第10話 『グランドティア』、そして『アーリグリフ』へ
今回の話には残酷だと思われる表現が含まれております。
苦手な方はご注意下さい。
今日も道場で訓練をしてから疲労困憊のロゼを風呂場へと連れていき、俺は自分の訓練を済ませて、風呂から出てきたロゼと朝食を食べた。
そして準備を済ませ、ロゼと空間の外へと出る。
空間の外はソファラさんの工房に繋がっていた。
どうやらこの裂け目は入った時と同じ場所に開くようだ。
「それじゃあジェラルドさん達に挨拶をしてから、『グランドティア』に行くか」
「そうね。この時間なら流石に起きてるでしょうから」
ロゼが言うように、今は9時頃だ。
流石にリリアも起きているだろう。
ジェラルドさんはすでに仕事に行っているかもしれないが……
「じゃあ、行こう」
「ええ」
そう言って俺たちは工房を出て、屋敷の方へと歩いて行った。
「お世話になりました。ジェラルドさんにも宜しく言っておいて下さい」
「わかったわ。ディーンさんもロゼさんも、気をつけてね?」
「はい。ありがとうございます、ソファラさん」
「また来て下さいね、ディーンさん、ロゼさん」
「ええ、必ず来るわ。リリアちゃんも元気でね」
「――そうだ、リリアにこれをやるよ」
そう言って、俺はインベントリからブローチを取り出してリリアに渡す。
「ディーンさん、これは?」
「それは迷宮で見つけたブローチ型の魔導具でな。少しだけだが、【錬金】の成功率を上げてくれる」
「そんな物をリリアに……? 良いの?」
ソファラさんは少し申し訳なさそうだ。
「ええ、構いませんよ。俺にもロゼにも、必要のない物ですからね。貰って下さい」
「私は【錬金】は使えませんし、ディーンはもうマスターしていますから」
「ありがとう、ディーンさん!!」
「立派な薬師になるんだぞ?」
「はい!!」
「良い返事だ。それじゃあ、俺たちはもう行きます」
「お世話になりました」
「元気でね」
「絶対、また来てね!!」
俺たちはそう言って、村の出口へと向かう。
「おっとそうだ、まだ少し寄る所があった」
「何処に寄るの?」
「この村で鍛冶屋をやっている、クラッドっていうおっさんの所だよ。ラグの鞘や俺の鎧を作る時に、鍛冶場を貸してもらったんだ」
「それなのに、『おっさん』なんだ……」
「良いんだよ。あっちも俺のことを『小僧』って呼ぶしな」
そんなことを話しながらおっさんの鍛冶場へと歩いていった。
「クラッドさん、お久しぶりです」
「お? こ、小僧!? いつ、戻ってきたんだ!?」
おっさんはかなり驚いている。
「昨日ですよ」
「いつまでいるんだ?」
「もう出発するところなんです。それでクラッドさんに渡したい物があったんで、ちょっと寄ったんです」
「もう出るのか!? それで、俺に渡したい物って何だ?」
「これですよ」
俺はインベントリからハンマーを取り出し、おっさんに渡す。
「これは鍛冶に使うハンマーか?」
「ええ。迷宮で手に入れたのであげますよ。俺はもう持ってますからね。そのハンマーを使うと、【鍛冶】の熟練度が上がりやすくなります」
「本当に貰っても良いのか?」
「構いませんよ。後、使わないのでこれもあげますよ」
そう言って俺は使わない金属類を取り出し、おっさんに渡す。
「こんなに貰っても良いのか?」
「良いですよ。使いませんし。それじゃあ急いでるんで、もう行きます」
「お、おう。そうか。またこの村に来た時には、寄っていってくれよ?」
「はい。それじゃあ、また」
「おう、元気でな。そっちの嬢ちゃんも。」
「嬢ちゃん!?」
「良いから行くぞ、ロゼ」
そう言って、今度こそ村の出口へと歩いて行った。
そして村の外へ出ると――
「ディーンがおっさんって呼んでた気持ちがわかったわ……」
「そうだろ? じゃあ、スレイプニルを呼ぶか。――『解錠』」
俺は空間を開き、スレイプニルを呼ぶ。
「それじゃあ、宜しく頼む」
『承知した』
『マスタ~、『グランドティア』はここから南下すれば行けるよ~』
「そうか、わかった」
そう言うと俺たちはスレイプニルに騎乗し、『グランドティア』を目指した。
ロゼたちと話しながらしばらく進んでいると――
『主殿、前方を』
「どうした、スレイプニル? ――あれは『ヴァルチャー』の群れか?」
まだかなり先だが、前方左方向から鷲型の魔獣『ヴァルチャー』が編隊を組んで飛んでいた。
「スレイプニル、このまま進むと接触しそうか?」
『恐らくは』
『マスター、どうやら『ヴァルチャー』もこちらに気づいたようです』
「チッ!! 殺るしかないか」
「でも、どうするの? ここ、空中よ?」
「俺が狙撃で数を減らすから、ロゼは俺が撃ち漏らした奴を魔術で攻撃してくれ」
「わかったわ」
『我も加勢しよう』
「頼む、スレイプニル。ラグ、【狙撃形態】だ」
『了解しました』
ラグが変化したのを確認し、俺は対物狙撃魔導銃を構える。
先頭の奴に狙いをつけ、すかさず放つ。
放たれた貫通弾は先頭の奴を貫き、さらに後方にいた3羽も貫く。
待ち時間後、さらに1発を放ち3羽を撃ち貫く。
「残り8羽か……これ以上は無理だな。ロゼ、スレイプニル、後は魔術で殲滅するぞ」
俺はそう言いながら【通常状態】に戻したラグを鞘に納め、右手で魔導銃を抜く。
「わかったわ」
『承知した』
2人はそう応え、ロゼは『ダークニードル』を、スレイプニルは『フレイムランス』を次々と放つ。
俺は2人の魔術を躱して近づいてきた奴に、弾丸を撃ち込む。
それから5分ほどして、『ヴァルチャー』の群れの殲滅が終了した。
そして再び『グランドティア』へ向け進んでいると――
『それにしても『ヴァルチャー』ですか……』
ラグが何かを危惧するように呟いた。
「どうしたんだ、ラグ?」
『マスターも知っているように、『ヴァルチャー』の主な棲息地も『アーリグリフ』です』
「そうだな。飛んで来た方角も東からだったな」
『以前の『キングモス』も今回の『ヴァルチャー』も、『アーリグリフ』に入り込んだという『魔物』から逃げてきたのかも知れません』
「どういうことなの、ラグ?」
『邪神龍の眷属である『魔物』は人や魔獣を関係なく襲う、命有るもの全ての敵です』
『それに、『魔物』は精霊も食べちゃうんだよ?』
「な!? 本当なのか……?」
『本当だ、主殿。まぁ実際は、精霊そのものを喰う訳ではないがな。『魔物』は存在するだけで、大量のマナを喰らい尽くす。そうなってしまえば、精霊や我ら『神獣』も生きてはいけない』
「そうだったのか……」
『それに『魔物』の発する瘴気は、人の精神を容易く侵します。そして精神を侵され正気を失った人間は、『魔物』と同じく無差別に人を襲うようになります』
「そんな……」
ロゼが恐れるように呟く。
『VLO』でも魔物の瘴気には『錯乱』などの精神異常をもたらしたが、この世界ではさらに厄介なものになっているようだ。
「心配するな、ロゼ。『アイギス』や『クイーン・オブ・ザ・ナイト』には、その類の精神異常を無効化する能力がある。俺たちが瘴気の影響を受けることはないはずだ。――そうだな、アイギス?」
『うん、マスタ~の言う通りだよ』
「でも……」
「ロゼの言いたいことはわかってるよ。どれだけの魔物が入り込んでいるかわからないが、このままじゃ『アーリグリフ』はかなり危険だ。とにかく、一刻も早く『アーリグリフ』に向かおう」
「ええ、そうしましょう」
「それじゃあ、スレイプニル。急いでくれ」
『承知した。しっかり掴まっていてくれ』
スレイプニルはそう言うとさらに速度を上げ、『グランドティア』へと翔けていった。
「見えてきたな」
俺たちの前方に、分厚い城壁に囲まれた凄まじく巨大な街が見えてきた。
かなりの上空から見ているにも関わらず、城壁の反対側は霞んでいて見えない。
「大きい街だとは知っていたけど、こうして見ると改めて凄まじさがわかるわね……」
『それはそうでしょう。『グランドティア』は神龍『アリューゼ』様が創られた、1つの国であり1つの街ですからね。しかもアリューゼ様の加護を最も受けている場所なので、人も多く集まります』
ラグの言うように、『グランドティア』は1つの街がそのまま国になっている。
神龍の加護云々は知らなかったが……
「ロゼは『グランドティア』に来たことはあるのか?」
「ギルド総本部には何度か行ったことがあるわ。流石に街全体は把握していないけど……」
「それはそうだろうな。じゃあ、ギルド総本部までの案内を頼む」
「わかったわ。任せておいて」
あの街で迷ったら、流石に洒落にならない。
「いつか時間のある時に、ゆっくりと観光したいな……」
「そうね。でもあの街を全部見ようとしたら、1ヶ月はかかるわよ……」
「そうだろうな」
そんなことを話しながらスレイプニルに地上に降りてもらい、『グランドティア』へと急いだ……
「流石に人が多いな」
俺たちは街中を、ギルド総本部へ向かい歩いていた。
この大陸の中心地で、冒険者の街と呼ばれるだけはあって多種多様な種族の冒険者たちがいる。
「お昼前だし、仕方ないわよ」
「そうだな。それで、道はこっちで良いのか?」
「ええ」
俺たちは、行き交う人々を躱しながら進んでいく。
そうして1時間ほど歩くと、ギルドの紋章を掲げた巨大な建物が見えてきた。
「あれだな」
「ええ、そうよ」
ギルド総本部の外観は『VLO』とそれほど違わない。
ただし、建物はかなり大きくなっているが……
「よし、入ろう」
そう言って中に入ろうとすると――
「ロゼさんではありませんか」
冒険者の格好をした、『エルフ』の男性が話しかけてきた。
「知り合いか、ロゼ?」
「ギース……様……彼はSランクの冒険者、ギース……様です……」
小声でそう言って、ロゼは何故か俺の後ろに隠れて外套を掴む。
明らかに様子がおかしい。
〈ラグ、おまえでもアイギスでもいいから、ロゼにどうしたのか聞いてくれ〉
『すでにアイギスが聞いているようです』
〈何かわかったら、知らせてくれ〉
『了解しました』
俺がラグと話していると――
「キミは誰だね? 見ない顔だが。何故、ロゼさんと一緒にいるんだい?」
エルフの男が俺に話しかけてきた。
「あんたこそ、誰だ? 他人に名前を尋ねる時は自分から名乗るものだと、教えてもらわなかったのか?」
相手が明らかに俺を小馬鹿にしたように言ってきたので、俺も挑発するように言ってやった。
「ハッ。僕を知らないなんて、初心者か。良いだろう。教えてあげるよ。僕はSランク冒険者、名はギースと言う。覚えておきたまえ」
「ディーンだ」
俺は【リーブラの魔眼】を起動しながら名乗った。
「は……?」
「何だね?」
「いや……何でもない」
あまりのステータスのあり得なさに、思わず声が出てしまった。
〈ラグ、あいつの装備は何か特別なものなのか?〉
『いえ、良い物ではありますが、普通の装備品です。あれなら、ロゼさんの装備の方が遥かに上です』
〈そうだよな……〉
そんなことを話していると、またギースが話しかけてきた。
「それで、何故ロゼさんとキミが一緒にいるのかを聞かせてもらっていないが?」
「一緒に旅をしてるんだよ」
「何だって!? それはいけない。そんな初心者と一緒にいたら怪我をしてしまう。旅をするなら僕と一緒にしましょう、ロゼさん」
〈さっきから何なんだ、こいつは……? ロゼに気があるのか……?〉
『どうやらそのようですね』
ラグがそう言い切る。
〈どういうことだ?〉
『こいつは前からことあるごとに、ロゼお姉ちゃんに言い寄ってたんだって』
アイギスは吐き捨てるようにそう言った。
〈なるほどな。ロゼは他に何か言っていたか、アイギス?〉
『何度断ってもしつこく言い寄ってくるから、迷惑してるって。殺っちゃってよ、マスタ~』
〈気持ちは良くわかるが、殺すのはマズイな〉
俺がラグたちと話している間、ギースはロゼに必死に何かを喚いている。
「僕はこう見えても、ソロで『神龍の迷宮』を攻略しているんです。必ず、ロゼさんを守りますよ」
はぁ~?
こいつは何を言ってるんだ……
おまえのレベルはたった493だろう?
しかも『転生』すらしていない。
そんなレベルで『神龍の迷宮』に入れば、5分であの世行きだ。
というか、ロゼの方がレベル高いし……
「もう良い、黙れ。俺たちは急いでるんだ。行くぞ、ロゼ」
俺の言葉に頷いたロゼの手を引き、ギルドに入ろうとすると――
「待ちたまえ、キミ。僕はまだロゼさんと話があるんだ」
ギースが俺の左肩を掴み、制止してくる。
「ロゼにはあるか?」
「いいえ、無いわ。」
「そういうことだ。後、嘘も程々にしておけよ? じゃないと、いつか身を滅ぼすぞ?」
擦れ違いざまに、そう忠告してやる。
「な!? ぼ、僕が嘘をついてるって言うのか!?」
「そうだろ? おまえのレベルであんな迷宮に行けば、死ぬぞ?」
「訂正しろ!! おまえのような初心者に何がわかる!? さもないと……」
怒りで顔を真っ赤にしたギースが俺から距離を取り、腰に佩いた鞘から剣を引き抜く。
その様子を見た通行人たちから悲鳴が上がる。
冒険者の格好をした者達は、またか――といった感じだったが……
「おいおい、こんな所で剣を抜くなよ」
俺はゆったりとした足取りでギースに近づく。
「おい!! 近づくな!! 本当に斬るぞ!!」
ギースは喚くが、構えもなってないし、隙だらけだ。
剣を扱い慣れてないのが良くわかる。
〈こいつ、良くあんなレベルになれたな……〉
493といえば、この世界では結構なレベルだろう。
『本当に、どうやってでしょうね……』
ラグも呆れている。
剣を気にした様子もなく近づく俺に切羽詰まったのか、ギースは剣を振り上げ――
「うおぉぉー!!」
袈裟斬りに振り下ろすが――
「遅すぎる……」
俺は右手に気を纏い、剣を掴む。
「な!?」
「こんな腕じゃ、剣なんて持たない方が良いぞ?」
そう言って俺は剣を握り砕く。
「な……に……?」
ギースは呆気に取られている。
流石に冒険者を含む通行人たちも驚いている。
まぁ、『オリハルコン』製の剣だったしな。
「じゃあ行こうか、ロゼ」
「少しやりすぎじゃない……?」
「怪我もしてないし、あれくらいやっておけば、もう声はかけてこないだろう?」
「ありがとう、ディーン」
「気にするな」
そんなことを話しながらギルドへと入っていった。
流石にギルドの目の前で騒いでいたのでかなり注目された。
「流石にギルドの前はマズかったか……?」
「それだけじゃないと思うけどね……」
ロゼがため息を吐きつつ、そう言う。
「どういうことだ?」
「あの剣、『オリハルコン』製だったでしょう? そんなものを握り砕ける人なんて、そうはいないわ。だから注目されているのよ」
「あぁそれで、やりすぎだ――と言ったのか」
「そうよ」
「まぁやってしまったことは仕方ない。さっさとグランドマスターに会って、『アーリグリフ』に行けば良いさ」
「そうだけど……」
そんなことを話しながら受付へと行く。
「グランドマスターに面会したいのですが」
俺は受付のお姉さんに、取り次いでくれるよう言った。
「面会のお約束は御有りですか? ――あ、ロゼさん?」
俺を訝しげに見ながら言ったお姉さんがロゼに気づいた。
「お久しぶりね。それで、取り次いでもらえるのかしら?」
「はい。ということは、こちらの方は……」
「ええ、ディーンよ。話は聞いているでしょう?」
「は、はい!! 申し訳ありませんでした、ディーン様!!」
お姉さんの態度が一変した。
やはり、こういうのは恥ずかしい。
「気にしていませんよ」
「そ、それでは一応規則ですので、確認のためカードをお願いします」
「わかりました」
俺はインベントリからギルドカードを取り出し、お姉さんに渡す。
「確認致しました。それでは、ご案内します」
「お願いします。行こう、ロゼ」
「ええ」
お姉さんからカードを受け取り、後をついて行く。
そして階段を上がり、3階のグランドマスターの部屋へと行く。
「グランドマスター、ディーン様をお連れしました」
お姉さんがノックをしながら声をかける。
「入りなさい」
中から、ずいぶんと若い声が返ってきた。
「失礼します」
俺たちはそう言い、お姉さんに続いて部屋の中に入った。
部屋の中には若い男と護衛だろう、それなりにランクの高そうな冒険者が2人いた。
〈あの目……魔族か?〉
『そのようですね』
グランドマスターと思われる若い男は、外見は少し俺よりも背が低い――170cmくらいだ――が、それほどの違いはない。
しかしその目は魔族だけが持つ特徴で、瞳は深紅で瞳孔が縦に裂けている。
そんな外見だが、魔族とは悪魔の一族という意味ではなく、魔術の得意な種族という意味だ。
『VLO』では色々と紛らわしいので、『ソーサラー』と呼ばれていた。
「良く来てくれたね、ディーン君。私はギルドのグランドマスターを任されている、『ゼノン』と言います」
流石はグランドマスターと言うべきか、知的でやり手といった感じだ。
「いえ。こちらこそ挨拶が遅くなってしまい、すみません」
俺はそう言いつつ、【リーブラの魔眼】を起動しステータスを確かめる。
〈流石だな。『転生』していてなお、レベル300か〉
『この世界ではトップクラスのレベルでしょう』
転生しているのを示すように、種族は『ハイ・ソーサラー』になっていた。
「貴方にはやるべきことがあるのです。そんなこと、気にしていませんよ」
「そう言ってもらえると助かります。それで、俺たちを呼んだ理由は何ですか?」
「アドルさんから、貴方が『アーリグリフ』の調査に向かうと聞きましたので、少しお話をしたくて」
そんな理由で呼んだのか……?
「それだけ、ですか?」
「いえ、違いますよ?」
そう言った瞬間、ゼノンから膨大な魔力が溢れ出す。
「「う……」」
「キャ……」
「あ……」
ロゼに、ゼノンの護衛をしていた冒険者2人、そして扉のところに控えていた職員のお姉さんが魔力に当てられ短く悲鳴を上げる。
当然、俺には何の影響も及ぼさない。
〈試されているんだろうな……〉
『そうでしょうね』
俺はロゼと職員のお姉さんを庇うように移動しつつ、ラグと話した。
「……ディーン……ありがとう……」
まだ少しキツそうだが、俺が魔力を遮って負担が減ったロゼが話しかけてくる。
「大丈夫か?」
「ええ、何とか……」
レベルが上がったのでロゼは平気だが、お姉さんは今にも気絶しそうだ。
「俺を試すのは構いませんが――」
俺はさらに一歩前へ出る。
「俺の仲間に手を出すなら、容赦はしませんよ?」
俺はゼノンを睨み、爆発的に気を放出する。
当然、後ろの2人に影響がないよう前方に向けてだけだ。
「ぐ……」
放出した気があっさりと魔力を掻き消し、ゼノンの背後にあった窓のガラスを粉砕する。
護衛の2人は一瞬で泡を吹いて気絶したが、流石にゼノンは耐えている。
俺が気を抑えると、ゼノンは机に手を突く。
ロゼは、床に座り込んでしまったお姉さんを介抱しているようだ。
俺はその様子を見つつ――
「一体、どういうつもりです?」
「先程の御無礼、平にご容赦下さい」
ゼノンは俺に向かって深く頭を下げた。
「頭を上げて下さい。俺を試すのは構いませんが、俺の仲間や女性を巻き込んだのは気に入りません。2人にはキチンと謝って下さい。――それで、こんなことをした理由は何です?」
「ロゼさん、アニーさん、本当にすみませんでした」
ゼノンが2人に頭を下げる。
「ディーンが気にしないと言うなら良いわ……」
「ありがとうございます。それではお話しします。ですが、その前に。――誰か!?」
ゼノンがそう言うとギルド職員がやってきた。
「こ、これは一体……」
「気絶している2人と、そちらの職員を医務室へ。――後、窓ガラスの修理の手配を」
「わ、わかりました。それで、一体何が……?」
「詮索は無用です。早く行きなさい」
「わかりました。失礼します」
やってきた職員の男性は、さらに別の職員の男性を1人呼んできて、2人の冒険者を引き摺っていった。
女性の職員はロゼに礼を言い、自分で歩いていった。
「冒険者の2人は引き摺られていましたが……」
「あのくらいでどうこうなるようなら、冒険者としてはやっていけませんよ」
「それはそうですが……後、窓ガラスは弁償しましょうか?」
「それも構いませんよ。先に仕掛けたのはこちらです。それにディーン君には、ずいぶんとお世話になっているようですしね」
「俺が何かしましたか?」
ギルドのために、特に何かをした記憶はないが。
「アドルさんからも聞いているでしょう? ディーン君が換金した『精霊石』などの素材は、ギルドが商店などに卸しているのですよ。そのお金でギルドはずいぶんと潤いました」
「あぁ、そんなことを聞いた気がします」
「それで私があんなことをした理由ですが、私が魔族だということにはお気づきですよね?」
「ええ、気づいてますよ」
「『アーリグリフ』は私の故郷です。ですがアドルさんの報告の通りだと、今『アーリグリフ』には『魔物』が入り込んでいます」
「俺もその可能性は高いと思います」
「はい。私もそう思います。このままだと『アーリグリフ』は、遠からず滅びてしまいます。下位の個体ならまだ何とかできますが、もし上位の個体なら私を含め、この世界の冒険者だけでは倒すことは不可能でしょう」
「確かにそうかもしれません」
ゼノンの言うように上位個体なら不可能に近いだろう。
俺ですら、魔物のことを全て把握している訳ではないのだから。
「なので、ディーン君が私以上の力を持っていることを確かめたかったのです」
「そうでしたか」
「勝手だわ。いくらグランドマスターだからといって――」
「良いんだ、ロゼ。故郷を想う気持ちは、俺にもわかるから」
「ディーン……」
「ディーン君……そうでしたね、貴方は……」
2人が俺を気遣うように言う。
「それじゃあ、俺たちはもう行きます。一刻も早く、『アーリグリフ』に行かなければ」
「わかりました。時間を取らせてしまってすみませんでした。調査に向かっている冒険者たちは、貴方のことを知っています。なので、協力もスムーズにいくでしょう」
「冒険者たちにも俺のことを話しているのですか?」
あまり知られたくはないんだがな……
「心配しなくとも、知っているのはランクA以上の冒険者の中でも信用のおける者たちだけです」
ん?
Aランク以上?
「ついさっきSランクのギースという冒険者に絡まれたのですが、あいつは俺のことを知らないようでしたよ?」
俺が名乗った時も反応はなかったしな。
「あぁ、彼ですか……彼には色々ありましてね……あなたのことを話していません。詳しくは、そちらのロゼさんにお聞き下さい」
ゼノンはそう言うと、何故かロゼにすまなそうな視線を向ける。
「……? わかりました。それでは、今度こそ『アーリグリフ』に行きます」
「宜しくお願いします」
「任せて下さい。それでは失礼します」
「失礼します」
そう言って、俺とロゼは部屋から出た。
俺たちはギルドから出ていきながら――
「ロゼ、グランドマスターが言っていたのはどういうことだ?」
「ギースはギルド総本部の重役の子息なのよ。それで父親の財力で良い装備を揃えて、あそこまでのレベルを手に入れたのよ」
「何だそれは……」
『まだそんな輩が残っていたのですね。その手の輩は、リシェル様が亡くなられた時に一掃されたと思っていましたが……』
『そうだね。リシェル姉さまを殺した奴らは、権力の座から排除されたのに……』
リシェルを殺した奴らというのは、リシェルを死に追いやった奴らのことか……
「そういう奴らは何処にでもいるからな」
「そうね……」
『まぁ、もう関わることもないでしょう』
『今度会ったら、殺っちゃえば良いんだよ』
「殺しはしないけど、今度会ったらぶっ飛ばしてやるわ」
「まぁ程々にな」
そんなことなどを話しながら『アーリグリフ』へと繋がる門の前にやってくる。
グランドマスターが手配したのか、門のところには魔物を警戒する冒険者が何人かいる。
「そこの者、止まれ。今、この門はグランドマスターによって通行が制限されている。よって、通行することはできない」
「俺たちは『桜花』のギルドマスターより調査を依頼された、ディーンと言います」
「ッ!? 貴方が……これは失礼しました。どうぞお通り下さい」
どうやら、この人達は俺のことを聞いているようだ。
「ありがとうございます」
「それではお気をつけて」
俺たちは警備の冒険者たちに礼を言い、門を通り抜ける。
「ロゼ、この先が『アーリグリフ』だ。何が起こるかは、全くわからない。油断はするなよ?」
「ええ、わかったわ。早く行って、調査を行っている冒険者たちと合流しましょう」
「あぁ、そうだな」
俺は空間を開き、スレイプニルを呼ぶ。
「取り敢えず、首都の『ダルグスト』へ行こう。スレイプニル、頼んだぞ」
『承知した』
『マスタ~、『ダルグスト』はここから南東の方だよ』
「わかった。行こう、ロゼ」
「ええ、行きましょう」
そう言って、俺たちを乗せたスレイプニルは『ダルグスト』を目指し翔けていった。
「やっぱり『風の精霊王』がいるからか、風が強いわね。それに地形も、『桜花』とは全然違う」
スレイプニルに乗り、しばらく進んだ後にロゼがそう言った。
「ロゼは、『アーリグリフ』には来たことないのか?」
「ないわね。私は冒険者の時も、ほとんど『桜花』や故郷の『ティルナノーグ』で活動してたしね」
「そうだったのか。じゃあ、『ティルナノーグ』に行った時には案内を頼むよ」
「任せて。それで、『アーリグリフ』のことを教えてくれない?」
「じゃあ、ラグ、アイギス。俺にも説明してくれ。俺の知らないこともあるかもしれないからな」
念のため俺も聞いておきたい。
『わかりました。まずロゼさんが言ったように、この国は『風の精霊王』がおられるので大抵の場所は常に強風が吹いています』
『それに風属性魔術を使う魔獣も多いよね。地形の大部分は渓谷だよ』
「へぇ~、そうなんだ」
ロゼは興味深そうに聞いている。
「そこら辺は、俺の知っているのと変わりないな。それじゃあ、砂漠もあるのか?」
『ありますよ。『桜花』に近い北部には砂漠が広がっています。砂漠には迷宮もあるので、行くことになると思いますが』
「砂漠って話には聞いたことがあるけど、どんな場所なの?」
『砂ば~っかりで、滅茶苦茶暑い場所だよ?』
「まぁ、あまり行きたい場所ではないな」
「そ、そうなんだ……」
そんなことを話しながらさらにしばらく進んでいると――
「ん? 何だあれは? 誰かが戦闘しているのか?」
俺は暇だったので【鷹の目】を起動して周りの地形を確認していたら、誰かが戦闘しているのを見つけた。
「どうしたの、ディーン? 何か見つけたの?」
俺の呟きが聞こえたのか、アイギスと話していたロゼが尋ねてくる。
「あぁ、誰かが戦闘をしているようだ。それも結構な人数だな」
まだ遠くて良く見えないが、規模の大きな戦闘のようだ。
「誰が何と闘っているの?」
「わからない。スレイプニル、急いでくれ」
『承知した』
『マスター、何やら嫌な感じがします。警戒を怠らないで下さい』
『ラグの言う通り、何か気持ち悪い……ロゼお姉ちゃんも気をつけて』
ラグたちの警告に、俺とロゼは頷く。
スレイプニルが速度を上げて戦闘をしている場所に近づくと、徐々に戦闘の様子がわかってくる。
「闘っているのは――冒険者だな。相手は――巨人族か……? だが、あの様子は……」
冒険者たちが闘っているのは、『魔族』の1種族である『巨人族』の男だ。
だが、巨人族のあの様子は何だ……?
まるで、狂ったように手に持った巨木――棍棒なのだろうか?――を振り回して、冒険者たちを殴り飛ばしている。
それに何か【闘気術】とは違う、禍々しいオーラを纏っている。
『マスター、彼は瘴気に侵されています』
「何だと!? 俺の力でどうにかできるのか?」
『あそこまで浸食されちゃうと、もう無理だよ……』
「なら……」
『はい……殺すしかありません……』
「ッ!?」
ロゼが息を呑む。
何てことだ……
『主殿、どうする? もう彼らの近くだぞ?』
「……取り敢えず、あの後方の集団の傍へ降りてくれ」
『承知した』
スレイプニルが、支援をしているのだろう後方の冒険者たちの傍へと降りる。
「な、何だ!?」
近くにいた冒険者たちがスレイプニルを見て慌てる。
「ロゼ!? ロゼなの!?」
そんな中、1人の女性の冒険者がロゼの名を呼びながら走ってくる。
「レイシア!? 何で、貴女がここに?」
「ギルドの依頼で調査に来ていたの。ロゼがいるということは、彼が――」
「ええ、彼がディーンよ」
「そうなの……初めまして、レイシアと言います」
「ディーンです。取り敢えず、挨拶は後で。まずは状況を説明して下さい」
こうしている間も、前線の冒険者たちは吹き飛ばされていく。
回復魔術である程度は戦線を保っているが、長くはもたない。
「わかりました。私たちが調査をしている時に巨人族が暴れているという情報が入り、何か関係があるかもしれないと私たちが派遣されました。ですが、見てのように巨人族の様子がおかしく、苦戦しています。何故か巨人族の近くで闘っている者も様子がおかしくなり、私たちを襲ってくるのです」
『マスター、それは瘴気の影響です。巨人族が纏った瘴気に、周りの者達も侵され始めています』
〈わかった〉
「状況はわかりました。それは瘴気の影響だと思います。危険なので、今すぐ皆を下がらせて下さい」
〈ラグ、巨人族以外はまだ何とかなるか?〉
『今なら、まだ間に合います』
レイシアさんとラグ、【思考分割】を使って2人と同時に会話していく。
「ですが、今の状況で下がらせるのは危険です」
「俺が広範囲支援魔術で全員のHPをある程度ですが回復させ、全ステータスを上昇させます。その後俺が巨人族の気を引くので、その隙に全員を退避させて下さい」
「そんなことができるのですか!?」
「今は問答している時間がありません。俺を信じて下さい」
「ディーンなら大丈夫よ。信じて」
「わかりました。お任せします」
ロゼの後押しもあって、信じてくれたようだ。
『急ぎましょう、マスター。もう前線がもちません』
〈わかった〉
今ならあの魔術が最大効果を発揮するはずだ。
「いきます!! 『ライジング・サン』!!」
俺は右手を上に掲げ、魔術を詠唱した。
すると、まさにもう1つの太陽のように輝く球体が俺の掌の上に現われて空へと上昇する。
上昇した球体は空に輝く本物の太陽と重なり、さらに輝きを増す。
その輝きを浴びた冒険者たちの傷が癒え、彼らに纏わりついていた瘴気が掻き消される。
俺が唱えたのは太陽属性最上級支援魔術『ライジング・サン』だ。
この魔術は効果範囲にいる全ての者のHPを最大値の1/4回復させ、さらに一時的に全ステータスを上昇させる。
しかも状態異常すら全て回復させる。
凄まじい効果を持つ魔術だが、太陽が出ていなければ使えない。
「今です!! 退避させて下さい!!」
俺は叫ぶが、やはり最前線にいた者は逃げ遅れ、吹き飛ばされていく。
俺は咄嗟に回復魔術を使おうとするが――
『マスター、もう手遅れです……』
ラグが言うようにもう手遅れだろう……
吹き飛ばされた冒険者は頭を潰されている……
「クソッ!! 早く下がるんだ!!」
俺は叫び、【縮地无疆】を起動し巨人族に向かい跳ぶ。
俺が蹴った地面が罅割れる。
一瞬で巨人族の元に移動し、今まさに振り下ろされた棍棒を蹴り砕く。
「今の内に早く下がるんだ!!」
俺は前線を支え続けたのだろう、重装備の『鬼族』の男に叫ぶ。
「あんたは、一体……?」
「話は後だ!! 今は下がれ!!」
「駄目だ!! まだ仲間がいる。俺がこいつを引きつけなければ、仲間が死ぬ!!」
「こいつは俺に任せろ!! あんただって傷だらけだ!! これ以上はあんたも危ない!!」
俺はそう叫びながら巨人族の胸の高さまで跳び、両方の掌を叩き込む。
【格闘術】のアーツスキル『双掌打・烈破』を喰らい吹っ飛ぶ巨人族。
「今だ!! 下がるんだ!!」
「すまない!!」
巨人族は大したダメージも無く起き上がる。
「ラグ、殺るしかないのか……?」
『はい』
「そうか……」
覚悟を決めるしかないか……
俺は剣を鞘から抜く。
武器が無くなった巨人族は殺した冒険者の足を持ち、振り回す。
「何てことをしやがる!!」
俺は躱すが血が辺りに飛び散り、俺も血を浴びる。
勢い良く振り回された冒険者の足が引き千切れ、飛んでいく。
「うっ……」
思わず吐きそうになる。
巨人族はさらに別の冒険者の死体を掴み、振り回す。
『マスター、言いづらいですが……これ以上被害が増える前に殺しましょう』
「それしかない……か」
俺は剣を構え、巨人族の首元へと跳び――
「すまない……」
巨人族の首を刎ねる。
大量の血が噴き出し、俺に降りかかる。
「うっ! ……ゲホッ……ゲホッ……」
堪らず俺は吐いてしまった……
辺り一面血だらけで、まさに血の海だ……
首を刎ねた巨人族が倒れ、地響きが起きる。
「……俺は……人を殺したのか……」
魔獣を殺すことには慣れたが、人は……
『マスター……』
『仕方なかったよ、マスタ~……』
ラグとアイギスが声をかけてくる。
「そうなのか……? 本当に……何もできなかったのか……?」
俺がそんなことを呟くと――
「ディーン!! 大丈夫!?」
ロゼがこちらに駆けてきた。
「あぁ、ロゼ……大丈夫だ……」
俺はそう言ったが――
「そんなはずないじゃない。顔が真っ青よ? 本当に大丈夫?」
「やっぱり、あまり大丈夫じゃないな……」
「何処か怪我したの?」
「いや、怪我はしていない……ただ、人を殺したのは……初めて……だったんだ……」
「そうなの……? でも、あの状況じゃ仕方なかったわ……」
「そうだな……ありがとう、ロゼ」
「ディーン……」
俺はそう言って微笑んだつもりだったが、ロゼの表情は曇ったままだった……
「それじゃあ、冒険者たちの所に戻ろう。話も聞かないといけないしな」
「そうだけど……無理はしないでね?」
「大丈夫だよ。心配をかけて、すまない」
「本当に無理だけはしないでね。それと、『浄化』を使った方が良いわ」
「それもそうだな」
今の俺は、冒険者たちや巨人族の血で全身血塗れだ。
「『浄化』」
足元から白い炎が噴き上がり、俺の全身を包む。
そして、炎が消えると体や外套に付いた血は綺麗に消えていた。
「じゃあ、行こう」
俺はロゼを促し、生き残った冒険者たちのところへと歩いていった。
冒険者たちの所に戻ると、怪我をした冒険者たちを魔術で治療していた。
すると、レイシアさんと最前線にいた『鬼族』の男性がやって来た。
「すまない。おかげで、俺も仲間も死なずに済んだ」
『鬼族』の男性が俺に礼を言った。
「いえ、構いませんよ。それに、助けられなかった人達もいました……」
「そうだな……死者は6人、前線にいた他の奴らも怪我をしていない奴はいない。重傷者もいる。ここにいる回復魔術の使い手でも、治せるかは微妙だ……」
俺なら治すこともできるだろう。
「重傷者の所に連れていって下さい。俺が治療します」
「回復魔術まで使えるのか!?」
「ええ、お願いします」
「わかった。こっちだ」
俺は『鬼族』の男性に連れられ、近くに停めてあった馬車へと歩いていく。
「そういえば、まだ名前を伺っていませんでしたね」
「そういや、そうだな。俺は『オルグ』、Sランクで一応この調査隊の隊長をやっている」
「隊長でしたか。俺はディーンです」
「おう。ギルドマスターから聞いてるぜ。『来訪者』なんだってな。半信半疑だったが、あの実力を見せられたら納得するしかねぇな」
そんなことを話している内に馬車に到着した。
「この中に3人、重傷の奴らがいる。治療してやってくれ」
「わかりました」
俺がそう言うと、オルグが馬車の後部にある扉を開く。
馬車の中は血臭で満たされていた。
「彼にこいつらの治療をさせてやってくれ」
「宜しいのですか?」
「あぁ、彼がディーンだ。実力はギルドマスターのお墨付きだし、俺もこの目で確認した」
「わかりました」
「それじゃあ、ディーン。頼む」
「はい。任せて下さい」
俺はそう言って、3人の状態を手早く確認する。
全員足や腕などを失っている、部位欠損状態だ。
「じゃあ、始めます。――『パーフェクト・シャインヒーリング』」
俺が最も重傷の人に回復魔術を使うとあっという間に傷が塞がり、失っていた右足も再生される。
その様子を確認し、他の2人にも『パーフェクト・シャインヒーリング』をかける。
その2人も全快したのを確認し――
「終わりました。これでもう大丈夫でしょう」
俺がそう言うと、オルグを始め、治療をしていた冒険者も治療された3人も呆気に取られている。
「何てこった……」
「最上級魔術なのか……」
「俺、治ったのか……」
「そ、そうみたいだな……」
「助かった……?」
俺以外の5人が信じられないように呟く。
「まぁ体力は戻っていないので、ゆっくり休んで下さい。じゃあオルグさん、戻りましょう」
「そうだな」
そう言って俺とオルグさんは、ロゼやレイシアさんが待っている場所へと戻った。
スレイプニルも一緒にいるようだ。
取り敢えず、4人で今後のことを話し合う。
「怪我をした冒険者は『ダルグスト』へ送るとして、あの巨人族の死体はどうする?」
オルグさんがそう言うので――
〈ラグ、どうすれば良いんだ?〉
普通の死体なら、土に埋めたりすれば良いのかもしれないが、あの巨人族の死体は未だに瘴気を纏っている。
『焼いてしまうのが確実ですが、普通の『炎』では駄目です。聖属性魔術の『セイクリッド・ブレイズ』を使うのが良いでしょう』
〈そうか、わかった〉
ラグの意見をオルグさん達に伝える。
「俺は焼いてしまうしかないと思います。どう思いますか?」
「それしかないのか……」
「まだ瘴気を放ってるし、それしかないのかも……」
「仕方がありませんね……」
3人も気乗りはしないようだが同意してくれた。
「彼に家族は……?」
「わからん。少なくとも俺は知らない」
「ギルドカードか遺品をギルドに持って行けば、何かわかるかも……」
「そうですね。『ダルグスト』のギルドなら、何かわかるかもしれません」
「わかりました。俺が探してきます。皆は近づかないで下さい。瘴気に侵されます」
自分の殺した相手を探るのは、気が進まないがな……
「私も行くわ。私なら大丈夫なんでしょう?」
「ロゼ……わかった、行こう」
ロゼが俺を心配してか、一緒についてくる。
吐き気に耐えながら、しばらく探したがギルドカードは無かった。
仕方がないので、巨人族が装備していた金属鎧の籠手を持って行くことにした。
巨人族用の金属鎧は、かなり珍しいので個人の特定に使えるだろう。
「金属鎧を装備しているということは、この巨人族はかなり上位の冒険者か戦士だったのだろうな……」
俺は籠手を外しながら呟いた。
「どういうことなの?」
「ん? あぁ、ロゼは知らないかもしれないが、巨人族は見ての通りこのでかさだ」
「そうね、5mはあるものね」
「だから普通、防具は何の変哲もない服や、良くて木の鎧だ。だがこの巨人族は、金属鎧を装備している。それも『オリハルコン』製だ。こんな物を用意できるということは、この巨人族はかなりの腕前だ」
5m近くの巨体をもつ巨人族は、その装備も巨大だ。
そんな巨大な金属鎧を作るには鍛冶師の腕も必要だが、何より膨大な量の材料が必要だ。
それほどの量の『オリハルコン』を集められるということは、この巨人族はかなりの力量だ。
「そうなのね……こんなことにならなければ、力強い仲間になってくれたのかもね……」
「そうかもしれないな……」
俺はそんなことをロゼと話しながら籠手を外した。
「じゃあ火葬にするから、離れよう……」
「わかったわ……」
俺たちが巨人族から離れると、オルグさんたちもやって来た。
「ギルドカードは無かったので、この籠手を取ってきました」
「そうか。恐らく、それでもいけるだろう。『ダルグスト』に送る冒険者に持たせよう」
俺は籠手をオルグさんに渡す。
「それじゃあ、始めます」
そう言って、俺は巨人族に右手を向ける。
「『セイクリッド・ブレイズ』」
聖属性の唯一の攻撃魔術、最上級滅殺魔術『セイクリッド・ブレイズ』を放つ。
巨人族の遺体が聖なる白い炎に包まれ、燃える。
炎は巨人族が放っていた瘴気をも、燃やしていく。
「せめて、安らかに眠ってくれ……」
俺がそう呟くと左手を誰かに握られる。
「ディーン……」
「ロゼ……」
左手を握ったのは、どうやらロゼだったようだ。
『大丈夫ですよ、マスター。瘴気に蝕まれていた彼の魂は、マスターの魔術で浄化されました』
『そうだよ。あの人の魂はリーン様の力で、いつか新しい生を授かるんだよ、マスタ~』
「なら彼の生まれ変わりと、いつか出会うこともあるかもな」
「ええ、そうね」
その後亡くなった他の6人の冒険者たちのギルドカードを手分けして探し、同じ様に火葬に付した。
「それで、これからどうします?」
俺は今後のことを話し合うために、オルグさんに訊いた。
「そうだな……その前に、怪我した奴らを『ダルグスト』に送り返す手筈を整えてくる。ちょっと待っててくれ」
「え? オルグさんは戻らないんですか?」
「あぁ、これからのことを話すんだろ? 俺とそこのレイシアは残るよ」
俺が確認を取るようにレイシアさんに目を向けると、レイシアさんは頷いた。
「ですが、話なら『ダルグスト』に戻ってからでも……」
「そうだが、あいつらの疲労が激しくてな。早く戻してやりたい。それには、馬車に乗る人数が少ない方が良いからな」
「わかりました」
「じゃあ、待っててくれ」
オルグさんはそう言うと、冒険者たちの方へ小走りで向かっていった。
「あの人はずいぶんと元気だな……ずっと最前線で闘っていたのに」
「え? 知らないんですか?」
レイシアさんが信じられないといった感じで見てくる。
「え~と、何を?」
「あぁ、ディーンは知らないわよね。彼はね、Sランクの冒険者なのよ」
「それは本人から聞いたよ。この調査隊の隊長なんだろ?」
「はい、そうです。それに一応、私が副隊長をさせてもらってます」
「え?」
思わず声が出て、マジマジとレイシアさんを見てしまった。
レイシアさんは『妖精族』の『ウンディーネ』で、外見は人族とほぼ同じだが種族の特徴として、蒼海のような蒼い瞳と髪をしている。
それに、これはレイシアさんの特徴だろうが、腰まで届く軽く波打つ長髪で、雰囲気はおっとりとした感じだ。
後、何よりも目を引くのはその胸だ……
かなり大きい……
「ディーン、私の友達のどこをジロジロ見てるの?」
ロゼがいつの間にか俺に寄り添うように立っている。
そしてその右手にはナイフが握られ、俺の脇腹に……
「あ、あのロゼさん……? ナイフが脇腹に刺さりそうなんですが……」
「貴方の答え次第では、本当に刺さるかもね?」
「い、いや、待ってくれ。俺はただ、彼女が副隊長というのは似合わないな――と……」
「本当にそれだけ? それにしては視線の先が気になったけど……まぁ、良いわ。レイシアはこう見えても、Sランクでも上位の冒険者よ。それにオルグ様は、現在の最高位の冒険者よ」
ロゼはそう言うとナイフを引いてくれた。
「そうだったのか。それなら、あの体力もさっきの闘いぶりも納得がいくな」
俺は安堵のため息を吐きながらそう言う。
「まぁディーンがSSになったから、最高位じゃなくなったけどね」
「俺の場合は特殊だから、いいんだよ」
「何か、ロゼ、変わったわね……」
「え? そう?」
「そうね。自分では気づかないのかもね?」
そんなことを話しているとオルグさんが戻ってきた。
「ん? 何を話してんだ?」
オルグさんが、俺たちが何の話していたのか聞いてくる。
「何でもないですよ。ちょっとした世間話です」
「そうか……? よし、じゃあ今後のことを話すか」
俺がそう答えると、オルグさんは不思議そうにしつつも話を始めようとするが――
「ここで、ですか……?」
「戻りながら話しませんか?」
俺は少し呆れ、レイシアさんが提案する。
「ディーン、もう陽も沈むし、ホームで話をしない?」
「それもそうだな」
ロゼの提案を俺は受け入れる。
「オルグさん、レイシアさん。俺が話をする場所を提供します」
「話をする場所だと?」
「それは何処ですか?」
「まぁ口では説明しづらいので、実際に見せましょう。――『解錠』」
俺はオルグさん達に提案すると『解錠』を唱え、空間を開く。
「お?」
「これは『創造』で創られた空間……?」
流石は上位のSランク冒険者、2人ともこの魔術を知っているようだ。
「それにしてもでけぇな。俺は魔術が使えんからわからんが、こんなでかい空間を創れるのか?」
魔術は自己強化系以外使えない『鬼族』であるオルグさんは、レイシアさんに訊く。
「いえ、こんな巨大な空間が創れるなんて、聞いたこともありません……」
レイシアさんも流石に驚いている。
「まぁ取り敢えず、中に入りましょう。先に言っておきますが、中に入っても体に害はありませんから」
「まぁ、おまえが俺たちを騙す必要もないしな。わかった、入ろう」
「そうですね」
俺がそう言うと2人が頷いたので、彼らを促し中に入る。
「何て広さ……それにあれは――家?」
「そうよ。ディーンが造ったの。私たちの拠点ね。色々な設備があるわよ? 後で案内してあげる」
ロゼとレイシアさんが話しているのを聞きつつ――
「スレイプニル、ゆっくりと休んでくれ。後で食事を持って行くから」
『すまないな、主殿。宜しく頼む』
スレイプニルは厩舎へと歩いていく。
「おい……今……あの馬、喋らなかったか……?」
「あぁ、あいつは神獣なんです。今は俺たちの仲間ですよ」
「そ、そうか……おまえは色々と規格外だな……」
そんな事を話しながら家へと歩いていく。
そして俺たちは家へと入り、リビングで今後のことを話し合うことにする。
「それで、調査の方はどこまで進んでいるんです?」
俺はオルグさんに尋ねた。
「敬語はやめようぜ? 歳もそんなに変わらないし、ランクにしてもおまえの方が上だ。そっちの――ロゼだったか――あんたも敬語はやめてくれよ?」
オルグさん――いや、オルグの言う通り、オルグと俺の年齢は然程変わらないだろう。
オルグは27、8といったところか。
「わかった。それで調査の方は?」
「魔物がいる場所はわかっている。それで調査隊全員を率いて討伐に行こうとした時に、あの巨人族の情報が入ってきたんだ。その後は、おまえも知っての通りだ」
「そうだったのね……」
「ええ、そうだったんです。ディーンさんやロゼが来てくれてなかったら、全滅していたわ。本当にありがとう」
「気にしなくて良いよ。アドルさんにも頼まれていたしな。後、レイシアさんも俺に敬語を使わなくても良いですよ?」
「そう? それじゃあ、そうさせてもらうわね。じゃあ、ディーン君もね?」
「わかった。――それで、魔物のいる場所は何処です?」
「あぁ、『アロウ山脈』だ」
「『アロウ山脈』か……」
『アロウ山脈』は『桜花』と『アーリグリフ』の境に横たわる山脈だ。
山脈自体が1つの『迷路型』の迷宮となっている。
「ここからそれほど遠くはないな。さっそく明日にでも行くか」
「そうね。これ以上被害が増える前に、魔物を排除しましょう」
俺とロゼがそう言うと――
「1つ、頼みがある」
オルグがそう俺に言ってきた。
言いたいことは察することができるが……
「俺も、連れていってくれないか?」
「私も連れていってくれませんか?」
2人がほぼ同時にそう言った。
やっぱりな……
〈どうする、ラグ?〉
『彼らはSランクですから、マスターの助けにはなると思いますよ?』
〈だが、瘴気はどうする?〉
『あのオルグって人は大丈夫だと思うよ? あの巨人族と普通の闘ってたしね。何か精神異常を無効化する物を装備してるんじゃないかな?』
〈レイシアは?〉
『近づかなければ大丈夫でしょう。『ウンディーネ』も魔術が得意ですからね』
〈そうか。なら一緒に来てもらうか。パーティーの最大人数も6人だしな〉
ラグたちとそう話し合い――
「わかった。一緒に行こう」
「本当か?」
「本当に良いの?」
2人が確認をしてくる。
「構わないよ。しばらくの間だが宜しく頼む」
「良いの、ディーン?」
「あぁ、ラグたちとも話した。問題ないよ」
「そう、わかったわ。それじゃあ、食事にしましょう。スレイプニルもお腹を空かせてるわ」
「そうだな」
「ロゼ、私も手伝うわ」
そう言って俺たちはロゼとレイシアが作った食事を食べ、2人のステータスを確認することにした。
「じゃあ、オルグから確認するか」
「おう、わかった」
オルグがステータスウィンドウを可視状態で開く。
Name:オルグ
種族:戦鬼族(転生1回)
称号:鬼族最強の戦士
Lv:121/500
HP:30000/30000
MP:10000/30000
SP:15000/15000
STR:1050/1250
DEX:1000/1250
VIT:1100/1250
AGI:650/750
INT:400/750
WIS:600/1000
スキルスロット:40/100
「流石だな」
オルグは『転生』も済ませているし、レベルも高い。
それに『鬼族』の特徴として、ステータスのバランスも悪くない。
「おう。これでも、最高位の冒険者とか言われてるからな」
「それも納得のできるステータスだ。それじゃあ、次はレイシアの番だな」
「ええ」
Name:レイシア
種族:ウンディーネ・アクエリアス(転生1回)
称号:水精の祝福を受けし者
Lv:90/500
HP:20000/30000
MP:30000/30000
SP:12000/15000
STR:540/750
DEX:800/1000
VIT:648/750
AGI:1000/1250
INT:1200/1250
WIS:1200/1250
スキルスロット:35/100
「…………」
「ど、どうです? 駄目ですか?」
俺が黙り込んだので、レイシアは心配そうに訊いてくる。
「悪くはないよ。レベルも低くはないし、ステータスも低くはない。そもそも『ウンディーネ』は水中戦で本領を発揮する種族だからな」
俺が言ったように、『ウンディーネ』は全種族の中で唯一、魔術の補助なしで水中で行動ができる種族だ。
水中行動を可能にするスキル――種族固有スキル【人魚化】の使用時には、まさしく人魚のような見た目になる。
「装備を整えれば充分闘えるさ」
「良かったです……」
「それじゃあ、今度は装備を確認させてくれ」
俺がそう言うと2人は頷いて、装備ウィンドウを開く。
アイギスの想像通り、オルグは精神異常を無効化するアミュレットを装備していた。
それ以外の装備は2人とも中々に良い物だったが、やはり作り直した方が良いだろう。
「装備は新しく作ろう。幸いレイシアもSTRが500を超えているから、金属鎧を装備できるしな」
「良いのか? そんなことをしてもらって」
「構わないよ。迷宮で死なれても困るしな」
流石に、連れていって死にました――じゃ寝覚めが悪い。
俺にできる範囲でフォローはする。
「そうだな。じゃあ、頼む」
「お願いします」
「わかった。じゃあ、今から作ってくるよ」
俺がそう言って、鍛冶場へ行こうとすると――
「待ってくれ。ディーンのステータスも見せてくれないか? どれほどのものか見てみたい」
「ロゼのも見せて欲しいわ」
2人が俺たちのステータスを確認したい――と言ってきた。
「ん? 別に構わないぞ」
「ええ、良いわよ」
そう言って、俺たちはステータスウィンドウを開く。
Name:ディーン
種族:人族(転生2回)
称号:認められし者
Lv:253/500
HP:35000/40000
MP:35000/40000
SP:17000/20000
STR:1535/2000
DEX:1530/2000
VIT:1545/2000
AGI:1545/2000
INT:1500/2000
WIS:1500/2000
スキルスロット:50/100
Name:ロゼ
種族:ハイダークエルフ(転生1回)
称号:精霊王の寵愛を受けし者
Lv:120/500
HP:29300/30000+5000
MP:29600/30000+5000
SP:15000/15000+5000
STR:615/750+250
DEX:800/1000+250
VIT:711/750+250
AGI:1000/1000+350
INT:1120/1500+250
WIS:1110/1500+250
スキルスロット:30/100
「は?」
「え?」
俺たちのステータスを見た2人が間の抜けた声を上げる。
そして次の瞬間――
「な、何だ、このステータスは!?」
「あり得ないわ!?」
2人が驚きの叫びを上げる。
「やっぱり驚くわよね。ディーンのステータスを見れば……」
ロゼが当然よね――といった感じで言った。
「いや……ロゼのステータスも異常よ……? ディーン君とそれほど変わらないじゃない……」
「い、異常!? そこまで言う!? ……私のは装備の上昇効果が凄いだけよ。ディーンは素で、あの数値よ?」
「おい……ロゼ、俺が異常みたいに言うな……」
「充分、異常だぞ? 何だ、この数値は? それに『転生』2回って……そんなもの、聞いた事ねぇぞ」
「『人族』の特徴だよ。『人族』だけは2回『転生』できるんだ。まぁそこまでレベルを上げるのは、かなり大変だけどな。それじゃあ、俺は鍛冶場に行くぞ? 何かあればロゼに聞いてくれ。ロゼ、2人を風呂に入れてやってくれ」
「わかったわ」
「じゃあ、頼む」
俺はそう言って、『フロ?』と首を傾げている2人に苦笑しながらリビングを出て鍛冶場へと向かった。
「さてと、2人の装備を作るか」
そう呟いて、俺は素材を置いている倉庫に行き、装備に使う素材を持ってくる。
「う~ん、もうあまり素材が残ってなかったな……」
俺は素材を取り、鍛冶場に戻りながら呟いた。
『そうですね。下位金属や希少金属はまだ沢山ありますが、上位希少金属、特に『オリハルコン結晶』の残りは少なかったですね』
「あぁ、そうだな。『オリハルコン結晶』は【採掘】では手に入らないからな……」
ラグに言ったように『オリハルコン結晶』だけは『オリハルコン・ゴーレム』を倒さないと入手できない。
「なぁ、ラグ。この世界にも『金属の洞窟』はあるのか?」
『…………ありますよ……亜人の国『ウェルテス』にあります……』
「なら、近いうちに行かないとな。そこにも精霊王はいるんだろう?」
『はい。『地の精霊王』がおられますよ』
「そうか。わかった」
ラグの様子が少し気になったが、俺は2人の装備を作り始める。
重装備のオルグは金属製の全身鎧と、両手・片手のどちらでも扱うことのできる数少ない武器【槍斧】、さらに金属製のタワーシールドを装備していた。
完全に壁役向きの装備で、本人もそのような闘い方をしていた。
一方のレイシアは金属製の軽装鎧に、【槍】と『ナイトシールドタイプ』の魔導盾を装備していた。
レイシアの装備していた槍は、どちらかと言うと西洋風の槍だ。
「じゃあ、始めるか」
まずはオルグの全身鎧からだ。
『オリハルコン』と『アダマンタイト』の合金で作り、『軽量化』の紋章を刻む。
次は武器だ。
柄は鎧と同じ合金で作り、斧刃と穂先、石突きの鋭い先端は『オリハルコン結晶』で作る。
槍斧には『強化』の紋章を刻んだ。
最後は金属盾だ。
『マスター、オルグさんにも魔導盾を持たせては?』
作り始めようとした時にラグが言ってきた。
「いや、金属盾で良いのさ。金属盾は魔導盾に比べて、物理攻撃の軽減率が高いからな。前線で敵の攻撃を受け止める、オルグのような闘い方をするには向いている。あいつはそのことを良くわかってるよ」
『わかりました。流石はSランクと言ったところですね』
「そうだな」
『私なら物理攻撃も魔術も効かないけどね』
「おまえと比べるなよ……」
そんなことを話した後、金属盾を作り始める。
金属盾は『オリハルコン』と『ダマスカス』の合金で作る。
この合金は魔術を弾く特徴を持つので、魔術攻撃の軽減率を上げてくれるはずだ。
この金属盾にも『強化』と『軽量化』の紋章を刻む。
「これで、オルグの装備は出来たな。次はレイシアのだ」
まずは槍だ。
柄は『オリハルコン結晶』と『セイクリッドミスリル』の合金で作り、穂先は『オリハルコン結晶』製だ。
後で『精霊結晶』を填め込めるように、穂先に近い柄の部分には穴が開いている。
『強化』の紋章を刻み、『精霊結晶』を填め込んで槍が完成した。
次は鎧だ。
軽装鎧はロゼのものと同じく、胸部を守る部分は金属製で、他の部分は俺の外套と同じラグの鋼糸を織り込んだ布製だ。
金属の部分はお馴染の『オリハルコン』と『アダマンタイト』の合金だ。
『強化』の紋章を刻み、軽装鎧が完成した。
「よし、終わったな」
その後、レイシアのローブと、オルグは全身鎧を装備しているから外套やローブを着られないので、金属鎧に留め具で留められるマントを作った。
2人のローブやマントは、俺の外套やロゼのローブと同じ素材で紋章も縫い込んだ。
そうして出来上がった装備をインベントリに放り込み、リビングへと戻る。
かかった時間は3時間ほどか。
リビングへと戻ると――
「あ、戻ってきた」
風呂に入ったのだろう、軽装のロゼが声をかけてきた。
他の2人も風呂に入ったのだろう、ロゼと同様に軽装だ。
レイシアの格好は目に毒だな……
ロゼに刺されないよう、そちらにはあまり目を向けないように――
「2人の装備が出来たぞ。不具合があったら直すから、試しに装備してみてくれ」
俺がそう言うと――
「その前にアレは何だよ? 風呂とか言ったか? 滅茶苦茶気持ち良かったぜ」
「本当に……毎日入りたいわ」
「それは良かった。まぁ迷宮の攻略も1日では終わらないだろうから、また入れるさ。それよりも装備してみてくれ」
俺はインベントリから2人の装備を取り出した。
オルグの装備は灰色がかった銀色で、マントは白だ。
レイシアの方は軽装鎧の金属部は銀だが、他は青系の色で纏めてある。
2人が装備し終わったので――
「どうだ? 何かあったら言ってくれ。色も変えられるぞ?」
「すげぇ……こんなもの貰っても、払える金がないぞ?」
「私も……」
2人が何を勘違いしたのか、そう言ってくる。
「あのなぁ。誰がいつ、金を払えなんて言ったんだ? その装備はやるよ。それで、不具合はないのか?」
俺が呆れたように言うと、ロゼも苦笑しているようだ。
「な!? タダで良いのか……? こんな装備、買おうと思ったらいくらするか……」
「あの……本当に良いの……?」
2人がもう一度訊いてくるが――
「良いから。早く不具合があるか言え。俺も風呂に入りたいんだよ……」
「わ、悪い……不具合なんて無いな。今までの装備より、ずっと動きやすい」
「私の方も無いわ……それに、この槍に填まっているのは『精霊石』?」
「いや、『精霊結晶』だ。槍の素材も魔術と相性が良いから、魔術を使うのにも問題はないはずだ」
「そうなの……凄いわね……」
「じゃあ不具合も無いようだし、俺は風呂に入ってくる。明日、迷宮に行く前に一応装備に慣れておこう」
「道場を使うの?」
「あぁ、このメンバーの連携も確認しておきたいしな」
「わかったわ」
ロゼは朝の訓練がなくなったと思っているのか、ちょっと嬉しそうだ。
だが、そんなはずがない。
「朝の稽古はあるからな、ロゼ。」
俺の言葉で目に見えるほど落ち込んだロゼを残し、俺は風呂へと歩いていった。
そして俺は風呂に入り、自分の部屋でラグとアイギスの手入れをしながらくつろいでいた。
レイシアはロゼの部屋で一緒に寝るそうだ。
俺とロゼのベッドはかなり大きいので、2人くらいなら余裕で寝ることができるだろう。
ちなみに、オルグは空いている部屋でシュラフで寝ている。
あれから色々あって考える暇も無かったが、こうしてゆっくりと休んでいると、どうしてもあの時のことが頭をよぎる。
「ふぅ~」
思わずため息が漏れる。
『マスター、やはりあの巨人族を殺してしまったことを考えているのですか?』
ラグが尋ねてきたので――
「あぁ。やっぱりこうしていると考えてしまうな……」
『あまり気にしても仕方ありませんよ?』
「それは、わかっているつもりなんだがな……どうしても、何とかできたんじゃないか――と思ってしまうんだ……」
『マスタ~にもできないことはあるんだよ?』
「そうだよな……」
いくら俺がこの世界では抜きん出た力を持っているとしても、できないことは確かに存在する。
「全てを救いたいと願うのは、俺の思い上がりなのか……?」
俺がそう呟いた時――
『コンコン』
俺の部屋の扉がノックされた。
「誰だ? こんな時間に……?」
「ディーン、まだ起きてる?」
扉をノックしたのはロゼだったようだ。
「ロゼ? どうしたんだ、こんな時間に?」
「少し話しがしたいの。入っても構わない?」
「あぁ、良いぞ。鍵は開いてるから」
俺がそう言うと、ロゼが扉を開けて入ってきた。
「取り敢えず、座れよ。それで話って何だ?」
俺はロゼに椅子を勧めながら言った。
「ディーン……貴方、まだ昼間のこと気にしてるんじゃないの……?」
「…………」
昼間のことというのは巨人族のことだろう。
「そんなにわかりやすいのか、俺は……?」
「貴方との付き合いもそれなりに長いしね。このくらいはわかるわ。あの2人は気づいてないみたいだけど……」
「そうか……」
「そんなことより、女性を招いておいて飲み物も出さないの?」
「あのなぁ。おまえが勝手に来たんだろ……」
「何か言った?」
「……何でもないよ」
俺はため息を吐きながら、インベントリから以前街で買っていた酒を取り出した。
「これしか無いけど、良いか?」
「ええ、良いわ」
「この前みたいに飲みすぎないでくれよ?」
「わかってるわよ! それで、貴方は何をそんなに気にしてるの?」
「あ、あぁ。本当に殺す以外に方法は無かったのか――と思ってな……」
「そう……でも、ディーンにもできないことだってあるわ……」
「ついさっき、ラグとアイギスにも同じことを言われたよ」
「そうなんだ。でも2人の言う通りよ、気にしすぎるのは良くないわ」
『ロゼさんの言う通りですよ、マスター』
『そうだよ。マスタ~1人で何でもできちゃったら、私たちがいる意味がないよ』
「そうだな……ありがとう、3人とも」
「どういたしまして」
そうして俺とロゼは酒を飲みながら、他愛ない話をした……
『マスター、起きて下さい。マスター!!』
『良いじゃん、ラグ。放っておこうよ。そっちの方が面白いよ』
『そういう訳にはいかないでしょう。起きて下さい、マスター!!』
何か、うるさいな……
「んぁ? もう、朝か……?」
『やっと起きましたか』
『あ~あ、起きちゃった』
「ラグ、アイギス……? どうした、朝っぱらから……」
『どうした――じゃありませんよ。状況をしっかりと把握して下さい』
状況……?
そういや、昨日はロゼと酒を飲んでいて……
それから――
どうなったんだ……?
というか、何で俺は椅子に座って寝てたんだ……?
『ベッドの方を見て下さい、マスター』
ラグの声に従ってベッドの方を見ると……
「ぶっ!? な、何で……?」
何故かロゼが寝ていた。
しかも、上半身には何も身に着けていない。
『マスタ~が脱がせたんだよ? 覚えてないの?』
「は!? 何だと!?」
お、俺が脱がせただと……
『アイギス!! 嘘を言わないように!!』
「な、何だ……アイギスの嘘だったのか……良かったぁ~」
『マスター、落ち着いている場合ではないですよ。取り敢えず、ロゼさんを起こしましょう』
「そ、そうだな」
俺はロゼの方を見ないようにシーツを掛け――
「ロゼ、起きろ。おい、ロゼ」
俺はロゼを揺すりながら声をかける。
「朝だぞ、ロゼ。起きろ」
「…………う~ん……」
「起きてくれ、ロゼ。稽古の時間だぞ」
「う……ん……ディーン……何で……?」
ロゼが目を覚まし、体を起こそうとするが――
「待て待て。そのままじゃ――」
シーツがずり落ちていくので、止めようとするが――
『コンコン』
ノックの音がし――
「ディーン君、起きてる? ロゼが何処にいるか知らない? 起きたら、いなかったんだけど……」
そう言いながらレイシアが部屋に入ってくる。
俺がそっちに目をやった隙に、とうとうシーツがずり落ちる。
レイシアの目が一瞬点になるが――
「あらあら。お邪魔だったみたいね……」
レイシアはそう言って扉を閉める。
俺は振り向くことなく部屋から出ようとするが――
「ちょっと待ちなさい、ディーン。これはどういうことかしら?」
そう言って、ロゼが俺の肩を凄まじい力で掴む。
「い、いや。俺が脱がせた訳じゃないぞ?」
俺はそう言いながらゆっくりと振り向くと、シーツで胸元を隠したロゼが微笑んでいる。
「じゃあ、どういうことなのかしら?」
「ラグ!! ロゼに説明してくれ!!」
『ロゼさん、マスターの言っていることは本当ですよ。酔ったロゼさんがマスターのベッドで眠ってしまったのです。そしてマスターが寝てしまった後に、何故かロゼさんは寝ながら服を脱いでしまったのです。なので今回はマスターは無実ですよ?』
『たぶん暑かったんじゃないの? ロゼお姉ちゃん、結構飲んでたし』
「そ、そうなの? ご、ごめんなさい、ディーン」
「いや、気にしてないよ。それじゃあ、服を着てくれ。オルグたちと訓練をする予定だしな」
「わかったわ。じゃあ、あっち向いてて」
そうして俺とロゼは準備を整え、部屋を出た。
俺たちがそんなことをしている間にレイシアに起こされていたオルグと、俺とロゼが何を言っても『いいから、いいから』と聞く耳を持たないレイシアを連れて、道場へと歩いていった……