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写字生と犬(仮)。  作者: えんとつ そーじ
本編完結後番外編
19/25

幼馴染のそんな理由。 (1)


 一面緑の草原に、二人はいた。

 二人は一つの小石を取り囲むように、地面に腰をおろしている。

 腰まで届く黒髪のおさげに瓶底メガネをかけた少女は、小石の上空に両手をかざす。

 その正面で、彼女を慈しむように見守る灰茶の髪の少年は、ただただ願う。

 そうして、少女は小石に魔力を送った。

 数拍の沈黙。――また失敗か、と思った時。

 小石がふわりと宙に浮く。

 ――それは、少女が生まれて初めて魔法を成功させた瞬間だった。

 浮いた時間は短く、浮上した距離もわずか。しかも対象は小石である。人を浮かせる飛行魔法を成功させる道のりはまだまだ遠いのは、火を見るより明らかだ。

 それでも、かつてに比べれば遥かなる進歩だった。

 魔法を解除させた少女が、呆然と少年を仰ぎ見る。

 少年は満面の笑みを浮かべて少女の手をとった。

「椿、おめでとう! 魔法、成功したんだよ! やったね!」

 破顔して喜ぶ少年に、少女は確認するように問うた。

「……私、できた?」

 少年が大きく頷くと、少女はようやく実感できたのか、泣きそうに顔を歪めて笑んだ。

 少女を温かい眼差しで見つめる少年は、思い出したように自身の懐に手を入れる。そうして取り出したのは、一つの飴玉が入った包みだ。

「椿、お祝いに」

 包みを差し出す少年に、少女は戸惑う。

「え、でも、梓のでしょう?」

 少年は苦笑した。

「もらってくれると嬉しいな。おいしいよ、たべてみて」

 その言葉に、椿は小さく頷いて包みを受け取った。

 包みを開き、飴を取り出す。

 琥珀色をした飴玉を口に含むと、少しずつ甘さが溶け出し、優しい味が広がる。

 権力者の嫡男である梓には馴染みの菓子だが、裕福ではない椿は滅多に口にできないものだった。

「おいしい! ありがとう、梓」

 喜色満面で笑った少女に、少年の顔は自然と綻んだ。




***   ***   ***




「……なんだ、夢か」

 梓は窓から射し込む日光を肌で感じながら、呟く。

 夢は、過去の梓と椿の思い出だった。とても懐かしく、大切な思い出。

 あの出来事で、梓は椿が甘いものが好きだと知り、以降、彼女にたびたびご褒美と称してはお菓子を一緒に食べていた。物で釣る、というよりも、甘いものを食べている時に溢す椿の笑みが何よりも好きだったのだ。

 見慣れない天井を眺め、眠気ゆえに朦朧とする意識の浮上を待つ。

 愛おしいほど大切な幼い頃の思い出に懐かしみはするが、決してあの頃に戻りたい、とは思わなかった。確かに、あの頃の方が椿は梓に好意を抱いていたかもしれない。――それでも。

 梓は目を細め、それから体を起こす。

 彼が今寝ているのは寝台ではなく、床に敷かれた布団の上である。小さな椿の家に三人分の寝台を置くことは不可能であるため、三人そろって床に寝ることとなったのだ。

 配置は、梓とフローが二人並び、彼らの頭側に横たわる椿、となっている。しかし、椿と犬耳犬尻尾のついた男性陣の間には衝立ついたてという隔たりがある。節約家な椿は、初期、衝立もなにもなく布団を並べていたが、フローと梓が椿よりも早起きをし、寝顔を見つめていたり、果てはおはようの口付けを額やら頬にしていたことが発覚したからだ。

 それが衝立設置のきっかけになったわけだが……衝立が用意できるまで、椿が背負う種の大きな籠をかぶって眠っていたのは軽い悪夢だった。




 朝の支度を一通り終わらせた梓は厨房へ向かった。

 こっそり覗けば、椿とフローが朝食を作る後姿がそこにある。

 二人だけで共同作業をするのがおもしろくなく、手伝いを申し出れば、「人手ありすぎると邪魔」と単刀直入なる拒絶を受けたのはまだ最近の話。しゅん、と尻尾を垂らした先日を思い出し、梓は大人しく卓についた。

 料理の匂いを敏感に感じとり、またもや厨房へと視線をやると、椿とフローが料理を盛り付けた皿を運んでくる。一枚の皿に数種類の惣菜と主食が乗るそれは、村では一種の特権階級だった梓には馴染みのない朝食である。

 そうして皆が席につくと、天の恵みに感謝し、それから料理に手をつけるのが常になっている。

 どうでもいい情報だが、この食費は梓とフローが負担している。彼らは他に、生活費を全般的に背負っているのだ。他方、椿は借家の家賃の支払い担当である。

 生活費も家賃も金額はそこまで大差ない。また、梓とフローは自分らが家賃も負担すると主張したが、頑として椿はそれに頷かなかった。……おそらく、彼女はいまだにいつか梓とフローを追い出そうと目論んでいるのだろう。

(……諦めが悪いなぁ)と嘆息する梓に、眉間に皺を寄せた椿から「なに?」と訝る視線が向けられた。

 梓は正直に言えば椿が怒ることを予想し、返答を逡巡する。

 そうして尻尾を振りながら「一緒に王宮まで行きたいな」と口にすれば、椿は苦いものでも食べてしまったかのように顔を歪ませ、即座に「嫌」と却下した。

 心内が反映するために垂れる尻尾。けれど、椿は罪悪感など持ち合わせていないかのようにもくもくと食事を進めた。

 余談だが、梓がフローをちらりと見ると、彼はほくそ笑んでいた。

(……椿、冷たい)

 唇を尖らせれば、「成人男子がやってもねぇ」という一刀両断で椿がぶった切る。

 もはや、梓はフローに視線をやることはしない。反応がいわずもがなだからだ。朝から血圧をあげるのはよろしくない。

 さらに落ち込む梓の犬尻尾であるが――本当は、彼は、心の片隅で安堵もしていた。

 それは、かつての椿を梓は危惧していたから。

 思い出の中の彼女は、誰かを想って行動することが多かった。魔法の特訓をはじめたのも、両親が喜んでくれたら嬉しいから、両親を悲しませたくないから、と椿は話していた。つまり魔法の上達は、直接椿に喜びをもたらすものではなく、両親を通じて椿が喜びを感じる、ということだ。だから――彼女は、自分の身を削ることも厭わなかった。

 梓の脳裏に、出逢った当時の椿の姿が浮かぶ。大木から飛び降り、血まみれになって倒れる少女。

 彼女を見ていると、不安に駆られた。どこか儚く見えたのだ。

 ゆえに梓は、今の私利私欲を重視させる椿を見て嬉しく思った。たとえ、椿が自我を確立し、梓から距離を置こうとしたとしても。嬉しいと、想った――。

 きっと、梓の心を誰も知らない。村にいる家族も、フローも、椿でさえも。




***   ***   ***




 出勤の頃、玄関扉の前には箒に跨る椿がいる。

 そんな彼女を見送るのは、フローと梓である。

「今日もがんばってください。帰りは腕によりをかけた夕食を用意するので、寄り道せずに帰ってきてくださいね。安全運転第一で――いってらっしゃい」

 隣に並ぶフローの言葉に、(……新妻?)と思う梓だが、そこはあえて流し、自分も見送りの言葉を紡ぐ。

「いってらっしゃい、椿。今日も一緒にがんばろうね。なにかあったらすぐに俺のところに言いにくるんだよ?」

 梓とフローの余計な言葉に返答はせず、椿は「いってきます」とだけ告げ、行ってしまった。

 椿の姿が視界に捉えられなくなると、梓も箒に跨る。

 本当は、仲良く二人で出勤したいが、椿が拒否したためできない。途中で追いついたふりをしようものなら、今後、椿は梓が出勤してから家を出るようになるだろう。

 それだけは避けたかった。梓のいない見送りの場で、フローが椿になるをするかわからない。

 だから、我慢、である。

「じゃあ俺も行くね」

「……いってらっしゃい」

 フローの犬尻尾の毛が梓を威嚇するように逆立っているが、梓は無邪気に笑んだ。


 今の梓は――以前の状況と比べれば、焦りなどなかった。




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