オズの魔法使いの弟子
ある世界において
ライオンに勇気が無いのは常識で、
案山子に頭脳が無いのは常識で、
ブリキのきこりに心が無いのは常識で、
彼らが一様に自分に無い物を求めるのも常識で、
どこからか迷い込んできた少女が元の居場所へ帰りたがるのも常識で、
だから、あらゆる願いを叶える大魔法使いオズの存在も常識だった。
彼らの願いを叶える為に、オズは彼らを集め、旅させ、試練を与える。
勇無き獅子に、知恵無き案山子に、心無き鋼の樵に、そして彼らを束ねる異世界の少女に。
長き旅を経て、彼らは絆を手にし、仲間と歩む喜びを手にし、そして自身に無き物を手にする。
それが長い年月の中で完成された『オズのシステム』である。
「おししょーさまー、ごいっこーさまが到着しましたー」
「はい。では、決まり文句で締めてきなさい。その為にお前には大魔道師オズを名乗る栄誉を与えているのですから。」
「はーいでーす」
と、四十三代目オズとなる予定の少女は元気良く部屋から出て行った。
「やれやれ……様子をみますか……」
「ワシが、オズじゃ。」
空に姿無き声が轟く。
「汝らの願いを聞こう。」
途端、地に立つ四つの影にざわめきが生まれる。
「オレは勇気が欲しい!見るのも聞くのも怖いなんて、そんな自分が嫌なんだ!」
「自分は頭脳を!何も考えられず、答えが出せないなんて辛いんです!」
「僕は心を望む!優しさが……人と関わる温かさが欲しい!」
変わらない望み。これまで一度として、これらの望みが変化した事は無い。
「そうか。しかし、ワシは何もしない。いや、何も出来ない。」
「え!?」
「なんで!?」
「どう……し……て?」
動揺。これも変わらない。
「お前達が既に欲しい物を得ているからだ。
勇無き獅子よ。お前はこの城に着く前に襲われた化物に立ち向かったな。
知恵無き案山子よ。お前は化け物を退治するための策を編み出したな。
心無き鋼の樵よ。お前は負傷した獅子と案山子を守ったな。
お前達の望みは共通して仲間を守りたいと言う物だったのだ。
仲間がいるから、獅子は勇気を、案山子は知恵を、鋼の樵は心を手に入れることができた。
お前達の望む物は既にお前達の手の中にある。
胸に手を当て、目を閉じてみよ。」
獅子は、案山子は、樵は、それぞれ目を閉じて考える。
「そして少女よ。お前がいなければ、彼らはこうして纏まる事は無かっただろう。お前の勇気に、知恵に、そして心に触れたから、彼らは欲しい物を得る事が出来たのだ。」
今まで言葉を発さなかった少女が、いきなり自分に声を掛けられた事に驚いて空を見上げた。
「願いを叶えよう。お前を元の世界に返す。ここで得た絆を忘れることなく、この先も生きて行くが良い。」
彼らは別れを惜しみ、しかし涙と共に別れる。
「いつかまた会えると良いね。」
その少女の言葉を最後に、彼らは二度と会う事は無くなる。
それぞれの生きる場所へ帰ってしまうから。
「それでもきっと、心は繋がっている。」
少女は最後にそう言った。
『オズのシステム』を完成させる上で少女の存在は欠かすことのできない重要なファクターとなる。
なぜならば、ライオンに勇気を教えるのも、案山子に知恵を与えるのも、ブリキのきこりに心を伝えるのも、全て異世界からやってくる少女なのだから。
ライオンが勇気を、案山子が知恵を、ブリキのきこりが心を望む時、オズのシステムにより異世界から少女が召喚される。
少女は元の居場所へ戻る事を望み、まずは勇無き獅子に出会う事で願いを叶える大魔法使いオズの存在を知る。
獅子と共にオズの居城を目指す途中、知恵無き案山子と出会い、次いで心無き鋼の樵と出会う。
彼らは力を合わせ、山を越え、川を越え、恐ろしい化け物を超えて行く中で、勇気を、知恵を、心を芽生えさせる。
そうして、一つの『オズのシステム』が完成するのである。
こうして願いを叶えた獅子、案山子、鋼の樵、少女のパーティーの数は既に10000という大きな数字にまで達しているのだった。
「おししょーさまー、大変ですー」
オズの弟子が慌ててオズのいる部屋へ駆け込んでくる。
「どうしました?いつも通りの決まり文句で締めてくれば良いでしょう?」
四十二代目オズはその当然を当然として自身の弟子に告げる。
「『オズのシステム』で最も重要になる、この最後のオズの言葉は伝統としてオズの弟子が行う事になっているのですよ。問題は無いでしょう?あなたもそろそろ魔道師級の実力はあるはずですから。」
「あのーそれは分かるんですけどー」
師匠の言葉に、しかし弟子はさらに困ったように頭を伏せた。
「ちょっと困った事になっちゃったんですよー」
四十二代目オズも訳が分からず首を傾げた。
「実はですねー」
「お前達が既に欲しい物を得ているからだ。
勇無き獅子よ。お前はこの城に着く前に襲われた化物に立ち向かったな。
知恵無き案山子よ。お前は化け物を退治するための策を編み出したな。
心無き鋼の樵よ。お前は負傷した獅子と案山子を守ったな。
お前達の望みは共通して仲間を守りたいと言う物だったのだ。
仲間がいるから、獅子は勇気を、案山子は知恵を、鋼の樵は心を手に入れることができた。
お前達の望む物は既にお前達の手の中にある。
胸に手を当て、目を閉じてみよ。」
ここまでは通例通りだった。
ただ、それぞれの反応が違った。
「詭弁ですね。我々はここに辿り着くために最も合理的な手段を取ってきたに過ぎない。それを回りくどく御託並べるなど……もしかして、本当は願いを叶える事なんて出来ないからそうやって誤魔化しているだけなんじゃないですか?」
まずは案山子がそんな理知的な口調でオズの言葉に反論してきた。
「そうか!そんなのおかしいぞ!ふざけんなよ!ありえねぇ!!俺達がどんだけ苦労したと思ってやがんだ!!さっさと俺達が望む物を寄越しやがれ!!」
次いで獅子が横暴な口調で怒鳴る。
「ああそんな……申し訳ない……僕なんかがオズ様に何かを望むなんて恐れ多い……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……もうしませんもうしませんもうしません……何も言いませんから……ああ……」
鋼の樵は蹲って何事かをブツブツと呟き続けている。
「そういうことだオズ様よぉ。ウダウダと前置きは良いからさっさとアタシを元の世界に帰しな!!ウンザリなんだよ!!」
そして少女は柄が悪かった。
「と、いうわけなんですよーかかしさんは知恵が付き過ぎちゃったみたいでー、ライオンさんは勇気が生き過ぎてなんだか野蛮になっちゃってー、ぶりきのきこりさんは多感な思春期なのかぁナイーブになっちゃってるんですよー」
弟子の言葉を聞き、オズはかつてない事態に弟子と同様に頭を抱えてしまう。
「少女が彼らに影響を与えたのですね。『オズのシステム』のためには必要不可欠な存在ですが、こうなるとデメリットにしかなりませんか……」
と、オズは溜息を吐いた。
「なにより問題なのはー、少女の影響を色濃く受けたせいかー自分たちの欲しかった物を忘れちゃってる感じなんですよねーかかしさんなんて特に賢くなってるのにバカですねー」
そう、弟子の言う通りそれが問題なのだ。
案山子なんて効率を考える事が出来るくらい知恵が付いたというのに、そんな事を言っている。
「言ってることがむちゃくちゃですよねー」
そう無茶苦茶である。
「前代未聞です……こんなこと……」
四十二代目に当たるオズは、露ほども考えなかった事態に頭を抱える。
「何が間違っていたのでしょうか?」
獅子に勇気を、案山子に知恵を、鋼の樵に心を与える少女は完全にアトランダムに選ばれている。
確率論で言うならば、全くありえない可能性ではなかっただろう。
しかし、かつて一万回にも渡って行われてきたこの完成された『オズのシステム』の中でこのような事態は無かった。
そもそもオズはこの『オズのシステム』に殆ど関与しない。
初代オズが完成させたこのシステムは、彼らが各々に欠けた物を望む時、自動的に異世界より少女を召喚し、自動的に試練を与え、自動的にシステムを完成させる。
故に、最後に願いが叶っている事を伝える以外、『オズのシステム』の中でオズが関わることなど無い。いや、それすらも弟子の役割であることから、『オズのシステム』にオズは関わらないのである。
よって、システムにいかなる不備が起こったのか、オズには知る術が無い。
「考えられるのはー、やっぱり少女の存在ですねー」
ふむ……とオズは顎に手を当てて考える。
「柄の悪い少女……知恵の付き過ぎた案山子……勇気の行き過ぎた獅子……心に捕われ過ぎたブリキの樵……これは……」
考えるオズの隣で弟子もウンウンと唸っている。その様子は何も考えれていなさそうではあるのだが。
「そう言えば、その者達はどうしているのです?解決していないのに、ここへ逃げてきたのでしょう?待たせているのですか?」
「あーそれはですねー」
少女は惚けた声音でその様子を語った。
「そういうことだオズ様よぉ。ウダウダと前置きは良いからさっさとアタシを元の世界に帰しな!!ウンザリなんだよ!!」
柄の悪い少女は全知全能とすら評される大魔法使いオズに対しても、全く臆することなく声を荒げた。
「そうですね。それは良い。先の言葉が誤魔化しで無いと言うなら、まずは願いを叶える力そのものを見せて頂きたい。」
次いで案山子が慇懃無礼で尊大な態度で言葉を発した。
「そうだな!証拠を見せろ証拠を!」
それに便乗して獅子が何も考えていないかのような横暴な口調で怒鳴る。
「そ、そんなオズ様に……でも、やっぱり僕は……でも、でも……」
ブリキの樵はそんな輪から外れ、一人城壁のそばで頭を抱えて蹲っていた。
「どうなんだよぉ!」
「どうなんです?」
「どうだってんだぁ!!」
ブリキの樵を除く全員が問い詰める様に、弾劾するかのように姿無きオズに詰め寄る。
「う……うぅ……」
オズは言葉に詰まり、そして……
「五月蠅ぁぁあああい!!!お前ら全員、試練をやり直せぇぇえええ!!!!!」
ブチギレて叫んだ。
「「「「はぁっ!?」」」」
ナイーブなブリキの樵ですら、予想外のオズのブチギレには素っ頓狂な声を洩らした。
その次の瞬間には、理知的な案山子も、横暴な獅子も、繊細なブリキの樵も、柄の悪い少女も、まるで始めから何も無かったかのようにその場から掻き消えた。
「ってわけでー、全員時空の彼方に飛ばしちゃいましたー」
あっけらかんと言い放った我が弟子に、師匠である四十二代目オズは別の理由で頭を抱えた。
それは当然の如く、弟子の仕出かした事の重大さが原因ではなく、まさか自分ですら出来ない時空を超える魔法を弟子が習得していた事に対する驚愕ゆえだった。
弟子が師匠を超える瞬間という物はいつだってアッサリと訪れる物だと、現オズの自分も、自分が師匠を超えた瞬間をしみじみと思い出していた。
「私の師匠もこんな気分だったのですかね……私が、師匠が研究していた魔術の回路を解明した時の、あの師匠の驚いた顔を思い出しますよ。」
だが、今はそんな過去を回想している場合ではない。
「おししょーさまー?」
弟子もどこか不安げながら得意げにオズの表情を覗き込む。
「そうですか。まあ、その行為自体は褒められこそしませんが、しかしよく自分の力で解決しましたね。褒めてあげます。」
「えへへー」
オズが弟子の頭に手を置くと、弟子は気持ち良さそうに目を閉じて少しだけ頬を赤く染めた。どうやら嬉しいようである。
「でも、それなら何も困ってはいないじゃないですか?何を慌てて私の所へ帰って来たのです?」
今更ながら疑問に思った内容を、オズは弟子に問うた。
「いえー大問題ですー。だってぇ、戻し方が分からないですー」
その弟子の言葉に、今度こそオズは困り果てて頭を抱えた。
「おししょーさま、良く蹲るですねー今日はずつーですか?」
弟子が心配したようにオズの頭に触れる。
「って言うと何ですか?時空魔法でぶっ飛ばしたはいいけれど、戻し方が分からないと?」
「はいでーす。おししょーさまー助けてくださーい。」
何も言わず、オズは弟子の頭に拳骨を落とした。
「あいたーっ!?何するですかー?」
先程まで撫でられていたのに急に殴られた事が納得いかないという表情で、弟子が抗議の声を上げる。
「おまけです!今日からまた修行のやり直しですね!時空の狭間に飛ばした四人を無事に戻す事が出来るまで、四十三代目オズの名を名乗る事は許しません!」
「ふえーん。頑張るですー」
涙目になりながらも、弟子はさらに精進することを宣言したのだった。
「まあ良いでしょう。次のパーティーでは上手くやるのですよ?」
「はいです!」
こうして、オズと弟子の日々は続いて行く。
同じく、『オズのシステム』も終わることなく続いて行くのだった。
余談だが、例のパーティーを狭間から取り戻す事が出来たのは、五十五代目オズの弟子だったそうな……
僕は御伽話を捩った作品というものが結構好きでして、一度でいいからこういう作品を書いてみようと思っていました。
それが今回の作品でして、まあそれなりな出来ではないかと思っています。
え?落ちが微妙?気のせいです。
これより良い落ちが思いつくぜ!と言う方、是非ご自分で物語を描いてみてください。
僕は読みに行かせていただきます。
では、ここまで読んでいただきありがとうございました。
評価、感想、アドバイスなどありましたら、一言でも良いので残していただけると嬉しいです。