第5話 あなたの気持ちに応えます 2
研究室に戻ると、誰かが待っていた。
レオンハルトだ。
「セリア様……」
彼が私の涙に気づき、慌てて駆け寄る。
「どうされたんですか!?何かあったんですか!?」
その心配そうな声。優しい碧い瞳。
「レオンハルト様……」
私は彼の胸に顔を埋めた。
温かい。
安心する。
でも――この温もりも、いつか消えてしまうのかな。
歴代の聖女みたいに、私も孤独になるのかな。
「セリア様、教えてください。何があったんですか」
レオンハルトが私の背中を優しく撫でる。その手は大きくて、温かい。
「私……」
私は顔を上げる。涙でぼやけた視界の中、彼の顔が見える。
「私、レオンハルト様に見せたいものがあるんです」
「見せたいもの……?」
「はい。本当の私を」
私は彼の手を取る。
「今から、私の日常を見てください。そして――それでも、私を愛してくれるか、教えてください」
レオンハルトが優しく微笑む。
「もちろんです。何度でも言います。私は、貴女の全てを愛しています」
その言葉に、少しだけ勇気が湧いた。
「じゃあ……入ってください」
私は研究室の扉を開ける。
レオンハルトが中に入る――そして、一瞬動きを止めた。
床には、魔法書が散乱している。開きっぱなしの本、実験道具、食べかけのクッキーの袋。テーブルの上には、失敗した魔法実験の跡が残っていて、少し焦げている。マグカップには、昨日の紅茶が入ったまま。
完全に、散らかった部屋だ。
「これが……私の日常です」
私は恥ずかしさで顔が真っ赤になる。
「床でゴロゴロして、クッキーを食べて、魔法書を読んで。たまに実験して、失敗して、部屋を汚して。全然、清楚じゃないし、神々しくもない」
レオンハルトは、しばらく黙っていた。
ああ、やっぱり。
引かれちゃったかな。
幻滅されちゃったかな。
その時――。
「これが、貴女様の研究室なんですね」
レオンハルトが微笑む。
「すごく……貴女様らしい」
「え……?」
「魔法書がたくさんあって、実験道具があって。貴女様が、どれだけ魔法を愛しているかが伝わってきます」
彼が床に散らばった魔法書を拾い上げる。
「『生活魔法大全』……これは、日常を便利にする魔法の本ですね」
「は、はい……」
「貴女様は、いつも人々の役に立つことを考えているんですね」
レオンハルトが優しく微笑む。
「素晴らしいと思います」
その言葉に、涙が溢れた。
「レオンハルト様……」
「散らかっていても、構いません。これが貴女様なら」
彼が私の頭を撫でる。その手は、優しくて、温かい。
「私は、全てを受け入れます」
その優しさに、私は彼の胸に顔を埋めた。
「ありがとうございます……」
「いえ。こちらこそ、本当の貴女様を見せてくださって、ありがとうございます」
レオンハルトが私を抱きしめる。
温かい。
本当に、温かい。
この人は、本当に私を受け入れてくれる。
そう思えた。
その日の午後。
私はレオンハルトと一緒に、研究室で過ごしていた。
彼は床に座り、私と一緒に魔法書を読んでいる。最初は「床に座るなんて」と遠慮していたけれど、私が「いつもこうしてるから」と言うと、少し照れくさそうに座ってくれた。
「この魔法陣、複雑ですね」
レオンハルトが魔法書のページを指差す。
「うん。でも、この構造が温度調整のキーなの。ほら、ここの部分が――」
私は嬉しそうに説明する。魔法の話をしている時は、自然と饒舌になる。
レオンハルトは、真剣に聞いてくれる。その碧い瞳が、私の説明を一言も逃さないように集中している。
「なるほど……魔力の流れを制御することで、温度を一定に保つわけですね」
「そう!わかってくれて嬉しい」
こうして一緒に過ごす時間が、とても心地よかった。
彼は私の話を聞いてくれる。理解しようとしてくれる。
そして、何より――私を、一人の人間として扱ってくれる。
「セリア様」
「はい?」
「もう『様』はなしにします。セリア、と呼ばせてください」
その言葉に、顔が熱くなる。
「え、でも……」
「私はもっと貴女に近づきたいのです」
レオンハルトが微笑む。その笑顔は、少し照れくさそうで、でも嬉しそうだ。
「私のことも、レオンハルトと呼んでください」
緊張する。
でも、私も彼に近づきたい!
「……レオンハルト」
その名前を呼ぶと、彼が嬉しそうに微笑んだ。
「はい、セリア」
その瞬間、扉が開いた。
「セリア、いるか――」
入ってきたのは、ルークだった。
彼は、レオンハルトと私が床に座っている姿を見て、固まった。
「……何やってんの、お前ら」
「ルーク……」
私は慌てて立ち上がる。
「これは、その……」
「俺は、セリアに本当の姿を見せてもらっていたんです」
レオンハルトが堂々と答える。彼も立ち上がり、服についた埃を払う。
「そして、改めて思いました。私は、セリアと共に生きたいと」
その言葉に、ルークの表情が曇る。緑色の瞳が、複雑な感情を映している。
「……そうか」
彼が私の方を向く。
「セリア、お前、決めたのか?」
「え……」
「レオンハルトと結ばれるって、決めたのか?」
その質問に、言葉が詰まる。
まだ、完全には決めてない。
そう――私の心は、まだ完全には決められてない。
「……まだ、完全には……決めてない」
言ってしまった。
彼には申し訳ないけど、私はこういうことに弱いみたい……。
「じゃあ、まだチャンスはあるってことだな」
ルークが一歩前に出る。
「セリア、俺も言わせてくれ」
「ルーク……?」
「俺は、お前のことが好きだ」
その告白に、レオンハルトが驚いた表情を浮かべる。
「ルーク殿下、それは――」
「冗談じゃない。本気だ」
ルークが真剣な顔で私を見つめる。
「お前と一緒にいると、楽しい。お前の笑顔を見ると、嬉しい。お前を守りたいと思う」
彼が私の手を取る。その手は、少し震えている。
「だから、俺を選んでくれ。セリア」
その言葉に、心臓が激しく鼓動する。
ルークも、私のことを……?
「待ってください、ルーク殿下」
レオンハルトが割って入る。
「セリアは、私が――」
「お前だけのものじゃないだろ」
ルークが睨む。
「セリアには、選ぶ権利がある」
二人が睨み合う。
その空気が、あまりにも重くて。
私は、何も言えなかった。
その時、また扉が開いた。
「失礼します」
入ってきたのは、カイルだった。
彼は部屋の状況を見て、少し眉を上げる。
「……これは、修羅場ですね」
「カイルさん……」
「僕も、参加してもよろしいですか?」
カイルが微笑む。眼鏡の奥の灰色の瞳が、静かに輝いている。
「僕も、セリア様に想いを伝えたいので」
その言葉に、レオンハルトとルークが振り返る。
「あなたも……!?」
「ええ。僕は、セリア様の全てを知っています。そして、全てを愛しています」
カイルが私に近づく。
「ですから、僕を選んでください。セリア様」
三人が、私を見つめる。
レオンハルト。
ルーク。
カイル。
みんな、真剣な目で。
私は、どうすればいいの?
その時、また扉が開いた。
「何やってんだ、お前ら」
入ってきたのは、アレックスだった。
彼は部屋の状況を見て、大きくため息をつく。
「修羅場か。セリアを困らせるなよ」
「しかし――」
レオンハルトが言いかける。
「わかってる。お前らの気持ちも」
アレックスが手を上げて制する。
「でも、今セリアを追い詰めても、いい答えは出ない」
彼が私の方を見る。その紫の瞳は、優しい。
「な、セリア。今日はもう休め。明日、冷静になってから考えればいい」
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
「……うん」
「じゃあ、お前ら。今日は解散だ」
アレックスが三人を促す。
レオンハルトは私を心配そうに見つめたけれど、最後に優しく微笑んで部屋を出た。
「また明日、お話ししましょう。セリア」
ルークは肩をすくめて、「また明日な」と手を振る。でも、その表情は少し寂しげだった。
カイルは静かに一礼して、扉を閉めた。
「ゆっくり考えてください。僕は、いつでも待っています」
アレックスも出ていこうとする。
「アレックス」
私が呼び止める。
「ん?」
「……ありがとう」
彼が少し微笑む。
「どういたしまして。ゆっくり考えろよ」
扉が閉まる。
私は一人、床に座り込んだ。
三人から、想いを告げられた。
嬉しい。
でも――。
私の心は、もう決まりかけている。
レオンハルトと一緒にいると、安心する。
彼の笑顔を見ると、嬉しい。
彼と話していると、楽しい。
これって――愛、なのかな。
窓の外を見ると、夕陽が沈み始めていた。オレンジ色の光が、研究室を照らしている。
私は、決めてしまってもいいんだよね……?




