あーあ、くっついちゃった……かたくなっちゃった……
認識外からの飛び道具には『矢避けの加護』は効果を発揮できない。そのためヴィルトは飛び道具は必ず視界に捉えるようにしていた。
(見えない、弾!)
ヴィルトは自分を襲った攻撃の正体を悟る。
体勢をすぐに整え、正面に赤谷を見据える。
(衝撃力はあるけど、別にだからどうって話でもない。肩に当たったみたいだけど、血が出てないし、痛みも大したことない)
不意打ちでもらった攻撃でひどくよろめいたが、”見えない弾”にはさほどの攻撃力がないとヴィルトは判断する。
所詮は質量のほとんどない空気を固めて放っただけだ。高速でぶつけられれば、衝撃こそ感じるが、人体に十分なダメージを与えるには至らない。レベルアップによって超人化している探索者ならばなおさらだ。
(『かたくなる』+『筋力で飛ばす』では決定打にならない。やっぱり、十分な攻撃力を叩き込まないと)
赤谷は空気を固めて放つ攻撃を牽制技として用途を定め、あくまで本命の攻撃を別に届かせる必要があると考えた。
(走って、近づかないと)
撃ち合いの性能は明らかにアイザイア・ヴィルトが上であった。距離が空いている限り、撃ち合いという状況は続き、やがて赤谷は決定的なダメージを受けてしまうだろう。
「いつまで避けられるのかな」
とろとろと走ってむかってくる赤谷へコインが弾かれる。敏捷ステータス0の赤谷の動きは、ヴィルトには亀のようにノロマに見える。
ふたりの距離は6m。最接近される前に、少なくとも7発のコインを撃ち出す余裕が、天才アイザイア・ヴィルトにはあった。
1発目。赤谷は流麗な動きでかわす。
加速による回避ではない、あたかも攻撃の来る場所がわかっていたかのようなかわし方である。それは『第六感』によって可能になる動きだ。
2発目を放とうとし、ヴィルトは身を翻して回避する。
注意して観察すれば、固められた空気の弾に気づくことができた。
空気が固まっている以上、その境界線には光の反射に”差”ができる。ヴィルトの優れた知覚は、光の屈折率によって微妙に浮かび上がる輪郭を認識することができた。
見えていれば、空気の弾にも当たることはない。
(注意力を見えない弾へ裂いてしまうけど、喰らって体勢を崩して隙を晒すよりかはマシかな。赤谷が近接戦で私に勝てるつもりなのかは知らないけど、わざわざ付き合う必要ない。距離とって塩漬けにしちゃおう)
ヴィルトのマインドは赤谷にとって致命的だ。
赤谷はコインを回避できる回数が限られており、残るは2つ目の『第六感』を用いる1回だけしか回避手段が残されていないというのに。
ここで無限に逃げられながら、間合いを保ってコインを撃たれ続けては手も足も出ず終わってしまう。
後ろ歩きで距離をとり、赤谷の手元から放たれる見えない弾に注意しながら、近づいてくるノロマにコインを撃ち込む。ヴィルトにとっては簡単なお仕事だった。
そのはずだった。
突然、ヴィルトの視界がひっくりかえった。
見えない弾に注意していたはずなのに、それを喰らってしまったのだと自覚した。どうして。ヴィルトは疑問をいだく。
赤谷はそのさまを得意なキモい笑顔で眺めながら、間合いを詰めていく。
彼は走り出すまえ、すでに布石を撃っていた。
手元の空気を触りながら『かたくなる』で数発の空気弾を作っておき、『筋力で飛ばす』をかけながら、さらに『とどめる』を使っていたのだ。
これにより赤谷の手元からしか放たれないと思われていた”見えない弾”は時間差で別の射出地点から放たれる。スキルコントロールを身につけ任意のタイミングでスキルを解除することができるようになった赤谷が思いついた、小賢しい策のひとつである。
恐るべきは『とどめる』によって放たれた”見えない弾”は威力が増しているということだ。蓄積した運動エネルギーの解放により、たとえ質量がさほどない空気だろうとも喰らえば、人体を吹っ飛ばす程度には強力になっている。
『かたくなる』+『筋力で飛ばす』では威力は不十分。
『かたくなる』+『筋力で飛ばす』+『とどめる』ならば効果ありだ。
ヴィルトは状況を正確に把握できない。
その場でおおきくよろめき、コインを取り落とす。
「赤谷のくせに」
わからせる必要がある。ヴィルトは腰のコインホルダーへ手を伸ばし、今度こそ近づいてくる赤谷を撃ち殺さんとする。
今度の衝撃は後頭部からだった。
強烈な痛みがヴィルトを襲い、前へよろめかせる。
彼女を襲ったのは錆びついた鉄球であった。赤谷は最初に放った鉄球を『引きよせる』で戻しながら、ヴィルトを背後から撃てるようにスキルコントロールで射線を調整していたのだ。
たびかさなる謎の能力による謎な攻撃の応酬。
(赤谷……っ、もしかして、君は、強いの……!?)
鉄球で頭を打たれ揺れる脳で、ヴィルトは目の前の少年の評価を改める。
もう彼は目前まで迫っている。見えない弾を正面から命中させられたり、後頭部を鉄球で殴られている間に、接近を許してしまった。
「いいよ、かかってきなよ、赤谷。正々堂々、拳で決着つけよ」
「賛成だ」
赤谷は気合いをこめて拳を振りかぶる。
だが、敏捷ステータスの差は決定的だ。さらには赤谷はなんらかの体術スキルを納めているわけでもない。素人臭い動きだ。近接戦でヴィルトに勝てるわけがなかった。
ヴィルトは「期待して損した」と吐き捨て、つまらなそうに回避し、カウンターで肝臓を破壊しようと短い左フックでボディーブローを放った。しっかりと視線は上を向かせてフェイントも入れている。完璧な反撃だ。
拳が脇腹に突き刺さる。衝撃が波紋のように皮膚を波うたたせる。
耐え難い痛みが赤谷を襲った。口から血を吐き出し、膝から崩れ落ちそうになる。だが、寸前のところで堪えている。瞳はまだ死んでいない。まだ戦うつもりなのだ。
(私のボディーを耐えた……)
(痛えええええええええ!!?)
赤谷は『かたくなる』を再解釈し、”硬くなる”として一時的に防御力を上乗せした。さらに『第六感』を使うことでボディーブローを事前に知り、覚悟を決めておいたこと、念の為にHPをMAXにしておいたこと、防御ステータスをひとつ増強しておいたこと、それらが複合的にあわさり、赤谷に最後の力を残させた。
(まだ立ってる。前の赤谷なら砕け散って死んでたのにね)
ヴィルトは練り上げ、高めた相手へ「よく頑張ったね」と、賞賛を与えながら、もう一度殴らんと、拳を引こうとする。
「っ!」
「あーあ、くっついちゃったぁ……(ニチャア」
もちろん。引けない。くっついているので引けない。
並の闘争者なら動揺からアクションを起こせないだろう。
だが、アイザイア・ヴィルトは並ではない。
(くっついた! 妙なスキルばかりいっぱい持ってる!)
「だったらこっちで脳みそぶちまける」
ヴィルトは自由な右手を握り、拳を打ち込もうとする。
それをする余裕があった。
だが、またしてもヴィルトの予想外が起こった。
のろいのだ。正確には動きが固いというべきか。
頭で思い描いている身体動作ならばすでに赤谷の顔面を打っているはずなのに、なぜかまだ拳を振り上げている。脳からの指令に対して、体のリアクションが異様に遅い。
「あーあ、かたくなっちゃった……(ニチャア」
(これも赤谷の能力……!?)
赤谷誠はスキルの再解釈という武器をツリーキャットとの練習で手に入れていた。スキル『かたくなる』。それはタオルを固くして鈍器にしたり、空気を固めて気体の弾を作りだすだけにあらず、”人体の動きを固くする”ことができる。『曲げる』によって、物体を歪ませるのではなく、飛んでいる物体の軌道を曲げると解釈したことと同じスキルの応用編だ。
アイザイア・ヴィルトは赤谷を殴った瞬間、すでに『くっつく』+『かたくなる』を付与されていたのだ。故に彼女の動きは”固くなった”。
(赤谷は無理でも私に近づこうとした、ということは近接攻撃に私を倒す算段があるということ!)
「ヴィルト、覚悟の準備をしろ」
「っ」
「いえええあああぱわああ゛あ゛ぁあ゛ー!」
赤谷はヴィルトの頭を掴み、少女の綺麗な顔へ拳を打ち込んだ。
探索者の身体能力というのは動きを見ればわかるものだ。カメみたいにノロマなのに力だけは超一流なんてことはあり得ない。そういうステータスの伸び方は普通はしないからだ。
だから、ヴィルトは想像していなかった。
赤谷誠のパンチが一撃で自分の意識を刈り取るほとに強烈だとは。




