午前3時のアドリブ
今日は部活で遅くなった。
食卓の上に、俺の分の夕飯がラップをかけて置いてあった。
「ひとっ風呂浴びてから食うか」
制服のボタンを外しながら自分の部屋へ行こうとして、真一はソファの上に投げ出されたバッグと上着を見つけ、顔をしかめた。
「またかよ。姉ちゃん、ほんと、だらしないな」
真一は放り出されていた上着をソファの背もたれに、皺にならないようにそっとかけた。
すると。
姉の上着の下から、薄い緑色のスカーフが滑り落ちた。
「へぇ、姉ちゃん、こんなの持ってたのか。最近買ったのかな」
真一は、何気なくスカーフを手に取った。
するりと、ふんわりした手触りで、少し透けた感じの布でできている。
真一の目から見ても、それはとても綺麗なものに見えた。
風になびかせてみたら、さぞ美しいだろうと想像した。
真一はスカーフを手にしたまま、しばらく考え込んでいたが、やがて「うん」と頷くと、「姉ちゃん、これ、ちょっと借りるぜ」とスカーフをズボンのポケットにしまい込んだ。
風呂に入って、部屋着に着替え、用意してもらっていた夕飯を食べ。
真一は、なんだかソワソワしていた。
部屋でベッドに寝転がって漫画を読みながらも、なお落ち着かない気持ちでいた。
そして、午前3時。
いつもなら、もうとっくに寝ている時間だが、真一は姉のスカーフを持って、そうっと家を抜け出した。
夜中の住宅街は、街路灯がぽつ、ぽつ、と灯っているだけで、人っ子ひとりいない。
真一は、1本の街路灯の下で、手に持ったスカーフを、ひらり、と揺らしてみた。
スカーフが、やわらかく宙を舞った。
ほら、やっぱり綺麗だ。
真一は、何度もただ、ひらり、ひらり、とスカーフを振っていたが、そのうち、ふと思いついて、くるりとその場で回ってみた。
真一についてくるように、スカーフがふわりと回って、ゆっくりと弧を描いた。
すごく、綺麗だ。
それから真一は、静かに手を差し伸べて、踊り始めた。
優雅なワルツ風、
しなやかなバレエ風、
エスニックな舞いのように、
どれも、全く知らないから、思いつくままに、でたらめに踊った。
こんなところを誰かに見られたら恥ずかしいな、と思いながらも、止められなかった。
スカーフも、ひらり、ひらり、と舞っている。
いつしか、街路灯の灯りは眩しいスポットライトになり、
足元のスニーカーが華奢なガラスの靴に変わっているように感じた。
カツン、コツン、と透き通った靴音を鳴らしながら、真一は夢中で踊った。
スカーフも、ひらり、ひらり、と舞った。
空が白味がかってきて、遠くで新聞配達のバイクの音がした。
真一は、ハッと我に返った。
もうそんな時間か。
真一は、スカーフを小さくたたんでポケットに入れ、慌てて家に帰った。
そして、スカーフを姉のカバンにしまって、何事もなかったかのように、ベッドにもぐり込んだ。
外ではスズメがチュンチュンと鳴き始めていた。
あ、いけない、靴を片方置いてきてしまったな。




