔物がいるのか?」
「調査の結果じゃ、ここにいる可能性が一番高ぇな」
「まさか、もう別の場所に移動したとか……?」
ロゼが、あまり当たっていて欲しくない予想を口にした。
〈どうなんだ、ラグ?〉
『魔物は確かにここにいますよ。山頂付近に強い瘴気の反応があります』
『かなりの大物みたいだね。少なくとも中位、もしかすると上位の個体かも……』
『ええ、その可能性が高いですね。他の場所にも瘴気の反応があるので、気をつけて下さい』
〈わかった〉
ラグたちがそう言うなら、間違いなくいるのだろう。
「ここに魔物がいるのは間違いないみたいだな」
「何でわかるんだ?」
「勘だ」
「そんなものなのですか……?」
「ディーンの勘は良く当たるのよ」
オルグとレイシアにはラグたちの事を話していないので、俺の勘ということにしておいた。
ロゼもフォローをしてくれた。
「……まぁおまえがそう言うなら、間違いないんだろう?」
「あぁ、確実にここにいる」
「わかった。じゃあ、さっさと行って片付けようぜ」
そう言ってオルグが歩きだしたので、俺たちもオルグに続き山道を登っていった。
そしてしばらく歩くと――
「嫌ぁ……」
「気持ち悪……」
レイシアが悲鳴を上げ、ロゼが吐き捨てるように言った。
俺たちの前方に『キングモス』の幼虫である、巨大な毛虫がいたからだ。
ロゼとレイシアが顔をしかめる。
「数も多くないし、成虫の『キングモス』が現れる前に殺るぞ」
大抵、幼虫と成虫はセットでいるので早めに処理したい。
俺は両手で魔導銃を抜く。
俺だってこいつらは気持ち悪いので、近づきたくない。
「任せた」
オルグがそう言いながら俺の肩を叩く。
「おい……おまえもやれよ」
「俺、こういう奴ら苦手なんだよ……」
「…………ハァ、わかったよ。ロゼ、レイシア、魔術で援護を頼む」
「わかったわ」
「了解しました」
ロゼたちの返事を聞き、俺は魔導銃に『火の魔力』を込めながら駆ける。
毛虫たちは俺を目掛けて、一斉に糸を吐く。
横っ跳びにそれを躱し、俺は魔導銃を連射する。
続けざまに放たれた炎弾が毛虫たちに命中し、あるものは燃え上がり、また別の毛虫は爆散する。
ロゼとスレイプニルが放った炎槍が3匹を纏めて焼き尽くす。
レイシアの『アクアレーザー』が最後の1匹を貫くが――
「おい!! 何かが飛んでくるぞ!!」
オルグが空を指差しながら叫んだので、俺は【鷹の目】を起動、オルグが指差す方向を確認する。
飛んで来たのは成虫の『キングモス』4匹に、下位の魔物『ワイバーン』だ。
しかも『キングモス』はすでに瘴気に侵されている。
「魔物だ!! それに瘴気に侵された『キングモス』もいる!!」
「何だと!?」
「どうするの、ディーン!?」
「俺がスレイプニルに騎乗して先行する!! レイシアは降りてくれ!!」
「わかりました!!」
レイシアが降りると、スレイプニルが俺の元へと駆けてくる。
俺はスレイプニルに騎乗しながら――
「ロゼは魔術で俺の援護、オルグはレイシアの護衛だ!! 絶対に魔物を近寄らせるな!!」
「わかったわ!!」
「おう、任せとけ!!」
「レイシアも、可能なら遠距離から魔術で援護してくれ!!」
「任せて下さい!!」
「『キングモス』の撒き散らす鱗粉には毒があるし、『ワイバーン』は魔術を使うから気をつけろ!! じゃあスレイプニル、頼む」
『承知した』
俺は最後に注意を促し、スレイプニルが宙を翔ける。
俺は左の魔導銃を抜き、『ワイバーン』に狙いをつけ炎弾を放つが――
「チッ!! まだ、遠いか」
『ワイバーン』には躱される。
『ワイバーン』が放った毒霧――邪属性魔術『ヴェノメスフォグ』をスレイプニルが躱し、火属性上級魔術『フレア・トルネード』を放つ。
炎の竜巻が『キングモス』1匹を呑み込み、焼き尽くす。
近くにいた1匹も乱れた気流に巻き込まれ、ふらつく。
すかさず、そいつに『炸裂弾』を撃ち込んで爆散させる。
俺は魔導銃を戻し――
「ラグ、【斬馬剣形態】!! スレイプニル!!」
『わかりました』
『承知!!』
ラグが斬馬剣に変化、スレイプニルが俺の意思を汲み『ワイバーン』へと駆ける。
俺は斬馬剣を構え――
「スレイプニル、そのまま駆け抜けろ!!」
スレイプニルがさらにスピードを上げ、俺は『ワイバーン』を擦れ違いざまに斬り裂く。
「後2匹!!」
スレイプニルが旋回し『キングモス』を追おうとすると、ロゼの放った『ダークニードル』が残りの2匹の内の1匹を貫く。
それと同時に、レイシアが光属性上級魔術『フォトン・レイ』で放った光線がもう1匹の『キングモス』の羽を貫く。
羽を貫かれた『キングモス』が墜ちていき、オルグがそいつを槍斧で叩き斬る。
「終わったか……被害は無いか!?」
ロゼたちの元へと駆けながら声をかける。
「無いわ。こっちは全員大丈夫よ」
俺がスレイプニルから降りると、ロゼが無事を伝えてきた。
「そうか、良かった。それにしても、やはり魔物がいたな……」
「ええ、そうね。いきなりだったから驚いたわ」
「あいつらみたいに飛んで来られたら、厄介だぜ」
「そうですね……これからは、より気をつけないといけませんね」
「そうだな。じゃあ『精霊石』を拾って、先に進もう」
そんなことを話した後、俺たちは『精霊石』を拾い、攻略を再開した。
『アロウ山脈』アーリグリフ側山道 第3区画
「これ以上攻略するのはキツいか……」
もう辺りは暗くなって、俺たちは【暗視】を起動し攻略をしていた。
「そうだな……これ以上は不意討ちを喰らうかもしれねぇからな」
「オルグの言う通りだな。今日はもう休むか。――あいつらを殲滅してからな」
「『ストームバット』ね」
ロゼが言う通り、1mほどの蝙蝠型魔獣『ストームバット』の群れがこちらに向かって来ていた。
「大した相手ではないですね」
「まぁそうだが。油断はするなよ、レイシア」
「わかってますよ」
見た限り、瘴気に侵されている奴もいない。
「じゃあ、やるぞ」
「おう」
俺は剣を抜き、【縮地无疆】で地面を砕きながら跳ぶ。
瞬時に距離を詰め、地面を削りながら1匹を斬り裂く。
オルグが金属盾で『シールド・バッシュ』を使い、『ストームバット』5匹を弾き飛ばす。
ロゼがソードウィップを操り、2匹纏めて刺し貫く。
レイシアもスレイプニルに騎乗したまま、槍で1匹を切り裂く。
俺はオルグが弾き飛ばした1匹へと跳び、気を纏った右脚で踏み砕きつつ、再び【縮地无疆】で跳ぶ。
その間にオルグが1匹を貫くが、別の1匹がオルグに向かって『ブラストハリケーン』を放つ。
風の渦がオルグに迫るが――
「ぬぅん!!」
オルグは気を纏った金属盾を掲げ、難なく防ぐ。
俺はそいつを斬り裂きながら――
「大丈夫か、オルグ!?」
「おう!! このくらい何でもないぜ」
俺たちがそんなことを言っている間に、ロゼとレイシアの魔術が残った奴らを殲滅していた。
「オルグ、今のは【纏気術】か?」
俺は、先程オルグが盾に気を纏わせていたので訊いてみた。
「何だ、そりゃ?」
「は? さっき、盾に気を纏わせてただろ?」
「あぁ、あれか。【纏気術】って言うのか?」
「知らなかったのか?」
まぁ【纏気術】というのは『VLO』での呼び方だが……
「おう。いつの間にかできるようになっててな」
「武器にも同じことはできるか?」
「そういや、やったことがねぇな」
「ちょっとやってみてくれ」
「良いぜ。――できねぇ……」
「同じようにやればできるはずなんだがな。まぁ今度、教えるよ」
「頼むわ」
どうやら無意識で使っていたようだ。
俺とオルグがそんなことを話していると――
「……話してないで、あんた達も『精霊石』を拾いなさい」
ロゼの恐ろしげな声が聞こえてきたので――
「「はい。すみませんでした」」
俺たちは素直に謝り、『精霊石』を拾い始めた……
そうして『精霊石』を拾い集めた後、俺はその場で空間を開き、今日は休むことにした。
「ディーン、空間を開いた場所がセーフルームじゃなかったけど、良かったの?」
レイシア、ロゼとともに食事の準備をしている時にロゼが尋ねてきた。
ちなみにオルグは【料理】を持ってなかったので、風呂に入っている。
「まぁ、あれからセーフルームを探すのも面倒だったしな……出る時に気をつければ、大丈夫だろう」
「それもそうね」
「でも本当に便利ですね、この空間は」
「レイシア、また微妙に敬語に戻ってるんだが?」
「う~ん、気をつけてはいるんだけど……」
「無理して敬語をやめる必要はないのよ?」
「ロゼの言う通りだ。話しやすい方で良いぞ」
「わかったわ。そうする」
そんなことを話している内に料理が出来上がった。
ちょうどオルグも風呂から出てきたので、夕食にすることにする。
「じゃあ、俺はスレイプニルに食事を持って行ってくるから、先に食べていてくれ」
「わかったわ」
そう言って俺はスレイプニルの食事である、山盛りサラダを持って行く。
「スレイプニル、食事だぞ」
『おお、美味そうだ。さっそくいただくとしよう』
そうしてスレイプニルに食事を持って行き、リビングに戻ると――
「お、戻ってきたな。おまえに訊きたいことがあったんだ」
オルグがそう尋ねてきた。
「何だ? 訊きたいことって。大抵のことはロゼに訊けば、答えてくれると思うが……」
「いや、俺もそう思ってロゼのお嬢に訊いたんだけど、おまえに訊け――としか言ってくれなくてな」
俺はロゼにそうなのか――と視線で確認すると、ロゼは頷いて――
「私が答えて良いかどうか、わからなかったから……」
「そうか。それで何が訊きたいんだ?」
「今日の『ワイバーン』との戦闘の時、おまえの剣が大剣に変化しなかったか?」
あぁ、ラグを【斬馬剣形態】にした時のことか……
結構距離があったから、バレていないと思ったんだがな……
〈おまえたちのことを言ってしまっても良いか?〉
『まぁ、仕方ありませんね』
『バラしても、困ることは多分ないでしょ』
〈わかった〉
ラグたちの確認を取り――
「本当に、あの状況で良く見てたな……」
「まあな」
「ハァ、教えるよ……俺が持っている剣が、『ラグナレク』だということは知っているな?」
「あぁ、歴代の『来訪者』も持っていたんだろ?」
「その通りだ。この剣には色々と特殊な機能があってな。この【形態変化】も、その1つだ」
俺はそう言って、ラグを【杖術形態】に変化させる。
「その杖、訓練で使っていたヤツか……? それも『ラグナレク』だったんだな……」
「驚いた……」
朝の訓練の時は事前に変化させておいたからな。
「この杖やあの時の斬馬剣の他にも、色々な形態に変化できる。ちなみに、この魔導盾も『ラグナレク』と同じ、クラスⅤの魔導兵装で『アイギス』と言う」
俺は左手をオルグとレイシアに見せながら言った。
「そうなのか……」
「もう1つ、驚く機能があってな。2人とも挨拶をしろ」
「誰に言ってんだ……?」
オルグがそう言った瞬間――
『初めまして、オルグさん、レイシアさん。私は『ラグナレク』、ラグとお呼び下さい』
『私は『アイギス』だよ。アイって呼んでね』
「おわ!? 何だ、今のは!?」
「頭の中に直接声が!?」
ラグとアイギスが挨拶すると、2人が面白いように驚く。
「やっぱり驚くわよね……」
「何回見ても、この光景は面白いな……」
「ディーン、私の時もそんなことを思ってたんだ」
俺の呟きが聞こえたのか、ロゼが俺を軽く睨む。
「そんなことはないぞ……?」
「声が裏返ってるわよ。もう良いから、2人に説明してあげなさいよ」
「そ、そうだな。――2人とも落ち着け。今のは『ラグナレク』と『アイギス』の声だ。こいつらは意思を持っている武具なんだよ」
「何だと!?」
「そんなこと、聞いたことがありません……」
2人が目を丸くしている。
「どうやら、その辺りのことは伝わっていないようだな。アドルさんやグランドマスターも知らない様子だったよ」
「そうなのか……」
「これからはこいつらのことも宜しく頼むよ」
『マスター共々、宜しくお願いしますね』
『よろしくね~』
「こちらこそ、宜しくお願いします」
「おう。宜しく頼む」
そうしてラグたちの挨拶を済ませた俺たちは、食事や風呂を済ませ、明日に備えて各々の部屋で眠りに就いた……
『アロウ山脈』アーリグリフ側山道 第3区画
今日も全員で軽く訓練を済ませた後、朝食を食べ、攻略を再開することにした。
「今日中に魔物を排除しておきたいから、山頂まで突き進むぞ」
「わかったわ」
「おう、任せとけ」
「頑張ります」
俺がそう言うと、3人とも頼りになる返事を返してきた。
「じゃあ俺が先に出て周囲を確認するから、皆はその後に出てきてくれ」
3人が頷いたのを見て、俺は右手に剣を持ち、空間の外へと出る。
周囲を確認するが、魔獣や魔物の気配は無い。
「敵の気配は無い。出てきても良いぞ」
俺が声をかけると、3人も外へと出てきた。
「それじゃあ、行くか。山頂は第5区画だから、それほど時間はかからないはずだ」
「そうね。第3区画もほとんど攻略し終わってるものね」
そうして俺たちは山頂へと急いだ。
『アロウ山脈』アーリグリフ側山道 第5区画
「急に雰囲気が変わったな……」
あれから俺たちは魔物とも何度か戦闘になったが、順調に第5区画へと来ていた。
だが第5区画に入った途端、周囲の雰囲気がガラリと変わった。
「ええ……禍々しい気配がするわ……これは……瘴気?」
ロゼの言う通り、この区画全体に薄っすらと瘴気が充満している。
「うっ……気分が……」
レイシアが口元を押さる。
「大丈夫か、レイシア?」
「あまり、大丈夫ではないです……」
レイシアは状態異常や精神異常の耐性に関わりのあるWISの値は高いが、この瘴気の中ではキツいだろう。
「『メンタルガード』――これで少しは楽になるはずだ」
俺は精神異常の耐性を上げる、月属性魔術『メンタルガード』をレイシアに使った。
これで瘴気の影響も受けづらくなるはずだ。
「あ、楽になりました」
「瘴気を完全に防げる訳じゃないから、気をつけてくれ。また気分が悪くなったら言ってくれよ?」
「わかりました。ありがとうございます」
「じゃあ、行きましょう。あまり、長居したくはない場所だわ……」
「ロゼのお嬢の言う通りだ。さっさと行こう」
「そうだな」
そうして俺たちは先へと進んでいった……
「『ワイバーン』が1匹そっちに行ったぞ!! 気をつけろ!!」
俺は大蛇型の魔獣『ポイゾナス・スネーク』を斬り裂きながら叫んだ。
咄嗟に左手の魔導銃を『ワイバーン』に向け連射するが、片方の翼を撃ち抜くだけに終わる。
「俺に任せとけ!!」
オルグがそう言って、槍斧の斧の部分で『ワイバーン』を引っ掛け、引き摺り落とす。
そして教えたばかりの【纏気術】を使い、気を纏わせた槍斧で切り裂いた。
それを視界の端で確認し――
『ゲキョ、ゲゲ……!!』
「キモいんだよ!!」
気持ちの悪い鳴き声を上げながら飛びかかってきた、巨大な一つ目を持つ大蜥蜴のような下位の魔物『イビル・アイ』を幹竹割りに両断する。
ロゼのソードウィップが別の『イビル・アイ』に巻き付き、次の瞬間には『イビル・アイ』を微塵に斬り裂いていく。
レイシアの投げた光り輝く槍――光属性上級魔術『セイクリッドランス』が瘴気に侵された『ヴァルチャー』を貫き、同時に浄化する。
その後5分ほど戦闘が続き、魔物の群れは全滅した。
「ふぅ、終わったな」
「おう。それにしても、かなり魔物が多かったな」
オルグが言うように、俺たちが殲滅した群れにはかなりの数の魔物が含まれていた。
一緒に現れた魔獣も例外なく、瘴気に侵されていた。
「山頂が近いからかも知れませんね」
「そうね。この区画もほとんど攻略したし、後は山頂だけね」
『精霊石』を拾いながら、俺とレイシアが全員に回復魔術を使う。
「『アーリグリフ』に最初に入り込んだ魔物は、恐らく山頂にいるだろう。中位の個体か、最悪の場合は上位の個体とやり合うことになる。だがこいつを排除できれば、被害はこれ以上広がらないはずだ」
『マスターの言う通り、中位の中でも強力な個体や上位の個体は、自らの瘴気から『ワイバーン』や先程の『イビル・アイ』のような下位の魔物を産み出します。なので排除してしまえば、これ以上の被害は防ぐことができるでしょう』
「それなら、尚更さっさと倒さないとな」
「そうですね」
オルグたちはこれまでの魔物との戦闘で自信がついたのかそう言うが、俺には1つだけ危惧していることがあった。
「皆、聞いてくれ。俺の記憶じゃ、ここの山頂には『エンペラー・ヴァルチャー』がいたはずだ。もしかすれば、瘴気に侵されている可能性がある」
俺の『VLO』での記憶では『アロウ山脈』山頂には、ボスの『エンペラー・ヴァルチャー』がいたはずだ。
下手をすれば、こいつと魔物を同時に相手しなければならない。
「『エンペラー・ヴァルチャー』ってどんな魔獣なの?」
『滅茶苦茶でっかい『ヴァルチャー』だよ。それに『エンペラー・ヴァルチャー』は、魔獣じゃなくて神獣だよ』
「アイギスの言う通り、『エンペラー・ヴァルチャー』は神獣だ。だが上位の神獣ではないから、それほど手強くはないはずだ」
『エンペラー・ヴァルチャー』は、『ファイアドラゴン』や『炎狼』よりは下位の神獣だ。
「だから、もし魔物と『エンペラー・ヴァルチャー』の両方がいた場合には、俺が魔物の相手をするから、3人は『エンペラー・ヴァルチャー』の相手をしてくれ」
「神獣なんて俺たち3人だけで大丈夫なのか? というか、おまえだけで魔物の相手をするのか……?」
「ディーンの力は知ってるけど、本当に大丈夫なの……?」
「ロゼの言う通りです。1人でなんて無茶ですよ……」
3人が俺の心配をするが――
「俺は大丈夫だから心配するな」
「ディーンがそう言うなら、大丈夫なんでしょうけど……」
「まぁこいつがそう言うんなら、大丈夫なんだろうさ」
「そうですね。むしろ私たちの方が心配ですよ……」
「3人の実力なら、『エンペラー・ヴァルチャー』は充分に倒せるよ。それじゃあ、行こう」
そんなことを話し合って、俺たちは山頂を目指し歩いていった。
『アロウ山脈』 山頂
「この上が山頂だ」
俺たちは山頂のすぐ下まで来ていた。
「流石に瘴気が濃いな……」
「そうね……レイシア、大丈夫……?」
「だ……大丈夫……です……」
レイシアはそう答えるが、全然大丈夫そうではない。
『メンタルガード』を使ってはいるが、この瘴気の濃さでは流石に効果が無いようだ。
「レイシア、無理をするな。――『ソウル・プロテクション』」
俺はレイシアに『メンタルガード』の上位魔術――月属性上級魔術『ソウル・プロテクション』を使う。
「この魔術は……?」
「『ソウル・プロテクション』と言って、精神異常を完全に防いでくれる魔術だ。ただしこの魔術は効果を維持するために、対象者の魔力を大量に消費する。魔術を使用しながらだと、それほど長時間はもたないから気をつけろよ?」
「わかりました。気をつけます」
「それじゃあ、行くぞ。くれぐれも油断はするなよ」
3人が頷いたので、頂上へと突入した。
「キモ……」
「あれが魔物か……?」
「気持ち悪いわね……」
「アレと闘うのは、嫌です……」
俺たちの目の前には体長10mほどの巨大な蠍がいた。
それだけなら何でもないが、その蠍の体表には目玉がビッシリと付いていた。
「おい……あいつ、『ヴァルチャー』を喰ってるぜ……」
その蠍はマナを喰うためか、『ヴァルチャー』を齧っていた。
そして次の瞬間――
『■■■■■■!!』
蠍が不協和音のような叫びを上げ、全身の目玉が一斉にこちらを向く。
「ひっ!!」
レイシアが短く悲鳴を上げる。
気持ちは良くわかる。
想像を絶する気持ち悪さだ。
「来るぞ!! あいつは俺が相手をする!! 『エンペラー・ヴァルチャー』は任せたぞ!!」
蠍の叫びに引き寄せられたのか、『エンペラー・ヴァルチャー』が飛来した。
俺は剣を抜きながら蠍へと駆け――
「瘴気には気をつけろよ!!」
「わかったわ!! ディーンも気をつけて!!」
やはり、『エンペラー・ヴァルチャー』は瘴気に侵されていた。
「神獣を侵すほどの瘴気か……ラグ、あいつは上位の個体なのか?」
『そのようですね。かなり手強そうです』
俺はラグの答えを聞き、【リーブラの魔眼】を起動して蠍を確認する。
この蠍型の魔物は『ヴィシャスシャウラ』という名称だ。
「くっ!!」
俺は『ヴィシャスシャウラ』が放った尾の針を剣で受け流す――が受け流したにも関わらず、手が痺れるほどの衝撃だ。
「ラグ、【クラウ・ソラス】起動!!」
『了解しました』
ラグがそう言った瞬間、剣が業火を纏う。
業火は瘴気すら焼き尽くし、燃え上がる。
「ロゼたちとも離れているし、大丈夫だろう」
下手をすればロゼたちごと焼き尽くしてしまいかねないが、これだけ離れていれば大丈夫だろう。
『ヴィシャスシャウラ』が振り下ろした鋏を業火の剣で受け流す。
『■■■■!?』
『ヴィシャスシャウラ』は業火に身を焼かれ、悲鳴のような叫びを上げる。
「でりゃっ!!」
俺は剣を斬り上げ、鋏を斬り飛ばす。
剣の軌道に沿って炎が奔り、斬り飛ばした鋏を焼き尽くす。
すかさず、俺は『ヴィシャスシャウラ』に剣を突き刺そうとするが――
『ガキィッ!!』
振り回された尾の一撃を剣で受け止める。
その威力で、俺は地面を削りながら横へと押される。
『ジュッ!!』
『■■■!?』
剣と触れていた『ヴィシャスシャウラ』の尾の一部が一瞬で炭化する。
「触れることすら許さないか……尋常じゃない威力だな」
俺は、【クラウ・ソラス】の凄まじさを改めて認識した。
『ヴィシャスシャウラ』は炎の剣を畏れるように俺から飛び退くが――
「『ノヴァ・エクスプロージョン』」
そんなことを許すはずもなく、俺は魔術を放つ。
『ヴィシャスシャウラ』は残った左の鋏で炎弾を受け止めるが、呆気なく鋏が爆散する。
「ロゼたちの方も気になるし、終わらせよう」
そう言って、俺は剣に気と魔力を込める。
気と魔力を喰らった炎が白熱化し、さらに物質化する。
今や炎の剣は、大剣と呼んでも差し支えないサイズだ。
その灼熱した熱気を浴び、『ヴィシャスシャウラ』の体表の眼球が音を立てて破裂していく。
俺は獄炎の大剣を肩に担ぐように構え――
「おおぉぉ!!」
【縮地无疆】で『ヴィシャスシャウラ』へと跳び、渾身の力で振り下ろす。
その瞬間、大剣がさらに伸長して『ヴィシャスシャウラ』を両断する。
刹那、両断された『ヴィシャスシャウラ』が爆散し、飛び散った破片すら燃え尽きる。
【クラウ・ソラス】の固有アーツスキル――『緋焔爆砕』だ。
「殺ったな……」
俺は剣で周囲を薙いで瘴気を焼き尽くした後、【クラウ・ソラス】を解除する。
「あっちはどうなった……?」
俺は、ロゼたちと『エンペラー・ヴァルチャー』が戦闘を行っている方へと目を向ける。
ちょうどその時、オルグの【槍斧】のアーツスキル『バスタースウィング』で振り下ろされた槍斧が『エンペラー・ヴァルチャー』を縦に分断した。
2つに切り裂かれた『エンペラー・ヴァルチャー』が消えていく……
「どうやら向こうも終わったようだな」
俺は剣を鞘に納めながらロゼたちの方へと歩いていった。
「皆、無事か?」
俺は3人の無事を確かめる。
「オルグが少し怪我をしたけど、私たちはほぼ無傷よ」
「そのようだな……だが一応、『キュアライト』」
「ん、ありがとう」
軽傷のようだが、俺はロゼに回復魔術を使っておいた。
「オルグの方は……レイシアが診ているようだな」
俺はオルグにも回復魔術をかけようとしたが、すでにレイシアが治療しているようだった。
「重傷じゃないが、大分怪我をしているな……そんなに手強かったか?」
「いえ、私たちだけでも充分闘えたわ。でも一度だけ、『エンペラー・ヴァルチャー』がレイシアに突撃してきたのをオルグが庇ったのよ。あの傷はその時のものよ」
「それでか。レイシアがあんなに必死になっているのは……」
レイシア自身も無傷ではないし、オルグにとってはあれくらいの傷は怪我にも入らないだろう。
「どうやら治療が済んだようだな」
「そうみたいね」
俺とロゼは、オルグたちの方へと歩いていく。
「聞いたぞ、オルグ。ずいぶんと活躍したようじゃないか?」
俺はレイシアに『キュアライト』をかけながら、からかうように言った。
「はい。隊長には危ないところを助けてもらいました」
「良いって。仲間を守るのは当たり前だ。それに、怪我も治してもらったしな」
「何だぁ、ずいぶんと慌ててるじゃないか? もしかして照れてるのか?」
「うるせぇ!!」
オルグが普段は見られないくらいに慌てている。
「もう。やめなさいよ、ディーン。ハァ……こういう所は本当に子供ね……」
「あははは……」
ロゼとレイシアは、呆れた様子で俺たちを眺めていた。
「っと、まぁお遊びはこの辺にしてそろそろ戻るか」
「おい!!」
「ロゼたちはこの後どうするの?」
「迷宮に行くつもりだとは思うけど……どうするの、ディーン?」
「そのつもりだったけど、一度アドルさんやグランドマスターに報告しに戻った方が良いな。幸い、ここを下りると『桜花』にも近いしな」
オルグがまだ何か言っているが、無視して話を進めた。
「そうですか……私たちはどうします、隊長?」
「ったく、ディーンの野郎。――ん? そうだな、俺たちも『ダルグスト』のギルドに戻らねぇとな。報告もあるし、隊員たちの様子も気になる」
「そうですね」
オルグたちも『ダルグスト』に戻るようだ。
「そうか。じゃあ、ここでお別れだな。また何処かで会えたら良いな」
「そうなるわね。短い間だったけど一緒に闘えて良かったわ、レイシア」
「…………」
「………ちょっと待ってくれ……」
俺とロゼはそう言って山頂から『桜花』へと続く道を下りようとしたが、レイシアは黙り込み、オルグが俺たちを引き止めた。
「どうしたんだ、オルグ? まだ何かあるのか?」
「……俺たちも同行させてくれないか?」
「お願いします」
「同行か……当然、『桜花』やグランドマスターの所にって訳じゃないんだよな……?」
「あぁ、おまえたちの旅に同行させて欲しい」
「足手纏いにはなりませんから……」
「ディーン……」
ロゼが請うような目で見てくる。
ハァ、どうしたもんかな……
『良いんじゃありませんか、マスター? お2人の実力は今回のことでわかっているでしょう?』
『それに旅は大人数の方が楽しいよ』
ラグの言っていることはもっともだし、アイギスの言いたいこともわかる。
「わかったよ。一緒に行こう」
「本当か!?」
「良いんですか!?」
「あぁ。ただし、本当に危険な旅だぞ? 今回のようなことが、日常茶飯事になる可能性だってある。とてもじゃないが、命の保証はできない。それでも構わないのか?」
「あぁ。命の危険なんて、冒険者をやってるなら当然のことだ」
「私も構いません」
2人の覚悟は本物のようだ。
「そこまでの覚悟があるのなら良いよ。でも、調査隊の方はどうするんだ?」
「俺たちが任されたのは、『アーリグリフ』の調査と魔物の討伐だ。他の国は別の調査隊が調べてるし、今回のことを報告すれば俺たちの任務は終了だ。調査隊も解散するだろう。だから大丈夫だ」
「わかった。なら、俺とロゼは報告をするために『桜花』と『グランドティア』に行ってくる。その間にオルグたちは、『ダルグスト』で報告を済ませて待っていてくれ。俺たちも、後で合流するから」
「おう、わかった。だが良いのか? 俺たちがそっちに向かった方が、早く合流できると思うが……?」
「私たちにはスレイプニルがいるから大丈夫よ」
「そうでしたね」
「そういうことだ。合流地点は『ダルグスト』のギルドにしよう。そうだな……余裕を持って4日後に『ダルグスト』のギルドだ」
それだけあれば、何か予定外のことがあっても大丈夫だろう。
「おう」
「じゃあ、行こう。まだ下位の魔物がいるかもしれないから、充分気をつけろよ?」
「わかりました」
「それじゃあ、4日後に『ダルグスト』でね」
「待ってるぜ」
そう言って、俺たちは別々の道から山頂を後にした。
俺とロゼは『精霊石』を拾うのもそこそこに、もの凄いスピードで山道を駆け降り、その日の内に『アロウ山脈』から抜け出した。
そして、スレイプニルに騎乗し『桜花』へと急ぐ。
「そういえば、何で『脱出』を使わなかったの?」
『桜花』に向かう途中でロゼが訊いてきた。
「あぁ。『脱出』は、ああいった入り口が2つ以上ある迷宮だと入った方に出るんだ。『アーリグリフ』側に出てから『グランドティア』に向かっても良かったが、遠回りになるしな」
「…………それもそうね」
頭の中で地図を思い浮かべていたのか、少し間が空いた後ロゼはそう答えた。
『良かったですね、マスター? 忘れていただけ――ということに気づかれなくて』
〈うるさい。ロゼには言うなよ。アイギスも〉
『どうしよっかなぁ~』
〈頼むから、黙っていてくれ……〉
『アロウ山脈』を下りた後、オルグたちを『脱出』で送ってやれば良かったな――と思ったがもう遅かった。
それに俺の言ったことに嘘は無い。
こちらの方が近道なのは間違っていないからな。
「何か隠してない……?」
「そ、そんなことある訳ないだろ」
「そう?」
そんなことを話しながら『桜花』へと進んでいった……
俺たちは『桜花』に到着すると、すぐにギルドへ向かい、アドルさんと面会した。
「『アーリグリフ』の魔物は排除しました。これで、あの国でこれ以上魔物の被害が増えることはないと思います」
「おお、そうか。それは、良かったわい。流石――と言ったところじゃの」
「褒めても、何も出ませんよ。それではこれからグランドマスターにも報告に行きますので、これで失礼します」
「相変わらず、忙しそうじゃの。そうじゃ、報酬を渡さねばの」
「ありがとうございます」
アドルさんはそう言って、部屋の奥へと入っていった。
「取り敢えずは報酬の10万ティルじゃ。それと、これは儂が現役の頃使っておった物での。良かったら、貰ってくれんか?」
アドルさんは10万ティルが入っているだろう革袋と、銀色に輝くガントレットを渡してくる。
「ずいぶんと良い物のようですが、構わないのですか?」
「何、構わんよ。儂が持っておっても意味は無い。それならば、誰かに使ってもらった方が良いじゃろ」
「わかりました。ありがとうございます」
「うむ。それでは急いでおるのじゃろ? もう行きなさい。これからも活躍を期待しとるぞ? ロゼもな?」
「はい。それでは、失礼します」
「失礼します、アドル様」
そう言って俺たちは部屋から出て、ギルドを後にしようとしたが――
「ディーン様、お待ち下さい」
受付の横を通りがかった時に、受付のお姉さんに呼び止められた。
「どうしたんですか?」
「ソファラ様から、時間のある時に『ウィプル村』に立ち寄って欲しい――と伝言を預かっております」
「何かあったんですか?」
「さぁ? 私は聞いておりません。それほど急いでおられる様子ではありませんでしたが」
お姉さんがその時のことを思い出しているのか、首を傾げながらそう言った。
「わかりました。行ってみます」
「宜しくお願いします」
ソファラさんの伝言を受け取り、俺たちはギルドを後にした。
そして、スレイプニルで『ウィプル村』へと向かう途中――
「ソファラさん、どうかしたのかしら……?」
「う~ん、わからないな……またリリアが何かしたのか?」
「そんな感じではなかったけど……」
「まぁ行ってみれば、わかるさ」
「そうね」
途中で1泊し、俺たちは『ウィプル村』のソファラさんの工房へとやって来た。
「ソファラさ~ん、ディーンです。ギルドで伝言を聞いたので来ました」
俺はノックをしながら、扉越しにソファラさんへと声をかけた。
「は~い。ごめんなさいね、ディーンさん。わざわざ来てもらって」
ソファラさんが扉を開けて出てきた。
「いえ、構いませんよ。ちょうどこちらに来ていましたから。それで、どうしたんですか?」
「この前貰った石鹸ってまだある?」
「は? 石鹸ですか……まだありますけど……」
「良かったぁ~。申し訳ないんだけど、いくつか貰えないかしら?」
ソファラさんは両手を胸の前で合わせて、本当に安堵したようにそう言った。
「はぁ、構いませんけど……もしかして、俺を呼んだ理由ってそれですか……?」
「そうなのよ。本当にごめんなさいね。近所の奥様たちが、どうしても欲しいって……」
「そ、そうですか……」
呼び出された理由は、石鹸だったのか……
「プッ……」
「笑うなよ、ロゼ……」
「まぁ良いじゃない。悪いことが起こった訳じゃなくて」
「そうだな。じゃあ取ってきますから、少し待っていて下さい」
俺はそう言って空間を開き、風呂場に置いてあった予備の石鹸を取りに行く。
「はい、どうぞ」
俺はソファラさんに石鹸をいくつか手渡す。
「ありがとう。助かるわぁ~」
「後、これもどうぞ」
俺はそう言って、ソファラさんに紙のスクロールを渡す。
「これは?」
「石鹸のレシピです。必要な薬草などが書いてあります。難易度は高くないし、必要な薬草も比較的入手しやすいので、リリアにでも作らせてあげて下さい。リリアの【錬金】の熟練度を上げるには、ちょうど良いでしょう」
「本当に助かるわ。ありがとう」
「いえ、全然構いませんよ」
ぶっちゃけ、石鹸で何度も呼び出されては堪らない。
「それじゃあ、俺たちはもう行きますね」
そう言って踵を返そうとすると――
「あ、ちょっとだけ待ってて」
ソファラさんはそう言うと、屋敷の方へと走っていく。
そしてしばらく待っていると――
「はい、これ。石鹸のお礼よ。お昼にでも食べてね」
ソファラさんが手作りのサンドイッチをくれた。
「ありがとうございます」
「良いのよ、これくらい。それじゃあ2人とも、くれぐれも体には気をつけてね?」
「はい、わかりました」
「リリアちゃんにも、宜しく言っておいて下さい」
そう言って、俺たちは『ウィプル村』を後にした。
スレイプニルに騎乗し、改めて『グランドティア』へと向かっていると――
「それにしても、あんな理由で呼び出されるとはな……」
思わず呟きが漏れてしまった。
「そうね。呼び出された理由が、石鹸ってわかった時のディーンの顔は面白かったわ」
「それはもう言わないでくれ……だがソファラさんには、これからも色々な理由で呼び出されそうな気がする……」
「嫌なら、断れば良いじゃない?」
「あの人には恩もあるし、それに何か逆らえないんだよな……」
「それは、わかる気がするわ……」
そんなことを話していると、『グランドティア』に到着した。
俺たちはすぐにギルド総本部へと赴き、ゼノンに魔物を無事討伐したことを報告した。
ちなみに、俺が粉砕した窓ガラスは綺麗に修復されていた。
流石はギルド総本部。
「そうですか。それは本当に良かった。ギルドと『アーリグリフ』の民を代表して、お礼を言わせて下さい。ディーン君、ロゼさん、本当にありがとうございました」
ゼノンはソファーから立ち上がり、深々と頭を下げた。
「頭を上げて下さい。俺たちだけじゃなく、オルグたちの調査隊も頑張ってくれましたよ」
「わかりました。彼らにも改めてお礼をしましょう。それでは報酬をお渡ししましょう」
「いやいや、構いませんよ。報酬はすでにアドルさんから受け取っていますから」
「それでは私からの個人的なお礼ということで、受け取って貰えませんか?」
「……わかりました」
「それでは少々お待ち下さい」
ゼノンはそう言って、部屋に置かれている机の引き出しから1冊の魔導書を持ってくる。
「これは我が家に代々伝わる魔導書です。闇属性魔術なので、そちらのロゼさんならば使いこなせるでしょう」
「そんな貴重な物、貰えませんよ……」
「良いのですよ。私はもう習得していますし、あなた方には力が必要でしょう? 是非、お持ち下さい」
「……わかりました。この旅が終わったら、必ず返しに来ます」
「別に返さなくても構いませんが、売ったりはしないで下さいね?」
「しませんよ!!」
冗談なのだろうが、思わず言い返してしまった。
「ディーン。レイシアたちのこと、言っておいた方が良いんじゃないかしら……?」
「それもそうだな。」
「どういうことです?」
「オルグとレイシアが、俺たちの旅に同行することになりました」
「そうなのですか?」
「はい。構いませんか?」
「私が許可をすることではないですよ。当人たちがそれで良いのならば、構いません」
「すみません。ギルドでも、上位の冒険者を引き抜く形になってしまって」
2人ともSランクの冒険者だ。
彼らにしかこなせない依頼もあるだろう。
「それでこの世界が救われる可能性が少しでも上がるなら、ギルドとしても嬉しい限りです」
「そう言ってもらえると助かります。それとこんなことになってから言うのは心苦しいですが、『アロウ山脈』に入り込んでいた上位の魔物は排除しましたが、下位の魔物がまだ残っている可能性があります。ほとんどは俺たちが殲滅しましたが、一応上位の冒険者で調査をしておいて下さい」
「わかりました。こちらで手配しておきましょう。ご心配には及びません。何も、上位の冒険者はオルグさん達だけではありませんよ?」
「それではお任せします。じゃあ、そろそろ俺たちは行きます」
「より一層のご活躍を期待してますよ、ディーン君、ロゼさん。オルグさん達にも宜しくお伝え下さい」
「わかりました。それでは、これで失礼します」
俺たちはゼノンに一礼し、部屋を出た。
「ロゼ、家具屋に寄って行かないか?」
「何か買うの?」
「あぁ、馬車を買おうと思ってな」
人数も増えたので、スレイプニルには全員は騎乗できない。
俺とオルグが走っても良いが、いつまでもそれではな……
「それもそうね」
「家具屋の場所を俺は知らないから、案内を頼む。場所を知ってるか?」
「知ってるわよ。確かギルドが出資している所があったはずだから、そこにしましょう」
「じゃあ、頼む」
そんなことを話しながらギルドを後にして、ギルドの近くにあった家具屋へ行き馬車を買った。
俺が買った馬車は、6人乗りの最高級のもので内装も過剰にならないくらいで豪華だ。
俺は馬車を買った後、インベントリに入れたのだが、驚かれはしたが特に騒ぎにはならなかった。
「じゃあ買い物も済んだし、『ダルグスト』に向かおう」
「ええ、レイシアたちも待ってるしね」
そう言って俺たちは『アーリグリフ』側の門から、『グランドティア』を後にした。