7.写字生のそんな理由。 (4)
椿の日常がさらなる変化をみせたのは、初潮を迎えた年のこと。
初潮を迎えた翌日から、椿の行動は制限され、彼女の世界は一室の部屋のみとなった。
――軟禁場所は、椿の部屋。
厠へ行くのも、水を浴びるにも部屋の扉を守る家族の許可が必要だった。
所々崩れた白い壁、部屋にあった窓は外から木で塞がれ、外界とつながるものは扉ただひとつとなった。
外の様子も伺えないために、切り取られた時間を過ごすかのような感覚に陥る。
机と寝台だけが備わる部屋で、娯楽といえば、あらかじめ用意されていた本だけだ。
しかし、両親も魔力が弱かったために貧しく、椿は学び舎の教本以外、買い与えてもらった記憶はない。では、この用意された本は、どうやって手に入れたものなのだろうか?
その答えを知るのは、そう遠くない日のこと。
*** *** ***
その日も、椿は本を読んで過ごす。
寝るか、本を読むか、しかすることがないのだ。
扉が叩かれ、椿が返事をすると、それは開かれた。
そこにいたのは、食事を持った両親。
日中だろう頃合にもかかわらず、なぜか二人は頻繁に椿のもとへ現れるようになった。
優しい両親に不信感を抱くのは、はじめてだった。
しかし、椿は訊かずにはいられない。
「仕事は? 畑仕事、一日でも休むと大変だよね?」
かつて、そうした理由で休みなく働いていたのだ。疑問に思わないはずがない。
すると、両親はにっこりと笑った。その笑みが、なぜか紛い物に見える。
「もう、野良仕事をしなくてもよくなったんだ。椿、今まで苦労をかけたな」
父が椿の頭をなでる。
その手は、椿の記憶にあるものよりもふくよかだった。
「やっと幸せになれるのよ。よかったわね、椿」
椿の手を両手で握った母のそれは、なぜかあかぎれ一つなかった。
覚える違和感。
そうして、いまさらながら気づく。
用意された本が、すべて高価な品であること。
椿に用意された服が、真新しいものであること。
両親の服も、そうであること。
食事が、豪華になったこと。
以前よりも体格がふくよかになった両親。
(どうして今まで気づかなかったの)
――大きな変化に、なぜ気づくことができなかったのか。
その答えは、当時の椿が深く考えることはなかったからだ。
『きっと、初潮を迎えた女の子の掟だから』
『多分、慣わしだから』
そう認識して、考えることをこれまで放棄していたのだ。
「――お父さん、お母さん、どうして? 幸せになれるって……私、十分幸せだよ?」
反駁すると、両親は口を噤み、二人で視線を交わす。
そして、父が溜息をついた。
「椿、それは、小さな幸せだ。父さんと母さん、それに椿は、もっと大きな幸せを手に入れたんだよ」
言葉の意味がわからず眉根を寄せると、母が言葉をついだ。
「まだ椿が幼かったから言わなかったけれど……もういいわよね」
そう独りごちると、母は椿に話し始めた。
いわく。
集落では、魔力の強弱が将来のあり方を定めた。
魔力の強い男は、婚姻の際、魔力の強い女を正妻としなければならない。たとえ魔力の弱い女を望んだとしても、妾に囲うしか共にいるすべはなかった。
一方、魔力の弱い男は、魔力の強い男の正妻に囲われるか、もしくは魔力の弱い女と結婚し、農作業に勤しまねばならない。
――魔力の弱い者は、男女問わず囲われるか、農業でしか生きていくことしか選択肢はない。
力がすべてなのだ。
防衛を得意とする魔術師の血を残すため、集落内での婚姻は当たり前とされ、集落から離れることはできるが、部外者が集落に入ることは固く禁じられていた。ゆえに、余所者との婚姻は、集落で暮らすことを望む限り不可能である。
だが、集落を出ていく者はほぼいなかった。
強き者は、集落に誇りを持っているから。
弱き者は、外の世界を知らないから。
閉鎖的な社会の中で、循環は繰り返された。
椿は己の将来を悟り、体を震わせる。
急に贅沢になった生活。軟禁状態の今。
つまり――。
「私……誰かの妾になるの?」
蒼褪めた顔を両親に向けているのに、二人はただ微笑んで頷く。
「その方からの援助だ。これでもう、野良仕事も節約もしなくていい。遊んで暮らせる。よかったな、椿」
椿は二人の笑みを歪だと、思った。
(こんな二人、知らない)
贅沢が、すべてを変えたのだろうか。
軽蔑の感情が生まれる。
二人がこれまで苦労してきたことは知っている。知っているけれど。
変わってしまった二人を、尊敬も敬愛もすることができない。
その時、ふと梓を思い出した。
いつも、椿を助けてくれた、救世主のような存在。
時間の感覚が薄れてしまったが、椿が梓と逢えなくなってから、およそひと月ほどが経っているだろう。
急激な生活の変化で自分のことにいっぱいいっぱいになっていた。
申し訳なさを抱きつつ、両親に問う。
「梓は……? 梓は、どうしてる? 学び舎の帰りに、いつも一緒だったの。彼は、私のたった一人の友達なの」
言うと、父が眉を上げた。
「ああ、そうだったな。逢わせてあげるから安心しなさい」
拒否されると思っていたがゆえに、椿は目を丸くした。
わけがわからなかった。
けれど、当時の椿は、考えることを知らなかった。
――数日後。
梓は椿の部屋を訪れた。




