第3話 騎士様にときめいています 3
舞踏会は中断され、私は自室で休むことになった。
着替えてからベッドに横になる。
コルセットから解放されたこともあり、大分楽になった。
襲われたときは本当に死ぬかと思った。
すると、扉がノックされる。
「セリア、入っていいか?」
アレックスの声だ。
「どうぞ」
アレックスが部屋に入ってくる。そして、ルーク、カイル、フェリックス――そしてレオンハルトも一緒だった。
みんな、心配そうな顔をしている。
「セリア、大丈夫か?」
ルークが心配そうに聞いてくる。彼は正装のままだけれど、ネクタイを緩めている。
身体を起こし、みんなの顔を見る。
「うん、もう大丈夫」
「よかった……」
フェリックスがほっとした表情を浮かべる。
「聖女様が襲われた時は、本当に心臓が止まるかと思いました!」
「ごめんね、心配かけて」
カイルが私の額に手を当てる。その手は冷たくて、心地いい。
「熱はないですね。魔力もかなり回復しているようです。ただ、今夜は無理をせず、ゆっくり休んでください」
「ありがとう、カイル」
アレックスが椅子に座り、真剣な顔で言う。
「セリア、リディアの禁術について調べた」
彼が取り出したのは、古い革装丁の本だ。表紙には古代文字が刻まれていて、禁術に関する本らしい。
「うん……」
「あの禁術は、『聖女の祝福』を持つ者から直接力を奪う魔法だ。非常に危険で、術が完結すれば聖女の力は完全に失われる。そして――」
アレックスがページをめくる。
「力を失った聖女は、命を落とす可能性が高い」
その言葉に、部屋の空気が重くなる。
みんなが、息を呑む。
「でも、一つだけ防ぐ方法がある」
「何?」
「『聖女の祝福』の性質を利用する」
アレックスが本を私に見せる。そこには、複雑な図が描かれている。
「この本によると、『聖女の祝福』は聖女に選ばれた者の心と強く結びついている。だから、禁術で力を奪われれば命を落とす可能性がある」
「じゃあ、どうすれば……」
「もし聖女が誰かと深い絆を結べば――」
アレックスが私を見る。
「『聖女の祝福』は二人の心と結びつくことになる。そうなれば、『聖女』のみを対象に発動する禁術は効果を失う」
「絆……」
「これが俺の出した結論だ。そして、最も確実な方法は――結婚だ」
その言葉に、私の顔が真っ赤になった。
「け、結婚!?」
「ああ。ただし、形だけの結婚では意味がない」
アレックスが補足する。
「『絆』とは、心と心が真に繋がった状態を指します。つまり、お互いを深く信頼し、愛し合っている必要があるということです。形式的な結婚では、『聖女の祝福』の性質は変わりません」
「愛し……」
その言葉に、胸がドキドキする。
愛、か。
私、誰かを愛してる?
レオンハルトのこと?
あの人の笑顔を見ると、ドキドキするけど。
それって、本当に愛?
そもそも、私を愛してくれる人なんて……。
レオンハルトが一歩前に出た。
「セリア様」
彼が私の前に膝をつく。その姿は、まるで騎士が主君に忠誠を誓うようだ。
え、何。
何してるの。
「もし――もし、貴女様がよろしければ」
彼が私の手を取る。その手は温かく、少し震えている。
え、待って。
まさか。
「俺に、その役目を与えていただけませんか」
え。
これって――。
「貴女様を守りたい。貴女様と共にありたい。それが、俺の願いです」
レオンハルトが真っ直ぐに私を見つめる。その碧い瞳には、真剣な想いが宿っている。
「ですから――どうか、俺と結ばれてください」
その言葉に、心臓が止まりそうになった。
え。
これって、プロポーズ?
部屋が静まり返る。
みんなが、息を呑んで私たちを見ている。アレックスは複雑な表情で、ルークは驚いた顔で、カイルは静かに、フェリックスは目を見開いて。
「レオンハルト様……」
私は何も言えなかった。
頭が真っ白になる。
嬉しい。
でも、怖い。
この人は、本当の私を知らない。
床でゴロゴロしてる私も、魔法実験で失敗して煤だらけになる私も、クッキーばかり食べてる私も。
そんな私を見ても、この人は愛してくれるのかな。
ううん、それだけじゃない。私と結ばれることで危険に巻き込んでしまうかもしれない……。
「お答えは、急ぎません」
レオンハルトが優しく微笑む。その笑顔は、いつもより柔らかい。
「どうか、ゆっくり考えてください。俺は、貴女様の答えを待っています」
その言葉に、少しだけ安心する。
「……ありがとうございます」
私は小さく頷いた。
「少し、考えさせてください」
「もちろんです」
レオンハルトが立ち上がり、もう一度丁寧に礼をする。
「では、今夜は失礼します。どうか、ゆっくりお休みください」
彼が部屋を出ていく。その背中は、いつもより少し寂しそうに見えた。
残されたのは、アレックス、ルーク、カイル、フェリックス。
しばらく、誰も何も言わなかった。
重い沈黙が、部屋を支配する。
「……すごい展開になったな」
ルークが小さく呟く。
「ああ……」
アレックスも頷き窓の外を見る。その横顔は何を考えているのかわからない。
カイルもフェリックスも黙り込んでしまった。
「あの……みんな?」
私が声をかけると、みんなが私の方を向く。
「セリア」
アレックスが言う。
「お前が誰を選んでも、俺たちは応援する」
「うん……ありがとう」
「ただ――」
アレックスが少し躊躇う。その紫の瞳が、複雑な感情を映している。
「焦る必要はない。お前の気持ちが一番大事だ。誰かと絆を結ぶということは、一生を共にするということだ。軽々しく決められることじゃない」
「そうだぜ」
ルークが私の頭を撫でる。その手は優しく、兄が妹を撫でるような温かさがある。
「お前が幸せならそれでいい。無理に決める必要はないからな」
その言葉に、胸が温かくなる。
「みんな……」
「僕たちは、いつでもセリア様の味方です」
カイルが微笑む。その笑顔は優しいけれど、どこか寂しげだ。
「どんな選択をしても、支えますから」
「俺もです!」
フェリックスが元気よく言う。でも、その声は少し震えている。
「セリアさんが笑っていてくれれば、それが一番です!」
みんなの優しさに、涙が出そうになった。
「ありがとう……本当に、ありがとう」
「じゃあ、今日はゆっくり休めよ」
ルークがウインクする。
「また明日な」
「うん」
みんなが部屋を出ていく。
一人残されて、私は天井を見上げた。
結婚。
絆。
レオンハルトの告白。
すべてが、急すぎる。
頭がパンクしそう。
でも――。
私は、どうしたいんだろう。
窓の外を見ると、満月が浮かんでいた。
美しい月。銀色の光が、静かに大地を照らしている。
でも、その光は、どこか冷たく見えた。
私の心も、今は混乱している。
でも、一つだけ確かなことがある。
私は、みんなを守りたい。
大切な人たちを、失いたくない。
そのために――。
私は、どうすればいいんだろう。
ああ、もう。
考えても答えが出ない。
疲れた。
今日はもう寝よう。
明日考えよう。
私はベッドに潜り込んだ。
ふかふか。
最高。
でも、落ち着かない。
ベッドの下に隠してある魔法書を取り出す。
『魔力循環の最適化について』。
読み始めて、三ページで眠りに落ちた。
魔法書を顔に載せたまま。
―第3話 終―




