幼馴染のそんな理由。 (2)-1
世襲制権力など、その村には存在しない。
けれど梓の一族は、代々魔力の強い者を輩出し、権力を維持してきた。それは、村ができた時からだという。ともすれば、二百年の間に一体何代続いたのだろうか。
そもそも、村をつくる以前から、その集落の人々は王宮で権力を握っていた。その力と地位に差はあったが、思想が同じ者のみが集った。
そうして、安泰が築かれていたのだ。
防護魔法が強力でなければ、村は中央から距離を置くことが困難であった。ゆえに、村は魔力の強さを維持することに固執する。
結果、魔力の強い者が権力を持ち、維持を目的とする政略結婚が横行することとなった。
梓の家も例に漏れず、両親は魔力の強さによって結婚し、子をなした。それが梓である。
現在、直系は梓しかいない。だが、父に妾がいるため、異母兄弟は二人ほどいた。
梓の立場は不安定なものだった。
直系ではあるものの、能力第一であるため、血筋ではなく魔力の強さがものをいうのだ。だから、直系ではない梓の異母兄も十分当主になる可能性を持っていた。
ことが覆ったのは、梓が魔力を発現した頃。
彼は、魔力の発現が早く、幼いながらにして村に住む一般の大人程度の魔力を秘めていることが発覚したのだ。
それまで、当主の可能性を持っていたがために異母兄には家庭教師がつけられ、学び舎ではなく、成長してなおも家庭教師による英才教育がなされるはずだった。
ところが、異母兄の能力を幼くして超えた梓に当主の座がほぼ決定。こうして、幼い梓に家庭教師がつけられ、彼は学び舎へ通うことなく自宅にて教育を受けることとなった。
大人たちが異母兄から家庭教師を外すことにしたのは、当主となる梓の片腕として自覚させ、異母兄自身に当主となる考えを失わせるためであった。梓のすぐ下の異母弟は幸いにして梓の魔力を凌ぐことがなかったため、彼は梓を「梓様」と呼んで慕っていた。
――では、異母兄は?
彼は、梓にいつだって哀れむような顔を見せた。そうして、「梓サマ」と呼んだ。
異母兄の心の底にある想いはなんだったのか――それを梓が知るのは、異母弟が学び舎へ通う年齢に成長してからのこと。
*** *** ***
異母兄にのみ家庭教師がつけられ、梓と異母弟は遊ぶことが仕事だった過去は、講義を終えた異母兄が二人の遊び相手になってくれた。当時、梓は異母兄を好ましく思っていた。血のつながった父よりも家族の情を抱くくらいに。
ところが、異母兄弟たちが学び舎へ通い、梓のみ自宅学習となってからは、その関係も絶える。
仕方のないことかもしれない。
異母兄弟たちは外の世界で新たな交友関係を築いているのだ。それまで梓と共にあった時間は、他の人との時間にかわってしまっただけのこと。そう梓は思っていた。
――彼らの梓を見る目が変わったとは、思うこともなく。
そんな異母兄弟たちと唯一時間を共にできるのが、夕食会だった。
長きに亘り権力を維持してきたその一族は、魔力と一族の継続を強固にするため、夕食時には直系をはじめ、妾や異母兄弟たちも一室に集め、皆で食事をしていた。
大きな卓の上座にいる父。その傍に、直系筋が座り、他は階層を踏んで下座にあることが決まっている。したがって、梓は父の傍であり、異母兄弟たちは下座にいた。
子どもたちの日課は、当主である父にその日あったことの報告である。義務付けられているそれに、梓はいつだって疲れを感じ――苦痛をも抱えた。
梓たちの父は、笑みを見せることのない厳格な人だった。梓と同じ灰茶の髪はまっすぐで、人柄を表すかのように後ろへ撫でつけられている。吊り気味の目尻、温かさを感じさせない灰色の瞳。そして、いつだって一族の中で絶対的な力を持つ、低い声。
その声で、今日も彼は子どもたちに報告をするよう告げる。
一番先に答えるのは、妾腹の異母兄である。
「勉学においては問題ありません。学び舎の中でも優れた魔力を持つ友人たちと切磋琢磨し、楽しくやっています」
魔力は梓に及ばないまでも、優秀な異母兄の答えは模範解答だった。
父は満足そうに頷き、温度の感じさせない瞳を異母弟にやる。
「僕も兄さんを見習って、友達と授業が終わった後魔法の練習をしています。今日は防護魔法の練習をしました」
視線を泳がせながら答える息子に、父はただ「そうか」とだけ答えた。
そうして、梓の番になった。
視線は、次期当主有力候補ゆえに一族皆から向けられる。
梓はわずかに睫毛を伏せ、静かに言葉を紡いだ。
「……今日も滞りはありません」
なにが、とは言う必要もない。彼は家から出ることがないのだから。そして報告できることといえば、家庭教師による講義についてのみなのだ。
代わり映えのしない答え。使い古されたその言葉の意味を、一族の誰もが暗黙の了解で知っていた。
*** *** ***
夕食会は、父が席を立つことで解散となる。
この日も父が自室へと戻り、各々が腰をあげた。
梓と異母兄弟たちも自室へと歩を進める。
部屋までの道のりは、彼らと同じであった。
廊下の分岐する場所につくと、三人は足を止める。普段ならば、そこで「おやすみなさい」という挨拶を交わすだけだが、その日は常とは異なっていた。
異母兄は、梓へと向き直ると、目を細めて言う。
「――梓サマは、お可哀想ですね。一人ぼっちだ」
その顔は、哀れんでいた。けれど、瞳は嫉妬と憎悪が宿っていることが見てとれる。
梓が見透かすかのような透き通る紫の瞳で異母兄を見つめれば、彼は眉間に皺を寄せ視線を逸らした。
「そうかな、僕はうらやましいなぁ」
話を遮るように口を挟んだのは異母弟だ。彼は、溜息をつき、眉尻を下げる。
「僕、本当は今日、友達と喧嘩しちゃったから、明日学び舎へ行きたくないんです」
口尻を下げて言う彼に、梓は心の中で「知ってるよ」と呟いた。
梓は、知っていた。
父に報告はしていないけれど。
家庭教師の講義が終わると、同世代の子どもたちが集まる学び舎を覗きに行っていたのだ。しかし、いつだって家庭教師の講義が終わるのが遅いため、梓が学び舎へ行っても、そこに残っている生徒は少なかった。見つけたとしても、既に輪ができており、梓が介入できる雰囲気ではない。
――友達が、ほしかった。だから、学び舎へ行った。それでも、友達をつくることは梓にとって容易ではなかった。
話しかけるきっかけも、梓には思いつかないのだ。昔遊んだ異母兄弟たちとは、既に関係が決まっていたから、新しい人間関係を構築することについて梓は初心者といえる。
――梓の欲しいものを、異母兄弟たちは持っていた。
――異母兄の欲しいものを、梓は持っていた。
こうして、梓と異母兄弟たちの関係は更なる隔たりを生んでいた。
*** *** ***
翌日、耳にした家庭教師の噂話に梓は唇をかむ。
『今日は異母弟君は学び舎をお休みなさったようですよ。ご学友と喧嘩なさったそうです。成長されたと思っていたのですけれど……まだまだ子どもでらっしゃる』
それに比べ、梓様は――と続く家庭教師の絶賛。だが、続く言葉は梓の耳に入ってくることはなかった。
異母弟の話が、梓の心に深く突き刺さっていた。
心を悟られないよう、ぐっ、と拳を握り憤る思いを落ち着かせる。
自分より年若い少年を、我が侭だと思った。自分は学び舎へ行きたくても行けない。行かせてもらえない。
権力を維持する跡とりとなるため、英才教育を受けねばならない。
(友達と喧嘩したから行けない?)
梓は顔を歪め、俯く。
「……俺は、喧嘩をする相手すらいないのに」
紡がれた言葉は、家庭教師に聞こえることはなかった。
家庭教師の講義を終えると、梓はいつも通り学び舎へと向かう。
いつもと変わらぬ、なんの変哲もない日だった。
友達を求めて学び舎に向かっているにもかかわらず、梓は心のどこかで諦めていた。昨日も今日も同じように、明日も同じ日が待っていると。友達という存在は、別の世界の存在のような、そんな気すらがしていた。
だがその日、梓は椿と出逢うこととなる――。




