第1話 灰色の世界と、月の瞳
いつからだろう。
世界が灰色に見えるようになったのは。
アスファルトも、空を覆う雲も、道端を歩く人々の表情も、すべてが灰色に見えるようだった。
冬月 零は、震える指でネクタイを締めた。
「お前のような奴は代わりなんていくらでもいるんだぞ」、「こんなこともできないのか」という罵声が、泥のように頭にこびりついている。
何度言われたかもわからない罵声が、頭の奥がジリジリと焼けるような痛ませる。
もし、自分の頭の中をのぞけるのであれば、それはきっと、逃げ場のない不協和音のようなノイズが走っているはずだ。
ふいに、雨が降り出した。
冷たい飛沫が頬を叩くが、避ける気力すらわかない。
ただ、思い足を引きずり、点滅する街頭の路地裏を通り抜けようとした—―。
「......ぁ」
かすかな、本当に微かな音が、雨音の隙間から聞こえてきた。
—―ギィ、と。
捨てられた段ボールが、濡れて形を崩す音。
そして、のどの奥を震わせるような、細い、細い、助けを求める声。
零は足を止めた。
ゴミ集積所の隅。泥を被ったボロ布のような塊が、そこにはあった。
いや、布ではない。1匹の子猫だった。
「............」
子猫は、ぐっしょりと濡れそぼり、細い足を小刻みに震わせていた。
片目は目脂でふさがり、耳は力なく垂れている。
零の脳裏に、昼間言われた言葉がフラッシュバックする。
『お前みたいな奴なんて、いくらでも代わりがいるんだからな』
まるで、鏡を見ているようだった。
この都会の片隅で、だれにも認識されず、だれにも必要とされず、ただ消えるのを待つだけの命。
「......お前もか」
零は膝をついた。スーツの膝が泥に汚れるが、そんなことはどうでもよかった。
細く、大きな手が、恐る恐る子猫に伸びる。
触れた瞬間、指先に伝わってきたのは、驚くほど小さな、けれど懸命に生きようとする心臓の鼓動だった。
トクン、トクン、トクン。
それは、零がとっくに忘れてしまっていた、「生きようとする意志」そのもののリズム。
子猫が、残されたもう片方の目を開いた。
濡れた金色の、琥珀のような瞳が、零の灰色の瞳をじっと見つめる。
『フ、ニャ......』
小さな、小さな鳴き声。
その瞬間、この空間だけが少しだけ色づいて見えた気がした。
—―この子を、消しちゃいけない。
論理的な理由なんてなかった。
自分を救うことをあきらめた男が、自分以上にボロボロな命を抱き寄せつなぎとめた。
「大丈夫だ。......もう、大丈夫だからな」
零はコートの胸元を開き、泥だらけの子猫を肌に近い場所に滑り込ませた。
冷え切った零の体温を、子猫の微かな熱が追いかけてくる。
『あぁ......見つけた』
という囁きが聞こえた気がして、零は力なく目を細めた。だが、すぐに自嘲の笑みが漏れる。
叩きつける雨音がコンクリートに跳ね返って作った、ただの不規則なリズムに過ぎない。
今の自分には、雨の音すらまともに聞き取れないらしい。
「......ルナ、っていうのはどうだ」
零は子猫の背を撫でながら、独り言をつぶやいた。
「月みたいに、きれいな目をしているから」
子猫が、零の耳元で小さく喉を鳴らした。
初めまして!
「のあき」と申します。
まずは、1話をご覧いただきまして、誠にありがとうございます!
このような小説作品を書くのは初めてでございまして、どのように表現したらいいのか、どのような世界観にしたらいいのかいろいろ試行錯誤しました。
自分自身、小さいころから異世界系小説やライトノベルに触れ、その中でこんな作品を作ってみたいなという妄想をずっとしていたのですが、それを形にできればと思い書かせていただきました。
結構勢いで書いているところもあるので、矛盾点だったり、いろいろあるかとは思いますが、温かく見守っていただけるとありがたいです。
今後とも何卒よろしくお願いいたします!




