第5話 あなたの気持ちに応えます 3
その夜、眠れなくて、私は中庭を散歩していた。
月明かりが、石畳を照らしている。秋の夜風が、少し冷たい。でも、その冷たさが心地よかった。
中庭の花壇には、秋の花が咲いている。コスモス、菊、リンドウ――どれも、月明かりの中で静かに揺れている。
「セリア様?」
声の主を見ると――マリアだった。
仕事終わりだろうか、侍女服ではなく、シンプルな私服を着ている。
「マリア……」
「眠れないのですか?」
「うん……」
私は正直に答える。
「少し、お話ししてもいい?」
マリアが優しく微笑む。
「はい」
私たちは、ベンチに座った。
しばらく、二人とも黙っていた。
虫の音が、静かに響いている。
「マリア」
「はい?」
「私……どうすればいいの?」
その言葉に、マリアが優しく微笑む。
「レオンハルト様を選んでしまってもいいのか、ですよね。でも、セリア様は、もう答えが出ているのではないですか?」
「え……?」
「レオンハルト様のお話をされる時、セリア様の目はいつも輝いています」
その言葉に、ハッとする。
「そう……かな」
「ええ。セリア様が床でゴロゴロしている時も、クッキーを食べている時も、魔法の話をしている時も――レオンハルト様のお名前が出ると、表情が変わります」
マリアが私の手を取る。
その手は温かい。
「それが、答えではないでしょうか」
「でも……怖いんです」
私は俯く。
「本当にこれでいいのかって。アレックスが言ってたの。歴史上の聖女はみんな孤独だったって。誰とも結ばれないって」
「それは――」
マリアが少し考える。
「過去の話ではないでしょうか」
「え?」
「過去の聖女様たちは、確かに孤独だったかもしれません。でも、セリア様は違います」
彼女が私を見つめる。
「セリア様は、本当の自分を見せることができる。レオンハルト様も、それを受け入れてくださります」
「……」
「セリア様は聖女としてではなく、一人の女性として愛されています。だから、セリア様は違う結末を迎えられる。私はそう信じています」
その言葉に、胸が温かくなった。
「マリア……」
「恋とは、怖いものです」
マリアが空を見上げる。
「私も、若い頃、恋をしました。でも、怖くて、一歩を踏み出せなかった。そして、後悔したこともあります」
「マリア……」
マリアにも、そんな過去があったんだ。
知らなかった。
「ですから、セリア様には後悔してほしくないのです」
彼女が私の肩を抱く。
温かい。
「怖がっていては、何も始まりません。勇気を出して、一歩踏み出してください」
その優しさに、涙が溢れそうになった。
「……ありがとう、マリア」
「どういたしまして」
マリアが立ち上がる。
「さあ、お部屋に戻りましょう。お体を冷やしてしまいます」
「うん」
私たちは、王城に戻った。
――――――――
自室に戻り、ベッドに横になる。
マリアの言葉が、心に響いている。
『怖がっていては、何も始まりません。勇気を出して、一歩踏み出してください』
そうだ。
私は、レオンハルトが好きだ。
彼と一緒にいると、安心する。
彼の笑顔を見ると、嬉しい。
彼と話していると、楽しい。
それが、答えなんだ。
過去の聖女たちが孤独だったからって、私も同じとは限らない。
私は、本当の自分を見せた。
レオンハルトは、それを受け入れてくれた。
だから――。
私は、彼を選ぶ。
きっと、大丈夫。
私は目を閉じた。
今度は、すぐに眠りに落ちた。
――――――――
翌朝。
私は早起きして、身支度を整えた。
髪を丁寧にとかし、白いローブを着る。鏡に映る自分を見る。
今日、答えを伝える。
レオンハルトに。
私は、レオンハルトの部屋に向かった。
騎士団長の部屋は、王城の西棟にある。
廊下を歩きながら、何を言おうか考える。
でも、言葉は必要ないかもしれない。
ただ、素直に伝えればいい。
私の気持ちを。
レオンハルトの部屋の前に着いた。
深呼吸をする。
大丈夫。
勇気を出して。
一歩、踏み出そう。
――――――――
コンコン、とノックする。
「どうぞ」
レオンハルトの声が聞こえる。
扉を開けると、彼が机で書類を整理していた。騎士団長の制服を着ていて、その姿は凛々しい。
私を見て、驚いた表情を浮かべる。
「セリア……!」
彼が立ち上がる。
「どうされたんですか?」
「あの……お話が」
私は深呼吸をする。
心臓が、激しく鼓動している。
「……私、答えが出ました」
レオンハルトの碧い瞳が、私を見つめる。
「レオンハルト様――いえ、レオンハルト」
私は彼の目をまっすぐ見る。
「私――」
「私、レオンハルトと一緒にいたいです」
―第5話 終―




