山賊狩り
◆鬼丸、山賊に体当たりをする
薄暗い山道。その脇の林の中に二人の男が潜んでいた。
二人とも大柄で剣呑な雰囲気を漂わせている。腰には鉈や刀をぶら下げていた。
背の高い方が何かに気付いた。
「おい、来たぜ」
「ああ。女か」
「分からん。一人だ。よし行くぞ」
山道に小柄な人影が見えた。旅人であろうか。それが徐々に近付いてくる。
男達は旅人に静かに近寄り、その前に立ちはだかった。
背の高い方が口を開く。
「金目のものを出せ」
山賊であった。
旅人は顔をほとんど隠していたが、目だけが覗いている。その目におびえの色はない。じっとにらみ返している。
「金目のものを出せ。聞こえないのか」
旅人は一歩後ろに下がった。
「黙って出せば命は助ける」
実際には、金を出させた後、そのまま逃がしたことはなかった。すぐに殺してしまう。骸は山の中に捨てる。埋めるなどということはしない。ただ捨てる。山は広いのだ。
そして追剥が上手くいかなかったことはない。
「本当に聞こえないのか」
背の高い方が怪訝そうに言った。今度はもう一人の男に対して言ったらしい。
「面倒だがやっちまうか」
いずれ殺すのだが、先に殺すと自分で荷物の中身や身体を改める必要がある。それが面倒だということだ。
その時、男達の背後から、何かが近付く音が聞こえてきた。馬のひづめのようだ。背の高い男が振り返ろうとした。
その瞬間。
何かが背の高い男にぶつかった。男は激しく弾き飛ばされた。常識外れの速さである。
ぶつかったのは人であった。馬のような勢いで走ってきて体当たりをしたのである。
それで弾かれた男は五、六間ほど先に、通常ではありえない姿勢で固まっていた。
気絶したのか、死んだのか。
よく見ると左の肩と左のひざの裏が重なるようになっている。腰に後ろから体当たりをされ、えびぞりになった状態で地面を転がったらしい。
両腕も両足も関節がどこなのか分からないほどに折れ曲がっていた。
その手前に、体当たりをした男が立っていた。
転ぶこともなく、どこかを痛めた様子もなく、自分が弾き飛ばした相手を見ていた。
そして「よく転がったな」と呟くように言うと、振り向いた。
背が高い。
そして下半身が異常に大きい。足が異常に長く、太腿が異常に太い。
通常の衣服では下半身を覆うことができないらしく、大きな布を腰から下に巻き付けていた。
その布から、はみ出た足。
足の先は裸足であった。
生き残った山賊はそれを見て驚愕した。
足の先にひづめが付いていた。
(ひづめ?)
違う。そうではない。
この男の下半身は馬の脚、そのものだ。馬の後ろ脚の二本が、人間の下半身から生えているのだ。
山賊は恐怖の叫びを咽喉の奥から出そうとした。そのとき。
「あんたが金目のものを出しな」
旅人が口を開いた。男の声だった。中性的ではあるが若い男の声だ。
騙された。
(こいつらはぐるだったのか)
馬の脚の男に弾き飛ばされ、襤褸のようになった相棒の姿を見てしまっては、もはや抵抗する気は少しも起きなかった。
(俺はあんなふうにはなりたくねえ)
山賊は今日の稼ぎをすべて懐から出し、小柄な男に渡した。
それを受け取ると地面に丸まっている相棒を指差した。あっちからも取って来いということらしい。
山賊は相棒の方に歩み出し、馬の脚の男の横をすり抜けて、もはや人の姿ではない物の横にしゃがみこんだ。既に息がないことは分かっていた。
懐を探り、相棒の分け前を引っ張り出した。
小柄な男の所まで戻り、それを手渡した。
「あんたら、何なんだ」
山賊は声を絞り出した。
小柄な男は黙ったままだったが、背後にいた、馬の脚の男が答える。
「山賊狩り、さ」
「山賊狩り?」
「悪いが、俺が突き飛ばした、あの男の始末を頼む」
そう言って、二人は歩み去った。
◆山賊、洞窟に帰る
馬の脚の男に襲われ、相棒を失い、その日の稼ぎをすべて失った男は、相棒の亡骸を山の中に捨て、山賊の巣窟に帰った。
既に日が暮れていた。
人目に付きにくい洞窟。入口は狭いが中は広い。
ここを根城にする山賊は十人いた。やられた一人を除く九人がここに集まっていた。
「そんな馬鹿なことがあるか、タイジよ」
「本当なんだ、頭領」
タイジと呼ばれた男はリーダー格の男に説明を繰り返したが何度話しても分かってもらえなかった。
頭領とタイジが向き合って座り、他の者はそれを囲むように座っていた。
タイジは、相棒が、得体のしれない人間にやられたことで怯えていた。
「ガンの野郎ほどの大男が体当たりされたくらいで五、六間も弾き飛ばされるなんてことがあるかよ。で、身体が逆側に反り返っちまっただって」
頭領はまだ信じていなかった。
タイジはあの男の姿を思い返す。確かにあの男は人間で、脚だけが馬だった。そして馬と同じ速さで走り、馬と同じ勢いでガンにぶつかった。人間がぶつかったってガンの巨体が吹き飛ばされるはずがない。人間じゃない。
人間じゃない、だと?
馬か。あれは人間じゃなく馬だったのか。いや、しゃべったぞ。顔は人間だった。まだはっきりと覚えている。その顔のその口が言葉を発したのだ。馬じゃない。そうだ、あいつは山賊狩りだと言ったのだ。
「何か言ったか。山賊狩りと言ったか」
頭領が言った。
タイジは知らぬ間に独り言を話していたらしい。
「へえ。山賊狩りだと言いました。あいつら自分たちのことを山賊狩りだと言ったんで」
「本当にそう言ったのか。てことは。俺たちを狙っていたってことか。待ち伏せされたってことか」
そうなのか。
そうだ。あの小柄な男が歩いてきた方角と、馬男の走ってきた方角は、逆だった。あいつら、仲間のくせに、別々の方からやってきやがった。
待ち伏せしてたのは俺らでなく、あいつらだったんだ。
タイジは得体の知れない、馬の脚の男を見たことで、度肝を抜かれていた。恐怖で身体の震えが、今まで収まらなかった。
しかし騙されたことに気付き、仲間を殺されたことに対する悔恨の情がふつふつと沸き上がってきた。
「あいつら」
タイジは歯を食いしばり、その歯と歯の間から、怨念のこもった声を溢れさせた。
「分かった。いや、そんな馬野郎がいると信じたわけじゃねえ。わしは自分で見たものしか信じねえ。だが、タイジのことは信じる。ガンの野郎の敵を討たなきゃなんねえ。ガンの野郎をやった奴らをやり返さなきゃなんねえ。それに、そんな奴らがこの辺をうろうろしてたんじゃ、仕事になんねえ」
頭領が叫んだ。
「おい、タイジ。脚が馬みてえなでかい男と、女みたいなちいせえ男の二人でいいんだな」
「ちびの方はどうでもいいが、馬男の方はおそろしいですぜ。俺は化け物ってやつを初めて見た」
「それでさっき化け物に会ったってわけか。おい。もし、タイジの話が本当なら、そいつは相当、背の高い奴ってことになる。目立つぜ。何としても探し出せ」
山賊たちは雄たけびを上げた。
◆鬼丸の能力
廃れた寺の軒下に若い男が座っていた。
旅人のようだが帯刀していた。
そこに馬のひづめの音が聞こえてきた。
馬の脚の男が連れの小柄な男を背負って駆けてきたのである。
「若様、只今、戻りました」
背から男を下ろしながら、言った。
「御苦労。鬼丸、脚の調子はどうだ?」
若様と呼ばれた男が馬の脚の男を労った。鬼丸という名であるらしい。
「すこぶる調子がいいですな」
「脚を戻すか?」
見ると帯刀した男の足元に、切り落とされた人間の脚が二本、並べて置かれていた。
奇妙なことに血がほとんど付いていない。そればかりか、切断面がきれいに皮膚で覆われていた。
「いや、しばらく、この脚でいきましょう」
「ならば、この脚を裏に捨ててきてくれ。馬と一緒に」
「へい」
鬼丸は脚を二本とも掴んで寺の裏に捨てに行った。
帯刀した男。名を新兵衛と言った。
新兵衛は鬼丸と出会った頃のことを思い出していた。
「私の身体はちょっとばかり変わっていましてね」
そう切り出した鬼丸の話は実際に見るまで信じられなかった。
この鬼丸は特異な体質を持っていた。
まず、傷の再生が異常に速い。刃物で皮膚を切るとすぐにそれが塞がっていく。出血もほとんどない。
また腕や脚を骨ごと切断した場合、しばらくすると切断面が皮膚で覆われ、出血が止まる。切り離された方の腕や脚も同様に皮膚で覆われる。
先程の切断された二本の脚は鬼丸のものであった。
「切り落とされて、すぐだったら、またくっ付きます」
皮膚で覆われる前に切断面同士を合わせておくと、骨や筋肉が元の通り繋がるのである。
「それでこんなこともできます」と言って鬼丸は自分の脚を見せたのだった。
(あのときも馬、だったな)
新兵衛は回想を続ける。
切り落とした自分の脚が接合するだけでなく、他人の脚がくっ付く。
「だから爆薬で脚が吹き飛ばされたりしたら、誰かの脚を切り落として、自分の脚の付け根に合わせればくっ付きます」
そして、さらには、人間だけでなく、動物の脚を接合させることができ、しかもその能力を得ることができるのだ。
新兵衛は、初めて鬼丸の脚を見たときの驚きを思い出す。
見せられた鬼丸の脚は、今日と同じく、馬の後ろ脚だった。
脚の付け根を見ると急激に太くなっているがきちんと繋がっている。骨、筋肉、筋が繋がるだけでなく、太さも多少は調整されるらしい。
「ちょっくら不安定ですが、最初だけです。もう慣れました」
竹馬に乗っているようなバランス感覚が必要らしい。
「馬の他には何がある?」
「犬の鼻と兎の耳を付けたことがあります」
「それでどうなった?」
「犬の鼻はいろんな臭いが入ってきて慣れるのに時間がかかりました。嗅ぎ分けるというやつですね。兎の耳もやはり効き目がありました」
何と、その動物の能力が身に付くらしい。
「熊の前足を腕に付けたら強いでしょうね。試したことはないですが」
人間の脚が必要になったときは、元の脚があれば、切断面をもう一度薄く切って合わせる。なければ別の人間から脚を調達する。
「だから生まれたときに付いていた脚はどこかに行っちまいました。この耳も鼻も誰のだか分りません」
◆山賊、二人を探す
夜が明けてから、山賊の一味は手分けをして、「山賊狩り」の二人を探した。
本当は、昨夜、すぐにでも捜索を始めたかったが、闇の中ではどうしようもない。
そして夜が明けるとすぐに二人組を探しに出かけたのである。
タイジはタツという男と組んで捜索していた。タツはガンに引けを取らぬほどの大男だ。
「馬の男、あんまり目立つんで隠れているんじゃねえか」
「かもしれねえ。だがチビの方の顔も俺は覚えている。見れば分かる」
しかし、むしろタイジは馬男よりはチビの方を見付けたいと思っていた。あの異常に背の高い姿を見たら冷静でいられるかどうか自信がなかった。
今まで人を恐いと思ったことがなかった。山賊になってから獲物を仕留め損なったことはない。切ると決めたら躊躇なく切った。断つと決めたら躊躇なく断った。
しかし体格では自分に勝るガンの野郎が人としての姿を留めることなく一瞬でぼろぼろにされたのだ。化け物だ。本物の化け物をまた目の前にして復讐を遂げることができるだろうか。一晩経ってもその恐れは消えることがなかった。
「まあ、おめえの言うことが本当だとして、だ。もしそんな化け物がいたとしても、今度はこっちには九人もいるんだ。慌てんなよ」
タイジの不安を見透かしたようにタツが口を開いた。
「おう」
そうだ、慌てることはない。まずは奴らを見付けることだ。
「逃げちまったかな」
「それはあるかもな。もっと街道の先の方まで行ってみるか」
二人は足を早めた。
昼近くになってタイジが気付いた。見通しの良い平らな道の前方に男が立っているのが見えた。集落の入り口に当たるところであった。
「おい、いたぞ。馬じゃない方の男だ」
「どうする?」
「おれが見張っておくから、お前、他の連中を呼んで来い」
「よし」
タツが走って今来た道を戻って行った。
タイジは見張りを続けた。男は相変わらず集落の入り口に立っていた。
(誰かを待っているのか。馬の脚の男か)
タイジはまた昨日の恐怖を思い出した。
(今、あいつが出てきたら、俺はどうする?どうなる?)
しかし馬の男の姿は現れず、しばらく待つとタツが仲間を連れて戻ってきた。
「まだいるようだな」
「ああ、ずっとあのままだ。まったく動かねえ。馬の男か誰かを待っているんじゃねえかと思ったが、分からねえ」
「よし、とりあえず、あいつを捕まえて、居場所をはかせようぜ」
すると立っていた小柄な男が集落の中に入って行った。
「やばい、気付かれたか」
男達は急いで集落に近付いた。
「もう馬の脚の男は後だ。ちびを捕まえて帰るぞ」
男達は集落の中に散らばって小柄な男を探した。
すぐにタイジとタツは小柄な男が井戸のそばで水を飲んでいるところを見付けた。
「おい」
タイジが呼びかけると男は驚いた様子もなくゆっくりと振り向いた。
「昨日、会ったな。あの馬の脚をした男はどうした?」
タイジが訊いても答えない。じっとタイジの顔を見ていた。
そのうち、山賊の仲間達が集まってきた。
「まあ、いい。一緒に来てもらって、ゆっくり訊くさ」
タイジが近寄り、男の首の辺りを掴んで歩かせた。男は特に抵抗することもなく歩きだした。
そして山賊達は小柄な男を連れて、ぞろぞろと歩いてアジトに戻った。
◆左保、拉致される
「頭領、片割れを連れてきたぜ」
帰るなり、タイジが叫んだ。
タイジと小柄な男を先頭に山賊達が洞窟の中に入って来た。
「よく見付けた」
頭領がタイジ達を労った。
九人全員が男を取り囲んだ。男は真ん中に座らされた。
正面の頭領が訊いた。
「おい、お前、名前は?」
男は答えない。
「拷問みたいな真似はしたくねえ。素直に答えれば帰してやる。お前の仲間の居場所を教えろ。その馬の脚がくっ付いた男ってのは、今、どこにいる?」
しかし口をじっと閉じて答えなかった。
「答えろ!」
そのときだった。
小柄な男が急に体を折り曲げて地面に勢いよく吐瀉したのである。
口からどろどろの液体がぶちまけられた。
「きたねえな、こいつ」
山賊の一人が叫んだ。
そして異変に気付いた。
「こ、これは」
吐瀉物からは強烈な臭いがしていた。
山賊達はその臭いの正体を知る前にバタバタと倒れ始めた。
「てめえ、何をした」
山賊の一人が絞り出すように言ったが、遅かった。
吐瀉物から発生した毒ガスが洞窟内に充満した。
入口に一番近いところにいた男も既に倒れていた。
一味は一瞬にして全滅していた。
そしてその中央に小柄な男が一人だけ座っていた。
この男だけは無事だったのである。
小柄な男は洞窟を出て来た道を戻った。
「おーい、左保よ。無事か」
声が聞こえた。
左保と呼ばれた小柄な男は軽く手を挙げて応えた。
馬の脚を付けた男、鬼丸だった。
「左保よ。どうだった?」
「全部、死んだよ。全滅だ。あれが全部ならば、な」
そして布の袋を鬼丸に渡した。
「お、持ってたか」
「ああ、相当、あった。金目になりそうな、嵩張らないものだけを持ち出した。まだ、あったが」
「いや、よすよ。俺まで死んだんじゃ、意味がねえ」
鬼丸は袋の中を確認し感嘆の声を挙げた。
「さすがは山賊だ。持ってやがる」
◆左保の能力
身体を切られても、すぐに傷口がふさがるという、不死身、無尽蔵の生命力を持つ鬼丸であるが、左保の手にかかればひとたまりもないだろう。
左保は、薬品、特に毒薬の取扱に長けていた。
世の中のありとあらゆる毒薬に通じており、常に何種類もの毒薬を持ち歩いていた。山に入れば、草木、茸の類を採集し、簡単に毒を抽出する。
この毒を、食料に仕込む、罠に仕掛けるなど、様々な方法で、今までに何人もの人間を殺してきた。
そして最も得意なのは毒霧であった。現代における毒ガスであり、その製造方法は、仲間である新兵衛や鬼丸も知らなかった。
毒霧を使えば一気に大量の敵を倒すことができる。
先程、九人の山賊を退治したのが、これである。
左保は昨日の山賊が復讐のために探しに来ることを予感していた。
そして程よく離れた集落で山賊達が追ってくることを待っていた。
二人組が自分を発見したことにも気付いていた。一人がすぐにいなくなったことで仲間を呼んでくることも分かっていた。
そして山賊が集まったところで集落の中に隠れ、そこで毒を仕込んだ。毒霧を発生させる薬品を飲み込んだのである。そして息を止めていた。
山賊達に捕まり、集落を出たらすぐに毒霧を吐き出すこともできたが、奴らの様子から頭領がいることに気付いた。
そこで素直に拉致されてアジトまで行くことにした。
都合の良かったことはアジトが洞窟の中にあったことである。毒霧が最も効果的に使える場所である。
全員が洞窟に入ったところで、左保は胃袋の中身をすべて吐き出した。圧力が低くなったために、毒物が気化して、山賊達を襲った。
では左保自身の身体はどうだったのだろうか。
実は、この体質そのものが、左保に毒薬を学ばせるきっかけとなったとも言える。
左保には毒が効かない。毒を飲んでも傷口に塗り込んでも死なないのである。
山賊達を襲った毒霧は通常は一瞬で死に至るほどの猛毒であったが、左保には全く効かなかった。
鬼丸に、傷がすぐにふさがるという体質があるのと同様、左保には、毒が全く効かないという体質が、生まれ持って備わっていたのである。
左保は山賊達を待ち伏せし全員を仕留めたが、一方、鬼丸は目立たぬように隠れていた。左保が捕まった集落にいたのだが、運良く、見付からなかったのである。もっとも見付かったとしても馬の脚力があれば簡単に逃げ出す自信があった。
左保が連れ去られたことに気付き、充分、距離を保ちながら、一行を追いかけた。そしてアジトのある山の中に入って行くところまで行き、待っていたのである。
当然、左保の手口は分かっているから、どの程度で山から出てくるかは分かっている。もし、あまりに時間がかかるようであれば、踏み込むつもりであった。実際、踏み込もうと山の中に入ったところで左保と行き合ったのであった。
「しかし、うまくいきすぎたぜ。多分、奴ら、全滅しただろうから、俺も馬の脚を付けたままでいても大丈夫だ」
「気に入っているようだな」
「おう。具合がいいんだ。さあ、戻るか」
左保は鬼丸の背中に飛び乗った。鬼丸は徐々に歩く速さを上げ、ついには馬の速度で街道を駆け抜けた。
◆ゴンザの屋敷
人里離れた山の麓にその屋敷は建っていた。山襞をうまく利用して目立たぬように作られていたが、実は大きい。小規模な城と言ってもよいほどであった。
頑丈な門をくぐり、若い男が飛び込んできた。屋敷に上がり、最も奥まったところにある、主の部屋に駆け込んだ。
「ゴンザ様、大変です」
太い柱を背にした男が応じた。
「どうした、ヤス」
「〔洞窟の十人〕がやられました」
「やられた?どういう意味だ」
「先程、用件があり、例の洞窟に行ったのですが」
ヤスは半年ほど前に、〔ゴンザの一味〕に入れてもらった。ヤスはゴンザの身の回りの世話をするのが仕事だ。
〔ゴンザの一味〕の仕事は山賊である。その意味では〔洞窟の十人〕と同じだ。しかしもっと手広くやっていた。ゴンザの強力なリーダーシップの下、付近一帯の山賊を束ねる立場にあった。
例えば、他の山賊同士にトラブルがあればそれを収める。
例えば、近隣の店などの用心棒を引き受ける。
その代わり、金品を要求する。金を貸して法外な利子を取ったりもする。
その取り立ては苛烈だ。
要求に応じられない場合は、奪い取る。店ならば店ごと奪い取る。奪い取るものがなければ娘、子供を奪う。容赦がない。
規模が大きくなると自分たちでは手が回らなくなる。
そこで仕事を「下請け」に出す。その先の一つが〔洞窟の十人〕だった。
ヤスが〔洞窟の十人〕の所に行ったのも、ゴンザからの仕事の連絡を伝えるためだった。
いつも、洞窟まで歩いていく。洞窟の入り口は道から近いが、林の奥にあり、ちょっと見ただけでは分かりにくいところにあった。
今日も人気のない道を歩き、いつもの通り、洞窟に向かった。
入口が見えた。そこでヤスは違和感を覚えた。見張りを立てるようなことはしないものの、いつもは一人か二人、洞窟の外に佇んでいることが多い。
それが、今日は誰もいない。さらには人の気配がしなかった。
洞窟の入り口には厚手の布が掛けられている。
「ヤスです」と声を掛け、布を少し払って、中を覗き込む。暗くて何も見えない。
異様な臭いがした。腐った卵の臭い。硫黄か何かか。
ヤスは入口に掛った布を取り去った。洞窟内の空気を外に出す。外の光が中に差し込む。
「おーい、大丈夫か」
ヤスは何らかの異変を感じ、また声を掛けた。返事はない。
中を覗き込むと、男がうずくまっているのが見えた。(あれは誰だったかな)などと考えているうちに目が慣れてきて奥の方まで見えるようになってきた。
そこには、大柄な男達が、折り重なるように倒れていた。
意を決して、ヤスは洞窟内部に踏み込んだ。数えると遺骸は九体だった。多くはうつ伏せに倒れており、真下を向いて顔が見えないものは、向きを変えて、全員の顔を確認した。頭領や副リーダー格のタイジが含まれていることを確認した。
一人足りないが、それが誰であるか、ヤスには分からなかった。
(とりあえず、戻って、ゴンザ様に知らせねば)
ヤスは洞窟を飛び出すとゴンザの屋敷を目指した。
「やられたってのは確かなのか」
「九人がいっぺんに死ぬということは考えられません。毒か何かを飲まされたんじゃないかと思います」
「切られたわけじゃねえんだな」
「はい。血は一滴も垂れていません。ただ毒を飲まされたとすると変なんです」
「何が?」
「食い物に混ぜたとすれば食い残しがあるはずですし、飲まされたとすると皿だの瓶だのがあるはずです」
「それがなかったってことか。確かに妙だ。となれば誰かにやられたってことか。そもそも奴らが自害するようなタマか」
「気になるのは一人いないんです」
「そいつがやったってのか。あいつらの中に毒を使えるような奴はいねえ。もしそうなら、もっとうまくやってる。力任せの追剥しかできねえ奴らの集まりだ」
実際は鬼丸の体当たりを食らって、ぼろ屑のようにされて死んでいたわけである。
「あと気になることがもう一つ」
「何だ?」
「洞窟から帰る途中で、百姓に行き会ったんで、訊いてみたんです。変なやつ、見なかったかって」
「それで」
「遠くから見たのでよく分からないが、山賊連中が小柄な男を連れてぞろぞろ歩いていたって。それでその後、えらく背の高い男が現れて同じ方に歩いて行ったらしいです」
「ほお。面白いじゃねえか。小せえ男を攫ったら、助けに来た、でけえ男に全滅させられちまった。あるいは、小せえ男が一人で返り討ちにした。いずれにせよ、穏やかじゃねえな」
「もう少し調べますか」
「いや、その先は別の奴にやらせよう。おめえにしては上出来だ」




