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第3話 騎士様にときめいています 1

 鏡に映る自分が、別人のように見えた。


 水色のドレスに身を包んだ私は、いつもの「床でゴロゴロしてるぐうたら聖女」ではなく、本物のお姫様のようだった。マダム・ロザリーが仕立ててくれたドレスは完璧で、身体のラインを美しく見せながらも、動きやすさも考慮されている。スカートの裾には銀糸で細かな刺繍が施されていて、歩くたびにキラキラと光を反射する。

 コルセットがきついのと、慣れないハイヒールのせいで歩きにくいのが難点だけど。


「セリア様、本当にお綺麗です」


 マリアが嬉しそうに微笑む。

 彼女は私の髪を丁寧に編み上げ、小さな白い花を飾ってくれた。

 髪飾りは控えめだけど、それがかえって上品に見える。


「ありがとう、マリア」


 でも、胸の奥には不安が渦巻いている。

 昨夜のアレックスの警告。増え続ける魔物。そして、私を狙っているかもしれない敵。

 今夜、何かが起こる。

 その予感が、どうしても消えなかった。


 私は深呼吸をする。

 大丈夫。きっと、大丈夫。

 アレックスも、レオンハルトも、ルークも、みんながいる。

 何があっても、乗り越えられる。

 そう自分に言い聞かせて、私は研究室を出た。


 王城の大広間は、既に華やかな雰囲気に包まれていた。

 シャンデリアから降り注ぐ柔らかな光が、大理石の床に反射して煌めいている。壁を飾る美しいタペストリーには、王国の歴史が織り込まれている。

 大きな花瓶には秋の花々――深紅のバラ、黄金色の菊、白い百合が飾られていて、甘い香りが広間全体に漂っている。

 色とりどりのドレスに身を包んだ貴婦人たち、正装した貴族の男性たち。みんな、優雅に会話を楽しんでいる。部屋の奥では、オーケストラが優雅な音楽を奏でている。ヴァイオリンの澄んだ音色が、広間に響き渡っていた。


 私は大広間の入り口で、しばらく立ち尽くしていた。

 こういう場所、やっぱり苦手だ。

 人が多いし、視線を感じるし、何より「聖女様」を演じ続けなければならない。できることなら、今すぐ研究室に戻って、クッキーを食べながら魔法書を読みたい。


 でも、今日は違う。

 今日は、レオンハルトと踊る。


「セリア様、お待ちしておりました」


 声の主を見ると――レオンハルトだった。

 うわぁ。

 かっこいい。

 すごくかっこいい。


 彼は騎士の正装に身を包んでいた。白と金の制服は、彼の長身をより一層際立たせている。胸には王国騎士団の紋章――剣と盾を組み合わせた紋章が、金色に輝いている。腰には儀礼用の剣が下げられていて、柄には美しい装飾が施されている。

 金色の髪は丁寧に整えられ、いつもより柔らかい印象を与えている。碧い瞳は真っ直ぐで、その中に優しさと強さが同居している。

 そして、その姿が、とても凛々しくて。

 息を呑むほど、美しかった。


「レオンハルト団長……」

「どうか、今夜だけは『団長』ではなく、『レオンハルト』とお呼びください」


 彼がすっと手を差し伸べる。その手は大きくて、騎士として剣を握り続けてきた手だけれど、今は優しく差し出されている。


「聖女様――いえ、セリア様。この手を、お取りいただけますか?」


 その瞬間、心臓が大きく跳ねた。

 今、彼は「セリア様」と呼んでくれた。

「聖女様」ではなく。

 私の名前を。


 手が震える。

 でも、私は勇気を出して、彼の手を取った。

 温かい。

 大きくて、力強い手。でも、私の手を握る力は優しくて、まるで壊れ物を扱うような慎重さがある。


「ありがとうございます、レオンハルト様」


 レオンハルトが優しく微笑む。

 その笑顔を見て、不安が少しだけ和らいだ。

 彼が私をエスコートして、大広間の中へと入っていく。彼の歩き方は騎士らしく堂々としているけれど、私に合わせてゆっくりと歩いてくれている。

 周囲の視線が、一斉に私たちに注がれる。


「聖女様だ……」

「なんて美しい……」

「騎士団長と、お似合いですわ」


 ひそひそと囁く声が聞こえる。

 顔が熱くなる。

 恥ずかしい。

 でも、レオンハルトが私の手をしっかりと握ってくれているから、なんとか歩き続けられる。彼の存在が、まるで盾のように私を守ってくれている気がした。


 大広間の中央、一段高くなった場所に、国王陛下と王妃様が座っていた。

 国王陛下は威厳のある表情で、でもその目は優しい。王妃様は美しいドレスを着ていて、穏やかに微笑んでいる。

 そして、その隣には――ルークの姿もあった。

 彼も正装していて、いつもの気さくな雰囲気とは違う、王子らしい凛とした姿だ。でも、私を見つけると、ニヤッと笑ってウインクした。

 もう、あの人は。


「セリア様」


 国王陛下が穏やかに微笑む。


「今宵は、よく来てくれました。どうか、楽しんでいってください」

「ありがとうございます、陛下」


 私は丁寧に一礼する。

 国王陛下――エドワード・ヴェルディア陛下は、五十代半ばの立派な男性だ。銀髪に青い瞳、整った顔立ち。厳格だけど優しく、民からも慕われている名君だ。

 私が聖女として王城に来てから、ずっと良くしてくれている。時々、「無理はしなくていい」と声をかけてくれる優しい人だ。


「では、舞踏会を始めましょう」


 陛下の言葉に、オーケストラが新しい曲を奏で始めた。

 ワルツだ。

 優雅で、華やかで、少し切ない旋律。

 でも、ダンス、できるかな。

 聖女として社交の場に出ることもあるからと、今まで(嫌々)練習はしてきたけど。


 レオンハルトが私の方を向く。


「セリア様、最初のダンスを、私に踊らせていただけますか?」

「はい」


 私たちは大広間の中央へと進む。

 周囲の人々が、道を開けてくれる。みんなの期待の眼差しが、私たちに注がれている。

 そして、音楽が高まる。

 レオンハルトが私の腰に手を回す。もう片方の手で、私の手を優しく握る。

 ドキドキする。

 こんなに近くに、彼がいる。

 彼の碧い瞳が、私を見つめている。その瞳は、まるで澄んだ湖のように深くて、優しくて。


 音楽が始まる。

 私たちは、踊り始めた。

 一歩、二歩、三歩。

 レオンハルトのリードが完璧で、私は自然と身体を委ねることができた。彼の動きは滑らかで、まるで水の流れのように自然だ。私は彼の導きに従って、ステップを踏む。

 ゆっくりと、優雅に、私たちは広間を舞う。

 スカートが優雅に広がり、まるで花が開くように見える。周囲の人々は、私たちを見守っている。でも、今の私には、レオンハルト以外何も見えなかった。


「セリア様」


 レオンハルトが静かに呼びかける。


「はい?」

「今夜の貴女様は、特に美しい」


 その言葉に、顔が真っ赤になる。


「あ、ありがとうございます……」

「いつも、祈りを捧げる貴女様の姿に、私は救われてきました」


 彼の声は、真剣だった。低くて、優しくて、でもどこか熱を帯びている。


「貴女様は、私たちの光です。希望です。だから――」


 彼が私を見つめる。

 その瞳には、強い決意が宿っていた。


「だから、私は貴女様を守ります。何があっても」


 その瞬間、胸が熱くなった。

 嬉しい。

 でも、同時に切ない。

 彼は、「聖女」である私を守ろうとしている。

 本当の私――床でゴロゴロしている私を知ったら、どう思うだろう。

 カイルの言葉が、頭をよぎる。


『本当の貴女様を見せることを、恐れないでください』


 でも、怖い。

 この人に嫌われるのが、怖い。


「レオンハルト様……」

「はい」

「私は……その……」


 何か言おうとした、その時だった。

 ガシャン!

 大広間の窓ガラスが割れる音がした。

 音楽が止まる。

 人々が悲鳴を上げる。

 窓から、黒い影が飛び込んできた。いや、影じゃない――魔物だ。

 私の心臓が、恐怖で跳ねる。


 体長二メートルほどの、黒い獣のような魔物。「シャドウビースト」と呼ばれる中級魔物で、鋭い爪と牙を持っている。その身体は闇のように黒く、赤い目が不気味に光っている。口からは涎を垂らし、低い唸り声を上げている。


 いつもは、研究室の窓から落ち着いて魔法を放つだけ。でも今は違う。

 目の前で、魔物が暴れている。

 しかも、一体じゃない。窓から次々と、同じような魔物が侵入してくる。二体、三体、四体――あっという間に、十体以上の魔物が大広間に入り込んだ。

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