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2.写字生、事故る。



 ――それは、昨日の仕事帰りでのことだった。




 軽度――※ とめどなく軽度――の対人恐怖症である椿は寮に住むことを拒み、王都の端っこの賃貸一軒家に一人で住んでいる。

 一軒家といえば聞こえはいいが、部屋は庖廚、厠、浴室、私室の計四部屋のみである。

 それでも(我が家は天国だ)と椿は思っている。住めば都、とはこのことだ。



 仕事が終わった夕刻。

 椿は帰り支度を終えると、箒に跨った。

 魔力は弱いが、椿も一応魔法が使えるのだ。

 馬車通勤は費用がかさむため、王宮から家までの往復はほうき通勤している。


 いつものごとく、椿は低速低空飛行で家へと向かう。

 途中、追いかけっこをする子どもたちに追い抜かれるが、もはやいつものことだから、気にすることもない。

「姉ちゃん、おせぇー」

「魔法使いならもっと上空とべよ。オレの目線と姉ちゃんの目線、かわんないじゃん」

 からかってくる少年二人に椿は顔を向けた。

「よく考えてみなさい、あんたたち。みんながみんな上空飛んでたら危ないったらないじゃない。事故が起こる度に空から人が降ってくんのよ? 事故にあった二人だけじゃなくて、あんたたちの命も危ない。ね? だから安全を心がけてるわけよ、私は」

 ちなみに、適当な言い訳だったりするが、少年二人は口を噤み、静かにうなずいて去っていった。


 そうして、椿が近道である森を通った時だった。

 突如、豪雨が襲う。

「ちょっ! 制服が濡れるぅぅぅ」と慌てた椿は速度をあげた。

 一刻も早く、家に帰らねばならなかった。貧乏で王宮でも底辺な椿は制服を一着しか持っていないのだ。明日は公休日だが、すぐ帰って乾かさねば明後日までに乾くか微妙だ。

 箒に跨るために痛むお尻に気づかぬふりをして、ひたすら帰路を急ぐ。

 やがて近づく、小さな小さな我が家。

 雨で視界は遮られているが、いつもの道ゆえに椿にでもわかった。


 だがしかし。

 運命の悪戯か。


 ドッッ!! という、鈍い衝撃が椿と箒を襲った。

「ぎゃぁぁぁっ」と悲鳴をあげながら、椿と箒は地面に落ち、滑る。水と混ざった泥が、いい具合の滑り具合をつくってくれた。もちろん、求めてはいないが。

 やわらかい地面のおかげで、幸い怪我はない。しかし制服は泥でまみれた。

「いや――――っ! 洗濯専門家に頼まなくちゃいけなくなったじゃない!」

 喚く椿は、視界にあるものを捉えた。

 後に、捉えなければよかった!! と激しく後悔するわけだが、捉えてしまった。

 椿はソレに四つんばいで歩み寄る。

「え、まさか」

 次第に血の気がひいていく、顔。

(まさかまさかまさか!! さっきの衝撃はこれ!? 私がひいたのっっ!?)

 椿の目の前には、犬……耳のある人が倒れていた。

 これが慌てずにいられるだろうか。

 立派な――人(仮)身事故。

 いったいどこにど突いたかで、命の危険性もかわってくるだろう。

 空から降り注ぐ大粒の雨。

(このままじゃ、危ない)

 体温が失われていく犬耳の人物の上体を必死で抱え、箒を腹部にねじりこむ。

 弱い魔力を駆使して、椿は犬耳の人物を家まで運ぶことにした。


 走る娘と箒にだらりと二つ折状態で乗っかる犬耳人間。

 その光景は、実に非現実を思わせるものだった。




***   ***   ***




 それが、昨日の出来事である。


 現在の椿は、長椅子の隣で頭を抱えて蹲っていた。

(なんでどうしてこうなった! 私はなにゆえコレを拾ったのか!!)

 涙目で”コレ”、こと長椅子に座る犬耳人間を見やった。

 犬耳人間――は犬耳犬尻尾を持つ青年だった。しかも、見た者を呆気にとらせる美貌を持つ、青年。

 彼は、黄金色の髪を揺らしてポン、と椿の肩に手をのせた。

「椿、元気を出してください」

 そう言った犬耳人間こと犬耳青年。

 無理な話だ。




 昨日、椿が青年を拾った時、彼はうつぶせに倒れていた。ゆえに、泥にまみれて顔立ちはおろか性別を判断しかねたのだ。

 そうして家まで運んだわけだが、とりあえず浴室に運び、泥を落とそうとした。

 その時。

 彼は目をさました。

 その後は箒でど突かれたのであろう腰をさすりながら、自発的に水を浴びたわけだが……。

 浴室から出てきた青年に、椿は驚いた。

 犬耳だけではなく、尻尾もあったから!

 ではなく。いや、それもあったわけだが。

 とにかく。

 ――彼の正体を、椿は知っていたからだ。

 第二王子 フローライト殿下。

 黄金の髪と灰青色の瞳。神の祝福を受けた美貌。王宮魔術師。けれど、怠惰な性格であるために、窓際。

 有名だった。ある意味、とめどなく。

 気づいた椿は真っ先に平伏した。

 よく物語にあるが、不遜な態度の高位身分の青年に、その行いを正し気にいられる、という素敵設定。

 そんな行い、椿にはできっこない。

(無理無理無理。権力は嫌いだけど、権力に跪く! それが私!)

 自慢でもなんでもないビビリ発言を心の中で豪語しながら、土下座したのはいい思い出。




「殿下……私、魔力貧弱なので、本の修理くらいしかできないわけで……怪我しててもなにもできないわけで……」

 我が家の床に両手をついて懇願する椿。

「怪我は気にしないでください。そうですね、謝罪のかわりに名前で呼んでください」

 そう言って、無表情のくせに尻尾を振る殿下。

(気持ちが尻尾に出てますけど?)と言えない椿は般若の形相で首を横に振る。

「むむむ無理です無理です! すみませんんん!! あああ、私、損害賠償も精神的苦痛に伴う費用も用意できない貧乏人なんですぅぅぅ! どうか……どうか出世払いで!! 出世できるかわからないけど……いやいや、努力はしてみますから! なにとぞひとまず王宮にお帰りくださいぃぃぃ」

 ひらすら土下座を繰り返す。

「お金には困ってません」

 無感情な殿下の声。

「そ、そうですか。では、王宮に……」

「いたたたた……昨日の傷が疼き……あいたたた。安静にしなければ……」

 殿下は急に腰をおさえて痛がる。

(どうしてくれよう、この御仁)

 椿は下唇を噛みしめながら、項垂れた。



 こうして、フローライト殿下の居候生活ははじまったのである。




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